第三十四話 魔王
「悪いけど、私たちは外で待っているから」
寝ているルアー王子を抱えたリルマはそう言って、二階に上がる俺たちを見守った。
それでいい、子供を危険な場所へは連れて行きたくはなかった、寝ているルアー王子も、リルマがついていてくれれば大丈夫だろう。
待っていてくれ。
足場の悪い階段を上り二階に立つと、俺はその思いを込めて親指を上に向けて突き出した。
それを見てリルマはやれやれと言った表情で笑うと、ルアー王子が落ちないように右手の親指を軽く上に向けてくれた。
「うむ」
俺はリルマに笑顔を見せると、王の間へ続く廊下へと向かった。
王の間へ続く廊下は一直線、待ち受ける王の間への扉は、まだ近くて遠い。
一歩一歩、真剣に足を進める。
罠はないか、いざとなったら、皆を守らなくてはいけない。
ふと、俺は魔法を使いすぎて疲れ切ったユーシャの姿を思い出した。
庭で魔法を使い始めてから今現在、あの時よりも大分時間は経っていると思うが、大丈夫なのだろうか?
「ユーシャ、お前は……」
大丈夫か?そう声を掛けようとした先に、目的の人物はいなかった。
慌ててユーシャの姿を探すと、ユーシャは俺たちの後ろで膝をついて俯いていた。
「ユーシャ!」
駆け寄ってユーシャを観察すると、ユーシャは青い顔で息を荒くしていた。
これは、これでは今にも倒れそうではないか。
「ありゃりゃ~キツそうですなあ」
ミミノスは眉をへの字に曲げて彼女なりに心配していた。
「休むか?ユーシャよ」
言うと、ユーシャは手の平を前に出した。
「そんな暇ありません、増援が来るかもです、その時、僕はもう役に立っていないかもしれませんよ、このまま行きます」
そうは言っても立ちあがったユーシャはふらふらで、俺がハラハラと見守っていた最中、数歩歩いた先でやはり足がもつれ、倒れてしまった。
とっさに腕を差し伸べて支えたが、その体は熱でも出ているかのように頼りなかった。
「一応回復魔法をかけてみるじゃろかなあ」
ミミノスは、ユーシャに手をかざす。
ユーシャの体がふんわりとした光に包まれた。
その光の温かみは俺をも伝わってきて、ユーシャの支える手の疲れが取れて行くようだった。
光が消えると同時に、俺たちはユーシャを覗き込む。
と、急にユーシャは俺の手を離れて立ち上がった。
驚く俺たちを尻目に、
「何やってるんですか?さっさと行きましょう、さっさと行って、さっさと魔王を倒してしまいましょう、ああ疲れた」
いつもと変わらぬニコニコ顔でユーシャは言うと、元気よく王の間の扉へと歩き出した。
「おお、ミミノス、魔法が効いたようだな!さすが大魔法使いだ!」
俺も嬉しくなりミミノスに語りかけるが、ミミノスは真剣な表情をしたまま何も言わず、ユーシャの後を付いて歩いて行ってしまった。
後に残された俺は、「?」を頭に浮かべたが、そんな呑気なこと言ってはいられない。
ユーシャの言うように、さっさと行ってさっさと魔王を倒さなければいけないのだ。
俺は、一足先に扉の前に着いたユーシャたちに追いつくと、二人に目を合わせて頷き合った。
ユーシャも、いつも飄々としているミミノスでさえ、真剣な表情をしている。
俺も意を決すると、扉を開いた。
10・マオウ
俺の体の5倍の大きさはある人物だった。
その人物は、明らかに後から作られた王の座に座っていた。
最初は室内が逆光でよく見えず、ただの肉の塊かと思ったが、よく見るとその頭には王冠が、その体には王の衣装が身につけられている。
これが、魔王。
悲しき人体実験者のなれの果て。
「よく来たな!三人とも!」
思いの他高い声が俺たちを迎えた。
まるで青年のような声である。
俺は剣を構えて背後に二人をかくまった。
青年の声は続ける。
「まあ待てよ、話をしよう、俺にだって色々と事情がある、話、聞きたくないか?はっきり言って、そっちのエリアドルよりも面白い話があるんだぜ俺には」
何も話を聞くことはない。
俺の直感はそう告げていた。
それに、さっきのユーシャを見ても分かるように、もう時間はないのだ。
俺は魔王に近づく。
「ああ、もう、しょうがないな、せっかちなんだからみんな……じゃあ……」
魔王は笑った。
いや、さっきから笑っているのだろうか、赤い肉の塊に顔が付いているようでよく表情が分からない。
その手が揺れたと思ったら。
パチン。
そこから出た長い手が、指を鳴らした。
「パーティの始まりだ」




