第三十一話 夢
8・夢
埃臭い、四角い建物に囲まれた荒れ地に俺たちは立っていた。
地面も空も建物も灰色に囲まれ、草木一本として色を持つ物は生き物はいなかった。
「ここは……」
霧のように辺りは靄がかっていたが、それは霧ではない、埃臭さの元凶であることが勘で分かる。
なんというか、あまり居て気分の良い場所ではないことは確かだ。
「あんさんの夢よりやっかいらしいなあ」
隣でミミノスが顔を掻いていた。
「ま、行くしかないかでっしゃろね」
「そうだな」
ミミノスに同意すると、俺たちは灰色の中を歩き始めた。
それにしても誰もいない、丸い洞窟のような所も、綺麗に整えられた四角い建物の中も、水のしたたる管の絡まった路地にも生き物の気配はなかった。
ユーシャよ、お前はどんな夢を見ているのだ?
しばらくミミノスと俺二人だけの足音が響いていたが、どこからともなく俺たち以外の足音が聞こえてきた。
振り返ると、スッと俺たちの横を通り過ぎる影があった。
それは小さく、そう、ユーシャくらいの背で……。
「ユーシャ?」
呼ぶと、通り過ぎようとした影は立ち止って俺たちを見た。
「誰だ?」
霧の中で姿の見えないそれの声は、確かにユーシャのものだったが、ユーシャよりも随分冷たく突き放したような口調だった。
「ユーシャか?」
もう一度呼ぶ、今度は霧の中の影は近づいてきた。
徐々に見えるその姿は、ユーシャそのものだった。
少し違うと言ったらその表情である、いつもニコニコして何を考えているか分からなかった表情は不機嫌さを覗かせ、紫色をした瞳は冷たく俺を睨んでいた。
「おっさん、誰?」
おっさん……。
ここはお兄さんと言って欲しい所だが、そんなこと言っている場合ではない。
「ユーシャ、目を覚ますんだ、ここは現実ではない、魔王を倒すんだろう」
するとユーシャは「は?」と怪訝そうに顔を歪めた。
「おっさん大丈夫?それに俺、ユーシャじゃないし」
え?
しかし、紫色の髪に紫色の瞳、耳にしている星の形のピアスまでユーシャそのものである。
ミミノスを見ると、彼女は両手の平を上げて肩をすくめた。
さてはて、か。
「なんだただの変な人か」
少年はユーシャらしからぬ歪んだ笑みを見せた。
おっさんから変な人に昇格してしまった……。
「いや、ユーシャのはずだと思うのだが、知らないか?君に似た人物を」
「俺に似た人物……?」
少年は俺の問いを聞くと、急に鋭い目になり後ろに下がった。
そして……、
「あっ!」
「あっ!」
俺とミミノスは同時に声を上げた、やっとで会えた少年は、そのまま俺たちから逃げてしまったからだ。
少年は走る風の音が聞こえなそうなほどの速さで俺たちから遠ざかる。
「待ってくれ!」
俺はその背を追うが、とても追いつかない。
どんどん離され、曲がり角を曲がった瞬間姿を見失ってしまった。
「いやあ、見失ってしまったじゃなあ」
ミミノスは何とも呑気にしている。
「そんな呑気なこと言ってる場合じゃないだろうミミノス、現実世界ではルアー王子が必死に食い止めているのだぞ」
「んなこと言っちゅーても、ここはユーシャはんのテリトリーやからですなあ」
ミミノスは首を傾げると、少しの間唸って、やがて手をポンと叩いた。
「呼んでみるかー」
呼ぶ?今度は俺が首を傾げた。
「呼ぶとは、ここで呼べばいいのか?」
「そうそう、要はユーシャはんが少しでもわいたちのこと思い出せばいいんじゃよ、ここはユーシャはんのテリトリー、叫べば聞こえるかもしれんから」
「そんな曖昧な……」
「まあ、やってみようて」
ミミノスに言われ、俺はワラにもすがる気持ちでその案に乗ることにした。
「ユーシャはーん」と呼びだすミミノスの側で、俺は思いを乗せるため、瞳を閉じた。
ユーシャよ、現れてくれ。
そして息を吸い込むと、思い切り声を出した。
「ユーシャよー!帰ってこいー!」
天に向かって俺を声を振り絞った。
帰ってこい、共にマオウを倒し、そして……。
そして瞳を開くと、目の前には転がったミミノスがいた。
「ミミノス!どうした!」
抱き起こすと、ミミノスは震えながら言った。
「あんさんの声がでかすぎたんしゃろ……、鼓膜破れるかと思ったですじゃよ」
生まれたての小鹿のように立ち上がったミミノスは、まだプルプルと震えている。
しかし、ミミノスはそのようになになりながらも周りを見ると、
「あれ?ここさっきと違うところですじゃな」
言われて俺も気が付いた、さっきまでと違う場所に立っている。
狭い道の行き止まりであった、その一角には小さな小屋が建っていた。
「ミミノス、あの小屋は……」
聞いた時には、もうミミノスは小屋の中に入ろうとしていた。
「おはようこんにちははたまたこんばんは~、おじゃましますじゃろ~」
何であいつの行動はいつも突拍子がないのだ。
飄々と警戒もせずに小屋に入って行くミミノスに、俺は慌てて付いて行く。
「おい、ミミノス、待て……」
中に入ると、そこには、一人の少女……ユーシャに良く似た髪の長い少女が寝ていた。
少女は、見慣れた、ニコニコとした表情をすると言った。
「ユー?」




