第三十話 ラドゥの魔法
俺は目の前に置かれた料理を平らげていた。
テーブルの上に置かれた様々な料理は、俺の好物だらけだ。
「はっはっは、うまいうまい」
食べても食べても無くならない御馳走を前に、俺は満たされていた。
しかし何か大事なことを忘れているような……。
思い出すと心が痛い、何か大事なことを……。
「そうだ!忘れていた!」
俺は周りに置かれているトレーニング用具に向かうと、筋トレを始める。
「トレーニングもちゃんとしなければな!」
「んなことしてる場合じゃないっひょ」
斜めに置かれた板で腹筋をしていた俺に、話しかける人物がいた。
誰だ?さっきまで俺一人だと思っていたのに。
「こっちこっち」
声の主は、俺のすぐ隣で腹筋を見守っていた。
思いの他近くにいたその声の主は、水玉のとんがり帽子に同じく水玉のワンピース、靴はとがった靴を履いている。
眠そうな目は細目になっており、どのような瞳の色をしているのかイマイチ良く分からない。
誰だ?
「……誰だ?」
「ヒントいち、名前はミミノス」
分からん。
「……分からん」
「ヒントに、魔王を一緒に倒そうとしてる仲間じゃ」
魔王?
魔王、マオウ、勇者、ユーシャ。
何か懐かしいものを思い出そうとしていた、何か、大事なものを。
「うぬぬぬぬぬ」
俺は考えに考えた、これ以上考えたことなどなかったほど考えた。
頭に湯気が出る思いで、何か大切なことを思い出そうとしていた。
そして俺は、
「うおおおおお!」
トレーニングを始めた。
「いや、何でそうなるんですかい」
「思い出したあああ!」
「いや、何でそうなるんですかい」
思い出したのはラノ村でのひととき、トレーニング施設でユーシャに背中に乗ってもらい腕立て伏せをしていた光景だった。
それを機に、色々なことを思い出す。
ユーシャとの出会い、城から逃げ、ラノ村で温泉に入り、ラドラスとの戦いそして……。
「ミミノス!なぜ俺はこんなことをしている?」
水玉のとんがり帽子の相手、ミミノスに腕立て伏せをしながら聞く。
「あんさんが腕立て伏せ始めたんじゃろ」
「違う!これはこうしなければ忘れそうだからだ!」
ミミノスはそれを聞くとニッと笑い、指を上に指した。
見ろということか?
上を見ると、そこには光があふれ……。
「ハッ!」
俺は無理やり目を覚ました。
眠い目は、今にも閉じようとがんばっていたが、必死の思いでこじ開ける。
俺は起きる、起きる、目を覚まさなければいけない。
「俺は起きるー!!」
「うわあびっくりした」
いきなり飛び起きた俺に、ルアー王子が驚いて飛びあがった。
場所は荒れ果てた城の玄関ホール。
目の前には、小さな茶色の肌をした老人と小さな子供……床に倒れるラドゥの側で彼に両手を伸ばし何かを抑え込もうとしているルアー王子の姿と、その側で倒れたリルマの姿があった。
「急げよ!もたない!」
「はいっしょー!」
気が付くと、俺の隣で地面に寝ていたミミノスが起き上がっていた。
その隣にはユーシャが眠っている。
「どういうことだ?これは……」
俺の問いに、ミミノスが答える。
「いやね、ラドゥが最後の力を振り絞って、眠りの魔法をかけたのよ、超特大の。わしとルアー王子は避けれたんだけどね、あんさんとリルマとユーシャはんがみごとかかちゃって、でもラドゥはん魔法使うの止めなくて、一生懸命これ以上深い眠りに入らなようにルアー王子はんが止めてる真っ最中、魔法解くのは簡単なんだけどね、この魔法……」
「はーやーくーしろよ!!」
ルアー王子が話の途中で叫んだ。
「もう、せっかちな男は嫌われるわよん」
「なんだよそれ!」
ルアー王子は必至である。
必死にラドゥの魔法を食い止めようとしている。
ラドゥの回りは黒い靄があり、それは生き物のようにうねって外に飛び出そうとしていた。
しかし何かに拒まれるように、ルアー王子の周りより出ようとはしない。
「おこちゃまはもうちょっと頑張ってなってことだよ、んでねこの魔法、無理やり破壊すると、あんたたちの精神にも異常をきたしかねないのよ、だからあんたたちを優しく起こした後で、魔法を破壊しようってわけだわす」
「うむ!なるほど!」
良くわからんがとにかく大変ってことだな!
「もう、変われよお前!」
痺れを切らしたルアー王子がそう言うと、ミミノスはチッチッチと舌を鳴らしながら指を振った。
「おこちゃまには皆を夢から覚ますなんて大役無理やけん」
「お前も子供だろう!」
ルアー王子の言葉を無視して、ミミノスはユーシャの側に寄るとしゃがみこんだ。
俺も同じようにしてユーシャの顔を覗き込むと、そこには安らかに眠るユーシャの顔があった。
俺と同じように幸せな夢を見ているのだろうか。
それとも別の夢を?
「俺も連れて行ってくれ」
「まあええやろ、人数多いほうが起きやすいかもしれないからな」
ほれ、ミミノスに手を差し伸べられ、俺はその手を取った。
ミミノスは空いた手で、ユーシャの額に手を伸ばす。
「いくよん」
俺は目を閉じる。
さっきよりかは幾分安らかな眠りに入り、目を覚ますと、そこは……。
廃墟だった。




