第二十六話 リルマの行動
「リルマ!」
俺とユーシャはリルマに駆け寄った。
リルマは痛そうな顔をして左手を庇いながらなんとか立ち上がる。
「うわあ、痛そうじゃに」
上からミミノスが降りてきて顔をしかめた。
「……いったいわよ当たり前でしょうバカ!」
何故かリルマは俺たちにキレる。
俺は次の攻撃がないかルアー王子に目をやると、そこには今までとは違う、感情をあらわにしたルアー王子の姿があった。
「あ……あ……」
震え、目を見開き、その顔には一言「嫌だ」という言葉が書かれているようだった。
皆も気が付いたのだろう、そんなルアー王子を、ユーシャは真剣に、ミミノスは少し哀れそうに、そしてリルマはどこか怒ったように見つめていた。
リルマが動く。
ルアー王子に向かって歩き出す。
俺も、俺たちもその後に続く。
「こんなのねえ」
リルマは彼の目を真っすぐに見つめ歩きながら、光の針を一本腕から抜く。
血が地面に滴り落ちた。
それを見て、ルアー王子は首を振る。
「今まであった痛みに比べたら」
今度は三本同時に抜く。
「……!!」
流石に痛かったのだろう、顔をしかめる、しかしその目はルアー王子から離さない。
ルアー王子もリルマから目を離せずにいて、その姿は震えていた。
「痛くも痒くもないわよ!」
ルアー王子まで目と鼻の先、リルマは勢い良く残りの針を全部抜きながら、ルアー王子の元へと足を速めた。
王子の左右にいた鎧戦士が同時にリルマに向かって襲いかかるが、リルマは素早くそれを回避する。
そして空いた隙を狙って、俺は向かって右側の鎧戦士を殴り飛ばした。
盛大にぶっ飛んでいく鎧戦士。
そして振り返ると、もう1人の鎧戦士はミミノスがくるくると指を回すのをじっと見ていると思ったら、そのまま倒れてしまった。
「寝ただけじゃに」
ミミノスはまだ指をくるくるしている。
それどころじゃない、リルマとルアー王子はどうなった!
俺は彼らを見ると、リルマは後ずさるルアー王子と対峙している所だった。
王子の目は、光を失いながらも見開きリルマを凝視している。
リルマは、両手を上げて天使のように笑う。
「ほら、何でもないんだから」
それを見て、ルアー王子が一瞬笑ったような気がした。
が、それも一瞬のことだった。
再び王子の表情が無表情に戻ったと思ったら、呪文を唱え始めた。
「数多なる剣の亡霊よ、我は主なり、我は……」
その呪文が唱え終わらない頃に、リルマはその唇でルアー王子の口を塞いだ。
ルアー王子は目を見開いて顔を真っ赤にした、今度こそその目には光が戻り、さっきとは別な意味で硬直している。
俺も硬直した。
「おやまあ」
ミミノスは呑気にそんな2人を観察している。
ふいに、マントをひっぱる感覚がしてそっちを向くと、ユーシャが、
「戦士さん、あいつです、あいつ、思いっきりぶちかましてください」
と、さっきぶっ飛ばした鎧戦士を指さしていた。
鎧戦士は兜が脱げ、そこから顔面があるはずのない形にひしゃげた赤い粘土のような顔が現れていた。
粘土人間はルアー王子を指さし、睨みながら何か得体の知れない呪文を必死に紡ぎ出していたが、当のルアー王子はそれに答える素振りは無く、相変わらずリルマのキスを受けるという状況に硬直するのみだった。
俺は粘土人間に近づく、粘土人間は、ルアー王子を操ろうとするのに必死で、俺の存在に気が付かないようだった。
そのまま俺は剣を抜くと、振り上げる。
俺の影が丁度粘土人間にさしかかって気が付いたのだろう、やっとで粘土人間は俺の姿に気が付いたが、表情を変える暇なく、俺の剣に真っ二つにされた。
粘土人間は、赤く淀んだ岩の所々に金色が光るグルースに姿を変え、地面に落ちた。
剣をしまい、リルマ達を見ると、そこには何やらあわあわ言いながらリルマを見つめるルアー王子と、それを珍妙な表情でじっと見ているリルマの姿があった。
「何でそんな表情をしているんだリルマ?」
近付きそう問うと、リルマは珍妙な表情をしたまま、
「いや、また操られたら口塞いでやろうかと思って……」
「ははははは!また操られてしまった!爆発呪文を唱えそうだ!どうしよう!」
何やら慌ててそう言うルアー王子の頭を、リルマは軽くチョップした。
「大丈夫そうね」
呆れるような、安心したような表情でリルマは微笑む。
少しその表情に見惚れていたルアー王子だったが、リルマの腕の傷を見ると、慌てて呪文を唱え始めた。
「ええと、水よ、風よ、大地よ、この者を癒す力を俺に与えてくれ、頼む……」
呪文を唱え始めて、少し身構えた俺だったが、ミミノスが、
「大丈夫、回復魔法さね」
と言ったので、安心してそれを見守ることにした。
少しの間、暖かな、どこか安心するかのような空気がリルマを取り囲んでいた。
ルアー王子は、ハンカチでリルマの腕を拭きながら、一生懸命に何回も回復魔法を唱え続ける。
「水よ、風よ、大地よ……」
リルマの傷は、血は止まり、痕は小さく残ったものの、もう傷は塞がっているように見える。
「もういいから」
リルマもルアー王子を止めるが、王子は必死に呪文を唱え続ける。
「この者を癒す力を……」
良く見ると、涙ぐんでいる。
無理もない、己自らが、惚れた女に血を流させてしまったのだ。
「もう、いいから、ウザイって!馬鹿!」
リルマは無理やりそんな王子を引きはがした。
王子は涙ぐんだまま、びっくりしてリルマをの顔を見上げる。
「ごめん、王子、私の地ってこんなんなの、ガサツでわがままで口が悪いの、分かった?」
そうして悪戯ぎみな笑顔を浮かべると、髪をなびかせながらユーシャとミミノスの元へと行ってしまった。
後に残されたのはルアー王子と俺。
「あいつのこと、見損なったか?王子」
リルマを見つめ続ける王子に、俺は隠せない笑顔で聞いてみる。
視線の先では、リルマがユーシャ達と何か話をしていた。
「やっぱり置いて行くのは無理っしょ」
「じゃあ仕方ない、連れていきましょうか」
「わっちの子孫になにしてくれよんじゃ」
そんなリルマを見ながら、ルアー王子は顔を赤くしながら言った。
「ますます惚れた……」




