第二十五話 操られたルアー王子
7・魔王城
俺の気持ちとは裏腹に、その日の空はとても青かった。
魔王城はラノ村より北に半日ほど歩いた場所に位置していた。
俺たちは徒歩でその場所に向かう。
『戦士はん、あんた死ぬかもしれないよ』
そう言った後、ミミノスはころんと再び寝てしまい、起きた時にはすっかりそのセリフを忘れていたらしい、はぐらかして聞いても「さてなあ」とか言うばかりだった。
一体何だったのだ。
俺は皆にそのことを言えずじまいであった。
まあ、ただ寝ぼけていたのだろう、そう思うことにして、俺の心にだけ置くことにした。
外れていたら、終わった後に皆で笑い話にでもすれば良いのだ。
当のミミノスは昨日より村から持ってきたらしいモノの置物に乗ってふわふわと最後尾で空を飛んでいる。
リルマが羨ましそうに、
「いいわねーミミノス、それ私にも乗せてよ」
と言ったが、ミミノスは前を向いたまま、
「これわしの専用じゃけん」
と目を細めて言うばかりだった。
しかし、さっきから一度もモンスターと会っていないのだが、一体魔王城の警備はどうなっているのだろうか?
その代わりに、誰かが戦った後なのだろうか、グルースが所々に落ちている。
「おかしいですね……」
魔王城もその視野に入って来た頃、俺の後ろを歩いていたユーシャもそのことに気が付いたのだろう、疑問の台詞を口にした。
「モンスターが出ません、誰かが先に行って周りのモンスターを倒してくれて行ったみたいです」
「俺もそれが気になっていた」
俺も同意する。
それだけ言うと、俺の頭にルアー王子の姿が浮かんだ。
あの王子のことだ、先回りをして俺たちを待っているのかもしれない。
嫌な予感がする。
「嫌な予感がする」
リルマも同じことを考えたのか、俺の考えと同じ言葉を発した。
「ああ……」
俺も頷く。
「僕もです……」
ユーシャも頷く。
「まあ、どうにかなるじゃろー」
ミミノスだけがふわふわとしたモノの上でへらへらと能天気な意見を言っていた。
いくら大魔法使いの資質があるとは言え、まだ子供だ。
急がなくてはいけないのかもしれない、俺たちは自然と足を速めていた。
ざっと言うと、嫌な予感は当たっていた。
魔王城の門にひときわ大きなグレースが落ちていると思ったら、その中、城の庭に位置する所に、ルアー王子と、お付きの鎧戦士2人が荒れた庭の真ん中を陣取っていた。
門の前で中の様子を見ていた俺たちは、頭を抱えた。
「あのバカ!」
リルマが悪態を吐いて、庭の中へ入っていく。
「王子!ルアー王子!」
リルマは速足で王子の元に歩きながら名を呼ぶのだが、ルアー王子は反応しない。
庭は広く、リルマからは王子の表情が見えない。
だが俺からは見える、その顔からは表情が消えていた、あの喜怒哀楽に富んだルアー王子がリルマを見ても何の動きも見せない。
何か変だ!
「リルマ!戻れ!」
俺の叫びはリルマに届き、リルマは振り返る。
その先にいたルアー王子は、この国の言葉で呪文を唱えていた。
「闇の中に押しやられた者たちよ、我らに力をかさんことを、その思い、我らが叶えよう」
無感情にそう唱えたルアー王子は、リルマに向けて手を伸ばしたと思ったら、暗闇とも思える炎をそこに放った。
「リルマ!」
俺はリルマをかばいに行ったが、その前にユーシャとミミノスの体当たりにあって横に倒れてしまった。
すんでの所を闇の炎が通り過ぎて行く。
闇の炎が通り過ぎた後は、木々も草たちも皆枯れ果て、その生命活動を一瞬にして止めていた。
「リルマ!」
立ち上がりリルマを見ると、素早く避けたのだろう、闇の炎の通り道の横に転がって、
「あっぶなー」
と呟いていた。
俺はホッとした、あまりにも呑気すぎる言葉だったが、その言葉こそリルマらしいと言えた。
視線をルアー王子に戻すと、ルアー王子はやはり無表情のままこっちを見ていた、その瞳には光がない。
そしてその首には、いびつな木の彫り物がぶらさがっていた。
そんな姿のルアー王子を見て、リルマは怒りの表情を見せた。
「ちょっとマオウ!あんたこの子に何したのよ!」
そのリルマの叫びに、ルアー王子が少しだけびくっと反応したが、すぐ元の無表情に戻ってしまった。
その間に、俺たちはリルマの隣に駆けた。
「操りの術だわね」
リルマの隣で、モノの置物に乗りながらミミノスは感心するようにルアー王子をしげしげと観察していた。
「安心しなされ、見た所体にも精神にも傷は付いていない、見事すぎてため息がでるわな、ユーシャはん、そんな力を持つ者がいるのかないな?」
ミミノスの隣で、ユーシャは頷く。
「います、でもそんなに遠くから操れないはずです」
「来るぞ……!」
俺はユーシャの隣で、再びルアー王子の詠唱を聞く。
「光よ、その光により、我らが闇を切り裂かんがことを許したまえ」
そうして右手を振りかざすと、そこから無数の光の針が浮かび、俺たちに向かって飛んできた!
「逃げろ!」
俺はユーシャと共に右へ、リルマは左へ素早く飛んで逃げ、ミミノスは空高く上に飛んだ。
しかし光の針は多すぎて逃げられない!そう察知した俺は、ユーシャをかばい覆いかぶさって光の針を全身に受けた。
衝撃が襲う。
「ぐ!」
「戦士さん!」
そこで、光の針の雨はいきなり止んだ。
光の針たちは空中で止まると、やがてバラバラと地面に落下したのだ。
「戦士さん大丈夫ですか?」
「大丈夫だ!」
背中や腕には無数の光の針が刺さっているような気がするが、俺はひとまずそう言って笑った。
バラバラとそれを抜くユーシャは、途中で、
「あ、本当に大丈夫だ、筋肉が拒んでる」
と呆れ声で言った。
俺が大丈夫だと分かったユーシャは皆の無事を確かめるために周りを見渡し、それを見つけた。
「リルマさん!」
リルマが左手に無数の針を受け、痛々しく血を流していたのだ。




