第二十一話 名を呼ぶ声に
突如として大きな地響きが俺たちを襲った。
店は大きく揺れ、各人咄嗟に食器や杯が落ちないようにテーブルの上の食器を取り押さえる。
何が起こった?俺は食いかけの肉をそのまま頬張りながら窓から店の外を見るが、外は暗くここからでは何も見えない。
しかし、その暗く静かな窓の向こうから、何かの怒鳴り声が耳に届いた。
「エリアドルはいるかー!」
その声にユーシャが反応した。
動きが止まり、気配が緊張したものに変わったのだ。
俺は気付いたが、リルマとミミノスはその変化に気が付いていないらしい、
「エリアドルって聞こえた?」
「さて、聞いたことない名前だわさね」
と首を傾げている。
「エリアドルはいるかー!」
声と共に、再び振動が訪れた。
店の中で、がちゃがちゃと食器が揺れる。
見ると、店の戦士たちは声に向かって動き出していた、何が起こっているのか確認するためにも俺も行きたいが、ユーシャも気になる。
「ユーシャよ、エリアドルとはお前の知り合いか?」
尋ねると、ユーシャは緊張した面持ちのまま眉をひそめた。
リルマとミミノスもユーシャを見る。
ユーシャは俺たち一斉に視線を集めた状況を察すると、諦めたように息をつき、俺たちの顔を見渡して言った。
「行きましょう、話は後で言います、ついてきて下さい」
そうして、席を離れる。
途中、屈強な女店員に呼び止められ、
「お客さん、勘定が先」
と伝票を先頭のユーシャに渡した。
ユーシャはそれを受け取ると、昼間俺が稼いだ金の袋と共にリルマに押しつける。
「リルマさん、よろしくお願いします」
リルマはミミノスに伝票と袋を押しつける。
「よろしく!」
「あいよ~」
ミミノスそのまま袋を丸ごと店員に渡す。
「お譲さん、残りはチップとして取っときな」
そう言い俺たちの後を付いて来ようとしたミミノスだったが、女店員に洋服を掴まれて捕まってしまった。
「お客さん~、それは困るから~。ちょっと待っててね、他の戦士さんたちの勘定もあるから」
「えー」
と言う訳で、俺たちは渋い顔をしたミミノスを置いてユーシャの後を付いて行くことにした。
後ろを振り返ると、ミミノスはまだ「えー、えーーー」と言いながらこっちを見たり店員を見たりしている。すまんミミノス。
店の外に出た俺たちの目に入って来たのは、野営をする戦士たちのために設けられた村の明かりの中、声の主へと向かう戦士たちの姿であった。
ユーシャを先頭にした俺たち3人もその中に混じり、声の主の元へ、昼間戦った村の入口へと向かう。
そして、声の主の姿はさして時間がかからず見えた。
まだ入口に着かない村の中間地点だというのに、その姿は大きく姿を見せていたのだ。
「うわーでっけ」
俺の隣で、リルマも驚きの声を上げる。
そこにいたのは、村で一番大きな建物、教会くらいの大きさのある大きな青い肌をした一見人間のようなモンスターだった。
その頭から背中にかけては、大きなツノが何本も生えている。
強そうだな。
「でかいな、俺の1000人分くらいだろうか」
真剣にそう言うと。
「ふざけたこと言うなよ、変な想像しちゃったじゃないか」
とリルマに返された。
ユーシャはそんな俺たちを振り返ろうともしない。
見ると、戦闘はもう始まっているらしい、何本もの矢が飛んで、何人もの人間がなぎ払われているらしい姿が見える。
速足に歩いて辿り着いた村の入口は、ひどい有様だった。
何十人もの戦士たちが倒れ、助けられた者たちは治療を受けていた。
モンスターに相対している者たちも怒り、恐怖、様々な表情を浮かべ、近づけないまま硬直していた。
モンスターの手には何かが握られている。
人だ、良く見ると、昼間共に戦った若い戦士ではないか!
モンスターはぐったりしたそれを勢いよく振り上げると地面に……。
「やめろーー!」
喉がひりつくくらい叫んだ。
俺の大声にびりびりと周りが振動する。
モンスターは若い戦士を叩きつけるのを止めると、こっちを見た。
周りにいる者たちも俺たちの方を見る。
一斉に皆の視線を集める中、俺たちはモンスターの前に出た。
「こんばんは、モンスターさん、こんな夜中に暴れるのは近所迷惑ですよ?」
ユーシャの言葉に、モンスターは怪訝そうな顔をする。
そんなモンスターに臆することなく、ユーシャは深く被ったフードを取ると真っすぐモンスターを見据えた。
と、モンスターに変化が現れた。
驚き、次にニヤリと笑ったのだ。
「おい、あれ……」
周りの者たちがざわつき始める。
「ああ、もしかすると昨日トリデ城で暴れ回ったって言う賞金首じゃないか?」
どこからともなく声が飛んでくる。
ああ、ばれてしまったか。
「噂じゃ警備隊事務所をぶっ壊した男とリルマも一緒のはずだが……」
「じゃあ、あのイケメンがその男で、あのごつい女が海の涙リルマか!?」
好き勝手言う皆に、リルマが勢いよく叫ぶ。
「んなわけないでしょアホか!」
その言葉と同時に、モンスターは俺の怒鳴り声と張り合うほどの声で笑い始めた。
「ははは!本当にお前がいるとはな!エリアドルよ!」
青い肌をしたモンスターは、ユーシャを確かにそう呼んだ。
エリアドル。




