第十九話 ルアー王子の相談
「誰かいるのかと聞いているのだ」
そう、その声は聞き覚えのあるものだった。
そして、今一番今聞きたくない声であった。
入口より湯煙に隠れたその姿がどんどん近付いてくるが、俺はどうしたら良いか分からず硬直したままだった、見えないが後ろで岩の影にいる皆も硬直しているのだろう、何の音も聞こえない。
もうこうなったら開き直るしかない。
俺は腕を組むと、目を閉じ接近してくる人物が自分を認識するのを待った。
さあ、何とでもなれだ。
「何だ?お前、何で居るんだ?ここは俺たち王族専用の湯船のはずだぞ?爺、どういうわけだ?しかもこいつ、さっき会った女だぞ?」
女?
俺は慌てて目を開くと自分の姿を確認した。
そこにあったのは豊かな胸。
髪を撫でたら豊かな髪。
ミミノス……また魔法をかけて女にしてくれたのか……。
俺は少しだけホッとすると、目の前の人物を確認した。
そこにいたのは、やはりルアー王子とお付きの爺であった。
2人とも腰にタオルを撒いた状態で湯煙の中を呆然と立っている。
「さあ……この温泉宿の娘……にしては今朝会った娘より大分ごついようですが……」
爺は、首を捻ってルアー王子と俺を交互に見ていたが、しばらくして何か思いついたように顔を上げると、
「いや、まさか、いや……いやいやまさか……」
今度は俺を見たり地面を見たりとおどおどし始めた。
何がまさかだ。
「おい女!何をしている!」
ルアー王子の問いは、俺にとって悩ましいものであった。
何をしている、難しい問題だ。
正直に言うわけにもいかない、しかし嘘は苦手だ。
こうなったら言うことは一つ。
「風呂に!入っている!」
腕を組みながら、俺はそう叫んだ。
その声に押されてか、ルアー王子と爺はたじろぐ。
「だから、何で入ってるんだよ!」
再び発せられた王子の疑問にも、俺はこう答えた。
「入りたいから!入っている!」
もうなるようになれだ。
嘘は言ってはいない。
俺の言葉にしばらく何を言っていいかあわあわ口を開いていた王子だったが、意を決して何か言おうとした瞬間、爺に止められた。
「おおお、王子!詳しく調べるのは危険です!」
爺はそのまま慌ててじゃぶじゃぶと温泉に入ると俺の側まで来る。
そして耳元に手を当てるとヒソヒソ声で、
「おい、何のサービスだかワシにはさっぱり分からんが、王子にはまだ早い!出ろ!出ろ!早く!」
サービス。
俺にも何のサービスになるのかさっぱり分からんが、今の俺は女、とりあえずそういうことになるのだろう。
そこにルアー王子の声が飛んできた。
「爺!ずるいぞ!俺が先に入ろうとしていたのに!もういい女!そこにいろ!」
爺の思いやりむなしく、ルアー王子も慌てて温泉に入ると俺の隣に来て、肩まで浸かってしまった。
爺はため息をついて顔を振ると、ルアー王子の隣に移動して温泉に浸かった。
かくて、岩を背にして、俺の右隣りにルアー王子、そしてそのルアー王子の右隣りに爺と、三人仲良く肩を並べて温泉に浸かると言う図が出来上がってしまった。
岩の後ろの三人は一体どんな思いで見守っていることだろう……。
「お前、そうまでして俺に惚れているんだな」
そうだった、忘れていたが、王子の中では俺は王子に惚れているということだったな。
どう言ったらいいか分からず、腕を組んだまま前を向いて黙りこむ。
それを肯定と受け取ったのか、王子は、
「悪いが……俺には心に決めた女がいる、幸せにしてやりたいんだ、諦めてくれ」
と言って、目を背ける。
そのチャンスを俺は見逃さなかった。
「よし!諦めよう!」
俺は、勢い良くそう言った。
諦めるもなにもないが、このまま俺が王子に惚れてしまったと思いこませ続けるのも忍びない。
王子は目を見開いてこっちを見上げると、ホッとしたように笑った。
「はは、そうか、良かった、お前なかなか素直な女だな!名は何と言う!」
俺も笑ってルアー王子の方を見ると、問いに答える。
「テラだ」
「テラか!覚えたぞ!私はルアーだ!この国の第三王子ルアー!気に入った俺の友人にしてやろう!」
はははは、温泉に俺たち2人の笑い声が響き渡る。
ルアー王子もなかなか実直な少年ではないか!
「テラよ、俺には好きな女がいるって言ったな、俺には女心というものが分からん、この村で何か土産をやりたい、何が良いと思うか?」
俺にも女心は分からん。
が、ルアー王子の相談だ、できるだけ聞いてやりたい。
そこで、俺はユーシャが木彫りのモノの置物を熱心に見ていたことを思い出した。
「木彫りのモノの置物はどうだ?」
言うと、ルアー王子は変な顔をした。
「牛の置物か?」
変な顔をした王子は、爺に、
「それもありなのか?」
と聞いたが、爺はつまらなそうに、
「さあ、それもいいんではないでしょうか」
と早口に返すばかりだった。
王子はうーんと唸って悩んでいたが、
「よし!モノの置物百個を用意しよう!」
などと言い始めた。
「いらないっつーの!」
岩の後ろから、リルマの声が飛んできたが、ヒソヒソ声すぎてルアー王子と爺の耳には届かないようだった。
「百個は多すぎる」
俺はその声を届けるように王子にそう言ってやったが、王子は、
「気持ちを伝えたいのだ、どれだけ俺がリルマを愛しているか!」
と百個買う気満々のままだった。
「しかしその金はルアー王子のものではないだろう」
そう言うと、王子はハッとし、俺と同じく腕を組んで考え始めた。
「それも……ある……」
そうして、黙りこくってしまった。
しばらくの時間、湯煙の動きを見ていたが、突然ルアー王子は思いついたように立ち上がった。
「ならば!俺が手造りでモノの置物を作る!」
おお。
それが女心をくすぐるものかは良く分からんが、さっきのよりかは良い考えだ!
「こうしてはいられない!爺!行くぞ!」
ルアー王子は立ち上がると、そのまま走って入口まで飛んで行ってしまった。
そこに、不満げな爺の声が飛ぶ、
「王子!爺めはまだ温泉につかっておりたいですぞ!」
「ダメだ!行くぞ爺!」
王子にそう言われ、爺はしぶしぶと立ち上がると、王子の後を付いて行った。
後に湯船に残されたのは、俺だけ。
「ありがとうなテラ!また会おう!」
温泉の入口で、ルアー王子は振り返ると俺に御礼をいった。
うむ、良い王子だ。
「ばーか」
岩の後ろで、呆れたように呟くリルマの声がした。
空はもう暗く、星が瞬いていた。




