第十六話 村を守れ!
男たちの喧騒から始まったその騒ぎは、最初こそただの喧嘩かと思ったが、女たちの悲鳴を聞いた時ただ事でないことを察した。
「ユーシャよ、行くぞ!村の入口で何か問題が起こったらしい」
意を決してそう言うと、ユーシャはやれやれと首を振った。
「どうせ行かないって言っても無理やり連れて行くでしょう戦士さんは」
「ユーシャが断らないことも知っているぞ!」
声を出して笑うと、ユーシャは心底嫌そうな顔をしてしまった。
そんなユーシャを連れて村の入口まで戻ると、そこはすでに戦闘態勢だった。
10位いるだろう、人の大きさの半分ほどある亀のようなモンスターの一団が、村の中に入ろうと傭兵たち4・5人と争っていた。
こうしてはいられない、俺も加勢に入ろう!
俺は剣を抜くと、3匹を相手にしていた若い戦士の元へと走った。
「うおおおおお!」
そして、モンスターに向かい剣を振り上げ……たは良いが、そのまま避けられる。
避けられる。
また避けられる。
くそ!やはり俺は亀のようなモンスターより遅いのか!
最初は助かったという表情をしていた若い戦士も、段々何か変だぞという表情に変わっていく。
「お、お姉さん!無理に振りまわさないでモンスターの動きを予想するんだよ!」
しまいには若い戦士に教わる形となってしまった。
「手伝いましょうか~?」
後ろから暇そうなユーシャの声がするが、
「あれは疲れるのだろう!」
俺は亀のようなモンスターに空振りを繰り出す。
「まだ大丈夫だ!」
そしてまた空振る。
「ユーシャはそこで!」
若い戦士の攻撃で尻もちをついたモンスターに、振りかぶって……、
「休んでいろ!」
空振りをする。
しかし、地面にヒットした剣は、そのまま地響きとなり辺りを揺るがした。
「何だ?」
「うおっと」
周りの傭兵たちもびっくりしてこっちを見る。
予想外のことが起こったのはその時だった。
近くにいるモンスターたち3匹が、地響きにひっくり返ったのだ。
慌てて起き上がろうとするが、若い戦士がその隙を突いて一匹の胸に剣を刺す、すると亀のようなモンスターはみるみる炭のようになり、緑色のグルースを残してサラサラと消えて行ってしまった。
「お姉さん最高!どんどん地面に穴掘っちゃって!」
若い戦士に促されるまま、俺はモンスターのいる位置の近くで剣を叩きつける作業に入った。
俺が地面に剣を叩きつける、モンスターたちは転がる、そのスキに皆が攻撃をする。
気がつくと、10はいたモンスターは大量のグルースを残し4に減っていた。
「テッタイスルゾ!」
モンスターの中の一匹が低い声でそう言うと同時に、モンスターたちは背中を向けてあくせくと森の奥へと走り去ってしまった。
どこからか追撃の矢が飛んでモンスターに向かって行ったが、その矢はモンスターの硬い甲羅に跳ね返って刺さることは無かった。
しかし……、
「勝った……」
初めてユーシャの力なしに勝つことができたのだ。
周りから、歓声が沸き起こる。
「やった!あの姉さんすごいぞ!」
「ああ!あの力、ぜひ畑仕事に行ってもらいたいくらいだ!」
俺は一匹も倒していないが、どうやら功績を上げたらしい。
背中を叩かれた気配があったので振り返ると、若い戦士が方手を上げていた、勢い良くその手にハイタッチをしたら、若い戦士は俺の力にコロリと転がり、しかし転がったまま笑い出した。
俺は転がった若い戦士に手を差し伸べる、若い戦士は良い笑顔でそれを受け取って立ち上がった。
「今日は姉さんのおかげで楽だったや」
若い戦士はニコニコしながらそう言った。
俺は不思議に思い聞き返す。
「今日は、ということは、毎日こんな戦闘が続いているのか?」
「ああ、毎日だ、俺たち傭兵はこの村を守るために気の休まることはない、魔王城にある一番の拠点だ、敵も奪いに来る、俺たちは守る、まあ……」
若い戦士は足元のグルースを拾うと、それを俺に見せてきた、グルースは日の光を浴びキラキラと輝いている。
「その代わり、実入りはいいがな」
そのグルースを渡さると、それはひんやりとしていて火照った手を冷やした。
いつの間にか隣にいたユーシャが、それを俺の手から取ると、何やら日の光に当てて観察し始めた。
「83番……」
そうしてポツリと呟いた言葉の意味は、やはり分からなかった。
「ユーシャよ、その番号は何だ?」
聞くと、ユーシャはグルースを見たまま、
「……そのうち言いますよ」
と小さく言った。
「はいはーい、配分しますよ、今日のグルースを集めて来て下さい、ヨモさん、あなた戦闘に参加してないでしょう、配分するのは戦った戦士さんたちだけだから、行った行った」
魔王城攻略組合というバッジを付けた若者に集められ、俺たちは戦った分の金を渡された。
6人いた戦士たち全員に5百ウィルずつ、何と俺には上乗せしてもう5百ウィル、合計千ウィルを貰うこととなった。
これだけあれば、今日の宿代位にはなるだろう。
「姉さんまたな」
「また戦うことになったらよろしくな~」
「またな」
若い戦士は去り際、若い魔法使いと盗賊らしきパーティメンバーと共に、手を振りながら俺に挨拶してくれた。
うむ、なんとも気さくで良い者たちではないか、きっと良い戦士となるだろう。
しかし、俺の隣にいたユーシャは不服そうな顔をしていた。
「ユーシャよ、どうした、今日は温泉に入れるかもしれんぞ」
温泉という言葉にもユーシャは機嫌を直さない、名残惜しそうに魔王城攻略組合の手に渡ったグルースを見ている。
「ああ、あんな風に使うものではないですのに……」
まるでグルースがどのような物か分かっているかのように、ユーシャは粗野に扱われるさっきのグルース達を見ていた。
「ユーシャよ、グルースが何か知っているのか?」
グルースは魔物を倒した後に出てくる宝石のような結晶ということ以外は、まだ謎に包まれた部分が多いと聞く、ユーシャはもしやそれを研究している施設の者なのか?
「グルース?ああ、トリカのことですか、いやここではグルースなのですねうん、知ってるも何も、あれはこの……モンスターの命のようなものです」
何とも簡単にグルースの正体を打ち上けたユーシャは、まださっきのグルースを見ている。
命?
あれがモンスターの命なのか?
「ユーシャよ、なぜそのような事を知っているのだ?」
さっきから疑問しかユーシャに口にしていないような気がしなくもない俺を、ユーシャは見上げ、何か言いかけようとして、止めた。
「……そのうち言いますよ」
なぜ今言わないかはよく分からないが、俺はその時柄にもなくユーシャがとても遠くにいるような、そんな存在に見えてしまったのだった。




