第一話 ユーシャとの出会い
ここは魔王城最上階、魔王の部屋の一歩前のフロア。
目の前には禍々しいモンスターの顔を形どった巨大な扉が城の主を守っている。
「みんな、準備は良いな?」
俺は後ろを振り返ると、仲間たちを見た。
皆疲弊しきっている、それもそうだろう、この魔王城に入って半日、片時も休むことなく魔王の配下のモンスターたちと戦い続けていたのだから。
戦い、戦い、時には逃げ、やっとも思いでここまで辿り着いたのだ。
「なーに、こんな疲れたいしたことないっすよ」
最年少の盗賊の少年ココヤは、疲れているだろうにそれを悟られないよう俺たちに笑顔をみせる。
「ここからが本番、でしょう?」
僧侶のチドリは美しく儚い容姿をしていながらも、精神力は誰よりも強い、気丈に俺をじっと見つめる。
「そうじゃの、ここまで来たらもう引き返せない、先にすすむのみじゃ」
最年長、白髪頭のニリキ魔法使いは、栄養剤を飲みながらニヤリと笑った。
そして俺は肝心の人物に目をやる。
俺たちの希望、俺たちの光……、
「行きましょう勇者様!」
しかし、そこにいるはずの勇者様は、どこにもいなかった。
「あ、あれ?勇者様?」
仲間たちも勇者様を探す、おかしい、さっきまで一緒に戦っていたはずなんだが?
そうこうしているうちに、魔王の部屋への扉が地の底から響き渡るような振動音と共に震え出す。
焦って勇者様の姿を探すが、どこにもいない、しかし、振動音はどんどん大きくなる。
まずい、このままでは勇者様抜きで戦わなくてはけなくなる、魔王を倒すには、勇者様の必殺技でないと無理なのに……。
『おはようございます』
巨大な扉の向こうから、大きな声が響き渡る。
扉の震えはどんどん大きくなり、床をつたい俺たちまで震え出す、もはや立っているので精一杯だ。
「勇者様!勇者様はどこですかー!」
俺は叫ぶ、しかし、その声さえも振動音によってかき消されてしまう。
『起きて下さいよ』
無情にも、勇者様の姿が見つからないまま巨大な扉が開き、そこから大量の光が俺たちを射抜いた。
目を開く。
1・森の中で
俺は眩しさに目を細めながらも、魔王の姿を探した、
しかし、そこにいたのは小さな少年。
巨大な醜い姿をした屈強なモンスターを想像していた俺は、目を疑った。
「やっとで起きましたか?戦士さん」
少年は意味の分からない言葉を発する。
「お前が……魔王なのか?」
「まだ寝ぼけてるんですか、面白い人だなあ」
少年は笑う。
いや、この少年はさっきからずっとニコニコした目をしているので、笑うという表現はどうも妙なかんじがするのだが。
俺は時と共に段々頭が覚醒してくのが分かった。
ここは馬車の上、揺れがひどいはずだ、両側を森で挟まれた道を通っているらしい。
馬車の外では陽がさんさんと照り、出入り口の側に陣取っていた俺に木漏れ日を降り注がせていた。
そうだ、俺は田舎から城に向かう途中だったではないか。
確か朝に共同馬車に乗り、前日興奮して眠れなかったためついうとうとして座ったまま馬車の中で寝てしまっていたのだ。
俺は馬車の中を見渡すと、朝一緒にいた2、3人のメンバーはいなくなり、代わりに1人の少年がポツンと目の前でニコニコしていた。
「いやあ、随分うなされてましたよ戦士さん、一体どんな夢を見ていたんですか?」
少年の問いに、俺はさっきまで見ていたはずの夢を思い出そうとしたが、思い出そうとすればするほどそれは俺の手からはなれ、記憶の中から消去されていく。
ただ、もやもやとしたこの気分はさっきまで見ていた夢が悪夢だったと告げていた。
「分からん……ただ、嫌な夢だったことは確かだ……起こしてくれてありがとう、もうちょっとで大変なことになるはずだっただろう」
夢の中で。
少年は、ニコニコ顔のまま、何かつまらなそうに眉を下げると肩をすくめた。
「なんだ、そうですか、じゃあもうちょっと放っておけば良かったです」
善良そうな少年の発した言葉に、俺は間抜けな声が出た。
「はあ?」
「だって、あれだけうなされてたのです、大変なことになってたら、少しは記憶に残ったでしょう、このままではあなたの夢がどんなだったか気になって僕は今夜眠れないかもしれませんよ」
「はあ、それはすまなかった、代わりにこの前見た悪夢を話そうか」
少年が俺のせいで不眠症になったら大変だ、俺はこの前見た悪夢を話そうとしたが。
「いえ、いいです、そこまであなたに興味はありません」
きっぱりとそう言われ、俺はガクリと肩を落とした。
なんだか妙な少年だ、格好も、普通の村の少年に見えるが、この辺では見ない紫色の髪をしているし、よく見たら瞳の色も紫色だ。
また、耳にしている星の形をしたピアスが妙に女性的で、少年少年と思っていた自分の考えに少し疑いを生じた。
もしかして、目の前にいるのは少女ではないだろうか。
聞いてみようか、いや、しかし、それは失礼な質問ではないだろうか。
実家の姉も男か女かよく分からぬ容貌をしているが、小さい頃、姉上は性別が分からぬなと言ったら殺されるかという目にあった。
その時勉強した、こういう問題はデリケートなのだ。
少年……ということにしておこう、少年は、俺の視線を感じたのだろう、少し不思議そうにしていたが、やがてああと手を打ち。
「僕の性別は何だか考えてましたか?」
何で分かったのだ!
俺は驚愕に打ちふるえながら少年を見る。
「うーん、教えてあげたいのはやまやまですが、ここは性別不詳ということの方が僕の神秘性が上がっていいと思いませんか?代わりに名前をお教えしましょう、僕の名前はユーシャです」
今度は、キツネにつままれたような気分になった。
「勇者?」
「ユーシャ」
「ゆーしゃ」