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―逃避―

「なんだ……あれは」


 旗艦・ドレッドノートの艦橋は、動揺したクルーのざわめきに満ちていく。総司令のグレゴリーは立ち上がり、驚愕の表情を浮かべながらモニターの映像を見つめていた。

 太陽光が月面に反射し、クレーターを覆いながら拡大していく謎の粒子を輝かす。それはオーロラと見紛う美しさでゆらゆらと波打っていた。


「こちらブラボー小隊・チームリーダーα(アルファ)! 各機、すぐに上昇しろ!」

「こちらβ(ベータ)! ザック、どうしたんだ!?」


 ただならぬザックの声に、ウォーリーも動揺を隠せない。

 紡錘陣形を整えつつあった各機は、ザックの呼び掛けに上昇を開始する。ちょうど、ラグビーボールの形を成した陣形の先端部分。突如、赤い光点が咲き乱れた。ーーそれは、数機のファイターが爆発した輝きだった。


「ローンバス!?」


 垂直上昇するウォーリーのコクピットからも、粒子が集まりながら無数の菱形を作り出す様がありありと見てとれた。


「チャーリー小隊、通信途絶! 機体反応消失しました!」


 艦橋に響くクルーの絶叫に、グレゴリー司令は右腕を掲げた。


「全機を散開させろ! 巡洋艦(クルーザー)の主砲を一斉射!」


 散り散りに乱れながら密集体形を崩していく自軍のファイター達。砂塵が集まり形を成したローンバスに次々と体当たりされると、いとも容易く爆発し、月面へ落下していく。

 時を同じくして、旗艦の艦橋を揺るがす程の強烈な振動と共に、右翼に展開していた巡洋艦が、船体側面から目映いオレンジ色の光を放つ。

 それがローンバスの特攻による船体の誘爆であることは、周辺に展開する友軍の目からも容易に確認できた。


「くっ」

 

 真横に噴き出した爆炎は、数百メートル離れた空間に位置する旗艦の側面を舐めながら、更に勢いを増す。

 その様にグレゴリーは刮目しながら、シートの肘当てに腰から崩れた。

 巡洋艦はゆっくりと艦尾から姿勢を斜めにし、激しい爆炎を放出すると、中心からゆっくりと分離し始めた。

 ーー続けざまに、数体のローンバスに特攻されたのだ。


「巡洋艦・ニューヨーク、ご、轟沈!」


 ザックのコクピット内に、クルーの叫びがノイズがかりながら聞こえた。


「いったいどれだけの数がいるんだ!?」


 コンソールパネルのレーダーはローンバスを捉え、赤い光点が点滅していた。その数は更に増えていく。


「ウォーリー!  フルスロットルで軌道上まで離脱するんだ! このままじゃ、四方から押し潰されるぞ!」

「クッソ! どこを見てもローンバスだらけじゃねーか!」


 いち早く異変に気付いたザックとウォーリーの二機は、他の機体より速く動き出していた。

 だが、波状に拡大していた粒子は、ザック達の上空までに及び、ローンバスを更に産み出していく。

 ザックはアクセルペダルを踏み抜いてフル加速しながらも、トリガーを引き、機銃を掃射した。スタリオン改の両翼から金色の薬莢が排出され、キラキラと繊細な光を滲ませた。数千発の弾丸が、襲い来るローンバスを粉々に打ち砕く。

 再び粒子に還るローンバスの残骸が、スタリオンの強固な外装にぶつかり、弾けた。


「ウォーリー、直線的に動くな! 旋回しながら斜めに上昇しろ! 被せられるぞ! うっ!?」


 刹那、後方に気配を感じた。レーダーの反応より先んじて回避運動をとる。

 ザックとウォーリーの機体の間に、横からローンバスが割り込んできたのだ。


『ザック! スクランブルブーストを!』


 システムの男性ナビゲーターが発する電子的な声に、ザックはコンソールパネルに手を伸ばし、いかにも急ごしらえといった造りのプッシュ式のボタンに親指を捻り込む。

 他のスタリオンには装備されていない二対のプロペラントタンクから、爆発的な噴出が起こり、神の掌に押し出されたかのような凄まじい推進力がスタリオン改を加速させ、一条の光線へと変貌させていく。


「ぐっあぁっ!」


 未だ体感したことのない強烈なG。容易くマッハを越え、音速の壁を突き破る。パネルの重力計は15Gを越えていた。

 意識が遠退き、口がだらしなく開く。焦点が定まらず、視界が狭まり、“ブラックアウト”が近づいてきた。強烈な加速度により、脳内の血液が循環されず、このままでは数秒と経たずして意識を失うだろう。


『対Gスーツを起動します』


 その声と共に、ザックの纏うパイロットスーツの下半身が急激に圧縮し始め、血液を上半身へ押し上げた。


「ぐふっ!」


 失いかけた意識が回復していく。


『ザック、回避運動を! 右側面からローンバスが三体接近!』


 だが、エースパイロットの能力を以てしても、意識を保つのが精一杯だった。


「ぐぅっっ!」


 瞬間。ローンバスが機銃に射ぬかれ、爆散した。


「ウォーリー!?」


 後方から遅れながらも、なんとか追従していたウォーリーの援護射撃だった。

 ーーだが。

 

「……ザック、逃げろ! ……お前は、生き延びるんだ! お前は」


 加速するスタリオン改の遥か後方で、小さな爆発が起きた。それがウォーリーの機体であることを、ザックはどこか虚ろな意識で感じ取っていた。


「馬鹿……野郎! 俺を盾にしても……生き残るって言ってたじゃねーか! ウォーリー!!」


 朦朧とし、口が回らない。絶叫すると涙が溢れ、丸い粒を幾つも作り、ヘルメットのバイザーに弾けた。それを拭う術もなく、スタリオン改は更に上昇していく。バックモニターが映し出す眼下の月には、大小様々な光点が咲いては消えた。無線も最早届かない。


『ザック! 敵がこちらの速度と同等の動きで接近しています!』


 その言葉を聞くまでもなく、ザックはシステムによって飛躍的に高められた空間認知能力により、敵の姿形までも感じ取っていた。

 今まで見たローンバスとは明らかに大きさと形状が違う。槍の刃先のように鋭利に見えた。


「は、速い!」


 ウォーリー機の残骸と爆炎を突き抜けながら、二体のローンバスが後方に迫る。鋭角なフォルムのせいか、速度の伸びが他の個体を圧倒的に上回っていた。


「インメルマンターンをやる!  再度スクランブルブーストを!」

『危険です! 機体は元より、あなたの体が加速度と旋回Gに耐えられない!』


 その言葉を無視し、ザックはブースタースイッチを震える中指で押し込んだ。そして、アクセルペダルを蹴飛ばし、操縦桿を斜めに引き込む。


「おおぉっ! ぐっっ!」


 眼底がズキズキと疼き、鼻腔が急激に圧迫され鼻血が吹き出す。視界が霞ながら、コクピットの天蓋(キャノピー)越しに夜空に輝く無数の星々が全て尾を引き、まるでプラネタリウムのように円を描く。

 コンソールパネルが警告音を発し、加速度が20Gを越えたことを告げている。

 僅かコンマ数秒。バックを取られた状態から空中で急旋回すると、敵の背後を取った。

 甲高い電子音が二つ。コンソールのセンターに捉えた敵をロックしたことを告げる。


「サイドワインダー発射!」


 鼻血が頬を伝いながら、額とこめかみを濡らす。

 その滴がバイザーの内側に幾つもの赤い点を打ち、左側の視界を奪う。

 片目を瞑りながら、操縦桿上部の赤いボタンを押した。

 両翼の下部に装備されたサイドワインダーが白煙を曳きながら射出され、敵の中央部に狂いなく命中した。 

 激しい爆光が二つ弾け、スタリオン改の左右で明滅し、揺さぶられる機体。


「ハッハーッ!!」


 ザックは吠えた。敵を撃墜(おと)した高揚からではない。ウォーリーを失い、更にダリアと、自らが戻るべき艦隊を失うかもしれない恐怖を打ち払おうとする声だった。

 ローンバスの群れからは完全に離脱出来たが、圧倒的な敵の数に、艦隊が全滅するのは時間の問題に思えた。

 ザックは無言のままに機首を反転させると、降下しようとする。


『ザック、自殺行為です! 撤退を進言します』

「撤退!? 艦隊が全滅したら、還る場所なんてないんだ! それに、旗艦にはダリアが!」


 度重なる強烈なGから解放されたザックは意識を明瞭にし、どこか場違いに聞こえる呑気なナビゲーターの声色に怒りを覚えた。

 そして、ウォーリーに続き、ダリアの美しい笑顔が記憶に呼び起こされた。

 しなやかな肢体と、甘い香り。柔らかい髪。

 ふと我に還り、汗と血液で薄汚れた自分の匂いに吐き気を催す。


『航路を出しますので、そちらへ向かってください』

「航路?」

『はい。現状で艦隊を救う手立てはありません。首都アルテミスの防衛も手薄で、陥落するのも時間の問題でしょう。あなたは生き延びねばならないのです』

「どういうことだ?」


 ザックは喉の渇きを覚え、バケットシートの背後に手を回し、バックパックのマジックテープを剥がすと、中にあったアップルジュースのパックを掴む。

 戦時下において、冷静さを失うことが死に繋がることを、この半年間の実戦で幾度も目の当たりにしてきた。僚友や他の小隊のメンバーが恐怖から錯乱し、ゴミクズのように散っていった姿が記憶に甦る。

 ヘルメットを脱ぎさると、袖口で無造作に顔面の血を拭い、ストローをくわえた。高鳴っていた心臓が次第に落ち着きを取り戻し、視界が晴れていく。


『航路上のポイントへ。あなたは()()へ行かなければならない』

「何?」


 その言葉に、降下のためにアクセルペダルを踏み込もうとした足を止めた。


「総司令である父親の乗る旗艦に……ドレッドノートにダリアは配属されたんだ。見殺しにして俺だけ逃げるなんて出来ない!」


 眼下に輝く鮮やかな光をモニター越しに見つめながら、声を荒げるザック。


『この機体と“H.L system”は、あなたを確実に生かすために造り出されたのです。あの数のローンバスを相手に、逃げることが出来た。もう一度言います、あなたは生き延びなければならない』


 今すぐ降下して旗艦の防衛に加わることもできた。だが、ナビゲーターの言葉通り、それが自殺行為に等しいことだということは分かっていた。

 衛星軌道上から光学カメラで確認すると、既に艦隊の放つ輝きは銀色の波に飲み込まれ、風前の灯火に見えた。

 ただ一人、敵前逃亡した背徳感から、ザックはコンソールを両の拳で叩きつけると、力なく肩を落とす。


「……これからどこへ行けと? 艦隊は全滅だ。アルテミスへ帰還しろとでも言うのか?」

『あなたは行かなければならない』

「だからどこへ!?」


 繰り返される無機質な言葉に、ザックは苛立ちを隠せない。


『あなたの疲労度は深刻です。後はオートパイロットに任せて、眠ってください』


 沈黙の後、ザックはゆっくりと機体を月の起動上から離脱させた。込み上げる怒りと絶望に、言葉が出ない。ただ、沢山の大切なものを失ったという現実に、全身の力が抜けていくのを感じた。



 ナビゲーターの言われるままに、ザックは機体制御をオートパイロットにしたまま、いつの間にか微睡んでいた。

 たった数分間の戦闘だったが、常人ならば絶命しねない程の強力な加速度に曝された体は疲労の極致にあった。ダリアやウォーリーのことが頭を幾度も過り、胸が引き裂かれる思いだったが、意識を失うように眠りについていた。

 ーーどれ程の時間が経ったろうか。


「……ダ、ダリア!」


 夢の中で聞こえた囁きは女の声だった。張り付いた唇が叫んだ拍子にベリベリと音を立てる。口の中が鉄の匂いに満ち、全身に感じる酷い鈍痛。疲労の回復には程遠い。


「あれは?……」


 キャノピーは敵の残骸を浴びて傷つき、肉眼での視界は曇っていた。外部カメラからコンソールに映し出された前方の景色に、ザックは息を飲む。

 宇宙空間に、ドーナッツ型の巨大な建造物が姿を現していた。


「半世紀前の、コロニーか」

『月面移住計画で使われた中継コロニーです』

「なぜこんなところに? この類いのコロニーは解体されて、月面都市建設のために再利用されたはずだが」

『……入港してください』


 促されるまま、外周部に口を開けた港へ機体を向ける。

 巡洋艦を数隻は収用出来るであろう広大な港へスタリオン改を入港させると同時に、巨大なエアロックが閉じていく。

 湾内に空気が充ちて、内壁のゲートがゆっくりと開いた。

 ザックは操縦桿とアクセルを小刻みに操作すると、最深部の駐機エプロンへ機体を着陸させた。

 強化ガラス張りの監視塔に人影はない。

 キャノピーを開き、シートから立ち上がったザックの視線の先。

 監視塔のドアがゆっくりと開き、白衣を纏った老人が車椅子に乗り、姿を現した。

 表情は変えないまま、ゆっくりと右手を上げ、ザックへ向けて掌を見せた。

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