5(續木視点)
途中、視点が変わります。
裏通りを抜けた少しばかり寂れた所に控えめに掲げられた洋菓子店の看板。
こじんまりとした店に入ると、美味しそうな洋菓子の数々と黒髪の美丈夫が出迎えてくれる。
まさに癒しの天国です。
「・・・お疲れ」
心地いい低重音の声。
僅かに緩んだ目元。
彼に逢うだけでホッとする。
このお店のオーナー兼パティシエの續木 聖生とはずっと縁が続いてる。
「店仕舞いなら手伝うよ」
本日も完売のようで嬉しくなる。
開店当初は立地の問題もあって客足が伸びず苦労していたけれど、今は売れ残ることも無い。
店を維持していけるだけの集客があるし、ファンもついて来た。
近くで見て知っている分、喜びも一入だ。
黙々と片付けを行い、お礼に紅茶と試作のケーキを振舞ってもらった。
これが目的と言っても良いくらいだ。
「・・・何かあったのか・・・?」
「ん?」
「顔色が優れない」
「んー、そうかな」
續木作のお菓子は昔からの大好物なのだ。
それを目の前に浮かれてるはずだけど、彼が指摘するならきっとそうなんだろう。
人が弱ってる時は特に敏感だから。
まあ、それよりも試食が先だ。
一口食べて美味しさにニヤけてしまう。
「ミィナのお菓子は本当美味い!」
へらへらしてたら無言で見下ろす續木に気付いて少し怯む。
美人て迫力あるから怖い。
特に續木は、あまり表情動かない、喋らないから威圧感が凄い。
「・・・言いたくないのか」
自分には、と続く声にならない言葉に頭を振って否定する。
「王子達が立て続けに出現して辟易してるだけ」
真淵は今更だから置いとくとして、現状には不満しかない。
思い出してムッとする自分と同様に續木も眉を寄せたから首を傾げた。
「どうかした?」
「あの人達・・・迷惑掛けてるのか」
「まさか。煩わしいだけ」
迷惑とは違う。
あの人達には自由に振舞える権利があるから。
「嫌な思いをしてるんだろう」
「あー、ちょっと違うね。こう、なんていうか・・・割り込まれてモヤっとする感じ?」
「・・・・・・?」
「でも主役だから仕方ないよね、みたいな」
「・・・・・?」
「ぶはっ、ご、ごめん、意味不明で」
ちゃんと考えては首を傾げる愛らしさに笑い吹き出してしまった。
決して馬鹿にしてるんじゃない。
可愛かったのもあって、ついつい。
ああ、癒される。
「そーいえば、まだ聞いてない」
「?」
「同窓会」
示し合わせて遅れてやって来た彼は最初から全てを承知していたはずだ。
王子達と共謀して黙っていた。
今後の生活に関わって来るだろうから、これははっきりさせておく必要がある。
ついでに、自分と彼等との認識の相違点も知りたかった。
週が明けて生徒会で顔を合わせた瞬間、彼女に何かあったと直ぐに気付いた。
纏う空気が異質で、彼女と出会ったばかりの頃を思い出させたからだ。
「楓」
「あぁ、ミィナ。お疲れ様」
いつもと変わりなくホッとして、それから笑い掛けてくる。
自分に向かって「癒される」と口癖のように語る彼女だが、お互い様であることはきっと知らないだろう。
だからこそ分かるのだ。
確実に何かあったと。
「ん?」
いつまでも立ち尽くしたままなのを不思議に思ったんだろう。
首を傾げる楓に何でもないと頭を振り、そのまま隣の机に移動した。
本当はこの時に聞いておくべきだった。
日を追うごとに塞ぎ込んで行くのに、結局は何も出来ずに終えてしまったから。
あの日、あの時が最初で最後のチャンスだった。
それを何年もずっと悔やむ事になる。
「待て!」
昼休み。
楓を捜してやってきた生徒会室から桐山会長の怒声がした。
何事かと扉に手を掛け、緊迫した様子に中へ入ることが出来なかった。
「何かあったんじゃないのか!」
「何も有りませんよ。ただ心配無用ですとお伝えしただけです」
もう1人。
抑揚の無い声は、聞き覚えがあるのに別人の物のようだった。
「突然メールも電話もしてくるなと言われて、納得できるはずがないだろう!」
「納得も何も、竜崎先生との一件は終わった事です。会長様にこれ以上気に掛けて頂く理由がありません」
「・・・迷惑だと、そう言いたいのか」
「まさか。大変有り難かったです」
桐山の表情が歪む。
それはそうだろう。
楓から感謝の念は無く、迷惑だと言わんばかりの冷淡な態度だ。
「もう大丈夫です」
だから今後は声を掛けて来るなと、そう暗に含められてる気がした。
対峙していた桐山も同様に感じたんだろう。
怯んだ気配がして、酷く傷付いたと固く握られた拳から伝わって来る。
「話がそれだけなら失礼します」
一礼して身を翻した楓を呼び止める為に口を開き、けれど何も言えずに俯いた桐山。
見た事もない会長の姿に戸惑っていると、部屋から出るべくやって来た楓と遭遇した。
立ち聞きに気を悪くしただろうか。
不安が過ぎったけれど、少し驚いた後にいつも通りに穏やかな表情を向けてくれた。
「会長様に用事?」
そうではないから否定する。
楓を捜していたと告げれば喜んでくれた。
先程まで会長と接していた人物と同一とは思えない。
「そうだ、ミィナに聞きたい事あったんだよね」
この間のテストで分からない問題があるから教えて欲しいと頼まれ、了承するとお礼を言われる。
心から感謝されていると分かる。
だからこそ、桐山に向けられた言動の異常さが際立った。
以前はそうではなかった。
苦手でも受け入れている様子だったのに。
あれは拒絶以外の何物でもない。
化学教師で生徒会顧問の竜崎と楓が同棲している。
暫くして、そんな噂が流れだした。
学校側は取り合う様子もなく問題になる事はなかった為、信憑性は無いと直ぐに収まった。
相手が平凡な女子生徒だった事が噂を助長しなかった理由の1つだ。
けれど、そうは思わない人間もいた。
鳳巳副会長だ。
「ちょこまかと鬱陶しいぞ、お前」
「センセ、いきなりだねー」
裏庭を通りかかった際、見てしまった2人が気になって留まる事にした。
「自分に靡かない楓が物珍しいか?ははっ、意地でもオトしたいか」
「ナニ、その不純な動機ぃ。俺はそんな軽薄じゃないんですけどー」
「そうか、そりゃすまん」
「心こもって無さ過ぎっ」
どちらものらりくらりで真意が掴めない。
分かるのは鳳巳から発せられる僅かな緊張感だけだ。
「で?竜崎センセの目的は?」
「勿論、牽制に決まってるだろ。イイとこなんだ、邪魔するな」
「イイとこねぇ・・・アンタ、佐藤さんに何したわけ?」
「ははっ、俺は何もしてないぞ。優しく慰めてやってるだけだ」
「どーだか。怪しいもんだよね」
肩を竦める鳳巳。
竜崎は何を言うでもなく笑うだけ。
次に竜崎が話題にしたのは生徒会の事で、今までの会話が無かったようなやり取りだった。
そうして鳳巳が先にその場を去って行った。
「それで?ミーナちゃんは何の用かな」
「・・・・・」
咎める様子は無く、振り向いた竜崎は実に愉しげだ。
自分も噂の真相が知りたい。
与えられた機会を逃す愚かな真似はしない。
「・・・楓は先生の所にいるんですか」
「ははっ、そうだな。俺の傍にいるなー」
これで彼女に何があったのか少しだけ分かった。
原因は父親との関係なんだろうと。
竜崎がどうして関わっているのか知らないが、再び傷付いてしまった事だけは解る。
自分が何も出来ずに見守るしかない事も。
「楓なんて止めとけ。もっと簡単なのがいるぞ」
それが誰なのか、聞き返すまでもない。
はっきりと拒絶された会長が関心を寄せている相手。
楓がヒロインと呼んでいる姫条の事だろうから。