チャラ男ルート4
「佐藤さん、お願いがあるんだけど」
「はい」
「竜崎に会わせて欲しい」
いつものお茶会での唐突な申し出により、それは実現した。
「どうした」
竜崎のオフィス。
ソファで寛いでいたら竜崎にポンポン頭を撫でられた。
「何で私、此処にいるの?」
「呼んだからだな」
いや、分かってる!
そうじゃなく、いやいや、敢えての返答だと解ってますよ、勿論!
「ははっ、怒るな拗ねるな」
隣に座り愉しそうに目を細めて撫で回す竜崎。
御機嫌良くて何よりだ。
「先輩、もうすぐ来るよね」
「来るな」
「何で私を呼んだの」
「サプライズな嫌がらせだな」
うわぁ、物凄いイイ顔してる。
そして何故、サプライズ嫌がらせに私を巻き込むのか。
面倒な予感しかない。
溜息をついた所にノックされ、いよいよかとうんざりする。
扉に背を向けて座っているから入室と同時に顔を合わせずに済むのは、せめてもの救いか否か。
竜崎は振り向いて相手を迎えているけれど、こちとらそんな度胸はない。
いや、待て。
竜崎の腕に囲われるよう密着して座っているのはアウトなのでは?
これは、早々に距離を保つべきだ。
挨拶を理由に立ち上り、竜崎から逃れるのに成功した。
「佐藤さん、居たんだ」
「・・・お呼ばれしまして」
怖い。病んでる瞳の色が濃くなった。
横には忍び笑いが忍んでない準ヤンデレ。
これは詰んだ・・・お先真っ暗。
竜崎に促されて鳳巳と共にソファに腰掛ける。
ハイ、自分は竜崎のお隣です。
向かいに鳳巳なので視線が突き刺さる、逃れられない。
「鳳巳は昔から敏いよなぁ」
ピクリと鳳巳が反応した。
「楓を寄越せとでも言いに来たか」
「・・・手放すつもりは無いと言いに来ました」
「それはそれは、御丁寧に」
このタイミングで髪に触るのは止めて欲しい。
眼前の鳳巳の反応がっ、目が怖い!
「どうでもいいけど」
あぁ、火に油が・・・
「俺に宣言して何の意味がある」
保護者じゃないと言い「なー?」と同意を求められても困る。
僅かに傾げる仕草と気怠げな声が絶妙にマッチして萌えるわぁ。
とか思ってしまうので、本当に止めて。
「佐藤さん」
「うわっ、はい!」
残念な思考がバレた?
「君が竜崎に依存してるのは嫌ってくらい理解してる」
だから昔は諦めたと言われ気分が落ち着いた。
この人、宣戦布告しに来たんだ。
凄いな、竜崎相手に。
「君を手放さないし別れないから」
何度か聞かされたフレーズは自分への宣戦布告だったらしい。
本当によく見てる。
「昔も今も変わらないだろう」
「昔は入り込む隙はなかった」
「ははっ、はははっ、解ってて楓と付き合うか」
彼がいないと生きていけないと言い、彼に誘導されて人生歩んでる事を隠しもしない。
そんな人間と知っても目の前にいる鳳巳は得難い存在だと思う。
佐藤楓そのものを欲しいと言ってくれる。
こんなにも幸福な事があるんだなぁと思うし、鳳巳は酷く歪んでいるのではと不安にもなる。
「女冥利に尽きるなー」
優しく頭を撫でる竜崎に不穏な影はない。
純粋に喜んでくれて、喜んでいるのに気付いてくれてるから嬉しくなる。
へらりと笑えば微笑み返してくれて胸が熱くなる。
ああ、今、人生史上最高に贅沢過ぎる幸せを味わっている。
「楓はそろそろ樋野のお迎えだろ?行っておいで」
「うん、行ってきます」
頬を一撫でされたのを合図に立ち上がる。
「鳳巳先輩、お先に失礼します。あ、会えて嬉しかったです」
こんな風に思える日が来るとは驚きですよ。
感謝しつつ、面食らっている可愛い鳳巳を目に焼き付けオフィスを後にした。
「それで?」
楓の姿を見送って竜崎はゆっくりと体勢を戻す。
ストレートに思いを告げられ固まっている様子から楓の対応が窺い知れる。
この様で宣戦布告とは恐れ入る。
竜崎は腰を上げ2人分の珈琲を入れるとひとつは鳳巳の前に置いた。
落ち着くには十分な時間だろう。
カップに口を付けながら再びソファに腰掛ける。
「鳳巳はわりかしイイ男なのに残念なのな」
「どういう意味ですか」
「そのまんま。よりによって楓かよーってな」
「アンタに言われたくないんだけど」
仏頂面で珈琲に手を伸ばす。
飲んで眉間に皺が寄ったのは美味しいと思ったからだろう。
「俺はアンタが心底恨めしいね」
それはそうだろう。
「佐藤さんがあんなにもアンタに心酔してるとは考えもしなかった」
「心酔ね」
「アンタに言われて男作ろうって思う事態可笑しいでしょ」
「ははっ、感謝しろー」
忌々し気に舌打ちをする鳳巳が吐き捨てるよう「してる」と言い放つ。
「お陰で今は佐藤さんに認識してもらえてる」
「恋人だしな」
癇に障ったせいで遠慮なしに睨まれる。
綺麗な顔が歪んで笑えてしまう。
「事実だろう」
怒るなよと笑えば舌打ちで返された。
「佐藤さんは返さない。絶対に放さない」
「おう、頑張れ」
「本っ当!忌々しい」
「ははっ、寂しいこと言うなよ。俺は鳳巳を買ってるぞ」
もっと深く執着すればいい。
惨めに縋りついて愛を囁けばいい。
早く楓をお前に溺れさせてくれればいい。
そうすれば絶対なんて有り得ないと気付くだろう。
社長のお供で取引先に訪れた際、俺様専務様に呼び止められた。
相変わらず格好良いな。
眼福だわぁ。
「おい、聞いてるのか」
「はい?」
「最近、鳳巳と会ったのか」
「一昨日がお茶会でした」
何やら険しい顔で唸っている。
僅かに逡巡して教えてくれた情報はこう。
鳳巳先輩、2週間前にお見合いしたらしい。
現在進行形で話は進んでおり、婚約パーティーの計画がなされているとか。
ふむ、初耳ですな。
「聞いていたか」
何やらホッとしている専務様にいいえと答える。
「何故落ち着いてるんだっ」
えぇー、何故貴方様が取り乱すのか。
それが正解なの?
いや、まあ、確かに。
立場上は動揺するのが普通なんだろう。
「お前達、付き合ってるんじゃないのか」
「お別れしてないと思います」
「思いますとは何だ。どうなってる」
専務様が混乱している。
うむ、これもまた良し。
内心デレデレしていたものの、現状報告は正しく行った。
結果、またもや何故だと項垂れる専務様にキュンとするのは仕方ない。
「いい大人なんですから、諸事情で別離は普通では?」
「お前・・・あんなに執着されていて、何故そんな事が言えるんだ」
今度は鳳巳を思って怒っている。
相変わらず仲良しさんだ。
そして相変わらず面倒見の良い優しい人だ。
「好きだけで現実は変わりません」
「それは、そうだが」
手にしたい未来の為に行動して初めて変化は訪れる。
だから、情報を与えてくれた専務様には感謝してる。
「悲劇のヒロインした方が盛り上がります?」
「いらん、やめろ、想像出来ん」
同じくですよ。
そーゆーお愉しみは若い時に一通り経験しておく方がいい。
社会的地位やら人間関係の柵やらが纏わりつく歳では自由が利かずに難しい。
いや、その場合は背徳感とか報われない想いのドロドロっぷりに浸れる愉しさが芽生えるか。
「身分差に苦しんでの略奪愛に愛憎劇争奪戦て、愉しいもんですか?」
「知らん!俺に聞くな。大体お前、嫌いだと言ったじゃないか」
「ああ、はい、愛憎劇に巻き込まれたら消えます」
「・・・鳳巳はだから言わないのか」
専務様の独り言は聞き流した。
ひとまずは、次回のお茶会で必須の確認事項とした。
「先輩、顔色悪いです」
深夜に近い待ち合わせで鳳巳の多忙が窺い知れた。
延期にしようと提案は一蹴されテーブルを挟んで向かい合ってるけれど、今にも倒れそうで心配しかない。
「帰って寝て下さい」
「いやだよ。折角逢えたのに無理」
「隈が凄いし青白いし肌荒れまでって相当ですよ」
それでも儚さが増してエロいし麗しいですが。
行儀悪く肘をついて頬杖しつつ、深い溜息などされては目に毒だ。
「煩わしい事が多いだけ。佐藤さんに逢えなきゃ耐えられない」
どうしようか、撫で回したい衝動に突き上げられる。
店内には人も少ないし、まあいいか。
手を伸ばして鳳巳の髪を撫でる。
あ、気持ち良い触り心地。
散々撫で回してから、鳳巳の顔を見ればふにゃんとしてた。
うぉい!可愛いな!
こんな先輩見たことない。ありがとうございます!
「煩わしい事ってどこぞの御令嬢との婚約話ですか」
もふりつつ必須確認事項をぶつけると見事に固まった。
ぴしりと音を立てたんじゃなかろうかってくらいに一瞬で。
触ってたら割れそうで怖い。
ゆっくり手を引くと慌てて握り締められた。
普通に痛いんですけど・・・悲壮感漂い過ぎで言えないっ。
「いやっ、嫌だ!ちゃんと説明する!するから、切り捨てないでっ」
えええぇっ、いやいや、止めて。
必死に縋り付かれる言動一切してません。
店員さんが責めるような眼差しを向けて来るので半泣きも止めてぇ!
居た堪れなくて隣に移動して鳳巳を必死で宥めましたとも。
捨てないでと譫言の様に繰り返しながらボロボロ涙を零す成人を。
精神的に追い詰められて聞く耳を持たない相手を抱き締め、背中を擦り、耳元で何度も「捨てない」と囁き名前を呼び続けてようやく顔を上げた鳳巳。
泣き疲れて寝落ちしそうな気配がして慌てて店を出た。
タクシーに押し込み帰宅強制した結果、鳳巳先輩の初お宅訪問する羽目になりました。
ぐずりながら決して逃すまいと自分を抱き締めたままベッドに倒れた鳳巳。
凄く顔色が悪い。
目を冷やさないと起きた時には腫れるだろうに。
案の定だったけど、王子は無様でも様になってました。
あぁ、イケメンは何をやっても許される・・・現実は残酷ですね。
さくっと用意された鳳巳の手料理朝食。
色んな意味で美味しい。
「あ、の、佐藤さん」
咀嚼しながら目を向けると酷く居心地悪そうな鳳巳がいた。
「非常に美味しいです、ありがとうございます」
「っ・・・ぅん、良かった」
ちょっと目が潤んだ。
違ったらしい。
これはあれだ、昨日の続きがしたいのか。
「先輩」
ビクッと震えられた。
いやいや、呼んだだけで怯えないで。
「仕事あるので後日にしましょう」
絶望した顔で真っ青になってしまった。
嫌だ嫌だと繰り返し頭を振る鳳巳を止めるべく頬に手を添えた。
「今晩、先輩の都合が良ければ此処に戻って来ても良いですか」
数度瞬きを繰り返して、ふにゃりと笑う。
ちょ、おい、昨日から鳳巳先輩が壊れてる!
あかんレベルで何かのネジがぶっ飛んでる!
早急に応急処置を施さないとヤバい気がする。
本日は後ろ髪引かれっ放しで仕事に集中出来ませんでした。




