俺様ルート4
ええー、まじですか。
夜遅くのチャイムで来訪者を確認してげんなりする。
開けたくないと思いつつ、渋々桐山を招き入れたのは今日の今日だからだ。
はい。最低浮気野郎、私っていうオチのあれですね。
「どうしたんですか」
空気が重い、なかなか動かない相手を強制的に座らせる。
本来は黙って待つ立場だが、聞かなければ永遠このままな気がした。
「暫く連絡来ないと思ってました」
「どういう意味だ」
とてつもなく低い声と眼力怒り増し状態で射竦められる。
左手首を掴み上げられ悲鳴を噛み殺した自分を褒めたい。
「あ、愛想が尽きて当然だとっっ」
手首に捻りが加えられ痛みに呻き言葉が切れた。
「お前には好都合なんだろう」
恐怖と痛みの中、彼の言葉に心で頷く自分がいた。
手首の痛みが増したのは見透かされた所為だろう。
「お前からの連絡を待っていた俺は滑稽だな」
自嘲めいた呟きと伏せられた瞳は一瞬で、再び怒りに染めた桐山と視線が交じる。
「あの後、あいつと何をしていた。俺を追い掛けもせず、連絡も寄越さず、ずっと一緒だったか」
放置され待てを言い渡されたのはこっちなんですけど。
いや、確かに、そうすべきだったかもしれない。
彼を想っていたら一刻も早く誤解や負わせた不快感を拭うべく動くはずだ。
王子とお出かけイベントはゲームに限る、とか言って自宅でゲームしてる場合じゃなかった。
青褪めた事で誤解を肯定と取った桐山は覆い被さるようにして両腕を床に押さえ込んだ。
身動き出来ず、押し倒されたとも言う。
「いやいや!桐山さん!!何してるんですっ」
顔が近付いて来るので避ける。
チッと舌打ちが聞こえたが、怖くて正面向けません。
「社長とは断じてそんな関係ではありません!」
あっさり誘惑に負けてしまうけどね!
口が裂けてもこの状況では言えません。
「容易く触らせていただろ」
唇が首筋をなぞり息が触れる。
確かに、否定しようもなく目の前でされた事だ。
「俺との事はあいつに話したのか?俺は遊びで本気じゃないと」
「何の話ですっ」
「そのつもりなら本気にしてやるさ」
「待った!待って下さいっっ」
衣服の下に彼の手が触れた瞬間、事態は深刻なのだと悟った。
脇腹を掠めて胸を揉まれビクリと体が揺れた。
寝るだけ状態だった為、ブラは付けておらず桐山の小さな笑みは羞恥を誘った。
「抵抗はするな」
傷付いていると語る瞳に強張っていた体から力が抜ける。
「桐山さん、あの、」
言葉を遮る為に押し付けられた唇。
愕然としてる間に舌が侵入し、違和感で噛みそうになるのを堪える。
拒絶しようとしたんじゃないです。
口腔内を蹂躙され、唾液の絡まる音が耳朶に響いて卑猥さを増す・・・この現状に耐えうる経験値はありませんとお伝えしたかっただけなんです。
思考が溶けて全身に甘い痺れが広がった頃、唇を離して見下ろす桐山が壮絶に美しいとぼんやり思う。
何でこんな人に組み敷かれてるんだろうか。
浮かんでは消える疑問を抱きつつ、彼から与えられる快楽を甘受した。
腰が痛い。
体のあちこちが筋肉痛のようです。
休日で良かったと心底思う。
「大丈夫か?」
のそりとベッドから起き上がった所へ頭上から声がして体が震えた。
反射的で意識しての事ではないけど、水を差し出す桐山の罪悪感を刺激したらしい。
礼を述べつつ一気に半分ほど飲んだ。
「昨日は・・・すまん」
ベッドに腰掛け視線を彷徨わせつつ、最後にはしっかりこちらを見る。
何が「すまん」なのかは心当たりが有り過ぎて掘り下げたくない。
「いえ、大丈夫です」
この話題は終了でお願いします。
「初めてだとは思わずに無理をさせた」
知ってからも何故か歓喜して暴走してた気がしますけど。
じゃなく、これ以上余計な発言をしてくれるな。
「俺にだけ許された行為だと知ったら舞い上がってしまった」
「あぁ、はい、そうなりますね」
経験豊富で床上手な王子がお相手なのは感謝するべきだろうか。
結構、散々な責め苦に耐えた気がする。
「嫌だった、か?」
「快楽で籠絡した人のセリフですか」
「それは・・・お前が悪い」
そうなりますか。
今までの会話は何だったんだ。
「本音を話さずのらりくらり躱すからだ」
「知人以上友人未満が妥当だって言いましたよね」
「今更だな」
全くですよ。こんな目に遭いましたからね。
「お前は俺の物だ」
ヤバイ、これ、きた!
愛の告白に画面越しなら悶絶してた。
実際言われた身としては、少しも心に響かない。
奪われ尽くすだけなら想いなど育めない。
返って来ないと解っているのに、真心を差し出すお人好しでは無い。
俺様といると嫌な事ばかり思い出す。
妬み、蔑み、悪意ある言動。
過去の自分がそれら全てを受け流せたのは父親を愛していたからで、今の自分が同じように出来るかと言えば否である。
「貴女、まだ炬兎様にまとわりついていたの?」
俺様のマンションエントランスで遭遇したのは、いつかの女王様だ。
あぁ、嫌だ。このまま回れ右して帰ってしまおう。
「楓!」
・・・災いの元が迎えに来なければ。
踵を返した所で手首をガッチリ掴まれたので渋々歩みを止めました。
「お前、懲りずに引き返そうとしたな」
「いえ・・・先約があったようなので」
「先約?」
若干怒りつつ何の話だと目で問うて来るから、視線で女王様を示し答える。
そうして気付いた存在に眉を顰めた。
「御無沙汰しております、炬兎様」
「何をしている」
「近くを通りかかったものですから、ご挨拶に参りました」
「必要ない」
嫣然とし媚びを含んだ声の女性と拒絶を示す冷やかな桐山。
あぁ、何故、この場にいなければならないのか。
「帰れ」
「炬兎様、」
「行くぞ、楓」
引き摺られるようにエレベーターに乗り込む。
扉が閉まるまで突き刺さって来た女王様の視線。
俺様は絶対に気付いてないはずだ。
「追い返して良かったんですか」
ソファーまで誘導されてやっと解放された手首を擦りつつ、隣に座る桐山を見た。
「呼んでないからな」
会話から察したけれど、随分な態度だったと思う。
「お前、帰ろうとしただろう」
「はい」
「俺が止めなければ、確実に帰っただろう」
「はい」
「来訪者を理由に帰りたかっただけだろう」
「はい」
そこまで承知で何故呼び出すのか。
嫌々、渋々、仕方無く訪れているのを隠していないから、そろそろ怒るなり諦めるなりして欲しい。
「いい加減観念したらどうだ」
観念した結果がコレです。
執着に値しないと己を曝す選択をしたまでです。
「専務様こそ、いい加減うんざりしませんか」
「何にだ?」
心底解らないと首を傾げる仕草が可愛いと思ってしまう。
「私にです」
「しないな」
「左様で」
「無駄な足掻きをするお前は飽きないぞ」
いえ、足掻きではありません。本気で嫌がっています。
言動で伝えているのに少しも届いていな現状に疲弊しています。
はっきり伝えるべく桐山と向き合うが、綺麗な顔が迫って唇を奪っていく。
いやいや、キスのおねだりをしたんじゃない。
「話を」
したいと続ける前に先程よりも強く唇が押し付けられる。
いつの間にか肩を抱かれ身動きも取れなくなっていた。
胸を押してもビクともしない。
顔を背けようとすれば後頭部を押さえられ、唇を割って舌が無理矢理入って来た。
上あごをなぞり執拗に舌を絡めて離さない桐山に完全敗北だ。
「お前の話は聞かん」
苛立ちを含んだ声音に呼吸を整えながら顔を上げる。
「好きだと言っても信じないお前の話など無意味だ」
今、初めて言われました。
いや・・・処女を奪われた後の箍が外れた状態では繰り返し言われた覚えはある。
情事の睦言にどれだけの信憑性があるのだろうか。
あぁ、そうじゃない、そうやって相手を拒絶する考えを改めると決めたはずだ。
「桐山さん」
「何だ」
「貴方とは未来が無いと思います」
若い頃なら感情に任せて突っ走っても良かっただろう。
身分違いの恋、玉の輿、女性としての優越感を存分に味わえた。
残念ながら恋愛脳で乗り切れる年齢は過ぎ去っていて、現実は避けられない事実として目の前にある。
「俺と結婚したいのか」
違う!!
平手打ちしたいのを堪えて間髪入れずの否定で済ませた自分は凄く偉い。
「政略結婚も有り得る立場の人と関係を続けるのはリスキーです」
それなりに覚えがあるんだろう。
不愉快げに眉を顰めたが反論はして来ない。
「未来の選択肢を潰す程、桐山さんには傾倒してません」
「だから何だ」
「愛人になって囲われる趣味は無いので時が来たら精算して下さい」
「俺を捨てるのか」
「現実的な話をしてるんですよ。前に言いましたよね、私、嫌いなんです」
愛憎劇と面倒事が。
「私を踏み躙るのも許しません。想いを盾に強要するなら、それを喜ぶ人を見付けて下さい」
彼の愛だけで満足出来る人なら幾らでもいるだろう。
自分は御免蒙るが。
「全てを捧げるなんて吐き気がします」
満面の笑みで告げた時の俺様の表情は見ものだった。
彼にとって愛は与えられる物で、そうされるのが当然の環境にある。
あの時、狐につままれたような顔をした俺様の反応は最もだろう。
お前もそうだろうと迫られても迷惑ですけどね。