俺様ルート2
「お前は隙がある」
会社で不本意な噂話が尾ひれを付け出して数日、桐山のマンションへ呼び出されて開口一番の台詞だ。
「左様ですか」
「身に覚えがあるな」
そりゃ、まあ、このタイミングだ。
「耳噛まれただけです」
「だけでは無いだろう」
「あぁ・・・相談受付中とも言ってましたね」
「随分と余裕だな」
うわぁ、額が青筋立って見える。
「土下座します?」
「何の為だ。ふざけるな」
いえ、決してふざけてません。
怒りを収めて頂きたいだけです。
そして方法が分かりません。
一連の出来事を正直に語ってみたが、浮気男の言い訳にしか聞こえない。
いや、嫌悪感は無かったです。
いやいや、喜んでも無いです。
あの方とは踏まれて大笑いした過去しかありません。
「どんな過去だ」
少し顔が引きつってますが、聞かれて同じく引きつった。
本当、一体、どんな関係だよってね。
誤解しないで下さい。
特殊な性癖持ってません。
だから微妙な納得するの止めて下さい。
「竜崎の時も思ったが、警戒心を持て」
暫し考えて思い出す。
学生時代に襲われていた所を会長様に助けられたと。
以後、途轍もなく面倒だった事も。
「今は多少マシになったと思います」
「思ってるだけだろう」
「はあ、まあ、そうなりますか」
されちゃってますからね、説得力ゼロだ。
とりあえず気をつけますとしか言いようがない。
「真面目に聞け」
怒った桐山が隣へ移動して来た。
腰掛けた際に膝が触れる。
近い近い!
抗議する前に頬を両手で包まれた。
あっという間に真っ赤になるのは当然の権利だ。
「お前・・・誰に対してもそうなのか?」
「すみません、何の話ですか」
至近距離かつ顔面固定で逃げ道がない状況だ。
こちらの心境を是非とも考えて頂きたい。
全然、頭働かない!
「そう反応するのは俺だけか?あれにも気がある素振りを見せたのか」
いや、ちょっと、これ以上は止めて欲しい。
嫉妬されるとか興奮するんですけど!
って、画面越しなら悶えてる状況ですね!
いやいや、解ってます。
コレは恋情の伴っていない独占欲だと。
だから勘違いを振り切る前に離して欲しい。
「い、一度、離してもらえますか」
「質問に答えたら離してやる」
「反応に関しては分かりません、制御不能です。弁護士様とは色気のある関係を望んでません」
一息で言い切った。
なので離して下さい。
目線をうろうろさせている自分の挙動不審っぷりが情けない。
「金輪際、他の男に触れさせるな」
「肝に銘じます」
解放された瞬間、身を捩り桐山とは反対側に倒れ込んだ。
何て心臓に悪いプレイか!
二度は御免だ。
本日は久し振りの休日。
家でのんびりしてたら来訪者の黒スーツ2人組に拉致されました。
「来たな」
いやいやいやいや!
優雅に寛いでらっしゃいますが、貴方様の部下らしき人に説明無しで強制連行されただけです。
車を降ろされて安堵した程度に怖かったんですけど。
「酷い格好だな」
部屋着の起き抜けだから当然だ。
ついでに残念な容姿は生まれつきですが何か。
「事前連絡頂けませんか」
「それじゃあ面白くないだろう」
「・・・貴方の暇潰し要員になった覚えはありません」
色々腹立たしい。
不快を隠さず睨めば俺様専務様こと桐山が怯む。
「そんなつもりはない」
「言動は伴ってません」
「・・・・・喜ぶかと思ったんだが」
はあ?
拉致に恐怖して休日潰される事を歓迎する物好きが何処にいる。
思ったままを吐き出せば桐山の表情が歪む。
「俺に逢いたくないのか」
はい、特には。
と答えたりはしないで無言で通す。
当然考えを読まれていた為、質問で返す事にした。
「貴方は私に逢いたかったですか」
別に何ら期待していない。
いないが、考え込まれるとそれなりにダメージを負う。
「どうしたら喜ぶかをずっと考えていたが・・・逢うのを楽しみにしていたと言う事だろう」
「左様で」
「嬉しくないのか」
「とっても嬉しいです」
「棒読みだな、おい」
考えた挙句がこの結果かよ。
俺様専務様に会えるだけで喜ぶとか、どんだけ熱烈ファンですか?
そもそも、貴方様の中で私はそーゆー認識なんですね。
など、突っ込みどころ満載ですよねー。
きっちり訂正しましたとも。
休日は引きこもって1人で過ごすのが好きだと。
貴方のファンでは無いので微塵も喜べません。
今日の事は大変迷惑なので金輪際止めて下さいと。
「根本的に間違ってます」
むっつり不機嫌顔が更に険しくなっている。
まあ、好意に暴言で返してたら当たり前だ。
「面倒事はお断りです」
「別れるという意味か」
あぁ、そうなるのか。
現状を付き合ってると言えるかどうか疑問だが。
そのまま桐山にぶつけてやる。
私を好きではないでしょうと。
「知人以上友人未満がいいとこです」
「俺はお前を手放す気はない」
左様で。
だからと此方が従う義理もない。
是非是非、貴方様のお言葉に歓喜して頬を染める女性を射止めて頂いた方がいい。
はっきり告げると苦しげな表情。
「受け入れてから突き放すのか」
「いやいや、貴方が言うセリフですか」
「・・・何が問題だ」
「全部じゃないですか?」
逃げ口上ではなく、王子とモブなのだ。
「会長、私を女として意識してないし」
「そんな事はない」
「いやいや、解りますって。ヒロインにメロメロ首っ丈なの見てましたもん」
本当眼福でした。
「なので、やっぱり、先輩後輩って関係で十分じゃないですかね」
それ以外になりようがない。
桐山に恋愛感情がないのが証明してる。
「俺はお前に想われたい」
真剣な眼差しといつかと同じ台詞。
駄々をこねる子供のそれに溜息を吐く。
「他を探したら如何ですか」
いつの間に決まったのか、糞社長の出向命令で大手取引先の重役秘書を承る事となった。
定期的に訪れていた場所でもあり、つい先日、手酷い言葉をぶつけた相手が目の前にいる。
「俺の専属だ。スケジュール管理が主だが傍を離れるな」
宣言通り専務室に以前は無かったデスクがひとつ。
居心地は悪いが仕事ならば仕方無い。
まずは専務様の過去現在のスケジュールやら取引相手等を把握しなければ。
デスクに移動し用意されたパソコンを起動させる。
恐らくは引き継ぎも兼ねて膨大な情報が入っているだろうから。
「行くぞ」
一週間経ったある日、突如専務様から告げられて一拍反応が遅れたものの、荷物と上着を抱えて後に続く。
・・・何故ついて行ってるんでしょうか?
「あの、専務様」
「様は止めろ」
「私は必要ないのでは?」
「俺の傍を離れるなと言ったはずだ」
はい、確かに。
必要ならばいくらでもお供するが、打ち合わせや交渉などにいらないだろう。
そういった時は有能な本物の秘書が付いて行ってる。
これ、いろんな意味で波風立つんじゃないだろうか。
ほらね、美女達に囲まれた。
自由を許されるお昼だけは近くの公園まで外出するのだが、そこへ現れた3名。
見知った顔は1人だけ。
連絡係として訪れていた際、必ずお茶を出してくれたスレンダー美女だ。
結構な敵意があったので専務様と何度か致した相手なんだろうなぁとは思っていた。
他2名はさっぱりだが、まあ、見事にタイプはバラバラ。
豊満おっとりお嬢様タイプと美意識とプライドの高そうな女王様タイプ。
因みにスレンダー美女は美脚の従順タイプ。
・・・ハーレム築いてますって事なら過去を遡って桐山との関係を無にしよう。
「用件は分かってるでしょう?」
「あぁ、まあ、大体は」
「じゃあ、話は簡単ね。今は物珍しくて夢中なんでしょうけど、長くは保たないから覚悟なさい」
女王様の言葉が総意なんだろう。
残る2人が口を挟む様子はない。
「惨めに縋り付いて炬兎様を煩わす真似だけはしないようにね」
踵を返し去って行く美女達。
スレンダー美女だけは去り際に睨んでいったが、その所為で2人より格下っぽく見えました。
残念。
それ以外は見事!
専務様の趣味はとっても良い。
一級品の彼女等を射止めて離さない専務様はやはり格別ということか。
あぁ、面倒くさい。
どこへ行くにも連れ回されるが、やれることと言ったら第一秘書の使いっ走り程度。
ならば黒子に徹して給料分は働きましたとも。
お陰で第一秘書様に白い目で見られ、舌打ちされることは回避した。
「最近、坂木と仲がいいな」
車中、後部座席で隣の専務様から一言。
運転席には第一秘書こと坂木様。
何て答えろと?
今、ミラー越しに睨まれたんですけど・・・いやいや、悪いのは専務様だろう。
「仕事です」
「お前の仕事は俺の傍にいる事だろう」
思わず舌打ちそうになる。
「・・・います」
「それで何故、坂木と親しくなるんだ」
いや、だから、仕事してんだよ!
「側に突っ立って何もするなって言ってます?」
「俺と親しくなってないだろう」
「仕事だっつってんだろ」
お前の脳内お花畑か!
「あ?」
しまった、暴言が抑えきれなかったらしい。
専務様の怖いお顔で気付きました。
「何だと?」
凄まれて溜息なのは誤魔化せないからだ。
「専務様のお望みは叶えられません」
「何故だ」
「面倒だからです」
「お前は・・・本当に嫌な奴だな」
「俺様が何を仰いますか」
「・・・確かに出向は無理を言った。だが、離れようとしたお前が悪い」
チラリと専務様を見て溜息。
「左様ですか」
話にならないし、これ以上の無駄話を仕事中にする気もない。
不満げな専務様に気付かぬふりで手元の資料に視線を落とした。
如何に面倒くさい相手でも仕事では学ぶ事ばかりで実に有意義かつ貴重な経験をしている。
出来る人とは時間の使い方が上手いのも共通点らしい。
いずれブラック会社へ戻る身としては身に着けるべきスキルだ。
お陰様で仕事は楽しい。
週休二日は守られているし、残業など以ての外な理想的職場なのだ。
「帰るぞ」
コレさえなければ!
「お疲れ様です」
どうぞ、お帰り下さいと会釈したが専務様は動かない。
もう一度睨まれつつ帰るぞと告げられ敗北した己は悪くない。
恐ろしい噂が出回っている。
専務様は新しい恋人に夢中で半同棲中らしい。
高校時代の元カノでコネ入社したらしい。
ストーカーして専務様の周囲にいる異性を悪質な手法で排除している。
何らかの事情で遠ざけられず専務様は困っている。
等々、憶測まみれで様々だ。
否定的な噂に限っては何故か断言してる辺り、強烈な敵意を感じる。
あぁ、面倒事に首を突っ込んだ。失敗した。
うっかり色香に惑わされるんじゃなかった。
解ってはいたけれど、今のところハイリスクノーリターン。
心が既に折れている。
「帰るぞ」
「・・・はい」
専務様に抗う気力もありません。
食事をとって専務様の家で珈琲を飲む。
週末は晩酌に付き合いゲストルームに宿泊。
恐ろしい噂の原因はその所為だ。
事実にかすってもいない。
本日もリビングのソファで珈琲を頂いているわけだが、専務様の気が変わらない限りは続くんだろう。
「浮かない様子だな」
「専務様」
「様は止めろ」
「そろそろ会社に戻してもらえませんか」
「俺を好きになったらな」
この無駄なやり取りをこの先、何度続ける事になるんだろうか。
「専務様」
「役職で呼ぶな。様も止めろと言っただろう」
「食事作りましょう、一緒に」
「・・・食べただろう」
今すぐの話じゃねーよ!
止めて下さい。
真剣に心配されると心にダメージを負うので、その目を向けないで頂きたい。
「次からのお誘いです」
「俺と出掛けるのが嫌なのか」
「歩み寄りの提案です」
協同作業で親密度も増すだろう安易な考えからだが、何もしないよりマシだろう。
好きになれと言われても脈なし王子を攻略する気にはならない。
そもそも、相手は本気で望んでないと思っているので、踏み込めと言われても困る。
打開案提示を誉めて頂きたいものだ。
ゲームしたい。
引きこもって過ごしたい。
切なる想いを抑えて専務様の住まいにやって来たのは、自分が一緒に料理をしようと誘ったからだ。
まあ、昨晩はゲームをして朝に寝たので多少欲求は満たされてる。
お陰で眠いが仕方ない。
「お前、隈が凄いぞ」
「そうですか」
「寝てないのか?」
「趣味に没頭し過ぎました」
「・・・そうか」
微妙な沈黙が意味するところを考えるべきだったが、残念な事に鈍くなった思考は停止寸前だ。
眠りに負ける前にキッチンへ移動した。
動かないと確実に寝る。
共同作業はお互いの手料理お披露目会へと名を変えました。
何故ならヒエラルキーの差が酷かったからだ。
桐山が家事までこなすパーフェクト王子なお陰で面倒は減ったが、残念な事に洒落た料理を知らない身としては彼のスキルに付いていけませんでした。
材料も豪華すぎて使えません。
ええ、それはもう、恐れ多くて慄いたくらいだ。
結果、お店に出てくるレベルの洋食と家庭料理が並んでいる。
「いただきます」
4人掛けのオシャレなダイニングテーブルで食事を開始しようと箸を取って直ぐ、桐山に止められた。
「それは俺が食べるんじゃないのか」
焼き鮭、ほうれん草のお浸し、だし巻き玉子、ご飯、味噌汁。
え?
これを他人様に?
舌が肥えてるだろう相手に食べさせるなど冗談にもならない。
まさかと否定すれば大きな溜息を聞かされた。
「取り分けろ」
向かいに座った桐山が諦めて妥協したのが解る。
彼がするよう、おかずを取り分けご飯と味噌汁は新たに提供した。
目的はコミュニケーションだから桐山が正しい。
「美味いな」
「ありがとうございます。桐山さんの料理も凄く美味しいです」
お金払って食べるレベルだと思う。
ついでに言えば、美味しいのは食材のお陰であって決して自分の料理スキルが高いからではない。
自虐は趣味じゃないのでお誉めの言葉は頂戴するが。
「自炊してるのか?」
「それなりです」
「・・・泊まりに行ってもいいか?」
いやいや、駄目に決まってる。
突然何事だ。
「お前の生活を見たい」
「いやいや、無理です。嫌です。断固拒否ですよ」
「ならば暫く此処で寝泊まりしろ」
「専務様、料理が冷めるので早く食べましょう」
「もっとお前を感じたい」
いーやー!
勘弁して下さい!
コレ、スルーして食事を押し切るの大変なんですけど。
脳内リピートしないよう意識を反らしつつ、桐山をかわした己を心底尊敬する。
無視と力業で押し切ったとしても。