12
チャラ男先輩に和解の申し立てをし、何とか了承を得た。
勿論タダでは無い。
が、どうやら色々と立て込んでいるらしい。
今までのように会えないと言われて喜んだのは多分バレていないだろう。
面倒が減って浮かれてゲームしてたら呼び出しだ。
「襲われた挙げ句に有給休暇だって?」
竜崎の訪問と詰問に頬の筋肉が引きつる。
糞社長が!
まぁた喋りやがったな。
「どうして俺に相談しない」
「何を相談していいか解りませんでしたー」
「ははっ、そうか」
お手上げ状態だった事すらお見通しか。
どちらかと言えば機嫌良く笑ってる。
まあ、彼は情けない男性遍歴も知っているし、これっぽっちも免疫がないのも承知だ。
だからテンパって冷静になるまでに相当な時間を要した事も解り切ってるだろう。
「話すだろ」
「勿論」
騙し討ちの同窓会から起こった事を全てぶちまけた。
續木から得た情報は徹底排除した上で。
結論として認識の甘さ故に招いた自業自得だと宣言したら頭を撫でられた。
「俺なら止めずに最後までしたなぁ」
「ですよねー」
頬が引き攣ったのは仕方ない。
「相変わらずふらふらと。男引っ掛けるなー、楓」
「・・・私ってそんな感じなの?」
「おう。そんな感じ」
断言されて凹む。
ならば楽しめば良かった。
イケメン連中侍らせて人生謳歌してやれば良かったよ。
青春時代の過ごし方を間違えた。
「今から愉しめばいいだろ。どれもホイホイ寄って来るんだから」
「この歳で?百戦錬磨連中相手に?社交性ゼロに近い私が?」
「ははっ、荒れるな荒れるな」
「るぅちゃんが巫山戯た事言うからでしょ」
「俺は至って真面目だぞ」
竜崎の瞳が妖しく揺れる。
身構えた自分は正しいと思う。
「翻弄されて傷付いて戻って来ればいい」
「嫌に決まってる!」
「楓には俺しかいないだろ」
耳元で囁くなっ。
ただでさえエロい声質の癖に、そーゆー事は故意にしてくれるな。
いやいや、それより距離が近い。
今まで気付かなかったけれど、肩抱ける距離なのは普通じゃない。
・・・慣れとは恐ろしい。
「いやいや、何でボロボロにされるの前提」
「楓だからな」
「うん、まあ、そうだけど」
これ以上は敗北感が増すから止める。
「どれから攻略するー?」
「軽い!しかも攻略って何!」
「仮にゲームならって話だろ」
「・・・・・ヒロインがいない」
笑いながらこちらを指されて苛立つ。
そんな仮定、少しも面白くない。
「怒るな怒るな」
「身の程を知れと己に説教するね」
「はははっ」
全然笑えませーん。
ハイスペックな人達を捕まえて愛だの恋だのしてる体力が何処にある。
今更、相手にされてませんから、なーんて逃げ口上は使わないけれど、面倒が目に見えて判るのに踏み込もうなんて思わないだろう。
「何が不満だ」
「とんでもなく光栄だと思ってます」
「選り取り見取りだもんな」
「うわぁ、贅沢だね」
「贅沢だな」
髪を弄っていた指先が頬を撫でる。
柔らかい微笑と瞳を向けられ落ち着かなくなったのは最近の事。
見透かしたように笑みが深くなる竜崎に不思議と悔しさは感じない。
「振り回されておいで」
反射的に頷いて、それも人生経験だと思う。
自分の為にも竜崎放れする良い機会だ。
出社早々、社長に呼び付けられてうんざりする。
「何、その顔」
「持って生まれた物ですが何か」
「態度が悪い」
「それは申し訳御座いません」
「心がこもって無い」
ブツブツ独り言が始まる前に用件を聞く。
話をバッサリ切った事に不満顔だったが付き合いたく無いのでスルーした。
「ずっと携帯切って何してたの?」
それが本題なら早々に退散しよう。
一礼して踵を返した瞬間、情けない声に泣き付かれる。
「男に襲われて休むって言われたら心配するじゃない!」
「へぇ」
「しかも音信不通。アナタ、こっちの身にもなりなさい」
そりゃこっちの台詞だ。
「問題無しです。弄ばれてイイ思い出作る事にしたので」
「問題大有り!!」
「大分遅れた青春らしいので」
「何なの、ホント・・・だったらアタシでも良いじゃない」
相変わらずのエロい容貌で吐息交じりに呟かれたらドキリとする。
犯罪誘発の色香に惑わされるではないか。
「社長」
「何よ」
「犯されても文句言えませんよ」
目を見開いてから呆れ果てたと項垂れる社長。
「誰が誰にヤられるって?アナタの話をしてるのに・・・」
「はい。だから、無駄に色気を振り撒くと私に襲われますよって話です」
今度は勢いよく顔を上げた。
落ち着きのない人だと心底思う。
驚いているらしくぽかんと口を半開きにしているが、無防備過ぎて恐ろしい。
ナニ、誘惑してるんですか?
加害者になってもこの人が悪いから自分の所為じゃないよね。
とか思考がヤバめに支配される己に恐怖する。
一刻も早く己を救わなくては。
早足で社長に近付くと顎を押して口を閉じさせる強行手段に及んだ。
そこでうっかりぷっくり唇に指先が触れたが為に視線が釘付けになり、意識がまたもや邪に染まる。
「社長」
「な、何?」
座る相手が上目遣いになるのは必然。
部下が異様な怪しさ全開ならば怯えて動揺するのも当然。
故にこの人が誘惑してるのではないと頭では重々承知してる。
「頂いても宜しいですか」
「い、頂くって何、」
とりあえず味見程度で下唇を嘗める。
硬直して二の句が継げない社長に気付いていても衝動が勝って止められない。
唇を這わせたら気持ち良いんだろうか?
答えを得ようと再び顔を寄せた所で扉がノックされた。
お陰で理性が戻って来てくれた。
「失礼。こちらに佐藤楓さんが居ると・・・」
ドアノブに手を掛けた状態で不自然に止まる弁護士様と未だ硬直したままの社長。
貴重な光景だ。
まあ、上司に覆い被さるように襲ってるんだから、どちらの反応も正しいか。
「お早うございます」
「お、はようございます。一体貴女は何をなさってるんです」
流石、鬼畜弁護士様。立ち直りが早い。
「彼とそういった関係なのですか?」
顔を歪ませ歩み寄って来た弁護士様に襟を掴まれ引き倒された。
尻餅をついて見上げた先には侮蔑した態度を隠さない相手。
ガンと左肩を足で踏み付けられ更に驚愕した。
「質問に答えなさい」
肩に乗ったままの足に体重が掛けられて生じた痛みでハッとする。
呆けてる場合じゃない。
頭を振って否定すると麗しの人は一層眉を顰めて不快を表した。
同時に踏み付ける力が強まって痛い痛い!
これ、ヒールじゃなくて良かった!
本革のビジネスシューズだから皮膚に食い込むまではいって無いんですよね!
絵的には女王様素敵!!
て感じだけど、何故自分がされてるのか理解が追い付かない。
「とんだ尻軽ですね」
「・・・・・」
理解するまで数秒。
思いっ切り吹き出した。
身を転がし腹を抱えるほど大笑いだ。
拍子で足を外した弁護士様は呆気にとられているが知った事じゃない。
代わりに妖艶美女の社長が手を差し出して来たから有難く助け起こしてもらった。
さっきまでは存在皆無だったくせに残念な視線を向けてくる。
それも気にならないくらい笑いのツボに入ってるが。
「あー・・・笑ったぁ」
何十年か振りだ。
目尻の涙を拭って体を伸ばしていると不満げな弁護士様と目が合う。
「すみません。人生初の体験に取り乱しまして」
「反省してる顔じゃない」
「そうですか」
「ええ。それはもう、晴れやかな顔ね」
横槍を入れる社長。
呆れているようだがどうでもいい。
そもそもしてるのは反省ではなく感謝だ。
「あぁ、そっか。有難うございます」
「アナタ・・・そっちの趣味があるの?」
横でごちゃごちゃ煩いから無視。
真っ直ぐ弁護士様を見てもう一度礼を述べた。
「腹の底から笑えて感謝してます」
「・・・僕は怒っているんですよ」
「そういえば、そうでした」
原因がさっぱりだが。
「何で怒られたのか聞いても?」
「そんな事も解らないんですか?職場で上司と性的関係を持っている、それだけでも不快だと言うのに。貴女にはそれが解らないと?」
正論だから素直に謝った。
何故か苛立ちを増させたようだが、嫌味でも何でもない。
この人、よっぽど性格ねじ曲がってるのか。
もしくは女性を心底信用していない、まあ、嫌いなのか。
両方な気もするけれど・・・どうでもいい。
「今後は気を付けます」
「気を付ける?何をです?人目に付かなければ今後も続けると言う意味ですか」
「はい?」
「不愉快です」
「・・・はあ・・・左様ですか」
そういえば脳内変換機能が可笑しいんだった、この人。
面倒臭い。
回避を考えていたら仕事を再開していた社長に追い出された。
痴話喧嘩は余所でやれと。
幸いに社長室を出て弁護士様からも解放された。
と、思ったのも束の間。
「話は終わっていませんよ」
「就業時間外にして下さい」
最大限の譲歩を受け入れた弁護士様。
あっさり引いた分、後が非常に面倒そうでうんざりする。
溜息で諦め気持ちを切り替える。
兎に角今は仕事に集中だ。
休み明けでぼんやりしている暇は少しも無いのだから。




