11のよん
頭がガンガンする。
目覚めて不快になる日は禄な事が無い。
何故って、二日酔いなのが証拠だ。
「お早う御座います。寝顔も寝起きも残念な人ですね」
「・・・・・は?」
今、何か幻聴がした。
「耳も不自由なんですか。全く、それでも社長秘書ですか」
ああ、確認したくない。
頭痛は我慢してもう一度寝たい。
しかし、まだまだ嫌な事に気付いたから無理だ。
此処、何処ですか?
「これを飲みなさい」
差し出されたミネラルウォーター。
有り難く頂いて一気飲みした。
少し落ち着いてやっとベッドサイドにいる相手を直視出来た。
うわぁ、見目麗しい鬼畜弁護士様がいらっしゃる。
二日酔いの身にはキラッキラが眩しいです。
「見惚れるのは結構ですが不躾な視線は不愉快です」
それは申し訳御座いません。
即座に視線を下げて溜息。
この状況・・・何なの、自分。馬鹿なのか。
最後の記憶は何杯目かのグラスを空けた所までだ。
酔い潰れる量を飲んだ覚えは無いから腑に落ちないが、結果としてコレなら失態の一言に尽きる。
「何もしてませんから安心して下さい」
いえ、微塵も心配してません。
多少薄着にはなっているが、これっぽっちも過りもしない発想です。
「ご迷惑をお掛けしたようで、申し訳ありません」
「ええ、本当に」
「・・・すみません」
「意識飛ばして朝まで起きないとは思いませんでした」
言葉もありません。
ひたすら謝るしかないが、この人との会話は精神力が必要だ。
「此処、お幾らですか」
思いっきり顰め面された。
「僕が貴女に請求するとでも?」
「・・・・・」
「何ですか、その沈黙は。肯定のつもりですか」
「滅相もないです」
ただちょっと、有り得ないでも無いなとか思っただけで。
「ホテル代を持つのが当然かと思ったので聞いただけです」
迷惑料みたいなものだ。
ホテル代も払わないで帰るとか考えられない。
結構高級な部屋で何十万とかしそうでも、後からネチネチ言われるよりマシ。
驚いている鬼畜弁護士様を見てると自分がどんな風に思われてるか知れて溜息だ。
「失礼ついでにシャワーお借りしてもいいですか」
「ええ、勿論です」
礼を述べてベッドを降りた途端に立ち眩み。
あぁ、これ、やばい。
重力に逆らえず倒れるのを覚悟したら肩を支えられて驚いた。
「大丈夫ですか?」
「あ、はい、ありがとうございます」
至近距離でも失われない透明度。
何かイイ香りもするしで敗北感にも襲われる。
「歩けますか?」
「だ、大丈夫です」
「手を貸します」
「いえ、本当に歩けます」
だから離れて下さい。
精神的ダメージがっ、優しさへの恐怖が煽られるだけですから!
何故かしつこい弁護士様を押しやる事に成功した。
冷水浴びて平静を取り戻そう。
あの人の相手をするのはそれからだ。
「無かった事にして下さい」
「ベタな展開ですね。伏線ですか?」
「何のだよ、そこまで頭汚染されてねぇわ」
乙女ゲームじゃあるまいし。
・・・ヤバい、声に出てたかも。
向かいに座る麗人を見た限りだと・・・はい、言ってましたー。
まあ、どうでもいいか。
「私的に絡まれたくないのでお願いしてます」
「お願いされてませんよ。しかも言い掛かりまで付けるとは流石ですね」
「身に覚えがないと」
「勿論です」
断言しやがった。
いやいや、貴方、昨晩の経緯を忘れていませんか。
餌付けの件もある。
「承諾したなら被害者面は通じませんよ」
危うく舌打ちをするところだ。
「だから全て無い事に。それで解決です」
「またそうやって締め出すんですね。貴女の申し出はお断りですよ」
今度は堂々舌打ちしてやった。
忌々しさを込めて。
「それでも女性ですか」
ええ、そうですけど。
そんなだからモテないんだと暗に含まれているのは気のせいじゃない、絶対に。
「弁護士様は私が嫌いですよね。新手の嫌がらせなら物凄く効果有ります」
「何故嫌いな相手に時間を割かなくてはいけないんです?」
「私が聞きたいです」
「生憎と答えを持ち合わせていません。それから、僕は貴女を嫌いだと言った覚えはありません」
「・・・・・・・・・」
うわぁ、面倒臭い。
考えなきゃいかんのか、この人の思考。
でなければ解放しないと態度が物語っていた。
「昔から鬼畜かつ空気読まない非常識人としてしか見てません」
溜息は諦めたからだ。
この人と関わらない選択肢を。
「僕の行動の意味を考えて下さい」
嫌がらせ以外の意味があるのか。
「貴女が自覚しない限りは一生続くと思って下さい」
「一生?!」
冗談じゃない。
こんなねちっこい人と末永いお付き合いしたくない。
「嬉しいんですか?」
今の反応の何処に喜びの要素があった!
「好意を伝えたんですから当然ですね」
誰が?
いつの間に?
何の話だ。
顔が歪んだお陰で相手に意思が通じたらしい。
眉を寄せて弁護士様が説明してくれた。
今もこれまでも解り易く好意を伝えて来たのだと。
貴重な時間を割いていたのだから解り切っているでしょうと。
解って無いお前は馬鹿だと言いたいのか・・・この野郎。
学生時代、ヒロインに骨抜きだった姿を晒しておいて、どの口が言うか。
「いや、そもそも、嬉しくないです」
「正気ですか」
「正気ですが何か?」
この虫けらを見るような目。
到底好意を抱かれてるとは思えない。
「喜ぶ女性を相手にしたら如何です」
「笑えない冗談ですね」
「お言葉そっくりお返しします」
「貴女だから意味があるんでしょう」
「左様で。時間の無駄ですがお好きになさって下さい」
「ええ。そうさせて頂きます」
「ここは私が支払います。ついでに腹減りなんで食事していって良いですか?」
「ええ、勿論です」
見惚れる程の眩しい笑顔を前に深い溜息。
これ、素直に赤面して喜んでられるなら楽しかっただろうに。
我ながら損してるなぁ。
とりあえず腹ごしらえだ。
折角こんなに高級ホテルに来たんだ。
食事くらい満喫しても罰は当たるまい。
成り行きで鬼畜弁護士様と顔付き合わせて食べる羽目になってても、それはそれ。
引き籠りの自分にしては有意義な時間の過ごし方だろう。