11のさん
1日使って考え事態を整理した。
多分、意に沿わなかった為に強行手段となったんだろう。
これだけ鳳巳の事を考えて気付いた事。
他人がどんな想いを向けてくれているか、考えたのは久し振りだった。
久し振り過ぎて忘れてた。
と、言うのを痛感した。
チャラ男先輩は、だから苛立っていたのだ。
「ああ、来たんだ」
すみませんでした!
そのお綺麗な作り笑顔を前に土下座したいです。
「来ないかと思ったけど」
はい。
確かに先週はすっぽかしましたとも。
待ち合わせ場所の変更メールにも返事をしませんでしたとも。
「座りなよ。人目を引くから」
逡巡して座ってからも鳳巳を見られない。
物凄く視線を感じるから尚更恐ろしい。
「佐藤さんてさぁ、ほんっと危機察知能力高いね」
面白がってる声。
そっと視線を上げると頬杖をついた相手とばっちり目が合った。
金縛りで身体が動かなくなる。
「今日も来なかったら、どうしよっかなーとか考えてたのに」
残念とハートが飛ばされて冷汗だ。
この人のこの眼。
疑う余地なく本気だ。
「佐藤さん、顔色悪いよ」
「だ、大丈夫、です」
「そ?お家まで送ってあげようか」
「ほ、本当に大丈夫です」
縫い付けられた唇を必死で開いたのは黙っていては危険だと判るから。
掠れた声に鳳巳は目を細めて微笑する。
これ、画面の向こうならオッサンみたいなテンションで喜んでいた。
目の前だから死活問題だ。
「こ、この間は・・す、すみませんでした・・・」
「この間ってどれの事」
小さく唸ったのは例の件を思い出した所為。
至近距離にあった鳳巳が触れた熱が蘇りそうで目を閉じる。
溢れないように強く蓋を締め直して大きく息を吐き出した。
「連絡せずにすっぽかした事です」
「いいよ、心配してただけだから」
「ありがとうございます」
「いいえ」
・・・今、上機嫌なんだろうか?
「少しは俺の事を考えたでしょ」
「はい。仕事が手に着かない程度に」
「ふーん、良い兆候だね」
「・・・そうですね」
転機だと感じるのは事実だから頷いた。
相手は意外だと顔をしているけど、無駄に時間を費やしたわけじゃない。
「襲われたのは納得してませんが、約束を反故にしてたのは事実です」
「マジで?佐藤さんが反省してる」
「はい、猛省しました」
迂闊にお友達付き合いを了承した浅はかさを。
「あ、言っておくけど、今更他人に戻る選択肢はないから」
先を越された。
「放り出したらもっと酷い事になるけど、それが望みなら俺は全然OK」
こちらは全然OKじゃない。
溜息で諦める。
「約束の件ですが、明日の予定は空いてますか?」
「ふーん、果たす気あったんだ。明日ね・・・ああ、大丈夫」
「では、私とデートして下さい」
破顔一笑した鳳巳の威力に惨敗だ。
あんなにも無邪気な笑顔を向けられてはあっさり絆されてしまう。
恐ろしい。
そして流石はチャラ男先輩。
心の中で拍手喝采、独りで盛り上がってました。
一先ずは今日と言う難関をクリアした。
問題は明日だ。
経験値二桁に満たない初心者がレベルMAX相手に対抗しなければならない。
いやいや、無理ですけどねー。
ひたすら誠実に接するのが己に出来る精一杯だ。
クローゼットに並ぶ地味なスーツ達。
そりゃ男が出来ないわけだよ。
失笑して買い物を決めた。
午後の約束までに真面な服を調達するべく玄関を出た瞬間、体が宙に浮き捕獲された。
は?意味が分からん?
脇腹辺りを両手でガッチリ掴んでいるのは大男。
相変わらずふわっふわな髪で触れと誘惑してくる。
「おはよ」
「あぁ、うん、お早う。今すぐ降ろせ」
「イヤ」
嫌じゃねーよ。
抗議する間もなく肩に担ぎ直された。
奪われた鍵で施錠を終えた自由人こと真淵はそのまま何処ぞへと歩き出す。
「翔太!今日は無理!!」
暴れてもびくともしない。
これは困った。
「平気」
「私は平気じゃない!」
「平気」
ふざけるな、死亡確定だ。
泣きそうで脱力したタイミングで携帯の着信音。
同時に立ち止まった真淵が降ろしてくれた為に確認すればチャラ男先輩からのメールだった。
急用で本日はキャンセルとの内容。
安堵して直ぐに違和感に気付いた。
逸らさずジッと見下ろす真淵。
まさか、今日の事で何か知っているんだろうか?
だから此処にいて、だから着信音に反応した。
不可解だが自由人が相手なら全て納得してしまう。
「行こ」
繋がれた手。
ギュッと握られては促されてやるしかない。
予定も無くなったし、彼に振り回されて過ごすのも気が晴れて良いだろう。
きっと・・・多分・・・恐らくは。
この子、ちゃんと空気読めるのか。
半日以上共にいて軽い衝撃だった。
今は美味しそうにクレープを頬張っている。
「ん?」
ガン見し過ぎて強請っていると勘違いしたのか、食べかけを差し出してくる。
好意は有難いが丁重にお断りした。
「何か飲むなら買って来るけど」
「いい。傍にいて」
ギュッと手を握られる。
いや、逃げませんよ。
解こうとすると更にきつく握られるから諦めた。
「今日はどうして来たの?」
「逢いたかった」
嘘ではないだろう。
勿論、真実でもないだろう。
「鳳巳先輩と約束してるの知ってたよね」
これは確信してる。
我儘ひとつ言わないで付き合ってくれたのは、そうしてまで知らせたくない事があるからだ。
まあ、内容はどうでもいい。
興味無いから聞き出す気もない。
気になってるのは、彼の行動の意味だ。
「祥太がフォローする必要無いよ」
あっという間に平らげてゆっくり振り向いた真淵。
ああ、この子もやっぱり綺麗な人なんだなぁ。
普段は自由を謳歌して迷惑顧みずに巻き込むから疲れて気付かないけど、改めて静かに過ごしていると痛感する。
「傷付いたり悲しんだりしない」
「知ってる。千斗世、力不足」
ふわりと笑う様に見惚れて聞き流しそうだったけど、千斗世って誰だ?
疑問が顔に出てたのか、笑みを深くして副会長だと教えてくれた。
あー、チャラ男先輩、鳳巳千斗世って名前なのか。
フルネーム初めて知った。
これ、本人には絶対黙っていよう。
「初めてのデートは肝心。嫌われたくない」
「へぇ、祥太でもそんな事考えるんだ」
「凄く頑張った」
「それはそれは。どんな相手?」
「カエデ」
「へぇ・・・」
名前同じ、とか言いそうになったわ!
言葉を飲み込んで若干混乱した。
「カエデ、嫌われたくない。好きがイイ」
駄目押しされた!
何故このタイミングで言うのか。
他人様の想いを無視して来た現実と向き合ったばかりだ。
以前はどうやってスルーしていたのか思い出せない。
「ムチャしない。もう見てくれる」
今までの傍若無人は理由があると言いたげだ。
ハイ、思い起こせばそうです。
彼の言動は自由人ゆえの一言で片付けていたから。
いや、まあ、今も大半がそうだと思ってるし事実だろうけれど、そうやって振り回されていなかったら関わる気は微塵も無かった。
「傍にいて」
纏っている空気は柔らかで心地良いのに、目の前にいる彼が別人に見える。
触れていた手が口元へ運ばれ指先を撫でる。
仕草の艶やかさ。
それをされているのが自分だと意識して茫然とする。
「おかわり」
ふわふわの髪を揺らして再びクレープを買いに行く。
数秒前とは全く違ういつも通りの顔で。
翻弄されて固まっているのが馬鹿みたいだ。
これだから、これだからっ、自由人だと言うんだ。
この弄ばれた感をどうしろと?
腹立たしかったのは一瞬。
溜息で全部諦めた。
どうせ自分では考えが及ばないのだ。
悩むだけ無駄だと結論付けて、休息を楽しもう。
あの感性とセンスが抜群な甘党にマシな私服を見立ててもらおう。
その見返りがデザート巡りなら喜んでお供しよう。
少なくとも今日は一方的に振り回される事は無いのだから。




