8
食休みを終えた私達はテニスコートへと移動した。ジョージ君とビクトリアがテニスに興じる中、私はジョシュア君を目を横へ滑らせるようにして見た。彼は熱心に本へと視線を落としている。タイトルには〈論理学〉とある。
「……あの、難しそうね。その本」
「……そう見える?」
「ええ。いつも、そのような本を読んでいるの?」
「……そうだよ」
彼は本から顔を上げることもなく、笑顔の一つも見せない。私は何だか不安になってしまった。何か、悪いことを訊いてしまったのだろうかという思いが、心に重くのし掛かる。
「あ、あの、ジョシュア君はお菓子あまり好きじゃないの? さっき、紅茶ばかり飲んでいたから」
私は話題を変えるように言った。
「ああ。甘い物は苦手なんだ」
「そう……」
「……君、随分と抑圧されているね」
私が話題に窮していると、ジョシュア君からそう話しかけてきた。
「抑圧?」
「感情を抑えているだろう? ビクトリアは気が強いから」
「……」
「あまり感情は抑え込まない方がいいと、僕は思うけどね」
「……それは、私のことを……心配して?」
「忠告だよ」
夢の中にいる。そんな気持ちだった。前に窓から見た時、ジョシュア君は私を見て茂みへと消えたから、話してもらえないとばかり思っていたのに。館へ戻った私は浮き足立つような思いで自室へと歩き出した。
「ちょっと待ちなさい。ベアトリス」
その声に私は足を止めた。
「どうかした? ビクトリア」
「おば様とお菓子を作ることだけど、あなたは来ないでね」
「……え? どうして?」
「あなたは疑問なんか抱かなくていいの。私の言うことを黙って聞いてればいいのよ。解ったのなら返事は?」
私に強制するような目を向けながらビクトリアは言った。
「……」
「返事は?」
「……」
私は震える体を抑えるように頷いた。
「そう。よかった。あなたの物分かりがよくて。おば様達には、私から上手いこと言っておくわね」
ビクトリアはそう言って満面の笑みを浮かべ、去って行く。私はメイドに声を掛けられるまでそこに立ち尽くしていた。