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心の底から、よりにもよって、なぜお母様の部屋をお選びになったのだろうと思う。この館にはそれはたくさんの部屋があるのに……。そんなことを思いながら廊下を歩いていると、ビクトリアが何かを持って走り去って行く。また、お継母様がお部屋にいない時、こっそり何かを持ち出したのだろう。
あれは……〈アステリアの雫〉という、星の女神の名前を冠した化粧水。確かメイドの話しによれば、最近流行っているとのことらしい。でも「オンディーヌの化粧品は高いから手が出させないわね」と言っていた。それを聴いた私は少しだけ、その化粧水が気になったので広告を見た。それに載っていたのと同じ物だ。
私は、廊下の角からビクトリアが去ったのを確かめてお母様の部屋の前に立った。恐る恐るドアを開くと、甘い香りが漂ってくる。内装は言うまでもなく、趣味の悪い柘榴色のカーテン、ベッドシーツ……。私は居ても立ってもいられず、その場を後にした。
*
私は理解した。ビクトリアが化粧水を持ち出していたのは、この日のためだったのだと。
けれど、彼女の顔はそう代わり映えしていないとも思う。
その後、ジョシュア君の顔をほんの少しだけ見た。……どうしていつも、沈んだ顔をしているのだろう。今日は特に……というより、ジョージ君といる以外は、いつもその表情のよう。
「さあ、みんなたくさん食べてね」
おば様の声に私は目の前のお菓子を見た。食べてしまうのがもったいないくらいの、宝石のようにきれいなお菓子が並んでいる。
――シャルロットケーキ、タルト、巻かれているビスケット。秋らしく茶色や焦げ茶色のものが多い。
私はとりあえず紅茶を一口飲んだ。おば様は手慣れたようにケーキを切り分けている。邪魔にならないよう、結い上げられた髪をまとめるために挿されているのはプリク・ア・ジュール(エナメルジュエリーの技法)の櫛。胸元の美しい真珠のネックレスは日の光を反射している。
おば様は切り分けたケーキを、私達の皿の前に一切れずつ置いて回る。その時、少し触れた手はなぜか氷のように冷たくて、驚いた私は反射的に顔を上げた。けれど、何事もないという風におば様は微笑みを浮かべている。多分、そう言った体質の人なのかもしれない。
私は、菫の浮き彫りが施された銀のフォークを手に取り、ケーキを食べた。舌になじむような、甘い味……。
「どう? ベアトリスさん。美味しい?」