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ソラヌムドゥルカマラ  作者: 佐伯亮平
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 聖書を読み終えた私は自室に戻り、一冊の童話を本棚から取り出した。

 私の部屋には、お父様から買って頂いた本やビスクドールがたくさんある。ブランシュネージュ、サンドリヨン、プセット、ラ・プティット・シレーヌ……。

 私はその中でも親指姫(プセット)が一番好きで、小さい時にはよくお母様が読んで下さった。二番目に好きなのは人魚姫(シレーヌ)。もう何度も読んだので擦りきれてしまった。

 小さい時から今に至るまで、この館でお父様を見たことはほとんどない。メイドたちの立ち話によれば……その理由は、口に出すのもはばかられること。

 けれど、お母様はそんなことなどまったく気にしないという風に笑顔を保ち続けていた。庭の花を、絹のハンカチに刺繍しながら。

 私もお母様も、お父様とは反対に、このマーブル・ホールからあまり出ず、教育は家庭教師を雇っているから、学校というところへは行ったことがない。

 習うのは、母国語の英語、フランス語、裁縫、ダンス、行儀作法、ピアノだけだった。ビクトリアもそれなりの教育は受けてきたみたいだけれど、裁縫やピアノはまったく駄目らしく、それが私にきつく当たる原因……らしい。

 お継母様は実娘のビクトリアにも、義娘の私にも関心がないように見える。いつも、お人形のように無表情で、お奇麗な顔を庭に向けていらっしゃる。興味のあることと言えば、ベラドンナはもちろんのこと、お化粧品やドレス、宝石、門番の男性……。そう。お継母様は、門番の男性と相対する時だけ楽しそうに笑う。




 お母様は生前、こう仰っていた。

「女性にとって、指輪は特別な物。ネックレスやイヤリングよりも」と。

 それはなぜかと言うと、指輪というのは男性から記念に贈られるものだから。婚約指輪から始まり、結婚指輪、そして妊娠出産時の指輪……という風に。だからまず、大人になってジュエリーを買うなら、イヤリングから買い始め、次にネックレス買うのよとお母様は教えて下さった。

 私は親指姫の最後のページをめくる。そこには、透明の羽根で空を舞う美しい顔をした妖精の王子様と親指姫が、楽しそうに微笑んでいた。





 私には分かる。確かにもういなくなってしまったのだけれど、この館には今だお母様が息づいている。

 お母様の匂い……立ち姿……それがいたるところで感じられる。ヴィクトリアンのイヤリングが微かに揺れるさま、ドレスの衣ずれの音。何もかもすべて……。

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