10
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空はまるで私の心を表しているかのように、雨を降らせ続ける。
耐え難いと思うほどの静寂の中で、考える。――この世界に私が存在していることの、意義を。
まるで、この世界は人の瞳に映らない、薄いヴェールに包まれているかのように思える。私達は何も知らず、ただ生まれ、親から教えられたこと、人から与えられたことがすべてであると信じて生きている。この世界のよるべとなるものがそれしかないがゆえに。人生を作り上げていくものが人の認識であるように。けれど、そのことに一体どんな意味があるのか、私にはまだよくわからない。
窓硝子に伝い落ちていく雨雫を目で追って、私は無意識に隣の邸宅を見た。ビクトリアは今、どんな表情を浮かべているのだろう……。そう思いながら、カーテンを閉めて、本棚から白雪姫を取り出す。
――小さい頃は何の疑問もなく読んでいたけれど……王子様はなぜ、硝子の棺に眠る白雪姫に口づけを? 永遠の眠りについているかもしれないのに……。
3
雪の白さとは相対的な……赤い、赤い、血赤色……。私はしばらくの間、それを見下ろす。ビクトリアの唇から伝い落ちる血は、自身の肌を染め上げるかのようで……。
そこで、私は目を覚ました。……恐ろしい夢のはずなのに、まどろみの中で私の心はとても……とても満たされていた。
ゆっくりとまぶたを開く。執事を呼ぶため、寝台から身を起こして、私は紐を引く。少し経ってから執事が入って来た。
「おはようございます。お嬢様。今日はいい天気になりそうですよ」
紅茶の用意をしながら、執事は言った。
「そう」
私は短く答えた。
「今日は授業が休みの日ですので、散策にでも出られてはいかがですか?」
「ええ。そうね」
私は湯気の立ち上る紅茶を受け取り、言った。
髪をといて、仕立て屋さんに作らせたプリムラ・ブルガリスの造花が付いた麦わら帽子をかぶる。そして、鏡台をもう一度みて、私は部屋を後にした。
近くのはずなのに、まるで遠くから聴こえるような、ジョージ君とビクトリアの声……。
館を離れ、私は小径を歩いた。ここは、ヴァイオレット・パスと古くから呼ばれていて、春になるとたくさんの菫の花が咲く。