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ふたりになるまでの時間

東京オリンピック(ふたりになるまでの時間 番外編・7)

作者: 初姫華子

柴田麗の朝は特に早くも遅くもない。


平日も休日も変わりなく同じ時間に起きる。


昼過ぎまで寝過ごすこともない。

が。


日曜の朝のこと。


いきなりかかってくるのが相場の、しかも固定電話の呼び出し音で起こされた。


「麗ちゃん、麗ちゃん!」


電話口の向こう側は興奮した声で弾けている。


四十間近い男の麗をつかまえて『ちゃん』付けできる度胸のある人間はたったひとりと相場が決まっている。


「……愛美か」


起き抜けでいがらっぽくなった声で麗は断定する。


一瞬、電話口の反応が止まり、そして小声で「そうだよ!」と返ってきた。


愛美は、麗の友人の娘で、それこそ産まれたてのほやほやの頃から知っている。


友人夫婦は共通の友人で、自分達の年齢とキャリアを考えると早い結婚をし、早くに子供をもうけた。


それが一人娘の愛美だ。


性格は父親に似て直情的で、母親に似て頑固。これに尽きる。


仕事の関係で学生時代と変わらず交流を持っていた友人一家とは親しく、彼女が子供の頃から麗は何かと言ってはつきまとわれ、そのまといつき方は刷り込みたてのあひるの雛そっくりだ。待って待ってと追いすがる姿を先日話題になったyoutubeの動画で愛美から観させられた時、まっさきに思い浮かんだのが観せた本人だった。


まだまだ幼い子供だと思っていた愛美も今では中学生。背が高く黙っていれば同年代の子供より年上に見られることもある彼女のこと、いや、見た目に関係なくふたりで歩いていると端からは「援交ですか?」と洒落にならない指摘をされかねない年齢にさしかかっている。距離を取ろうと必死な大人の思惑や都合などかまわず『デート』の約束をさせられ、付き合わされた街中で職務質問を受けたことも残念なことに一再ならずあった。


断ればいいのだ、けれど、どういうわけかこの娘の頼み事は小さい頃も、今も、断り切れない困った自分がいる。


なので、愛美は子供の頃と変わらず彼にまとわりつくわけだ。


今、何時だ? と目を向けた先のデジタルパネルは朝五時半前を告げている。


いくらわがままな愛美とはいえ、今時の子供は妙な所で常識人ぶる。早朝深夜の時間帯にお電話をしてはいけない、非常識はだめ、と親に言い含められるまでもなく自分から行動をするのだが、今日は特別なのか、早朝過ぎる。彼女から言わせると非常識な時間帯だ。


しかも、携帯ではなく固定電話にかけたてくるあたりに、相手の都合そっちのけで絶対に起こしてやるんだという意志を感じる。


「どうした、こんなに朝早く」あくびを押し隠して問う。


「オリンピック!!」電話口は興奮しきりだ。


「は」麗は巡りの悪い頭で何事か考えた。


「やだ、知らないの? TVとかインターネット観てよ!」

無茶を言うな。


たった今たたき起こされた自分が、情報ツールを確認するわけないだろう。


「何があったんだ」


今度はあくびを隠せず再度訪ねた。


「だからオリンピック! 東京でやるんだよ! さっき決まったんだよ! よかったねえ!」


ああ、そういえば今朝だったのか。麗はやっと思い当たる。


今年は2013年。7年後のオリンピック開催都市決定投票がブエノスアイレスで行われていた。


投票結果がわかるのが東京では朝というわけで、巷では盛り上がっていたようだが、残念ながら彼の中ではまったく盛り上がっていない出来事だった。


「……今何時だ」


わかっていて時間を問う。


「えっとね、朝の6時前!」


打って響く鐘のように、愛美の答えは単純明快だ。


「そんな時間に起きてTVを観ていたのか」


「うん、だって気になるんだもん! だってオリンピックだよ、気にならない方がどうかしてるよ!」


どうかしてるよ! は彼女の常套文句だ。


彼女は新しいもの、その時々でブレイクしているものへの感性が著しく発達している。先日も曇りの中流星群を観るんだと駆り出され、雨が降りそうな中、ブルームーンをチェックするんだと乗り込まれた。


気にならない方がどうかしてるよ! といつも愛美は言う。


一般サラリーマンとは違い、自由業に近い身の上だから、時間に融通が利くと思うのか、彼女は容赦しない。時には休ませて欲しいと思うこともある。


けど、律儀に付き合うのは麗だ。


普通、娘を構いつけるのは父親の役所であるはずだ。事実、友人は「たまには断れ!」と抗議に来る。「父親がもっと監督しろ!」と言い返すふたりの文句は平行線を辿る。


肝心の愛美が父親の監督をするりと抜けてしまうからだ。彼女宣って曰く、「お父さんはお母さんとラブラブしてればいいんだ」


娘のご託宣を聞かされる、友人の妻は苦笑し、友人は傷付いた顔をして麗を睨みつけるのだ。そして「だから断れと言ってるだろうが!」と非難をする。「だからお前がきちんと監督しろ」と言い返す。平行線だ。お門違いな恨まれ方をするこちらこそ災難というものなのだが。


そんな麗の都合にはお構いなく、弾けまくってる愛美は嬉しさ全開だ。電話のこっちでも嬉々とした様子は充分に伝わってくる。


「……でね、聞いてるの??」


電話の向こうは言う。ふんふんと流し聞きをしている彼を彼女はまったく許さず、生返事になったタイミングを逃さない。


「聞いているよ」


「2020年って7年後でしょ、その頃はどうなっているのかなあ」


「私も君のお父さんも40をとうに越している」


「もう、夢がないなあ!」


ぷんぷんなんたらと彼女は口走るが、麗はさくっと右の耳から入って左の耳から出て行くを慣行した。


「これから何が起きるだろう、わくわくしてくるよ! 麗はどう? ロンドンオリンピックもすごーく盛り上がったでしょ。あんな感じに東京もなるのかな、見てみたいよね、ね??」


「ああ、多分な」


「一緒に、見ようね!」


「そうだな」


生返事のノリで麗は答える。


そう、気楽に答えたつもりだった。


瞬間、愛美からの言葉が途切れ、息を吐く様子がうかがえた。そして。


「麗。その頃……私は、もう……大人だよ?」


一気に言い切り、電話は切れた。


発信音を耳に、受話器を持ったまま麗はしばし立ち尽くした。


ツーツーと発信音を垂れ流す受話器を下ろすのと同時にTVを点ける。


愛美の言う通り、どのチャンネルもオリンピック招致成功の報道で埋め尽くされていた。


もし、落選していたら。


静かな日曜の朝となっていたのだろうな。


報道を聞き流しながら、とある女性グループのインタビューが耳に飛び込んできた。


「7年後には自分の子供と一緒にオリンピック観たいです!」


まだ独身ですけど! と急いで付け加える彼女たち。


思わず苦笑した。


この7年間の間に、若者達は大急ぎで家庭を持ち、子作りをし、思い出作りにいそしむわけだ。少子化対策の思わぬ追い風になっていいではないか。


煙草を手にし、ライターで火をつける瞬間、電話を切る間際に言った愛美の声が蘇る。



もう、大人だよね?



今、中学生の彼女の7年後は大学に通う年頃になっている。その頃、彼女の母は夫となる男と将来を考えた。


恋のひとつやふたつ経験していてもおかしくない。


麗と一緒に観ようと約束したことも忘れ、家族と、あるいは他の男と過ごし、世紀の一大イベントを人生の一ページに加えて輝かんばかりの青春を謳歌していることだろう。



そう。

もう、子供ではないのだから。


ぼとりと指の間から煙草が落ちた。



おたおたと煙草を拾いながら、TVから脳天気に聞こえてくる「オリンピックばんざーい」の歓声を耳にして、麗は額を押さえた。


いつまでも子供だと思っていた友人の娘の、遅からず訪れる将来の姿が彼を苦しめる。


早く大人になればいい、そして自分から他の男に興味を移してくれればいい。


けれど、本気でそう願っているのか?


インタビューを受けていた女性達が語った、「子供と一緒に観たい」はあくまでも口実だ、大切な人と、大切な時を共有したいと願う心は人間なら誰でも持ち合わせるもの。


愛美もきっと同じことを語っている。


七年後の自分は、果たしてどうなっているのか。


今と同じ暮らしを続けているのか、それとも……





2013年9月7日の東京は曇天の日曜。


午後に入った今も雨が降りそうでなかなか降らない。


そんな昼下がり、麗のスマートフォンへ、海外赴任している女から数週間ぶりにメッセージが入る。


彼も木石ではない。時に食事し、付き合い、夜を共にする女性ぐらいいる。彼女もそのひとりだ。麗にしては珍しく付き合いが長い。愛だ恋だと重いことを口にしない軽さがお互い似通っている。だから続く。


「こちらでも大きな話題になってる」とメッセージは伝える。


二、三回メッセージを交わした後、途中から電話に切り替え、久方ぶりに声を聞いた。


彼女は声が素晴らしい。しっとりと語る声音は大人の女そのもので、安らぐ一方情動を搔き立てられる。


目の前に彼女がいないのが残念なくらいだ。


他愛無い話題をぼつぼつと交わしながら、ふと思いついて聞いてみた。


「7年後、何をしている?」


「いやだ、麗もオリンピックづいているの?」と問い返した女は低い声で小さく笑う。


「柴田クンも、案外子供っぽいところがあるのね。びっくりしたぞ」


「こいつめ」麗は含み笑いをする。


「LINEでスタンプを使う時点で君も同罪だ」


「ホントだ」


ほがらかに笑う女の声は艶を含んだものに変わっていった。


後書きという名のあがき


はじめましての方も、二度目、三度目…それ以上の方も。


作者です。


ここまでお付き合いくださいまして、本当にありがとうございました。


2ヶ月ぶりに投稿しますと、

入力フォームが変わっていてびっくりしてしまい。


プチ浦島状態になっております。


いやー、今年は大変暑い夏でございました。

例年以上に飼い猫(長毛種)の抜け毛に悩み、

あっちこっちから毛がでますよー状態になってました。


きっと、毛だらけ○○さん、と影口たたかれてるに違いない。


今も、うちの猫が隣に陣取り、

人の腕を引いて「もう寝ましょうよう」と誘ってきます。


まだ夜10時だ、眠るには早い。


さて、2020年に東京でオリンピックが開催されることが

正式に決定致しました。


この報に及び、大喜びしそうな子がキャラにいますよー、

まったく絡まないキャラもいますよーと気付いたらつい。


書いてしまった本作です。


7年後には成人を迎えているであろう今は中学生の愛美ちゃん。

その頃は何をやってるんでしょうね。


大人もどうなってるんでしょうね。


全ての年齢の皆様にとって希望多い7年間が

過ごせたらめっけものだと思う当方、

職場が新宿副都心。

都庁が目と鼻の先でございます。


きっと明日の新宿は浮かれモードバクハツしてるんだろうな。


ふふふ、楽しみです。

7年後もね。



ここまでの御拝読、ありがとうございました。

少しでも皆様の時間つぶし以上のものになっていれば幸いです。


そして、

ここまでのお付き合い、本当にありがとうございました。

また、どこかでお会いできましたら幸いです。


作者 拝

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