第五十 話 『流れの先に繋がるもの 〜人と泥 2〜』
頭の部分、前回ラストの焼きなおしに近いですが、削ると上手く繋がらないので、申し訳ありませんが残しました。
『なぜ、だ……ッ』
同じ顔をした男たちの一人がつぶやいていた。黒きローブの隙間から、歯を剥き出しにして震えた怒りを言葉に乗せる。
ナニールレプリカ、オメガ。ナニールの保存された細胞から作り出され、その体に彼が精霊体となった後の、【重合精神】のコピーを移植された男の一人。
その男が、呆然とした瞳で、悔し気な顔で唇を噛む。
『なぜ、なのだ……!?』
数十人の、現状において培養され、調整の済んだレプリカ全てが投入された戦場だった。侵入を阻止しろと命令された。簡単な仕事だと思っていた。αとβは確かに負けた。だが、それも彼らの愚かなミスによるものだった。今回はそれも無い。人数も段違いだ。
相手は、数百人いる訓練された兵とはいえ、ほぼ全員が只の人間。それ以外の一部ですらも、発掘武器を持っているだけの【人間】だった。
カムイの雫の護りがあれど、そんなもの、自分一人ですら簡単に蹴散らして壊滅できる。そう思っていた。
敵の中にいる自分たちと【同じ】精霊体は、たった独り。しかもそれすら今は、目の前に集団の中にはいない。ならば自分たちが負けるはずなどないと信じていた。
彼らレプリカはコピーだった。しかし、コピーといえど能力は変わらない。精霊体となったオリジナルの精神を、記憶と意思を除き能力だけを取り出す新技術で、レプリカントしたものを移植されている。つまりは、精霊体の完全なる量産化だ。普通の人間などに負けるはずが無い。そう信じていた。
精神も、肉体も、コピーとはいえオリジナルと変わらない。変わるはずがない。変わらないはずだ。いや、下手に意思や記憶に惑わされない分、オリジナルより自分たちの方が優れている。そう思っていた。そうでないはずがない。そうでなければいけないはずだ。そうでなければいけないのに。
そうであるべきはずなのに!
それだけが自分たちのアイデンティティであるはずなのに!!
『………なぜ……だッ!?』
彼らは押され始めていた。ほとんどがただの愚かな人間でしかない者共などに、攻め込まれ、押し込まれ、後退させられだしていた。
最初こそは、優勢だった。多数で囲み、実体と精霊化を交互に変化させ幻惑し、あらゆる銃器、無数の鈍器、槍、剣、火炎放射器、爆薬、電磁兵器、毒霧、振動兵器、光学兵器、地下施設に影響の無い修復の効くレベルであれど、ありとあらゆる武器を四方全ての空間に実体化させ、多彩な攻撃方法で攻め続け押し込み続けた。
敵は三箇所。それぞれの場所でバリアを張れるのは、それぞれたった独り、鳥を加えても二名のみ。あとは多数にかけたせいで薄められた【雫】の光に守られるだけで、ほとんど何もできない有様だ。
特に、ただの人間、雑兵を山ほど抱えるこの場所では、最初こそ数歩進んだようではあるが、その後は足を止め、ぶ厚い盾で防御に徹し団子になって怯えていた。それしかできていなかった。亀のようにうずくまり、虐待される子供のごとく小さくなって耐えていた。暴力の嵐が過ぎ去るのを我慢して待てばいつかは終わる。そんなお伽噺を無邪気に信じているかのように。滑稽すぎて笑みが溢れた。どこをみて恥ずかしげもなく精鋭などと言えたのだ? 威勢が良かったのは口だけだった。
このまま時間をかけて嬲り続けて、奴らが焦れるか力が途切れるのを待ち、自棄になって突進してくるのを待ち構え、取り囲んだまま徹底して八つ裂きにしてやろうと思っていた。その時に嗤ってやる為の表情まで考えていたというのにだ!
気がついたら、距離が詰まっていた。相手が動いていることにさえ気づけなかった。
奴らは、盾と兵の背と大きさを微妙に変えた列を、最前列と後列で交互に組み換え、グラデーションに入れ替える事で遠近法の錯覚を利用してすり足で進んでいた。距離感を狂わされていたのだ。と、気付いた時には、彼我の距離が始めの頃の1/3以下になっていた。じりじりと、包囲されたはずの敵が動いていた。姑息で小賢しい策略により、すり足で四方に前進(【膨張】というべきかもしれないが)していることに気づくのを、遅れさせられてしまったのだ。
気付いたとき、激高した。焦りと恥辱で仮りそめの脳髄が赤熱する。
ただの人間の策略に嵌められたというのか!? 量産型といえど精霊体である自分たちが?!
姑息な手段に激したが、敵は既に目の前だった。遠距離攻撃の反撃の時間はなかった。敵は気づかれたとみるや軽装盾に持ち替えて突進の速度を更に上げた。速度差までもグラデーション。瞬く間に残りの距離を詰められて、そこから一気、ボール状だった隊列が4本の槍の型に瞬時に変わる。
突撃がくる!
対応しようと正面に焦りのままにバリアを置いた。今度は4っつの線が斜めの月型に移行する。湾曲した手裏剣型に敵の隊列が早変わる。マーチングバンドよろしく回転軸を回しながら、斜め方向から横殴りにバリアを超えて敵が来た。後手に回ったその場所を的確に突き進まれ、攻め込まれながら崩される。矢継ぎ早にバリアをずらし、そちらへエナジーを注ぎ込んで固めた途端、突撃の先端が二手に別れ左右に割れて、さらに細かく八つの矢じりに分裂した。廻る廻るマーブル模様。完全に突入された。味方と敵が飛び石のように入れ替わり、混濁したまま飛び散るように駆け回る!
世界は乱戦の様相を呈していた。
否、乱戦に計算ずくで持ち込まれていた。突破力に重きを置いた一団が風のように隙間を抜ける! 破壊力の高い攻撃をしようにも、敵と自分たちが入り組みすぎて誤射が出る。不本意ながら、肉弾戦をする以外手が無いほどに混乱していた。させられていた。俯瞰で把握しようにも相手の動きが一瞬たりとも止まらない。こちらの懐に入り込んだそのままで、分裂したり合流したりを繰り返し、こね回しながら絨毯の横糸のように複雑な模様を描いている。止まらない止まらない。迷いの無いまま演舞のようにダンスのように、万華鏡を踊り続けた両者の足が、いつの間にやらその立ち位置を変えていた。
戦術的に硬直したまま人の波間が吹き荒れ続ける戦場で、ただ一体のカムイの鳥に、いつの間にやら【物質化解除】と【物質召喚】を封じられていたこと。それにようやく気づいたのは、この時だった。焦りの為にほんのわずか応戦のタイミングがずれた次の瞬間、四方に散った敵の兵士が、先ほどまでとは逆方向にレプリカたちを押し込むように回りだす。物質化を解除してすり抜ける事が出来ないままに、物量で散々追い回されて押し揉まれ、召喚済の手持ちの武器のみで走りながら応戦した。するしかなかった。あまりの無様に歯噛みする。
そして制御された重複する回転は次第に秩序を持って集まって、やがて螺旋の唸りに収束する。
そして現在。気が付けばレプリカたちは渦の中心に押しやられ、始まりとは真逆の位置に立たされていた。レプリカたちを中心にドーナツ状に人間たちが展開する。あまりのことに愕然と目を見開いて見回して。包囲していた方が、包囲され囲まれていることにようやく気付く。先ほどまでとは対となる完全なる逆位相。
これを、計算してやったというのか……精霊体ですらない、ただの人間の指揮官が!?
信じられない失態だった。あまりの事態にレプリカたち全てが目を剥き固まった。肉体を得てからの存在年齢の未熟さからか、ショックから抜け出せず硬直したまま動けない。
手品のように場所だけが隊ごと全て入れ替わり、立場が完全に逆転していた。
人の集合とは思えない程の変化の速度とタイミング。数百人がただ一つの生き物のように瞬時に位置を理解して、まだら模様に個別に動き、集団としても機能していた。恐ろしい程の練度だった。アリアムが精鋭と呼ぶだけの事は確かにあった。武装の重さによる鈍重さなど少しも感じさせない動きを見せて、完璧なタイミングで円形陣が完成した。足踏みが揃い静寂を生む。
一つの足音のみを最後に、全ての移動が完了した。
動いている間、わずかな掛け声のような合図しか聞こえなかった。その一息の音のみで形を伝え、そして人だけでなく精霊体の鳥への別の指示すら、同時に指サインでしていたようだ。
物質化を解除しようにも解除できず、パニックになり飛んで逃げようにも蓋のようなバリアを上に置かれて蓋されていた。薄く目立たず張られたそれに、誰も今まで気付けなかった。物質化武器による攻撃も、いつまでも衰えを見せない【雫】の放つ光に阻まれ届かない。最後の手段の自爆ですらも、命令が死守である以上、ここまで中枢に近い深奥では使うわけにはいかなかった。
予想外?想定外?いいや違う、偶然だ!
あいつらにそんな事できるはずがない。あいつらにそんなことができる力がある訳ない。こんな芸当ができるスキルがヒトどもなどにあろうはずがあるものか!
そうだ、自分たちは優秀なのだ。オリジナルすらをも超えるまさに上位の存在なのだ! 優秀である自分たちにこんな事態が起きうるはずなど、ない。あって良い訳ないではないか!
レプリカたちの思考は、優秀であるがゆえに陥る錯覚に嵌っていた。どれだけ能力があろうとも、経験が圧倒的に少ない者がしばしば陥る思考の迷路。現状を受け入れられずに停滞する。
アリアムが隊の前列にまろび出でて腕を組み、ニヤリと笑った。
それを見たレプリカたちの憤りの絶叫が、通路にこだまし反響した。
アリアムたち以外の場所でも、同じことが起こっていた。
ルシアたちの所でも、クローノたちの所でも、【雫】に守られ【雫】を纏い。纏った力を武器に乗せ、鞭が、大剣が、光の剣や棍たちが、舞い散るように敵数を木ノ葉の様に減らしてゆく。
数時間前の戦場では食らいまくった攻撃を、ちゃんと防具で跳ね返していた。ことごとくレプリカ達に跳ね返されていた攻撃が、【雫】のお陰で最大限の有効打として判定される。
だが、違ったのは【雫】の有無その一点のみだ。本来ならばそれで対等なのだ。それだけならば互角のはずだ。いや、それだけであるならば数が多い方が有利なままのはずなのだ。
そう、レプリカたちは未だそれを信じていた。信じて、本当の意味で何がどう違っていたかすらも客観視せず、ただ怒りのままに突進する。
しかし、その【一点】は互いの精神において劇的に、決定的な違いを生んだ。違うだけの理由をもって、戦いは収束してゆき終わりへ向かう。
当たれば倒せる。その確信を得た【仲間】と兵士たちにとって、もはやレプリカたちは敵ではなかった。
────油断。
その一言が床に倒れるレプリカたちの脳裏に閃く。
認めたくはなかったが、認めるしかないのだろう。αたちと同じ過ちを自分たちも犯したのだと。
だが、それでも有り得るはずがないことだった。こいつらは、ただの人間、ひ弱で愚か、他人を妬み嫉み羨んで蔑んで足を引っ張り合うしかできない【人間】に過ぎないものなのだ。そんなものに、そんなひ弱な者共などに……!
(一人では虫以下の力しかない輩などに、共闘するしか能が無い者共などに……完敗、するなど……?!)
彼らは今考えた相手への侮蔑が、自らに跳ね返りそのまま当てはまることに、最後まで気づけなかった。客観的な認識性。それが決定的な違いとなった。
目もくらむような怒りが湧いた。三つの離れた戦場で、レプリカ全てがもう一度、長く長い叫びを上げる。
『なぜだ!?なぜ【我】らが負ける! なぜ……つい先程までキサマラは、アルファとベータたった2体にあれほど苦戦していたではないか!! なのに、なぜ?! しかも、お前たちだけならばまだともかく、ただの兵士ども、雑兵などに!!? なぜだ!? なぜなのだッ!!?』
涙を流して叫ぶ彼らに、三者の場所で、三様の冷ややかで冷徹な視線と言葉が贈られる。
「なぜ、だと?」
そんなレベルの質問を、今更こちらにかけるのかと。
「そんなことも分からないのですか。貴方がたは」
その程度の存在に勝てると思われていたのかと。
「それが分からないアンタたちだからこそ、負けるんだよ」
冷ややかに冷ややかに、「侮辱するな」と、嘲りをも超えた怒りをもって丸めた言葉を投げつける。
アリアムが、クローノが、ルシアたちが。三つの戦場全てにおいて、侮蔑もあらわに答えを返す。瞬時に【カムイ】たちが独自に中継を開始した。ルシアの【答え】が全ての耳に浸透する。
『なんだ、と……?』
前に出たルシアが、怒っていた。見たこともない程に怒気を募らせ怒髪を見せて仁王立つ。
「人の持つ【熱】も【こころ】も、その繋がりが持つ結びつきの強さそのものも、何一つ理解していないアンタたちには、決して分からないだろうけどね。人の力は、一つじゃない。人は、心で結びつき、熱を共有する事によって、その厳しい条件の時のみだけど、数を超えた数百倍の力を振るう事ができる。そんな不思議で健気な生き物なのさ。そして、その度に強くなるんだ。独りでは決して辿り着けない、そんな高みの場所までね。行き着くことが出来るのさ。独りきりでは絶対無理な、独りじゃないから届かせることのできる、そんな【力】がさ。あるんだよ、この世界にはね。独りだけで完結し、群れていながら群れる事を嘲笑うアンタたちなんかにゃ、かなう道理なんてないだろうさ!!」
それを馬鹿にしたアンタたちには、欠片だって容赦なんかしてやらない!
仁王立ちして静かに叫ぶ。
「アンタたちは、群れていても、独りだ。それが、ホントの敗因さね」
突き刺さるような言葉が響いた。
ナニールレプリカ達は、一瞬だけ、底なし沼の底のような、悲しみとも悔しさとも見える表情をわずかに浮かべた。彼ら自身はそのことに、ほんの少しでも気付いていたのであろうか。それは想像するしかない。誰にも分かるはずのないことなのだ。
息をする必要の無い者たちの息が、荒く陰った。そして、人に在らざる叫びを上げ、瞳を燃やして立ち上がり、奇声を上げ、目を吊り上げる。それは、慟哭だった。見ようによっては、子供の喧嘩、もしくは赤子がダダをこね泣いている様にすら見えていた。
「あ〜まあ、ほとんど他の奴らに言われちまったんだが」
アリアムが頭をかきながら前に出た。
「結局俺たちはな、弱くてちっぽけな小さなものの集合体でしかねえのさ。そいつをここにいる連中は心の底からよおっく分かってるってだけのことなのさ。繋がることの大切さもな。それだけだ。それだけの違いでしかねえのさ、俺たちとお前らとの差ってやつはな。完璧を模倣しても半端の集合体に負けるんだよ、この世界ってやつはな。ただ一個の【完璧】は100にしかならねえが、小さくても足し算なら101に出来る。そいつを理不尽と思うのもお前らの勝手だが」
もう一歩だけ前に出る。同時にレプリカたちが無謀な突撃を開始した。何一つ、防御すら欠片も考慮しない突撃だった。
「ただ……最期にあと一つだけ聞いとけや。人間を……舐めるんじゃねえよ」
前に出たアリアムが、その瞳から魂そのものの怒りの炎を上げていた。静かな口調で合図のように振りかぶり、同時に。
全ての兵士、全ての仲間が一斉に武器を構え、待ち構えてから振り下ろした。
◇ ◇ ◇
『────ここまで、か。意外に残念に思うものだ』
広大な部屋の繭の中で。ファングと全力で闘いながら、【ガイア】は取り付いた少年の顔を虚空に向け、極々静かに小さく呟く。
それは、ほんの僅か、ほんの少しだけの感情をそこに乗せ、空間全体に染み入るように響いていた。
第五十 話 『流れの先に繋がるもの 〜人と泥 2〜』 了.
第五十一話 『流れの先に繋がるもの 〜人と泥 3〜』に続く……




