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Grand Road ~グランロ-ド~  作者: てんもん
第七章 ~ On the Real Road.~
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第四十九話 『流れの先に繋がるもの 〜人と泥 1〜』

「全軍、突撃ィィーッ!!」

 【カムイ】の鳥たちが中継するリンクによって、三つの場所で同時にアリアムの声がこだまする。

 アリアムたち、クローノと蓮姫たち、ルシアたちは共に、数十人のレプリカ達と対峙していた。気がつくとどこまでも湧いて出てくるその数に、殆どの者が怖れるよりも、逆にここまでいたのかと呆れている。「虫みたい」と容赦無くつぶやく少女の声がカムイに拾われ届いてくる。現存する全てのレプリカが投入されたということなのだろうが、これほど居たのなら、確かに世界中でナニールの姿があれほど頻繁に目撃され続けたことにも納得がいくというものだった。

 仲間たちが武器を構える。ともに真剣で余裕などありはしないが、少し前にはあったはずの怯えなどは誰にも無い。

 結果はともあれ、一度は撃破した存在だということと、復活したファングのもたらした雫の力と励ましが、彼らの中からネガティブな部分を吹き飛ばしていた。

 どうせ全部倒さなければ全ては終わりなのだ。その開き直りが突き抜けたとも云えるかもしれない。

 理由はともあれ、これで。彼らの力を制限する全ての鎖は露へと消えた。だからこそ、そういう意味では、奴らとまだ戦ったことの無いアリアムの部隊の兵士たちが一番心配の残るネックといえるかもしれない。

 だが事態は、状況は待ってはくれない。

 アリアムの振り上げられた右手の先が全ての気合の声とともに振り下ろされたその瞬間、巨大な一つの足音が響き渡り、状況は雪崩のように止まることなく動き出す。

 光剣が、水晶球が、棍の二振りとナイフと杖が、針に小太刀に鞭に銃、槍に風に短鉄棒が。

 加えて兵士の鉾と盾と長槍と両刃の剣が。全ての者が見事な静止の構え以て、重心を移動させ重き一歩を踏み鳴らす。

 次の瞬間、目にも止まらぬ動きをみせてど派手な戦いを繰り広げ始めた二箇所をよそに、アリアムの所だけは地味でありながら、重く静かに。悠久の砂と時の厚みをはらむ威圧を以って、最精鋭の軍団が、動きそのものが一つになる練度を誇り足を揃えて前に出し、静かな洪水となりその進軍を開始した。

 先ほどのアリアムの大号令が兵士たちの耳に残っている。それに応える声の替わりは、巨人用にしつらえたかのような巨大な通路を地響きとともに振動させる、総勢256名プラスαの精鋭軍の美しさすら感じさせる重々しい足音と軽装鎧の噛み合う音のみ。

 それ以外の全ての音を打ち消して、人の大河が【守りたい】というただそれだけの想いを運ぶ。

 数瞬遅れて、敵のキカイ体とレプリカ達が一斉に攻撃を開始し出した。接近戦を嫌ってか、離れた場所で嵐のように黒き球を撃ち続ける。

「重盾隊、前へ!」

 アリアムの再度の檄で最前線が入れ替わる。軽装の中でも重装備に固めた一団が陣取って、背中から外した背よりも高い巨大な鏡盾を隊前面に隙間なく立てて並べてしゃがみ込む。

 雫の光で輝く盾は、シェスカの商人達が短い日時で必死に集めてくれたもの。正面中心部を頂点に流線型に四角錐に湾曲された、攻撃を弾く専用の特注品だ。無償提供してくれた彼らの恩に報いるために、感謝と共に盾を構えた兵たちが体で支えて後ろを護る。

 雫の光は降り注ぐ黒球の雨のごとき攻撃を確かな強さで弾いていた。

 その成果を確認し、アリアムは再度喉を張り上げる。

「フォーメーションをラムダに移行! 全軍同心円状に密集隊形で整列せよ! その後随時ラムダよりシグマに移れ、タイミングを間違えるなよ? 内円部の者は上方下方に注意せよ! カムイの鳥はリンクの維持とバリアを準備、最前線の後衛はいつでも交代できるようにしておけよ!! さあ、お披露目だお前たち。作戦名【悠久の河】……砂と大河の国民よ、その遥かな時と自然の偉大さ、怖さ、畏敬に耐え生き抜いてきた誇りを総て、今ここに込め敵にぶつけよ!! 機械に囲まれヌクヌクと生き、大自然の苛烈さすら知らぬ者共に、我らの強靭つよさ、存分に見せつけてやれ!!!」

「雄ォオオオ!!!」

 兵士の雄叫びを嘲笑いニタリと粘つく笑みを浮かべ、レプリカ達は扇状に広がって進路上の通路をふさぐ。後ろの敵も同様だ。挟み撃ちされた両側で、鶴翼に広がる敵に囲まれて、アリアム達は団子状に押し込まれ防御に徹することしかできない。

 もっと狭い閉鎖空間で戦う事を想定した、近づかなければ当てられない武器だけしか持ってきていないアリアム達。これ程通路が広いという事が事前に判っていれば、弓矢の一つも持ってきたはずだ。情報の足りなさを嘆き、歯噛みをしながら悔しがってもこれ以上誰も責めはしないだろう。

 だが、それでも彼らは笑っていた。絶望など欠片も無いというかのように。レプリカどもの様な嫌らしい粘つく笑みなどではなく。誰一人、光を放つ陽性の微笑みを絶やさずに弾雨の中で耐え続ける。

 粘つくものを深めた敵が、遠くから離れて囲んだまま、 無言で両手を掲げ弾幕の数を倍にした。

 視界が覆われるほどの黒の雨垂れ。横殴りのそれらは渦の中心の部隊へ向かい、容赦無く降り注ぎ続けていた。

 

      ◇  ◇  ◇


 広大な閉鎖空間の中心で、雷の繭に包まれて、白と黒の光とによって形作られた仮初めの生き物たちの姿が、互いにミサイルのように秒間数百もの膨大さで交差して、ぶつかっては相殺し消え去る様を繰り返してゆく。

『どこまでも【我】と同じやり口なのだな先駆者よ。奪ってきた生物の感情を糧としておのれの走狗、贄と喰らうか』

『あなたと同じにしないで欲しいんですけど』

 口調の軽さと裏腹に、ファングは激昂寸前の表情で【ガイア】の挑発に反発した。

 そう、彼の中にあるものは、彼だけの力ではない。これまでの数百年間で受け取った、誰かが誰かを大切に想う心たちの預かり物だ。その膨大な熱き心たちが力を貸してくれているからこそ、これ程の出力を出せているのだ。それは、人間だけではない。TERRA原産の生物だけですらなく。絶滅してしまったこの星の生き物たちの生前の心たちもそこにはある。彼らが家族を想う心。彼らが子どもを想う心。彼らが生まれた星を想う心が手助けしてくれるからこそ、今、星をも滅ぼす敵に対して共に戦ってくれているのだ。

 それを……

『それを……言うに事欠いて糧に走狗に贄と言いましたかあなた? それを言ったのはその洞窟みたいなアホ口ですかそうですか。なら、さっさとすぐに崩落させて閉じさせてあげますから、いい加減ちょっと黙っててもらえませんかね?』

 ファングが歯を剥いて返していた。先ほどまでとはまたさらに怒りのレベルが上がっている。

『図星だから怒りを感じるのではないかね先駆者よ。黎明の者が発展先の存在に勝てるというなら、発展などには意味が無いとは思わんかね? 良いのだよ先駆者よ。力無き者が勝てぬ相手に挑む時、倫理などには何の意味があるのだね。認めれば良いのだ、おのれが命を糧にしている存在なのだと。他者を利用し、仲間をも利用し、全てを騙して利用して、今この状況を作り出したと言えば良いのだ。そうなのだろう? 先ほどナハトとやらに耳打ちしていたではないか。仮初めの母とやらに認めていたではないか。これまで意図してきたのだと。変えられる分岐点を見逃してきたのだと。誰かの涙を横目にして、見ないフリをしてきたのだと。礼を言い忘れていたなあ、先駆者よ。我をこれまで見逃して、我に力を貸してくれたのだろう? ありがとうと言えば良いかね偽善者よ』

 応えた言葉は、ため息だった。ガイアの毒の言葉にも、翳りがとうとう訪れていた。これまで仲間を苦しめてきたその効力が、ここで潰えて潰される。

『結構ですよそんなもの。仲間もいない独り者の遠吠えなんて要りません。ナハトもお母さんも、皆もちゃんと分かってくれました。聞いていたんでしょ? 悔しかったですか独り者。はい認めます偽善者です。自分の満足の為にやりました。偽善は善ではないですよ。でも、それでも。結果を出せばそれは笑顔に繋がるんです。何も動かずあざ笑うことが格好良いですか? 後ろでただただ操ってほくそ笑んでて満足ですか? 他者を貶め滅びを誘導し言葉で責めて嬉しいですか? 馬鹿じゃないですかそんな臆病者。怖がって動けず、一緒にいてくれの言葉も言えず、褒める言葉も励ます力も共有し何かを成し遂げる喜びも何もかも総て、弱さと臆病さを誤魔化して嘘にまみれて手に取る選択ができなかっただけのことじゃないんですか? 自分の弱さを相手を責めることで誤魔化さないでくださいよ。あなたは単に逃げてるだけだ。それが【誰の】表れなのかは知りませんけど』

『……』

 ファングの言葉は届いたようだ。洞穴の口は閉じないが、言葉の毒を垂れ流してきた相手の言葉が止まっていた。

『あなたの毒にはもう、効力は無いですよ。僕たちは二度と、その程度のものに惑わされたりなどもうしない!!』

 【ガイア】はピクリとも動かない。それがショックからなのか、それとも激昂からなのか、はたまた言葉の毒は効き目がないと思っただけかは、もはやもう見た目だけではわからない。それほど【人】とはかけ離れた姿になってしまっていた。だが。

(それでも、言葉が通じるなら、せめてシェリアークさんにだけでも届くものがあるんだって思いたいよね……)

 ファングは思う。師匠にこれ以上、悲しい思いはさせたくないと。

 その決意の姿をその目は見ていた。

 人からかけ離れたその深淵を含む真円の両穴は、ファングの結ぶ口元を、静かに静かに、奥の奥から覗いていた。


      ◇  ◇  ◇


(何だ、……これは?)

 レプリカの一人が、そんな喉に刺さった小骨のような疑問を抱いたのは、彼らが黒球の土砂降りのような攻撃を、10分程続けた頃のことだった。レプリカオメガ、この中で一番遅く形成されたレプリカ個体の一体だった。

 口の中で誰にも聞こえないように小さくつぶやく。同じ顔をした者共には聞かせられない。聞かれたら最後、一瞬で不純物として消されるだろう。何も考えず、疑問を抱かず、目的の為に言われた事を邁進する。それがレプリカ達に求められた全てだった。疑問など、弱さなど、純粋なる自分たちには不要なものなのだ。なのに、自分にだけなぜ、こんな弱さが受け継がれてしまったのか。オリジナルのナニール精神の弱さを強く恨む。口惜しくはあるが、それは今は関係ない。今は考える時ではない。

(動き……に、何か、違和感が……なんだ、これは……?)

 それ以上分からないもどかしさに苛立ちが募る。だが、誰にも聞くことはできなかった。聞いたが最後、不純物とみなされる。みなされてしまう。

 侵入者どもは、先程から震えながら固まって、ガリ虫のように小さく身を寄せ合ったまま動きもしない。円形に丸まって通路を塞ぎ、背よりも高い鏡の盾でぐるりと囲み隠れている。時折思い出したかのように、嵐の隙間を見計らい、傷ついた盾を同じ大きさの綺麗な盾と一斉に交換する時に動くのみで防戦一方。巨大な盾でその瞬間以外は隠れていて誰も見えない。こちらもその交換の隙に攻撃を当てようとリズムをとるが、向こうの指揮官の不規則なリズムが掴めず成果が上手くあがっていない。たまに隙間に当てられても、連携していない嵐の粒は、ほんの数発当たるだけであまり意味を為していない上、その数発も、鎧に纏う雫に弾かれて有効打とはなってはいない。

 だが、どのレプリカも、それを気にする様子はなかった。弱者を刈り取る狩りの愉悦に誰もが深く溺れている。

 優勢に進む展開に、次第に愉悦は溢れ、遊び出す。黒球だけでなく、実体と精霊化を交互に変化させ幻惑し、あらゆる銃器、無数の鈍器、槍、剣、火炎放射器、爆薬、電磁兵器、毒霧、振動兵器、光学兵器、地下施設に影響の無い修復の効くレベルであれど、ありとあらゆる武器を四方全ての空間に実体化させ、多彩な攻撃方法で攻め続け押し込み続けた。笑みが言葉で溢れ出る。誰もが自分たちの勝利を疑ってなどいない。盾はどんどん消耗させているのだ。盾が尽きた時がクライマックス、その瞬間が勝利の時だと。殲滅されるのは時間の問題、それほど時間は掛かるまいと思っている。

 その思考が流れてくる。レプリカ達には、表層思考の共有という能力があった。自らの疑いや不安を共有思考に乗せないよう注意しながら、レプリカオメガは考える。

 現状のままで問題はない、無いはずだ。有効打は与えられていないが、あんな鈍重な者たちだ。黒球や多彩な攻撃の嵐の中で手も足も出せないでいる。忌々しい雫の守りも少しづつ削れてきている。このままで勝てるはずだ。排除できるはずだ。なのになぜ、自分はこんなに不安を感じているというのだ。

 さっきから酷い違和感がいっこうに拭えない。

 わからない、分からない。違和感の理由が何一つ分からないまま、彼らと共に休みなく攻撃をし続ける。

 と、その時、何度目かに取り換えた侵入者どもの盾の隙間に敵が見えた。初めて敵に攻撃が届き始める。鎧に当たる。雫の防御が剥がれてゆく。倒せてはいない。だが、とうとうその時だと、オメガを除いた全てのレプリカが歓喜の歪んだ笑みを浮かべて攻撃の数を増やしていた。

(これで、もう一息……なのか?)

 そう考えた瞬間、特大の違和感が脳裏を襲った。

(……待て、なぜ、取り換えた後に隙間ができる? なぜ今、盾と盾の隙間から鎧の端が見えている?!)

 盾はぴっちり隙間なく閉じていたはずだ。巨大な盾の影に隠れて身を寄せ合っていたのではないのか!?

 盾を小さいものに変えた? なぜ?! 消耗した? それしかもう残っていない? そうなのか、本当に?!

 目に映る盾の大きさが、最初から変わっていない事にようやく気づく。隙間に浮かぶ鎧の顔がニヤリと笑みを浮かべた気がした。生まれて間もない経験値の無さを、思考の恐怖が凌駕した。急いで共有思考に乗せようとした瞬間だった、一瞬早くアリアムの再度の大号令がこだまする。

「フォーメーションシグマ!! 変幻せよ、見せつけてやれ!!」

 オメガだけでなく、全てのレプリカが何が起こったか理解できない顔で口を大きく開ける中、

「遠く悠大な大河の流れも、地平の遥かな砂の壁も、近くで見ると命を奪う坂巻となる。砂と大河に生まれた者の苛烈と怒濤、その身でしっかりと味わいやがれや外道ども!!」

 叫びとともに、兵士の群れが黒球の雨をものともせずに溢れ出た。近かった。すぐそばだった。最初の位置から比べると、彼我の距離は半分以下、1/3程にまで減っていた。大きさを微妙に変えた盾をランダムな間隔で次々に換えることで遠近感を錯乱させ、視覚に映る大きさを変えないままで輪を大きくし悟らせないまま近づいていた兵士達は、大河の水が堤を乗り越え溢れるように、止まらずにレプリカたちに襲いかかった。両側で押し込めていた鶴翼のカーブは完全に崩壊していた。元から連携していなかったレプリカたちは、驚愕のまま一人一人に分断されてこれまでとは逆に四方から攻撃にさらされる。

 戦場は、完全に乱戦に突入した。



       第四十九話 『流れの先に繋がるもの 〜人と泥 1〜』  了.


       第五十 話 『流れの先に繋がるもの 〜人と泥 2〜』に続く……

遅れてしまいすみませんでした。

三〜四話分一日一話投稿します。

よろしくお願い致します。


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