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Grand Road ~グランロ-ド~  作者: てんもん
第七章 ~ On the Real Road.~
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第四十六話 『大河 〜集結1〜』




 雨のように降りしきる無数の刃が、天を覆い尽くして行き交っていた。

 見上げれば一面の星、その数をも超える死を呼ぶ光が、途切れることなく濃密に流れ続ける。

 薄くて淡い元素の中、死神の鎌を避け続けながら。慣性を無視した動きで縦横無尽に50m級の小型宇宙船が飛び回り続けている。

 泪の形の銀色から放たれた粒子弾が月の小型砲塔をあらゆる角度から消し飛ばし、減らしてゆく。反撃で撃ち返されるレーザーや爆縮弾・精霊弾、【黒竜弾】のことごとくを、茶けて弱々しいがそれでもしぶとく命を宿す星を背に。蒼くひかる輝きに届くその前に、逸らし、散らし、弾いてはかき消して船体を紅に染めながら、背後に背負ったものたちを守っていた。

 空域全体に盛大に撒いたチャフと纏う【雫】で、敵弾の弾速も虚無の威力も大幅に減衰させているとはいえ。自らの機体を無謀にも弾頭の前に割り込ませ、盾となり傘となり守っているその姿は、どこから見ても、どれだけ鬼気迫る恐ろしい姿だったとしても。間違いなくそれは守護神の姿そのものだった。

 空の下にも振動が届いていた。大地の上に地鳴りのような天雷が轟いていた。

 宇宙では響かない激突の脈動が、星の元で全ての耳に響いていた。

 月から黒き矢が射たれ、豆粒のような銀色が盾となって踊っていた。

 それらを、カルロスの放送を聞いていた全ての者が目撃し、瞬きもせずに見つめていた。

 守ってくれていた。

 守られている者たちがその姿をじっと見つめていた。

 事情をまるで知らない者も、僅かに知っている者も、今、自分たちが目撃しているものがどれだけ奇跡か気づいていた。

 飛び交う船も、月の大地で激しく踊る砲塔も、どちらもケタ違いの反応速度。特に、元人間とは思えぬほどに卓越した技量を魅せる、宇宙艇のパイロット達が凄まじい。

 あらゆる角度に振りまかれた乱舞する死を呼ぶ光。それによって空間そのものがハサミのように切り刻まれて引き裂かれ、もはや死角はどこにもない。

 黒よりもすでに白が多い。漆黒にリボンのようにばら撒かれたその死の色の白の中に、顎を広げた黒龍が時折り混じる。聞こえないはずの咆哮が見る者の心の中に響き渡った。大地と月とを隔てる海が、泡立てられてその形を、空間の密度そのものを変えてゆく。本来ならば透明で見えないはずの光の矢じりが、あまりに濃くばら撒かれた砲撃密度と、それにより作り出されたダストとデブリの塵煙により、エネルギーそのものが塗られたように様々な色に染め上がり、宇宙の黒を凌駕して花火のように輝いている。

 静寂に満たされた闇色が数十万を超える雨垂れにより千切られてゆく。沸騰された空間がマグマのように泡ではじけた。無音の中で交差する光と黒の群れたちが、すれ違うだけの塵にまで破壊の限りを尽くしていた。

 19隻の同型の泪滴型宇宙艇は、広大な空の彼方でボロボロに傷つきながらも、欠ける事なく未だ交戦を続けていた。

 遥かな過去に、細糸のようなファングの願いと誓いに賛同し、肉体を捧げたかつての彼の仲間たち。その脳裏に映るのは、ただ一欠片の確かな祈り。星の未来を信じるというファングとの約束と、彼の最後の闘いに邪魔を入れないおのれ自身のその誓い。その為だけに、永劫とも云える待機の刻を続けてきた。

 信じたものを思う気持ちが、彼らの纏う【雫】に伝わりさらに広がり輝きを増す。

 夢見た雫のその【先】に、温かな誰かの未来が続いてゆく事、それだけを信じて。

 待ちわびたこの【今】に、温存してきた全てのエナジーを放出し、彼らはその身を捨ててあがき続ける。


 広大な部屋に二人きりで闇と対峙して、浮かぶスクリーンの彼方から視線を決して逸らさずに、彼らの姿をファングは見ていた。過去の約束を必死に守ろうとしてくれているその姿を、じっと網膜に焼き付けていた。

 杖を握るこぶしに力が込もる。人工の筋肉に、ぎゅう、と音が鳴るほどに熱を込め、闇を垂れ流す元締めに視線を戻す。

 黒穴からの闇の流出が緩まっていた。しかしそれは、力の衰えを意味しない。逆に、垂れ流すものを抑える事で、その内圧は増大しているようにファングには見えた。

『どうやらあちらの戦場は、あとしばらくは硬直したまま続くようだな、先駆者よ。なかなかどうして、使える駒を控えさせていたものだ』

 冷ややかな、凍えるような声色にファングがピクリと反応する。

 人間の輪郭で、顔の中央に人間ではないパーツを備えた存在が、軽口を言う。

 その光景は不気味も恐怖も通り越し、ただただ猛烈に吐き気を呼んだ。ただそれだけの事柄が、恐ろしいほどの吐き気となって心のどこか大事な部分を刺激していた。冷え冷えとした視線が飛び交う互いの隙間。ファングの体に紫電が走る。

『駒……? 駒なんかじゃないですよ。あそこにいるのは、誰に強制されることもなく、そこにいることを自らの意思で決めてくれた僕の仲間の勇者たちです。僕などのたわごとに、人生かけて笑ってついてきてくれた人たちです。今すぐに取り消してくれませんか、その言葉? 撤回してくれないと一生軽蔑しちゃいますよ?』

 軽い口調と裏腹に、その目は鋭い怒りを帯びて剣呑な光を纏っていた。

『撤回する気は更々ないがそれは失敬。しかし、器用だな。いつの間にこれほどの網を張り巡らせていたのやら。姑息な手を使うのは得意とみえる』

 言葉の後半は、【外】の光景に向けたものでは無かった。【ガイア】が杖を顕現し伸ばした右手のその先で、杖先の触れた空間が静電気のように青白き光を帯びて激震を呼ぶ。一瞬で部屋一面に広がった雷の力場に触れた杖先が、瞬時に溶けて形を変えた。白銀色が黒焦げとなる。

 目映いスパークにより、直径20mほどの空間が広大な部屋の内側に浮かび上がった。目の細かい球の形の光の網。繭状のバリアが二人の周囲に張られていた。己のものでは無い顔を笑みの形に歪ませて、【ガイア】は杖が消滅するにまかせたままに右手を離す。数兆ボルトの電撃で焦げながら宙に浮いた超合金の小型の杖が、瞬きの間静寂に囚われた次の瞬間、複数方向から課せられた超重力により引き裂かれ、無数の粉に粉砕されて細切れとなって四散した。焼け焦げ残る粉たちが、派生した空間の裂け目に吸い込まれ消えていく。

 全てを見届け、【ガイア】が再び左手を振る。新たな杖が手の中に顕現した。

『電磁バリアに、多重迷彩重力壁、そして超空間道すらも覆い尽くす次元歪曲柵に断裂吸穴か。至れり尽くせりとはこのことだな』

 精霊科学によって産み落とされた、大戦当時最高技術の賜物ばかり。本来ならば、エナジー消費量からみても決して個人で扱える代物などではない。

『出し惜しみはしない主義なんです。あなたも、そうした方が良いんじゃないかと思いますよ』

 生身の者たちの消えた部屋の中で、ファングは全ての力を解放し睨んでいた。言葉通り、一切の出し惜しみ無し。今日この闘いで総ての歴史を転換させる決意を込めて。

 覚悟を抱えた両の瞳で、数多の名を持ち歴史を超えた青年は体に【雫】を纏わせる。纏っただけでは終わらずに、静かに力を溜めてゆく。金銀の雫が範囲を広げて拡大した。

 自らの本体を探しに行った者たちの、そのことごとくを取り逃がしておきながら、それでも【ガイア】は冷静に見えた。泥の湧く穴の開いた顔の肉、なのに冗談かと思う程血色の良い肉に浮かぶ邪悪な筋は、それは本当に【笑み】と呼んでも良いものなのか。

『それで、この程度で、【我】の足留めになるとでも思うのか?』

『もちろん思いますですよ。これならば、空間を渡って皆さんを追いかけることもできないですしね。どうですか、退路を絶たれた感想は。相談なんですけど。せっかくの機会ですから、ここらで二人きりでお茶でもまったりしませんか? お茶菓子は無いですが、おいしいお茶を淹れますよ僕。こういう場所で静かに逢瀬としゃれ込むとか、けっこう粋だと思うんですけど』

 以前のままのファングであれば、なかなか出てこないだろう軽いセリフを浮かして贈る。両者微動だにしないままで、力を溜めながら言葉が続く。

『それも嫌いではないのだがな。ナニールも若い頃、その手の駆け引きをよくしたようだ。だが、遠慮しておこう。今の体は少年だ。自分独りでなんでもできると錯覚する年頃の恥ずかしがりの少年に、そういういかがわしい誘いは似合わんだろう、先駆者よ』

 顔の真ん中に三つもの黒き穴の開いた少年が、呆れたような嘲笑で常識を語るその矛盾。臆面も無いとはこのことか。そんな台詞を、唇も舌も無くどこから発しているのかすら分からぬままに放つその光景は、シュールという概念すらをも超越していた。

 600年、全ての負の感情を制御してきたファングの顔が、ただの嫌悪に静かに歪む。

 話しながらも杖が振られる。両者とも、何度も何度も振りかぶり振り下ろす。あまりの速度に消えることなく残像が連続で発生し、その度に彼らの周囲に影が生まれた。

 生まれた影が輪郭を粘土のように変えてゆく。形が次第に見えてくる。【ガイア】の周囲に浮くものは、黒き光を吐く竜と、様々な大きさの虚無の玉。大小の異なる姿のワーム蟲も繭の網に収まりきらない程に溢れ出る。

 そして手に持つ杖からは、体の何倍もの大きさの黒き稲妻が、咆哮し威圧しながら飛び跳ねていた。

『そうなんですか? 残念です、とってもすごく美味しいのに。でも、僕は足止めを諦める訳にはいかないので。だから、もう少しここで遊んでいってもらいますね。逃しませんよお客さん』

 ファングの周囲にも、半実体化した光の獣が数十体、次々と現れ出でて唸りを上げた。あの現実の星の大地に今も住まう、確かにそこにある生き物たちに似た姿。

 【TERRA】から来た生き物だけではなかった。ファングと融合した【彼】の影響だろうか。今はもう絶滅したはずの【アーディル】固有の生き物の影もそこにはあった。光の雫、思念の雫のその中に、彼らの姿も確かにあった。

『……そうだな。どうやら、姿を隠しただけでこの場を辞することができるほど、簡単にはいかぬ様だ。しかし貴様も、ギリギリの癖によくやるものよ。あれだけ力を分け与えたのだ。あとは短期決戦を闘う程度しか、力は残っておらぬのだろう?』

 先程から、平坦な言葉の裏に、少なからぬ揶揄が含まれていると思うのは気のせいだろうか。ココロと感情の無いはずの存在に、何が起こっているというのだろう。

『力をセーブしていたのも、生身の者共に被害を出さぬ為もあれど、エナジーの残りが少ないからという理由もあると見たぞ。残り少ない残量でその態度、ハッタリにしてもよくやるものだ。が、いささか分け与え過ぎたようだな、愚かだぞ先駆者よ。その狙いにもう少し早く気付いていたらと悔やまれてならんが、それもよかろう』

 悔しさの欠片もこもらない声で、悔しいと言う。その底知れなさが恐ろしかった。

 確かに、青年の当初の計画よりも、この時間軸までに溜まった【雫】はかなり少ないものでしかなかった。だが、それがどうした。と青年は思う。それでも雫は溜まったのだ。これだけ溜まる程の雫が人にはあった。ならば。そんな事、これまでの全てを思えば、障害にすらなりはしない。

『貴方に悔やむ心があるとは思えませんけど、そういうことです。ハッタリで長く時間稼ぎするつもりはないですよ。気付かれた以上、短時間で仕留めれば良いだけの話です』

『ならば排除し部屋を出る……それしかないようだな』

『できると思うなら、やってみせてみてください』

 無感情な少年姿の男の口調。そこに混じるのは諦観と、僅かな焦り? その中に微かに含むそれを、愉悦と呼んでも良いのだろうか。

 感情……それが、【闇の無】から生まれた存在に生じたとでも云うのだろうか。そんなものが、この心無きぶ厚い闇の内側に存在できるものなのか。それともその可能性を考えること、それすら聞く者たちの願望に過ぎないのか。

 タイミングは同時だった。両者が杖を解き放ち、目にも止まらぬ早業で無数の半実体化攻撃が相手に向けて放たれる。

 エナジーそのものの雷が、半実体化した獣と蟲が、虚無の球と光の雫が、互いに打ち消し合いながら目にも止まらぬ高速でミサイルのごとく飛び交った。

 途切れない、一瞬たりとも途切れない。秒間数発どころではない密度をもって、空気のかわりに攻撃が存在していた。

 半径10mも無い空間に、威力も密度も全てにおいて、画面の奥で繰り広げられている戦いと同じレベルで吹き荒れていた。

 もはや言葉は要らぬのだろう。どちらも無言。口を引き結び、ただ攻撃だけを吐き出し続ける。モノクロのマシンガンのようなものだった。白と黒の光の筋が、コントラストのみを高めながら空間そのものを覆ってゆく。

 張られたバリアが無かったら、部屋ごと潰れて溶解し、二人とも壁を突き破り真空の海の彼方へと放り出されていただろう。数キロの厚い岩盤を砕いてなお釣りがくるだけの威力が、そこにはあった。二人とも、先程までの団欒口調と裏腹にニコリともせずに杖を振り、絶え間なく召喚しながら撃ち続ける。

 機械のように精密だった。人では無いもののように躊躇なく慈悲も無かった。

 だが、それでも。そこには熱が生まれていた。冷徹でありながら、無感情の悪徳でありながら、両者とも欠片も相容れないはずなのに、共に目的の為に純粋だった。

 純粋さだけが熱を持ち、誰にも見られぬ対決は、静かにそのボルテージを上げ続けていた。


       ◇   ◇   ◇


「久しぶり! 蓮ひめさま!」

「ラーサ! ……無事で良かった。元気でいてくれたみたいで、嬉しいわ」

 光の扉をくぐり抜けたその先で、少女が姫を待っていた。

 わずかに驚きを浮かべながらも、久方ぶりに逢う可愛い仲間に、蓮姫の相好が蕩けるように崩れ落ちる。

「うん! ありがとう! ひめさまも元気だった!?」

「ええ、ありがとう。また、一緒ね。よろしくラーサ」

 蓮姫の出した手をラーサが握り、勢いよく上下した。

「うん! ひめさま、あのね……」

「なあに?」

 珍しく躊躇するポニーテール少女に、なにかしら?と蓮姫は先を促すように首を傾げる。

 少女は意を決し、顔を上げて真剣な表情で蓮姫を見つめた。

「あの時は、助けてくれて、ありがとう!」

「!」

 蓮姫の双眸が大きく見開かれた。

「ひめさまにはね、もう一度、ちゃんとお礼を言っておきたかったの。色々あって、まだちゃんとお礼を言えてなかったから。それに気付いて恥ずかしかったから、今度逢えたら言おうとずっと思ってたの。ナハトさまにまた逢えたのも全部、全部ひめさまのお陰だから。だからね……ありがとうございました」

 心の底から頭を下げる。それが出来る少女だった。蓮姫は、感極まったように震え、瞳をしばし潤ませた。

「……ええ……ええ! でもねラーサ。お礼を言うのは、むしろ私の方なの。お陰で私は、色々と大切なものを、本当の意味で取り戻せたから」

 瞳の中に涙を浮かべ、蓮姫はラーサの手をもう一度握り締める。ありがとうと、ほんの僅かで良い、この感謝の気持ちよ伝われと熱と祈りを込めて応えた。

「そうなんだ……」

「ええ。だからね、おあいこ」

 二人はにこりと微笑みあった。

「あのね、それでね、だから今度はね、あたしの方からお願いするの。それを言う為にひめさまの方に迎えに来たの」

「?」

 なにかしら? 視線で問う姫の前で、続けて瞳の奥を見通すように、言葉を続ける少女の姿。ハテナ、という顔をした蓮姫は、次に続く少女の言葉に絶句する。

「一緒に、闘ってくれますか? 一緒にきて、手伝って、くれる?」

 10も年下の少女が、真剣な表情で、その言葉を紡いでいた。

 ここまで来たのだから闘うのは当たり前だ。だが、そういう意味の言葉ではないのだと、姫も気付いて見つめ返した。

 あのとき、自分が少女に向かって言った言葉だった。今よりもずっと未熟で折れそうだった自分がすがった、小さな姿。その重みを受け止め支えてくれた、温かみのある小さな手。あの時見つめた瞳がそこに、変わらずちゃんと保たれて、存在し続けてくれていた。

 救うことができた少女が、静かに答えを待って見つめていた。ワクワクした表情と、少し不安そうな表情を、交互に顔に貼り付けて、じっと待ってくれていた。いつか自分が必要とした相手が、今度は自分を必要としてくれて、あの時と同じ願いを伝えてくれている。黒檀のような艶の黒瞳が、キラキラと輝いて望む答えを待っていた。

 蓮姫は、目をしばたいて見開いた。この瞳を守ったのは、自分だ。守ることができて、本当に良かった。胸が詰まる。息を吸い込む。無性に嬉しくてたまらなくなり、満面の微笑みを浮かべ全力で頷いていた。

「……もちろんよ! 今度こそ、一緒に全部守りましょうね!」

「ありがと! ひめさま!」

 蓮姫が人差し指を軽く立て、満面の笑顔の少女の前に出す。

「ラーサ、実はね、私は友達には、名前を呼んでもらうことにしているの。ラーサには、名前でちゃんと呼んで欲しいわ」

「名前を?」

「ええ、そうよ。ラーサのこと、友達と思っても良いかしら?」

「うん! もちろん!」

 両こぶしを握り締め、満面の笑みで飛び跳ねる。

「なら、名前で呼んでくれる?」

「分かった。じゃあねえ……れんちゃん!」

「ちゃん?!!」

 生まれて初めて呼ばれた予想外の呼び方に、蓮姫は再度絶句する。しかし、

「ダメぇ?」

「なんの問題もありはしませんわ!!!」

 哀しげに小首を傾げる少女を前に、蓮姫は両手の指を重ねて合わせ、祈るように勢いよく頷いていた。二人できゃあきゃあと両手を合わせて飛び上がる。ラーサの魔力は同性にも効くらしい。後ろでアーシアが少し口を尖らせて会話が終わるのを待っていた。


 少し離れた逆側では、先輩後輩の師弟が久方ぶりに顔を合わせて挨拶していた。

「先輩先輩先輩先輩せんぱい!! やっときてくれたんですねようやく一緒に闘えるんですね! 嬉しいですほんとにとっても嬉しいです!!」

 後輩の勢いに押されながらも、クローノは冷静に笑顔を向けて応えている。

「カルナ……心配かけてすみませんでした」

「いえ! 大丈夫です! 信じてましたから!」

「そうですか。ありがとう」

 冷静にアルカイックスマイルで応じるクローノ先輩。

「はい! それにしても、格好良かったですよ先輩! あの放送、中継したの、先輩ですよね! 凄かったです、ほんとに凄い!」

「あの放送の主役はカルロス君ですよ」

「いえ! あんな遠くから、それも敵の防御をすり抜けて全員に聞かせるものを無理やり強制的に送りつけるなんて、さすがだと思います!! お陰でみんな、気力が戻りました。直前まで冷静で嫌味っぽかった敵が、あのお陰でオロオロ動転し出したんですよ! 敵の黒さを上回る攻撃、お見事でした! 確かにカルロスも凄かったですが、いま僕らが生きているのは、先輩のお力のお陰だと思います。ありがとうございました! カルロス、とっても怒ってました。いつか先輩に仕返しすると誓ったそうです。さすが先輩です!」

「……そうですか、怒っていましたか。それはそれは」

 内心(それは本当に褒めてくれているのだろうか?)と不思議がりながらも、嬉しそうにクローノが頷いた。

 しかし、次に続いた満面の笑みでのたまう後輩の台詞を聞いて、形容しがたい複雑な表情に彩られる。

「はい、さすがは先輩です。それに、あの途切れ方、繋がり方のタイミング。裏で操ったのは先輩ですよね! とっても先輩らしかったです! その真っ白いところも真っ黒いところも全開に魅力が溢れてて、とっても先輩らしくて良かったです!」

(……本当に、褒めてくれているのですよね?)

 クローノのスマイルに、じと汗が一筋流れて落ちた。

「……カルナ、君の中の私のイメージとは、いったい……? いつか君とはとことん話し合う必要があるようですね?」

 自ら黒いと称した先輩のアルカイックスマイルと間近で接しながらも、先輩命な後輩は、笑顔がまるで崩れない。

「本当ですか!? きっとですよ? 楽しみにしていますね!」

 ……この後輩、実は地味に最強なのかもしれなかった。


 一人、ぽつねんと待つアーシアの手持ち無沙汰感が、どんどん増えて広がっていた。

 再会に沸く二人の代わりに【鳥】から詳細を聞きながら、しかし、双方を交互に見やるアーシアの口の尖りが止まらない。そのトンガリがどういう意味の意思の表れなのか。それを彼女が完全に自覚するのはもう少し先の話だ。だが、そのトンガった口の形も、すぐに淡く消えてゆく。変わりに諦観の無表情が顔に現れる。彼女の普段の顔だ。張り付いて取れなくなってしまったことに、自分で気付いていない自分の顔。

『ソロソロ出発シテモヨイデスカ、ヨイデスカ?』

 パタパタ飛び回る【カムイ】の化身が、ピィピィと呆れたように呼びかけた。

「……いいのではないかしら? お二人に聞いてきてくれると嬉しいわ」

『? ナニカ拗ネテオイデデスカ?』

「な! そんなわけ……! ……違うわ。これはそんな浮ついたものじゃ、ない……ッ」

 アーシアの眉がひそめられ、視線が僅かに下を向く。

『デモ、ソノヨウニ見受ケラレマス。ソレトモ何カヲ諦メテオラレルノデアリマスカ? ア、鼓動モ発汗モ上昇サレテ焦サレてオリマスデスガ……ピャッ』

 アーシアが【気殺】を使い、死角から【カムイ】の翼を掴んでいた。半実体のはずのその鳥は、アーシアの造られた古代種の血ゆえだろうか、なぜかつままれた手のひらから完全に抜け出せない。

『ア、ア、ア。我々ノヤキトリハタブン美味シクアリマセンデスヨ、ピヨッ』

「そんなことは、無いと言ったわよね?」

『…………ピヨ。ソンナコトハナカッタト記憶シマスデス、ハイ』

「よろしい」

 手の籠から放たれた鳥はそれでも付かず離れずに、アーシアの頭上を飛び回る。

『シカシソレナラ』

「……まだ、何か言いたいの?」

 睨みに怯えて高さをとった鳥は、それでもその口を開いた。

『昔トアル方ニ言ワレタ事ガアルノデス。【今を大切にできない者に、大切な未来など来ない】ト言ウコトヲ。【諦めから今この時を捨てる者、臆病から己れに希望を持てぬ者、それぞれどちらも、今を大切にしていないということでは、同じことだ】トイウコトヲ。ソシテソノ方ノ言ウニハ、【未来は積み木と同じなのだ。土台を大切に生きないまま、下の方が細いまま上にいくら積み上げても無駄なのだ。細いまま先に進んだ人生に、安らかな安定などありはしない】ノダソウデスヨ』

「…………何が、言いたいの」

 苦虫を噛み潰した表情で、アーシアが問う。【カムイ】の鳥は、静かな瞳で紡ぎ続けた。

『【今を大切にするということは、今感じている感情を大切にするということだ。今感じているその気持ちを、殺してはいけない。たとえそれが負の感情だとしても、それは大切な君のものだ。捨てず、受け入れ、前に進め。重ねてゆけ。君が君の今を大切にしたその先に、君の求める未来がある】。我々ヲ創ッテ下サッタ方ガ、最初ノ親友ニ当テタ言葉ダソウデス。未来カラ過去ニ来テ、絶望カラ【死と消滅】を望ンダ彼ニ向ケテ、言ッタ言葉ダソウデス。ソノ言葉ヲ、コノ月ヲ創ッタ【マスター】ハ、モウ一度必要ニナッタ時ニ使エト我々ニ残シマシタ』

 アーシアはハッと気付いて視線を上げた。

「……その、絶望した彼、って…………さっき貴方が教えてくれた現状の中で言っていた、【彼】のこと……?」

『ドウデショウ。我ラノ【マスター】ハ、【彼】ガ誰カヲ入力サレマセンデシタ。キット、ソノ事ニモ意味ガアルノダト思ワレマス』

「意味……」

『アアソレト、マスターノ残シテクレタ言葉ニハ、コンナモノモアリマシタデス。【人生に価値はあれども意味は無い。だが、人の心には、行動には、必ず意味が存在する】ト』

「…………」

 アーシアはしばし、天井の先の空想上の空を見た。遥かな過去に見た空を。辛かった事は無数にあった。だが、それを無駄とは思わない。今なら、無駄と思わないでいられるとそう思った。そう信じた。

 会話相手とじゃれあっている二人の姿をもう一度見つめる。

 次第に、その表情から険が抜け、柔らかな笑顔が浮かび始めた。自然に足を出していた。前へ。

「蓮さま、クローノ、二人とも! さあ、挨拶はその位にして、そろそろ先に向かわないと! 我々がいる場所が一番目的地に遠いようですので、急がないといけないと思います。喜ぶのは、もう少し後で盛大にやりましょう!」

 4人が頷いたその隙に、アーシアは、今まで一度も使わなかった言葉を挟む。

「その時は、もう二度と仲間はずれになんてしないでくださいね?」

 呆気にとられる二人を残し、笑顔で鳥に向かって頼む。視線の鋭さが昔の彼女に戻っていた。

「さあ、行きましょう。なにかやる気が出てきた気がするわ。それで、ここからはどちらに向かえばいいのかしら?」



           第四十六話 『大河 〜集結1〜』  了.


           第四十七話 『大河 〜集結2〜』に続く……


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