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Grand Road ~グランロ-ド~  作者: てんもん
第七章 ~ On the Real Road.~
89/110

第四十一話 『讃歌 7 〜愛すということ〜』

「ムハマド!! あんた、知ってたのか!? 知っててずっと黙ってたのか!!?」

 【カムイ】から飛び出したバルドルと名乗る精霊体の説明を聞いた少年達は、今度こそパニックになって激昂した。

 哀しそうな顔でカルロスに胸ぐらを掴まれて、ムハマドは静かに肯定する。

「はい、知っていました」

 あいつの正体が【ガイア】そのもので、サブシステムを封印から解除すれば、奴の封印も同時に解除されてしまうということを! ナニールやアーディルすらも利用されていただけに過ぎない事も!

 最初から知っていて黙っていたとムハマドは言う。

「! ……つまり、お前は、そのガイアとかいう奴の、手先ってことなのか!?」

 ほとんど泣きそうになりながら、悔しそうに詰め寄る少年に、ムハマドは暖かく、そして僅かに悔しいものを感じながら、それでもちゃんと答えていた。

「違います、断じて」

「……それを、信じろって、いうのか、いまさら、ここで……!!」

 全ての瞳が怒りに燃えて見つめている。

 それをしっかりと受け止めながら、ムハマドは再度頷いた。

 怒りで震える腕を抑え、カルロスが噛み付きそうな顔で手を離す。

「……………、今は、信じられねェ」

「……そうですか」

「信じてェよ! でも、けど、……ッ!」

 カルロスが下を向いて唇を噛んで黙る。下げた両腕の先で、こぶしが小さく震えていた。

「……オレも同じ気持ちだよ、ムハマドさん」

 ナハトがカルロスの肩に手を乗せながら前に出た。

「オレたちは、ずっと、これをすれば、【カムイ】を封印から解けば全てが上手くいく、そう信じてきたんだ。それを、最初から違うと知っていた、って言われて、はいそうですかとは受け入れられない。そのあなたを信じられる方がおかしいよ……」

「……そうですね」

「でも、」

 ナハトが続ける。

「信じたいのは皆同じさ。だから、オレたちは諦めない。誰が諦めていても諦めない。これからディーたちを助けに戻る。戻ってどうなるとかそんな理屈はどうでもいい。助けに戻る」

「……はい」

「オレはあなたを信じたい。だから、申し訳ないけれど、ここに残っていてほしい。精霊体の方、見張りを……頼めますか」

『……もはやわたし個人の力など既に無いが、それくらいなら任せてもらおう』

 知らせる術が無かったこと、申し訳なかった。そう、精霊体が呟いた。

 ナハトは顔を横に振り、笑った。苦しげだけど、笑って応えた。この人たちを責めるのは、酷だとちゃんと理解していた。

「お願いします……良いですか、ムハマドさん。今でも、【仲間】と思って、いいんですよね?」

 ムハマドは静かに頷いて応えた。

「もちろんです。……もうしわけ、」

「謝らないで!!」

 ラーサだった。泣きそうというか、泣いていた。泣いたのを拭いて誤魔化した顔で、ラーサが睨んで吠えていた。

「それが“ひつよう”だったんでしょ?! そうなんでしょ!? だったら、【仲間】だっていうんなら、謝っちゃだめ! ダメなんだよ!!」

 ラーサの必死の睨みの懇願に、ムハマドが目を見開いて沈黙する。

「……わかりました。はい、必要でした。今はまだ言えませんが、必要でした。だから、謝りません。おいらはまだ、あなたたちの仲間だから。だから、【仲間】を信じます。切り抜けてください。そうすれば、必ず【道】が開けます」

 ラーサがもう一度顔をぬぐって頷いた。勢いよく盛大に何度も何度も頷いた。そして、

「分かった!」

 信じた! ラーサが笑顔で叫んでいた。

 未だ憎しみに変わりそうな怒りの顔でいた少年たちは、呆気にとられて固まった。ラーサのその気風きっぷの良さに、度肝を抜いて眺めていた。

 閉じられた部屋中に風が吹いた感じがした。

 黙って眺めていたカルナも含め、三人は顔を見合わせ苦笑した。困ったことに、認めるしかない。

 ラーサが一番格好良かった。


       ◇  ◇  ◇


『主砲発射シーキング、オールグリーン。さて、まずは威力を試してやろう』

 呆然と立ちすくみ、座りすくむ者たちの前で、瘴気を纏う少年が杖を構えて掲げ上げる。中身が違う少年の体の内から黒い光が溢れ出て、球形状に体を覆う。黒光りする光の中で、すっくと黒き中心に浮かびながら、口と瞳を見開いて力を貯めて唸り出す。唸りが止んだ。光が増して稲妻を呼ぶ。

『……主砲充填15%。ふむ、まずは試射ならこんなものだろう。射角修正左前方仰角35度、目標:トラクタルビーム先の小惑星アンカー』

 台詞と共に、空中に巨大な画面が現れた。稲妻が部屋に固定され、四方の壁に繋がれた。この部屋は、主砲発射、そのためだけの司令室のようなものだったのだ。空中画面に拡大された小惑星が映し出された。人工の月を安定させる重し、アンカーのようだ。その小さな星が瞬時に画面で拡大されて、中心に照準が合わされる。目覚まし時計のような甲高い音と共に照準が赤くなり、二重円が重なった。そして言葉が放たれる。

『ガイア砲、ファイア』

 あまりに静かな響きと共に、杖が下ろされ、同時に数キロ後ろの彼方から耳をつんざく轟音が振動と共に放たれた。

「…………ッ?!」

 誰もが言葉を放てなかった。

 誰も言葉を挟めなかった。

 画面の奥で、数万キロの彼方の宙で、直径約160km、300km超の月の半径を超えると見えた小さな星が、永く月を支えてきた小さな星が、蒸発しながら掻き消えていた。爆発さえする暇も無く、融ける過程も省略し、ただエネルギーに引き裂かれ、細切れにされ宇宙の気体へ昇華した。それがあったはずのその位置は、成れの果ての濃い煙だけが舞っていた。

 恐ろしい、そんな言葉さえ陳腐に変わる、言葉で解説しきれないほどの超越された威力だった。

「……15、%………?」

 口にした言葉すら信じられない。

 どこまでも悪夢の中にいるようで、いつまでも呆然としていられたらどんなにか楽だろう、そう思う。そんな逃げの呆然すらも、ナニール=ガイアの次の言葉が許さない。

『さて、では秒読みを再開しよう』

 誰もが絶句し絶望し、言葉も無いまま蒼白な色に覆われる。

『アンカーは消えた。これで完全に自由に動く。船体、180度回頭せよ。照準、惑星アーディル・コア』

 静かな長い震えと共に、船と化した月そのものが一定速度で回り出した。

 世界のコアを撃つ為に。

 彼らの世界を消すために。

 見守る全ての人間の血の気が完全に引いていた。


 ナニールの中には、複数の存在がいた。

 ナニール本人、惑星“アーディル”の怒りの意思、シェリアーク、そして、【ガイア】だ。

 現在は、ナニールと融合していた【ガイア】が体の主導権を握っていた。

 少年の口で、【ガイア】が真の秒読みを口ずさみ始めた。

 世界の、星の、終わりを告げる秒読みが。

『45、%』

 今もあそこでたくさんの人が、命が、苦しみに耐えながら懸命にその日々を暮らしているその場所を。クローノたちやアリアムたちがゲートの開放を待っているだろうその場所を。

 先遣突撃隊の面々の一人一人が、待たせている誰かがいて、その誰かが祈りと共に帰りつくのを待ってくれているだろうその場所を。

 消すための秒読みが始まっている!

「やめろ! 星そのものを消してどうなる?! 星を消す必要はないはずだろう!? 月だけが残されて、それでいったいどうなるというんだ!?」

『66%……』

 デュランの叫びにも眉一つ動かさず、宙に浮かぶパーセンテージメモリのみに注視して、【ガイア】の器が読み上げ続ける。

「お前だけ残って、それでそのあとどうするつもりだと訊いている!」

 目線だけ、それだけが静かにデュランを睨めた。

『我は【ガイア】。我は世界を疎むもの。生きとし生ける者どもの虚数の心の集合体。我は次元。底にたゆたう存在力。粘つく汚泥に魅せられて穿たれた穴より出でしもの』

 ニタリ、と歪んだ瞳を揺らす。揺らして愉悦を粘らせる。

『我の望みはさらなる虚無だ。負の感情を溢れて寄越せ。星を穿たれ滅す間に、そのことを世界に知らせ、搾り取られた負のエナジーを収穫する。そしてそれを糧として、衛星船ガイアによって次へ向かう。繰り返しだ、それだけのこと』

「……つ、ぎ……だと……」

『TERRAとか言ったか。そこでも良いぞ、星の最期を看取る者よ。どこが望みだ? 次の行き先を決める栄誉を与えてやろう』

「ふ……ざ、けるな、ふざけるなあああああああ!! そんなことの為に!? そんな程度の為にだと!?」

 空中画面に惑星アーディルが映し出される。次第に中心に寄ってゆく。

 デュランの髪が怒りのために逆立ち尖る。潰された街と、そこで生きていた者達の笑い声が耳鳴りとなり蘇る。助けられなかった者たちが、消された理由がそれだというのか。笑っていた者たちの笑顔が、それが永遠に消え去る理由が、そんな糞みたいなものだったと、死んだ後に彼らに伝えなければならんのか!?

 ふざけるな……巫山戯るな! それならまだ、星の意思・星の怒りの方が万倍マシだ!

 そんな巫山戯た理由のせいで、そんな馬鹿げた理由のせいで、大切なものが消されて許せるわけがないだろう!!

『74%』

 主砲の照準が星に重なって表示された。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 デュランが口火を切っていた。

 恐怖を超えて止めに入った。勝てるとか勝てないとかでは有り得なかった。これまでの全ての痛みと喜びが、デュランの体を動かした。

『心地よいな、心地よい。呼び寄せたのはお前たちだ。お前たちが生んだものがお前たちに還るだけのことだ。笑顔で笑って迎えたらどうだ? ふ、く、は、は、は、ははははは、はははハは』

 口が限界まで開けられて、顎が外れたかのように赤黒い口内だけが見えていた。

 リーブスが、ナーガが、起き上がったルシアが、剣を振るった五人の兵士が、足を引き摺るコールヌイが、全員が全ての力で止めに入った。

『……82%』

 秒読みが進む中、全員の全力の攻撃が全方位から浴びせられる。その攻撃のことごとくが届く前に黒き光にかき消され、弾かれ撥ねられ止められていた。黒の電子オーラが拡大し、完全に星の形に【ガイア】となったナニール=シェリアークを包み込む。

『89、%』

「若……わかぁあああ! 目を、お目をお覚ましください! わかああああああああああッ!!!」

 コールヌイの必死の呼び掛けももう届かない。彼の大切な存在が、奪われた体で、濁った顔で嗤っていた。

 星が静かに動いていた。月そのものが動いて主砲のコースを修正し、世界に照準をあわせていた。そして、動きがとうとう止まる。固定された照準が世界を直に捉えていた。照準の二重円内が赤黒く色を変え、巨大なスクリーンいっぱいに映し出された星とともに画面のほとんどが赤く変わった。

『100、%、充填、完了……とうとう来たな、この、時が』

 絶望が告げられた。口が開く。今度は声は聞こえてこない。粘つくような笑みだけが固定化されて晒されて、少年だった存在が、空気を振動させないままに、顔面だけを歪めたまま口を限界まで赤く開いて震えるように世界を嗤う。

 どうにもならなかった。何も役に立てず、何一つ何もできなかった。秒読みが終盤に突入した。デュランが悔しさで泣き濡れていた。睨んだ鬼の形相のまま歯を食いしばって泣き濡れていた。

 そして秒読みが終了する。

『2、1……』

「や、め……ろ、やめてくれ……、めろ、やめ……やめ、や、め……ろ、おおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」

『ゼロ』

 潰れるような誰かの叫びを打ち消して、遠くの部屋で発射の音が始まった。


「……あ、あ、あ、あ、ああああああああ!!」

 誰もが心を折り膝を付こうとしたその時だった。

『さ、せ、る、かあああああああああああああああああああああ!!』

 叫ぶ声がした。

『させない!そんなことはさせないよ、僕が! 絶対止める! 止めてみせます!!』

「ファ、ング……」

 痛みをこらえ、コールヌイが顔を上げ意識を戻す。

 ファングだった。ナハトたちの方のフォローが終わり、こちらの異変に気づき、誰よりも先に【外】から主砲の正面に駆けつけた存在があった。

 【シング・ア・ソング号】だった。その500mに達する豆粒のような機体の機首を、画面の中でこちらに向け、真正面に進みながら。堂々と破壊の為のエナジーに正対して立ちはだかり、見事にベクトルを合せて星へのコースを塞いでいた。

 打ち出される寸前の月主砲に向けて、800年前の人類最高技術時代の粋を集めた武装恒星間宇宙船の、主砲が追って放たれた。

「ファング────────ッッッ!!!」

 頼む、頼む、任せるぞ……任せたぞ我が、弟子よ!

 己にもう一度だけチャンスをくれ! 若を取り戻す、若に笑顔を取り戻すチャンスをくれ! あと一度だけで良い、お願いだ、まだ、死ねない。このままではまだ死ねんのだ!!

 コールヌイが叫んでいた。ただただ弟子の名前を呼んでいた。少年に複数存在する名前の内で、一番長く共に過ごしたその名前を声の限りに叫んでいた。

 画面が白く飛んでいた。あまりのエナジー量に補正すらも効かないままに、冷たい宇宙でエナジーの塊たちが押しあい打ち消しあっている。

 バカバカバカバカ!そこに居たら危ないよ馬鹿息子!でも、助けて欲しい。でももう二度と死んでなんて欲しくない!でも、でも!自分はどうして欲しいのか。どちらが真の本心なのか。ルシアには分からなかった。分からない、それでも、分からないまま名前を呼んだ。

「ファアアアング────────ッッッ!!!」

 ルシアも、引き裂かれた二律背反の思いの中で、何重もの意味を名前に込め、叫びを祈りに変えながら叫んでいた。

 新たに息子と認めた者の名をあらん限りで叫んでいた。


       ◇  ◇  ◇


 ナハトたちが出ていった水晶型の部屋の中で、ムハマドは閉められた扉の内側を眺めていた。

 外ではどういう事態になっているか、彼は知っている。知っているのだ。だが、手は出せない。出してはいけない。

 今は、まだ、彼らだけで切り抜けてもらわないとならないのだ。

 理解はとうにしていても、悔しさに口の端から空気が漏れた。

『大事はないか』

 それに気づいたのだろう。さきほどバルドルと名乗った精霊体が、気遣わしそうな声を出す。ゲフィオーンと違い、厳格だが公正で優しげな性格のようだ。

「お気遣い感謝しますです。でも、おいらは大丈夫ですよ」

 笑顔で返すムハマドに、バルドルは気落ちしたように眉根を寄せた。

『我々が、もっと力になってあげられるはずだったのだが、永の年月の内に思った以上に消耗してしまっていた。外に出られる力を持っているのは、既にゲフィオーンとこのわたしのみとなってしまった。そのわたしすらも、もはや残った力は、【カムイ】と連携し支援する力のみ。だが、それすらも、今の状況でどれだけの力となるのか。そして、なぜか封印解除される瞬間まで解けなかった思考封印が、いくつかあったようだ。真の敵の正体、そして今封印を解いた場合の危険性……そのせいで、君たちに事前に警告できなかったこと、本当に、申し訳ないと思っている……』

 責任感の強い人なのだろうな。とムハマドは思う。彼も、自分が知っているはずの人なのだろうか?

 ムハマドにも、思考封印が存在する。それは、過去に彼自身がかけたものだ。

 だが、封印が解けない限り、その内容は彼自身ですらも分からない。

 あと少し、その【瞬間】が来るまでは。

「いつか……」

『?』

「いつか取り返すことの出来る時が来ると思います。大事なのは、諦めず、その時まで生き延びることだと思いますですよ」

『……そう、だな』

 バルドルも存在を揺らしながら、答えた。ゲフィオーンと同じだった。彼の存在寿命も後いくばくも無いのだろう。

『其の通りだ……』

 二人の男は口元だけで静かに笑い、そして闘っている者たちの方角を壁越しに見つめ続けた。


       ◇  ◇  ◇


 コールヌイの、ルシアの悲鳴が聞こえていた。

 船の中で、ファングの耳に届いていた。

 外壁があまりの熱で融け始める。泪滴型の反射の美しかった船体がドロドロに溶けて蒸発しだす。

 このままでは、とてもではないが間に合わない。所詮大きさが違うのだ。いくら技術が上だとしても、それで補える対比の格差を超えていた。

 コールヌイとルシアの悲鳴が響く、何度も何度も呼ぶ声がする。その音の余韻が冷めないままに。

 ファングも自ら叫んでいた。意味をなさない叫びだった。それでも溢れて叫んでいた。

 あまりの爆音に自らの声も耳に聞こえない、そんな中で叫んでいた。心が膨れて体に溢れ、想いのままに声を枯らして叫んでいた。

 【あの時】、ファングは、大切なものがいなくなる、ということの本当の意味を心底知った。掛け替えのないものがこの世界から永遠に消え去ることの、意味を確かに体験した。体が引き裂かれる程の痛切な悲しさを身に知って。大切なことを学んだのだ。大切なことだった。とてもとても大切なこと。

 その地獄のような痛みを超えて、彼は【心】を手に入れた。

 だが、体が心に引き裂かれるようなあんな想い、知らないで済むならその方がきっと良い。絶対にきっと良いのだ。

 この二年で出会った人々を思い出す。

 無口な恩人の師匠がいた。

 新たな大切な友達がいた。

 新しくお母さんと呼ばせてくれた人がいた。

 それ以外にも、様々な優しい人たちが大勢いた。

 脳裏に笑顔と会話がよぎる。

 その人たちに、あんな想い、もう、これ以上味わわせたくなんて絶対……

 無い!!

『負けない、負けない、負けない、負けない! 通さない通さない通さない通さない!! 貫け、貫け、貫け、貫け、届け、届け届け届け!!!』

 瞳を閉じた目蓋まぶたの裏に、大事な友の顔ぶれが流れるように映って消えた。

『──────────────ッ!!!』

 信じられない光景が、それを見られるわずかな者の眼前に広がっていた。

 300kmを超える星の、幅だけで数kmを擁す主砲の咆哮に、たった500mしか無いはずの米粒以下の骨董品の船の主砲が、僅かだが、ほんの僅か、それでも確かに押し返し始めていた。


『おのれ……愚弄するかゴミ屑が! そんな事があるはずがない。奇跡などそんな手軽に何度もあってたまるものか!』

 【ガイア】がいんの気合を込めて砲身に再度力を乗せた。黒き球体から黒き紫電が放出し、奥先の発射室まで繋がれる。そこから力が注ぎ込まれた。さらなる力が供されて、叫ぶファングを押し返す!

『貴様あ! 邪魔をするなああああ!!!』

 ナーガが最大力で【盾】を放った。フリスビーの要領で回転しながら飛ぶ盾が、ナニールの杖から伸びる稲妻の線をかき消すように叩き切る。

『一つではないわ馬鹿者が!』

 四方に張った固定に使う稲妻をまとめてそれも解き放つ。四つの糸が合わされて結られた黒竜と化した雷が、またも飛来した盾を砕いて咆哮しながら先へ飛ぶ!

「これ、以上……やらせて、なるものか!!!」 

 コールヌイだった。人任せだけにしてたまるかと、弟子だけに苦しい思いを背負わせないと、自爆覚悟で残りの爆弾を腹に巻いたまま、最後の力で稲妻の通る道へと身を投げ出す。誰かの悲鳴が聞こえていた。捨て身の攻撃! だが稲妻のスピードに、生身だけでは間に合わない!

「たわけたことをおやりじゃないか、一人で格好つけてんじゃないよ!」

 気がつくと、コールヌイの体を包む風があった。ルシアが後ろを飛んでいた。風の助けでマイクロ秒だけ先んじて、二人で竜の正面に立つ。杖を掲げる間すら無く、爆裂音を立てながら風の鎧を竜が噛む! ギギギギギ、痺れる体で顎を抑え前後左右にブレるルシアをコールヌイが支えて吠えた。共に杖に手を添えて、二人分のエナジーを風の杖に注ぎ込む。

『馬鹿めらが! たった二人のエナジーで支えられる訳がなかろうが! 何百年分、何億人分の黒き闇だと思うのだ!? そのまま消されて千切れ飛べ!!』

 【ガイア】の猛る言葉の前に、野太い男の声が重なり耐える二人の背中に届く。

「……二人だけのはずがないだろう、馬鹿はどちらだ、くだらぬ王よ!!」

 くだらないものに負けてたまるものかと、デュランが、ナーガが、リーブスが、兵士たちが、二人のお陰で間に合った者たちがさらに支えて声を張る。唸り声を張り上げてエナジーが何人もの体越しに増幅された。杖型のデバイスに全ての想いを託して渡す。

『嘘だ……我の力は最強の黒の力だ……押される、だと……? そんなはずはない! そんなはずがあるはずがない! そんなはずがあって良い訳ないであろうが!!!』

 【ガイア】から放たれた竜は、負のエナジーの塊だった。広大無辺な部屋の空気が、雷位に捻じれて弾けて焦げる。それが砲身に届けば終わる。それほどのエナジー量の塊だった。だが、ルシアたちが放つのは、それとは逆のベクトルだった。同じ黒きベクトルならば、きっとすぐに消されていたろう。

 だが、逆ベクトルの瓶の力は磁力のように引き合いながら反発し、物理的な力以上の【強さの盾】となっていた。誰かを想う強き光がルシアを通してファングを守る。

 守られた者が、それを知らぬままに、それでも守りたい誰かの為に全ての力を最後に乗せる!

『届け、とどけ、とどけ、とどけ、僕はここで消えていい。だから、届け!良いから届け、届いてくれ!! これだけでいい届いてくれ! いいじゃないか、それくらいいいじゃないか! 誰も、泣かない世界を、夢みたいな馬鹿げた夢を、ちょっとくらい、見たって、いいじゃ、ないか……友だちと、大切な友達と、一緒に世界を回るんだ! 共に世界を見て回る!! 無理なのは分かってるけど、それでも夢見たっていいじゃないか!! 僕みたいな化け物が、だからこそそれでも願っていいじゃないか! アスラン、アスラン! 助けてよ、アスラン、アスラン……僕らの【夢】を、助け、て、ア……ス、らああああああああああああああああああああ─────────ッ!!』

 ファングが最初の友の名前を呼んだ。泣きながら願いの全てを叫んで出した。瞬間、ふわりと、電解質に浮かぶ背中を、誰かが支えてくれた気がした。来てくれたのだと信じて泣いた。

 温かさに涙が溢れて電解質を沸騰させる。肺の中身の全てを使い、吐き出しながら全てで叫ぶ。

 世界が光の矢と化した。涙の形に膨れた光が虚無の世界を駆け抜けていた。星と見紛うほどの光が黒を凌駕し貫き通す!

『と……ど、けええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!』

 その灼熱でできた声だけが、全ての耳に届いていた。



           第四十一話 『讃歌 7 〜愛すということ〜』  了.


           第四十二話 『讃歌 8 〜収束〜』に続く……

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