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Grand Road ~グランロ-ド~  作者: てんもん
第七章 ~ On the Real Road.~
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第四十 話 『讃歌 6 〜不協和音〜』

『まだ、終わりではないのであろう?』

 身体中に針を刺されたままの状態で、固められた表情かおのままで、声のみで嘲笑あざわらうナニールが言う。揶揄やゆするように。見下すように。

「その……通り、ですな……ゴフッ」

 コールヌイが喋るたび、口の端からゴブリと赤い筋が垂れ、床にしたたり雫を落とす。

 なのにそれでも構えを解かず、瞳の光も欠片も減らぬ姿があった。覚悟の重さに、仲間の全てに震えが走る。

「コールヌイ……」

 見守る皆が歯ぎしりしながらこぶしを握る。

 手を出したい。手助けしたい。だが、それをしたら、してしまったら、全てを捨てて挑んでいる男の覚悟を踏みにじることになる。なってしまう! だがしかし!

 男たちが躊躇ちゅうちょする中、ルシアが一人前に出る。

「悪いけど、アタシは手を出させてもらうよ」

「ルシア!」

「勝負は決した。確かに善戦した。良い所まで行ったよ。でも残念だけど、もはや勝ち目は無いだろうね」

「だが、それではあいつの覚悟を!」

 ルシアが大男を睨みつけた。

「……何か勘違いしてんじゃないかいアンタら? 確かにアタシはこの勝負に同意した。でもね、これは、勝負に負けても満足しさえすれば良い、なんて爽やかなシロモンなんかじゃないんだよ。あいつを倒せなかったら、全人類が絶滅する。そういう類いの戦いなんだ。その為にならアタシは、シェリアークもコールヌイの願いも全て切り捨てる。切り捨てられるよ。そして、未だ戦力になる男をむざむざ見殺しにするつもりはアタシにゃ欠片も無いんだよ!」

「……」

 それを聞き、全員静かに俯いて。そして悲愴な顔を上げる。

「コールヌイ……すまん!」

 輪になって見届けていた仲間たちが、ジリジリその輪を狭め始めた。

『貴様の覚悟を奴等は踏みにじる気満々のようだぞコールヌイ? 仲間などと厚顔無恥によくぞ口にできたものよなあ?』

「お前には……ゴブッ……分からぬ、よ……」

『ほぅ……?』

「己はまた勝てぬようだ……。だが、だからこそ、目的だけは遂げさせてもらう。今の己に、おのれの無様を恥じる心はとうに無い。仲間の手も借りよう。お前の侮蔑も受け入れよう。目的を果たすことさえできたなら、卑怯者の汚名を抱いて黄泉路を行こう。ただ一つ。若の心からの笑顔を側で眺むこと。その為に己は貴方を取り戻す。若……、シェリアーク殿下。勘違いを召されるな。貴方は、一人ではない。独りなどでは断じてない!!」

『……』

 コールヌイは血を吐きながら、初めて声を荒げていた。

「なぜ、話して下さらなかった。なぜ信じて下さらなかったのか!! 話してくださっていたならば、お側を離れることなどしなかった! 何年も旅に出ることなどしはしなかったのに!」

『……』

「一人が嫌なら居てほしいと言えばよかったのです! 信じて欲しかったのなら自らが先に信じれば良かっただけのことだったのに!! 若……若! 己は怒っておるのですぞ若! 残り少ない時間ならば、せめて最期まで共にいさせていただきたい……! 貴方は独りで死んではならぬ。絶対にならぬのだ!!!」

『コー……ル、ヌ……イ……』

 その瞬間、か細い声が聞こえていた。コールヌイの怒りの言葉の最後に重なり耳に届いた。シェリアークの声だった。独特で聞き間違う事のない、内向的で癇癪持ちで、それでいて妙な愛嬌のある、そんな少年の声だった。

「!? 若!!?」

 ボロボロの男の声がうわずった。震えと湿り気が含まれた、聞いたことの無い声色でコールヌイが少年を呼ぶ。コールヌイの怒りの熱が届いていた。届かぬはずのその場所に、確かに彼は届けたのだ。それは奇跡ではない。ただの、一人の男が全てを賭けたが上の、必然の結果だった。負けしか知らない【最強】が、初めて【勝ち】を得た瞬間だった。小さな勝利だ。わずかな価値。まだ助けられた訳ではない、全てはこれから決まる事でしかない。だが、それでも彼は勝ちを得た。おのれの言葉に応えてくれた。胸の詰まった喉奥で、湿った声でその名を呼んだ。

「シェリアーク……殿下ッ……!!」

『馬鹿な……シェリアーク、なぜ戻る。お前の魂は完全に絶望し尽くしていたはずだ。なぜ戻れる。未だ希望を持つというのか。未だ何かを信じるというのか。お前は儂と違うというのか!? 違う! 同じはずだ、お前の絶望はこの儂と同じ質のはずなのだ! 違うはずがあるものかッ。違うだと……そんなはずはない! 言わせはせぬ。今更……今さら違うなどとは言わせるものか!!』

 ナニールが必死の否定を始めていた。そこへコールヌイが畳み掛ける。

「若!! お聞き下さい! コールヌイでありまする! 貴方の絶望も、怒りも、正当なものと分かり申した。己が気づく事ができてさえいれば……! 貴方には、この己を非難し責める権利がございます。あるのです! ですが、他人の口から又聞きで受ける謂れはございませぬ。責めるなら、非難するなら、お怒りになられるのならば、せめてご自身のその口でなさいませ! ちゃんと、ちゃんと待っておりまする。だから……お戻り下さい。お戻り下さい! 貴方は終わりではないのだと、それを信じていただきたい! 後生でありまする、若ァ!!」

 文字通り、血を吐きながらの願いの祈り。それを受けた少年の体が小刻みに震え始めた。

『馬鹿なっ! ばかな!? 離れるなシェリアーク! なぜだ、なぜ?!』

『こー……ルヌ………イ……』

 二重に聞こえるステレオ音声。少年の体の中で何かが変わる。皆の期待が歓喜に変わり、状況が前向きに変わろうとしていたその矢先。いきなり少年の、腕が動いたら掻き毟っていたかのような小刻みな震えと百面相の動きが止まった。完全に力が抜けて腕がだらりと下げられる。首が垂れ表情が完全に隠れていた。そして、

「殿下……?」

 恐る恐る問い掛けるコールヌイの疑問の声に返るのは、

『よもや、この程度の者共相手に【我】が出張ることになろうとは。使えぬ指とてのひら共よ』

 いきなり口調が変わっていた。シェリアークではない。ナニールにまた主導権を握られたということだろうか。

「わ……若……?」

 コールヌイの戸惑いの声が響いて渡る。歓喜の直前の表情で顔面が固まっている。

「グッぬぅ…………ゥッ!」

 それが瞬時にくぐもった悲鳴に変わる。肩口から新たな血潮が湧いていた。押さえた指の間から湧き出る赤が溢れ出す。

 全員が戦闘モードで武器を構えた。再度の攻撃?! もう少しでシェリアークと話ができる状態になるところだったのではなかったのか!?

 必死で力をかき集め、コールヌイは転がるように立ち上がり後退したまま対峙した。

「若……若をどうした!」

『抑え付けて閉じ込めたのだ。躾というやつよ。だいじなことであろう? なに、消してはおらぬから安心するが良い』

「なにッ!」

『だから安心して死ぬがいい』

 言葉と共に猛攻撃が開始された。動かぬはずの四肢が動いて針ネズミのまま全ての指と両目から黒き光が連続して放たれる。コールヌイの目ではもはや追えない早さと速度。勘と反射で避けるしかなかった。【死】が目の前に迫っていた。一瞬でも止まって思考したら本当に死ぬのが肌で解った。避けたはずの腕にまで焦げ目ができる。どこまで高温だというのだろうか。

「……! 貴様ッ!!」

 あと少しだったのに。あと少しで若を取り戻し、全てが上手くいくはずだったというのに!

(なぜ邪魔をする!! なぜだ、なぜ……己は、ただ、一つさえ……!)

『奇跡が起きると思ったか? 負け続きのおのれにも世界が微笑むと信じたか? 残念だったなあコールヌイ? お前は勝てぬよ。世界はお前には微笑まぬ。全ては無駄で、全ては徒労。何も為せず、何一つ成せないままに死ぬが良い。この殿下とやらの顔のまま思いきり蔑んで嗤ってやろうぞ。くくくくく、ははハはは』

「! ……ッ!! ………ッき、きさ、まあああああああああああああああああああッッッ!!!」

 コールヌイが泣いていた。凄まじい攻撃を紙一重で避けながら泣いていた。これまで一度たりとも感情を露わにしてこなかった男が、外聞も気にせずただ泣いていた。

「コールヌ……イ……ッ」

 デュランも涙を流していた。気持ちが分かりすぎる程に解るからだ。だが、手が出せない。手伝うことができない。この後に及んで決闘も何もありはしない。だが、物理的に無理だった。これ程の超高温の光乱舞の前では、彼のようにスピードに劣るパワー特化の力では突破口は開けそうにない。唇から血を流し、歯噛みしたままルシアの張るバリアの後ろにいるしかなかった。

「……ッ!」

 他の皆も同様だった。唯一ナーガのみナニールにかけた【停滞】と【物理拘束】を解けば力が戻り動けるが、それがあるままでこの状態だ。解けば敵の動きも復活し一瞬でコールヌイは死ぬだろう。それでなくとも、五芒星を形成する彼らの守りも担当している。ナーガにも余裕はそれほどありはしない。

(クッ、先輩方から譲られた力が大きすぎる! 力に慣れが足りていない……下手にバランスを崩したら、ナニールは倒せてもここにいる全員が助からない。どうしようもなくなったらそれも手ではあるのだけどね……)

 だが、それは本当に最後の手段というやつだった。こちらも相打ちで全滅しました。ナニールだけなぜか復活しました。では話にならない。敵の最期を確認もせず自爆するなど、責任放棄もいいところなのだ。

「わたくしの思考誘導ナイフならば……援護を!」

「……止めといた方がいい。コールヌイの意識を散らすだけさね。それでなくとも奴にはまだ電撃がある。アンタの武器は、相性が悪すぎるんだ」

 口惜しげに拳を握る執事を横目に、ルシアは不安げな視線を輪の中心で不気味に嗤う姿に向ける。

(なんだ……?)

 何かが変に引っかかる。どこかおかしい所があった。先ほどまでとは何かがどこか違っていた。

(いったい、何が……)

 ルシアの眉根にシワが寄る。

『……ッ。手詰まり、だね……』

 ナーガのその言葉通りの状況だった。コールヌイには悪いが、ここは一人で耐えてもらうしかない。彼の生存強度を信じるしかない状況だった。

 あと唯一突破口があるとすれば、

(少年たち、……少年少女たちだったね。頼むよ、急いでくれ。稼げる時間はあと少しだ)

 目の前ではバリアの向こうで、血潮と涙を流す男が、血霧を撒いて、残り少ない全ての暗器を消費しながら全力で命を使って闘っていた。

  

       ◇  ◇  ◇


「どうでもいいじゃありませんか、今は、そんなこと」

 やんわりと、自らの意思をもって視線を下ろし、口元の笑みだけをこちらに見せて、ムハマドという名の青年が呟く。

「どうでもいい、だって……?」

「はい。それよりも、急がなければいけないことが、あるんじゃないですか?」

 今はそちらを優先していきましょうよ。静かな表情で、怒りの欠片もないままに、問う。下を向いたまま問い返す。

「早くしないと、ルシアさんたちの身が危ないですよ。おいらだって、彼女たちを見殺しになんてしたくない。早くここを終わらせて、皆さんの加勢に向かいたいですから。それとも、星の危機や仲間の危機よりも、おいらの秘密の方が、重要だとでもいいたいですか?」

 少しだけ、僅かだけ感情を露わにして、田舎の青年だった男は怒る少年の前に立ち上がった。


       ◇  ◇  ◇


 ナニールとコールヌイとの力比べは、驚いたことに拮抗したまま続いていた。

 タガの外れたコールヌイは信じられない程に強かった。ナーガが知っているどんな強者でも、今の彼には勝てないのではないかとすら思われた。

 ナーガやリーブスの全速すらも凌駕して、ナニールのレーザー波状攻撃を全ての指の向きと視線の向きを瞬時に計算、はじき出し、残像を残した獣が避け続ける。さらにそれだけに飽き足らず、手持ちの武器で床をえぐって地形を崩し安全地帯を創り出す! 轟激が金属の地形を次々と変えてゆく。広大なだけだった平らな部屋が、複雑な起伏に富んだ荒れ野に変わる。神業だった。あの状況で有利を造るか! 五芒星の兵士たちなど、感動しすぎて震えている有様だった。そして信じられないことに、その状況ですら、彼は主人の体に針以外の攻撃を向けなかった。真に見上げた忠義であった。それとも未だ、信じているのか。主人の心を取り戻せると。ナーガですら、もはや信じていられないのに。

 爆裂玉が爆裂しめくれた床と針山を輪の中心のあちこちに形作り、爆風と熱がこちらにまで伝わってきて体を揺する。あまりの人間離れした攻撃力に、陣形の輪の範囲をかなり広げて機械体を防がないといけなくなった程だった。

 動けないまま嗤い続けるナニールも恐ろしい。

 エナジー放出攻撃をまたもチャフで封じられた途端、足元の金属蔦に支配した三本の蔦を絡め巻き引き絞って千切り始めた。同時に解除し続け弱まった封印の一部を打ち破り、風を操り剥がれた金属を武器にして、死神の鎌のごとくに、剥がれ上がり隠れ場所になった金属を草のように刈り取り始める。だが、その新たな荒ぶるナニールにも、疲れのようなものが浮かび始めていた。一方的な防戦から始まった事を思えば、圧しているとまでは言わないが、ちゃんと苦戦させてはいるはずと思えた。兵士たちではないが、コールヌイのしぶとさとその戦闘力には感嘆する。

 だが、とナーガは思う。

 こんな程度なはずは無いと。

 ファルシオン帝国大深度地下の空洞で、対決したあの数時間、あれは恐ろしい拷問でもあったが、全ての力を出しつくして抵抗した、充実した戦でもあった。

 なのに、今ここでの戦闘は、派手ではあるし一歩間違えれば死に直結する以上決して楽ではありえ無いが、あの時に比べて、どうしても危機感のようなものが足りていない。湧いてこない。鬼気迫る思いがない。コールヌイには悪いが、ナニールそのものに迫力が感じられないのだ。

 この程度がナニールの真の力などとは思えない。

 コールヌイは強い。だが生身である以上、葬り去る方法は、ナニールにならいくらでもあるはずだ。それなのに、苦戦を強いられている。というより、まさか自らに強いている?

 何を?

 我慢を……?

 だが、ことここに至って、奴が力を出し惜しみする理由など存在するとは思えなかった。

 時間稼ぎか、それとも遊んでいるのか?

 分からない。わからないが、不気味さは増してゆく。

『何を、考えている、ナニール……』


       ◇  ◇  ◇


「……」

 君たちが悪いとでも言いたげな、困った子供をあやすようなムハマドのその言い草に、少年少女の視線に怒気が膨れ上がる。

「確かにおいらは、皆さんに秘密にしていることがあります。隠していることがあります。でも、それがそこまで重要ですか? いますぐにでも必要な情報ですか? いつか、時がきたら、お話しする機会もあると思います。でも、今は、そうじゃないでしょう? 違いますか、カルロスくん」

 静かに、また見つめてきた。催眠術かとも警戒したが、そういうものではないようだった。

「……ちっ」

 カルロスが鞭を下げる。

「……いいのかい、カルロス」

 ナハトが聞いた。

「仕方ねーよ。その人の言う通り、そんな秘密なんかより、ここを早く終わらせてみんなの援護に行く方が、ぜってェに必要なことだからな」

「信用してもらえて嬉しいです」

 ムハマドが笑みを浮かべる。

「信用したわけじゃねえ。全面的に気を許した訳じゃねェよ。ただし」

 カルロスが再度鞭を構えた。

 先端を青年に向けて、

「いまは信用したことにしておく。この瞬間はな。けれど全てが終わったら話してもらうゼ。それが、条件だ」

 と突きつけた。

「……いいですよ。受けましょう」

 そして、コードを入力する順番を決め始めた少年たちに聞こえないように、小さく呟く。

「きっと、その機会はこないと思いますけどね。なにせその前に、皆が知ってしまうはずだから……おいらの秘密の、全てを……」

 無表情なその声は小さすぎて、誰にも届かないまま、静かに冷気にまぎれていった。


       ◇  ◇  ◇


『その程度かコールヌイよ? その程度では、我は到底倒せぬなあ』

 コールヌイの爆裂のような針の連続波状攻撃を、その場から大きく動けぬはずのナニールが、ほんのわずかに体をずらしてゆくだけで、かわしてゆく。

 息の上がったコールヌイが、それでも地形に隠れながら止まらず攻撃を繰り返した。

 見守る皆の顔に苦渋が浮かぶ。

 コールヌイは、強い。ナーガを抜かし、自分たち仲間の中でも、単独でなら一番強いかもしれない。けれど、

『効かぬなあ? その程度であのようにほざいたのか? 哀れだなコールヌイ』

 それでも、ナニールの強さは別格だった。コールヌイは、封じられた相手に対し、傷らしい傷も与えられてはいなかった。刺したはずの弛緩針も途中から全く効いていないかに思える。

「……ッ」

 コールヌイの額に、汗が伝う。涙はもはや枯れていた。

『どうした? 説得するのではなかったか? シェリアークはこの胸の中に、眠ってはいるがちゃんといるぞ?』

「くッ」

 その説得を邪魔したのはいったい誰だ! 悔しそうにコールヌイが唇を噛む。

 そんなことは分かっている。説得をそれでもまたしないといけない。だが、今言葉を重ねても、届くとは思えないのだ。それを分かっていて、ナニールが愉しそうに体をゆすって愉悦する。

『愉しいなあ、なあ、コールヌイよ』

 いつも見ていたその顔で、見せてはくれなかった笑顔を造る。そこに主人の意思も魂も無いままで。

 コールヌイの顔が憤怒に歪む。

「おの、れ……若の顔で、若の声で、偽りの笑顔を……造るなああああああ!!!」

『! ダメだコールヌイ! その攻撃は素直すぎる!!』

 無防備に突進したコールヌイに対し、ナーガが急いで小型バリアを展開する。だが、遅い!

『……フム、ここまでか』

 ナニールが杖を召喚した。

『なッ?!』

 驚愕に目を剥くナーガのその前で、杖の先から光を放つ。これまでとは比較にならない広範囲の雷撃が一直線に放たれた。

「ぬううああああっっ」

 おのれの失策をコールヌイが悟った時には、彼の体を野太い電撃とレーザー光が二条、通り過ぎていた。続く攻撃はナーガのバリアが防御する。しかし、先の雷と二つの光の航跡は、無理を重ねたコールヌイに膝をつかせるに十分すぎた。体に二箇所の太い穴を開けた男の体が燻った煙を上げる。

「コールヌイィッ!!」

 いきなり突進し始めた機械体どもを戦いに背を向けて押しのけながら、コールヌイのいる方に首だけ向けたデュランが吠える。押し返す数が多すぎて元々難しかった支援が完全にできなくなった。押し合いをしているうちに、中心から50mは離れてしまった。闘いの邪魔にならないように配慮したつもりが、裏目に出た。上手く敵に押し合いで誘導された形になった。これもナニールの計算の内なのか? これでは支援に向かえない。他の皆も同様だ。唇を噛む以外出来ることが何もなかった。

『……ここまでのようだな。なに、健闘したほうだぞ、褒めてやろうコールヌイ。生身ではな。だがその傷ではもはや動くことはできそうにないな。爆発はしなかったようだが、腹に巻いた残りの爆薬の染み出た毒も、開いた穴から体内に染み込んでいよう。説得は失敗したな。ならば、もう休め。休めぬというなら休ませてやろう』

 理由は違えど同じく時を重ねた者のよしみだろうか? それとも百年前に痛めつけたことでも思い出したのか。思いの外穏やかに、ナニールが声を掛け杖を掲げた。

 杖が極大の光を貯め、放つ。そのエナジーと拮抗し、ナーガが掛けた、盾替わりの小型前面バリアがコールヌイの眼前から蒸発した。

「避けるんだよ馬鹿!」

 うずくまったままのコールヌイを、旋風を纏い飛び込んだルシアが体ごとぶち当たり動かした。直撃はまぬがれた。が、代わりにルシアが光線の余波を受け転倒する。巨大な光線は広大な部屋を貫いて、一行が来た方向の対岸壁まで到達し、閃光を発して爆発する。ここまで届いた爆風に翻弄され、誰一人、二人の援護に向かえない。五芒星を形作っていた兵士たちも、爆風に耐えるだけで精一杯で陣形を取り直すことができないでいた。

 自らの場所を破壊する事も厭わないのか?! ナーガが耐えながら愕然と顧みた。視線の先では二人とも呻きを上げるが動けない。転がる体が二つに増えた。

『く、くくくくく、これは何とまた、何もせずとも棚ぼたなことだ』

 愉快そうに体を揺する。拘束術式が解けていた。足元の金属蔦も破れている。そう、ナニールを止める障害は、もはやどこにも存在しない。少年姿のナニールが、愉悦と共に再度杖を振りかぶった。

『待て! ナニール!!』

『……』

 ナニールの鋭い眼差しが、杖を振りかぶったまま声のする方に向けられた。

 ナーガだった。四方に向けて巨大なバリアで敵を押しのけ、体ごとナニールたちの方を向く。

『今度は、お前か? いいぞ、今は【拘束】も解け万全だ。洞窟の中での再戦を望むならばしてやろう』

『違うね! 質問があるのさ。答えている余裕があるかい? 答える気があるなら答えてもらいたいんだけどね、ナニール!』

 ナーガが安い挑発をし、

『ほほう、それが質問をする者の態度なのか? まあいい、抜かしてみるがいい』

 なぜか、ナニールがそれを受けた。ナーガはそこで確信する。

『じゃあ聞こうか、ナニール。お前には、岩盤を融かし、あれだけの爆発を起こし、ここにいる全員に精神攻撃をするだけの力があるはずだ! 不完全とはいえ、拘束封印されていてなお、だ。なのに生身の彼との決闘を受けた。なぜだ! そして先程の攻撃は、未だ術式発動中だった。あれができたならどうして、それまで使っていなかった! なぜ出し惜しみをしていたんだ!?』

「なんだ……って? どういうこと、だい!?」

 ルシアが床に転がったまま見開いて詰問し、ナニールが静かに暗い微笑みを浮かべこちらを見やる。

『いくら金属蔦と五芒星付きの【拘束】術式とはいえ、奴ならとっくに抜け出ていたはずってことさ。なのにこれまで耐えていた。別に決闘を心底楽しんでいた訳でもなさそうなのにね。つまりはナニール、お前は最初から全力に近い力を出せたはずなんだってことさ! ちゃんと効いていると騙されていたよ、お前は既に、あの術式の解除コードを開発していたんだな? なのに、そこまで苦戦していた。わざとね! まるで、何かを待っているかのように。何かの時間稼ぎのようにだ!』

「……どういう、ことでしょうか?」

 リーブスが鋭い視線で会話に混ざる。それに、ナーガが答えようとした矢先のことだった。

 キロ単位で四方に広がる巨大な部屋が、目映いばかりの光を放ち駆動し出した。振動が皆を襲う。動ける機械体どもはいつの間にか壁際近くに撤退し、距離を空けて移動していた。

「な、なんだ、これは!?」

 デュランが構えたままで叫ぶ。この機会に乗じて機械体が攻めてくるかと警戒したが、なぜか一向に攻めてこず、逆にさらに距離を広げながら潮のように引いていった。

『まさか……まさか貴様、全て最初から……』

 騙して時間稼ぎは、お互い様だったということか!?

 睨むナーガ。そこへ、低く、呻きのような声が響いた。次第に大きく増えてゆく。

『くくくくく、ククククク、ははははは、ははハハハ』

 ナニールだった。

『時間稼ぎ? その通り、よくぞ分かったなナーガよ。だが、遅い。手遅れだぞ』

「なん……だ、って………?」

『手遅れ、だと……それはいったい何のことだ、答えろ!』

『フフフフフ、ハハハハハ、説明するまでもない。あの餓鬼どもが、サブシステムの復活に成功したということだ。そう、その通り、その通りだお前たち。お前たちの計画が完遂したということだな。褒めてやろう。これで【我】の……』

 ニヤリ、厭らしそうな笑みを浮かべて、ナニールが宣言した。

『……我の勝ちだ』


       ◇  ◇  ◇


「ファング君、出力の調整をお願いします」

『……分かりました』

 サブシステム室では、ムハマドが全ての封印者候補から血液を採取して、容器に入れた状態でコンソールの窪みに置いた。その状態で、もう一度鍵盤型のコンソールに向かい、聞こえない音楽を奏でてゆく。

 そしてシステムが起動した。

 窪みが下降しアンプルたちを飲み込んで、コードをデータに照合する。

≪オールグリーン。データ整合しました≫

 緑の色が明滅を繰り返し、危険色が部屋の中から消失した。窓という窓、ランプというランプに全ての光と駆動和音がこだまする。

「さあ、いきますよ!」

 ムハマドが最後のエンターボタンを押した。

 和音が音楽を形成し、部屋中の光が洪水となって溢れ出す。そんな神々しさすらをも感じる眩しさの中に、人影が溢れ出た。あのゲフィオーンに似た気配。彼女の仲間の精霊体だろうか。だとしたら彼女に全てを託し、もはや殆どの力を失っているはずだが。

『おまえたち! 仲間の所に急いで戻るのだ! これは、罠だ、罠なのだ!!』

 ゲフィオーンに似た影は、バリトンの男性声で、切羽詰った声色で、開放してくれた者たちに向かい感謝の念も見せながらも『すまない……ッ!』と、悲しそうに叫んでいた。


       ◇  ◇  ◇


「……え?」

 ルシアが倒れた場所でなんとか上半身だけ起こしながら、呆気に取られたように呟いた。リーブスが、デュランが、目を開けたコールヌイが、呆然として嗤う少年姿の男を見やる。そしてナーガが無理やり声を出す。強烈な気持ち悪さと疑惑を抑えて抑揚のない声を出す。

『………なんだ、と……いったい、どういう意味だ、ナニール……!?』

『……いいだろう、教えてやろう』

 シェリアークの顔のナニールが、笑いを消して静かに答えた。

『サブシステムは確かに厄介な内部敵だ。そして奴と奴に協力した精霊体どもを封印したのも本当だ。奴らが復活するとなると、確かに殲滅が難しく面倒だ。だがな、その封印の際に、こちらの力もかなり削がれてしまったのだよ。封印に巻き込まれる形で、共にな……』

『……! じゃあ……まさか……今までは、まさかッ』

 今までは貴様も共に、力を封印されていたということか!?

 少年の姿のモノは、静かに微笑みを浮かべながら、優しそうな顔でこちらを見た。理解したナーガたちの絶望の顔を。

『そうだ。一度封印されてしまったら、解除コードでないと我ですら解けなかった。そういうロックが掛けられていた。だから、解いてもらうことにしたのだよ。奴ら精霊体どもにも、ナニールにすらも思考封印を施して、茶番の戦いを繰り広げてもらったのだ。そう、そして、とうとうその時が訪れた。現れたのだよ、ナニールを打ち破り、解除コードを有してここまで来たる者共が。偽りの勇者どもが! おのれたちが何を封印から解こうとしているのかすら、勘違いした救世主気取りの馬鹿どもがな!! そう、お前たちのことだよ、ルシア。ふ、ふ、ふ、は、は、は。

さて、これからが、真の【我】の力と云う訳だ。“お前たちのお陰で”な。小さき者よ、ささやかな礼だ、この先も刃向かうことを赦してやろう。好きなように、好きなだけ刃向かうがいい』

「……そ、んな……」

 馬鹿な……? だって……それでは自分たちは……

 誰もが呆然と立ち尽くすなか、ルシアは高速で思考を働かせていた。尋常でなく湧き上がる違和感にあと少しで答えがでそうになっていた。

 ナニールが自らのことを侮蔑を込めて呼んでいた。

 ナニール本人が、自らのことをナニールと呼び捨てる。その行為の異常さに、あまりの事にナーガすらもが気づけない。

 永の年月をその為だけに費やしたルシアが、突然全ての力が抜けたかのように伏していた。他の皆も同様だ。誰一人、立ち上がれる者が存在しない。

 これまでだって、絶望的な状況だった。たった一つの糸を頼りにここまで来のだ。

 それが、敵の力を増すだけの行為だっただと?

 ナーガやコールヌイという人類最強の力ですら勝てない敵が、さらに力を増しただと?

 なんだ……それは?

 それでは一体自分たちは、いったい何を……!?

『……どうやら、動ける者はおらんらしいな。ならば、そこで見ているがいい。お前たちの仲間とやらが、星ごと消滅する様をな』

 静かに見渡して興味を失ったナニールが、杖を振った。部屋の駆動音が強烈に増す。さきほど通ってきた通路の先で、絶望的な何かが劇的に動き出す音が聞こえた。

『……星ごと? 貴様、いったい何を』

 ナーガがかろうじて動く口で問いただす。

『言葉のとおり、【星ごと】という意味だ』

『馬鹿な! ……お前は、星の意思、星の願い、星の怒りによって動いていた存在では無かったのか!!?』

 疑問が疑問を呼んでいた。疑惑が毒をはらんでいた。

 ニタリ。今までで一番気持ち悪い笑みを浮かべ、ナニールが真っ赤な口を開いていた。

『【奴】は、消えたよ。ずっと【我】を縛っていたのは、サブシステムだけではない。【奴】も同じだったのだ。良い手駒ではあったが、奴は人類のみをいたぶるのみで、星そのものが被害をこうむる攻撃を、どうしても拒んでいた。だからお手柄だったぞ、お前たち。星の内部で起こった爆発で、奴の意識が痛みに揺れた。その時、隙ができたのだ。ようやく、追い出せたぞ、【奴】を。これで【我】の【全てが使用できる】……クククククくクククアハハハはハハアはハ』

 ニタリ。左右不均等な毒の笑みで、もう一度繰り返した。

『お前たちの、お陰でなあ』

 伸ばされ揺れる長い舌に総毛立ちながら、ルシアが聞いた。

「あんた……誰だい……」

 彼女の知っている船長ですら、ないモノに。船長では有り得ない、どれだけ堕ち果てようとても、自らをすら侮蔑することは、あのプライドの高かったナニールに出来ることではありえなかった。ルシアだけがそれに気づいた。根源的な嫌悪感が体中に沸き上がる。

『ふむ、【我】のことか? そうか、気づいたか、さすがだルシア! ふ、ぬ、は、ふ、は、は、はは、は、はははははあははははははははっははははははっはははっはははア!!!!』

 強烈にひとしきり笑った後、“そいつ”は言った。

『【我】は【ガイア】だ。この電子と原子とエナジーに満ちた世界の、【王】となるモノだよ』

 その汚濁に満ちた存在は、笑みとすら呼べない歪みを乗せて、喋っていた。


 かつて、ヒトが戻れない過ちを犯した頃。全ての悪と恨みと負の念を世界が空に撒き散らし、精霊科学で作られた【月】が全てを吸収し、固めていった。

 膨大なその量は月の存在力そのものを覆っていった。

 そして【それ】が現れる。

 いつかのどこか彼方から、ヘイムダルたちの世界のさらに裏側へ穴が開いた。開いた穴から来た【それ】は、ガイアを喰らい【ガイア】となった。負の念だけを糧として、いつしか月を飲み込んだ。

 そう、この星の【月】は、最初から害意をもって空にあった。星だけでなく、全てに向けた無尽蔵の悪意を向けて、害悪となった【ガイア】が嗤う。

 封印を解除された月は、地上からすら黒いオーラに【燃えて】見えた。

 呆然とする者たちが数時間前に降りた縦穴。その穴が形を変えて伸びていた。

 宇宙の外に向けて突く。それは、これまで一度として使われたことのない、ガイアの主砲そのものだった。



          第四十 話 『讃歌 6 〜不協和音〜』  了.


          第四十一話 『讃歌 7 〜愛すということ〜』に続く……

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