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Grand Road ~グランロ-ド~  作者: てんもん
第七章 ~ On the Real Road.~
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第三十五話 『讃歌 1 〜例え、伝わらずとも〜』




 闇よりもなお暗い空間で、星の大深度地下で爆発が起きたのと同じ時刻、

『Gyuooaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!』

 中空に浮かぶ少年の喉から恐ろしい叫び声がこだましていた。

 星のコアと連動した激痛が少年の体を支配する意識存在にまで貫き抜いて走りぬけ、途切れるように言葉が途絶えた。そして─────少年の恐ろしい叫びの間も開くことのなかった瞳が、ゆっくりと静かに開きだした。



       ◆  ◆  ◆


「さすがだったわね、クローノ」

 あまり綺麗とはいえない宇宙の花火が、終わろうとしていた。映し出される宙の色が赤系統から蒼を経て黒へと還っていこうとしている。

 それをいつまでも見つめるクローノへ、アーシアが声をかける。

 気配を消さずに近づいて、椅子の背もたれに右手を置いて共に眺めた。

「蓮姫は、良いのですか?」

「分かり難く拗ねないで、お願いだから。姫は、通信室が空いたから烈将軍と話に行かれたわ。伝言は伝えたのだけれど、やはりご自分でも確認されたいみたいね」

「付いていかなくても?」

「蓮さまはもう、そこまで子供ではないわ。……少し、寂しいけどね」

 そう、アーシアの大切な相手は、二人とももう、自分の保護は必要ないほど成長し、大きくなってくれていた。たまにサポートするくらいしか、もう、できることはないのかもしれない。

(だからって、卑屈になる必要も、拗ねる必要もないけれど。でも、少しだけ寂しいかしらね)

 いつか、自分が必要なくなる日も、来るのかもしれない。ほんの僅かそう考えた瞬間だった。

「それでも貴女は必要です。私にも、彼女にも」

 アーシアの心情を正確に把握して、いつかの気弱な少年が、強靭さを備えた瞳を手に入れて、気遣わしげに見つめていた。

「!……クローノ、あなた」

 アーシアが瞳を広げ、軽く奮えた。

「だから、ずっと居てくださいね」

「……」

 それでも、悔しさはやはりあるとアーシアは深く思った。


「それにしても、凄かったわねクローノ。機械操作は専門外だけど、さっきの方法がとんでもない技術だというのは、分かったわ。概念は神殿にも伝わっていたけれど、実物に初めて触って数日でここまで使い方を覚えるなんて、本当に貴方は凄いと思う」

 心情を押し殺し、感想のみを口に乗せ褒める。もちろんこれも嘘ではない。

「違いますよ、全ての操作方法なんて、私は頭に入れていません」

「? でも、」

「さすがに数日でできることは限られていますよ、いくら私でも」

 天才という言葉がこれほど似合う人間もいないと思える青年が、かすかに悔しそうに苦笑していた。なるほど、全記憶そのものも試してみたのだろう。

「じゃあ、どうやって?」

「簡単に言えば、ツールを作ったのですよ」

「ツール?」

「能動的な目印とでも言いましょうか。ツリー状のパラレル検索とでも言いましょうか。計算式から答えを導き出す方程式ではなく、最初に答えを用意しておき、そこにたどり着く為の最短距離を、集めたデータを基に選出するプログラムを作ったのです。そこから出した答えどおりに練習を繰り返しただけですよ。できる限り、物理的限界まで速く指が動くように、反復できるように、ね」

「検索?」

「つまり、やりたい事や目的を【重心起点】として打ち込むと、その目的にたどり着く為の最短ルートや選択肢を逆算選定し、指示してくれるソフトをまず作ったんです。 たとえば、大陸一のパン屋になりたいと打ち込めば、そのためにどんな道具が必要で、どんな技術を覚えれば良く、どこの誰に弟子要りすればオーケーで、どの立地ではどの種類のパンが一番必要とされていて、どんな資格が要り、どれだけの年月どのような修行すれば覚えられて、どこの組合に所属すれば良く、どんな試験を受けるべきで、どこから融資をもらい、どこに店を出し、そしてそこまでにどれだけの時間が必要なのか。そして、そこまでやってどれくらいの信用と実績と利益が出るか。必要か。すべてを込めた最短ルートを算出してくれる。普通に調べたらそれだけで数年かかる情報を、数秒で検索し教えてくれる。一点の重心を中心に、重力井戸の様にそこにたどり着くためのルートを、次に何をすれば良いかということまで細かく指示してくれるもの。下側に無限に想像して芋づる式に洗い出して引っこ抜き、一番最適なものを目に見える形で出してくれるものを作ったのです。

 もちろん、本人の実力と努力が不可欠ですが、下調べだけで何年も時間を使う必要も無ければ、間違えてループのような回り道することも無くなります。 たとえば、緊急ジャンプで大気圏外に飛び出した大戦期の閉鎖系システムに侵入し掌握し操作したり、セキュリティが停止した隙をついて音響システムをロックして盗聴し、録音したそれを世界に同時に流したり、全世界同時生中継を続けたり、『そういうことのやり方』の最小アプローチと最小フローチャートと、そのために作り出した最小プログラムだけを導き出したのです。それを覚えるだけで済みましたので、それくらいなら一日で覚えられるし、練習する時間もできましたからね。

 一夜漬け練習でしかありませんので、短期間に全てのシステムを熟知したわけでもなければ、予測位置や範囲が少しでも違っていたら使えなかった手なのですが……まあ綱渡りでしたよね。上手くいって良かった。 それに一人で作った訳ではなく、祝融に手伝っていただいた上、最後は彼のプログラムスピード頼りでしたから。私はアイディアとプロトコルを出したに過ぎませんし、ある意味彼の作品のようなものです。だから、大したことではありませんよ。なにせ時間がありませんでしたからね……応急処置ではありましたが。けれどお陰で間に合うことができました……良かったですよ。一から覚えるよりも早いですしね、なんとかなりました」

「………」

 平然とした顔をして詳しい説明内容を聞き流しながら、さすがのアーシアも内心冷や汗をかいていた。驚愕の表情を出さないことが精一杯だ。

 確かに、効率と言う意味ではそのソフトのお陰かもしれない。

 確かに、最終的なプログラムは、祝融の作品かもしれない。

 確かに画期的なやり方で、それならデータを増やせば増やすほど答えの最適値に近づいてゆくかもしれない。精度が高まるかもしれない。今回上手くいったのも、確かにそのお陰なのだろう。それを使えば、人生の選択肢の多様さに左右され惑わされることもなくなり、目的にたどり着くための最短距離を出せるかもしれない。だがしかし……

 それを、計算中心の電子頭脳が思いつけるとは、思えない。

「普通のやり方とは真逆な方法ですからね……逆算するタイムレコード、【粘菌プログラム】とでも名付けましょうか」

 にこやかに話すクローノを見ながら、アーシアは思う。

 その視点を閃いて、基幹コンセプトをたった数日で作成したというのか。この目の前の金髪男は。

 それはもう、神の領域、神の視点を導き出すということなのではないのか。

 人が、そんな【人に都合の良いツール】を作り出すことができるものなのか。して良いものなのか。

(クローノ……貴方は……ッ)

 初めて、アーシアは幼い頃から見守り続けてきたパートナーに畏怖を覚えた。

 恐怖で無く、畏れを感じた。

「アーシア」

「……なに?」

「大丈夫です。これは、今回だけのものですから」

「ッ!」

 そこまで自分は心情が漏れ出ているというのだろうか。それとも、この青年は……

「心配しなくても、先ほどプログラムごと破棄致しました。安心してください」

「クローノ……あなた、気づいていたの……?」

 このツールの危険性、恐ろしい中毒性に。それさえも気付いていたのか、この男は。それを創り出し使用し活用していながらもなお、溺れないのか。

 信頼するパートナーが、自然な笑顔をアーシアに向け、破顔した。

「はい。緊急措置でした。しかし、それでも今の人類に、これはまだ早過ぎます」

 相棒の理性がちゃんと働いていたことに、アーシアは満足した。そうだ、この冷静さだ。この青年の優しい沈着さを、自分は愛したのだ。

 アーシアの緊張が、静かに解けた。

 それを見届けて、クローノは意識して話題を変える。

「アーシア。あなたは、意思の疎通のできない相手と、感情だけで疎通できると思いますか?」

「……難しいわね。意思の疎通ができる相手とだって、難しいことだもの」

「そうですね……。我々は皆この五千年、いえ、その前のTERRAにいた太古の先祖の頃からずっと、意思や思想の違い、国の違い、血筋の違い、種族の違い、さらには単なる肌の色の違いだけですら、差別の対象として争ってきた存在です。争いの無い年月など欠片も存在しなかった。それを、今度は存在としてのレベルの違いや、意思すら伝えられない相手との交渉を経て、妥協を勝ち取らないといけないそうですよ。それも、一方的にでは無く、互いの妥協を」

「……」

 難しいなんてものではなかった。ヒトには無理な仕事だろう。

「けれどそれでも、それをしないと生き残れないというのなら」

「しないといけないわね、是が非でも……」

「ええ。カルロス君の言葉で目覚めさせられたというのは癪ですけどね。でも、やらなければいけません。すぐには成果は出ないでしょう。我々の生きている間は無理かもしれない。けれど、それでも、今始めなければ百年先には人間は生き残っていないでしょう。ならばやらなければいけません」

「……大変な仕事ね」

「ええ。生きている間では成果が見られない仕事です」

 けれど、それでも。

「でも、やるのでしょう?」

「当たり前です。なにせ私は、【人間】ですからね」

 パートナーの青年が振り向いて笑顔を向ける。アーシアの畏れが完全に嘘のように引いていった。

(それでも、わたしは彼のパートナーなのだから)

 それを望んでここにいるのだから。

 やるべき幾つかの項目は既に考えてあります。と説明を始める彼に、だから、

「付き合うわ、最後まで」

 アーシアは頭を抱き寄せ、微笑みを降らせていた。心からの微笑みを。

 流れる金髪を撫でる。

 無理やりでなく、受け入れた。彼の異能とすら呼べる能力を受け入れて、そして笑顔で褒め称えた。

「これから、我々も向かわねばなりません。貴女は、どう致しますか」

 力を抜いて委ねたままで、ドアに向かって彼が言う。

 蓮姫だった。いつの間にか、扉の横に立っていた。

「行かせて頂きますわ。今回は、躊躇する必要は無さそうですから」

 二人を見つめて、口を尖らせながら、今だけは仕方ないとでも云う風に姫が静かにため息をつく。

「行くって、どこへ……?」

「寝ぼけているのですかアーシア。敵の本拠地に決まっているではありませんか。私達が行かないで、何が終わるというのです」

 驚いて頭を離す。

「え、でも、行けないんじゃ」

 名残惜しそうな顔をして、青年が説明した。

「今は、そうです。しかし、サブシステムの封印が解かれ、ゲートが回復したならば、この基地のゲートも使えるはず」

「あ……!」

「彼らなら、やってくれます。ならば私たちは、準備をしてゲートの前で待っていれば良いのです。それだけのことです。では、お二人とも、支度をしに参りましょうか。参戦の戦支度を」

 颯爽と出口へ向かうパートナーの青年を見ながら、アーシアは思う。

 彼ほどの能力を持つ生き物は、現在の人間の中にはほぼ存在しないだろう。たぶん、あのアベルやナーガですらも、潜在能力では彼には及ばないだろう。最終的な思考の果てとなると、自分程度には理解すらできないのではないかとすら思う。

 その見ている先は遠すぎて、鋭すぎて、誰にも理解されず、誰にも求められないで、いつか、死んだ遥か後にその一部だけが理解されたと錯覚される程度だろう。

 孤独。

 照れるクローノを見つめる胸の内に、先ほどの畏怖を超越する愛おしさが溢れていた。寂しい物悲しさを暖めてあげたいと心底思った。

 その能力の孤独を慰めるように、アーシアは追いついて歩きながら、クローノの頭を褒め称えながら撫で続ける。蓮姫がかすかに唸りながらついてくる。あとでフォローしなければ。そんなことを頭の片隅で思いながら。

 その思考を共有はできなくとも、その慰めでいたいと、アーシアは切に、切に想っていた。


       ◆  ◆  ◆


 三ヶ所に分散していた仲間たちは、互いにファングの映してくれる空中モニターと地図を参考に、曲がりくねった通路を何度も進み、とうとう巨大な長い通路に躍り出た。そこで全員が合流する。

 突き当たりは巨大な円筒の中心だった。円筒の内側の直径だけで、数百mはあるだろうか。放熱装置か、はたまたそれ以外の機能があるのか分からないが、地面に設置され放射状に繋ぎ合わされた基地たちの、芯に当たる巨大な装置のようだった。覗き込んでも底が見えない。深い深い星の穴。

 ルシアのつむじ風や、ナーガの力でその底へと降りる。未だ新たな敵の侵攻が無いお陰で、小一時間で地獄へ繋がるかのような1キロを越える高さを全員無事に降りきった。

 あれから、二時間が過ぎていた。基地が巨大すぎて間に合わないかと思ったが、巨大縦坑の高さ分を合わせて、既に8キロほどを踏破していた。残りは、直線を3~4キロほど残すのみ。このペースなら間に合うはずだ!

 そこは、上の通路を遥かに越える広さを持つ、大動脈だった。人工で作り出したとは思えない程、広大で、横の壁が見えないほどの奥深さ。天井も遥か先にかすかに見える。それほどでかい。その通路がまっすぐ先に延びていた。その先は基地の中心に向かっているようで、残り数キロを一直線に結んでいる。

 ナハトたちが先を見る。遥か消失点の見える果て先で、蠢くものたちが現れていた。敵の休息が終わりを告げたようだ。どんどん数を増やしてゆく。遠近感の判明しないほど広い横幅全てを埋め尽くし、こちらへ向かって雪崩れ来ていた。誰も邪魔をするものの居ない突撃はここまでのようだ。敵の増援が間に合いだしているのだろう。いや……この膨大さは本隊か。

 またたく間に視界の奥底を増えた濃度が埋め尽くす。遠すぎて細かいところは見えないが、前方の光源の一部が、光を通さぬモザイク状に色あせていた。もはや数ではなく、濃度か密度で測るレベルだろう。消失点が黒く染まった。

「……行くよ」

 いつまでも眺めていても仕方がない。覚悟を決めて動き出そうと足を出したその時だった、目の前の通路が火花で埋まる。

「!?」

 攻撃か! 誰もが身構えた視線の先で、火花が納まる中心に、見覚えのある少年が現れていた。

 倒れた状態で現れたと思ったら、すぐに飛び起き見渡した。

「カ、カルロス!?」

 ナハトが驚いた声を上げる。

 そちらには視線を投げず、見知った顔の少年が、立ち上がったままの姿勢で俯いて佇んでいる。

「……フ、ふ、フ、フ、フフ、フフフ、あはははは、あははははははあははは!!」

「カ、カルロ、ス……?」

 カルロスは、誰もが声も掛けられず腰が引けるほどの笑い声を発したのち、

「……あのやろう」

 小さく呟いた。そして、

「あのヤロウ、あの野郎、あの野郎、あの野郎あの野郎!あの野郎!!あの野郎!!! ド畜生ド畜生!ド畜生ドチクショウ!!ド畜生オオッ!!」

 遠巻きに見守る仲間の前で、泣き笑いながらカルロスは両手に鞭を取り出した。通路の先の敵をみやる。

「クックック、あはははは、そうくるかよあん畜生、いいぜ、ああいいゼご期待に応えてやろうじゃねーか。お前らちょっと下がってろ、特大の八つ当たりをお見舞いしてやる。このおれ様の最大出力でお見舞いしてやるからよォォ……!」

 泣き笑いの怒りの顔でカルロスがヒュンと鞭を振る。

「ちょ、カル……」

 ナハトが声をかける。無駄だった。もはやカルロスは聞いていない。

「ククククク、対攻城システム起動。雷迅鞭励起、熱界鞭起動……」

 両手の鞭の細い芯から音がして、何かが内側で組み変わる。

「待ちなカルロス! ここでその開放は威力がありすぎ……!」

 ルシアの声が空しく響く。

「心せよ大気の道、貫く光は怒りの明示……!」

 先端が熱塊と化した鞭を左手で前に振る。鞭の回りが炎化して気体の分子を分裂させる。焦げた大気がオゾンの匂いを撒き散らし、先端からプラズマ化した陽子を遥か対岸までレーザーサイトのごとく弾き出す。

 焦げ臭い匂いが充満し、地下の埃が光の筋を浮かばせた。

「だから待ちなって言ってるだろこのトンチキの火の玉小僧!」

 振り回し始められた右手の鞭から紫電が起こり、雷球が花火のように広がり始めた。分裂された窒素原子を糧にその9割までをもエナジー化して取り込んでゆく。そしてその右腕が静かに下りて、半身となった姿勢の横で、硬化した二振りの鞭が弓矢のように十字に添えられ、地面と平行に構えられる。

「ああああああ、こんのガキ! 本当に対軍システム使うつもりだよ、こんな場所で! あんたたち、伏せな! いいからさっさと伏せるんだよ黒焦げになりたいかい!」

 ルシアが泣きそうな声で叫び、全員が急いで伏せたその瞬間、

「ふ、くっくっくっく、ぐすっ、畜生、ずずっ、ド畜生っ、お前らなんかこうしてやる! こうしてやるからな! 食らいやがれよコンチクショウ! 阻むもの全てを貫け哄叫!お前の敵を轟き弾け!」

 なんか泣いている風の少年の、烈気のこだまが完成した。

「 雷! 光! 檄!! 消ぇし飛びやがれぇ━━━━━━━━━━━━━ッッ!!!」

 悔し泣きする少年から放たれた雷は、大気に引かれたプラズマの線路の上を、空間に光の速さでTJ/s(テラジュール毎秒)レベルの亀裂を広げ、消失点までの全ての存在をなぎ倒し通り過ぎた。



       ◆  ◆  ◆


「わたしも、連れて行ってください!」

 アリアムはその言葉を発した少女を正面から顧みた。

 イェナから数キロ離れた岩山の、(ほこら)の前だった。急遽の訓練を終えた兵士たち数百人が、ゲートが開くのを信じ、後ろに整列して並んでいる。その列を束ねていたリーダーとエマさんが、少女、ライラの言葉を聞いて血相変えて走ってくる。

「ば、バカなことをお言いでないよライラ!」

「そうだぞ、いったい何を考えてんだ! いい子だから家でちゃんと留守を守っててくれ頼むから!」

「いいえ、決めたんです!」

「駄目だ!帰るんだ!」

「ワガママも大概におしよ!気持ちは分からないでもないけど、今はそういうことに関わっている余裕が無いんだ、分かっとくれよ……」

「違うんですエマさん、リーダー……これはそういうことじゃありません」

「じゃあなんだっていうんだい!」

「行かないと、いけない気がするんです」

「だから、何でって聞いて……!」

「エマさん」

 激昂するエマさんに、アリアムが割って入る。

「ああ、アリアム、アンタからも言ってやってよ。いつもはこんなワガママ言う子じゃないのにさあ……」

「ライラ」

 アリアムは正面からライラを見た。気負いも無い、澄んだ目だった。

「はい」

「行かないといけないのか?」

 二人とも、目を逸らさずに言葉が重なる。以前のライラを知っている者からすれば、驚嘆すべき変わりようだ。

「はい」

「なぜだ? 君は、闘う力は無いはずだろう」

「はい。わたしは戦えません。ついて行けば、足手まといになることは、分かっています」

「なら……」

「でも、行かなくてはいけない。そんな気がするんです!……お願いです、アリアム様、お願いします!」

「……」

 再度、止める為の言葉をつむごうとして、アリアムはそれをまた飲み込んでいた。

 あの時のルシアの言葉を思い出す。

《あんたの助けた小娘も……》

 アリアムはもう一度ライラを見据えて、訊く。

「敵は強大だ。いつも傍にいて守ってはやれない。……命の保証はないんだぞ?」

「はい。」

「……。わかった。ならば、すぐに支度しろ。間に合わなければ置いて行くからな」

「はい!ありがとうございますアリアムさま!!」

 嬉しそうに笑顔を見せる。アリアムは見た。

 その瞳の中に、仲間の彼らと同じくらいの、強き光を発する意思を。

 視線を逸らすことなくもう一度こちらを見つめたライラが、力強く頷いて、きびすを返して背を向ける。その背も凛と張っていた。背の高さは変わっていない、なのに大きく見えていた。あの時俯きうずくまって泣いていた少女の弱さはもう、そこには無い。

 封印者遺伝子の持ち主とルシアに名指しされながら、あのアベルすらもが必要なしと見切りをつけた一人の少女が、今まさに自らの足で壇上に上がり、世界が必要とする存在へと変わろうとしていた。

 支度をするため駆けてゆく少女を見送る横の二人から、罵声が飛ぶ。

「おい、アリアム!」

「あんたいったい何考えてんだい!!? あの娘を死地に連れて行くつもりかい!? あんな娘が生きて帰れるわけないじゃないか!!」

 二人の剣幕に、アリアムは、今しがた目にしたものを思い出しながら呆然と声を返した。

「……二人とも、気づかなかったのか?」

「は? 何をだい!?」

 自分だけが気づいたのか、彼女の変化に。封印者候補だと知っているからだろうか。それとも、他に理由があるのか……

「いや、なんでもない。この件に関しては、全責任を俺が持つ。絶対に守ってやるさ。必ず生きて帰させる。……今回のどこかの場面で、彼女の力が必要になる、そんな気がするんだ。多分、いや、きっとな」

「……なんだって? そりゃいったいどういう……」

「頼む、あの娘の意思は固い。汲んでやってくれねえか」

「で、でも。だからってさあ……!」

「守るさ、全力でな。エマさん、ライラに皮の鎧を着せてやってきてくれないか。着方が分からないだろうからな。あれでも無いよりはマシだから」

「~~~~~~ああもう!! あとで覚えときなよタレ目ギツネ!」

「おう、あとでな!」


「ようし、みんな、そのまま手を止めずに聞け!」

 エマさんを見送ったアリアムは、苦い顔のリーダーを伴って壇上に上がり、見渡しながら声を張り上げる。

「もうすぐ祭壇のゲートが回復する。通信があった訳じゃあないが、必ず繋がる。俺はそう信じている。あいつらなら絶対にやってくれるはずだからだ!」

 全員の耳が向いているのを感じる。

 アリアムはそれを感じ一瞬だけ目を閉じて、開いて一層言葉に力を乗せる。

「繋がったら間髪入れずに飛び込むぞ! 気合を入れろ、用意を怠るな、心を熱く保ちながら全速で準備しろ! ここが正念場だ、命がけで今も奮闘している仲間を想え! 後ろで待ってくれている家族を想え! その気持ちを最期の瞬間まで忘れるな!」

 聞いている全ての兵士の瞳から、烈気と笑みが溢れていた。誰もが未だ、この王を許してはいない。しかし、その言葉と決意には、伝わるものが確かにあった。

 彼らは思い出す。数日前、彼らの前に跪き、烈迫の気合いでこの遠征に付いてきてくれるよう、頼むあの王の姿を。その熱意を。

 誰もが王を許していない。その者たちに、熱が届いた。だから、皆、王と共に戦うことを承諾したのだ。

「いいか! 俺たちは大切なものを守るためにここにいる。守るためだ! 全員カケラも気ぃ抜くなよ、気合を入れろ! 戦いはとっくに始まっている。大切な誰かの顔を頭に浮かべてまぶたの裏に固定しろ。お前が死ねばその姿が消えるのだと思い知れ。忘れるな! ここはもう既に戦場だ! 武器を交えた時、用意が足りなかったなど言い訳にもならないクソを垂らす惨めな目に遭いたくなけりゃ、今の内に足りないものを拭きまくれ! もう一度最後に言うぞ。自覚しろ!!! 背中に全てを背負って俺たちは今ここにいる。一秒たりとも無駄にするなよ!!」

 気合を入れる声が続いている。敢えて憎まれ役になりながら、キツく声を張り上げている。

 その熱意を聴きながら、兵士たちはいくさの準備を怠りなく整えていった。



         第三十五話 『讃歌 1 〜例え、伝わらずとも〜』  了.


         第三十六話 『讃歌 2 〜望みに届かぬ成果でも〜』に続く……


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