第三十四話 『足掻くということ 3 〜火花〜』
『お母さん……』
基地のモニターにもう一度ファングが映る。流れた涙が泡となり、電解質をとぎれずに静かに上に昇っていく。
「いいかい、馬鹿息子。あたしの息子なら、ちゃあんと仕事をまっとうしてきな。諦めず、最後まで、一緒にガイアをやっつけるよ!」
『はい!』
「そして、星とどう折り合いをつけるか考えるんだ。あたしらは、ガンだ。表面と内臓を荒らす細菌だ。けどね、それでも。宿主と共生することはできるはずさ。それを共に考えよう」
『はい……!』
「だから、死ぬんじゃないよ! そこからだって、絶対に出してあげる。お母さんに任せなさい! だから絶対に諦めるんじゃないよ!!」
泣きながら頷く少年を全員が見守る中、基地のシステムが戻り始める。
「さあ、行くよあんたたち。船は壊れちまったんだろ。帰るにはサブシステムの転送装置を使うしかない。ファングは外から電磁撹乱援護を頼む。撃ち落とされるんじゃないよ?! 船の待機班もついてきな、そこまで一直線に突っ切るよ!」
全員が雄叫びのように声をあげ、怒涛のように走り出した。
◆ ◆ ◆
壊れた瓦礫が降り注ぐ空間で、少年を無理やり転送した青年が背中を預けて座っていた。降りしきる雨の様に舞い落ちる遠い天井を眺めながら、床に崩れ落ちたまま最後の余韻に浸っている。
運が良いのか悪いのか、一度は切れた重力システムが、最後の最後で外に吹き出す嵐の中再稼動していた。お陰で体をおちつけられはしたが、変わりに落下物の勢いも、もはや止める術は何も無い。
自分はここで終わるだろう。だが、時代を担う次代の熱を知ることができた。
そして、自分で負けを認めることができた。
その相手も、死なせずに無事に送り届けることができた。
ならば、良い。
この先のサポートができないことが、白昼夢に垣間見た補佐役としての自分を体験することができないことが悔しかったが、それでも、上等だろう。
「……いま、そこに行くで……待たせてすまんかったな、シィル……」
巨大な瓦礫が真上にと迫っていた。あれが届いた瞬間が終わりのときだろう。
アベルはスッと目をつむる。
同時に巨大な瓦礫が超重量の音を立て、床に激突し巨大パネルを粉砕した。
『させませんよそんな勝手なこと』
どこかのスピーカーから声が聞こえた。
「?!」
粉砕されたパネルや瓦礫が飛び跳ねる中、死ぬはずだった己の体が生きていた。よく見ると、何かのフィールドバリアらしきものがおのれと瓦礫の隙間に入り、瓦礫の侵入を防いでいた。落下の衝撃も防いでくれたらしい。あり得なかった。自分も知らない防御機能だ。愕然と無事の両手を確認する、そして奇跡的に生き残ったスピーカーから声が耳に届いてきた。
『自分一人だけ好き勝手やり放題した挙句、勝ち逃げですか……そうですか、良いご身分ですねえ、アベル』
「っ!?く、クローノ、か? まさか、どっから?!」
間違うことなき親友の声だった。死にかけだったことも忘れて辺りを見回すが、誰もいない。
『ええ、貴方に騙されて唆されて遠出して、一人で遠くで皆さんの活躍を眺めていることしかできないという、しがない一人の友達ですよ、ふ、ふ』
どこか遠くからリアルタイムで繋いで喋っているようだ。その上、アベルすらもが寒気がするほど、とてつもなく怒っていらっしゃる。
当然といえば、当然のことだろう。
「ええと……あのな、クローノ。あれはな、なんちゅーて説明すればええかというと」
『言い訳は無しにして頂きましょうか。全てはことごとく知っていますので、時間の無駄は止めて頂きましょうか策士アベル。いえ、棋士アベルと申し上げた方が宜しいでしょうか奇策士アベル』
「……」
本気でとんでもなく怒ってらっしゃる様子である。さしものアベルも、死にかけのまま全身から油の汗が滲み出た。
恐いぞ、本気で。
「いや、すまん。すんまへんホンマ堪忍しぃや。けど、もう俺死ぬし。勘弁し……」
『死なせません』
断言された。
「いや、せやから。もう」
『死に逃げは許しません。神が許しても赦しません。貴方には生きてもらいます。生きて、これまでのことを償って頂きましょう。全ての者に。全てのことに。貴方にはそれだけの義務があるでしょう? 一生かけて償う義務が』
煌々と照りつける照明の下、巨大なスクリーン前の端末を目にも止まらぬスピードで目まぐるしく操作しながら、金髪の美形が唇を三日月型に歪ませて腹式呼吸で叫んでいる。
「義務が無いとは1ピコメートル足りとも言わせません。ええ、1オングストローム足りとも言わせませんとも!」
怒りに燃えるクローノが端末操作をする傍らの壁際で、蓮姫がアーシアと話していた。
「……生き残った方々の保護は順調に進んでいる?」
「はい、蓮さま。烈将軍が張り切って進めておられ、順調のようです」
「そう……良かった。くれぐれも、皆さんのストレスにならないようなやり方をお願いね。各々(おのおの)しこりはあるでしょうけど、恨みは一生消えないでしょうけれど、それでも戦乱で敵対していた国の方も、全て分け隔てなく救助するよう徹底して。幸いこの基地は、東大陸の生き残り全てを収容できるだけの余裕が、あってくれるみたいだから」
その点にだけは、心の底から感謝しないとね。と、蓮姫がつぶやいた。
「は、ではもう一度徹底を連絡します」
「ええ、お願い……ところでアーシア」
「はい」
「……あの二人は、いつもあんなに仲が悪いのかしら?」
「ふ、ふ、ふ、ふ、アベル……騙して頂いたこと、一生忘れて差し上げませんからねえ、ねえアベル聞こえてますかねえアベル?」
蓮姫の向けた視線の前で、死にかけのアベルをいたぶりながら、クローノが哄笑していた。薄く吊り上った口元と光を発する目元など、彼を慕う学生たちには決して絶対見せることはできないだろう。
「いえ、あれは逆にとんでもなく仲が良いということなのです、蓮さま」
「そうなの……?」
「そうなのです」
アーシアが少しだけ怒っているようにツンと答えた。
「ふうん。男同士で……?」
小首をかしげて姫が問う。
「はい、男同士で」
アーシアが唇を尖らせて青年達を睨んで答えた。既に隠そうともしていない。それを見る蓮姫は、素直に拗ねる姿を可愛いと思っている。そして、
「へえ、そうなの……不思議なものね。あら、新しい概念だわ……」
新たな概念武装を知ってしまったようだ。あらあらと、鈴音のように喉を鳴らした蓮姫の瞳の奥が、ほんのりと少しだけキラリと怪しく輝いていた。
「……せやけど、もう、俺の体は」
崩れる基地の内側で、頭上に瓦礫から守るシールドが展開されていた。
信じられない神業だった。地上から宇宙に、しかも緊急脱出で転送された独立系プログラムに割り込んで操作するだと?
アベルは、親友の底知れなさに軽く震える。それだけでなく、わずかな畏怖まで覚えていた。
『大丈夫です。たった一つだけ冴えたやり方が残っています』
「? いまさら、どんな……。ッ! ってまさかお前ッ!」
アベルの瞳が見開かれた。笑みに彩られていた顔が恐怖の色に塗られてゆく。
『気付きましたね? ふふふ、気付いてしまいましたねさすがアベル』
「ちょ! 待てやコラ。それはお前、殺生やろいくらなんでも! 俺が機械を嫌悪しとるんをお前が知らんワケな……!?」
『貴方の気持ちなどどうでもよろしい』
「オォイ!」
最後の気力を振り絞って抗議する。しておかないと魂が保てない気がした。
『ちなみに、既に貴方とカルロスの熱くて苦しい言い訳合戦は、翻訳した上で中継して全世界に公開済みです。いやあ、とても熱くて痛くて、録音を将来聞いたら悶絶できるレベルですよね。保存しておいて本当に良かった。さあこれで、今更何を恐がることがあるのですか。いえ、ありはしませんよね偽り人アベル。将来音声を肴に飲みましょうか、楽しみです。ちなみに下戸なのでお茶ですが』
真っ黒やないかい! 己れを超越した底知れなさにアベルは戦慄に貫かれる。
「ちょ、ちょお待てやオイ。あれを、全世界に……やとッ!?」
黒歴史を超えていることを真顔で言われ、アベルは恐怖でおののいた。親友の黒さを甘く見ていたようだ。
『はい(ニッコリ)。格好よかったですよ俳優アベル。『真の黒幕を教えたるよ、そこで絶望を味わうがええ青二才』。カルロスは嫌いですが、彼には今度何かで感謝しなければいけませんね』
「……ッ!! ……ッッ!!」
『有名人ですね(ニッコリ)』
「……極……悪人」
『貴方が言わないでくださいますか』
どっちもどっちだった。
「お前は……俺が何の為に独りで泥を被ってきたんか、お前なら分からへんワケないやろうが……!!」
『はい、理解しているつもりです』
「なら、なんでや! 無理なんや、普通に生きてる人々に、こんなデカイ話ィしても、単に心を壊してしまうだけなんや! なんで分かってくれへんねん……!」
体中から血が流れ始めていた。細胞の使いすぎだった。基地が終わりを迎えなくとも、もうこの体もそれほど長くは無い。
そんな中、血を撒き散らしながら、動かない体を引っ張って顎だけを前に出しアベルが怒鳴る。
『人というものを見くびりすぎです……と言いたいですが。……そうですね、貴方が正しい。貴方の言う通りなのでしょう。人々はそこまで皆が強くはないでしょう』
「なら、なんで」
『それでは駄目だからですよ。それでは何も変わらないからです。例え貴方が全てを救えたとしても、結末を引き伸ばすことにしかならないからですよ、アベル』
「………」
『人々は、知らなければならないんです。一人一人が……。一人一人が、それぞれ悩んで、一人一人が選ばなくてはいけないんです。未来を。それが出来て初めて……彼の言う【妥協】をすることができるのだと思います。前向きな、先へと進む為の【飽くなき妥協】を』
「そんなモンは……」
『ええ、ただの理想です』
「解っててか」
『理想は、……それ自体は正しくない……少なくとも正しく機能しない代物です。歪みの皆無な代物は、歪みや揺らぎのあるこの世界では構造的欠陥品でしかない! ですが、それでも、……理想無き者や社会は、どこにもたどり着けはしないんですよアベル』
「……それすらも、理想論やぞ……」
『……はい』
「………ハァ。こんの理想主義者が。言い返し足りん、言い返し足りんわ。せやけど、言い返す気力が萎えた時点で、……俺の、負けや……」
ええやろう、やってみい。生き残れたら、好きなだけ言い返したるわ。
アベルは目を瞑り、口の中だけで言い返した。完全に沈黙したコンソールに背を預ける。
『アベル』
「……なんや」
『貴方のことだから、確実に星の意思だけを根絶できるような威力と角度を計算して出していたのでしょう? 何千、何万回もの再演算して』
親友の静かな詰問に、アベルは最後の気力で片目だけ開け、ウインクのように静かに応える。
「……さて、な。そんなワケないやろう」
俺の無能を見くびるなや。
『ありがとう、止めてくれて。思い、とどまってくれて……』
「……ハッ、礼言う相手が違うやろ。俺が止めたワケや、ないわ……ボケ」
『……』
ほんの僅か、静かな時が流れて過ぎた。
「……そんで、何がしたいんや、だからお前は」
『もう一度言います。貴方を助けます。死に逃げは赦しません。貴方はそれだけのことをしたのですよ。それに……私も貴方に生きて欲しい』
「……。そうかい、で、その確率は?」
『遺伝子のロックに関しては突破しました。貴方が自分の体に古代種細胞を移植していたことも幸いし、成功確率は、整合する正規遺伝子の場合に比べ、1/10くらいまで高められるでしょう。何の問題もありはしません』
「だから待てや」
問題だらけやろうが。
『問題はないですよ。絶対に失敗などしませんから。なぜかって? それは、被験者が貴方で、実行者が私だからですよ』
「……」
アベルが生涯で最大の渋い顔を己に課した瞬間だった。ちくしょう、悔しいが納得した。そんな顔。
「……ずーずーしぃなったなあ、お前」
笑顔を取り戻した青年が、最期の笑顔で苦笑した。
『良いことだと思っていますよ。さあ、いきますよ今すぐに!』
「心の準備くらいさせえボケ!!」
『問答無用!です。容易はいいですね、【第8中枢基地統括電子頭脳:祝融】!』
『是。感謝。
明白了。
非本意,不过,融合。
那个人,对我适合不认为,不过,是旧的朋友请求。没办法。
但是,我不借给手。
如果那个人没有力量,生命不节省吧。
因此好,大神主黑野。
那么开始。
是短间,不过,有意义。
再见吧。
……謝謝、黒野。
(うむ、感謝する。
不本意だが、融合してやる。
あの者が我に相応しいとは思えぬが、古き友の頼みだ。仕方なかろう。
だが、我はそれ以上手は貸さぬ。
あの者に力と強靭さがなければ、助からぬと思うが良い。
それで良いな、大神官黒野。
では始めよう。
短い間であったが、有意義だった。
さらばだ。
ありがとう、黒野)』
ヘイムダルと同じ存在で、彼と【友】であるという【祝融】は、基地のスピーカーからそう応えていた。アベルにもその言葉が最後に聞こえた。
そこで最後のスピーカーが崩壊し、通信が切れる。そして宇宙は暗転する。
友を頼む。言外にその言葉を含めたまま、電子の世界に祝融は消えていった。
「私は黒野ではありません。最後までイントネーションを直してくれませんでしたね、全く」
電子頭脳の魂を送り出し、アベルとの通信も切れたクローノは、淡々と抗議しながらエンターボタンを実行する。
「全て上手くいったあかつきには、必ずお約束を果たしましょう。感謝します、祝融……彼を、頼みます」
見守るスクリーンの中心で、宇宙空間に浮かんだ直径5キロのボロボロの残骸から、眩い光が立ち上る。
そして次の瞬間、真空に耐えかねた外壁が剥がれ落ち、永の年月人類を苦しめた中枢工場基地が終わりを迎えた。宇宙に花火が炸裂し、ダストが四散し散らばって、絶対温度三度の世界をわずかだけ拡散した熱量が照らしていった。
第三十四話 『足掻くということ 3 〜火花〜』 了.
第三十五話 『讃歌 1 〜例え、届かずとも〜』に続く……




