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Grand Road ~グランロ-ド~  作者: てんもん
第七章 ~ On the Real Road.~
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第三十三話 『足掻くということ 2 〜発露〜』




「……見つけた」

 暗黒の闇の中に、人影がひとつ漂っていた。

 どれだけ遠いかも分からない程遠くの星々の明かりしか存在し無い、真の闇。


 周りには、地上の山と同じだけの質量を有した塊たちの一団が、その小さな影を圧し潰すかのように圧倒しながら浮いている。

 見上げても、頂きどころか細部すら見通せない巨大な岩の残骸たち。すれ違うその密度は窮屈すぎて、少しでも何か力が加わり動き出したなら、玉突きのように跳ね回り、虫のごとき人影など一瞬ですり潰されてしまうだろう。それくらい混雑している。

 だが実際にそうはならないだろう。岩山たちは押し黙り、その場所を永劫のねぐらに定めたかのように静止して、静かに時を刻んでいる。

 重力が凪いで力を無くしていた。空間が井戸の底のように落ち込んでいた。

 そう、そこは凪いだ重力に囚われて、永劫の永きに渡り少しずつ流れ着いたものたちが澱み、堆積してゆく吹き溜まり。

 宙の一点に必然のバランスとして生じた無限の退廃の底なし沼。

 どこかから誰かが【力】を注がぬ限り、永遠に位置すら変わらぬ立体絵画。

 絵画の影の入り口には、小さな船が新しく仲間入りして漂っている。

 そんな安定だけがそこにある、無間地獄の奥底にそれはあった。

「……永く、独りにしちゃったね。ごめん。でも、もうすぐだよ。もうすぐ久しぶりに、君に命を吹き込んであげるからね」

 小さな一人用の宇宙船、白く光る宇宙服に包まれた小柄な影が、それに静かに近づいてゆく。

 何も見えない空間の中心で、かすかな光が反射してそれを僅かに浮かび上がらせた。

 漆黒を映す鏡の色の塊だった。全てを反射し静止しながら、表面に空の全てを映していた。その鏡のような金属は、誰の目にも映されず永の年月ここにあった。

 淡い彗星の尾の色が、映された輪郭の隅で流れている。一瞬の煌めきが輪郭線を教えていた。そう、その金属の塊は、孤独の牢獄に囚われた巨大な船は。いつか誰かに再始動される望みを抱えじっと待ち、いつまでも乾かないまま闇の墓場で固まって、言葉を無くした状態で涙の形で浮かんでいた。


       ◆  ◆  ◆


「なにしやがろうってんだよ、アベル! オイッ!」

 床に縫い付けられた少年が、心配顔で必死で叫ぶ。さきほどまでとは違う焦燥を感じた。世界を壊す狂気は消えた。なのに、アベルの姿が消える寸前の炎ように彼には見えた。

「アベルッ!!」

「うるさい、っちゅーね……ん。集中でけへん、やんか……」

 生きて動いているとは信じられないほど顔色が悪いままで、アベルはプログラムを撫でていた。さきほどカルロスが造り上げたものを壊さぬように慎重に、違うプログラムで補強していく。

「これで、ええ……。これで、外辺部の爆破エナジーが吸収され、転送エナジーに変換、される。これで星はたぶん、ええやろう」

「ほんとか!!」

 少年の笑顔が爆発した。本当に、心の底から嬉しそうだ。

 アベルが眩しそうにそれを見つめた。どこにも計算の欠片もない笑顔。本当の、笑顔だった。

(ああ……そうなんやな……あれが、本当の、……)

「……ああ、あとは、俺らが脱出する手段だけや………始まるで」

 太陽のような笑顔に反射する月の笑顔で、アベルは暖かく優しい太陽に笑みを返す。

 そして、両腕をモニターの差込口に突き入れた。

 火花が飛び、アベルに埋め込まれた古代種細胞が励起してプログラムと接続する。

「!!?」

 少年の再度の驚愕の表情を受けて青年は口の中で小さく、すまんな、そう答えていた。

 その透明な笑顔が消える間に、遠くで振動が聞こえ始めた。



       ◆  ◆  ◆


『フ、フハハハハハハハ! そうだ! いくら気力が戻ったからとて、それで逆転できるほどこの世界は甘くは無いわ!!』

 仲間達は苦戦していた。レプリカとはいえナニールだ。その力は侮れるものではない。

 それでも。だからこそ彼らはもはや止まらない。その程度で止まれる段階はとうの昔に過ぎていた。

 そして今、ルシアのアドバイスで取り入れた策が、成功する見込みすら無いままにそれでも信じて続けられてきた作戦が、全ての仲間の助力と時間稼ぎのお陰で、ギリギリで間に合い、実行された。

『皆さん! 遅くなってすみません、準備できました!』

 船に残ったムハマドが、ジャックされた通信設備を通じて叫んでいた。

『フィールドバリア設置完了です! これより先、三時間、全ての物理衝撃から、皆さんとサブシステム【カムイ】までの間の基地外壁を防御します! その間、内部でどれだけ暴れても、壁が壊れて真空に晒されることはありません! さあ、おいらもこれで動けます。これまでの鬱憤を思い切り晴らしてかましましょう。反撃の始まりですよ!』

 全ての顔に笑みが浮かんだ。これで地上と同じように、不安定な宇宙基地の中でも、渡された発掘武器の全ての力が発揮できる!

「やっておしまい!!」

 引き絞られた弦のような吸音から、ルシアの号令が放たれた。



『莫迦な……こんなことが……』

 ナニールレプリカの目の前で、認めることの出来かねる光景が展開されていた。最新の調整が施されたはずの機械体たちが、たかが人間の操る武器の力でことごとく破壊されてゆく。

 通路の端まで伸びた少年の槍が紫電を纏い、極マイクロ波を撒き散らし周囲の基盤を破壊する。有効範囲内の機械体たちが火花を放ち四散した。

 大男の気力を込めた大剣が、雄叫びごと意思を吸い上げ炎の波形を打ち放ち、少女の水晶球が味方全員の視界に3Dホログラムを展開し、360度の視界を確保、遠隔視や透視を駆使し敵ステータスを表示して、バリアを張りながら皆の防御力を上げていた。

 片足の忍が大量の針を仕込んだ手投げ爆薬を壁の中から放り投げ、同時に短分子カッター状の剛糸を撒いて指先一つで自在に動きを変化させ、超硬合金の敵の体を砕いてゆく。

 思念波で飛び回る数十刀の誘導ナイフを制御して、変化した赤い瞳の銀髪執事が笑みを浮かべて挑発し、全ての場所で補助をしながら立ち回り、

 精霊体召喚により、黒髪ウェーブの青年が情報として取り込んでいる武器の全てを呼び出して、光と実弾を乱射する。

 1m半ほどの輝く棍を床に打ち付けた少年が、打ちつけた場所の分子配列を震わせて大地と建物を揺さぶって、任意の場所の分子を次々に崩壊させ敵の体を葬っていた。

 老婆が竜巻を起こして身に纏い、縦横無尽に飛び回り真空カマイタチで敵を切り裂き、

 バリアを自動に設定した青年が、ハッチから船を壊そうと向かい来る敵たちへ先端に単極子を込めた矢を放ち、当たった箇所の直径1mの範囲で電磁重力崩壊を起こさせる。巻き込まれた機械体たちが、空間の歪みで細切れになって散らされた。

 名も無き兵士たちですら、傷だらけになりながら善戦していた。

 だれひとり、負けてなどいなかった。

 ナニールたちが呆然とその光景を眺めていた。

 ただの発掘武器のはずだ。それ単体では如何ほどの力も無いような代物だ。

 それに、こちらの機械体も、これまでのデータを全て反映されて強化しているはずなのだ。

 それがなぜだ、なぜこれほどまでに一方的な展開になる?! なぜあの程度の武器たちが、こやつらの手の中にあるだけでこれほどの力を発揮するのだ!?

「分かってないようだね、だからあんたらはまがい物だってのさ」

『なに!?』

 ルシアが宙に浮かぶ旋風の中心から視線を合わせて睨んでいた。

「それが、真のヒトの力、心の力ってやつなのさ。ヒトが信頼し連携をした時の、力だよ。レプリカじゃあ、理解もできないだろうけどね」

 感情の薄いはずのレプリカたちが、源の分からぬ怒りに表情筋を歪ませる。どこから来るのか理解できない憤りが、彼らの思考を貫いていた。

『おのれ……おのれえ!こうなれば、我らごとこの区画を破壊してやろうではないか! よもや、おのれらが破壊できぬからといって、全力を出した我が破壊できぬなどと思わぬだろうな!?』

「なんだって、正気かい!?」

『言ったであろう、我らには代わりがあると。体も、精神パターンもな。ククククク、ははハはははッ』

 言い放ったナニールの体が見る間に膨れて巨大化した。三つの場所で全てのナニールや予備の機械体たちが膨張し、体の中から光が漏れて全身にひび割れが走ってゆく。

「いかん!」『まさかここで……ッ?!』「ダメぇ!間に合って!」

 デュランがナハトを背に庇い、ナーガとラーサが全力でバリアを張った。

 そこで、哄笑が途切れて光が溢れ、視界が白く染められた。


       ◆  ◆  ◆


 アベルが、両腕をモニターに開いた穴に差し込んでいた。

 紫電が疾走り、死にかけた男の体をいばらの様に吸いつけている。

「……グ……ウッ!」

「な……にしてんだよアンタ!?」

 針に貫かれたままの少年、カルロスが息を巻いて叫ぶ。

 電撃に包まれながら、それを見てアベルは軽く微笑んでいた。

「バイパスが必要やったんでな、手近にある手頃なもんがこの体しか無かったんや」

 説明する青年の後ろで、天井が崩壊を始めていた。

 広大な地下基地のあちこちで爆発する音が響いている。

 接続されたプログラムが実行され、外壁が次々に爆発しエナジーに変換されて溜まってゆく。足りなかったエナジータンクがリミットを越えて指し示した。

「上手くいったようやな……なら、いくで!」

 少年が呆然と眺める中、アベルが肘でキーを押した。

 直径5キロの空間そのものを転送させる緊急脱出プログラム。

 どうやら、エラーなく動きそうだ。素人と共に急遽組んだにしては、上出来だろう。

 視界が歪み、空間が軋む。エナジーメーターが一気にゼロに突入し、全てのエナジーを吸い込んだ転送機が火花を発して起動した。

 世界が紫色に瞬時に染まる。

(5キロの円形空間がいきなりコア付近の内部から消えるんや。それなりの影響はあるやろうな。せやけど、コアそのものを爆破するよりは、星に対しての影響は少ないやろ。それで良しとしてもらうとしようかい……)

 紫色の空間が虹色に明滅し、独りごちるアベルとカルロスごと【場】そのものを転送した。一瞬の暗転。突然空いたシナプスの隙間に向けて、雪崩をうって膨大な溶岩流が押し寄せて、星の内部に嵐を生んだ。どこからか多重の悲鳴が輪唱する。

 そして、世界を覆う視界の外が灼熱した金属の流体から、漆黒の空ろの虚無に早変わる。

 生物に全く配慮しない乱暴な転送を乗り越えて、少年は吐き気をこらえて見回した。

 二人は、体重を喪失しどこまでもブランコで落ち行くような内臓浮遊を体感し、一気に暗くなった視界の中で、自分達が星の外にいることを実感する。

「……やった、みてーだな……」

 疲れた顔で、カルロスが笑う。

 あとは、二人で脱出するだけだ。

 真空の世界で、外壁がボロボロの空間がどれだけ保つか。数分か。

 その間に急いで脱出しなければならない。

 静かだった闇の世界に風が吹き始める。空気が漏れ始めたらしい。温度と湿度が急激に下がり静電気が発生した。

 中心であるこの場所もすぐに嵐に変わるだろう。崩壊まで、既にもう時間が無い。

「そのよーやね……」

 暗転したモニターから腕を抜き、煙を上げてアベルの体が崩れ落ちる。

「アベル!」

 叫んだカルロスの視線の先で、アベルがコンソールの端をつかんで耐えていた。まだ、やることが残っているというように。

「……まだ、や。お前を、これから転送する……。ほんまなら地上に、送ってやりたいとこやけど、思った、通りエナジーが、足りんな。スマンが、月の先遣隊の戦場へ、いきなり送るで……容赦せーよ」

 ゆっくりと息を吐きながらアベルが言う。その内容にカルロスが反発した。

「アンタは! アンタはどうするんだアベル!! まさか、まさかアンタ最初っから……!」

 カルロスが動けないままに体を揺する。針が痛みをもよおすが、そんなものはどうでも良かった。全力で拘束術に抗って暴れ始める。

「くすくすくす……縫いつけといて正解、やったな……」

「アァベル─────ッッ!!!」

 烈火のごとく、火を吹いて少年が叫ぶ。

「これで、ええんや」

「良いワケあるかボケェ!! だったら、そんな結末だったなら、おれはなんで、なんでここに来た!?」

「ええんやて。あんがとな、お前のお陰で、頭が晴れた。お前は世界を壊そうとする阿呆から、世界を救ったんや……胸張って帰れや」

「アベル────ッッ!!」

 悔しそうに顔を歪める少年を目の端で見ながら、アベルはぽつり、ぽつりと最後の力で個体転送プログラムを打ち込み終えた。

「さよならや、カルロス。お前に会えて良かったで、感謝しとる……達者でな」

「ちょっと待てコラァ───────────……………ッ!!」

 叫ぶ少年が途中で消えた。縫い付けていた針だけが音を立てて床に落ち、風に流されコロコロとどこかへと転がっていく。

 とたんに世界が暗闇に包まれた。暗黒の中にあってさえ、あの少年の熱さが光となっていたとでもいうように。

「………」

 次第に風が嵐に変わり、軽いものから順に吹き寄せて、世界の外に吹き出し始めた。

 そして、爆発が再開した。


       ◆  ◆  ◆


 光が溢れて通路を覆い、瞬時にフィールドバリアを突き抜けて崩壊した。

 殆どの通路は耐えていた。しかし、ナニールレプリカ本体たちや、爆発した存在の上下の床や天井に、外に向けての通路が開いた。

 全ての存在が気圧に負けて耳を押さえ、硬直した体を支えることができずに穴に向かって飛ばされてゆく。

 デュランが耳から血が流れるのを厭わずに、空中で老婆とナハトを両手で掴む。

 リーブスとコールヌイが壁にナイフを打ちつけ金剛糸で網を張り、二人でラーサを抱え込んだ。

 ドッグに繋留されていた船や過去の資材が、ことごとく吹き散らされて波打っていた。繋がれていない繋留索が散らばって飛ばされていく。乗ってきた船の索はちぎれず保った。だが、

「そん、な……!」

 耳を押さえるムハマドの視線の先で、奥に留められていた過去の船の残骸が、風であおられ船体をこちらに向けて流していた。

 轟音。

 振動でムハマドがハッチから投げ出され、ナーガがカルナとともに駆けつけて床の窪みに押さえ込んだ。

「船が……!」

『今は良い! 全力で何かを掴むんだ!』

 船が中破されていた。

 ギリギリで、穴付近以外のフィールドバリアはまだ健在。だが、それもいつまで保つか。

 悲鳴が聞こえた。

 一緒に来ていた兵士が数人、世界の外に吸い出されてゆく。

『いやあああああああああっ!』

 どこかのスピーカーから少女の悲鳴が聞こえていた。どこも似たような状況なのか。

『くそ……ッ』

 ナーガもこの状況を想定してなかったわけではなかった。だが、いきなり全ての三箇所でやられるとは想定外だ。まさか、本拠地を大きく損傷させることを躊躇しないなどと!

 なにが奴らを動揺させたのかは分からない。だが、どちらにせよ、状況は最悪だった。

 自分ひとり、もしくは一箇所ならばともかく、三箇所全てを自分だけではカバーできない。預かった兵士の一部を死なせてしまった。悔やみきれない。仲間もこれでは守ることが……!

『させないです、そんなこと!』

 どこかで誰かの声が聞こえた。

 聞こえるはずの無い声だった。

『?! まさか……』

『させない。これ以上誰も死なせない。僕はその為に、ここに来たんだから……!』

 聞こえるはずの無い少年の声。それが大きく響いて聞こえていた。



「これは!」

「まさか」

「どうして……」

「……来たか、弟子よ」

「……あ、」

「ファ……」

 少女が涙を流す視線を上げて、

 ナハトが低下した気圧の中「ファング──────!!」声を限りに叫んでいた。



『皆さん、ご無事ですか─────ッ!!』

 あの時空に響いた少年の声だった。

 アルファ=シッタールダ・アースラン=ファング。

 様々な色とりどりの計器類が明滅し、ゴウンゴウンと駆動音を響かせる縮退パルスエンジンの音の中、船の中枢に設置された円筒水槽に少年は裸で浮かんでいた。大量の管を体のあちこちに突き刺して、ハリネズミのようになりながらも、意思の光を保ったままの瞳は確かにいまだ健在だった。

 漆黒の宇宙の中、月の裏側の無重量ドック基地とその周辺から大量の空気が漏れて白く凍る視界の奥を、全長500mの泪滴型恒星間航行船が月に向かって駆動していた。

『大丈夫、任せて。これ以上、絶対に死なせない、死なせないんだ──────!』

 叫ぶ。

 同時に三点に船から打ち出された長大なアンカーが降り注ぎ、基地に開いた穴の付近で先端が風船状に融け広がった。用材を混ぜた溶剤が付着して、蒸着しながら穴を塞ぐ。

 空気の流出が止まった。浮いていた吸い出される寸前の全てが止まり、静かに軽い重力で下に沈んだ。基地の保持機能だろうか、自動で補充された生成大気が通路を満たし気圧を戻す。

 耳の痛みが消えてゆき、軽い鈍痛を残して騒ぎが静かに収束した。

 ナーガたちが見回して、兵士の半分が消えていることに気付き、顔を歪めて噛み締めた。兵士たちも仲間を想い涙して、そしてそれでも前を向いた。

 生き残ったならば、仕事をしなければならない。仲間のためにも。

『……遅くなって、ごめんなさい……』

 三箇所の通路、仲間たちのいる場所全ての通路の空中に3Dモニターが浮かび上がり、泣きそうな顔のファングが映る。一瞬だけ、管に覆われ円筒水槽に入った姿を見せた後、船の外観を映し出した。

「……ファング! ………ありがとう……」

 その姿に絶句しながらも、それでもナハトがお礼を言った。来てくれたことも、助けてくれたことも、そして、それでも敢えてその姿を見せてくれたことも、全てに対して。

『……大切な友達、だから』

「! ……うん、……うん!」

 ナハトが震えて下を向き、デュランが片手で肩を静かに抱いた。

 ラーサが顔を赤くし鼻を鳴らしながら、「遅いのよ」と唇を尖らせつぶやいた。

 三箇所の空中モニターを通して、全員が繋がる。

 混乱は収まったが、新手が出てくることは無かった。たぶん、あそこで全戦力が自爆するなど、さすがのガイアも想定外だったということだろう。新たに敵が来るまでには、ほんの僅かだが語る時間ができていた。

 そこへ、一人の人物が前に出た。ルシアだった。

「アンタ、まさか……『シング・ア・ソング号』かい、それ……廃棄されたはずじゃ……」



 船の中心、エンジン制御ルームで、電解質に満たされた円筒の中に、彼はいた。その中から、映し出される仲間の面々を懐かしそうにファングは見る。

 まだ、それほどの時間は経っていないはずなのに、とてつもなく遠くに感じた。

 画面の中、ルシアが前に出て話している。

「はい、廃棄されてました。でも、500年前当時の残存技術では、この船が製造された時代のものを完全に処分することはできなかったんです。ブラックボックス部分どころか、船体を破壊することすらもできなかった。だから、──“L5”──、惑星と月の重力が一番安定する平衡点の一つである、地上からみて月の60度後方に位置する場所に遺棄されたんです。そこは、重力のつり合いのせいで集まったが最後、抜け出すことのできない宇宙の墓場。何も無い空間に、様々なものが集まる三角州。永劫に安定した停滞の場です。

 そこにおいて置けば、二度と人の目に触れることはないはずだったんです。

 なぜならこの船は、人工の制御体がいなければ動かせないタイプの船だったから。でも、一人だけ、制御体がこの世界には残っていた。それが、僕。あなた方が最後に不時着した時の、惑星間巡航艇アライブの制御体だったアルファです。この船は僕にしか動かせない。でも、僕には動かせるから。だから」

『だから制御体に戻ったっていうのかい! アンタは息子の遺志を受け継いで、世界を見るんじゃなかったのかい! だって、だってさ、その中に戻ったら、アンタはもう二度と外には……!』

「僕には、できることがあったんです。それには、こうするしかなかった。これで、助けることができる。友達を……大切な仲間たちを」

『……!』

「ナハト。ラーサ。デュランさん、師匠。そして、ナーガさんやアリアムさんや仲間達みんな。お願いがあります……アスランの愛した世界を。世界が僕たちを愛していなかったとしても、それでもアスランは世界を愛したから。愛していたから。だから僕は、……守りたいから! だから、お願いです。共に、守ってください……」

『ファング……』

『馬鹿よ、あんた……そんな当たり前のこと、友達に向かってお願いなんてしないでよ! ありがとなんて、言わないんだからっ……あんたにっ! 会えなくなることの方がよっぽどイヤだって、なんで……分かんないのよ……ばかぁ……ッ』

「ラーサ……ありがとう」

『だから! 友達にありがとうとか無し! もう一回言ったらぶっ飛ばすから!』

「……うん」

 電解質に涙が混じって浮かんでいた。

『ファング君』

『ファング』

「ナーガさん、師匠。……貴方がたの教え、ちゃんと守っていますから。だから、僕はまだ、貴方がたの弟子のファングです。誰が、なんと言おうと」

『……ファング君』

『……』

 二人とも、深く深く頷いていた。

 ファングはそして、ルシアへ向いた。

「それと……お母さん、あなたを、助けたかったから……」

『っ!』

「死んで、ほしくなかったから。あなたは僕の本当のお母さんじゃないけど、それでもあなたの息子のアスランの一部を、受け継いでいるから。それに、僕も、僕も……今はそう思っているから」

『……!』

「僕も、お母さんと、呼んでいいですか……?」

 モニターの向こうに、ルシアが震えて号泣する様がアップで映る。声を噛み締め、それでも滂沱の涙が流れていた。

『……ばかだね……馬鹿だよ、この……馬鹿息子が……っ』

 ファングの涙が止まらなくなった。



           第三十三話 『足掻くということ 2 〜発露〜』  了.


           第三十四話 『足掻くということ 3 〜火花〜』に続く……



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