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第二章 ツァンシン (転)


 一面の原っぱに、風の形が刻まれてゆく。

 地平まで続く青々とした草原だった。長く国有地に指定されていたお陰で、手入れをする者以外の誰の手も入らず育まれたそこは、大地と植物の力と存在感を余すところなく溢れさせ、わずかに訪れる者に誇らしげに見せ付けている。


『もーいーかーい』

『まーだだよ~~』


 子供の声。

 まだ4、5歳だろうか。野原で可愛らしい女の子が二人、隠れん坊をしている。

 どちらも輝くほど黒く長い髪をなびかせて、互いに追いつ追われつつ、そこに相手がちゃんといるのだと確かめるように手を伸ばし続けていた。

 辺り一面に生えた背の高い草が盛大に花を咲かせている。どこまでも黄色い花。春の色だ。その背丈ほどの草海の真ん中で、子供たちは、お互いに見え隠れしながらじゃれ合っている。


『ばかあ。つぁんしんのばかー。まだだよっていったじゃないっ』


『へへー、ひめさまがかくれるのがおそいのがわるいんですよー』


 きゃははは


『つかまえたあっ。ひめさまがおにー』

『おにごっこじゃないーっ。ふーんいーもーん、いじわるするならもうつぁんしんとはにどとあそんであげないからっ。つぁんしんなんてだいっっきらいっ』


 そう、言ったと同時に、するりと小さな手が離れてゆく。怒っていた女の子がびっくりして逃げるのを止めて振り返る。

 見ると、怒られた方の子がうずくまって泣き出すところだった。草に隠れて体も涙も見えなくなる。


『え……ぅ……ひ……く……』


 声だけが聞こえる先に駆け戻る。がばっ。泣いている子を、服が汚れるのも構わず抱きしめる。必死だった。消えてしまいそうに草が隠すものだから、もう全力で相手の体を抱きしめてゆく。


『ごめんね……つぁんしんごめんね。うそだよっ。わたしがつぁんしんをきらいになるわけないじゃんっ。ほんとだよっっ』

『う……ぐ……ズズッ。ほんと……です、か?』

『わたしは、ないてるつぁんしんにだけはうそはいわないよ!』

『ひめさま……ごめんなさい……。おねがいです。もうあんなこと、いわないでください……。つぁんしんはいたいです。しんのぞうがいたいです……あ』


 軽く、額に柔らかい感触がした。


『……ごめんね。だいすきだよ! つぁんしんっ』

『つぁんしんも、だいすきです、ひめさま』

『もーさっきからっ。なまえでよんで』


 言われてリンゴの様に真っ赤になる。


『れ……れん……さま』

『はい……』

『あなたは、このつぁんしんがおまもりしますっぜったいですっっ!』

『うん、まもってね、ぜったいよ』


 そこで、二人を呼ぶ乳母の声がして、慌てて離れる。真っ赤になりながら駆けて行く蓮姫を追い掛けながら、蒼星は誓った。


(まもります。いっしょう。いのちをかけても)


 走りながら胸を押さえる。さっきとは違う、切ない痛みがした。


      ◆  ◆  ◆


(蓮様……私は……私は……また約束を……)


 目を開けても蒼星は、自分がどこにいるのか分からなかった。

目が霞む。

 懐かしい夢のせいで涙を流し過ぎたらしく、目の奥が痛い。だが、どうやらそれだけではなく、熱もあるようだ。ランプの明かりがひどく眩しい。


「また……守れなかった………」


 呟いて思い出す。自分は、刺されたのでは無かったか? それが、何故こうして生きているのだろう?


「……気が付いたか」


 優しい声がした。目を向ける。顔を傾けたせいで、汗で濡れた髪が、ひとしずくだけ重みで揺れた。


「アリ、アム? ……どうし、て」


「馬鹿野郎‼ ムチャしやがって! 俺が急いで担ぎ出さなけりゃ、死んでたんだぞお前‼」

「ずっと、貴方が……そばに?」

「ああ」


 身体が震える程寒いのに、手が、泣けてくる程暖かい。


(握って、くれてるのか)


 礼を言おうとして痛みが走り、一瞬で意識がクリアになる。

 布団を跳ねて上半身を起こしていた。


「ぐぅあ……あっっ!」

「起きるな! 寝てるんだ! いいか、傷の先は背中から肺にまで達してたんだぞっ。今だって応急処置しか出来てないんだ。今動いたら本当に死ぬと思え!」


「姫、はっ! 蓮姫様は!⁉」


 締め上げているつもりなのか。蒼星が全力でアリアムの胸元を絞り上げる。だが現実は、倒れないようにアリアムの服を軽く掴むのが精一杯だ。

 アリアムが目を伏せる。


「アリアムっ‼」

「分からねえ……。俺が飛び込んだ時には、倒れたお前と主催主以外もう居なかった。憲兵隊の聞き込みでは、ナイフを持った奴隷が一人。夕方、用水路に飛び込んだそうだ」

「なっ! そ、その後はっ」

「分からねえ……。ただ、その用水路は壁の外、河につながる水路まで続いてる。鉄格子は付いてるが錆びまくってるからな。体当たりすれば女の力でも……」


 ガタンッ

 音を立てて起き上がる。靴を履こうとして抱きすくめられた。


「動くなっていったろう! 死にたいのかっ」

「放せ! 放せえっ‼」


 暴れる体をアリアムが軽く押さえつける。震えが来るほどもどかしかった。今の蒼星には、全力で、その程度の力しか出せなかった。


「お前っ自分が何やったか覚えてるか⁉ 一体何人に顔を見られたと思ってんだっ。お前も手配されてんだぞ! 捕まりたいのかへろへろの癖に!」

「煩いこの冷血人間! こんな国にいるからそんな冷たいことが言えるんだ!」


 バチィィンッッ

 熱い熱が顔に走り、蒼星はふらり、と頬を押さえベッドに転がった。ばさり、と丸まった黒髪が広がる。


「俺の国を悪く言うな」


 アリアムが、本気で怒っていた。


「アリア……」

「俺にだって不満はある。が、それでもここは、ひい祖父さんが創った国なんだ」

「え? それって……アリ……ア……ム、……まさかっ」


 蒼星はベッドの上で後じさった。


「俺は」

(聞きたくない!)


 両の耳を手で覆う。なのに、なのに!


「俺はこの国の王位継承者だ。第二位だがな」


 聞こえてしまった無慈悲な音に蒼星は泣き出した。

 全ての力が、全身から抜けていった。


      ◇  ◇  ◇


 グッタリとした蒼星をベッドに寝かしつけ、アリアムは部屋を出ていった。

 部屋の主が出て行ったあと、しばらくして開けたその目に映るのは、人の部屋とは思えぬ程ばか高い天井と、質素だが模様付きの柱。子供ほどの高さのある壺と塵一つ無い床。

 さっきまで目に映らなかったものが目の中に入ってくる。


(違う筈だ……。アリアム。貴方は、この国そのもの、だったんだね……)


 乾いた笑いが口に浮かぶ。

 もう、涙すらも出なかった。


      ◇  ◇  ◇


 廊下に出たアリアムを、マントの少年が待っていた。


「考え直して頂けましたか?」

「シェリアーク……」


 アリアムが怒りを込めて呟く。


「何故だ。お前は第一位だろう⁉ それがどうして俺を王位につけようとする!」

「簡単なことですよ、兄上。わたしはあまり前に出るのが好きではない。どちらかと言うと、陰から人を動かす方が性にあっているだけです。だから、兄上。操られて下さいな」


 しれっとして言葉を発した口元から見える真っ白い歯が、蝋燭の光の中不自然に光っていた。


「その為に人質まで取るのか貴様はっ!」

「恩知らずな方ですね。憲兵どもに追い詰められていた貴方がたをこの離宮へご招待して差し上げたのは、誰でしたか? ふふふ」

「ぐっ」


 確かに、その通りではあるのだ。最初にこの男に「王位につきませんか」と言われた後、無視して騒ぎが起こった所へ駆けつけたはいいが、怪我人を抱えて捕まりそうになっていた所をこいつの輿(こし)に拾われ、手当もしてもらった。

 借りは、確かにあるのだ。


「いやはや。貴方が家出をしたと聞いて、途方に暮れていた処だったんですよ。良い拾い物でした。お礼を言わなくては、ね」

「……………」


 目の前の見知った笑顔に怒りの余り声も出ない。


「良いじゃありませんか。なにも家出などしなくとも、王位につけば簡単にお母様も捜し出せますよ。父上が追い出した、【貴方のお母様】、をね」


 ビュンッ

 こぶしがシェリアークの頬を掠める。少年は驚いてたたらを踏む。


「……今一度同じ言葉を言ってみろ。次はその頭、残ると思うな」


 アリアムはそのまま、廊下の奥へ消えていった。


「ふ……ふん! 十も年下のわたしに第一位を取られたくせに! 奴隷腹が‼」


 シェリアークの捨て台詞だけが、後に残った。


      ◆  ◆  ◆


 夜が更けた。

 月が煌々と照りつけている。王宮のあるイェナの街より3㎞   程離れた砂漠の上で、蓮姫はクスリの禁断症状と戦っていた。


「が……ぁあ……」


 喉から胸にかけて掻き毟ったみみず腫れが出来ている。記憶が、最近あいまいになってきていた。だが、昼間見た光景だけは、忘れられない!


「私は……、私が………っ」


 我に帰った時最初に目に映ったもの。蒼星の死体。蒼星の……。


「なんで……。どうしてよ……なんで私が蒼星を!」


 あふれた水が頬を伝う。

 セリの時、蒼星がいた。二年振りに会えて、嬉しかった。忘れてはいなかったのだと、約束通り救いに来てくれた、と。

 だけど、隣に男がいた。とても親しそうだった。


(私は……嫉妬した……んだわ……)


 蒼星は、約束を守るために来てくれた。でもそれは今の蒼星にとって、『守らなくてはならない約束』であるにすぎなくて、一番大切な人間はもう、自分ではないのだと確信させられて。

 この二年。何をされてもいつか蒼星が来てくれる。それを拠り所にしてきた。


(裏切られた気がした。(けが)された気がしたっ)


 でも……だからって………。


「貴女を殺したいなんて思ってなかったっっ‼」


 どんな気がしたろうか。

 助けに来た当人に殺されて……。


(きっと、恨んで逝ったんでしょうね……)


 トロン、と目が、据わり始めていた。ついさっきまで懸命に生きようとしていたのが嘘のようだ。焼きついた光景が、次第に蓮姫を追い詰めてゆく。

 砂をまさぐる手が、何かに触れた。握り締める手に重みを感じてスッと、慈しむかのように月を見上げる。淡い月光で手の中の尖る金属が妖しく濡れた。


「蒼星……ごめんね……。今、私もいくわ」


 蓮姫は、手に持ったそれを逆手に掲げ振り下ろした。


      ◇  ◇  ◇


 とぷとぷとぷ


(何の音だ?)


 蒼星は背中に担いだ荷物を開ける。

 蓮姫を捜しに行く用意が整ったところだった。アリアムがこの国の王子だと分かった上は、これ以上世話になどなるつもりは毛頭なかった。


(二年前私たちを襲って好き放題した連中は、自分たちはこのアルヘナ国の王子御用達(ごようたし)だと言ったんだぞ‼)


 その王子がアリアムなのかそうで無いのかは今更もうどうでもいい。

 これ以上アリアムには関わりたくなかった。もう、気持ちを乱されたくないから。


 こぽこぽこぽ


(だから一体何の……な、なんだこれは⁉)


 二日前、あの老婆にもらったガラスの瓶だった。その瓶の中に水が入っていた。


(どうして……?)


 蓋は開いていない。なのにさらに水は増えてゆく。


(これが【真実の涙】? だけど一体、どうして……?)


 不意に、鳥肌が立った。

 とてつもなく嫌な予感がする。

 手早く瓶をしまい、蒼星は窓に手をかけヒラリと身を闇に放った。


      ◇  ◇  ◇


「蒼星。薬草を持ってきた。熱冷ましに良く効くそうだ」


 ドアを開けてアリアムが入ってくる。


「蒼星、君がこの国を嫌う気持ちも、少しは分かるつもりだ。俺だって……。いや、今はいい。だから、せめて薬くらいは……蒼星……? あっ!」


 軽く触れた途端に形だけ膨らんだシーツが崩れ落ちる。


「あ……あの馬鹿‼ あんな身体で、本当に死にたいのかっ!」


 廊下を走る。奥からシェリアークが歩いてくるのが見えた。


「シェリアーク! 速駆け用のラクダを出せっ。特別仕様のが一頭いたろう!」

「……いきなり何ですか。まだ立場をご理解されておられないようですね。この館をお出になるなら、わたしの操り人形になると一筆書いて頂かねばねえ。兄う……げっ!」



 喉元に掴み掛かられて首が絞まる。


「いいから貸せっ今すぐ出せっっ何にでもなってやるからさっさとしろ‼」


「い……ま、庭に出させます……から、これにサイン……を……」


 震える手で差し出された紙に、自らの血でサインをしたアリアムは、少年を放り投げて駆け去った。残された方は咳き込んでいる。

 スッ

 シェリアークのそばに音もなく人影が落ちる。


「若。お怪我は?」


 影。そのように形容するしかない人物が、そこにいた。真っ黒いローブを巻きつけて、顔もほとんど見えない。かろうじて、声から中年ではないかと憶測できる程度。そんな男が、先ほどまで誰もいなかったはずの空間の闇から湧いて出たのだ。

 咳き込みながらも、シェリアークは軽く睨む。


「コールヌイ……貴様。居たのならさっさと助けないか!」

「いえ。そのままの方がことが上手くいくか、と思いまして」


 しれっと言い放つ従者に、シェリアークは内心ため息をつく。小さい頃から仕えているこの男には、皇太子である自分ですら逆らえない何かがあった。単に苦手なだけかもしれないが。


「………まあ良かろう。それより、兄上を追うのだ。急いでいる理由を知りたい。無いとは思うが、もし逃げるようなことがあれば力ずくでも連れ戻せ」

「御意」


 風が動き、一瞬後。長く暗い廊下に少年の影のみが残る。

 年若い皇太子は、渡された血判を見ながら目を細め、うっとりと静かにつぶやいた。


「フッ。クックック、兄上。ドサクサ紛れで少しだけ不満ではありますが、貴方の【血の約定】、確かに頂きましたよ……! ククククク、ははははは……」


 深く静かな哂い声はしばらく続き、響く前に暗闇へと消えていった。


      ◇  ◇  ◇


「ど……どっち……だ……ハアハア」


 館を抜け出して一時間後、蒼星は街を巡る城壁の外にいた。蓮姫と同じように水路を通って来たので傷も熱も悪化していたが、休んではいられなかった。

 嫌な予感がますます強くなってゆく。瓶の水はまだ増え続けている。


「ハアハア……こっちかっ」


 瓶を掲げ、水音の一番大きくなる方角へ。蒼星は走り出した。


      ◇  ◇  ◇


 ざくっざくっざくっ

 速く走る為だけに品種改良されたラクダが、人を乗せて街の周りを疾走する。


(どこだ! どこへ行った蒼星! ちくしょお‼)


 アリアムが手綱をさばく。と。いきなりラクダが停止した。


「うわあっ。な、何をする! ……ん? これは……足跡⁉」


 月明かりに、濡れた足跡が光っていた。


「良くやったカーサ! このまま足跡を追ってくれ!」


 ラクダに命じて、手綱を緩める。カーサは心得たとばかりに走り始めた。

 その後ろに、砂と同じ色に溶け込んだ人影を付き従えて。


      ◇  ◇  ◇


 満月が照りつけている。優しい光が、蓮姫の目に、大きく滲んで広がっている。

 蓮姫は泣いていた。昼間の蒼星とちょうど体の逆の位置、胸にナイフを突き立て、横たわっていた。


「もうすぐよ……蒼星……もうすぐ、会える……ゴボ」


 砂が、胸元と頬、両方から流れる赤い水と透明な水、それらを静かに吸い込んでゆく。

 そして、蓮姫は気付いていなかったが。横たわる空間を球形に切り取るように、金と銀の光の粒が舞踊り乱舞していた。その粒は、砂に吸い込まれた水分のみを空中に吸い上げ、吸収しているようだった。

 なにか、目に見えない、とても大切なものと共に。

 言葉使いが幼い頃に戻っていく。


「死んだら、また、会えるよね……会いたい、なあ、それで……くす、また隠れん坊を、するんだあ……今度、ズル、したら……ゆるさないよお」


 月が次第にぼやけてゆく。涙のせいだな、と蓮姫は思った。


(蒼星……生きている内に、もう一度声が、聞きたかった、よお)

「蓮姫ぇ‼」

(? もう、死んだのかしら……でも、うれしい、つぁんしんのこえが、するわ)


 震える手を残る力で上にあげる。

 ガシッッ

 その手を暖かいものが包み込んだ。


「蓮 姫 ‼ 」


 目の前に、泣き顔の蒼星が、大きな月を背に静かにひざまづいていた。


      ◇  ◇  ◇


「蓮姫ぇぇ!」


 蒼星は泣いていた。蓮姫を見つけて手を取ったは良いが、血が、流れすぎている。これでは手の打ちようが、無い!


「つぁん、しん……むかえにきて、くれたの? ……うれ、しい」

「蓮姫……どうして……どうして、こんな……」

「ごめん……ごめんねぇ。わたし、あんなつもりじゃ、なかったの……でも……いたかったよね……」

「いいんですっそんなことは。全然、気にしてませんから……」

「つぁんしんをとられちゃったきがしたの……。つぁんしんのいちばんでいたかっただけなの……」


 息が詰まった。


「……貴女はバカです蓮姫、私にとっての一番は、貴女だけです!」

「また……なかしちゃ、ったね。いつも、なか、してばかりだね、わたし……」


 だんだん声が、聞き取れなくなってくる。もう、こちらの声も、届いてない。

 蒼星は泣いた。止めようという気も起こらなかった。体中の力を込めて首をふる。


「……なこと、ない……。貴女が、いなかったら……。私こそ、貴女に、なにも……」


 指に、指が絡まる。見ると、蓮姫は嬉しそうに微笑んでいた。


「ありがとう。大好きよ、蒼星─────………」

「ひ、め?」


 グンッ。いきなり腕の重みが増した。

 何かが、絶望的に千切れた音がした。


「イ、イヤダイヤダイヤダァァァァァァ!! これじゃあ私は何のためにこれまでっ!またっまた私に約束を破らせる気ですか蓮姫ええええええ―――‼ 」


 蒼星は目の前の現実を拒否した。世界から音が瞬時に消えた。満月で、空が水色だった。

 体の中がバキバキと乾いてゆく。

 こぽり……。水が鳴った。

 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を向けると、いっぱいまで液体の詰まった瓶が、荷物から転がった。

 口の端が吊り上がる。蒼星の冥い瞳の中に、ひと雫の光が灯った。

 その光の名前をひとは、狂気といった。


 『くらの海に浮かぶ鏡 真なる円なす金銀の砂よ

    火と土と水の契約により 我が願い聞き届けよ

     ヌン  オーム ウル マ ニ ラクル』


 呪文が、風に舞った。



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