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Grand Road ~グランロ-ド~  作者: てんもん
第七章 ~ On the Real Road.~
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第三十一話 『真実』



「な……に言って、んだよ……それ」

 その理解を超えた答えに、カルロスは質問し返す他に何もできないでいた。

 寒さが体を支配していた。両手で体を腕ごと抱く。

「真実を知りたいんやろ……何を最初はなっからキョドっとるんや? しっかりせぇ、目ぇ逸らすんやないで、カルロス。これは、真実や。

人間を、人類を殲滅せんとたくらんどる、俺ら全てをその遺伝子ごと恨んどる相手。ナニールやその赤い瓶、瓶に操られた者たち全てを支配し、動かしていた存在。俺はな、それが、この今俺たちが立っている【星そのもの】やって言うとるんやで」

 瞬時に目覚めて激昂した。

「な……そんな訳ねーだろうがッ!」

 認めるわけにはいかなかった。そんなことを認めたら、だって、それを認めてしまったら! 過去も未来も、あそこにしか人間は居場所なんて無いっていうのに!

「嘘だ!!!」

 カルロスは無意識に否定する言葉を叫んでいた。

「……やっぱりお前も否定するわな。そらそーや、否定から入るよな。それが当たり前や。なんも恥ずかしいことなんぞあらへんて。けどな、真実や。真実なんや」

 アベルが睨む。その瞳には、一欠片の温情も容赦も含まれない。

「なんで、なんで俺たちが星から恨まれなきゃいけねーんだよ!?」

 何か言わなくては。頭が働かないままにカルロスは質問を重ねていた。

「それを本気で質問しとる訳やないやろうなあ、カルロス。しっかりせえ。もし万が一ここで生き残ったかて、そんな浅い奴の下では働けんで? 考えてみい。俺らは元々どこの生まれや?どこの出身やった?」

「……あ」

 蒼白になる。

「せやろ? 俺たちは【この星で派生したもの】やないんやで」

 全身の血が凍りつく思いの中で、反論した。

「だ、だからって!」

「そう、星も、元々は後から移住した俺たちを受け入れようとしとったらしい。

せやけどな。いま現在、この星の固有種で生き残っとる種がどんだけいるか、知っとるか? せや、俺らがいつも目にしとる生き物たち、アレらのほとんどは、先祖と共にテラから来た者たちや。なら、この星特有の種はどこにおる? 空に咲く花ウレーネを始め、特殊な生き物たちはどんだけ残って世界に居る? 分からんやろうなあ。知らへんやろうなあ。そないなこと、今の人間は考えない。考えるはずなんあらへんて。考える意味がないからや。考える必要が無いからや。そういう生き物なんや、俺たちは。考える余裕が無いとも言えるんやが」

「……ッ」

 アベルの指摘に唇を噛む。確かに、考えたことなど、無かった……

「いまこの瞬間に、この時代に生き残っているアーディル固有種は、たった数十種だけなんよ、カルロス。俺たちの先祖がここに移民して住み付いてから約5千年。たった5千年や。その間に、数十億年の進化を乗り越えた、数百万種を数えたこの星生まれの種が、そこまで減ってしもたんや。 移民初期の乱獲につぐ乱獲。その後の惑星改造における絶滅。度重なる戦争と最終兵器の使用。そして、砂漠化。すべてがこの5千年における人間の所業、それらの影響なんや。ええか、カルロス。あの大災厄【大戦】においての後半の大破壊、その全てが、人類の作り出したガイアと精霊科学によって意思を固定化されたこの惑星アーディル自らの、俺らに対する悪意と拒絶そのものなんや!」

 膝の力が抜けてゆく。

「……そんな」

 心の中を黒い嵐が吹き荒れていた。

「そらそうやで。俺かて、同じ立場なら狂うとる。よそから来たエイリアンどもに地上と資源をいいように使われ。自らの生み出した命、遺伝子たちを根こそぎ奪われて喪わされ。それでも受け入れようとしたのにヘンテコな技術を生み出して同じエイリアン同士で戦争を始め、地表を、海を、空を、地下を荒らし、汚し、元に戻らないレベルにまで汚染して破壊した。狂うやろ、いくら星でも。意思があるものなのならな。けどな、それでも、俺らは【今】ここに生きているんや。同情したかて、同調したかて、その相手に殺されてやるわけにはいかへんやろ。

ははは、ハハははは。なんなんやろうな。先祖のしたことやで? なんで俺らがそのツケ払わんといかんねん。なんでそれでシィルが殺されなアカンねや。なんで、自分たちの先祖が悪いかて、俺らが大人しゅう従っておらなあかんねん!?

俺はなぁカルロス。機械と機械に巣食うこの星の意思と、そしてこの星そのものに絶望してんねん。俺の全てを奪ったやつには、その全てを奪うことで復讐したる。この星の大切な全ての固有種たちと、この星の命そのものを、根絶する。この星が悪いなんて思うてへんよ。悪いのは俺らの先祖や。そんでもな、そんでも、止められへん憤りってもんがあるやろがッ。どうせ同情したって謝ったって恨みが無くならへんいうんなら、いう通り恨まれるに足る存在にまで堕ちたるわ。それが俺の復讐や!!」

 アベルの顔が歪んでいた。笑顔のつもりの顔が歪んでいた。

「やめ……ろ! やめろアベル!! やめてくれ……」

 声に力が入らない。その言葉を繰り返すしか浮かばない。

「一気に説得力が無くなったで? 熱はどうした? 元気はどうした? お前のどの口がそれを言う? お前やって星に恨まれている生き物なんやで。疎まれている生き物なんやで。生きている間中、星そのもの、大地や海や空から恨まれ続けるんや。過去も未来も先祖も子孫も全部、生きてる間中世界の全てから憎まれ続けるんや。生み出された機械たちに大切な者を殺されまくるんや。基地をいくら壊したって、星を止められへんかったらいつまでも幾らでも機械体は作られてゆく。殺されてゆく。お前がどれほど星を愛して、同情したかてな。どうしようもない。そんなん、許せへんやろ。……この場所な、どこだか分かっとるか?ただの深い地下やないんやで? 硬い地殻の下に流れる星の息吹、星の血潮、星のマグマ、その対流エネルギーの流れの生まれる場所、大深度下部マントルや。普通の転送装置では来れない場所や。生きとし生きる者の存在できない、星の生命そのもののエネルギーが生まれる場所。この星の愛する固有生物が消え去ったことで、行き場の無い生命エナジーが充満して破裂しそうな場所。そこに隠された浮遊する球形基地の中や。

このすぐ下には星の【核】が存在する。その超圧力により液体金属化した水素を中心とした、液体金属の核がな。その星の核を破壊する。今いる場所はこの星の核に近い深度の下部マントルや。もう、すぐそこまで来とる。さっきまでいた場所からさらに下って近づいとる。その移動設定を終えたところでお前が来たんや。いい時間稼ぎ、いい時間つぶしをさせてもろた、感謝すんで。この巨大基地全てを核のそばに移動させ、爆破するんや。見ものやで。星の死、や」

 その時間稼ぎに騙され、おれは有利にことを進めていると勘違いして叫んでたのか。説得していたのか。悔しさと恥ずかしさで全身が震えていた。けど、それでも。

「そんなことしたら、星そのものが吹っ飛んじまうじゃねえかよ!」

 下だけは向くわけにはいかなかった。

「そうかも知れへんな。けどそないなこと知らんがな。運良く星の意思だけ消えるかもしれへんやろ」

 アベルの理屈を理解しても、受け入れる訳にはいかなかった。

「そんな都合の良い、分の悪い賭け乗れるかよアホんだら!」

 チクショウ、畜生! 自分の無力さに嫌気が差す。憤る。けれどそれでも、膝をつくわけには、いかねんだよクソッタレこん畜生!!

「お前にハナシに乗ってくれなんて頼んでへんやろ。俺ぁ邪魔あするなと言うとるだけや」

「馬鹿野郎……! 邪魔、するに決まってるじゃねえかよぉぉ!」

 そう答えながらもカルロスはずっと震えていた。

 全身を震わせていた。

 自分たちはずっと、大地からも、海からも、空からも、地下からも、土からも水からも空気からも、自分たちが生まれて存在する場所の全てから、疎まれて、恨まれて、憎まれてきたっていうのか。これからもずっとそうだっていうのか。生まれた時も、子供心に空を見上げて歓声を上げた頃も、大地や海の恵みに感謝の祈りを捧げた時も、大切な誰かと眺めた景色ですらも、その全ての時、全ての時間、全ての場面で全ての場所から憎まれ恨まれ疎まれていたっていうのかよ! それが死ぬまで続くっていうのかよ!

 過去も未来も今現在も。ずっと、あの大地にいる間ずっと、それが続くっていうのかよ!

 カルロスは今こそ完全に、アベルの絶望を理解した。

 それは、確かに絶望としか言い様が無い話だった。

 直接自分たち個人に罪が無いことで、過去現在未来永劫憎しみをぶつけられるのだ。そして、テラにも戻れず、他に行く宛も場所も無く既に星間移民の技術も無い自分たちは、それを知ってもなお、ここに留まり続けるしかないのだ。生きてゆくためには、耐え続けるしかないのだ。それも、改善の余地も解決の答えもゼロのままに。

 永劫の地獄。

 永遠の牢獄。

 恨みつらみの無意識の洪水。

 知らなければそれで良かった。恵みをもらっていると勘違いしていられた。

 だが、知ってしまったら、逃げられない。

 忘れることすらできはしない。

 毎日、感じてしまうからだ。

 この酷い現実が、気候が、実りが、収穫が、世界の現状の在り様そのものが、ただの【世界からの罰】だということを。

 震えて肩を抱きながらアベルを見る。

「いまの話聞いても邪魔するんか?」

 歯を食いしばり、声を出す。

「アンタの憤りは……理解したよ! ああ、あぁ、クソったれの酷ェ話だ! けど、それでも、ここにはまだおれの大切なものたちがいっぱいあるんだ! いっぱいいるんだ! 見逃すわけにはいかねえよ……たとえ、大地や海や空に憎まれていてもな。ふざけんな、ふざけんじゃねえ! こっちは疎まれるのなんか、生まれつき慣れてんだよドチクショウが! それに……約束も、しちまってるしな」

 ゆらりと、無意識にひざをついていた少年が立ち上がり武器を構えた。それでも顔だけはずっと前を見ていた。泣きながらも瞳に力が戻っている。

 その様を、青年がまぶしそうに、羨ましそうに眺めていた。静かに言う。

「そうか……それでも立つんか、お前は。なんや、なら、やっぱり息の根止めるしかあらへんやん。お互いな……」

 泣きながら少年が叫ぶ。

「……それ以外は考えちゃくれねえのかよ、やっぱり!」

 それを見て、青年は軽く微笑んだ。それはもしかしたら、この五年で初めての、心からの微笑みだったのかもしれない。

「……お前は優しいな。せやけどな、優しさだけでは救えんもんもあると、教えたるよ」


       ◆  ◆  ◆


 誰もが心に空白を生んでいた。

 誰もがまともに立っていられず体と心をを傾けて、誰もが瞳を見開いていた。

 誰も、何も言葉を発しない。誰もが固まり動けなった。

 誰もが、否定したくても拒否できない言葉に心を侵食されていた。

 守ろうと思っていた。

 綺麗だと心躍った。

 親しみを持って祈っていた。

 未来が良くなるように願っていた。

 頑張れば良くなると信じていた。

 その全てが、無駄だった。

 その全てに、世界が悪意を返していた。

 世界が全ての元凶で、世界そのものが全ての敵だった。

 自分たちは、誰もが無知な子供たち、無自覚な罪人で、無意識の楽観主義者で無邪気な邪気の塊だった。

 希望は全てが反転し、世界は永劫に祝福してくれていなかった。

「……そんな、馬鹿な………」

 誰かの言葉がひとつだけ、ぽつんと浮かんで流された。


       ◆  ◆  ◆


「そんで? どうするつもりや」

 アベルが剣を構えて聞いた。

「そこを退けアベル」

 少年の瞳が決意を込めて据わり、涙が引いて光っていた。

「退かせてそんで、どうするつもりやカルロス」

「そこを、退いてくれアベル」

 少年がまだ熱の残る瞳で一歩を踏み出した。

「答えろやガキ。ここを突破して、そんでどうするつもりやと訊いとるんや!」

 青年が、死相のままに剣を掲げた。

「止める」

「なんやと?」

 少年、カルロスが答えた。

「全部おれが止めてやるっつってんだよソコ退けや諦めきった死に掛けのクソったれた弱虫があああああ!!!」

 怒髪天を突いて怒鳴っていた。

「……」

「まだなんも終わってもねえことで、終わったつもりンなって悟ってんじゃねえぞ頭でっかちのスットコどっこい!」

 一歩、一歩近づいてゆく。

「それは、諦めることができへんのは、お前の頭が悪いからやないんかい」

 アベルも引かずに構えて返す。

「そうかもな。確かにおれは馬鹿だよ。馬鹿野郎だ! けどな、それでも、おれは諦めねーよ。馬鹿だからな。おれはまだここにいる。命がある。心がある。馬鹿にも馬鹿なりに大切なもんがあるんだよ。ならば止まるまで動いてやるぜ、まだ、動けているうちはなァ……!」

「……理屈もへったくれもあらへんな」

 心底呆れた声が聞こえた。

「知ったことかよリクツなんてよ。馬鹿だっつったろーが阿呆ヤロウ。おれにはまだやることがある。約束がある。夢がある。目標がある。ダチがいて、妹がいて、下僕がいて、部下がいて、家族がいて、仲間がいるんだ。そこに世界の意思なんぞ関係ねェよ。ねえんだよ、あってたまるか。

商会も潰すわけにゃいかねーし、妹と悪友の結婚式も邪魔してやらなきゃならねーし、ウダウダ言ってくる街のやつらも相手しなくちゃならねえし、ダチに借りも返してねえ。ああそうだ、女中頭に子供が生まれるらしいんだ、名付け親に指名されちまったから考えなくちゃいけねえよ。あちこちの街や国で知り合ったやつらにお礼に行かなくちゃいけねぇしよ。世界を救うなんて片手間なこと、これ以上手間かけるわけにはいかねえんだよ。……ああ、世界が敵なんだっけ? それがどうした!

おれなんて生まれたときから親が敵だよ。その程度のことで意識無くして死んでたら、今まで命や心がいくつあっても足りちゃいねーんだよコンチクショウがッ!」

「……」

「おれを止めてェなら、首を刎ねて目ェ潰せよ。心臓をえぐってぶちまけ踏み潰せ。それまでおれァ、止まらねえぞこのヤロウ!」

「……理屈を理解せえへん輩は、これだから始末に終えへんで……ッ」

 アベルが睨んで憤りの声を上げた。これまでにも色々あったのだろう。

「知るかボケ。退かねぇンなら押し通る。それだけだ。構えろアベル。死に掛けだろうとぶち倒して通り過ぎるぜ……!」

 青年が息を荒げて上段に剣を構えた。少年も歩きながら無造作に鞭を構える。両者の距離が縮まって、二つの影が叫びとともに重なった。



「……無理や。解決する方法なんぞ、あると思うてるんか……ホンマに」

 全ての力を使い果たし、全身を弛緩させて遥か天井まで続く柱にもたれるアベルが、意識を振り絞り視界に映る背中に向かって口を開く。

「あほか。【完璧な解決方法】なんざ、どんな問題にだって、この世界にある訳ねーだろーが。いや、どこの世界にだってな」

 カルロスだった。倒れて虫の息のアベルを背負い、巨大端末のふもとまで運び、柱に横たえたその足で中心に向かっていた。歩きながら喋っている。

「そんなら、どう、するいうんや、お前は……」

 一息しゃべるごとに命を持っていかれそうに顔をしかめる青年が、それでも質問を止めずに訊いた。

「抗うんだよ、抗って抗って抗うんだ。

この世にはよ、どうしたって、完全な解決方法なんて無―よ。ある訳ねえだろ。全員意識も考えも違うんだからよ。しかも、人間以外の意識とやらまでありやがるときた。カオスにも程があるぜ。

完全なんて夢物語存在しねェ。夢見る頃は過ぎる頃合いさ、せいぜい妥協して生きてかなきゃならねえんだ。意識が無くなるまでずっとな。けどな、そりゃ、単になんも考えないで妥協することでもなけりゃ、冷めて諦めて妥協するもんでもねえんだよッ。

おれはそう学んだんだ。それを教えてくれたのは、ナハトであり、アリアムであり、コールヌイであり、リーブスであり、そして、アンタだ。アンタなんだぜアベル。抗って抗って全力で抗って、そんで妥協点を模索してくんだ。前のめりで倒れながら折り合いをつけて掴んでくんだ。それが本当の意味の【妥協】ってやつなんじゃねーのかよ。おれはそう、色んな奴から教わったよ。この数ヶ月でそう教わったよ。お前は、教わらなかったのか? 違うよな。そんな訳ねェよな、アベル。アベルさんよォ!」

 向き合わないままで、向こうを向いて歩き続けながら少年が突きつける。

「………なら、……」

 どうするというのだ。重症の吐息に消えた語尾がそう届いた。

「この基地そのものを転送させる。この星の中から外へ押し出してやる! 宇宙っていう巨大な外の空間になッ!!」

 目を見張る。そして小さくかぶりを振る。

「無理、や。そんな、エナジーなんぞ……残って、へんよ」

 諦めや。もう間に合わん、最期の花火を見物して語ろうや。

「なんとかするんだよ諦めんな! この顛末を招いた一端が諦めてんじゃねえ! おれはここが好きなんだ。ここに居るやつらが好きになったんだ! ようやく好きになれたんだ! だから、諦めねえ。死んだって諦めてやるもんかよ!」

「やっぱり……無理や。端末、操作が必要な、んや。何時間もの、な。お前には色々教えたが、打ち込み方、は、教えたらん……かった。教える時間はもう、あらへん。打ち込む時間、すらあるか、どうか……。俺は、もう動けへ、ん、無理、や……」

 少年が巨大端末の下にたどりついた。

「……アベルさんよお、【無理】が口癖になりかけてんぜ。確かにアンタには、打ち込み方は教えてもらえなかったな。けどな、それでも一ヶ月傍にいたんだぜおれは?」

 顔の片側だけ階段の下に向けて意味深に薄く笑う。階段の下の大柱の根元の男に。

「それが、どないしたいう……?」

 意味深な笑いが顔全体の笑顔になって弾けてとんだ。

「門前の小僧って言葉の意味、とくとご覧にいれてやるぜ! ごろうじろこの【無理無理】野郎!!」

 そして両手を動かした。指揮棒を振るかのように両手が上がり、ピアノを弾くかのように指が動いた。

 柱にもたれて座りこんでいたアベルは目を見張った。目を疑った。早くは無い、スピードはないが、それでも確かに少年は打ち込みを始めていた。

「お前……」

「おれの力じゃねえよ。これが、人間の力ってやつさ」

「人間……」

 それは青年が真っ先に諦めたものだった。

「おれは諦めねえ」

 それは青年が一度も唱えたことの無い言霊だった。

 ゆっくりと、それでも手を止めずに少年は話し続ける。

「アンタのたった独りの絶望を、一緒に持ってやれなくて悪かった。気付けなくて済まなかったぜ。けどな、それでもおれは、諦めたくねえ。だいたいだ、まだ全然、妥協点を探す努力もしてねえじゃねえかよ!」

「妥協点て、お前……意思の疎通の、でけへん相手やぞ……」

「意思の疎通ができなくても、感情の疎通はできてんじゃねーかよ! なら、妥協点の探し様はあるはずだぜ。こう見えてもおれは商人なんでね、妥協点を探しもせずに取引を破綻させるなんてこたぁ、できねぇんだよクソッタレ!!」

 色々あってハイになったのだろうか、爆笑しながらも少年は打ち込みを続けてゆく。

 ちゃんと間違いの無い手順だった。自分の組んだ自爆プログラムが書き換えられて消されてゆく。完全には消せないだろう。小規模でも自爆は必ず起こるだろう。それに不完全な打ち方で、しかも遅い。全てを書き換えるには間に合わない。けれど、少なくとも、宇宙に飛ばすプログラムだけは描けていた。ちゃんと描けていた。

 門前の小僧。

「……いつの、間に」

 目だけでなく開いた口まで塞がらなくなった。

 アベルは少年の姿から目が離せなくなっていた。

 プログラムだけ換えれても、エナジーが足りていない。それでも、それを口に出すような野暮は、もうアベルにも言えなかった。

「大丈夫だよ、アベル」

「!!」

 一瞬、朦朧として視線が外れたアベルが、驚いてもう一度少年に焦点を当てる。

「根拠なんてねェ。あるはずもねえ。けど、大丈夫だ。きっと上手くいくさ。そう思ってろよ。思い描くイメージですらも負けてんじゃねェぞ馬鹿野郎」

 アベルはずっと凝視していた。少年の打ち込みは続いてゆく。

「あるはずだ。必ずあるはずだ! 針の穴を通すほど見つけにくくても、妥協点はあるはずなんだ。おれたちは憎まれても仕方ねえかもしれねェ。全てを知ったおれたちは星を許してやれないかもしれねェ。けど、それでも。おれは必ず見つけてみせる!! 見つけ出してやる!! だからアベル! アンタもそれまで死ぬンじゃねえ! せめて見届けるまで生きていろ!! 生きていやがれってんだ! 悪い方ばっか見て悪くばっか考えてんじゃねえ。前を見て笑い飛ばしてやれよ! 分かったか理解したか刻み込んで忘れンなこの頭でっかちの空想癖のへタレ根性玉無し野郎!!!」

 貶されたのに、とてつもなく気分が爽やかだった。

 あれほど貶していた相手が、あれほど自分よりも下に見ていた相手が、いつの間にか自分の器を追い越していた。

 アベルはそれに気が付いて、とうとう初めて腹の底から爆笑した。

 まだまだだ。器だけが大きくて、ガタガタでボロボロで、中身がダボダボに漏れて零れ落ちていた。

 それでも器だけは巨大だった。

 この少年一人では何一つできないかもしれない。

 結局今だって、何ひとつ解決していない。できていない。

 ただ単に、威勢良くタンカを切って誤魔化しただけだ。

 だが、それでも心に響いてしまった。

 自分ならば、手直しして修正して補強してやれるかもしれないと思ってしまった。この少年そのものを補強してやれるかもしれないと思ってしまった。

 そう思わされた時点で負けだった。

 爆笑するのが止められない。

 自分はもしかしたら、誰かに「大丈夫」と言って欲しかっただけなのかもしれない。

 青年は自分でも意外な程心が綺麗に晴れていた。

 世界の終わりの一つが迫っていた。

 なのに。

 笑顔を忘れた青年が、涙を浮かべて笑っていた。




           第三十一話 『真実』  了.


           第三十二話 『足掻くということ1〜人々〜』に続く……

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