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Grand Road ~グランロ-ド~  作者: てんもん
第七章 ~ On the Real Road.~
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第二十八話 『接近と、遭遇と 〜地〜』


『━━━━━━━━━ッ!』

 甲高い、鼓膜を震わせない金切り声が、天幕群に響き渡った。

 悲鳴のような息を吐いて、半透明の青い髪の女性が目を覚まし体を起こす。物理的にはほとんど空気の移動を伴わない精霊体が、息を荒げた姿を人目にさらし、哀しげな視線を辺りに回していた。その半物質化した点滅する幻影の瞳に光るものは、もしかして涙、だろうか。

「気が付いたか。気分はどうだ?……といっても、俺たちの医者や薬が効くとは思えないから、気休めで申し訳ないんだが」

 枕元の椅子から青年が声をかける。アリアムだった。

 青い女性の姿はどんどん薄まってきていた。既に、生身の人間が触れるのも限界に近く、アリアムにはベッドから起き上がる背中を支えることすらできなくなっていた。

 ナーガ達から任された青い女性ゲフィオーン、彼女が意識を取り戻しそうだという報告を聞いて、アリアムは編成中の部隊をリーダー達に任せて駆けつけてきていた。うなされて悲鳴を上げる女性に、見ているだけで何もできなかったことが、アリアムに気遣うような難しい顔をさせていた。

『ここは……』

「アルヘナ国首都イェナ……だった場所に天幕を張った仮宮殿の一室だ。ちなみに俺はアリアムという。ナーガから貴女を預かった者だ。安心してくれていい」

 その言葉に、ゲフィオーンは目を瞠った。もう一度じっくりと目を合わせる。ようやく意識が焦点を合わせて止まっていた。

『アリアム……王……? 申し訳ありません。このような姿をお見せしてしまいまして、無礼を許していただけると良いのですが』

 恥ずかしそうな姿。その優雅さは、衰退する人類の文明がどこかに失った郷愁を伴って、似合っていた。

「気にするな。詳細はだいたい聞いている。……ほとんどの力をナーガに譲渡したらしいな。無理はしないでいい」

『ありがとうございます。でも、同情は必要ありませんよ。自分にできることは、やれたと思いますから。それよりも、もうすぐ消滅する存在に対してまで、ベッドを貸していただけるなんて……恐縮ですわ。お優しいのですね』

 青き女性がふわりと風のように微笑んだ。

「女性、それも仲間が世話になった女性に礼を尽くすような当たり前のことに、恐縮は必要ないさ。それより、気分はどうだ。大丈夫か? うなされていたようだが……精霊体も夢を見るんだな、不思議な気分だよ」

 それを聞いてゲフィオーンがふわりと笑う。

『精霊体といえど、もとは半分人間ですから。ポテンシャルもほとんど残っていなくて、どちらにも特化できず半実体化していますけどね。普通は確かに夢は見ませんが、情報密度が混乱しているときには、過去の肉体情報が台頭してそうなるのだそうです。それでも、確かに珍しいことですけれど』

「そうか」

 アリアムは、静かに青い女性の瞳をみつめた。

「俺は、ナーガの中にいるというヘイムダルも、今は仲間だと思っている。他の皆も同様だと思う。特に、先日の全星放送を聞いてしまった後ではな……二度と、仲間を疑いたくはないものだ。だから、貴女と貴女の中の存在がどうだろうと、仲間の恩人は恩人さ。感謝する。心から。今までずっと、ありがとう」

 誠意ある言葉だった。その言葉にゲフィオーンは静かに大きく破顔する。

『ありがとうございます。ところで、それはそうと、そのナーガの存在が感じられないのですが、どこかに出かけたのでしょうか。個体探索に使えるだけのエネルギーがもう残っていなくて、分からないのです。通信も、お恥ずかしながら、もはや今のエナジー密度では受信しか出来なくて、送信ができない状態なのです。急いで、大至急伝えなければいけないことがあるのですが……いつごろ戻ってくるのか教えていただけないでしょうか……?』

 珍しいことに、いつも冷静だったゲフィオーンにかすかに焦りの色が見えていた。

「あ、いや、あいつらなら、先遣突撃隊として月に向かった。だからすぐにここには戻れない。なにせ、ナニールの数日しか保たない封印が解ける前にやらないといけなかったからな。すまないとは思ったが、貴女が起きるのを待つ訳にはいかなかったんだ。何か伝えたいことがあるのなら、教えてくれれば後で伝えよう。上手くいけば今夜にも、ゲートが開いて第二陣を送り込む事ができるはずだ。俺も部隊を率いてついていく。さすがに宇宙には、手鏡型の通信鏡では繋がらないみたいだからな、時間がかかるのはすまないが……」

『なんですって!?』

 アリアムは知らなかったが、この500年で初めてゲフィオーンが声を荒げた。

「ん、なんだ、何か問題でもあるのか?」

『なんてこと、そんな……』

 ゲフィオーンは可憐に透き通る青き瞳を見開いて、震える両手で顔を挟み、ワナワナと全身をくゆらせたままベッドの上でうつむいた。

「……どうしたっていうんだ?」

 500年を超えて、人を捨てて生き抜いた女性が少女の様に震えている。その異様さに、アリアムの問い掛ける声が我知らず厳しくなる。

『……消滅する寸前のお陰で、思考封印が解けたのです。思い出しました。こんな大事なことを封印されていたなんて、忘れていたなんて……なんてこと、いったい誰に封印などされて……こんな深いアクセス権限を……これを、彼らに伝えなければ……いけなかったのに……。事前に心構えをしておかないままに知ってしまったら、この情報には誰もが心を折られてしまうかもしれないというのに……!』

 女性が存在を揺らしたままに歯噛みした。

 その言葉にアリアムが腰を浮かべ、きしむ音を響かせて椅子が床に転がった。

「なんだと!? なんだ、それは!? いったい何の話をしてるんだおい!?」

『……それは、……』

「教えてくれ、いったい何の話なんだ!? さっきうなされていたことと何か関係があることなのか?!」

 ゲフィオーンは、躊躇しながらもアリアムに向き合い言葉を探し口を開いた。

『敵の、本当の、黒幕は……彼を操っていたのは………だったのです……。ここに生きる我々には、信じたくない情報です……知らないほうが幸せだった。でも、それでも生きていくためには、乗り越えなくてはいけない。決戦前に知って乗り越えなくてはいけない情報でした、でしたのに……!もっと早くに、思考封印が解けていれば良かったのですが……我々の落ち度です、すみません……!』

 聞き取れた名前に、アリアムの思考がストップした。なんだ、それは?

「……は? 何? なんだって!?何を言ってる!? なんだそれは?! いったい何の冗談だ? あるはずがない! そんな、馬鹿なことが……っ」

 アリアムはその言葉、その名前に唖然とするしかなかった。そんな馬鹿な。それでは、我々は、もとよりずっと、最初から……

『事実、です。事実なのです、恐ろしい話ですが。我々はまさに、四面楚歌の存在だったということです。全てに疎まれた存在。全てに憎まれ恨まれた存在。全ての愛を受け取れ無かった存在だった、ということです。どこにも居場所の無い者たち。心寒い話ですが、それでも認めないといけないのだと思います。これからも存在し、生きていく為には。 しかし、まさか、伝えられないままになってしまうなんて……不覚でした。戦いのさなかにいきなり聞かされたら、致命的な隙になってしまいかねないというのに。誰だって、どんな猛者だとしても、寄り添い根を寄せる存在が必要だというのに。それが敵だったなんて……我々としても、信じたくない情報でした。なのに……いったい、誰がいつ思考封印なんて……不覚でした……』

 その信じられない告白に、アリアムがよろよろと、落ちていた腰を静かに上げた。片手でこめかみをつかみ、力無く握り締める。

「……………ばか、な……そんな、それが本当ならば、俺たちは一体……何のために。あいつらが、一体何のために命張って頑張ってると思ってるんだ畜生! あいつらは、カルロスやナハトたちは少しでもここを、生きている場所を良くしようと、星の皆の為に頑張ってるんだぞ、頑張ってきたんだぞ。辛さを表に出さずにずっと。なのに……酷すぎる、酷すぎるだろうが? そんなんアリかよ、あっていいのかよ?! いいや、あってたまるか! あってたまるものかよクソッタレ! 酷すぎるだろう、そんな、そんなことが、そんなことがあってたまるわけ、ないだろうが………………ッ」

 アリアムの悲痛な叫びが天幕の外までこだまする。その足掻きの声は、壁の残骸と風にちぎられて、そして粉々になって消されていった。


        ◆  ◆  ◆


「さあ、接舷するよ。あたしらがオトリになって突撃するから、潜入班は頼んだよ」

 月の裏側、ツルツルした人工の金属の面を見せている姿を横目で見ながら、ルシアは集まった皆に向かって最後の確認を済ませていた。

 計画はこうだ。ルシアたちが、500年前に突入した場所から船ごと突入し、かく乱する。その間に、直前に船から宇宙服で降りていた潜入班が隠れて進みながらサブシステムとゲートを目指す。そして最後に、警備システムやカメラなどを混乱させる妨害電波を発する船の確保と護衛のための後詰め班。どこも簡単では無い。激戦になるだろう。だが、生きて戻るためにはどこも負けてはいけないのだ。

 そして全ての言葉を言い尽くし、ルシアが皆の目を見渡して、口を開け、

「さあ、いくよみんな! ここからが正念場だ、全員ここで全てにケリをつけるつもりでやりな。そして生きて帰れ! ミッション開始だよ!」

 合図の言葉を口に乗せた。


        ◆  ◆  ◆


「さあて、どうやらこれで、全部終わったようやな。手間取らせてくれよってからに」

 アベルの前に、全ての機械体製造システムの中枢である、巨大端末がそびえていた。何時間もかかったが、その端末をアベルはようやく支配下に置いたのだ。

 その後ろ、背中の向こうの通路には、無数の小型機械体の骸の群れが転がっていた。

 驚いたことに、その残骸の後ろには、地下の工場なのに地平線が見えていた。俯瞰した先に消失点が存在していた。これまで壊してきた機械体製造基地、そのどれよりも、広大な空間だった。球形だということが分からなくなるくらいの、キロ単位の大きさを誇っていた。

 そこに、無数としか数えられない、膨大な数の守備型機械体が煙を上げて重なっている。

 満身創痍、全身から血と湯気を垂らしながら、コンソールに指を置き、青年は未だ立ち続けていた。コールヌイとの闘いや病に冒されたその体で、それでもこの巨大基地を、たった一人数日でアベルは支配下に置いていた。眠ることなく、休むことも無いままで。

「……えらく、かかってまいよったな、ここまで」

 落ち込んだ眼窩で、それでも生気を失わない瞳で、見上げて呟く。

 空と見紛う空間に、山のように巨大な端末がそびえていた。真上にすら消失点が出来ている。大深度地下に造られた、巨大なカプセルの内側に。

「これでも【端末】ゆうんやから恐れ入るで。せやけど、仕舞いや。支配下に治めたで。これで、全て仕舞い。ナニールの歪んだ夢も。その後ろのあいつの憎しみも。俺たちの苦しみも。全てが、これで……」

「いんや悪いが、まだだぜ、アベルさんよ」

 その背中に少年のふてくされたような声がかぶる。

 アベルが面倒くさそうに体の正面を後ろに向けた。

「アンタを止めにきたぜ、アベル」

 アベルがかすかに目を細めた。錯覚なのか、なぜか見慣れた少年の小柄なシルエットが大きく見えたのだ。

 以前とは比べ物にならないほどに強い視線で真正面を射貫いた少年が、こちらを見据えて立ちそびえていた。

「でけぇトコだな、ここは。機械体の残骸が道になってなかったら、アンタのとこまで来れないところだったぜ」

 少年が肩をすくめて言う。

「せやろ? 地下3000キロの超々大深度地下にある、直径5キロの球形空間や。岩盤やら地磁気やらが邪魔をして、普通の転送装置では届かへん地獄の底。お前ら封印者の遺伝子情報と一年以上のエナジー供給で、ようやく届いた機械体の巣の親玉やしな」

「……大活躍だったみてーだな」

「なあんの事かわからへんなあ? これは血糊ちのりや血糊。演出や。あんな小型の機械体程度、俺が遅れをとる謂れなんぞあるかいな」

 血の滴る青年が作り笑顔でおどけてウインク。

「……万じゃ足りねえ数だったろ。この数日寝てねえンじゃねえのか? そんなんで大丈夫かよ。言い訳はきかねーんだぜ?」

 アベルは心の底から深い深いため息をつく。

「まさか、お前が来るとはなあ。あの転送装置の謎、お前が解いたんか?」

「ああ、だから、ここにいるんだろ」

 そう、カルロスは装置を見つけ出していた。

 基地の一番最地下の、ゴミ焼却装置そのものに見えるそれを、見つけたのだ。

 それは、どう見ても転送装置には見えない代物だった。カルロスも、始めは信じられなかった。だが、あまりにも皮肉が効き過ぎていた。誰も居ない岩山の地下室に、延々と赤々と稼動し燃えるゴミ焼却装置とは。

 中で玉が燃えるように光を発していた。だが、決して熱くはなかった。紅いものは炎では無い何かだった。そしてそれは、蓋を開けてもそのままだった。

 使い方は見れば分かった。赤色の中に飛び込んで、玉に触れるだけだ。座標は固定されて動かなかった。飛び込むのに割と勇気は要ったが。

「アンタにしちゃ出来の悪いクイズだったからな。それに飛び込むだけなら、今のおれにはもう躊躇は必要ないんでね」

 気負いもなく胸を張って答える。

「そっか、大したもんやな……で、何しに来たんや? 見ての通り、せっかくの勇気も、ほんのわずか間に合わなんだみたいやぞ。そこでじっと見てるなら居させてやってもええ。それとも、この期に及んで邪魔するつもりなんか、あ? カルロス?」

 アベルも泰然と構えていた。自らの血にまみれたままで、泰然と。

「へえ、どうやって?!とか、なんでお前がここに!とか、お約束の台詞は何にも言わねーんだな」

「言って欲しいなら言うたるで。ただの無能は仲間に選んでおらへんよってな」

「へえ、そっか。一応、評価はしててくれたんだな。嘘でも何でも嬉しいゼ。けど、その口調だと、おれ程度じゃ来たところでなんの障害にもならねーみたいな言い方だよな?」

 カルロスが懐に腕を入れ、入れたまま何かを握り構えて言う。

「事実やろ。来るのは、コールヌイか、アリアム王かと思っとった。色々話もしたい思うたんで、招待差し上げたつもりやったのに、釣れたのは雑魚だけか。しょーもな。ただの無能やないし、ここに来れないほどへタレでもなかったようやけど、そんだけや。お前はその程度の存在や。事実、お前は間に合わへんかった。もう、ここは俺が掌握したで。これで仕舞いや。出張ってきてもろうてご苦労さん。けどスマンけどもうやること無いんで戻ってくれへんか、ほれ回れ右、右」

 しっしと片手で追い払いながら、アベルも背中から剣を抜いて答えていた。

「いやいやそういう訳にも、いかねーんだよな、残念ながらよォ」

 約束があるんでね。少年が苦笑いして鞭を伸つかんだ腕を伸ばした。

「……もう一度聞くで、止められると思うてるんか?」

 そう聞いたアベルの視線が危険な色を帯びていた。【お前程度に】、言外の台詞が少年に突き刺さり、熱振動剣がうなり始める。

「そりゃその為に来たんだっての」

 無言のナイフが届いても、少年は激昂もなく気負いも変化もしなかった。

「……」

 アベルが無言で構えを取った。目つきが刺さりそうなほど細くなる。

「怖えな、さすがに。普段のアンタじゃ逆立ちしたって敵わねーんだろうなあ、きっとよ。今の手負いのアンタでも、難しいかも。けど、それでもな。約束しちまったもんでさ」

 カルロスも鞭を二振り両手で構え、正眼をとる。

「止めさせてもらうぜ、アベル」

 カルロスの視線からも笑みが消え、そして衝撃の風と共に音を残し、二人の姿がかき消えた。


        ◆  ◆  ◆


 時間の途切れたどこかの空で、少年の体を持つ何かが蠢いていた。

『く……は……ハ………ク…ク……』

 言葉にならない声が憎悪と共に流れ出す。

 ナニールの声ではない。そのさらに深いどこかから聞こえていた。

 封印された空間で、少年の中のナニールの更に奥底から、絶望の悲痛のうめきが流れ出ている。

 少年の姿をした何者かが少年の口を借りて、閉鎖された空間の大気を震わせる。白目だけが浮かぶ瞳に、とめどなく涙が溢れていた。血液が血管を逆流する。シナプスのパルスが億倍に増大し、レントゲンの粒子のように頭蓋ごしに脳を映して照らしていた。

 ぱき、ぺきり。有機体とは思えぬ開放音を奏で広がりゆく口蓋の底の方から、

『ひゅぅりいぃいい、ぎゅあういぃぃ、いぃぃぃいぃりぃぃいぃ……』

 聞こえた者の魂が凍るほどの悲しみを放ち、澱んでいた。

 誰なのだ、これは。

 ナニールではない。ましてやシェリアークでもない。

 誰とも何とも言えない‘それ’は、悲しみに潰されそうな憎しみで、空に声を放ち続ける。

 どことも知れない空間で、いつまでもいつまでも狂った声がこだまし続けた。



           第二十八話 『接近と、遭遇と 〜地〜』  了.


           第二十九話 『こだまするもの 〜陰〜』に続く……


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