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Grand Road ~グランロ-ド~  作者: てんもん
第七章 ~ On the Real Road.~
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第二十七話 『接近と、遭遇と 〜宙〜』

「どうやら、おいでなすったようだねぇ」

 副操縦席に包まれた小柄な老婆の落ち着いた声が、有線インカム越しに船内に響き渡った。

 地上を離れ、既に6時間近くが経過していた。

 月面の観測機器に見つからないよう、大きく迂回しながら裏側から月に向かうコースをとる。その行程もそろそろ道のりの半分が過ぎようとしていた。

 皆が緊張し、声をひそめていた。先ほど説明されたことを反芻はんすうする。摩擦によるブレーキの効かない宇宙では、減速の方により時間がかかる。だから、距離は半分でも、かかる時間工程ではまだ三分の一というところだろう。そして、その減速の間が一番無防備になる時間だから邪魔するな、と念を押された操縦室にいる全員が、じっと席について待機していた。

 そろそろ減速に入る頃合いという、その矢先だった。ルシアが見守るレーダーに、一筋の輝点が現れていた。


 打ち上げ直後の重力の鎖、数分間もの間、正面から背中側に押し付けられる普段の体重の数倍の負荷を生まれて初めて体験した面々は皆、惑星【アーディル】を脱した直後は息も絶え絶えの様相を示していた。だがそれも数十秒の間だけの話だった。

 誰もが息を整えて、周りを見回す余裕を見せていた。さすがに皆、突撃部隊に志願しただけのことはある者たちだった。

 分厚い小さな丸窓の外は、透明で分厚い漆黒に覆われていた。

 遠くの小さな明かりたちを除き、どこまでも生命を拒否するのみの空間だった。太陽側は100度をはるかに超え、影側はマイナス100度を下回る。空気も無い。水も無い。大気の圧力も無いから、そのまま外に出たら凍りつく前に皮膚が真空で蒸発し内蔵と血管全てが揮発し破裂する。

 そんな地獄の世界の中で、いま飛び出してきた星だけが、無言の温かみを寄せていた。無限の心地良さを放っていた。砂漠が大半のはずなのに、空の砂漠に比べたら、涙が出るほど豊穣で湿潤で優しげな世界だった。

 誰もが言葉を無くし、広げた視線を離せずにいた。誰かがつばを飲み込む音が聞こえた。誰もが震えを押さえるように、両手で体を包んでいた。

 生まれて初めて【外】から目にした、自らが生まれた世界。

 美しかった。暗闇が無限に続く空間でそこにしか無い優しさだった。ほとんど砂漠しか見えなくてもそれでも、そこは紛れも無く、宇宙と云う美しき地獄の中の、命あふれるオアシスだった。

 あの場所を守るんだ。そんな気持ちが溢れるほどに湧いてくる光景だった。

 誰もが息を飲んでいた。その間もルシアの準備は着々と進んでゆく。

 燃料の尽きた外部ブースターを廃棄し、僅かに噴出させた空気でその姿勢を整えた船は、この数日間の突貫工事で取り付けた布をオートで取り出し、(マスト)代わりに張り出していた。

 布の後ろが透けてかすかに、星の表面に二割だけ残る小さな青い海が見える。息を呑む光景だった。一枚の宗教画のように光が透けてそこにあった。そこには全てが写っていた。女たちの紡いだ布は、舟を覆うほど巨大でありながら、それは恐ろしいほどの美しい薄さを誇っていた。

 男たちが訓練したり修理したりしていた間に、テントの中の女たち数千人が総出で絹を縫い合わせて作ってくれたものだった。特殊な溶剤を塗られた絹は、太陽からの光の圧力を裏に当て、静かに加速を始めてゆく。

 エンジンの出力を切った状態でも加速する事ができる、太陽帆船型光推進帆だ。繋がる紐を操作して、太陽に向けて角度をつけて斜めに張りだすことで、加速自体はわずかなれど、どの方向にも進む事ができる性能を発揮していた。

 計算された角度に張られた帆は、ブースターの初動加速を残したままに一定の方向へ速度を上げて滑り始める。帆からのわずかな推力をプラスして、巨大なエイ型の船、惑星間観測用偵察艇【シーリウス】は静かに月に向かっていった。

 それから、六時間。重力の平衡点を迂回してカーブしながら波に乗り、月との距離の半分まできた、その時だった。船は月の警戒網の一つ、無人巡視艇との偶然の接近遭遇を果たしていた。


「……どうする?ルシア」

「まあ、まかせな。伊達に何年もこいつの管理をしていたことがあるわけじゃあないさね」

 ルシアが小さなボタンを続けて押す。と、瞬時に帆が巻き込まれて船の背中に仕舞われた。光を受ける銀の帆を失った船の外観が、静かに暗黒の宙に没していた。

 さらに船体が一瞬でカメレオンのように色を変え背景の黒に同化する。このエイ型の宇宙艇は、普段は光を部分吸収反射する鈍い金属色をしているが、表面の分子の向きを変化させることによって、様々な保護色を得る事ができるように作られていた。さらに、電波をデタラメに乱反射させることによって、ほぼ完全なステルス能力をも発揮することができる。

 すばらしい技術だが、もともとほとんど武装の無い探査艇兼偵察艇として開発された機体だ。このくらいの保険が無いとやってられないということなのだろう。

 船体を見失った無人巡視艇が、困惑しながらも通り過ぎてゆく。

「さすがだな、ルシア」

 大男が小声で耳打ちして褒め称える。後ろで少年少女がほっとして息を吐いた。

「うるさいね。いちいちこんな程度の事で褒めたり固まったりほっとしたりしてんじゃないよ、まったくもう。いいからもっと緊張しな。これから減速に入る時が一番、無防備なんだ。スピードは出せなくなるし、急減速は気づかれるからできないし、動く距離は同じでもこれまでの時間の倍以上かかるはずなんだからね」

 ルシアが唇を尖らせて応じたとき、

「何かありましたかな?」

 失った片足にパイプをくくりつけた男が、ひょいとスライドドアから顔を出した。

「うるさい黙れ。密航者はもう少し静かに隅で座ってな。ったく、本来なら縛って転がしとくべきなんだがねえ。どんだけデタラメに丈夫な体してんだいアンタ? 昨日までベッドで動けもしなかったのはいったい誰だっていうんだい。あたしらが治療したはずの瀕死の男はどこにいった? だいたいそんな体で走って船に滑り込んでくるかい、普通さ? っとにもう、あたしの居るところは密航者が必ず発生するジンクスでもあるのかねえ。一人分の体重がどんだけ計算を狂わせると思ってるんだ。再度の起動計算が面倒ったらありゃしないよっ」

「計算するのは操縦するオイラですけどね」

「縫い合わせてやろうかい……その口?」

 茶々をいれたムハマドが、老婆の怒りの矛先に当てられてぶるぶると首をふって前を向いた。

「ったく……ああすまないね、文句言ったら落ち着いたさね。大丈夫、見つかりそうになったけど、無事やり過ごしたようだよ。そっちはどうだい?」

「こちらもエンジンの再始動準備は整ったようですな。さすがはナーガ殿です。カルナ君は発掘武器の整備に余念が無いようでしたが」

 まじめ腐った表情でコールヌイが答える。侵入者として乗り込んで皆を唖然とさせた彼は、乗船の許可を求めた後、答えも待たずいきなり体力維持のためと称して眠り込んで数時間を過ごしていた。

 起きたら起きたで、じっとしてろという忠告を無視して、あちこちに顔を出して手伝っている。無能ならば邪魔だと一蹴してしまえるところなのだが、普通に端末まで使える優秀さを見せた上に、手伝いや助手仕事が全て的確ときている。役に立つから叱れない。一番腹の立つタイプの密航者だ。怪我の影響も感じさせないし、文句の言い所が無くて逆に皆困ったものだ。

 出発してしまった以上引き返すこともできないし、怪我の影響が無いのなら戦力としても申し分ないので、最終的に全会一致で仕方なく黙認された。

 ペナルティは生きて戻れたら払わせるとしよう。その言葉も全員一致で承認されたが。

 月に近づき無線を使えない今は、そのバランスと素早さを見込んで、伝令や異常確認の為に船のあちこちを動き回ってもらっていた。さすが隠密機動【影】の頭領だっただけあり、潜航行動中の為に発見される惧れのある重力システムを使えない今も、誰よりも素早く無重量の中を跳び回っている。というか、ルシアよりも浮遊移動が速いのはいったい何の冗談だ?

 悔しいがいてくれて助かった。それが全員の本音だった。

「長身執事は?」

「志願した突撃部隊の兵士10人に、カルナ君から回された武器を渡して無重量連携のレクチャー中のようですな。皆なかなか筋が良いようです。もちろん、ほんのわずか体験しただけでいきなり三次元連携のレクチャーができるリーブス殿は、さすがですがね」

 別格ですな。と、付け加える。

「ま、どうやら皆、宇宙酔いとかにはならないで済んだようだね、良い傾向だよ」

 宇宙酔いは、一度かかると地上での酔いよりも酷くなり長引くのが特徴だ。戦力が落ちなくて済んだようで助かった。さすがに志願した精鋭たちといったところか。

「そういえば師匠。これからあたしたち、いったいどうすればいいんだっけ?」

 ポニーテール少女、ラーサが言葉を発した。一番最高と本人が信じている角度で、頬に人差し指を軽く当て、小首をかしげて見つめている。

「さっき説明したよ」

 老婆がそっけなく応える。

「もう一度お願い師匠。あたしたち水晶の一族では、リハーサルは本番よりも真剣に何度でもするものなのよう、忘れたからじゃないんだからね」

 ぱちぱちぱちぱち、可愛いウインクでお願いしながら再度の行動確認を主張する小さな弟子に、さすがのルシアも折れてため息を吐いていた。

「泣く子と弟子には勝てないね……」

「やったあ! 師匠大好き!」

「うるさい黙んな」

 挟まれたナハトが苦笑しながら必死に両側をなだめていた。


「じゃあ再確認だ。もうこれっきりだからね、全員ちゃんと耳かっぽじって聞いときな」

 ルシアがインカム越しに全員に話かけ、集合を促した。

「いいかい? 突入箇所は、三箇所。三つに隊を分けるよ。陽動、突破、後詰め、それぞれ全部に大事な役割があるってこと、叩きこみな。確実にこなさなくちゃいけないよ。でもね。最も大事な事は、全員生きて帰ることだってこと、忘れちゃあいけないよ。分かったね! では、確認だ。まず500年前にあたしらが侵入した場所を一として━━━━━━━━━」

 数分ののち全員集合させたルシアは、最終ブリーフィングを開始した。


        ◆  ◆  ◆


 侵入した岩山は、アリの巣のように通路が編みこまれていた。全てが空洞にくり貫かれ迷路の要塞と化している。

 外壁も硬く、一番薄い箇所に大きな亀裂が入っていなければ、カルロスにも進入することすらできなかったかもしれないくらい厳重な基地だった。もしも岩山全体が同様の通路密集レベルなのだとしたら、通路の全長が何キロになるのか検討もつかない。

「……こんなものが、星のあちこちにあるってのか? 500年も前からずっと、半稼動状態で……」

 しかもこれほど街の近くにすら、誰にも気づかれないままで……。

 大戦期の文明度の高さには相変わらず眩暈がしてくる。これで、文明衰退期の産物だっていうんだから、そりゃあ現在が、生き残りたちに【終わりの時代】などと揶揄されて言われるはずだ。そのうえ、このでかさだ。ずっと、ちまちま小さな遺跡を発掘してきた自分たちがなんだか馬鹿に思えてくる。

「アベルのやつは、いったいどうやってこんなのを幾つも見つけたっていうんだよ……」

 それもたった一人でだ。その探索能力だけでも天才的で、想像するだけで寒気が来るような優秀さだ。

 それも、執念、というやつか。

 しばらく歩いて見回す。どうやら現状は、最低限の動力だけが動いている待機状態のようだ。

「まあ、最大稼動状態だったら警備システムも生きてたろうから、面倒が無くて助かったけどな」

 薄暗い通路の中、一人で歩いているせいで、つい独り言を発してしまう。

 状況からアベルがもうここにいないことは明白だった為に、油断もわずかに混じっていた。

「どこへ行ったか、ちょっとでも手がかりがあると良いんだがなァ」

 一人ごちながら、コールヌイの言葉を思い出す。

 アベルは、重度の内臓の病を発症していたらしい。しかも、コールヌイとの戦いで消耗している。コールヌイよりも格段に回復力が劣るだろう彼は、いまや文字通り瀕死に近い状態のはずだった。

 それは逆に言えばその体で、それでも動いている、ということだ。執念、の一言だけでは、あまりに簡単すぎて失礼過ぎるようにカルロスには思えた。

「……何をしようっていうんだよ、アベル……」

 カルロスは自分の頭の程度を理解していた。馬鹿では無いが、クローノやナーガ、アベルたちみたいな天才ではない。ならば、天才の考えなど考えても分かるわけが無い。検証のしようの無い物証なき思考は放棄するべきだ。

 彼が探していたのは、アベルが残した手がかりだった。そちらの探索に専念する。

 コールヌイ、彼が見極めたアベルの見極めが確かならば、アベルは他人の行動を、当人にすら気づかない内に支配し、誘導し、自らの手駒として操ることのできる天才軍師なのだそうだ。

 ならば、それにこっちから乗ってやる。

 その想像が確かなら、アベルは何か誘導するための手がかりを残しているはずだ。

 カルロスが来るとは思っていないかもしれない。だが、誰かが来ると予想しているのなら、どこかに必ず餌を残しているはずだ。自分の思惑に誘導する為の罠を。邪魔する者の存在を惑わせる為の何かを。

 回復したコールヌイか、それ以外の誰かに当てた、誘導する材料を。

 それらが、誤誘導させるものなのか、ちゃんと標として機能するものなのかは、分からないが。

「あいつは追ってきて欲しいのか、追ってきて欲しくないのか。そして、誰に当てた材料なのか」

 考えろ、おれ。あいつの目的はなんだ。……機械体、機械の駆逐だ。それを為すための駒の思考行動の誘導だ。それを邪魔するものの誤誘導だ。その目的の為ならば何がどうなろうとも止まらない。

 あいつは何をしにどこへ行った。あいつが先日までやっていたことはなんだった。

 ……機械体工場の発見と破壊だ。それに伴う兵器の使用。あの時は気づかなかったが、今なら分かる。あの時ヘイムダルの基地でカルロスが手伝っていた探索には、通信鏡を通じた皆の位置の把握やナニールの予測だけではなく、地下の探索も含まれていた。

 ならば、確認はできないが、やつらの工場は地下にあったのだと推測することができる。

 イェナの街と大陸東側の山が同時に爆発したのは、そこの地下に工場をみつけ、それらを同時に爆破する必要があったからなのだろう。

 つまりは二つ、もしくはそれ以上の工場を既に潰した後だということだ。ならば現在は、残った工場を一気に潰しに行ったと考えるのが妥当。だが、それは一人でできることなのか? あいつなら、普通は他の人間を誘導して利用するはずだが、今はそれも無いようだ。なぜだ。

 だがその後の数日間、機械体の襲撃が世界的にほぼ沈静化しているのも事実。

 ならば。もしかしたら……

「……地図を探そう」

 考えが煮詰まってきた。材料が足りない。ここに残る地図に印があれば、誤誘導かどうかはさておき、最低でも幾つかの考えを補強する材料にはなるだろう。

「……たぶん、な」

 自信なさげに呟いて、カルロスは地図を探しに先を急いだ。


 程なく地図は見つかった。

 わずかに生活臭の残る部屋に飾られた大陸地図に、イェナの位置を含めた数箇所の印があった。予想を補強する材料だ。だが、

「………こりゃ、誤誘導だな」

 あまりに見事な印し過ぎる。というか、でかでかと壁に飾ってあった。目立ち過ぎだ。ご丁寧に数字まで書き込んである。位置情報と、こちらは……深度情報か?

 その程度あのアベルなら全て覚えていられるはずで、確認の為にここまで詳しく書き込みをする必要も意味も無いし、何より飾る理由が無い。説明の必要な仲間がいるわけで無し。

 ……そう、仲間が居るわけじゃない。そう考えて、小さな痛みが少年の胸に走っていた。

 首を振って振り払った。

 だがそれにつけても、念の入ったことだった。徹底した事に、印の解説を書き込んだメモを挟んだ日記までが引き出しから出てくる始末だ。

 馬鹿にしてんのか? と疑う。

 というか、あいつが本気で誘導させたいならば、もっと分かりにくい手がかりを残すだろうと思う。こんなあからさまに怪しい手がかりなんて、わざと悩ませることが目的だとしか思えない。つまりは、時間稼ぎだ。

「となると、八方塞りだなァ……」

 仮に地図そのものがもし正しいとしても、残った印の位置が悪すぎる。遠すぎるのだ。そちらに向かったのなら、今から追いかけても普通ならとても追いつけそうに無い。

「……遠すぎ、る?」

 違和感を覚えた。

 ナニールの襲撃や工場の再生があるかもしれないのに、なんだ、この悠長さは?

 アベルの傍で一ヶ月以上憧れて見ていた少年は、だからこそ違和感に気づいていた。

 アベルにしては雑すぎるのだ。

 これが誘導だとしても誤誘導だとしても、要はどこかに向かわせたいはずだろう。だが、これでは悩んでも進んでも時間だけがかかるだけの状況だ。ほぼ確実に単なる時間稼ぎ。単純な罠。ちょっと考える頭のある者なら、ほとんどの者が全く踊らされることなどないだろう。しかし、

(おれ程度にここまで裏を読まれるような稚拙な誘導をするやつだったろうか? もしそうだとしたら、本気でこれを設置したとしたら、あいつは今、相当に焦っているってことなのかもしれない。 ここに書き込まれた工場はたぶん全て処理済だろう。ここに何とかたどり着いても、爆破された痕跡がみつかるか、中に入れないようになっているか、それだけ。それだけだ。いや、この程度の罠、おれに分かるくらいだから大抵の奴は想像つくだろう。想像して、ここでしばらく悩んで考えるだろう。だが、それだけだ。それでもどちらかには動くだろう。そう長い時間では無い。あいつだってそれ位分かってるはずだ。そんなに長時間時間稼ぎができる罠では無いってことを。

つまり、単純にたったそれだけの時間だけでも稼ぎたいってこと。その程度の時間稼ぎが大事だということなのか……)

「ん……?」

 地図の中に、不自然な空白があった。まさかと思いながらもライトの熱で裏側から熱してみる。

 まさかの中枢工場の位置が炙り出された。がくりときた。

「やっぱ馬鹿にしてんじゃねーのかオイ?!」

 子供か! リクレーションじゃねーんだぞ。

 見せる相手もいねえ奴がたった一人でトンチを使って隠す意味がどこにあるよ!? こんなものを見つけたからって「手がかりを見つけた」と喜ぶような奴ならハナから大して警戒する必要もないだろうがよ!?

 と、そこで息を吐いて深呼吸。

「と、今までのおれだったら、激昂して時間を浪費してたんだろうがな」

 冷静になって考える。

 これは逆に、この位置が、位置だけは本物だと言う証なのかもしれない。人を騙すには、真実の中に嘘を少し混ぜるのがいい。あいつは確かそう言っていた。

 本物の位置。だからこその、時間稼ぎ……か。

 現状はもしかしたら、最後の工場基地が残るだけ、もしくは、そこに指示を出している中枢が残っているだけなのかもしれない。そして、あとほんの僅かだけの時間で、あいつは何かを成し終えてしまうのかもしれない。それが何かは分からない。分からないが、きっと看過していいことではないだろう。

(なにせ、たぶんおれは、そいつを止めにきたってぇ事なんだろうからな)

「だとしたら」

 思考の暴走は禁物だ。迷いの長期化は致命的だ。既に誤誘導に巻き込まれている可能性もある以上。

 推測だけで走るのはいけないことだ。普段ならば、だ。

「いまは、たぶん、これでいい」

 カルロスはわざと思考を暴走させた。計算の天才で無い以上今は、記憶の閃きに賭けるしかない。

 たった一ヶ月弱。だが、共にいて手伝った、そばに居て共に見ていた、話をして意見を出し合った。そして……その見識の高さと知識や意識の深さに感動して尊敬した。……目指した。

 それらが演技だったとしても、そこに真実は欠片でもきっとあったように思う。

 天才の思考は分からない。ならば、見つめ続け憧れた男の嗜好の癖を指向しろ。

 他の奴に気づけなくても、共にいた自分ならば気づけるはずだ!

 クローノにすら気づけない、憧れたからこそ気づける嗜好。

 考えろ考えろ考えろ。

 あいつならここからどう考える。

(━━━俺は近道が大好きなんや。他の人間にはちょっとだけ意地悪して自分だけ近道すんのが、今の俺のささやかな娯楽やねん)

(━━━物事には必ず抜け道というべき近道が存在すんねん。そいつを見つけたときが一番嬉しゅーてなあ。なあカルロス、迷ったら俯瞰して物事を見てみぃ。そうすりゃ配線一つ分、無かったとこに繋げる道と違う意味が見えてくるかもやぞ)

 ━━━━━頭の中に光が見えた。

(ったく、ややこしいなあクソッタレッ! おれは頭脳担当じゃねーっての!)

 けど、たぶんアイツなら、アベルなら必ず他人を最大距離で迷わせて自分は最短の距離をいく。

 この場合の最短距離は……。

「……転送装置だ」

 あいつはここに来た人間を遠ざけたかった。地図の場所はきっと間違って無いだろう。きっとその場所に機械体工場の中枢は存在する。だからこそ間違った誘導として正常に機能するのだ。

 だが地上から地図の場所に駆けつければ駆けつけるほど遠回りになるということは。

 敵の工場は超弩級の地下深くなのかもしれない。

 地上からの攻撃でことが済むのであれば、アベルならば前回で終わらせている。つまり、あの攻撃でも届かないくらい深くに中枢は存在するわけで━━━。

「正確な座標に地上からたどり着くことこそが、大深度地下に存在するものに対する最大の遠回りってことだよな」

 さらに、その場所に入り口があると考えることが罠なのだとしたら。入り口は普通に存在しないのだとしたら。

 そして、アベルがそこにたどり着く手段をどうにかして手にいれたのだとしたら。今までの数ヶ月の行動の全てがプラフで、そこにたどり着く為の準備に過ぎないとしたら。

 この面倒な誤誘導の意味がほんのりと浮かび上がる。

 アベルはここにいない。最後の敵基地にたどり着く手段が今まで存在しなかったから、動かなかった。だが、今アベルはここにいない。一気に行動に移した。手段を手に入れたからだ。そして最後の時間稼ぎに、この基地から出て行かせる気満々の罠があった。

 ここから出て行かせる気満々の罠。それでも、どこかチグハグな罠。

 もしかしたら、試されているのかも知れない。

 来れるものなら来てみぃと。

 迷っているのかもしれない。無意識の底で、あいつも。自らの選択が正しいのかと。それをしてしまってもいのかと。

 最後の最後で、止める者がいて欲しいと思っているのかもしれない。そうであって欲しい。

 もしそうならば、ここにその転送装置があるはずだ。それも、今まで使えなかった特別なもの。普通の転送装置でジャンプしても、届かない場所に届くもの。

 たぶん、間違った選択をすれば、違う転送装置で飛んでしまえば、届かないか違う場所に転送されて、時間稼ぎに成功されてアウトってところだろう。それで、止める者がいないから自分は正しいと思い込みたいということなのだ、きっと。

 見えるところにある転送装置にはきっと全て罠がしかけられている。間違ったものを動かしたらそこで終わりだ。きっと大事な何かに間に合わない。

 アベルが何年もかけてようやく使えるようになったか、修理できたかしたもの。あいつが何年も無駄にするほど入手困難な、使用する為の何らかの特殊な鍵が要ったかもしれないもの。これまでの時間の全てが掛かってしまったもの。そして多分、見た目が転送装置に見えないもの。

 そんな、最後の目的地に直通のものがどこかに必ずあるはずだった。

(あいつが動き出したなら、確実に最後まで全ての計画を立てて動いたはずだ。途中で止まる計画は計画とは呼ばないんやでと言い放っていたやつなんだからな)

 そのあいつが稚拙な誤誘導を仕掛けた。計画外のコールヌイの逃走が稚拙な罠を仕掛けさせた。稚拙だったからこそカルロスにも気づくことができた。

 見つかっては困るものが、探されたら困るものがこの基地のどこかにあるということだ!

 見つかったら簡単に追跡に使われてしまうような代物が。

 じっくり探されたら素人でもそれだと分かってしまうような代物が。気づかれたら簡単に誰にでも使えてしまう代物が。

 アベルが転送された後もその装置がしばらくは止まらないのだとしたら。

(普通とは違う見た目からして特殊な、稼動状態の装置……)

 どこだ、どこに隠してある!?

 全ては憶測だ。思考を暴走させただけの暴論だ。稚拙も稚拙、隙も抜けもあるだろう。この思考が正しいとは限らない。だが、カルロスはそれに賭けた。憧れて目標と決めた男の模倣なら、自分に勝てる者などいないと信じた。

「コールヌイさん。アンタの意地、無駄じゃなかったようだぜ」

 留守だと強調するため警報装置を切っていたのが災いしたな、アベル。

「待っていろ、止めてやるよ」

 カルロスは呟いて壁という壁を叩き壊しながら、ひと目で特殊に見える装置を探して走り出した。



           第二十七話 『接近と、遭遇と 〜宙〜』  了.


           第二十八話 『接近と、遭遇と 〜地〜』に続く……

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