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Grand Road ~グランロ-ド~  作者: てんもん
第七章 ~ On the Real Road.~
71/110

第二十三話 『カルロス2 〜人の痛み〜』

 風が強く吹いていた。

 街が消えた爆発にともない途絶えていた水の音が、丸一日を経ることでまた新たな息吹を放ち始めている。

 爆発から一日が過ぎ、人々が仮のテントや天幕を据え、夜を明かしたその同じ頃。底の見えない昨日まで街だった場所と同じ大きさの穴の淵から、爆発で押しやられた砂の小山を乗り越えた水が、次第にその量を増し、ついには轟々と地底に向かって落ち始めていた。固められた砂の壁を突き崩し、地の底へ続く暗闇の中腹からも、かつて井戸を潤した地下の流れが穴を開け滝となって沸き出している。

 遠くに流れる大河から引かれた長大な運河。その果てに佇んでいた堅牢な城壁は既に無い。だが、それでも幾多の年月と数多の人々により固められた輪郭、そしてその内側に形作られた街の心は変わらない。大勢の人が住む場所には、活気とともにそれ相応の無意識という名の意識が宿る。

 そう、街にだって心はあるのだ。人々の故郷としての、拠り所としての心が。

 それがたとえ、どのような街だったのだとしても。

 危機に瀕したせいもあるだろう。危機を乗り越えれば、また多くの課題が出るのだろう。だが、奴隷だった者たちとそうでない者たちが、今だけだとしても共に力を併せていた。同時に、街に笑顔が戻るのと重なるように、水の音もまた消えることなくその勢いを前以上に取り戻し始めてゆく。

 首都跡の巨大坑に滝となって落ちる流れは、次第にその量を増し続ける。運河と井戸によって、砂漠でありながら地表に地下にと街中を百年にわたって潤し続けたその道筋は、過去の戦争で使われた星の形を変えるほどの爆弾によってすらも、変えられることは無かった。

 それは途切れることはなく、いつの日か底なしに見える穴のすべてをも満たし、この場所の人々を養う湖と化すのだろう。だが今はまだ、爪跡の残る底の見えないクレーターが、砂を渡る風に嬲られながら乾いた音を立てているのを眺めるのみだ。

 それでも。世界は失くすだけでなく、ちゃんと何かで世界を埋める。無くしたままでは終わらない。その点においては、人の営みも、そして感情も、おそらくきっと変わらないのだ。

 そんな周囲数キロの縦穴の淵。折り重なるように建てられた簡易テントの連なりが、越えてきた風により端からバタバタ揺らされて途切れることなくなびいている。繋げられた布の群れは、個人のテントというよりは、助け合い、寄り合わされて広がった天幕や天蓋。既にそう呼んでも差し支えはない規模とすらいえた。

 その群れを風が吹きなぶる。人の作り出したものなど巻き込んで飛ばしてしまえとばかりに襲い来る。

 だが、それだけだった。人々が決意もあらわに作り出したテントたちは簡易ながらも強靭で、なびきはしても不安感はさほど感じない。強い風だった。それでもそれだけでしかないものだった。

 広大な砂の海に穿たれた長大な穴をぐるりと囲む、堅固な城壁だったものは消えた。だがそれでもしぶとく幾つかの名残だけは、新たな守護者としてテントの集落たちを見守るように影を作り残っていた。巨大な瓦礫の塊が、今また形作られかけている人の営みの、それぞれの家族の群れを守っていた。

 今はもう城壁ではない成れの果て。

 それでもその欠片たちは、壊れてもまだ人々を守り続けていた。



「……いてぇ」

 カルロスだった。割り当てられたテントの中の寝かされたベッドの上で、本調子でない体を厭いながらも、それでも取り戻した意識を糧に、苛まれる痛みに抗い考えていた。

 力と意思を持つ仲間たちの姿を、一人一人脳裏に描く。

 誰もが素晴らしい成果と戦果を挙げていた。国で療養していたクローノの後輩、カルナと名乗ったあいつですらも、セレンシアの国の意見を一つにまとめるという大役を見事にこなして合流していた。それはそれで見事な戦果と云えるだろう。

 それに比べて……

 カルロスは何度も同じフレーズを思う。

(おれだけが……おれ一人だけが、何も……してねぇ……)

 自分だけが、何もできていなかった。何も成しえていなかった。

 ただ、足手まといで負傷しただけ。言動だけが達者なだけのお荷物だった。

 しかも、この頭の怪我だ。医者からは、長時間の集中そのものをしばらくの間禁じられてしまった。長生きしたくないなら守らなくていいとのお墨付き。長時間に及ぶ戦闘などしばらくは論外ということだ。

 ささやかな船による少数精鋭での月への侵攻は、慎重に慎重を要する。なぜなら、ルシアたちが修理に成功した船は、博物館に展示してあったもの。元が強襲型宇宙艇とはいえ、武装は一つもない。途中で見つかったらアウトなのだ。

 よって目立ちすぎる最大加速は使えない。最大船速で突貫かまして突っ込めば1時間程度で済むとみられる行程を、そこにたどり着くだけで、体に負担のかかる微妙な加減速込みの隠密行動で、最低24時間はかける予定だという。

 その間の緊張感は筆舌に尽くしがたいはずだ。その緊張状況を、今の自分の体の状態で耐えられるとは思えなかった。

 足手まといになるのだけはゴメンだった。これ以上の役立たずに成り果てるのだけは嫌だった。

 つまりは、少なくとも船の方にはついて行けないと云うことだ。我儘で乗り込んではいけないということで。ナニールがいつ目覚めるか分からない以上、敵の攻撃も考えられる中で、命をかけてそれでも乗り込んでいく仲間たちに、またも力すら貸せないということだった。

 歯を食いしばりすぎて頭の痛みが広がった。全身に力を込めて我慢する。

 情けなかった。腕で覆った瞳に涙が滲んだ。

「何のために、おれはここにいる……?」

 口に出して余計凹んだ。憤りがほとばしり、行き場が無くて眼を瞑ったまま目の前の空中を掻き毟る。

 自分の不注意で怪我をした。しなくて済んだ怪我だった。己の駄目さ加減に絶望し、心の中に黒色が広がって穴を開けた。

 絶え間ない頭痛に耐えて目を見開く。握り締めた手のひらから血を流しながらもう一度体を起こす。今度は諦めなかった。口の中に鉄味が広がるほど食いしばり、壁に手をつき外に出る。

「カルロス!? 起きて大丈夫なの!? リーブスさんは?」

 テントの入り口をくぐったすぐ外で、足早に先を急ぐ者が居た。仲間の一人、ナハトだった。

 端正でありながら愛嬌のある赤黒い顔立ちが、入り口の柱にもたれかかるおれに近づき心配そうに覗き込む。

「悪ィ、いろいろ心配してくれてありがとな。リーブスは手伝ってこいと追い出した。どっか行くのか?」

 なんでも無い風を装って言葉を返す。せめて、それくらいの意地は張ったままいたかった。

「……いまから、全員の情報のすり合わせと対策の為の最終会議があるんだ。ナニールのことを知っている人間のほとんどが集まってる。伝令役をしていたから、たぶんオレが最後だと思うんだけど……」

 皆待ってると思うから、行くね。なおも心配そうにしながらナハトは答えた。

「……待てよ、待ってくれ!」

 走り出そうとしたナハトが振り向く。

「おれも、連れていってくれ、頼む」

 枯れた声しか出ない。けど、それでも気持ちは込めたつもりだった。

「……でも君は、体が………」

 ナハトは、奥歯を噛みしめ躊躇した。気持ちは分かる。でも、その怪我じゃ。だけど……

「参加してーんだ。隅で座ってるだけでいい。だから……頼む、ナハト」

 考え込んだのは一瞬だった。

「分かった」

「恩にきる……」

 貫くような視線を合わせ、礼を言う。

「……気持ちは、分かるから、さ。誰かにたくさん迷惑をかけて、なのに何も返せなくて辛いのは……オレも、この間までそうだったし」

 ナハトは少しだけ目を閉じて、そして頷いてカルロスの肩を担ぎ歩きだした。


『それでは只今より、現状報告および対策に関する緊急会議を始めたいと思います』

 ナハトに肩を借りたおれが巨大なテントの布をくぐると、団体戦のスポーツができそうなほど沢山の天蓋を繋ぎ合わせた広大な会議場に、山ほどの椅子とスピーチ台が突貫で用意されていた。そして、それほどの場所が狭く感じる程の人々の群れ。光が差し込んだせいか、それらの視線が一斉にこちらを向いて元に戻る。皆一様に険しい表情だ。

 アリアム王が事情を話したのだろう。知らない顔が大勢いた。そしてその誰もの視線が、怪我人を重要会議に連れてきたナハトや自分を非難しているように見えて仕方なかった。すべてを見透かされ貶されているような気分になり、心の内がざわついてくる。おれだけでなく、ナハトにまで迷惑をかけちまった。

 済まねェ……。おれは肩を貸してくれている、少しだけ年上の少年に心の底から謝罪した。口には出せない。出したらナハトの好意を無下にすることになると思った。

 代わりに、隅の椅子に座らせてくれ、杖を置いていってくれたナハトに、サンキューとだけ小声で伝えた。

 そして議長を引き受けたナーガから、報告と対策を決めるための会議の始まりを告げる声が再度上がった。


 会議室の場所は、残った城壁の中でも特別に巨大な瓦礫に守られた一画。そこに幾つものテントをぶち抜いて天蓋として繋げて建てた、会議室の群れの中心となる場所だった。その一番大きな部屋の一つ。広大な空間内では、椅子がチームごとに扇状に並べられ、その全ての席に人が溢れ、会議の始まりを待っていたようだった。

 傍聴席の人間だけで、百人以上はいるだろうか。ぎゅうぎゅう詰めというわけではないが、熱気がこもってざわついている。見回すとおれが一番最後の参加者だったようだ。おれを運んだせいでナハトも遅れた。罪悪感と自己嫌悪の負のスパイラル。

 頭を振ってマイナスの意識を振り払い、ちゃんと見る。

 集まった者たちは大まかに分けて三つのチーム。

 ナハト・デュラン・ラーサ・リーブス・ナーガたちを中心とした、ファルシオン帝国に少なからず関係しちまったチーム。もちろんおれもそこに含まれている。おれやリーブスはシェスカの街の代表も兼ねていた。

 次にムハマドやルシアを中心とした、月へ侵攻する船の整備班チーム。

 シェスカに置いてきた通信鏡を通じて議会への要請で集まった派遣整備員たちと、連絡のつかないクローノの変わりに、あいつの後輩という少年僧兵もそこに加わっていた。たしか、カルナ・ウル・ナルパだったか。

 船の中で目が覚めたとき、ルシアが空飛ぶ船とともに国に現れたことが、いかにセレンの都にとって一大事だったかとか、真夜中にもかかわらず国中が歓喜に湧いたかとか、お陰で上層部への説得工作がしやすかったとか、クローノと連絡がつかないなんてどうしよう心配だとか。大騒ぎに騒いでいた奴だ。自分にはあまり関係ないやつらだ。が、それでも仲間の一人でもある。ソレを踏まえて言わせてもらえば、船の中でも目は開けられなくても耳は聞こえていたから分かるのだが、その先輩依存っぷりはさすがに少しどうかと思う。

 大丈夫なのか?

 あんな後輩体質で素直すぎる奴に、あの嫌味ったらしい天才の代わりが本当に勤まるってのか? まあ、いい。そこまではおれが心配することじゃねェさ。説得工作云う辺りで、したたかさもそれなりにあるだろうし。

 そして残りが、アリアム王や元アルヘナ奴隷解放革命組織を中心とした、場所を提供してくれている勢力だった。一番多くてピリピリしてる奴らだ。

 少なくとも今の時点で、あんまりお近づきになりたくなるような雰囲気では無い。

(……都にこんな大穴を開けられちまったんじゃ、無理もねーけどな)

 明け始めた空に浮かぶ窓の中から、砂漠にそびえていた壁や都がほぼ跡形もなく消えているのを横になったままの姿勢で確認した時は、驚愕して開いた口が塞がらなかったものだ。人の被害がほぼ無いと知った時は、別の意味で唖然としたけどな。アリアムさんの功績だ。

 あの王様はそれでも自分を責めてるらしい。贅沢だと思う。充分有能な成果だろうに、おれなんかに比べたら。おれなら鼻が高くてしょーがねえところだぜ。文句を言う奴は何も分かってないだけだ。

 前列の代表席で、こちらを向いて座るアリアム王の顔を盗み見る。軽く憔悴している。なのにそれでも、下を向かずに前を見ていた。

(……なんでその立場で、その状態で、そんなにまっすぐ見てられるんだアンタは、前を……? なあ、どうしてだ。教えてくれよちくしょう……)

 がんばったのに、なのにほとんどの民から罵声をあびせられたと小耳に聞いた。普通なら、凹んで座りこんで動かなくなったっておかしくないだろうに。

 カルロスにはその強さの意味が分からなかった。強くありたいと願いながらも【強さ】とは何かが分からない少年は、いまだその答えを見出すことができないでいた。

 朝方、船を砂漠にいったん降ろし、アリアムさんとの無事の再会を喜んだのもつかの間、午後遅くからの会議で報告しあう為にいったん体を休めることになったので、詳しい話はまだほとんど何も聞いていない。これからの話の内容しだいでは、嫌な話も聞くことになりそうだった。傷の痛みも加わって憂鬱になりかける。無意識に、カルロスの視線が下を向き揺れていた。

 連絡の取れないクローノやアーシア・蓮姫の他にも、アベルとコールヌイの姿が無いことにも気づいていた。不安が高まる。

「……すべては話を聞いてから、だよな」

 そしてカルロスは、現状を理解している者たち全てが集まる会議の進行に耳を澄ませた。



『皆さん、お忙しい中お集まり頂き、ありがとうございます。議長をおおせつかりました、ナーガです。ではこれより、それぞれの情報を整理・共有し、一元化していきたいと思います。

 まずファルシオン帝国代表として、このボク、ナーガ・イスカ・コパがお話します。足りない情報の補佐役はナハト君頼みます。次に港街シェスカ代表として、ローエン商会執事長リーブスさん。代表代理のカルロス君が負傷しておりますので、申し訳ないが補佐役は無しとなります。そして、宇宙艇整備班代表としてムハマド君。同時に情報補佐兼セレンシア神聖国代表代理として、カルナ君。最後に、アルヘナ代表として元革命組織長のブランドンさん。補佐としてアリアム王。お願いします。

 この星に生きる人類そのものに関わる戦いの最終会議にしましては、ここに参加されていない国や民族・部族なども多々あられることと思います。しかし、現状全ての代表の召集を待っている時間も無ければ、情報を浸透させる余裕もありません。あとあと色々面倒もあると思われますが、すべては生き残ってからの話。後日の細かい面倒事の全ては、この星と我々の未来を勝ち取ってから考えることといたしましょう。今は、できることを全力で行なわなければなりません。関わらなかった国への説明等の面倒事は、勝利し生き残ったがゆえの報酬と考え、苦笑いできること、その事そのものがせめてもの勝利の美酒となりますよう、祈りたいと思います。

 では、まずボクから。急遽の製作で若干見栄えに問題があり申し訳ありませんが、こちらの表をご覧ください』

(前フリ長ェよ)

 カルロスは毒づきながらも、ナーガの説明に真剣に耳を傾けていた。

 ナーガの説明は地図と表、グラフを駆使したもので、恐ろしく分かりやすく、そして簡潔だった。説明書のお手本みたいだった。商会の代理長として、ものすごく勉強になる気がする。


 ファルシオン帝国首都デュッセンは、政治中枢である貴族街を残し、市民街はほぼ壊滅。応急の処置で使用可能なのは、元の街の直径からみて約10分の一、中心からおよそ1.5キロメートルの範囲のみ。その範囲内でも中央広場含む一部の箇所は瓦礫の山。逃亡に成功した者は襲撃前に郊外に逃走したが、混乱のためその後の把握はできていない。現状把握できた生き残りは、機械体襲撃前の二十分の一近い2万人程。時が経てば逃げ延びた者たちも戻るかもしれないが、その数と期間は未知数。確かめる時間も支援の術もなし。

 聞いていた者たちの、ため息とも安堵ともつかない息遣いが漏れ聞こえる。

 あのやっかいな帝国がほぼ壊滅弱体化したとなれば、喜ぶやつらも多いだろうが……さすがに今この場所でそれを言う馬鹿は、この中には残っていないようだ。

『なお生き残った民は市民団を結成し、復興に努めています。

 貴族の方々ですが、これまで10年以上もの間、幼い皇帝を傀儡として操り虚飾と策謀にふけっていた者たちの多くは、赫い小瓶【想念の小瓶】に命を吸い取られほぼ姿を消しました。想念の小瓶については、もうご存知ですね? 星の敵ナニールの使う、欲望を増大させ人を操る道具の一つです。詳しい説明は手元の資料を後ほどご覧ください。一人残った現宰相も、改革に立ち上がった皇帝の命を受け、わたくしナーガと宰相が一子、将軍ジニアスによって権利を剥奪、更迭していただきました。この先は彼ジニアスが大将軍兼宰相となり、現皇帝ユーグ=ド=ラシール陛下を支えることとなるはずです。

 なお、お二人には既に、この闘いに勝利した後のできうる限りの我々への支援と、我々と世界との間の繋ぎ役兼後ろ盾となっていただくべく、お約束を取り付けてあります。インクが粗くて申し訳ありませんが、お手元の印刷がその約定のコピーとなります。

 もちろん、この闘いで負った傷や破壊に対する修復や復興の支援も、同様です。仮にも世界最大最古の国。その矜持として現皇帝ラシール陛下は、現状の責任の一端が自国の貴族にあったことを認められており、国庫が空になっても国民への保障と各国への賠償はするつもりとのことです。

 そしてこれまでの謝罪と共に、これからの皆様との友好な関係に対する要望と要請も言付かっております。もちろん、それらは全てが一段落したのちのこととなりますので、詳しくはここでは端折らせていただきます』

 思ったより知らない内容がたくさんあった。倒れていた間の出来事だろう。シェスカとローエン商会にも必要な内容だと思えた。それよりもカルロスは、顔も知らない少年皇帝の潔さに軽く衝撃を受けていた。自らの間違いを一番上が素直に認める。それは簡単に見えて、それほど簡単にできることではない。

「ユーグ・ド・ラシール……か」

 一度会ってみたいと素直に思った。

 顔を上げると、壇上の説明役がナハトに変わって続いていた。

「元アルヘナ砂漠ハムアオアシス長、ナハトです。現在は前長に長役を返却していますので、ただのナハトです。よろしくお願いします」

 自己紹介の間に、そこここで、「あの獅子殺しの」という声が聞こえた。わりと有名人だったことに軽く驚く。

 ナハトは機械体とナニールの関係、ナニールの正体と判明している範囲での過去と能力、ナニールに勝利する為に必要な、月への侵攻の意味――月の正体とそこにある巨大機械頭脳――などについて説明していた。

 だいたいアリアム王から聞いてはいただろうが、それでも聴衆の一部からは驚きと疑問・嘆息の吐息が漏れて聞こえた。その気持ちはよく分かる。

「その襲撃が、帝国首都にも侵攻しだしたことを掴んだオレたちは、セレンシア大神官クローノより提供された発掘武器を手に、救援に向かいました。あんな国を助ける必要があったのか、そう思う人も大勢いるかもしれません。確かにあの国の謀略で、いろんな人たちが迷惑をこうむりました。それに、多くの帝国民も、あまり親近感の湧く人たちではなかったことも確かでした。

 でも、彼らは国から何も知らされていませんでした。世界の現状を何も知らないまま、機械体に飲み込まれ、命を落としていました。そして貴族たちはそれでも彼らのために何も動いていませんでした。だから、せめて、助けられる者だけでも助けたいと思いました。

 オレたちは神様じゃない。でも、できることがあるんだと信じたかったから。オレ自身、ヒトとして駄目な所がたくさんあって、いろんな人に迷惑をかけながら、たくさんの人に助けられて生きているから。駄目なところばかりだけど、それでも少しでももらったものを返していけたらと思うから。最後まで駄目なままのヒトもいるかもしれない。オレもそうかもしれません。でも、気がついたならほんの少しでも良い方へ変わっていける。そんな人もちゃんといるんだと思います。だから、オレは国を憎んでも、そこにいるというだけで人を憎みたくはありませんでした。見捨てたくなかったから。だから仲間と助けに行きました」

 後半は現状報告とは、全く趣旨が違う発言だった。完全に論点がずれていた。けれどそれでも、誰も一言もしゃべらずに、ちゃんと耳を塞がずに聞いていた。

「オレたちは、たぶん自分たちだけでは勝てませんでした。けど、帝国の人たちが助けてくれました。最初は騒いでいるだけだと思った人たちが、最後は助けるために動いてくれました。そこにいるナーガさんにも助けられて、そしてオレたちはいまここに戻れています」

 ナハトが前を向いていた。前を向いて話していた。

 誰もが頷き穏やかな笑みを浮かべていた。わりと大勢詰め込まれているはずなのに、いつの間にか空間が落ち着いていた。ピリピリした空気が格段に和らいでいた。

 それは計算してやったことではないのだろう。だからこそ、ナハトには、あいつの言葉と笑顔には価値があるんだ。そう思えた。

 良い会議だと思った。なんとなく、知らずにおれも笑みを浮かべていた。

 ナハトは続けて、ナニールについて判明したことを二つ挙げ始めた。その一つは間違いなく、ファルシオン帝国に行ったからこその成果だった。

 機械体はこちらの攻撃に合わせて進化するということ。これは元々判明していたことだった。

 大事なのはもう一つ、ナニールという指令塔の存在の有無によって、機械体全体の強さが変化するということだった。

 誰もがより真剣に、前のめりに乗り出して聞いていた。そこからナーガがもう一度引き継いだ。ナハトは一歩後ろに下がる。

『いまの話について補足説明いたします。

 状況を観察した結果、90%以上の確率で、機械体たちは各個体が見聞きしたものと受けたダメージの情報を、どこかの基地のような場所に転送することができるものと思われます。そしてその情報にあったダメージに対する、ほぼ完璧な対処法を持つ個体を新たに開発し、数時間のうちに実戦投入してくる。

 それはつまり、同一の戦いの中で、さっきまで効いていた有効打が半日後には効かない敵が現れてしまうということです。

 実際、巨大化、装甲化、骨組み化、隠密化、武器特化、速度重視化された機械体等が現れ、ボクらは苦戦を強いられました。

 ですが、悲観される必要はありません。なぜならその仕組みそのものが、全自動的オートにほぼ間違いないと断定できるからです。

 要するに、その仕組みに気付いてさえいれば、事前に予測でき、予測どおりに誘導する戦略的誘導が効く可能性があり、その全てをマニュアル化できる可能性が高いということです。戦術と戦略の難易度は高いですが、コントロールの主導権さえ握ってしまえば勝てない相手ではない。

 さらに、ナニールが近くに居るときと居ない時では、明らかに敵の戦意と戦力の隔たりが見られました。これはナニールによって、個々の機械体の状況判断部分までが操られているからだと思われます。つまり、ナニールを弱体化、もしくは離れた場所に引き付けておくことで、それにより全ての敵を弱体化できる可能性が高いということです。

 皆さん、大丈夫、ご安心ください。これは充分我々に勝ち目のある戦いです』

 おおおお! 静かな歓声がテント内にこだました。

『それと、朗報を二つ。

 アルヘナ国首都イェナは崩壊しましたが、それにともない、地表に存在したほとんどの機械体は壊滅しました。そして現在判明している機械体工場基地の半数を壊滅させることにも成功しています。敵の増殖率は、大幅に落ちることでしょう。

 さらに昨日ナニールがデュッセンに現れ、ボクが応戦したのですが。とある協力者の力添えのお陰で、数日間ですが奴の封印に成功しました。詳しく原理を説明している時間がありませんので、説明を簡潔にさせていただきますと、ナニールを倒すことはできませんでしたが、簡単には出てこられないところに閉じ込めることに成功したということです。最低3日は出てこられないでしょう。計算上は5日は保つと考えています。その間、地上の機械体は弱体化しますし、予定通りに整備が進むならば、月に到着するまでの侵攻チームの安全は確保できるはずです』

 今度こそ大歓声が上がっていた。カルロスも小さくコブシを握っていた。

 この辺の真実については後でナーガから聞かされた。実際にはペテンもいいところなのだが、仲間が裏切っただの、首都の地下に敵の工場の一つがあっただの、知ったら凹む情報ばかりだ。せっかく気分が上昇しているんだから、水を差すことも無いだろうと思う。

 それにまあたしかに、世の中には明るさが必要なときもあるだろうさ。

 見渡すとガッツポーズを取る者もいる。無理もない。ナニールの名と正体を知っている者たちにとって、初めてといっていい明確な戦果だった。

 嬉しくて当然だ。

 そして壇上は次の人影に席を譲る。

「リーブスと申します。ローエン商会の執事長をさせていただいております。皆様、どうぞお見知りおきください。我らローエン商会一堂は、皆様のためにいついかなる時でも門戸を開いております。どのようなご要望でも、ご要請いただければ、いかなる困難を廃しましてもお応えいたす所存であります。よしなに」

 目の前に、歌うように語り上げる執事が居た。

(……空気を読めリーブス。こんなところで売り込むな馬鹿ヤロウ。呆れてみんな苦笑いしてるだろうが馬鹿執事!イメージ落としてどーすんだ。あとでお仕置き確定な)

 なぜかそう思った直後に、リーブスが震えて左右を見回した。

(超能力者かお前は!? ……見なかったことにしてェ)

 リーブスのやつは、シェスカに置いてきた通信鏡を通じて受けた、行政府議会からの連絡の詳細についての話を続けてゆく。

 曰く、我々は全面的に貴国アルヘナとファルシオン帝国への金銭的支援と物資援助をお約束する用意がある。まずは、貴国に駐留しているシェスカ商人とシェスカ職人、シェスカ整備士たちを如何様にもお使いいただきたい。

 貴国民でない我らシェスカの商人までも見捨てないでいただき、感謝に堪えない。さらにすぐにでも無事な運河と各地の契約倉庫、河岸倉庫群を通じて、三日以内に物資をお届けするつもりである。特に月侵攻にともなう整備品においては、多くの物資を届けさせてもらおうと思っている。

 なおシェスカの整備員たちは徹夜でこき使ってくれて構わない。シェスカで鍛えられた整備士は、5日だろうとも徹夜で保つ者たちばかりである。見慣れぬ機械でもお教えいただければ、必ずお役に立つと保証しよう。物資も第一陣は、整備に必要なものを優先して、そちらの近くの河岸貯蔵庫から本日中に届ける手配を行っている。

 整備士諸君、そして月へ征く方々よ、全ては君たちの肩にかかっている。我らが投資が莫大なる利益を生むことを期待している。とのことのようだ。

 聞こえた悲鳴は整備士たちのものだろうか?

(ご愁傷様だ……骨の髄まで商人なジジィどもだよなあ。分かりやすくてとても良い。と思うのは、おれも商人だからなんだろうな、きっと)


「ムハマド・ハシムと申します」

 整備班に拡声器が渡されたようだ。

「今迄の説明で、月に敵の本拠地があり、そちらに侵攻する必要があるということがお分かりになられたと思います」

 ムハマドはゆっくりと落ち着いた声色で、静かに左右を見渡した。

(……? あいつ、ちょっと雰囲気変わったか?)

「結論からいいます。おいらたちは、ナニールと同じだけの年月を生き、ナニールと敵対し続けている女性を保護しました。そして彼女の協力を得て、月へ行くことのできる船を発見、甦らせることに成功しました。表の船がそれです。

 今は現状考えられる最高速で整備の仕方を教えると同時に、やり方を覚えてくれた人たちからどんどん投入して、急ピッチで月まで安全に、たとえ敵の攻撃を受けたとしても最低でも月まで安全を保ち乗組員を運べるよう、造り替えている最中です」

 続いて船の性能の紹介が続く。

 曰く、この船は空を飛べるだけでなく、宇宙も航行可能に作られていること。

 曰く、エンジンは三種類積まれていること。

 一つは大気圏内航行用であり、飛びながら空気を取り込み、分解した水素と酸素を混ぜて燃やした力を噴出して飛び、最大速度で音の速さの数倍の速度を出すことができる空冷式水素燃料型ジェットエンジン。

 燃費性能が良く、機動性能も悪くない。だが敵機械体の中にはもっと速いものもあるので、大気圏内での戦闘やドッグファイトには不利となる。

 もう一つは、空気の無い宇宙にもわずかに存在する浮遊物質を取り込んで、電気的にイオン化分解し、それを噴出してどんどん加速する、宇宙航行用の星間ラムジェットエンジン。

 宇宙には摩擦が少ない上、わずかでも取り込む物質さえあれば半永久的に加速が続けられるため、数十年単位の加速によって理論上では光の速さの99.99999%まで到達することができる。が、月の距離だと最高値で光速の0.05%(秒速150キロ)が上限。それでも妨害なく直線で飛べれば30分程で着けるはずだが、今回の計画では、必要最小限の隠密加減速により24時間かけることになる。

 最後に、固形酸素燃料を爆発的に燃やして一気に宇宙へ出る為の、低加速ながらパワーのあるブースター。大気脱出の際の切り離し型外部ブースターと、緊急回避の際に使う内蔵ブースターがある。

 だが展示品である以上余分な燃料はほとんど存在せず、大気圏脱出時に妨害されて失敗すれば二度目はない。内蔵の方も緊急回避数回が限度だろう。

 専門用語も混じっているが、重なる質問に答えながらも、スピードを重視して説明は進んでゆく。普段使わないどころか、数百年前に絶滅した専門用語をまくしたてられ、ほとんどの者が目を白黒させて聞いていた。

 だが、それでも速度や到達時間を聞いて、頷いている者も多かった。

「次に搭乗可能人数ですが、元々が脱出用、もしくは強襲艇である性格上、最大で詰め込んでも25~30人しか乗れません。厳選な人選が必要になると思います。ですが、これは協力者の方の知識なのですが、月内部のとある場所を確保することさえできたなら、そして月の中で現在制圧されている抵抗勢力を開放・協力することができさえするならば、こちらの星の上のゲートと繋いで、そこから一気に数百人という大人数を転移させられるようになる可能性が高いそうです。そうなれば全員が戦いに参加できます。ここから一番近い閉鎖ゲートの場所も解析済みですから、突入班の活躍に期待しましょう」

 以上です。その声で全員が脱力した。

 専門用語の洗礼が終わった……地下基地で知識を得ていたカルロスでもついていくのがやっとだった。

 だが、おかげで五里霧中だった物事の道筋だけは垣間見えた。先ほどまでは悲観していた者たちも、多くの皆が両手を握り締め、勝利への手応えを感じ始めていた。そこまで楽観できる状況ではないのだが、笑顔があるのは悪いことではない。

(ただ……なんだって、あのやろうは、あんなにいきなり知識や語彙が豊富になってやがるんだ?)

 カルロスはひとり、内心不審の目をムハマドに軽く向ける。だが、きっとあいつも頑張ったのだろう。それに比べて自分は……。自分みたいなやつが人を批評するとか思い上がりも甚だしいぜ。そう、自らの駄目さ加減を思い出すと、すぐにその疑いの心もしぼんでいった。

「セレンシア神聖国のカルナ・ウル・ナルパと言います。初めまして。今回は、国の代表としてよりも、先輩であるクローノ大神官の代理として、話をさせていただきます」

(あの嫌味イケメン野郎命の、小うるさい後輩か)

「ぼくからは簡単です。本国より親書を持ってまいりましたので、読み上げます。

 協力の証として、我がセレン神殿が長年収集管理していた発掘品を、月攻略用にお貸しいたします。

とのことです。あの船に詰め込めるだけ詰め込んできましたので、攻略時にお使いください。月突入時にはぼくも参加いたしますので、そのときに使い方をお教えします。なお、返却できない状態になっても賠償は必要ありません。ただし、全て解決したのちに壊れなかったときは、隠さずにちゃんと返却お願いしますね」

 ニコニコして流暢に言う。素直な後輩くんという感じだった。頼りになるのだかどうなのか見た目には分からない。ただそれも……今のカルロスが言えるセリフではない。

 知らぬ間に両手で顔を覆っていた。

(分かってる、分かってるんだ。誰もが全力の力で以って精一杯の成果を上げていた。でもそれは特別なことじゃなく、己のできることをやっているだけだ。全員が、てめーの役割を理解し、こなして進んでいた。けど、だからこそ、自分ひとりだけがという思いは減ることなく増え続けやがる……くそ)

 そんな事を考えてもなんにもならないのも理解していて。だけど心と体を縛り上げる黒い滲みと痛みは欠片たりとも消えてくれない。

 最後はアルヘナの連中だった。多分説明があるだろうあの大穴の件に関しては、他の国の人間は誰しもが、おおよその内容をつかみながらも関心を向けているはずだった。

「ブランドンだ。別名、革命開放組織リーダー。リーダーと呼んでくれ」

「誰が呼ぶか」

 つい声に出してしまった。赤面する。リーブスばかり相手にしていたせいで、ツッコミが自然と出てしまうカルロスだった。

(そこ、知らないおっさん、笑うんじゃねえ)

「良い突っ込みをありがとう。お陰で話やすくなった。だが、これから話す内容は、申し訳ないがあまり笑えない話になる」

 事実、突っ込みできたのは、そこまでだった。

 それに続く、アベルの暴走やアリアム先導での全員避難、そしてアベル以外でただ一人の行方不明者であるコールヌイの話を聞かされて、全員、特におれたち仲間は全員、眉根を寄せてこぶしを握り押し黙るしかなかった。

(アベルのやつが……そんな……)

 絶望が心を覆ってゆく。あのアベルですら、心を黒く縛る紐からは逃れることができないというのか。理由など想像することも出来ないが、少年が心底尊敬したと信じた人物すらも、自分が届かないと思った人間ですらそうだというのなら、自分はもう、ここから這い上がることはできないんじゃないだろうか……?

(おれは一人だけ役立たずのまま終わるんじゃないだろうか?)

 激しい震えがきた。脳裏に過去の映像が映し出される。

『この役立たずが! お前などもっと出来の良い跡取りがいたら出て行ってくれて構わんのだ!』

 ガキだった頃何度も聞いた親父の言葉が繰り返される。

(ちくしょう………ちくしょうッ!)

 記憶の中の父になのか、不特定の誰かへなのか、もはや誰に向かって言っているのかすら分からなくなる悪態をつく。渦巻く思いをどう表現して良いか分からずに、全ての好転情報すらも耳から耳へ、頭の隅へ押しやられる。

 壇上で立派に話し終え、人々を鼓舞する仲間達を見る。

(俺一人だけが、何一つ………)

 カルロスは椅子に座ったまま俯いた。俯くことしかできなかった。



            第二十三話 『カルロス2 〜人の痛み〜』  了.


            第二十四話 『カルロス3 〜人の温度〜』に続く……



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