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Grand Road ~グランロ-ド~  作者: てんもん
第七章 ~ On the Real Road.~
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第二十一話 『追憶4〜空に舞い、砂に咲く花〜』

 夜陰に紛れて村に戻った。

「で、どうすんの? このまま顔を見せたら不味いでしょ?」

「ああ。交渉に関して己たちができることは既に無い。現時点での二つの村の現状を把握して、戦いになるようなら、そして村の中まで戦火が及ぶようならば、子供たちだけでも守りながら砂漠に撤退する」

「それ……ある意味誘拐になったりしないィ?」

「ある意味も何も誘拐そのものでしょうよ」

「あとでちゃんと返すんだから、大丈夫だろ?」

 大丈夫なわけあるかボケ。

「……既に、俺たちはこの村から見れば敵みたいなものだ。笑って元の関係に戻れると思って戻ってきたわけでは無いはずだ」

 ハタム、お前はいつも正しくてありがたいよ。

「んじゃ、アンチヒーロー見参!といってみますかねえ」

 黙れ、本気ではたくぞアイリオス。

「はたいてから言うなよ!」

「……」

 ハタムが慰めて小声でわめく男の肩を叩いた時、

「……少しは黙って待てないの?」

 オリビアの鉄の視線が煌いて、男連中の肝を嬲った。三人の動きが凍りつく。

「よろしい。嫌われたくなかったらそのまま固まっていることね?」

 吹雪以上の冷気にさらされて、ミリアムまで含む四人とも超高速で頷いた。


「来たわよ」

 どうやら、己たちを差し出すことができなかった事で、完全に交渉は決裂したようだった。水晶の一族の戦士たちが松明を掲げ、こぞって開拓村に押し寄せてくる。

 皆殺し、というつもりは無いかもしれないが、その形相から考えるに、なまじ軽くでも抵抗したら容赦はなかろうと思われた。

「やっぱり、子供たちは小屋の中にこもっているみたいね。村の全ての明かりは消えているみたいだけど」

「無謀だな。もともとここに住んでいた者たち相手では、夜の闇は味方にならない」

「やるなら早くやっちまおーぜ」

「ちょっとー、アンタ最近気ぃ短すぎ」

「……タイミングと言うものがある。もう少し待つべきだ」

 オアシスの連中は、どうやら開拓村の両側の出入り口を固めてから入ってくるつもりのようだ。徹底している。

「そろそろ、行くか」

 そう口にした瞬間だった。

 開拓村の中から、金切り声のような雄叫びが上がっていた。

「な、何今の?!」

 見ると、全ての村人が武器を持って走り出している。その手の中には、あの赫い小瓶?! なぜそんなものを?!

 疑問に思う間もなかった。

 確実に篭城戦を行うとふんでいた村人たちが、村から出て攻めに転じていた。

「馬鹿な! かなうわけが……!」

 見る間に蹴散らされて転がってゆく。

 闇の中では、誰がどの程度生き残っているかすら定かではない。

「なぜ、あんな無謀なまねを……」

 顔をしかめて舌打ちする。あの中で、どれだけの顔見知りが死んだのだろうか。

「感傷に浸っている場合じゃ、ないみたいよ」

「そんな、まさか!」

 オアシス村の連中まで、なぜか赫い瓶を手に持って雄叫びを上げていた。

 なぜあいつらまでが瓶を? 疑問に思う暇も無い。このままでは子供たちが危ない!

「行くぞ! 子供たちだけでも救うんだ!」

 全員が砂山の影から躍り出て村に走った。


 どちらにも恨みがあるわけではない。

 だから、殺すわけにはいかなかった。

 全員を鞘に納めたままの武器で叩きのめして村に進む。

 子供たちがいる小屋に肉薄する。既に燃えている!

 炎の中に身を躍らせ、そして煙で倒れている子供たちを五人全員で担ぎ出した。

「全員、居るか!?」

 小さな開拓村だ。大人の数に比べて、子供の数は知れたものだ。

 五人の何でも屋の大人(一人は子供並の背丈だが)たちにかかれば、全員担ぐことなど造作も無いことだった。

 村を走り出て砂山の影に入る。

 そこで子供たちを下ろし、介抱を始めた。

「大丈夫、みんな、軽く煙を吸い込んだだけみたい。命に別状はないわ」

 医者の心得のあるオリビアの言に、みな安堵を浮かべて気を抜いた。

 その一瞬だった。

『それは行幸と言わせてもらおう』

 地の底から染みるような声が空に響いた。

「誰!??」

 全員が振り向いた。さっきまで誰もいなかったその場所に、死神のような真っ黒いローブとフードに包まれた男が佇んでいた。

 口元だけの嫌らしい笑みが嫌悪感と共に空間に刻まれる。

『お前たち虫けらに名乗る名などありはせぬわ』

 全ての体毛が逆立って、全ての細胞が怖気を感じた。

 体がなぜか固まって動かなかった。

 な……んだ、誰だこの男は……いったい、どこから……!?

『よくやった指よ。十分な負の生命エナジーを集めることができそうだ』

 指、だと……? さっきから一体なんのことを言って……!?

 そう思った時、後ろの人影がなんの制約も無く普通に歩いて視界に入る。

 そうだと思いたくなかった男が、動いていた。

 その他の誰もが空間に固定され動けない中で、アイリオスだけが普通に動いて男に並んだ。

『お前の働きは価値のあるものだったぞ指よ』

「そう言ってもらえると、やった甲斐があるってもんだな」

 邪悪としか言いようが無い男に並んで笑顔で会話する仲間だった男に、皆が愕然と目を見開いた。

 振り向いた男の懐から、悲しいほどに赫い小瓶が覗いていた。その瞳は瓶と同じ色に染まり滲むように光っていた。

「アンタ……なんなのよ……なんだってそんな変なやつのそばにいるのアイリオス?」

「アイリオス! 嘘でしょ……なんで、なんでこんなことすんのよぉ!?」

「アイリオス……」

「すまんなぁ、みんな。こいつが言う通りにすれば、すぐにでも王にしてくれるって言うんでな。それで話を聞いてみると、あの二つの村のある場所が国を作るのに最適らしくってなぁ、村が邪魔だったっていうわけさ。あのオアシスの村には、そのための力も隠されてるっていうし、一挙両得ってやつ? あいつらうまく乗ってくれて助かったぜ。ま、そういうわけでな、俺もウマイ話に乗っかっちまったって訳だ。お前たちのことは好きだったぜ。いい仲間だった。だからお前たちがあのまま逃げてってくれたなら何もしない約束だったんだが……残念だぜ、すまんな、くく」

「そんな……アンタ、私達を……売ったっていうの?」

「ぅそだぁ……うそだよねアイリオス……」

「ミリアム、お前だけは生かしといてやるぜ。俺の子を産みな。王妃様だ、嬉しいだろうミリアムぅ?」

 いつも気持ちの良い笑顔だった男の唇から舌が覗き、目を背けたくなる程嫌らしく唇を舐め上げる。

「ちくしょう……ちくしょうちくしょうちきしょう! じゃかあしいやぁこのオタンコナス!」

 アイリオス……

「そんな嫌うなよぉ、ついでにそこの子供たちも、記憶を消して俺の子として育ててやるさ。元々このままじゃ野垂れ死にする命だ、優しいだろう俺は? まだ不満か?なんでそんな顔をする? それとも、コイツか?コールヌイの方がやっぱりそんなに良いってのか?」

 アイリオ……ス………

「うるさいバカぁ!! アンタなんて、アンタなんてぇ……ッ」

 ミリアムが泣いていた。様々な感情が溢れて顔を覆っていた。オリビアが目の玉が飛び出るほど睨んでいた。ハタムが顔を歪ませていた。そして己は、己の心は……

「来いよミリアム。殺さないでいてやるって言ってんだ。もっと喜んで媚を売れよ」

 赤い瞳が哀しそうに笑みに歪んだ。

 ミリアムが顔を背けて、その瞬間彼女のみぞおちにアイリオスの拳が入る。

 言葉も無く、ミリアムは意識を無くし倒れこんだ。地面に達する前にアイリオスが受け止め肩に担いだ。

 アイリオス……アイリオス、……アイリ、オォォォス!!!

 アイリオスが剣を抜き、無造作に真横に撫で払った。ハタムの体が地面に沈む。

 悲鳴、オリビアだ。どす黒い恨みのこもったそれが喉よ破れよとこだまする。返す刀で悲鳴が消えた。

 アイリオス、アイリオス、アイリオス、アイリオス、アイリオス! アァァイリオォォォスッッ!!!!!

「アイリオス―――――――――――ッ!!」

 関節を軋ませて金縛りから抜け出した己の体が、全霊を込め剣に手をかける。

 だが、抜く暇は無かった。チャンスは与えられすらし無かった。何一つできず、一太刀すら浴びせられず、何一つ守れないまま、男の大剣が内臓をえぐりながら体の前から後ろへ抜けていった。

 剣の柄を握った男の体温が、己のすぐそばに止まっていた。

「コールヌイ……俺はずっと、お前が好きだった。お前が羨ましかった……けれどお前はいつも全て俺の上をいき、それでも俺を立て続けた。それが嬉しかったし、同じように苦しかった。細かい何かが積もっていった。黒く黒く積もっていった。そして、ミリアムも、お前を愛していた。お前だけを……」

「ア……イ、リオ……ス……」

「すまねえ、さよならだ」

 哀しそうな瞳でアイリオスが剣を引いた。抜かれた剣の穴の奥から、噴き出すように己の血が溢れて散った。

 意識が途切れてまた起きた。

 数秒後の世界は赤く赤く染まっていた。体が赤い池に倒れていた。

 遠くで村が燃えていた。遠くで赤く染まっていた。近くも遠くも染まった世界で、花が空から降り注いでいた。季節を越えて降ることを忘れていた花々が、今頃になって季節を忘れて降り続けていた。

 アイリオスが気絶した小柄な女性を抱えていた。

 視線だけで見回すと、かつて仲間だった男と女性が目を見開いて事切れていた。

 あの時、己が戻るなんて言わなければ……

 花が全てを覆ってゆく。赤も炎も覆ってゆき、燃え焦げ空に舞っていた。

 アイリオスが振り向いて、そしてその瞳が己を見た。

 疑問が湧いた。お前は、満足したんじゃ無いのか。ならば、なぜ?

 悔しさと共に津波のような後悔が襲いきて、己の意識を覆っていった。



 気がつくと、壁全体が薄明るく光る部屋で、己は透明なカプセル状のベッドに横たえられていた。棺桶だろうか?しかし、それにしてはおかしな感じだ。

 体が動かせない。声も出ない。

 死んだのだろうか。

「……気がついたか」

 ハタムだった。

 お前、生きていたのか? どうやってか分からないが、致命傷だったはずの傷が消えていた。

 やはりここはあの世なのかもしれない。それでも、傷が残らないで良かったなあ、ハタム。あんな傷、あるときっと痛いもんなあ。

「オリビアは間に合わなかった……残念だ」

 オリビアはいないのか? そう思い浮かべたら、答えが返って絶望する。

 そうか、オリビアにはもう、会えないのか……涙が溢れて流れ落ちた。

 お前は、どうして無事なんだハタム。いや、無事で嬉しくはあるのだが。

「それを今説明する訳にはいかんのだ、許せコールヌイ。お前を、後悔を抱かせたまま、送るしかない。俺には……僕には、今はそれしかしてあげられることが無いんです。すみません。史実に干渉しないままに何とかしたかったけど、何もできませんでした。あなたにはお世話になったのに、いや、これからとてもお世話になるのに。何も、返すことができなかった……ふがいない弟子を許してください……」

 泣きそうな表情でハタムが言う。こいつのこんな表情は見たことがない。お前、そんな顔もできたんだな。だったら最初からしていろよ、その方が、人間ぽくて、いいと思うんだが。

 というか、弟子? なんのことだ、ハタム。己はお前に何かを教えた記憶は……いや、というかお前、しゃべり方がいきなりさっきから何かおかし……

「もう、時間です。これから、あなたは旅をする。全てを置き去りにして、時の先へ。その溶液に漬かっていれば、仮死状態の間に体は治ります。けれど、負けたまま、大事な人間を置き去りにしたまま、これからあなたは隔絶する。何一つ解決できないままに、誰一人救えないままに、ほんの僅かすらも満足する結果を残せずに、ここから遠ざかってしまう。二度と、戻れない場所にあなたは行く。……僕を恨むでしょうね……でも、すみません……これ以外、僕にはやりようがない。他のやり方を僕は知らない……」

「さっきからいったい、何の……はなし、を……」

 ようやく声が出た。その矢先、いきなり急激に眠くなる。

 なん……だ、この、恐ろしい眠気、は……

「何とかしたかった。でも、悔しいけれど、これ以上は無理のようです。許してくれとは言いません。ただ、……そちらの時間でも、コールヌイ、あなたの生には価値があるのだということを、忘れないでください……それだけは、願います。心の底から願います……」

 ハタムの声が聞こえなくなる。まぶたが落ちて世界から光が消える。

 最後の瞬間に、己はアイリオスとミリアムの事を思い出した。

 どこへ行くのか知らないが、そうか、あいつらを残して己だけゆくのか。

 ハタム、お前を恨みはしない。ただ、悲しい。悲しくて寂しくて哀しくて悔しいのだ、ハタム。

 お前は生きているのだな? なら、また、会えるのか?

 必ず、いつかまた会おう、ハタム。

 そして、その時こそ、その時こそ全ての後悔を。

 後悔をしない生き方を……

 すまない、ミリアム……オリビア……助けてあげられなくて、本当にすまない……

 アイリオス……お前は幸せなのか、本当に、それで幸せなのか……

 聞いてみたかった。せめてそうだと言って欲しかった。

 ならば最後になんで、お前は悲しそうな目をしたのだ、アイリオス。

 満足したのなら、なぜ笑顔を向けてくれなかった。

 それが一番心残りだと、なぜお前には分からない。

 アイリオス……止めてやれなくて、すまない……いつか、お前に、お前でないならば、せめてお前に連なる者に、己は、いつか笑顔を………笑えよ、笑え、笑って、くれアイリオ……ス…………………





 目を覚ました。

 何度も目を覚ました。

 何度も倒れ、目を覚ました。

 どの世界もどの時代も世界は暗黒で、それでいて哀しげだった。

 花が幾重も舞い降って、何度も季節を彩り消えた。

 だが、まだ続いていた。世界も自分もまだ細くても切れずにちゃんと続いていた。

 たとえ負け通しだとしても。

 そうして続いているのなら、まだやれることがあるはずだ。

 そうだろう、アイリオス。

 ミリアム……オリビア……

 そして、ハタム。……いや、もしかして、お前なのか。

 理屈は分からない。だが、お前なのか?

 全てを、思い出した。

 指や体を動かした。動く。まだ動かせる。

 アベルは、なぜ私を殺さなかったのか。

 分からない。

 だが、まだ生きているのなら。動く体があるのなら。

「若、あなたを必ず、心の底から笑わせる。全てをかけて、あなたを必ず笑顔にさせてみせる。なって頂きます。だから、だからまだ消えずに、待っていていただきたい」

 懺悔も後悔も星の数よりずっと多い人生だ。

 哀しすぎて、時が経ちすぎて忘れていたことも多かった。

 それでも、己はまだ、未だ消えずにここにいる。想いを思い出したのなら。

 目を見開いた。そして立ち上がる。

 コールヌイはここがどこかを調べるために、片足で壁に手をつき歩き出した。



     第二十一話 『追憶4〜空に舞い、砂に咲く花〜』 了.


      第二十二話 『カルロス1〜人の間〜』に続きます… 






過去編、終了です。

次回から、最終章中盤に入ります。


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