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Grand Road ~グランロ-ド~  作者: てんもん
第七章 ~ On the Real Road.~
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第二十話 『追憶3〜空に舞う花〜』

「すまねえがコールヌイ、代わりに交渉の場の護衛に行ってくれねーか」

 アイリオスがそう言ってきたのは、開拓村に来て10日程経った、葉の月も終わりを迎える頃のことだった。空はどんよりと花を溜め、降らないままの色をたたえてくすぶんでいる。

「それは構わんが、なんだ、何か用事でもできたのか?」

 疑問に思い軽く無意識に聞いていた。初めの話ではそちらは、アイリオスが行く手筈になっていたはずなのだが。

「まーな、ちょっと、な」

 相変わらず言葉尻がはっきりしない。何か隠している様な態度。ここ最近、そういう言動がとみに増えた気がする。

「そうか……それなら仕方ないな」

 だが、オレは気付かないフリをした。してしまった。

 家族の居ない己は、ちょっとしたことで、血の繋がった者ですらも離れてしまうことを知っていた。せっかくできた大事な仲間がそうなることが怖かった。

 だからいつも、無意識に仲間の緩衝役を買う癖がついていた。過保護でもなければ、相手の為でもない。ただ、自分が安心するその為だけに。

 そんな自分に気付いたのはいつだっただろう。だが、気付いたからといって止めることなどできなかった。そして、その時も己は、自分がワリを食えば良いのだと安易に考えてしまったのだ。

 思えば、この時あいつを詳しく、問いただしていれば。もしくは、喧嘩してでも質問し話をちゃんと聞き出していれば。この先の事件を防ぐことができたのかもしれない。そんな風に考えたこともあった。

 だが、そうじゃない。きっとそんな簡単なことなんかではなかったのだ。

 たとえそうだったとしても、抗えないものはきっとあったのだ。

 それでも、と己は考える。

 やはり、己が一番悪かったのではないかと。

 己さえいなければ、あいつもこの国もこんな風にはならなかったのではないかと。

 答えは出ない。

 出るはずも無い。

 全ては終わったこと。

 ずっと昔に終わりを向かえた話なのだから。

 己は、アイリオスの代わりをかって出た。

 アイリオスは薄く笑って「サンキュな」と一言言った。

 その顔が哀しげだったのか、それとも嬉しそうだったのか、はたまたドス黒く濁っていたのものだったのかは、覚えていない。

 ただ、後からいつも、どうしてもその場面だけ繰り返すだけだ。

 あとの炎の場面と共に。何度でも。


 その、己たちが滞在した約一月間。その間に、開拓村ではあるものが流行りだしていた。

 いつどこから、誰が持ち込んだのかも定かでないままに。

 綺麗なのに不安にかられる【赫い小瓶】は、静かに村に浸透し始めていた。

 ほとんど時がかからずに、村人の大半が身近に赫い小瓶を飾るようになっていった。

 最初は何も変わらなかった。

 だが、徐々に村の人間が怒りっぽくなっていった。

 理由は分からなかった。

 素朴に、自然に、誰もが沸点が低くなり怒りっぽくなっていった。

 己たちに矛先が向くことはなかった。己たちには村人は皆優しかった。

 だから、気付くのが遅れていた。

 その村が、致命的なまでに、熱されたマグマで満たされ尽くしていたことに。

 悔やんでも悔やみきれないことに、最後の瞬間まで、己は気付くことができなかった。

 そしてその日、何度目かの交渉の席が、村の中に持ち込まれた。



「なんだかさあ、どっか空気がおかしくない?」

 地下水の流れに関する交渉役が、先ほど水晶の一族の村から到着し、村長であり開拓長でもあるアプルウェーファの家に入っていった。そんな午後。

 ミリアムは朝からずっとそわそわした表情で、そう呟いていた。

「ええ? 気付かなかったけど。そんな気にしたことはないんじゃない?」

 オリビアがあくびをしながらそう答える。

 相も変わらずハタムは無言で頷いて、己は護衛役を勤めるために立ち上がった。

 アイリオスは朝からいない。どこへ行ったか誰も知らない。

 そして、交渉が始まった。


「もう一度言っておく。我らは昔からここに住んでいた一族だ。つまりは地主に近い。お前たちに近くに住むなとはいわぬ。だが地下水は有限だ。その権利もこちらがまず主張できなくてはおかしいし、そうあるべきだ」

 平行線だ。

「そちらの言い分は分かりました。しかし、こちらも、近隣諸国から許可をいただいて井戸を掘ったのです。この場所がベストだと考えて、あえてオアシスを外して砂漠に開拓を広げたのだ。あなた方はもともと流浪の一族だったと聞く。そして各国に何一つ使者を送られていない。長く今の場所に住まれているなどと、こちらが把握できるわけが無いだろう! 義理を欠いたのはそちらも同じ。どこにも知らせなかったのはそちらの落ち度。ならばせめて権利は平等であるべきだ!」

「話にならぬな」

 どちらも、折れる気配が無い。運悪く同じ地下水源を持ってしまった双方に、妥協する気は毛頭なさそうだ。

 コールヌイは、冷や汗をかきながら入り口近くの隅で話に耳を傾けていた。

(これは……想像以上に難航しそうだな)

 既に二時間が経過している。なのに、初めの話から一歩も進んでいないように思えた。堂々巡りもいいところだ。このままだと、滞在も長引くことになるかもしれない。そう思ったそんな矢先だった。

「話にならないのはこっちだ!!」

 開拓長であるアプルウェーファが立ち上がって激昂した。

 それでも歯を噛み締めてなんとか堪え、もう一度席につく。

「権利を譲歩することは、できん」

 アプルウェーファも一族の命運をかけていた。元々の国を離れ、単独で近隣各国と交渉して、何年もかけてようやく開拓地を勝ち取ったのだ。オアシスを外れていればこそ、近隣の王も納得してくれた。なのに、勝手に元からあったオアシスに住み付いていたというだけで権利を主張するなど、開拓長にとっても許せる話ではなかった。

 こちら側の村人も、あちら側のローブからターバンまで黒く染めた黒装束の随行員たちも、双方の交渉の場の後ろに立ち続けている全員がため息をついていた。

(いつになったら終わるんだ……)

 もしやアイリオスのやつ、これを見越してサボっただけなんではなかろうな。

 そういう疑問が湧いていた、そのときだった。

「開拓長! 大変です!!」

 一人の村人が汗まみれで長の家に転がり込んだ。

「なんだ、騒々しい! 客分のおられる前だぞ」

「その、客分に関することなのです……」

 ちらちらと何度も水晶の一族の交渉役に視線をやりながら、男は長に近寄り耳打ちする。

 椅子がけたたましく倒れる音。

「馬鹿な!! そのようなこと、そんなことが……!」

 長の視線が定まらず激しく揺れる。

 交渉役が視線を険しくし、随行員たちがザワザワと話し始めた。

「まさか、この件、長が……?」

「馬鹿をぬかすな! わしは何も知らぬぞ!!」

「なにか、あられたのですかな」

 黒装束の交渉人が睨みを利かせて凄んできた。

「いや、あの、その、そういう訳では……」

 明らかにおかしい長の挙動に、相手の不審は止まらずに増してゆく。

(いったい、何があった?)

 己も警戒値を大幅に上げ、腕組みを解いた。何がおきても良いように重心を均等に両足にかけ、気を込める。

「答えてもらおう! 何があった!?」

 張り上げられた怒声に、開拓長が驚いて口を滑らせる。

「あ、あなた方の村が襲われたのだ……! い、いや、わしらは関係ないぞ! 何も知らん!知らんのだ!!」

 瞬時に目を剥いて黒装束たちが立ち上がり、全員揃って掘っ立て小屋を飛び出した。

「確認してくる!」

 誰も傷つけられず、黒装束も誰一人残っていないことを把握した後、己も彼らの後を追って走り出した。

「なに? どしたのいったい!?」

「分からん! なにかが起きた。お前たちはこの村を守っててくれ!」

 走りながら仲間に後の守りを任せ、己は村を飛び出した。

 最高速で数キロ離れたオアシスに向かう。

「ムウ……これは……!?」

 血の匂いがしていた。おびただしい血の流れた蒸れた匂い。まだオアシスにたどり着く前だというのに、鼻が曲がりそうなほどに漂ってくる。

 ばかな……これでは……

「おおおおおォォォォォォォ!!!!!!」

 泣くような叫びがこだまする中、己もオアシスに入っていった。



 惨劇、というしかなかった。

 いくつかの戦闘を経験した己でも、見たことが無いほどの虐殺現場だった。

 子供や女性、老人も含め、数百人いたはずの村人の半数以上が血の海に沈んでいた。生き残っている者も、ほとんどがかなりの重症だった。

 血の匂いに酔いながら、歩く。気付くととある家の前に来ていた。家の前では家族、なのだろう、交渉役が子供と女性を胸に抱いて天を仰いで叫んでいた。

 ギロリと光る視線が突いた。

「……お前たちがやったのか………?」

 怖気が膨らむ鋭さだった。

「……己たちはずっとあちらの村にいた。見ていたろう」

 そう言ってから気付く。一人、いなかった。

 だが、まさか。そんなはずは無い。あってたまるか。

「……交渉は一時中断だ。帰ってそう、伝えておけ」

「……わかった」

 頷くしかなかった。自分たちではない。そう何度伝えたところで、なんの説得力も無かっただろう。

 貫く複数の視線にさらされ、無力感に苛まれながらオアシスを出る。

 開拓村まで後少し、という地点に来た。

 砂山の影からアイリオスが現れた。

「……アイリオス」

「お、どうしたコールヌイ。しょげてんなぁ。何かあったのか?」

 何の気取りも気負いも無い声色だった。

「お前、……さっきまでどこにいた?」

「なんだよオイ、尋問みたいに? ちっと用があってな、あっちの川の方まで行ってたんだ」

 自分たちが旅してきた街の方、オアシスとは逆の方角を示して言う。

「……間違いないんだな?」

「あ? なんだよ、疑ってるのか?」

 心外だと言う顔。いつもと変わらない笑顔。本当か?本当にそうか?

 己はじっとアイリオスを見つめる。居心地悪くなったのか、アイリオスが視線を逸らした。

「だあから、なんなんだよっつってんじゃねーか。何があった、話せよ」

 ことの次第を話して聞かせた。

「……俺を疑ってんのか?」

 さすがに声色に険が入る。

「疑う奴も出るだろうという話だ。やっていないということを証明しなければ、交渉の肴にこちらが叩き出されるぞ」

 本当にやっていないんだな?

 念を押した。

「ああ、信じろ」

 アイリオスが首肯する。

 信じたい。信じている。

 二人で開拓村に帰りながら、隣の男に向かい、己は心の中で何度も呟き続ける。

(信じて、いるぞ、アイリオス……)

 村に帰り報告したとたん、村は本格的に大騒動になっていった。



 あれから一日が過ぎていた。次の日も暮れようとして空が赤く染まっている。オアシスの連中は、なぜか黙ったまま不気味にも何の動きすら見せていない。開拓村はお通夜のように静まり返っていた。

「……ねえ、いったい全体、何がどうなってるっていうのよ?」

 オリビアが気ぜわしげに小声で聞いてくる。気持ちは分かるが、何度も聞くな。

「己が知るわけないだろう……。何か動きがあれば知らせがくるはずだ。黙って待機しているしかないな」

 自分たちにあてがわれたテント小屋の中だった。何もできないし何も分からないことのストレスが、徐々に溜まって蝕んでいた。

「あたしぃ、外で思いっきり走ってきたい……」

 椅子の上で足を組んだミリアムが上目遣いで駄々をこねる。

「全部済んだら思い切り走るといい」

「今がいい……」

「ワガママ言うな」

 ぶー、と人間並みの子猫が鳴く。仕方ないだろう。己にできないことを勝手に要求しないでほしい。

 何も動きが無いのが精神にとても堪える。困ったことが起きて欲しいわけではないが、誰か経過を教えて欲しい。

「ったく、なんだって俺たちがいつまでもここに居なきゃならねーんだ」

 端正な筋肉男、アイリオスがあくびと共に言い放った。

 ……お前がぬかすな。

「あんたねぇ……貴方が川に行っていたっていう証言が誰からも取れなかった以上、仕方ないじゃない。あんたに文句いう権利は無いわよ。というか、こっちに謝ってほしいぐらいだわ!」

「なんだとお!?」

「止めないか、二人とも!」

 よけいストレスが溜まるだろうが。

「なにか動きがあったようだぞ」

 ハタムが窓辺の端から覗きながら、小さく応えた。

 全員無言で窓に寄る。

 目の端で覗くと、大勢が松明を掲げてこちらに歩いて来るところだった。

「……嫌な感じね」

「……どうやら、己たちにとって、最悪の展開かもしれないな」

「ええー、ホントにぃ?」

「くそ……あの野郎ども、俺たちを売ったのかもな」

「……で、どうするんだ?」

 己は小声で決を取った。

 村の連中には腹が立つが、気持ちは分からないでもない。

 しばらく顔見知りとして滞在した村の連中とことを構えるのも、気分が悪い。

「なら、逃げるしかないな」

「……っちぇ、ただ働きかあ」

「誰かさんのお陰でね。あとで絶対たらふく奢ってもらうから覚悟しといて欲しいわ」

「わーかったよ! 悪ぅございました! ちゃんと奢るって、悪かったとは思ってるんだからよ」

「……」

 全員、用意できたようだ。

 結果は無念だが、仕方ない。命あってのものだねだ。

 子供たちの顔が浮かぶ。彼らにも誤解されているとしたら、悲しいが。

「これより戦略的撤退に移るぞ。各自、バラバラに逃げたあと、落ち合う場所は覚えたな? ではテイクオフ!」

「「「「ヨーソロ!」」」」

 玄関、裏口、窓と、それぞれの出口を蹴り開けて四方に全力で駆け出した。

 顔見知りが済まなさそうな顔で真剣に追いかけてくる中、夕闇に暮れる砂漠に出ても止まらず走る。

 小一時間走り通して振り向くと、後ろにはもう誰もついてきていなかった。

 呼吸を整え、静かに歩き出す。

 落ち合う場所まではまだあった。己は歩きながら昨日の件について考えていた。

「あれは、いったい誰の仕業だったんだろうな……」

 アイリオスだとは思いたくない。

 だが、他に可能だったやつはいるのか?

 二つの村以外のどこかの誰か?

 考えられないわけではないが、そんなことをする理由が見当たらなかった。

 亀裂があるのは、あの二つの村の間だけなのだ。

「どうすれば、止められるだろうか」

 普通に考えれば、ずらかるべきだ。仕事は既に不成立だ。もはやあの二つの村に関わる理由は存在しない。

 彼らがどうなろうと知ったことではないのだ。

 だが……。

「くそ……っ」

 苦虫を潰したような顔で立ち止まる。

 一緒に遊んで笑ってくれた子供たちだけは。

 開拓村の笑顔の子供と、血に沈んだオアシスの子供が同時に脳裏に浮かぶ。

 顔を上げる。いつの間にか、合流地点まで後少しの場所までたどり着いていた。

 合流地点で再度皆の決を取る。

 誰も、意義を挟まなかった。どこまでいっても彼らは最高の仲間だった。

 だが、後ろで一人違う笑みを浮かべた男に気付けなかった。残念そうな笑みを浮かべた彼に気づけなかった。

 己は、気付けなかったのだ。最後まで、何も。

 だから全ては己の責任だ。

 己が責を負うべきことだ。

 全ての黄金の日々の崩壊を己はその時選択し、全ての未来はそして決した。


              第二十話 『追憶3〜空に舞う花〜』 了. 


     第二十一話 『追憶4〜空に舞い、砂に咲く花〜』に続きます… 




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