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Grand Road ~グランロ-ド~  作者: てんもん
第七章 ~ On the Real Road.~
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第十話 『発動 〜乱〜』




「破ァアアアアアっっ!」

「雄おおおおおおおっっ!!」

 ナハトとデュランが前陣で敵に向かってゆく。地響きを立て迫るキカイ体群、それに向かい伸縮自在の槍でナハトが崩し、デュランが熱を発し風を纏うグレートソード(背丈ほどもある大剣)で切り斃す。もの凄い速攻だ。敵が姿を見失い翻弄される。息が完全に合っている。

「こっちだアホタレ」「違うわよこっちこっち」

 残る少年少女が左右で激しく動き、ムチや水晶球で牽制けんせいする。リーブスは少し離れた場所で五十を超える思考誘導電磁ナイフの群れを操り、仲間や市民に当たりそうな敵の攻撃をことごとく打ち落としていた。

 さながら剣舞のごとく美しい闘いに、市民たちは逃げるのも忘れて見入っていた。

「バカヤロー! 早く逃げやがれボケ──―ッ!」

 カルロスの叫びにようやく我に帰り逃げ始める住民たち。しかしその動きも遅く、恐ろしくゆっくりしたものだった。カルロスは大きく舌打ちする。

「クソッなんで最優先にやるべき事が分からねえんだアイツ等! 命が惜しくねえってのか!?」

 想像力すら無ェのかよあいつらは! カルロスは敵と対峙しながら、すべてを救うことの難しさを実感する。すべての人間が自分と同じように考えて動くわけではないのだ。だが、それでも考える頭があるのならせめてもう少し……。もう少し人間というのは考えて動ける生き物だと思っていた。なのに……。

「クソッタレェッ!」

 刻一刻と時間が経ってゆくこの場の中において、すべての人間を救う事はできないだろうことを、焦燥と共にカルロスは感じ取り始めていた。


       ◇  ◇  ◇


 タプン……

 どこかの岩の窪み、小さな水溜りに落ちる鈍い音色が、闇の中かすかにこだまする。

 もう、半日以上その音しか聞こえない。

(あまり、気を取られないほうがいいんだけどね……)

 それでも耳が音を拾ってしまう。眠らせずに一定の音を聞き続けさせる拷問が、どこかの国にはあるという。普通の人間なら一日と保たず狂いだすらしい。

 彼はここに入れられるのは二度目だ。その点で言えば、この手の音の対処法を身に着けているといえる。だが、それでも耳に入ってくる音を完全に消すまでには至らない。闇の中で無ければ、他の音さえあれば。こんな小さな音に気を取られることも無いのだろうが……誰が見張っているか分からない。以前と違い、人質のことを考えて自ら動きを固定してしまっている以上、今はただ、何かを考え続ける以外やることすらない。その音を半日以上聞きながら、ナーガは別のことを考え続けていた。


(ファング君。君は今、何をしているんだろうね……)

 地上の事も気になるが、今は気にしても仕方ない。

 それよりも、誰か特定の仲間のコトを考えている方が余程マシだ。

(あの日別れてから、まだ二日ほどしか経っていないんだね)

 あれから彼は、どこへ向かったのだろう。

 あの後確かめたところでは、彼が機械で、そして飛行機械を奪って逃げてきたということは、すべての仲間の知るところとなったようだ。アベル君は、ファングはもはや敵だ、という意味の言葉を使ったらしい。

(短絡的な……)

 彼がリーダーなのはいいだろう。問題ない。彼にしかできない仕事も多く、適任だ。だが。

「彼には、致命的な欠点がある……」

 そう……彼は仲間の中で、一番「人間」を信じていない。

 この──この生まれた国を見限り、裏切った自分よりも、さらに。

「キカイが嫌い、なんだろうね。彼は」

 薄い苦笑い。わずかに自嘲が混じるつぶやき。人の心を持つ者が身体がキカイだというだけで敵だというのなら、キカイの精神と混ざり合った自分はどちらになるというのだろう。

(ファング君……)

 彼の未来に、還る場所はあるだろうか。確認したあとすぐに拘束されてしまったので、その後の仲間の動向がどうなったのか、知る術はない。持ち物も通信鏡を含めて取り上げられたままだ。

 キィ……。微かな焦りが腕を吊っている鎖を鳴らす。

さすがに「ヒト」の側の意識が限界に近い。焦りさえ無ければ保つとも思うが、言っても仕方の無いことだ。精霊体には意味の無いはずのため息が漏れる。

(もう、物質化を解いてしまうべきだろうか)

 ずっと思念の糸で探索し続けているが、誰か生きている者が監視している気配は無い。物質化を解けば、今の苦痛からは逃れられる。何より物質化を解く事で、精神同化したヘイムダルの力を使う事ができる。さすがにこの地盤の厚さでは、すり抜けるという訳にはいかないようだが……。

 物質化をしていないからといって、完全にこの世界の物質と独立して存在しているわけではないのだ。相互作用がまるで無ければ見ることも聞くこともできはしない。

 それでもインフィニティネットを介することで、五感に入る範囲で今起きている大半の事柄を知ることはできる。もっと深度まで融合すれば世界の事が全て分かるのかもしれないが……今はまだ、決心が付いていない。

 それに、監視しているものが生きているものだけとする根拠は何も無い。

 キカイ体とまではいかなくても、監視に何かの機械を使っている可能性は否定できないのだ。

(こんな地下洞、以前入れられるまで知らなかったしね)

 この国は極秘事項が多すぎる。さすがにルシアを信奉するセレンシアと同じく、かの大戦直後まで歴史を遡ることのできる国だけはある。

 帝国へ戻ってからも、いくら調べてもこの場所の記録はどこにもなかった。完全なトップシークレットという事だろう。だとしてもこんな深い地下道、今のこの国の人間が作ることができたはずはない。500年前の遺跡の一部に違いないのだ。実際、以前は気づかなかったが、今回はここまで来るのに機械式の昇降機のようなものを使っていた。

 やはり機械式の監視装置が無いという保証は無い。

(八方塞り、だね……)

 ぺたん……

 またもため息をつきそうになった時、闇の奥に何かの気配を感じた。足音だ。

 索敵能力が落ちていたようだ。油断だな。だが、変化があることは歓迎しよう。

「困ったね、まだまだ未熟ということか……さていったい誰──? な!? 貴様……貴様、なんて、事を……っ!!」

 現れた影を目にした彼は、驚愕とともに視線に憤怒の炎を点していた。


       ◇  ◇  ◇


 ドカドカドカドカドカッッ!

 第三波からは、敵は超重級のキカイ体を投入し、質量そのものを武器に使って押してきていた。

 悔しいが有効だった。ナハトの槍やデュランの大剣はともかく、ほかの三人の鞭や誘導ナイフ、水晶玉などは、いまやけん制以外の役に立ってはいない。

「ッンの野郎ォッ!」

 カルロスが、巨大な腕を振り回し人間大の針を飛ばしてくるキカイ体の「目」、レンズを的に鞭を疾走はしらせ応戦していた。

 貫いた! 直後に古代武器のスイッチを押し電撃を叩き込む!久々の一体撃破! 内部破壊を確信してカルロスが心の中でガッツポーズをしたその瞬間、倒れこんだキカイ体の身体が爆発した。

「ぐああぁぁっ」

 爆風に飛ばされ投げ出されるカルロス。が、それが幸いした。さっきまでいた場所の横にあった建物が、爆発で、瓦礫とガラスを撒き散らしながら崩れ落ちる。

「カルロス! 無事か!?」

「おゥ、心配すんなっ!ってそっちも危ねェ後ろ来たぞ!」

 カルロスの声で前を向いたままデュランの剣が振りあがり、「オォオオオッ」雄叫びとともに後ろへと横なぎに払われる。剣を使った裏拳だ。

「すまんな」

 後ろの敵を真っ二つにしたデュランが、カルロスの横に並び背中を合わせた。

「気にすんな。それより、どんどん敵の攻撃がえげつなくなってきてんだけどよ。なんだよさっきのアレ? 爆弾積んでやがんのかアイツら!?」

「ああ、群れが変わるごとに、俺たちとの戦闘データを参考にして陣形を組みなおしてるんだろう。計算の速さはやつらの十八番だからな……厄介だな」

 5人で守るには市街戦は不利にすぎた。建物の陰に身を隠されたり、あちこちから同時に入ってこられたらそれだけで連携をとるどころではなくなってしまう。まだ敵が小出しに襲ってきているから対処できてはいるが……。

チッ……、カルロスの舌打ちが耳に落ちる。

「だんだん一撃で倒せなくなってきてるしな……。ほかの三人はどーしてる?」

 姿が見えない仲間の動向を尋ねる。敵の動きが巧妙で、街の中心部に誘い込まれ分断されてしまったのだ。仕方ないとはいえ、バラバラにされたままじゃそのうちジリ貧になるのは目に見えている。

「ナハトはあの建物の向こうで闘っている」

 視線をやると、少し離れた場所から連続した爆発音がこだました。なるほど。

「あいつはああ見えても、14の時に普通の槍で5mの獅子を倒したほどの奴だ。今のところはまだ心配はないだろう。リーブスも、武器そのものの威力はさほどではないが、あいつ自身の能力が桁外れだからな。急所を的確に狙い撃って、爆発もさせていない。さすがだな」

 だが、それでも武器の基本的な破壊力が違う。デュランやナハトと比べれば、斃せる数はそれほど多いとはいえなかった。

「生意気オンナは?」

「ラーサは……さすがに荷が重くなってきたんでな。命知らずの野次馬連中の避難誘導の方を頼んだんだが……はかどってないらしい」

 苦虫を噛み潰したような声。カルロスの口からさきほどに倍する舌打ちが漏れた。

「~~~っ、なんなんだあのクソバカヤロウ共の大群は!? どうしてまともに逃げてくれやがらねえ? こっちが何のために体張って闘ってると思ってやがるんだ、アァ?!」

 言っても仕方ないことだ。ああいうやつらだと覚悟してきたことだ。それでも助けると決めてきた自分たちだ。だが。

(言いたくもなるじゃねーかよ……)

 死にたくないと醜くわめくくせに、危機感や防衛本能が皆無で自分だけは死なないんじゃないかと他人事のように楽しそうに見物する。そして、そのくせ死んだり怪我をしたらこちらを罵るに違いないのだ。

 何をやってるんだお前ら、と。ちゃんと守れよこの無能と。

 それはどっちの台詞だ?この野郎。俺たちゃこの国の人間でもなけりゃ部下でもない。金や何か支払いをもらって仕事している訳でもない。

 感謝しろとは言わねェ。でもせめて戦うか逃げるか決めてくれ。諦めて死ぬ事を受け入れるか真剣に生きようと努力するかどちらかにしてくれってんだ!

 阿呆みたく見物しててそれで文句言うんじゃねーよクソ蟲どもっ!!

「……気が済んだか?」

 我に返る。

「……悪ぃ、声に出してたか、おれ?」

 顔が歪むほど恥ずかしくなった。代わりに反省で赤黒くなる。アベルにあれほど偉そうな事いっといてこれかおれは? あいつらの事言えねーなマジで。

「いや、……顔に出ていただけだ」

 それでもおんなじだ。手のひらで少しだけ顔を隠す。

 気にするな。デュランはそう言ってくれた。けれど、まだ15歳のカルロスは、刹那的な後悔を止められない。

 バンッ

「痛ェ!」

 いきなり飛び上がるほど痛かった。背中をさすりつつ振り返って睨み付けると、目線の先にデュランの優しい瞳があった。

「気が済んだか? だったら、いくぞ? 反省も後悔もすればいい。大事な事だ。けれど、思うことは誰にでもある。気にするなとは言わないが、お前は、そんな程度で自分を悪く思わないでいい。お前は、いい奴だよ」

 にっこりと笑顔を向けられ、カルロスの顔が別の意味で赤くなる。背中の痛みが一瞬で飛んでった。

「バ、バカヤロー!ンな簡単にヒトをいい奴呼ばわりすんじゃねー馬鹿! おれがそんな訳ねーだろーッ、っていうか背筋が死ぬほど痒くなら──!!」

 いくぞ馬鹿ヤロウ、となんだか傍目には泣きそうな顔をして少年が走りだす。

「……」

 デュランは後ろについて走りながら、こみ上げる笑いを堪えるのが大変だった。「ナーガの野郎は何で手伝いにこねーんだー役に立たねー」照れ隠し丸出しで話題をそらす少年の背中を視線に入れるたびに、顔が緩むのを抑えられない。

(……褒められ慣れていないな)

 このとことん純粋で反応のいい少年の照れた顔を見ることができたのは、今までに何人いるのだろう。そこに自分が入る事ができた事が、純粋に嬉しかった。

「だが、……」

 真顔に戻る。何も考えずカルロスが照れ隠しに口走った言葉が妙に引っかかってならない。

 確かに、連絡は取っていないにせよ、あのナーガがまったく何のアプローチも寄こさないと言うのはどういうことなのか。手伝えというわけじゃない。あいつは基本的には戦闘タイプじゃなくサポートや後方支援の頭脳タイプだ。だが、それでもここはあいつのいる街だろうに?

「なあ、カルロ……」

 ……う。

 浮かんだ疑問をカルロスに尋ねようとして真っ赤な耳をまともに見てしまう。カッとして熟考が吹っ飛んだ。

(う……、リーブスの気持ちが分かるな、少しだけ)

 からかって毎日過ごすのも確かに面白そうだ。前を走る少年には絶対に言えない事を、少しだけ考えるデュランだった。


「なんで……、なんで真剣に逃げてくれないのよぉーっ!!」

 ひとり、戦列を外れて避難誘導に回ったラーサが、大声で悪態をつく。

 それもそのはずで、ここに残っている人間のほとんどが彼女の言うことを聞いてくれないのだ。早く逃げて、ここは危ない、命が惜しくはないのあんたたち!

 聞く耳を持たない。そんなものを持っている人間は、もうとっくに逃げ去っているのだろう。中には信じられないことに、ラーサにちょっかいを出したり声をかけナンパしてくる馬鹿もいた。この状況下で!!

 信じられなかった。

(コイツラ……真面目に生きた瞬間が生まれてから一度でもあるのかしら)

 真剣にそう問いたくなった。問い詰めたくなった。胸をひっつかんで引きずり倒して尋問してやろうかな。

(馬鹿馬鹿しい。こんなヤツラを助けるために、なんであたしが……駄目ね)

 瞬時に反省する。

 ふう……とため息。

 こんなやつらでも、死んだら悲しむ人がきっといる。それに、

「ナハトさまが決めた事だもの。あたしはナハトさまについてゆくって決めたんだからついてゆくだけだわ! てゆーかついてくんだから!」

 口の中で叫んで向き直り、今度は大声でバカどもに向かって叫ぶ。

「注もーく!!注目してこっちを見なさいあんたたち!」

 そうと決めたら容赦しない。してやらない。してやらないんだから!

「うふふふふ、そう、逃げないの?逃げてくれないんだ?クスクスクス」

 瞬時に豹変したラーサの不気味な笑い声に、皆一様に後ずさる。

「そーなんだー?へー。そう……言うことを聞いてくれない人たちにはやっぱりお仕置きが必要ね、必要よねえ?」

 近くにいた青年の口から悲鳴が漏れる。ポニーテールの美少女の瞳に次第に光がともり、唇が三日月形に斜めに吊りあがってゆくのが見えた……らしい。

 ラーサの洒落にならないブツブツに、同調するように水晶球が光を帯びる。ラーサの興奮に従って次第に光が大きく広がってゆく。

「見ていてくださいナハトさま! ラーサはお役に立つ奥さんですわよーッ」

 バリバリバリ。カミナリの放電のような音をさせ水晶球に紫電が走る。

「さーあお待ちかね、お仕置きたーいむぅぅ」

 笑顔。満面の笑顔で光が迫る。歩いてくる。

 直後、雪崩をうって野次馬たちが逃げ出した。必死の形相だった。

「まあてぇー!逃げるんじゃないーー!あたしの幸せのために逃げるんじゃないぃぃッッ!」

 先ほどとはまるで逆の事を言いながら理不尽な少女が走る。「あんたたち調教してあとで褒めてもらうんだからー逃げるなーーっ!!」

 そんな理不尽な!と言いたい事を言う暇も無くバカ共が駆逐され街中から駆除されていった。

 ……見事だった。


       ◇  ◇  ◇


「貴、様……っ、どこまで……!」

 視線の先、ナーガの目の前に歩いてきたのは、ハイデマンだった。なぜコイツ程度が近づくのが分からなかったのか。疑問が湧く。だが、ナーガがそれ以上その疑問を頭に上らせる事は無かった。余裕が無かった。

「……ク、ハハハハッ! いい様ですなナーガ殿。ようやくあなたの本当の焦った顔が見られましたよ。なんて心地良いんでしょうねえ?ヒュハハ、ヒヒヒッ」

 ハイデマンは心底快感を感じているようで、表情が悦に歪んでいる。クスリでもやっているかのようだ。……やっているのだろうか?

 その手は小刻みに震えている。手の先に持った刃渡りの長いナイフが揺れる。

 そしてその先が向けられているのは、

「その手を……離せ。今すぐだ!」

 地獄の鬼もかくやという殺気を込め、ナーガが押し殺した怒鳴り声をあげた。

「フ……ン、そういう訳には参りませんね。交渉だ。貴方には聞きたい事があるのですよ……」

 ナーガの憎悪をまともに受け、違う意味での震えも加えながら、それでもハイデマンは羽交い絞めにしたジニアス・ファーレンフィストを離すことはなかった。

 口を塞がれ後ろ手に縛られたジニアスは、ぐったりしたまま長身をハイデマンに預けている。

「何をした……? ジニアスに何をしたのだ貴様は!? 交渉と言ったな?どこが交渉だ!『交渉』などとは人質に手を出す卑賤のやからが口にしていい言葉ではない!!」

 卑賤の輩。いつものハイデマンであれば激昂してわめき散らす言葉のはずだ。だが目の前の男は、それを聞いても笑いを止める気配が無い。にやにやした薄笑い。貼りついたかのような笑み。おどおどした態度も消えていないだけに、よけいチグハグで気持ちが悪い。

「─――?」

 ここに至り、初めてナーガの中で疑問が浮かぶ。……なんだ?

「……謹慎中とはいえ一軍の将を、しかも元大将軍、現宰相の一粒種である彼をその様な目に合わせて、ただで済むとは思ってはいないだろうね?」

 畳み掛ける。どうだ? わめき散らすか、開き直るか、それとも何か策があるのか。

 ……どれでもなかった。

「……そんなことは、どうでもいいのですよ。ねえ、ナーガ殿? お友達を助けたいですか?助けたければ質問にお答えくださいよ」

 いきなり冷静に語りかけてきた。先ほどとはまるで別人だ。二重人格?顔だけが卑屈に歪み、汗を浮かべ、ナーガの怒りに恐れをなし……口調だけが先ほどとまるで違う。何かの策か? なのにそれ以外、何も策の続きがあるようには見えない。表情は恐れている。それでいて言葉にまったく焦りを感じた風も無い。

 いつものこの男であれば、恐れているなら取るものも取りあえず畳み掛けるはずだ。策があるなら優越感に浸りながら嬉しそうに語りだすはずだ。たとえその後、口を封じるつもりだとしても。

怪訝おかしい)

 疑問が強烈に湧き上がる。黒い雲が急速に心を侵食していく。何だこれは。一体どうなっている?

「質問です。私に逆らわないと誓えますか……? もし誓うなら、すべてがうまくいくことでしょう……」

 エコーがかかって聞こえてくる?耳鳴り?ばかな。錯覚だ。精霊体の自分に感覚異常などありえない。

 物質化を解くべきか?奇襲で親友を救い出せる確率はどれくらいだ?

「無駄ですよ?」

「な、何!?」

 無駄だと? 何のことだ!?

「この状況、あなたは従うしかないはずだ。そうでしょう?そのはずだ。そうに違いない。そうでなくてはいけない。そうしなければいけない。そうするべきだ。それしか残る道は無い」

「………!?」

 違う……、何かが違う。何かが間違っている。どこだ?どこがおかしいというんだ?考えろ、考えなければ……。

「考える必要などない」

「!?」

 なんだ?……おかしい、おかしい。さっきから何かがおかしいのに意識がそこに届かない。疑問だけが湧いて、何が疑問かが分からない……、くそっ、薬でも撒かれたか?その為の布石だったのか?もっと早くに物質化を解いていれば……。

「あなたは逆らえない。人質がある以上逆らえない。人間の部分を残しているから逆らえない。心を残しているから逆らえない。大切なものがあるから逆らえない。あなたは従うしかない。従ったほうがいい。従うべきだ。従わなくてはいけない。従うことが一番いいのだ。従うことが最高の道なのだ。従え、従え、従え……」

 次第にナーガの意識が侵されてくる。それが一番いいことに思えてならない。

 催眠術か? 精霊体である以上そんなものに掛かることなどありえない。ありえないはずだ。

「この国の人間があなたに何をした? この世界の人間があなたに何をした? 生まれた国の人間があなたに何をした? 信じたヒトが何をした? 仲間が仲間に何をした? 人間があなたに何をした……?」

「……」

 言葉だけが染み込んでくる。どろどろとした気配。しまった……! これは、まさか同じ精霊体の……。

「従え、従え……、従うしかないのだ。従うしかないではないか。あなたが悪いわけではない。従うしかないのだ。従うことが一番いいのだ。従うしかないのだ。従うことで親友は助けられる。その苦しみから逃れることもできる……」

「く……るしみ……?」

「お前はいまだに迷っている」

「!!?」

「迷う事に迷っている。迷う事に怯えている。答えを出す事を恐れている。答えを出さなければいけない事に惑っている」

「だ、ま……れ……そんな、事は、な、い」

 いけない、このままではいけない。何とかしなければ、なんとかして意識をインフィニティネットにつなげ……

「答えを出す必要など無い。従うと言え。そうすればもう迷う事は無い。従えばいいのだ。従いさえすればいいのだ。従っていればいいのだ。従っているだけでいればいいのだ。従っていさえすれば苦しむ事など何も無い。楽になれる、なれるのだ……」

「だ、ま、……」

 いけない、間に合わない。空気の震えだけではない。精神波?電磁波?振動?それらすべてを使って攻められている。い、つのまに!? な、ぜ、気づかなかった……

「お、ま、え……は、もはや、ハイ……デ、マンでは……ない、な……?」

 にやり。すべてが闇に溶け込み笑みだけが空間に満たされる。ジニアスはどこだ?あれも幻、か?それとも……くそぉ、おの、れ……

「従うと言え。従うと言えばいいのだ。従うと一言言えばそれで済む。それでお前は救われる。それだけでお前は楽になれる。さあ、言え。言うのだ、『従う』と!」

 ぐ、っく、くそ、ぉ、負け、て……たまるもの、カ……

「ぐ、あ、あ、あ、あ……ああああああああああああああああああああああああっっ!!」

 闇の世界で、言葉の闇の中で。闇の言葉に侵されて、ついにナーガは悲鳴をあげた。

 それは、精神波による儀式の祭壇だった。精霊体である以上ここでは言葉が力を持つ。『従う』と答えたが最後二度と逆らうことができなくなる。書き換え不可のプログラムをされてしまう!

 他の音は聞こえない。

 墨のような世界の中で、ナーガの悲鳴だけが続いていた。


       ◆  ◆  ◆


 コツコツコツ。

 大理石の床に足音がひとつ響く。

 歩きながら彼は思う。砂漠の真ん中の街に、これほどの宮殿を造り上げるというのは、どれほどの大事業だったのかと。人々は嬉々として仕事に精を出したのだろうか。

 いや……そんなはずはないな。

「ここはアルヘナ、その都イェナなんや」

 そう、つい先日まで奴隷売買が唯一商売として成り立っていた国なのだ。

 目の前の新たな王が強引に廃止するまでは。

 カツン。硬い靴が音を立て、向き合ったまま足が止まる。

「どこへ行く、アベル」

 その王が口を開いた。王宮の地下に降りる隠し通路の扉。その前に立ったままで。

 アベルはにこりと笑う。音も立てず、静かに嗤った。

「地下へ。悪いケドそこぉ通してもらえへんかな」

 笑顔のまま言う。けれど、アリアムも静かに首を振った。

「そういう訳にはいかないな」

「なんでや?」

「わたしが、目を覚ましたからだよ、アベル君」

「………」

 アベルが首を後ろに回す。まだ笑顔は張り付いたままだ。

「……常人なら一週間は目が覚めないはずの量やったんやけどな?」

「これでも影頭(かげがしら)を長年務めていたのでね。残念ながら、伊達では生き残ってこれなかったのだよ」

 コールヌイだった。ゾウでも三日は目覚めない量の仮死薬と弛緩剤を打たれて、丸一日で回復したらしい。よく見ると足の義足は取り去られ、木の杖に変わっている。それを見てアベルがわざとらしくため息をつく。

「結構苦労して造ったったのに」

 だが、芝居に見えて、それは本物のため息だった。

 ここでこういう展開はさすがに予想していなかった。

 致命的ではない。が、この五年間完璧だった確率操作に、初めて綻びが生じていた。

「化け物やな、アンタも」

 それでも、アベルに動揺は無い。あの地点から五分五分だと覚悟していた。強引に事を進め始めた時から覚悟はしていたのだ。

「初っしょっぱなからまあ……上手くはいかへんもんやな。せやけど、……まだここでお二人さんを殺すわけにはいかへんのやけどなあ?」

 口の中でつぶやいた言葉は二人には聞こえない。

 聞こえたのは、

「あんたらの相手をしている暇はないんやけどな。せっかく大任を解いてもろぉたんや、少しくらい羽ぇ伸ばしたってバチは当たらんやろう? 通したってぇな」

 後生やで? 笑顔で頼み込むアベルに、アリアムは無表情で答えた。

「まださっきの答えを聞いていないぞ。もう一度訊く。どこに、何をしに行くんだ? アベル!」

 その答えは、笑顔。笑顔、笑顔、笑顔。どこまでも笑顔。

「もう後ろのヒトに聞いたやろ?」

「俺はお前に訊いているんだ。ならばお前が答えろ、アベル!!」

 仕方ないなという顔で、無邪気な笑顔で笑顔が答えた。

「『この街にまとめてキカイ体をおびき寄せて街ごと消滅させに行く』んや。下準備は無事終えさせてもろたよってな」

 お蔭さんでな?

 ───ッ。

 空気が変わった。突き刺す様な殺気を帯びる。

「通してや」

「さっき言ったぞ、そういう訳にはいかないとな」

 前後の二人が武器を構えた。前者が短鉄棒の二刀流、後者が小太刀と投げナイフ……鋼糸も隠しているかもしれない。

「降伏しろ。そうすれば袋叩きですませてやる」

「そういう訳にもいかへんやろ?」

 アベルも熱振動剣を構えた。ブ……ン、と羽虫の飛びまわる様な音が聞こえ始める。

「それで済ましてやると言ってるんだ!」

「せやからそういう訳にはいかへん―とるやん」

「……一人で俺たち二人に勝てるつもりか?」

 ふ、と。アリアムが目を見張る。出会って初めてアベルの微笑がカオから消えた。感情が消滅し、素の貌が垣間見える。

 その表情にアリアムが驚く。別に変な顔ではない。老人の顔ではなく普通の青年の顔だ。だが、その中身は、とても二十歳の青年とは思えないほど老成した表情だった。

「やってみーひんと分からへんやろ」

 誰も知らない。が、それは彼のこの五年間で初めて完全に笑みが消えた瞬間だった。



                  第十話  『発動 〜乱〜』  了.


                  第十一話 『崩壊前夜 〜風〜』に続く……


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