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Grand Road ~グランロ-ド~  作者: てんもん
第七章 ~ On the Real Road.~
56/110

第八話 『意地 〜願い〜』 


「――――――まさか、ナハトたちの方に行ったってゆーことなのか!?」

「そうとしか、考えられない―――」

「っきしょう! 短距離ジャンプだとォ!? 間に合うわけねーじゃねーかッ、なんで、行かせちまったんだよバカヤロォッ!」

「――――――弁解のしようもない……。だから、せめて全力で急ぎたい。もう話すのはやめよう――――――」

「チッ! クッソッタレが――――――ッ!」

 デュランとカルロスは地下坑道をナハトたちを追って走っていた。手に持ったカンテラのみの薄暗い闇の中、全力で。全速で。何かにぶつかるかもなんて考えている余裕などない。

 幸いナハトたちが、帰りの道のためか、角や二股に分かれている場所に目印を置いていってくれていたので、迷う事はない。だが、歩いてとはいえ一時間以上先に進んだ相手に追いつくというのは、並大抵の事ではなかった。

 闇の中、大男と少年が風のように翔ける。早ラクダで街のはずれまで走ること十数分、そして地下に入ってからも数分がたった。地面の足跡を見る限り、アベルの短距離転送は地下深くには転送できないようだった。ラッキーだ。だが、それでも十数分の遅れは厳然としてある。急がなければならない。アベルがナハトたちに追いついたら、何をしてくるか分からないのだ!

 だが、地下通路は暗い。とてつもなく暗い。

 とても5分や10分では追いつくことはできそうになかった。


「…………アベル」

 ナハトの喉が名前を呼ぶ。

「なんやねん? ナハト」

 気楽に、本当に気軽な口調でその名前の主は答えていた。

「本当に、アベルなのか……?」

「けったいな奴っちゃなぁ、こんなええ男が他におるかい」

「なら……どうして、どうしてこんな事をしているんだ……アベル!」

「まあな。聞かれたくない事聞かれてもうたんでなぁ。ちぃーとお仕置きというやつを、ちぃーっとな」

 あまりといえばあまりな軽い言い草に、さすがのナハトも軽くキレる。

「―――~~アンタは―――なんでッ!!」

「言ったやろ、今の時点で漏れたらすべてに支障をきたす事を聞かれたて。せやから口ィ閉じてもろたんやけど。かなんなー、台無しや。見られてもーたわ」

 頭をかく。

「あ、あんた……そんなことのために仲間を殺そーっていうワケ!?」

 なんとか立ち直ったラーサも加わった。

「アホぬかさんといてーな嬢ちゃん。生きとるやろソレ? 数日間だけ眠っとってくれれば良かったんや。そうしたら話してもろても支障あらへんかったのにな。それをまあ、台無しにしてくれよってからに。いや、お前らを子供と思って侮っとったのが運のつきか」

 笑顔でため息をつくアベル。

「あ……アンタってヤツは……」

 ラーサは倒れた仲間への「ソレ」呼ばわりにブチ切れ寸前だ。

 それを聞いてナハトも、怒りながらも頭を働かせる。

「そうだよ! こうなったらもう誰もあなたのいう事なんか聞きはしないさ! あなたがどういう人間かってこと、オレたちがいま完全に暴いたからね……。それとも、オレたちにまで何かをするとでも言うつもり!?」

 受けて立つよ。そう無言で伝え、ナハトはラーサと共に身構えた。

 苦笑する逆光の影。

「そいつはワリにあわへんなア。ええで? つれてけばええよ。ほら」

扉の前から移動し道を空ける。

その物分りの良さに、二人とも何を考えているのかという顔で青年を睨んだ。

「……どういうつもりなのさ? それならなんでコールヌイさんを眠らせた!?」

「ナハトさま気をつけて! きっと何か悪い事たくらんでるんだわっ」

 二人の構え方にアベルは苦笑いをする。

「そこまで構えんでもええやろーに。まあな、こちらとしては、実質2,3日寝ていてくれれば事足りたんや。コールヌイさんには普通なら一週間は寝入るだけの薬を注射させてもろたしな。せやな、ま、さすがのあの人でも数日は起きてこれへンやろ。これで大事な事はしばらくは漏れへんっちゅーこ―――」

「―――そいつは、どう……かな……」

 通路から伝わる声。ここにいないはずの新たな人物の声が聞こえた。その声は走ってきたのか息が切れてかすれている。だが、全員よく知っている声だった。

「ディー!!」

 ナハトの口から歓喜の声が漏れる。

「……はぁはぁ、あんたの、その秘密とやら、見つけちまったゼ? おれを後回しにしたのは、失敗だったなァ、アベルさんよォ?」

「カルロスまで……」

 二人は間に合っていた。薄暗いというより真っ暗といってもいいかのような闇の中を、ぶつかって大怪我する事も覚悟の上で本気で全力疾走してきたのだった。カンテラの灯り頼りの、せいぜい数メートルのみの視界の中を。

 神経の磨り減る十数分だった。さすがのデュランも息が上がり心臓が踊っている。息を整える間もなく言葉を発したので、ふたりとも酸欠寸前だ。

「………へぇ、あの書類、見つけてもーたんかい……。あないなトコをよお見つけよったなぁカルロス……」

「フン……あんな程度の隠し場所見つけるなんざ簡単なもんだぜアベルさん……いや、アベルッ! あんたよォ……サイテーだゼど畜生ッ」

「へえ? どない、最低やゆうねんカルロス?」

「ヘッ言っちまってもいいってーなら言わせてもらうぜクソ野郎! アンタ、ナニールが今日明日にも復活するってコト、ハナから予測してやがったな? その上、復活したナニールがエナジー補充のために最初に攻め滅ぼす場所まで予測しておきながら、その国が滅びるのを黙ってみてるつもりだったんだよな!? 最初(ハナ)っから国をひとつ見捨てるつもりだったってことなのかよ、アァッ?!」

「な……んだって……!?」

 ナハトには信じられなかった。アベルが何かを企んでいるのは分かった。自分たちをコマのように思っていたことも。……悔しかった。けれどそれでも、ナニールを倒したい、この星を守りたい、という願いは同じだと思っていたのに!

 いくらなんでも他国とはいえ国と民をまるまるひとつ見捨てる計画を立てていただなんて、そんな……。

「怒ったりショックを受ける前に相手の国の名前をよお見てみぃ。ファルシオン帝国や。あの国やで? あの国がこれまで何をしてきたか、ここにいる人間なら全員身を持ってよぉ知ってるはずやないのかい?」

 アベルの冷静な指摘に全員が、怒りに震えていたカルロスも含めて、ピクリと震えた。

「そう。デュランの故郷を滅ぼす切っ掛けになった鉱山の買収話も、買収先の隣国を帝国が働きかけ動かしたことが原因やった。三年前カルロスの街シェスカを襲ったのも帝国の暗殺組織の生き残り。五年前、俺やクローノの国を襲わせたのも帝国。この間のアルヘナ侵略騒動も帝国の軍隊と諜報部が噛んどった。そのすべてに帝国元老院のジジィどもの暗躍があったことも裏づけは取れとる。

それ以外でもあの国が原因の侵略や騒動は数知れん。表に出ない所ではさらに何をやっとったか分かりはせーへんよ。この西大陸最大の癌といっても言い過ぎやないやろ。

どうせな、なにより俺たちの戦う準備が完全に整うまでにはもう少しだけ時間がかかる。せやったら、その間あの国がナニールを引き受けてくれるんなら願ったり、ついでにお互い少しでも力弱めるか滅びてくれるなら、一石二鳥ていうもんやないか?」

 違うか?

 アベルの指摘に場が一気に黙り込む。だが、

「だからそれがどうしたってんだ馬鹿野郎ッ!」

 カルロスの怒号が地下道に響き渡った。

「国が悪ぃ事してたら国民全部が悪者ってか? 違ぇーだろがボケ!!

 国が悪かろうが良かろうが、いい奴も悪い奴もどっちも同じだけいるに決まってんじゃねーか……ッ。住んでるだけの人間にはまったく関係ねーんだよ、ンなこたァ!

 そんなのアベル、アンタだって分かってンだろ? 詭弁を話すな、ごたくを並べんな。自分に都合がいいから見逃す、見捨てるんだろ? だから計画立てやがったんだろーがよテメーッ。それを、都合よく聞こえのいい言い訳で塗り固めてんじゃねーぞ卑怯者、クソ馬鹿野郎!!」

 アベルは黙ってカルロスを見ながら聞いていた。

「クソ野郎が……」

 少年は下を向きそうになるのを懸命に堪え、泣きそうな顔で青年をにらみつける。

 あの地下基地で感じたアベルへの尊敬も親近感も、信頼さえも裏切られた気がして、目の前が霞むのが押さえられない。

「カルロス……」

 ラーサもナハトも、デュランも。懸命に怒る少年に、眩しそうな瞳で魅入っていた。締め付けられる。胸の奥がいっぱいになる。

 あの様に怒ることのできる人間がまだこの世界にいるのなら……。自分のこの(もや)のようなかすかな感情が間違ってはいないのだと、信じられる。きっと信じられる!

「……という訳だ、アベル。そのままその計画を実行させるわけには、いかないな」

 デュランがアベルに向き直る。

「当ったり前よ!」

「その通りさ!」

 ラーサもナハトもアベルに向き直り、言葉をつないだ。

 迷いは、もう無い。

「……」

 決意の結晶のような四対の瞳に挑まれアベルは沈黙し、そののちまた笑みを浮かべた。苦笑だった。ほんのわずかな一瞬、満足そうな苦笑に見えたその笑みは、静かに狂気をたたえた湖面へと姿を変える。

「それで、どうする? せやからどうするいうんや?

 俺の計画に変わりはないで。これが一番ええ計画なんや、それ以外では、たとえば救援に向かうなどと悠長にエナジーを削りながら使ってたらすぐに底ついてしまうわい。それでナニールを叩くのに時間くったら? よけい犠牲が増えるだけや。最小の犠牲で最大の効果を!

 鉄則やでそれくらい。あんたらだって分からん訳ないんやろ?」

「ハッだからなんだ!?」

 鼻で笑うかルロスにアベルはこれ見よがしにため息をつく。

「……これやからガキはいかん。感情だけで意見ゆうて、肝心の代案すら用意してないんやろ? アカンアカン。それは批判やなくてタダの悪口や。悪口じゃあ誰の意見も変えられへんで。それにな? 忘れるなや? すべての武器や転送、通信に至るまで、俺の許可なしでは動かせーへんってコトをなあ」

「……くッ」

 今度は四人が黙る番だった。確かに、アベルのサポート無しではナニールから人々を守る事すらできない。

「さて、今度の会議は三時間後や。この先の話はその場で話そうやないか。遅れんなや?全員」

 地下道の奥へアベルがゆっくりと歩いてゆく。

「そうそう、コールヌイさんな。ちゃんと連れてってベッドに寝かせといてやるんやで?くれぐれもな? くすくすくす。

 ほなな?」

 カルロスの歯軋りに見送られ、闇の中へとアベルの姿は消えていった。


       ◇  ◇  ◇

 会議室は重苦しい空気に包まれていた。

 その夜の会議の時刻が迫っている、そんな時間。

 テラスに面したその部屋は、普段ならいつまで景色を眺めていても飽きない、すばらしい眺めの部屋だ。今もまた、星空を眺めて語りだす恋人がいても可笑しくない満天の空。

 しかしその空も、今この部屋とテラスによどむ空気を変える事はできないようだった。


「アベルは……まだか」

 誰かの沈んだ声が響く。それは、アリアムの声だろうか。

 その声の響きの消えないうちに、広間の大扉が開き、当の人物が入ってきた。

 アベルだ。

 カツカツカツと大理石の床を響かせ、議長席に座る。

「さて、来られる者は揃っとるな。それでは今夜の定例会議を始めたいと思う。議題についてやが……」

「ちょっと待ってもらおうか」

 何事もなかったかのように会議を始めようとするアベルに、鋭い声が飛んだ。

 一人の人物が立ち上がる。アリアムだ。

「なんやアリアム王。手ぇも挙げずに行儀が悪いで。進行を妨げるからには相応の内容があるんやろうな?」

 ぬけぬけと言う。

「ああ、あるな。話は年少組から聞いた。そちらこそ何か言い訳はあるか、アベル」

 下手な言い逃れは赦さない。アリアムの瞳が獲物を見るように爛々と語っていた。

「なんやろうな? 言い訳するようなコトは何もあらへんけどな」

 抜けぬけと首をかしげる。

 ギリッ。

「……そうか。では、副議長として、そしてこの場を提供しているホストとして、アベル・マク・ナンの議長、及びリーダーからの解任を要求する。リコールだ」

 怒りの歯軋りの音と共に、アリアムの口から最後通牒の宣告が放たれた。

 カタリ。議長席のアベルも立ち上がりにらみをきかせる。

「……俺を外せばすべての転送・通信装置が使えなくなるってコト、聞いとらん訳や無いやろうな?」

「ほう? そのおお目出度(めでた)い頭は俺が何の考えも無しで動いているとでも思うのか――?」

 一触即発、そう言い切れるほど重苦しい空気の中、

「伝令です!」

 突然の一人の兵士の闖入(ちんにゅう)によってその空気は乱された。

「何事だ騒がしいぞ!」

 にらみ合ううちの一人が視線を外さずに声を上げる。その大音声に怯みながらも、兵士は片ひざをつき畏まった。

「申し訳ありません! 突然の乱入をご容赦ください。アリアム王に申し上げます! さきほどアベル殿よりご提供された長距離通信専用機に、ファルシオン帝国デュッセン方面潜入中の影数名よりの緊急連絡が入りました! ご報告をご許可願います!」

 アリアム以下全員がハッとして伝令に顔を向ける。

「!? よし、申せ」

「ハッ! 今より約20分前、帝国首都デュッセンにおいて、敵キカイ体多数による侵攻が開始された模様です!」

「なんだと! くそ、やはり……だが早過ぎる。詳細は!?」

「目算で敵総数は数万……いえ、十万規模かと思われます。内訳は、従来型六割、先日シェスカにて確認された新型が三割、今回初めて確認された最新型一割。侵攻は迅速で、地平に確認されてから砂防壁到達までわずか15分! デュッセン市民はパニックに陥り将棋倒しや転倒・踏みつけにより負傷する者多数。国防軍が迎撃に当たっていますが、なぜかナーガ殿のお姿が見えず、苦戦している模様です。このままでは市街への敵の侵入は時間の問題になりつつあり、首都侵入予測時までの避難完了は絶望的と思われます!」

「……くっ!」

 予測はできていた。誰であろうと助けに行く覚悟もできていた。だが、早すぎる! 準備も何も伴わないうちにすべてが動き出してしまうとは!

「アリアム王! どうなさいますか!?」

「……っ」

今はまだ何も決めていない段階だ。迂闊(うかつ)に自分だけの意見でことを進めるわけにはいかない。アリアムが内心噴悶し言葉を待つ仲間や伝令の視線に耐えかねたその時……!

「アリアムさん! オレ達が行きます!」

――言葉を紡いだのは、ナハトだった。続いてラーサ、デュラン、カルロス、リーブスの手が挙がる。

 行ってくれと言いたい。だが、それでいいのか? このまま行かせて本当にそれで正しいのか!?

「アリアム王。すべては、貴方にゆだねます。我々は従う。そして、たとえ間違っていたとしても。その結果ナニールに対抗する時間と手段の大半を失ったとしても、後悔をしようとは思わないでしょう。なぜなら、『助けたい』という気持ちを無視し、無くしてしまったまま戦ったとしても、きっとナニールには勝てないだろうと思うからです。

それに、たとえそうなったとしても、わたくしたちは簡単に諦めるつもりはありませんよ。それは貴方も同じ気持ちではないですか?アリアム王。

ならば、我慢はお体に毒ですよ。仰ってください。貴方の思うままに」

 アリアムは背の高い銀髪の執事を眺め、

「リーブス……。すまん……ありがとう……」

 部屋の面々の瞳を見渡し、覚悟を決め声を張り上げた。

「これより我らはファルシオン帝国首都デュッセンへ救助に向かうことをここに宣言する! あくまで市民を救いにだ! 行く者は、カルロス、リーブス、ナハト、ラーサ、デュランの五人! これに数個分隊の影をつける。少数精鋭だ。よって、最優先事項は君たちが生きて戻る事。それを忘れるな! 最終決戦は今この時点ではない。みんな、無理だけはするんじゃねえぞ!」

「応!!」

 一人を除き、全員の声がこだました。

「それで、どうやって行くんや? 俺は手を貸したらんで」

 その場の全員が凍りつく。

「テメー……この期に及んでまだ……!」

「勘違いすなや? 意見が一致し多数決で決定した以上、もはや俺から言うことはないわい。ただな、これだけは言っておくで。さすがにそこまでの余力はない。どれだけお前らが後先のこと考えないでいいと言ってもな、それを赦さなイカンいわれはないていうコトや」

 すべての視線に怒りが混じる。そこへ、

「安心おし。片道でよけりゃアタシが送ってあげるから。片道でよけりゃだけどね」

 すべての視線がずっと黙って眺めていた老婆へと向く。

「ルシア、できるのか!?」

 ルシアは夕刻より新しく手に入れた『杖』を目の高さに掲げ、言葉をつむぐ。その形状は短く、下側から細い線のようなものが垂れている。杖というより鞭に近い。

「カルロスから手持ちの携帯端末を貰い受けたのさ。アタシら過去の遺伝子を持つ人間にしか扱えないから、ただのガラクタ杖だと思っていたみたいだけどね。ただ、小型だから一度転送しちまうと帰りのエナジーがほとんど残らないのが困りモノだけど、それでいいならね」

「ヒュー! 最高だぜ婆さん! 帰りの便なんざ後から考えりゃいいだけのこった。これで助けにいけるってモンだゼ!」

「ルシアとお言いトンガリ小僧。今度婆さんて言ったら公衆の面前でおしりぺんぺんの刑にしてやるよ」

「じょ、冗談じゃねーッての!」

「馬っ鹿ねー。レディはいくつになってもレディなのよこのお馬鹿。今度その災いの元、縫い合わせてあげましょうか?」

「幾つになってもは余計だよ、小さいお嬢さん。アンタも何か罰を食らいたいかね?」

「えっ?えっ? いやーおしりぺんぺんはいやーん」

 ラーサがビクリと反応してナハトの後ろに身を隠す。

「やれやれ、泣きそうなのか嬉しそうなのかハッキリおし、なんだかムズムズしてくる子だね。さあこっちにおいで、優しくしてあげるからね」

 ルシアが絶妙な合いの手をいれ、ラーサが悲鳴を上げて逃げまくる。

久方ぶりに皆の口に笑いがのぼった。

「……いいのか? ルシア」

 老婆の隣に立ったアリアムが小声で訊く。

 アリアムは気づいていた。ルシアがどうして新しい端末杖を欲しがったのか。それがファングを捜すためなのだと。なのにここでまたほとんどの力を使ってしまったら……。

「いいさね王様。今はこちらのが先決さ。まずはナニールを倒してから、それからまた考えるよ。……諦めなければいつかきっと訊けるさ、ファング本人の口からね」

「……」

 アリアムは黙って老婆に頭を下げた。頭を上げながら部屋を見回す。

 ひとりの人物がいつの間にか部屋から姿を消していた。座っていた位置の机の上に紙切れだけを残して。

 残された紙切れには、今後のナニールの動きの予測と、通信設備の使用方法、そして、割り出した新たな飛行機械の眠る場所の地図、その探索に赴く人物としてルシアを推す、などの内容が書かれていた。


       ◇  ◇  ◇


 あわただしく事がすすんでゆく様を一通り眺め会議室を出たアベルは、足早に自室へ向かい、ドアを閉め息をついた。ひとりになり静かに微笑む。

「―――くすくすくす、まだまだ確立操作のウデは落ちとらん様やな」

 漏れ出たのは心底満足した人間のかもし出す類の声色。

 それは、どういう意味だろうか? まるで、すべての事柄が思惑通りに進んだとでも云うかのよう。

「これで、このアルヘナから封印適合者候補をほぼ全員遠ざける事ができた。そう、あいつらは後からまた必要になる。死なせる訳にはいかへんのや。ついでに邪魔もされたぁないしな。なにせ普通に命令したら言うコト聞かん奴ばっかりやからなあ。くすくす」

 続く言葉も意味不明だ。彼ら少年組はこれから一番危険な場所に赴くのではなかったか。それではまるで……。まるでこのアルヘナに残った方が危険になるとでも云うかのように。

「これで時間の猶予ができた。あいつ等が戻る前にすべてを終わらせる。第一段階をな。このイェナに残りのキカイ体をすべて集める。その為の準備も万全や。すべて―――消滅さしたるで。この【イェナの地下に見つかった機械体製造基地の親玉】ひとつもろともな。向こうへ転送されたらもはや邪魔することはできーせん。くすくす。なぁに、誰にも痛くなんぞせえへんて。できるだけ早う終わらせたるわ。優しぅな、残った面々が誰も、何も気づかんうちにな……」

 誰の目にも留まらないその扉の中で、チシャ猫が不確定な笑みを浮かべて笑っていた。

「安心してええで。第一段階が終わったらお前らもすぐ再度強制転送しこちらに戻し、その後デュッセンに侵攻してきた敵にも消えてもらうつもりやでな。デュッセンもろとも、心配せんでも1体たりとも残さへんて。な、安心やろ? くすくす、完璧や……完璧やないか、なあ? くすくすくす」

 

 すべては―――この青年の計画通りだったというのだろうか。

 どこだ、どこからだ? いったいどこからどこまでが演技だったというのだろうか。

 恐ろしいほどの運命操作能力を有したこの青年の計画を、止められる者などいるのだろうか。

 だが今はまだ、すべての者が手のひらの内。

 アベルという名の人の枠を外れた青年の計画、それを欠片でも理解している人間は、この時点ではまだ誰一人として存在していなかった。


                  第八話  『意地 〜願い〜』  了.


                  第九話  『発動 〜罠〜』に続く……


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