第二十一話 『世界が崩れるとき(中)』 [NC.500、火月5日]
「……誰だ、そこにいるのは」
ドアの向こうに気配が生じていた。こちらを伺っているのが分かる。
ナハトか? いや、気配が違う。それにあの男はこういう悪ふざけを好むまい。呪文に集中していたせいか、時間感覚があいまいだ。だが、それにしても、ここまで近付かれて気がつかないなどということがありうるだろうか?
舌打ち。
(まるで、狙ったかのように……)
いや……狙っていたのだろう。自分を襲うに足るだけの僅かな時間ができるのを、じっと、静かに……。
いまだ、ナハトは地上を偵察しに行ったままだ。
(こんな時に……!)
だがその許可を与えたのは自分だ。ナハトを責める訳にもいかない。
しかし、状況は最悪だった。
たいして戦闘能力の無い自分では、闘いになりすらしまい。今の自分にできる事、それは、話しかけてその時を引き延ばし、ナハトが戻って来るのを待つことだけ。
そして祈ることだけだ。早く帰ってきてくれる事。それだけを。
「何者だ。……見ての通り、今ここにいるのはわたし一人。隠れる必要があるとはとても思えぬな。それとも、このわたしにすら脅える臆病者なのか? 貴様は」
『クククク、驚かせてくれる。まさかあの精神汚染に耐えられるとは思わなんだぞ』
音は無く、ただ、その人物の姿のみが現れる。扉の向こう、漆黒の闇の中に。
『前に会った時に比べ、蟲の糞程度の精神力は加算された様だ。久しいな指よ。渡したものも、ちゃんと使えているようで安心したぞ。ハハは』
(フン、指……か)
眉をひそめ、睨みつける。予想どうりの顔があった。シェリア-クは自己を確認する。腹は立つが、まだ冷静さは保っている。大丈夫だ。
「……貴様か。どうやってここが分かった? ……いや、そんなことは良いわ。前回は我が剣を躱されたが、今度はそうはいかぬぞ、下郎!」
そこに立っていたのは、あの日、小瓶を置いていったあの男だった。無意識に小瓶を隠した袖を押さえる。あの時と同じく、フ-ドの付いた漆黒のマントに貫頭衣を身につけている。相変わらず、年齢の分からない男だ。
だがナハトの言葉を信じるならば、この男が、ここ500年もの間この星に起こってきた災厄のすべてを影で操ってきた存在なのだ。
(そして、ナハトの捜す、友達の敵 )
『云いおるわ、少し前まで己れの感情すら支配できないでいた小僧がな。だが、止めておくことだ。既にもう、お前の体は、動くことすら儘ならぬほどの痛みに支配されているのではないか? 違うか? ククク』
「フン……試してみるか? 例えそうだとしてもそれが何だ? 貴様には分かるまい。これが、この痛みが! 今わたしが生きているという事の証なのだ。それを愚弄するのか? それだけの権利があるとでも云うのか、貴様に。貴様のような輩などに!」
男、ナニ-ルの顔に邪悪な笑みが浮かんでいた。微かに。しかし、確かな存在感で。
『ククク、同類が何をいう。同じだよ、お前と我は。いや、同じであった、というべきか……、ククククク。で、何だったかな? “痛み”を笑う権利? クク、ある。あるとも。確実にある。多分、お前よりもずっと権利は上なほどにな』
「………」
『だが、今はそれはよい。お前にはもはや関係の無いことだ。もはや、お前にはな』
一歩、近づく。
「ッ! 何をするつもりだ!」
『受け入れろ……我が支配を。そうすれば痛みも、苦しみも、すべて楽になれる……』
「クッ、フハハ……またそれか! 見くびるな。誰がそんなものを! そんな事になるくらいなら死んだほうがましというものだ。諦めるのだな。貴様程度にわたしを支配することなどは到底できぬ!!」
『ククク、どうかな? 自らの内なる声に支配されなかったことだけは褒めてやろう。だが、それだけだ。お前がヒトである以上、我の支配から逃れることはできん』
言葉とともにナニ-ルが手のひらをかざす。
ただ、それだけだ。なのに、それだけでシェリア-クの頭蓋に強烈な痛みが走った。
すぐに、少年は立っていられずひざをつく。
『ただの暗示だ。が、瓶によって欲望を増大されている者にはきつかろう。クククク。【想念の小瓶】を受け入れた時点で、すでにお前は我に逆らえぬ身体になっていたのだ』
「ぐあぁああああああ……そ、その程度か、ははははは!」
ふらつきながらも立ち上がり、高笑う。
『ほう……! やるではないか。だが所詮ヒトはヒト。それを思い知るがよいぞ』
ナニールの掌がシェリアークの眼前に広がった。黒く闇を巻く光無き手のひらの、奥から何かが蠢いていた。
そのまま顔をつかまれる。目の前には闇。闇だけが視えていた。
「な、何をする!」
『視るがよい。目を見開いて視るがよい。己れの力の矮小さを。お前の存在が、世界の中でどれだけ小さいかと云う事をな!』
シェリア-クの精神が暗黒に堕ちる。闇に染まる。その闇の中で、彼は見た。蓮姫が自らの力で立ち上がり、民を従え、守り、勝利を勝ち取ったその姿を。
『お前が守りたいと云っていた娘だな。どうした? 自分で解決したぞ。ククク、どこにも出る幕がなかったなあ? 何もできないうちに終わってしまったなあ? お前は、必要なさそうだぞ? どうする?』
シェリア-クは答えない。……答えられない。
『どうした? ん? 国も人も変わらないのではなかったか? 壊さなければ始まらないのではなかったか? あの女は簡単に人を変えてしまったぞ? んン? おかしいな? 単にお前にできなかっただけのことではないのか?』
身体が震えた。心は、どうだろうか? 分からない。分かりたくない。
『おお? 今度はこちらだ。数時間後の未来の姿だ。視るが良い、目を開けてな。クク、お前の好きな娘と兄が抱きしめ合っているなあ? どうした? 震えているぞ? 今まで兄が娘の気持ちに応えてこなかったから安心していたか? ククククク』
目を、開けられなかった。ちゃんと見ていられなかった。シェリア-クはその時点で、すでに心で負け始めていた。
「うるさ……い……」
『おや? この男の名を知っているか? 知っているはずだ。【デュラン・ハミル】。どこかで聞いた名だな? クク、そうだ。ナハトの死んだはずの【友達】だ。さあどうする? 生きていたようだぞ? この男とナハトが会ってしまえば、ナハトはそちらに行ってしまうぞ? あいつに感じていたのだろう? 同類の匂いを。友達になれるとでも思ったか? だが、残念だったなあ。あいつの方はそれ程の思いを感じてなどいない。お前を選ぶことはないだろう。良かったな、あいつにはまだ救いがあるぞ? お前には無いものだ。お前には無いものだ……』
「や……やめ、……ろ…………」
少年の背中に油汗が滝のように流れていた。
『どうした? まだ何かあるか? そうそう、云い忘れていたな。コ-ルヌイ。奴はお前のせいで片足を失ったぞ? フフ、どうした、何を驚いている? お前が影どもに命令したのだろう? コ-ルヌイを街から出せと。ここに近づけさせるなと。影どもは忠実にそれを守ったぞ? 命を捨ててな。その結果がこれだ。おお? 奴め、お前の所に来るためにクロ-ノたちの力を借りるつもりだぞ!?さあどうする? どうする?』
「見せるな……そんなものをわたしに……見せる、……な…………ッ……」
今ナニ-ルの見せた映像の後半は、まだ起こっていない未来のものだ。だが、一番可能性の高いものだった。物理的な攻撃力もある。人を限定的に操ることもできる。だが、ナニ-ルの一番恐ろしい力はそれではなかった。
一番可能性の高い未来を見ることができる。中でも一番最悪の未来を相手に強制的に見せつけることができるのだ。それが精霊体となったナニ-ルの、現在における最大の力だった。人であった頃ナニ-ルと呼ばれた心の、持ち主の。
『ククク、ハハはハハハ。お前は独りだ。お前は独りだ。これからも永遠に独りだ。可哀相に。可哀相に。可哀相になあ』
「いうなあああああああああああっっ!!!」
だが、彼にも見渡せない未来があった。【思念の小瓶】。その中に力を宿すことのできる者たちの意思の先。そやつらの意思が強まれば強まる程に未来がボヤけて見通せなくなる。理由は不明。だがその人間が自らの意思と感情のままに動いた時、その先を完全に知ることは彼にもできない。
それを防ぐには、その人間が力を使う前に、殺すか支配下におけば良い。
『見せたな? 隙を。クク、たあい無かったなシェリア-ク。入らせてもらうぞ、お前の、心の中に』
「ぐあぁああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!」
シェリア-クの心に隙ができていた。わずかな隙。だが、ナニ-ルはそれを見逃しはしなかった。
精霊体に戻り透き通ったナニ-ルは、そのままシェリア-クの体の中に入っていった。
シェリア-クの心に入り込みながら、その存在は、先程視た未来について考えていた。
急がねばならない。人数が集まり出している。
───あの女。あの女自身のあそこから先の未来が読めなかった……。まさか、あの女も……。
ルシアを無力にしたことで、あいつの計画も水泡に期したと思っていた。
自分の未来視を超える者など集まりきるはずがないと思っていた。
だが───それが今また集まりだしている。
信じられない事だが、自分に対抗できる人間が集まりだしている。
赦せることではない。赦せることではなかった。
だが、そのナニ-ルですら、気がついていなかった。
自分の視ている未来、その映像の中に居る人間達の幾人かの未来が、やはり視えないことに。
───滅ぼしてやるぞ、一人残らず。必ず。必ずだ。
ナニールは気づかないまま、少年の顔で未来に向けて憎しみを向けた。
◆ ◆ ◆
「説明してもらおうじゃねえか、シェリア-クよお……」
目の前に出てきた男がひとり、自分に向かって吠えていた。
身体の記憶が覚えている。この身体の兄にあたる男だ。
─────フ、今更お前のような小物が出てきたところで、何ができる? せっかくの楽しみを邪魔しおって。無粋な奴には死をもって償ってもらうおうではないか。
もとより、読もうと思えばこの男の未来は読めるのだ。気にすることではない。
『これはこれは、兄様。どうなされたのです? 招待状を出した覚えはありませんが」
(……兄様だと?)
アリアムは一瞬、コ-ルヌイと視線が合う。彼もおかしいと感じたのか。
「……シェリア-ク。変わったな、お前。上手く言えねえが……」
!? シェリア-クの姿をした者が動揺する。
気づいたというのか? まさか。そんなはずはあるまい。
─────この男は弟のことなど何も気にしていない。弟の気持ちなど考えたこともない。
そのはずだ。この身体の記憶が正しいならば。
(そんなはずはないッ!)
浮かび上がったその思考はどちらの────いったいどちらの言葉だったのか?
その疑問の不自然さ。それに、その存在はまだ気づいてはいなかった。
「アリアム王! どうして、ここに?」
クロ-ノも、コ-ルヌイも、突然の闖入者に驚きを隠せない。
闘っていた二人、ナハトとファングも呆気にとられて固まっている。
ア-シアですら、投げようとした薬を塗ったくないを投げられないでいた。
「どうしたもこうしたもあるか! こっちが訊きたいくらいだぜ。連絡を受けて駆けつけてみりゃ街は壊れているし、変な化け物はいるし、女の子が消えた事にシェリア-クが関わっているかも、と聞いて来てみれば訳の分からんままみんなして闘っているじゃねえか。説明しろ説明!」
しかし、誰も喋ろうとしない。皆、まだ急激な場の変化に戸惑ったままだ。
「ちっまあいい。それじゃ、そっちの奴にもう一度訊くぜ。確かめたい事もあるしな」
アリアムはシェリア-クに視線を戻し、声のト-ンを下げて続けた。
「で……誰だ? お前」
「「「「「なッ!!?」」」」」
戸惑いで緩みかけていた場に緊張が走る。全員の視線が二人の間に降り注いだ。
◇ ◇ ◇
振動が絶え間無く広間を襲い続けていた。
巨大な蟲たちがバリアへ体当たりする時の振動だ。そのダメ-ジで結果的に動けなくなった蟲も数匹いるが、それでも10匹を超える人の数倍はあるミミズもどきが起こす振動は、奥に隠れている人々を震え上がらせるには充分なものだった。
蓮姫が賢明になだめて回っているが、いつ、誰かが叫び出しても不思議はない。
(再認識させてもらったよ……蟲というものが、どれ程恐ろしい生き物かという事を)
無限に近い体力と、痛みも疲れも感じない低い知能。ただそれだけのものだが、それは、どこまでも恐ろしい。サイズが巨大になると改めてそう思う。
(これほどの存在がこんな所にいる。間違い無くナニ-ルが関わっているね。……あの男、今度はいったい何を企んでいる? ぐうっ……くっ、これは、少し、思ったよりも厄介かな。あの王様、奴と出くわさなければいいんだけど……無理かな、やっぱり。……チッ、足止めされていなければボクだって……)
無意識に派手な舌打ちが響く。ほんの数日前の屈辱が甦り、目の前の蟲どもが無性に腹立たしくなった。
「少しは静かにできないかい? 煩いよ君たち……邪魔をするな、消えて失せろ!」
ぶうん! バリアが金色に光り、その瞬間触れていた蟲が二匹、甲高い哭き声をあげ消滅した。凄まじいパワ-だ。が、そのせいで少しバリアの濃さが薄くなってしまう。
(……しまった)
悪い癖だ。昔の性格が時々現れる。あの頃の、荒れていた頃の性格が。
(治さないとね。……すまない、アリアム王。今ので約束の2時間、もたせられなくなったかもしれない)
そう思った直後、いきなり地面の振動が派手に大きくなった。
(新手か!? いや、これは……本当の地震……?)
しかし、すぐに違うと分かった。振動が次第に地下に潜って行くのだ。ゆっくりと、だが確実に。
(大きい! 急いだほうがいいみたいだよ、アリアム王。助けに行けなくて悪いね。……ちゃんと生きて戻ってくるかな? 彼。 う~ん……来てくれないとボクが困るから、ちゃんと帰ってきてくれるといいんだけどね。祈っておこう)
ナ-ガは足元のそのまた下に視線を投じて、ひとりごちた。
(まあ今は、最悪なのはこちらだけどね……)
薄くなったバリアに、蟲どもは今度は寄りかかって体重をかける作戦に出たらしい。数十トンに及ぶ全体重を支えるはめになった。
ナ-ガの顔から先程までの余裕が消える。バリアが歪んだように波打ち始めた。
「い……いやあああああああああああッ」
事態は最悪な方向に動き始めた。後ろの方で誰か、女性の悲鳴が聞こえる。
横で、お姫様が茫然としていた。
(やっぱりだ。云わないことじゃない)
人を信じるから、こういうことになる。ナ-ガは苦笑する。苦笑するしかなかった。
そこら中で、パニックが始まった。
◇ ◇ ◇
事情の良く分からぬファングを抜かし、最初に驚愕から立ち直ったのは、コ-ルヌイだった。
「陛下! どういう意味ですかな、それは」
急き込んで尋ねる。先程の言動から、彼もおかしいと思い始めていた。だが、しかし。そんな事がありえるのか? 本当だとしたらここで何をしてもすべて無意味だ。
それ以上に赦す訳にはいかない。
「な、何を可笑しな事をいうのです、兄様。わたしをお忘れですか!? シェリア-クですよ!」
シェリア-クは顔をゆがませる。悔しそうに。
「おい、ナハト! 貴様からも兄様に云ってやってくれ! なぜだ? どうしてそんなおかしな疑いをかけられねばならぬ!?」
「……本当に本当のシェリア-ク、なんだよな……?」
ナハトの中に、数時間前の違和感が再び持ち上がってきていた。
「……ナハト、お前までか! お前まで疑うのか!? 何という事だッ」
俯いたまま顔を覆う。そのまま言葉を続けようとした刹那、真後ろから声がかかった。
「はいはい、云いたいことは分かったぜ。で、誰だ? お前」
シェリアークの首筋にヒヤリとした感覚が生じた。次いで、痛みが襲った。
◇ ◇ ◇
「おい、前に出ろ! 盾ンなれよお前らッ」
「何だって、おい!?」
「みんなァ! いいから奴隷どもを前に出せ! 忘れたのか! 元々コイツラ奴隷だったんだぞ!?」
「ぐあっ」
顔に包帯を巻いた若い市民の一人が、そばにいた奴隷候補の一人の腕をねじり上げていた。
「こんな時に何考えてる!? 今はみんなして力を合わせて……」
「ウルセエッ! 馴れ合ってんじゃね-よ気持ちワリイッ、奴隷は死ぬまで奴隷じゃね-か! さあとっととご主人様の盾になりやがれッ!!」
始めは一部の者だけだった。だが、次第にその雰囲気は広がってゆく。しばらくして、とうとう近くにいた奴隷だった者たちが集められ、バリアに近いところにまとめられた。
抵抗した者の顔に痣ができていた。それを見て無抵抗だった者の顔にも怒りが浮かぶ。 皆、殺気立っていた。お互いについさっきまで笑い合っていた相手を睨んでいた。
奴隷とか、そういうものをすべて乗り越えて、今は協力していたはずだった。
だが、そんなものは表面でしかなかったようだ。パニックを皮切りに、一握りの不満分子が煽っただけで、すべてがまた元に戻ってしまった。
いや、元以下か。空気が冷える。一度は開放を得た者たちは、すでに奪われる怒りを思い出していた。忘れていた怒りを。
「な……!? 何をやっているの、あなたたち!?」
「やっぱりね。こうなるんじゃないかと思っていたんだ、ボクは」
「……なぜなの……? どうして……」
こちらに顔を向ける元お姫様を皮肉るように、ナ-ガは言葉を続けた。
「ヒトは、そう簡単には変われないんですよ、お姫様。アベル君、ヘイムダル。君たちには悪いと思う。けどね、ボクは全てのヒトを救おうなんて考えてはいない。考えられやしないんだ。見なよ、ホラ。あれがヒトだ」
のしかからんばかりの蟲の巨体を目の前にして、人々が争っている。ナ-ガは遠くを見る様な目付きをした。そう。どこか、遠くを。そして蓮姫に視線を戻す。
「こんなことだろうと思っていましたよ。人は、そう簡単に変わらない。変わるはずはない。人の根本は悪で、自分本位なんだ。結局は」
蓮姫はカッとした。
「違うわ! 違います。そう思っているのなら貴方の方が間違ってる!」
ナ-ガは目を閉じる。まぶたの裏に浮かぶ景色、光景。円筒の水槽。ゆらゆら揺れる水中の髪。
「違いません……違いませんよ、お姫様。ボクは、知っている。人の性を。だからボクだけは云う権利がある。人は、悪だと」
「違う!」
泣きそうな女性の声。後ろでは醜い争いが続いている。
「違わない。これは生まれた国を滅ぼそうとして、一度は滅ぼしかけた男の、本音ですよ」
「………」
「滅ぼすのを止めた理由はただ一つ。人がそれだけではないと知ったからです。人の中には、まれだが、悪でないものが生まれることがあると。ほんの僅か。ただ一握り。だが、ゼロではない。それを知ったからボクは、人を信じた。人の未来を。
けれど、それはやはり僅かでしかないのですよ。人の大半は悪で、自分勝手で、愚かだ。人は全てが悪ではない。だが、人はそう簡単には変わらない」
ナ-ガの目は閉じられたままだ。
「助ける価値のある人間は助けるさ。でも、価値の無い者を助けるつもりなど毛頭ありませんね。ここには、貴女以外価値のある者などいやしない」
蓮姫の声が途絶える。その身体が震えているのが分かる。怒りだろうか、悲しみだろうか。数瞬の後、声が返る。それは、静かな声だった。
「……いいえ。そのお話の半分くらいは、認めましょう。認めますわ……悔しいけれど。わたしだって。わたしたちだって……ッ。でも、人は変わるわ。私が良い例だもの。人は、変わる。変わることができる。それだけは譲れないわ!」
ナ-ガは目を開けた。バリアはまだ健在だ。視線をずらし、目だけで蓮姫を見る。
「……甘いですね。甘すぎるッ。変わることができたのは貴女にその素質があったからに過ぎませんよ。……姫、今から云うことを良く聞いて下さい。これより障壁を解除します。やつらがあいつらを襲っている間に、我々も王の間から地下室へ……」
最後まで言えなかった。右の頬が鳴っていた。
「駄目よ! 赦しませんそんなことは!! 今すぐにお止めなさいッ」
仁王立ちだった。蓮姫が両手を広げて立ち塞がっていた。バリアと争う人々との間に。
「……退きなさい、蓮姫」
頬の幻の痛みをこらえて云う。
「いいえ、退きません。貴方は、間違っている。人は悪ではありません。人は、」
「善だとでも?」
鼻で哂う。
「いいえ。どちらでもありませんわ。人はただ、灰色なだけなのです。いつもいつも、境界線上を綱渡りしている。時と場合によって、同じ人間がどちらにも傾きゆく。ですがそれでも、だからこそ! 人は善い方に変わる可能性もあるとは思われませんの!?」
「可能性だけでは困るのですよ。それに、やはり、変われるのは一握りだけです」
「させません!」
「……なぜです? 価値のある者だけ残し、価値の無い者がいなくなれば、世の中は善くなると思わないかい。少なくとも、今よりは」
「思いませんわ。だって、人は変わるもの。なくならないわ、その方法では悪は。絶対に。だから、変えるのです。人の内側から。それが唯一の、」
「できるとでも? 貴女に」
歪む眉根。それでも、蓮姫の瞳は閉じないで耐えた。
「……やる前から諦めることは止めたのです。それだけですわ」
ナ-ガの表情が緩んだ。わずかに。
「フ、頑固ですね。強情な方だ。……いいでしょう。このまま見捨てても良いのですけどね。ま、もう少しつきあいましょう。アリアム王との約束も思い出しましたしね。ただし、それほど長くは持ちませんよ、もうね」
蓮姫は頷くと、走っていった。争う人々に向かって。
(純粋すぎる。何故なのだろう。たしか、彼女もかなりの辛い目に合っているはずなのに。……だからこそ、なのか)
強い女性だ。ただ、それだけに心配でもある。
(それが、命取りにならなねばよいのですがね)
そして、ナ-ガは目の前の敵に集中し、かざした両手に力を入れた。
◇ ◇ ◇
汗がひとすじ流れていった。
「……、キサマ……! なぜ……」
いつの間に後ろに回ったのか、全く見えなかった。アリアムだった。アリアムが後ろに立って、その手で首を掴んでいた。
ナニ-ルはシェリア-クの身体の中で歯軋りする。
「何者かは知らないが、下調べが足りなかったな。シェリア-クの奴は、俺のことを兄様なんて呼ばねえよ。兄上かもしくは貴様のどちらかだ。最近は後者が多いが」
だが、イントネーションはそれじゃねえ。きっぱりと、断言した。
「……なるほど、確かにな。お前がこれほどのウデとは知らなかった。出し惜しみせずに力を全て使っておくべきだったな』
(そう、未来視をな)
「ここ数年は、公式の場では誰とも手合わせしてねえからな」
返事の代わりに不気味な笑い声があがる。不気味なのは声だけではない。首を後ろから捕まれているにも関わらず、まるで気にしていないかのように落ち着いている。
「あ……あ……、声が、さっきまでと……」
ファングが指摘する。そう、セリフの途中から声が変わっていた。若い声ではない。かといって年寄りの声でもない。それだけでは全く年齢の分からない、そんな声だった。
他の人間は、固唾を飲んで見守っている。コ-ルヌイも。
ナハトだけは立ちつくしたまま、下を向いて何かをこらえているかの様に見えた。
「それがお前の真の声か。どうやってか知らねえが、弟を操っているようだな。この茶番はなんの真似だ? 返答次第によっては、殺す」
静かにアリアムが告げる。なぜか、心底腹が立っているようだ。
『はハハはは、そういきり立つものではないぞ、傀儡の王よ。それとも何かね? 自分が世界で一番強いとでも思っているのか? ククク』
「まさかな。俺より強い奴などいくらでもいるさ。例えばそこの元影頭やらどっかの銀髪の執事やら、大剣を使う金髪の大男とかな。最近は、誰かと知り合うたびに俺の強さの順位が下がっていくんで、さすがにちょっと哀しいけどな」
『ほう、ではさぞかし悔しかろうな。ククク』
「そうか? 俺は嬉しいぜ。上があるのはいいことだ。挑み甲斐がある。一番上ってのは、退屈だからな」
それは、アリアムの本音であったろう。だが、その先をここにいる者が聞く事は無かった。まだ何か言おうとしてナニ-ルが口を開けた時、その声が割り込んだ。鋭く、叫ぶように。
「なんて言った……っ」
すべての視線がその声の主に集中する。ナハトだった。ナハトが二人を睨んでいた。
「あ?」
「今なんて言ったのさ!」
「……君は……?」
「答えてよねえ! オレはナハト。ねえ……その人、大剣使いの金髪の大男……その人の名前は? 教えてよ知ってるんだろっ!? 頼むよ……頼みます……教えてよ、いつ会ったの……? まさか」
アリアムは意外な闖入者に目をしばたかせた。さっき? 俺が言った?
誰の名前のことだ?
「ナハト……? ……あッ! もしかしてハムアオアシスのナハトか!? あの大男が言っていた……まさか、なんでここにいるんだ君が? ……ああいや、それは今はいい。名前だったなそいつの。……多分、君が考えている通りだ。ナハト、君のことを捜していたぜ、あいつ。デュランも」
瞬間、ナハトの全身の力が抜けた。つかんでいた槍が床に落ちる。
「………………生きて、いたんだ……生きて……、ディ-……」
力が抜けた、というより、感情が追いついていないといった方が正確かもしれない。
「驚いたぜ。捜す手間が省けたな、これは。あいつも喜ぶだろう。多分、あと半日もかからずにここに到着するはずだ」
「……………本当、ですか?………………」
魂の抜けるような声。ナハトはうつむいたままアリアムに話しかける。何度も、確認するかのように。
「……ほんとうに、生きて……るんです……か? ディ-、が無事で………ほんと……に………?」
すがりつくような瞳。
「本当だ。会いたがっていたよ、君に。心の底からな」
どうやって、とはナハトは訊かなかった。どうでもいい事だった、そんな事は。デュランが生きていた事に比べれば、それ以外など些細なことだ。ただ、生きていてくれた。それだけで、もう……。
かくん。
膝が堕ちて、音も無くナハトの身体が崩れ堕ちた。腕をつくことも忘れ、そのまま声も無く、ひざと肩で亀のようにうずくまる。
しばらくして小刻みに震え出した彼を見て、誰もが[泣いている]と思った。声は無くとも分かった。それは、魂の慟哭だった。……嬉しい方の。
「ナハト……」
(良かったね……ナハト、良かったね………ッ)
ファングも涙を流していた。ここにラ-サがいて欲しかったと心から思った。彼女も泣いてくれただろう。いや、号泣しながらデュランに対しての悪口を延々と並べ立てたかも知れない。そう、無くしたと思っていた最大の好敵手に対して、彼女なりの言葉で。
歓喜を。
(そう、後はラ-サがいてくれれば……、ハッ!)
忘れていた人物を思い出して、急いで振り向く。
いつの間にか呪文がまた流れていた。小さく、だが確かに響き反響する。朗々と澄んだ邪悪さを乗せたまま、唐突にそれが終わる。
代わりに流れてきたもの。低く、どこまでも低く。
笑い声だった。だんだん高くなる。他の皆も気づいた。部屋が次第に高まる哂い声で満たされる。
驚喜か。それとも狂喜なのか?
いつまでも続きそうな嬌声が、部屋の奥、アリアムの掴んだ首から流れていた。
シェリア-ク。あるいはその姿をした者。
『……気付くのが遅かったな。詠唱は終了したぞ……』
少年がこちらを向いた。掴まれたままで、ギシギシと骨を鳴らして動き出す。そして、唐突に大地が揺れ始めた。
不意をつかれアリアムの身体がたたらを踏んだ。恐ろしい力だ。振動。軋み。そこにいる全ての人間が体感する。大地が確かに揺れている。その向こう、見ている前で少年の掴まれた首がねじれてゆく。小刻みな振動が強くなる。立っていられない。大地の揺れそのものが移動して奥の壁に亀裂が入り、破裂した穴から巨大な質量が地下の部屋に押し寄せた。
アリアムは咄嗟に手を放し、前方に転がって避けた。そうするしかなかった。
少年の姿をしたものの身体が自由になる。
『感動の場面は終わったか? 愚か者どもよ』
クククククク。
少年の腕が上がる。何かを掴んでいる。いきなり現れたそれにクロ-ノが気づいた。金属の筒? ……まさか!?
頭を巡らす。奴の視線の向かう先、うずくまっていたナハトが助け起こされるのが映った。
気づいた瞬間走り出す。だが間に合わない! 少年の手に握られた筒、その先が微かに光った。くぐもった悲鳴。近かった。視線が集まる。絶叫。誰かの悲鳴。
「ナハトォ────ッ!!」
赤い雫が落ち続けていた。止まらない。胸を押さえ、ナハトが倒れた。その場所の時の流れだけが静かだった。その間だけ、世界は、スロ-モ-ションで動いていた。
◇ ◇ ◇
パキン。
男は、巨大な人数の先頭を、全速力でラクダを走らせ続けていた。
その時、無心でしがみついていた彼の聴覚に、何かが割れる音が響く。
視線をやる。腰の袋の中。
以前は小瓶が入っていたその中には、今は、年の離れた友……いや、それ以上に大切な【家族】が作ってくれた、石彫りの人形が入っている。
嫌な想像が脳裏を巡る。気のせいだと思いたい。例えそうだったとして、それが何かの知らせだなどという事がある訳がない。だが、嫌な予感は止まらない。膨らんでゆく。
全速で走っている間は確かめることができない。だが、速度を落とす訳にもいかない。
(くっ、あいつの居場所さえ分かっていれば……!)
今向かっている先にその親友がいることを、彼、デュランは知らない。
彼にできることは只ふたつ。
嫌な予感に捕らわれたまま、ただラクダにしがみついている事。そして、祈り続けることのみだった。
◇ ◇ ◇
誰もが立ちすくんでそれを見ていた。さっきまでの笑顔はどの顔にももはや無かった。
『油断したな、馬鹿共が』
哄笑。けたたましい位の笑い声が地下室に響き渡る。
「キサマぁぁあああ!!!」
『遅いわ』
轟音。笑い続ける少年の後ろ、崩れた奥壁から巨大な蟲の頭部が顔を出していた。固そうな鎧状の甲らに覆われた、巨大なムカデ。
その顎の下には漆黒の球体がその身体を震わせて浮かんでいた。虫のあご下の節足が球を掴む。
先程までその回りに巻かれていた鎖は、すでに存在しなかった。
もうその存在を縛りつけるものは、なにも存在していなかった。
そして、鎌首をもたげた腹に広がる無数の節足の中心。そこに捕らえられていた者は。
「そんな……………!」
「なんてことを……」
「間に、合わなかったというの……!?」
ラ-サだった。ラ-サが両手を広げ、蟲の節足に力無く掴み上げられていた。
間に合わなかったというのか。すでに失われてしまったというのか。誰もが絶望の表情を見せたその時。
「まだですぞ!」
コ-ルヌイが叫んだ。
「まだあの球体にはエナジ-が満ちていない! 生け贄はまだ捧げられてはいない!」
すべての瞳が注目する。確かに、その通りだ! 時間が動き出す。
「ア-シア! 彼を早く上へ! 広間に医者がいるはずです!」
「分かったわ」
運ばれてゆく少年を眺め、コ-ルヌイは、静かに杖をついて一歩前へと身体を進める。
「若……、聞いておられるのでしょう? その辺でお止め下さい。お願いです。すべてはもう、終わったのです。すべての災厄、国を腐らせるものすべてが……。大臣たちは諸共に逃げ出しました。王も王妃ももはや亡く、今から若が何かをする必要などありはしません。ないのです。敵の大将は倒されました。街もほとんど壊れてしまいました。そして、街の人々は変わり始めています。自分たちで動き、考え、悩みだしています。
もはや事実上、このアルヘナという国は滅びました。若が壊したいと願っていたすべてはもう壊れ、変わり始めているのです。再生へ向けて歩み出しているのです! あなたの望んだままに。それがあなたのお望みだったのでしょう?
ですから、若! 今より先、これからに必要なものは、壊すことではない。創ることです! もしそれでも気が治まらないのでしたら、わたしを嬲り殺すなりお好きにして頂いて構いませぬ! この命はすでにあなたに捧げている。それに……わたしには、この国に対する責任が、あるのです……。こんな国になってしまったことに対する責任の、一端が………。
しかし、若! 若はまだお若い。若にはまだ時間がある。これからではありませんか!これからいくらでもやり直しが効く。お考え直し下さい! 心をお戻し下さい! そのような輩に負けてはなりませぬ。お願いします! お願い申す!!」
シェリア-クは言葉を発しなかった。そのまま無言で左手を振り上げる。いきなり、地響きを立て後ろの蟲が半ばまで這い出す。そのまま胴体を波打たせ力任せに振り回した!
「若────ッ!!」
ぴしり! 部屋全体に衝撃が走った。無数の亀裂が壁に入る。それが天井にまで伸びてゆく。砂ぼこり。次々と剥がれた小石が落ちてくる。また音がした。落ちてくる物の量が増える。
そう。地下室は、崩壊を始めていた。
たった一撃。それだけだった。長い間訪れる者も誰もいなかった古き地下室は、今、名も知れぬ蟲によって崩されようとしていた。
(届かなかった、……届かなかったのか? もはや、最後の手段にこの命で若を封じるしかないというのか!? それしか手段は残されていないというのかっ!?)
そう、コ-ルヌイには最後に手段が残っていた。自ら魂にかけた暗示を使い、相手とともに数十年の眠り、仮死状態につく技法。【絶技】。
……遥かな過去に一度、彼は強制的にそれを使われ、そして目覚めた者だった。その時の副作用で生身でその様な力を身につけてしまった異端者だった。
彼はこの国の最初に関わった者の一人。初代王の友人。この国の始まりに関わり、それを見届ける事なく封印の眠りについた者。
逃げた訳ではない。だが、結果的にそうなってしまった者だった。
過去を知る男の目の前で、次第に落ちる砂の量が増えてゆく。
◇ ◇ ◇
蟲に掴まれうなだれたままのラ-サを脳裏に認め、ナハトは目を見開いた。落ちてくる砂の滝。何が起こっているのか? 階段すらも崩壊に向かっている。
目を閉じる。瞼の中。砂の滝にけぶる少年の顔。
「……ラ-サ、すまない。オレのせいだ。どうやら、騙されていたって事らしい。なあシェリア-ク、いつからだよ? あれは嘘だったってことなのか? あの時のオレと同じで、何もない、一人だ。だけど、それでも大事な、守りたいものがあるって。そしてオレには嘘は言わないってさ。……なあ、何とかいいなよ。なあシェリア-ク。何とか、何とか言えよおお……!!」
瞳を濡らしたナハトの怒りにも、瞼の中の少年は答えない。ただ、無表情だ。その頬を一筋の何かが流れた。
だが、流れ落ちる砂のカ-テンに遮られ、それはナハトには見えなかった。
落ちてくる石が次第に大きくなり始めた。
少年が何かをしゃべっている。うわ言だ。熱が出始めている。
(急がなきゃ……)
落ちゆく砂が増えてゆく。クローノたちが心配だった。だが、信頼して任された以上、彼を助けなければ戻ることはできない。
ア-シアは背中に重さを感じながら、止まらぬ落砂を潜っていった。
◇ ◇ ◇
コ-ルヌイの魂の言葉は、届いていた。一つの身体に宿る、二つの意思に。ちゃんと。 だが、彼は知らない。知らなかった。今の自分の言葉が、シェリア-クにどれだけ痛みと悲しみを与えていたのかを。
どれだけの苦しみを、怒りを生み出していたのかを。
……彼は知らなかったのだ。
微かに見えていた少年の姿が消えた。最後に、薄笑いを貼りつけた表情だけを残して。 蟲の起こす振動が地上に向けて去ってゆく。彼らを地下の世界に残したままで。
そして。
地下の世界は崩壊した。
◇ ◇ ◇
後ろの混乱は収まる気配を知らなかった。蓮姫が懸命になってなだめているが、焼け石に水だった。煽っていた人物はすべて蓮姫が昏倒させ、縛り上げた。
だが一度入った亀裂は、そう簡単には埋まらない、埋まりようがない。
(いつまで頑張ればいいのかな、ボクは……。もう約束の二時間はとっくに経っているんじゃないかい、アリアム王?)
ナ-ガの腕は限界に来ていた。小刻みに震えている。
(はは、可笑しなものだね。生身の身体でもないのに、まるで、神経があるみたいじゃないか……)
限界は、多分超えている。けれど、ナ-ガは自分でも不思議なくらい耐え続けていた。
(フン、違うさ。誰かの言葉などにボクが左右されたりするものか。ただ単に、ナニ-ルの手先などに負けたくないだけだ)
目の前で大きく口を開け閉めする蟲どもを、睨む。
「人でないものなどに!!」
意地だった。
押し戻す。何度目かの押し戻しに成功した。
一瞬の空白。
刹那、すさまじい振動で大地が揺れ動いた。
「なんなんだこれは!?」
やばい、非常にヤバイ状況だった。
後方でも蓮姫たちが立っていられずひざをついていた。さすがに諍いどころではない。 突然中庭の中心の地面が割れた。
出てきたのは巨大なムカデ!? 10mはある!
(君が、蟲どものボスか!?)
その頭部がこちらを向く。腹部に女の子が居る気がしたが、よく見ている暇などなかった。ようやく穴から出終わった尻尾が消えた。一瞬だった。
上を見上げる。消えた尻尾が振り上げられていた。
「……冗談、だろう……?」
今ここでそれをやられたら……。
次の瞬間、音が掻き消えた。そして、尻尾も。
ナ-ガは残った力をすべて込め、頭上に向けて両手を挙げた。
とてつもない衝撃がきた。
広間の中にまで届く砂柱が上がった。
イマツブシタノハ、タシカ、ナ-ガダッタナ。
ククク、ホトンド、セイゾロイデハナイカ。コンカイノカンケイシャセイゾロイダ。
テマガハブケテヨイ。
チョウドヨイ。サイゴノシアゲノマエニ、ココニイルモノスベテヲホウムッテヤロウ。 ソウ、マズハアノオンナカラダ。
少年の視線の先。広間に続く残がいの前で、一人の女性が武器を持ち睨んでいた。
蓮姫だった。
第二十一話『世界が崩れるとき(中)』 了.
第二十二話 『世界が崩れるとき(後)』に続く。




