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第一章 ナハト (承)2

 どのくらい時が経ったのか。

 時間間隔が曖昧だった。立ち尽くしていた体が固く、痛みを訴え軋んでいる。

 もう一度夜が来て、無言で砂漠まで歩いて戻る。

 一昼夜歩き通し、ナハトの部族のあるオアシスの近くで、小さく礼を口にして借りていたラクダを放した。これだけ近くならばラクダが帰り道に迷うことは無いだろう。

 もう一度会いたい人々がたくさんいた。ナハトにももちろん会いたい。もう一度謝りたい。だが……もう、会わない方が良いのだと思った。自分の過去の事もある。だが、そうではない。そうではないのだ。口で謝ってすむ事ではないのだと思う。口先だけで謝りに戻ったら、もう二度と思い出してすらももらえない、今度こそ本当に全存在をかけて嫌われる、そう確信できてしまっていた。

 それでもまだ、何度も何度も謝りに行きたい衝動にかられるが。

 ナハトたちの村に帰っていくラクダを地平近くまで見送って、苦悩の表情できびすを返す。月に向かって歩き出そうとしたその時だった。

 地平にかかる月の中で何かが光った。

 それが何かを見極める前に本能で砂山の影に身を隠す。しばらくして砂を蹴る音が聞こえてきた。数瞬の後、砂埃を立てて数十頭のラクダが砂の丘の谷間を抜けて通り過ぎる。

 闇に溶け込む黒装束に包まれ乗っている男達が手に持っているのは……


(……剣!?)


 揺れるラクダに被さる殺気。抜き身の反射が闇に照る。一瞬見えた男達の瞳の色が、禍々しくも赤く濁って澱んでいた。この地方独特の半円に反り返った薄い刃が天に向けて立てられて、命を刈り取る幽鬼のごとく、広げられた腕の先で林立するススキのように伸びていた。

[このオアシスを渡せと言う部族が……]

 ガスハの言葉が頭をよぎる。


(……まさか、やはりあの時の奴らが生き延びていた? やばい、部族が! みんなが!)


 去り際に泣いてくれた子供の笑顔が脳裏に映る。

剣を教えた若夫婦の。その子供たちやダンスを踊った人々の笑顔が軋んで脳裏をえぐる。


(こんな……こんな大事なその時に、自分はどうしてここにいるのだ)


デュランの全身が凍りつく。おのれのミスに震えが走る。


「ナハトォォォ!!」


 この半月で知り合ったすべての人間の顔。その顔が恐怖に歪む想像を必死で頭から振り払いながら、デュランは電撃に撃たれたように走り出した。


       ◆ ◆ ◆


 全力で駆ける内、走る足が次第にもつれ始めていた。先ほどまで歩き通しで、今夜を含めば二日寝てない。今更ながらにそれに気づく。


(なのに何故自分は今走っている? こんな状態で力になれるとでも思っているのか?)


 自分が行けば何もかもが救われるなどと本気で思っているというのか? どれだけ格好をつければ気が済むのだ。そんなものはただの恥ずかしい勘違いに過ぎないというのに。


(それとも加勢してナハトに許してもらいたいとでもいうのか? どこまで浅ましいのだ、俺という存在は!)


 もう一度、笑顔を見せてくれるとでも本気で思っているのだろうか。

 どうせまた直ぐに出て行ってしまう癖に。期待をさせるだけ無駄だというのに。兄になど、家族などと、自分には二度と、なれないし名乗れる資格も欠片もありはしないのに。

 疲れた頭に支離滅裂な思考が跳ねる。


(それとも恥ずかし気もなく期待しているのか。また幸せな時間を過ごせるかもしれないなどと、俺は、未だに自分の罪の深さを理解していないとでも云うのか……‼)


 頭が、馬鹿になったように回り続ける。

 体も全力疾走し続ける。


(俺は……)


 また何か考えようとした時、闇の中に何かが見えた。

 すぐ横を走り抜ける。

 さきほど放したラクダが、首から血を流して倒れていた。


(ラクダを、殺すだと!?)


 一気に頭の中が冷えきった。

 砂漠では、一頭いるだけで何日も生きられると言う程貴重なラクダ。自らを運び、荷物を輸送し、乳をくれ、心を乗せる。安らぎと寒くて震える夜にも温もりを与えてくれる。

 ラクダが何頭いるかというそれだけで、その村の力が分かるくらいの貴重な資源。


(それを、殺すだとっ!?)


 デュランの足が速まった。悩んでいる暇など微塵もなかった。


(ヤバい。ヤバ過ぎる。あいつら交渉に来たのでも盗みに来たのでも無い。完全に狙って滅ぼすために殺しに来ている!)


 すべての命を刈り取る死神。それが笑っているのをデュランは感じた。


(いやだ、もう嫌だ! もうあんな光景は見たくない! お願いだ、助けてくれ、あんなものもう二度と俺に見せないでくれ‼)


 見開く瞳に涙が滲んだ。


(持ちこたえてくれっ)


 神を捨てた己れが、一体何に祈ると言うのか。デュランには判らない。判るはずもない。祈る対象など何もない。この世界には神などいない。

 しかし、何でもいい。この際悪魔でもいいから。

 自分が着いてもどうにもならないかもしれない。しかしそれでも……。

 あんな、あんな想いはもう二度と……嫌だから。


(持ちこたえてくれ!!)


 オアシスが見えた。近づくと金属の打ち合う音が聞こえてきた。まだ、終わっていない。


(間に合ったのか!?)


 期待とともに走る速度をを緩めずに村に入る。しかし……


「ちくしょおぉぉ!!!」


 死体が転がっていた。ついこの間話しをした女性。一緒に畑仕事をしてくれた子供たち……。飲み比べをした男もいた。ダンスを教えた娘たち、食事を作ってくれた人。人形を喜んでいた顔がいた。チークで照れたおばさんが地面から夜空を白目で眺めていた。その傍で、剣をほめ、弟子入りさせてくれと大声で叫んだ気のいい若夫婦の背中が砂から見えていた。


「ロッカ……ジーナ……そんな、お前たちまで……!?」


 知った顔だらけだった。血の霧が辺りに漂っている気さえした。むせ返る。吐き気がする。言葉にならない叫びが胸をえぐり廻っていた。喉が腫れて大きすぎる叫びが出ない。気付かぬうちに、小さな叫びが延々と呪文のように漏れていた。

 昔の悪夢が蘇ってくる。鉄の香りが鼻の奥に入ってきて、何度も何度も吐きそうになった。

 シヂャッ

 声を聞きつけた知らない顔の男達が切りつけてきた。闇の中から闇と同じ色をした黒装束が、赤黒い瞳で睨み集団で演舞のように迫り来る。

 キンッ ギギンッ

 背中の剣を抜きざまに一回転で全てを受ける。そして、デュランはおのれの喉が裂けながら吼える音を聞いていた。獣の声で叫びながら走り込んだベクトルのすべてを込めて振り抜いた。一瞬の静と動。愛剣に撫でられた敵のシミターが弾かれて全ての黒が仰け反り止まる。

 動きの止まった賊三人を返す刀で一瞬で斬り捨てると、音のする方へ走った。

 走りながら夢中で斬った。夢中で叫びながら走り回った。情けない金切り声で泣きながら斬りまくる。シミターが、シャムシールが、ナイフの群れが踊りかかって、そしてそれらを圧倒的な膂力のみで無下に降した。

 血で剣が重くなる。隅々にまで粘る液体がふりかかる。今の自分の瞳の色も、黒装束の男達と同じ様に、きっと赤く濁っているのだろう。醜い。醜い。自己嫌悪で更に叫んだ。

 剣がヌル付き斬れなくなった。構わず力で振り回した。白い肌が全身濡れて赤くなるのも気付けなかった。逆立つ髪が悪魔に見えようがどうでもいい。見た目を気にする心は消えた。ただ全てを呪った黒い心で黒装束だけ切り裂いた。

 なんて、醜い戦いだろう。最悪に格好悪くてどこまでも汚いままにただただ武器を振り回す。

 一昨日の昼間サバンナで見た、あの戦いの潔さも美しさもまるで無い。

 ただ、斬った。ただ、殺した。

 十人以上分の赤い瞳を切った処で、「引けー!」と言う声と共に嘘の様に敵が引いて行った。

 椰子の樹に手を付いて座り込む。気持ち悪かった。我慢できずゲボゲボと吐く。腹の中身が途絶えても酸っぱい液を吐き続けた。喉が焼ける。

 この感じはあの時。自らの全てと信じた哀切の国を捨てる気になった、あの事件以来だった。


「そ……うだ。ナハト、ナハトは? それにあの呪い師の老人は?」


 立ち上がろうとした時、後ろに気配がした。

 叩き込まれた本能が考える前に剣を振う。

 ガキィンンン

 これまでで一番重い音がした。受け止められ、無意識の内に二撃目を放とうとして体に何かがぶつかり止まる。衝撃で剣が落ちた。それでも止まらずさらに暴れ殴り付けようとして俺は、温かい何かにきつく抱き締められている事にようやく気付く。


「もういいっ。もう、いいんだ! ディー! 戦いは終った。終ったんだよ……」


 意識が戻る。胸に、重さを感じた。


「……ナハト……か?」

「ああ。オレだよ……。ディー」


 その言葉を聞いたとたん、ストンと、全身の力が抜けていた。まだ細い少年の腕に支えられ、その場にどかりと落ちるように座り込んだ。


「みんな、死んだ!」


 デュランはぐったりとして動けなかった。動かない体の代わりに口だけが震えて舌だけが回っていた。


「違うよディー! ディーが来てくれて、たくさん生き残った。ディーのお陰だ!」

「でも、大勢死んだ!」


 言葉の震えが止まらない。目が血走っている。何も考えられないまま、何も映さず全てを自分のせいだと思い込み、彼は疼く心で丸まっていた。


「ディーのせいじゃない! ディーが来てくれなければもっと死んでた。何て言っていいか、ありが……」


 そこまで喋った時、ナハトはデュランの様子がおかしい事に気付いた。


「死んだ。大勢シんだ!死体が、イエが燃えてる!父さん!母さん!サーシャ!ミリカ!」


 顔を押さえて泣きじゃくっている。


「ディー……」


 デュランはまだわめいている。


「ああぁぁぁ! 村が! おれのムラが! 何故だ!王よ! なぜだあああああああああああああああああああああああああああああ‼」

「ディー‼ しっかりしてっディー!」


 座ったまま顔を覆って泣き続ける筋肉の塊を,抱き寄せる。頭を胸に掻き抱く。

 ナハトは、デュランが泣き止むまで、じっと、そのままきつく抱き締めていた。



「……。……済まない。もう大丈夫だ……」


 胸にたまった全てを出し尽くし、ようやく周囲の状況が頭に入る。生き残った村人が遺体と死体を片付けている。その間、ずっと抱き合っていたようだ。気恥ずかしさで赤くなる。


「本当?」

「ああ。それより、お前は、ナハトは怪我は……」


 今頃になって訊いている。そう思うと恥ずかしかった。


(俺の方が倍も生きてるのにな)


「かすり傷だよ。それより、誰かさんに思い切り引っ張られた服の方が痛いな」


 こちらの目を見て、薄く笑う。確かに襟元が伸びきっていた。


(ちょっと待て、それを俺がやったのか……?!)「うっ……すま……いや、ごめ……じゃない、済みませんでした……うぅ」


 どもる。大いにどもる。


(頼むから……からかわないでくれ)


 言葉が顔に出たのか大笑いされ、ばつが悪すぎて固まった。

 しばらく笑った後で、ナハトは急に真面目な顔をした。


「ディー。尋いていいのかどうか分からないけど……」

「……あんなところ、見ればな。誰だって気になるよな」


 今度はナハトが慌てる。全力で首を振って否定する。


「ち、違うよ! 興味本位とかそんなんじゃない!」


 そして息を整えた後、絞り出すように呟いた。


「……心配なんだ」


 しばらく。お互い無言で見つめ合った。

 大男がため息を吐き目を閉じる。


「そう……だな。楽になるとは思わないが、話しておいたほうがいいかもな」


 目を開けて上を向く。あんなことがあった後なのに、空がとても青い。


「……いいよ、やっぱり……。話したくないなら、無理には……」


 目を伏せて小さく言うナハトを遮り、


「いや、ナハト。お前には、聞いておいてもらった方がいい。きっと」


 そう言ってデュランは周りを見渡し、立ち上がった。

 燃え続けるテントに目を止め近づく。焼ける匂いは、石や木や布だけではない。

 割れた石彫りの人形が落ちている。これを持って遊んでいた子供は……もう。

 しゃがんでそれを拾い、そして静かに話し出した。


        ◆ ◆ ◆


 俺、デュラン・ハミルは一年前まで騎士だった。小さな隊だが任されて、部下にも恵まれ満ち足りていた。

 山合いの小さな国だったが、緑が奇麗で、俺はあの国を守る仕事をしているということを、とても誇りに思っていた。

 国王も、国の為に、外に見える部分は派手だったが、見えないところはとても質素にしておられて、俺たち騎士の誇りだった。ちゃんと民の声に耳を傾け、税も必要以上には取らなかった。

 俺には家に両親と妻と、三才になる娘がいた。

 妻のサーシャは同じ村で育った幼馴染みで、両親とも仲が良くて、娘のミリカもいい子で、俺は幸せだった。

 あの時までは。

 ある日、山向こうの大国が同盟を組もうと申し込んできた。

 俺たちの国、しかも俺の村の裏で銀の鉱脈を見つけたらしく、半分収めるから掘らして欲しい。そういう申し込みだったらしい。ついでに何かあったら軍隊も貸し出すって特典つきだ。

 王は喜んで承諾したよ。あの国は騎士は一人一人皆強かったが、いかんせん人口そのものが少なかったし。それに、そんな鉱脈があったって掘る技術も人も居なかった。

 だが、変化は直ぐにやってきた。最初は王妃など王の周りから。そして、直ぐに、王自身にも。

 彼らは心の底から善良な一族じゃあなかった。ただ、田舎者で、贅沢を知らないだけだったんだ。そして、贅沢の味を知ってしまった。

 俺たち騎士も鉱山へ駆り出された。一般市民も駆り出された。畑は荒れ、王の一族と半分持っていく隣国だけが潤った。完全な不平等条約だ。俺たちは王に直訴したよ。俺たち騎士の直訴なら王も考え直してくれるってな。信じてた。だけど、結果。

 俺たちはみな牢屋行き。でも、それでも皆じっと待った。いつかは王もお心を変えてくれる。昔の王に戻ってくれる。そんな夢を見てた。牢の中でな。

 馬鹿だったのさ。みんな。そしてどうなったと思う?

 直訴した騎士の家族皆殺しの御触れがでたのさっ!

 俺のところは特に酷くて、鉱山を広げる為、という名目で村そのものを消されちまった。村一つ、丸ごと皆殺しだよ……。

 御触れを聞いて脱獄した俺が見たのは、無残に焼けた村と家と、家族の姿だった。

 俺は、仲間を集めて城を襲った。王は殺せなかったが、代わりに王子を殺してやった! けど、同盟国の軍隊が来て、俺たちは皆散り散りに国外へ逃げた。仲間がどうなったのか分からないが俺は逃げのびて、ふたつ隣りの国の酒場で占い師の婆さんに出会った。


「アンタ、呪われてるよ。アンタと王様と一体どこが違うんだい?」


 いきなり言われた。何にも言ってないのにだ。そしてさらにその婆さんは続けた。

「アンタの死んだ家族が怒ってる、悲しんでる」、と。

「アンタの所為で代わりに地獄へ堕ちてる」、と。

 俺は激怒した。いい加減なこと言うなって。当たり前だろ?

 でも、独りになって考えてみて思ったんだ。俺は王を殺せないと判断した時点で逃げるべきだった。俺の家族と同じように、あの王子に罪は無かった。

 俺はその占い師を捜し、すがった。酒が入ってたのも手伝ってた。そしたら瓶をくれた。

そう、あのガラスの小瓶だ。

 この世界に残った最後の魔法の、道具だと言っていた。生き返らせる以外、どんな願いでも一つだけ叶う魔法だと。勿論、半信半疑だったよ。金も取らなかったし。

 でも、妙に説得力があったのも確かだった。


        ◆ ◆ ◆


「そして、一年。俺はその、それを満たせばどんな願いでも一つだけ叶えてくれるって言う魔法の【条件】を集める為、旅をしてきたのさ」

「…………………………」


 ナハトは何も言わない。無言で唇を噛んでいる。


(そう、だろうな……)


 立ち上がりながら、続ける。


「俺はな、ナハト。狂った王やこの村を襲ったやつらと、同じなんだ」


 デュランは言葉を吐き捨てた。


(ナハトには、俺の様になって欲しくないから)


 だから話した。嫌われるだろうことを覚悟して。

 別れの言葉のつもりだった。

 ナハトは何も言わない。沈黙が苦痛で、このまま歩み去ろうと背を向け、踏み出した。


「………ガスハがさ」


 背後のナハトが口を開いた。


「死んだんだ」

「……そうか(あの、老人が…)」


 最後に話した時のことを思い出す。心配していた。ナハトのことを。


「死ぬ前に、話してくれたんだ。アンタに……ディーに、オレを助けてくれるよう頼んだって」


 途切れるように言葉がしぼむ。それを聞き男は思う。そんな風に思わなくていいんだと。お前は悪くないんだと。


「ああ、だが取り越し苦労だったな。俺が声を掛けなくても、お前はちゃんと勝っていた」

「違うよ……オレのことはオレが一番知ってる……」

「お前は、強いさ。俺よりも、ずっとな」

「そんなこと……ないよ」


 振り返らないまま、背中越しの会話が続いてゆく。


「……オレ、本当は、嬉しかったんだ。あの時も、今日も。来てくれて、嬉しかった」

(ナハト……)


 デュランも嬉しかった。このまま振り向きたい衝動に駆られる。だが駄目だ。


「オレは、ディーが同じだなんて思わない。だから、こっちを向いてよ。こっちを見てよ。ねえ、ディー」


 俺は、無言で薄明るくなった砂漠に向けて歩き出した。


「! ディー‼ 待って! まだ行かないでよっ」


 足は、止まらない。


「もうちょっとっ。もう少しだけいいだろ!? お願いだよディー! 兄さ……デュラン!」


 名前で呼ばれて、一瞬だけ足が止まる。


「オレも行く! 手伝うよ! 何を探せばいいのか分からないけど、一人より二人の方が……」

「馬鹿野郎! お前には、やるべきことがあるだろう!? 責任があるだろう! またあいつ等が襲って来たらどうする‼」


 本気で怒鳴った。


「‼ ……っ!」


 唇を噛み、うつむいたらしいナハトに。


「お前には、まだ待っていてくれる家族があるだろう、部族のみんなが……」


 万感を込めて振り返らずに精一杯に囁いた。


「でもっ。でもっっ。そしたらディーは!? ディーはずっと一人じゃないか! 今までも! これからも!」


 ナハトが詰め寄る。気配でわかる。すぐ、後ろにいる。


「それでいいんだよ。俺みたいな人間は他人と関わっちゃいけないんだ。ここには長く、居すぎたんだ」

「そんなっ……悲しいこと、言わないでよ……」


 泣いている。ナハトが、泣いてくれている。

 自分の為に泣いてくれる人間がまだここに居る。


「…………」


 口を開けたら、忘れていたものが流れてきそうで、怖かった。

 それが流れたら、もう独りになれない気がして。


 それから。

 二人は無言のまましばらく歩いた。

 背中越しに。振り返らないまま、顔を見せないままで、歩いた。


「デュラン……。せめて、あんたの願いって奴を教えてくれないか?」


 村の外れでそう聞かれて、背を向けてから初めて、振り向く。


「頼む」


 ナハトの瞳が静かに見ている。


「………。俺の、願いはな」


 ナハトの瞳にデュランは答えた。


「妻や娘、家族、村のみんな。そして、この手で殺したまだ幼かった王子の魂に会って、謝ることさ。この俺の口で、な」


 ナハトはじっと聞いていた。そして祈った。この、ほんの一月足らずだが、確かに一緒に過ごした男の願いが、叶うように。すべての神に。


「これから、何処へ行くんだ?」

「さあな。この魔法は条件がきつくてな」


 男が笑う。腰に下げた袋を叩き、


「このガラスの小瓶一杯に、【真実の涙】ってのを集めなくちゃならないんだ。まだ、全然なんだけどな」


 と言いながら苦笑した。


        ◆ ◆ ◆


 明け方の砂漠の中を一人の男が歩いている。

 少年に教えられた、一番近い次のオアシスを目指して。

 男はまだ気付いていない。

 どこからか、コポコポと微かな水音がしていることに。

 音は、巨体に巻きつけた布の中から聞こえていた。

 男はまだ、気づいていない。

 そこには腰に下げられた小さな袋があった。

 腰に揺れる袋の中身。その中には、なみなみと溢れる程に。

 二人分の涙が詰まっていた。




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