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Grand Road ~グランロ-ド~  作者: てんもん
第六章 ~ Open the Cross Road.~ 
39/110

第十五話 『宴の前』 [NC.500、火月2ー4日]


  

 大通りが人で溢れていた。砂で(すす)けた白亜の城壁に囲まれたその巨大な街は、中心に城を置いてほぼ円形に広がっている。半径は、約4~5kmか。かなり大きい。

 その日、中心を城まで伸びる大通りは、まるでお祭りのように混んでいた。

(ここがイェナの街……。ここがナハトが向かった……そして、師匠がいる街……)

「わあ見て見て、でっかいね───! あたし首都に来たの初めてなんだけどさ、こんなに大きいなんて知らなかったよぉ……うわ-大きな壁ぇ……人も多いし……」

 ファングとラ-サだった。彼らはラクダを急がせて、普段なら半月かかるところを、8日足らずでたどり着いていた。その分疲れてはいるが、旅の目的を考えると疲れたなどとは言っていられない。しかし。

「でも、こんなに大きくて人が多くて……、ナハトさま、見つかるかなぁ……」

 ラ-サの呟きも、もっともなのだった。

 二人は知らなかったが、それはこの国の軍隊が、侵略してきた相手を、勝てないまでも追い払ったという事実が広まったための騒ぎであった。それも、たった数日で劣勢を覆して、である。実際は勝利ではない。だが真実はどうであれ、実際に戦が負けで終わらなかったということは、その国に住んでいる人間にとっては勝利と同じことなのだろう。

 という訳で、だからこれ程活気がある光景は、実はここ2、3日のことなのだった。だが、それは着いたばかりの二人には関係がない。関係があるのは、人が多くてナハトを捜し難くなったという事のみだ。

「でも、頑張って捜すしかないよ。大丈夫、きっと見つかる。見つけるんだ。ナハトはきっとこの街に来てる。そう言ったのは、ラ-サだよ?」

「……うん。そうよね。なんでだか分からないけど、水晶玉がこの街を指したんだもの。きっとこの街のどこかにいるんだわ、ナハトさまがっ。待っててねナハトさま、今ラ-サがあなたの元にまいります! そうよ、そう、ナハトさま。お可哀相なナハトさま。さあこのラーサの胸の中に飛び込んでらして! あなたのお心を凍らせる苦しみも憎しみも、すべてラ-サの胸の熱でいやして差し上げますわ-っ!」

 ちゃりんちゃりん。ポ-ズを取るポニ-テ-ル少女の周りに“おひねり”が飛ぶ。

 いきなり騒ぎ出したラ-サを、大道芸かなにかだと勘違いしたのだろう。

「な、何やってんのラ-サっ! さ、さあ行こうか、先を急ごう。早く見つけなきゃ! ぼ、僕らにはあまり時間がないって云ったのはラ-サじゃないかぁ……!」

 自分に酔って周りに気づかないラ-サをずるずると引っ張って行く。

 その背中を、盛大な拍手と“おひねり“が追いかけてくる。横を向くと、親切なおばさんが袋に“おひねり“を集めて差し出してくれた。「頑張るんだよ」と。

「…………はい」

 真っ赤になったファングは、袋を受け取ると、そそくさとラーサを引き摺りながら宿屋の通りに入っていった。 

「ああ、ナハトさま---」 

「ラ-サのばか-っっ」

 ……ずるずる。


        ◇ ◇ ◇


「そうですか、兄上……。貴方は選ばれたのですね、その道を」

 前線から送られてきた使者の話を聞き、皆は茫然となった。大臣たちなど、信じられないとばかりにため息をついた。二日前のことだ。

 それはそうだろう。いったい何年かかるだろうと思われた戦が、もしかしたらこの国も終わりなのかと思われた戦が、たった半月足らずで終結したのだ。

 しかもそれをやったのは、面会謝絶で寝込んでいるはずの、後から合流したアリアム王とその一行だという。

 先の会議中幾人かの視線がチラチラこちらを向いていたのは、気のせいではなかろう。

 テラスで杯を傾けながら、シェリア-クは内心で嘲笑(あざわら)う。ここで怖じけづくくらいなら、最初からこのわたしになどつかなければよかろうに。切り捨てられる運命とも知らずにな。

(どうあってもこのわたしと争う運命なのだな貴方は。なぜ、静かに暮らそうと思われないのだ? 念願の外の世界に何年か振りに出られたというのに。あれほど、王になることを嫌がっておられたではないか。なぜ見捨てない? 今まで色々なものを……お見捨てになられてきたではないか貴方は……)

 後ろの広間からは、昨日から続く宴の中、皆の歓声が上がり、喜びの声がこだましていた。このまま街の民も皆、さらに何日か浮かれるのだろう。

 シェリア-クはテラスの手すりにもたれて、静かに目を閉じた。

「……いいでしょう。もはや運命の分岐点は過ぎ去ったのだ。ならば、自ら悪魔と成り果てた男の力、その目でしかと見届けていただこう」

 街に広がる宴の雰囲気を見渡す。人々の喜びの声が耳に届く。

「浮かれるがいい、今はな。だが、それもすぐに終わる……。呪うがいい、このわたしを。シェリア-ク────それが、国を終わらせ、お前たちに真の災厄をもたらす悪魔の名前だ」

 真っ白いマントが翻る。一陣の風。青く晴れたカ-テンが広がり、室内の景色を遮断して部屋に戻る人物を包み込む。それは、刹那の時。風が止んだ。カ-テンが垂れてゆく。

 こちらを向く青年の口元が見えた。薄い笑い。瞳も笑っているのか? 他の部分の表情は? あと少しでそれらが見えるという刹那、少年の時を捨てた青年は、きびすを返し宮殿の奥へと姿を消した。

 風のない夜だった。細い月が星を追いかけていた。人々の謡声は夜の暗闇の中に浸透し……。そして、静かに夜は更ける。


        ◇ ◇ ◇


 「ばか! あなたったら、どうしていつもいつもそうも心配症なのよ。わたしはピンピンしてるわよ! なんで信じてくれないの!? 連絡しなかったから心配で確かめにきた? シェリア-クに騙されて国の管理物を持ち出して追われてる? いったい何をやってるのクロ-ノ! いつもの慎重さはどうしたのよ……! 今までだってもっと深刻な状況だってあったけど、わたしはちゃんと帰ってきたわ。それなのに、馬鹿よあなた……あれほどお父さんの後を継ごうって頑張ってたのに、なのに出世を放り出すようなことをして……」

 壁ぞいの下町。その路地裏の闇の中で、二人の人影が言い争っていた。

「すみません。出世して貴女の……いえ、僕のやりたいことを叶えてみたかったのですが、出来なくなってしまいましたね……。確かに、馬鹿ですね。でも」

 クロ-ノはア-シアを見つめた。見つけるのに一週間かかった。その疲れさえ見せず。 

「無事でよかった……」

 安心したように言う。

「……だ、だから! そうじゃないでしょうクロ-ノ! ……もう!」

 下を向いて。

「……わたしの事なんか放っておいてくれてよかったのよ 、私は、もうプロじゃない、失格なのクロ-ノ。仕事を放り出して私事で動いてるただの、馬鹿なのよ。だから、あなたに心配してもらうような女じゃ…… 」

「それでも、貴女は私の大切なパ-トナ-です。そう思ってはいけませんか?」

 ア-シアが顔を上げる。今までクロ-ノが見たこともない表情が、目の前の女性の顔に広がっていた。夜の中でも明るい彼の金髪が、その黒い瞳の中に映っている。

「お手伝いさせて下さい、ア-シア」

「……何を言っているか分かっているの?」

「そのつもりです。蓮姫の事については私にも責任があるのですよ? 貴女一人で背負い込まないで下さいア-シア。背負うなら、一緒です」

「………馬鹿よ、……あなた……本物の……」

「なぜか、褒められた気がしますね。どうしてでしょう」

 にこりと笑いのたまう。

「…………、会わないうちに意地悪になったわね、かなり」

 口を尖らせると、もう一方からは笑顔が返ってきた。

 それはずっと昔、ア-シアが待ち切れなくて抜け出して、初めて小さな彼を見にいって見たあの時のものと、同じ笑顔だった。木陰から覗いた、5才の少年の優しい笑顔。

(変わらないでいてくれたのね……)

 一時は失われたと思ったその笑顔。取り戻させた力の一部は自分のものだと、そう信じてもいいのだろうか。

「では、行きましょうか。今日のところは、どこに泊まっているのかだけでも教えて下さい。少し、疲れたので休みたいんです。大丈夫、部屋は別に取りますから」

 そう言って、小さくあくびをしながらクロ-ノは宿屋通りへ歩きだした。目立つ金髪を隠すフードが大変そうだ。

(それにしても……)

 ア-シアは自分の手を当然のように引っ張っている青年の手を見下ろす。

(いつから立場がこんなに逆転してしまったのかしら……?)

 素直に引っ張られて歩きながら、少し複雑な気分でア-シアは首をかしげた。


        ◇ ◇ ◇


「何をなさっておいでですか?」

 コ-ルヌイが隠し扉をノックして部屋に入ると、蓮姫は机に向かって書き物をしていた。異様に熱心だ。

「なにって、決まっているでしょう? これからやるべき事を練って書き出しているんです。計画といっても良いかしら」

「計画、ですか……?」

「そうよ。今まで私が失敗してばかりなのは、行き当たりばったりですべて行動していたからです。計画がちゃんとしていなかったせいなのよ。だからまずは何事も計画を立てるの。どう、少しは進歩してるでしょ?」

「……はあ。それはまた……」

 どんな返事を返せばいいのか分からない。

「返事にお困りのようね?」

 肩越しに声が届く。

「いえ、そういう訳では」

「いいのよ……。本当言うとね、私は何もしない方がいいんじゃないかって思う時もあるの。今まで私が何かやろうとして上手くいったためしがないことも承知してる……。そうよ、全部悪い結果になったわ。やることなすこと裏目に出るの……! けど、だからって、諦めるわけにはいかないじゃない。私は、知ってしまったの。今のこの体が、命が、親友の命で出来ているって事! 私が諦めたら、諦めてしまったら、蒼星の命って何なの!? 無駄になるとでもいうの!? いやよ。絶対にいや!

 ……蒼星の命で出来たこの体には、命には、価値があるの。絶対にあるんだから……!」

 小さなこぶしが震えとともに握りしめられる。ここ何年も剣を握っていない腕に、力など無い。だが、外に出ないゆえに真っ白になったその体には、決意の色が(みなぎ)っていた。

「それで、どうなのです? 殿下は何をなされようとしておられるか、なにか新しい情報がありまして?」

「いえ、それが、……分からぬのです。ですが若は、どうやらご自分を悪魔に例えておられるようだ……。あの方の決意も、生半可なものではないのでしょうな……」

「悪魔……」

 そう例えなければならないような、何かをするということだろうか。

 蓮姫は筆を置く。そのまま立ち上がり、コ-ルヌイに向き直る。

「確かめておく必要がありそうね。それで、貴方はやはり殿下のお味方なのかしら?」

「………、どういう意味でしょうな?」

 コールヌイの細い瞳が小さく開く。

「そのままの意味ですわ。私は陛下も、殿下も、そして、………ア-シアさんも。皆でもう一度、あの中庭でお茶を飲めたら……。そう願っています。ようやく、そう願うことができるようになりました。でも、貴方が現在の殿下の味方であるのならば、それは私の味方ではないと言わなければならないわ。私は、今度こそ失敗したくないの。そのためには貴方の力も必要。でももしも敵に回るつもりなら、これ以上話せない……。 貴方にはいろいろ助けてもらったわ。感謝してる。本当に感謝してるの。でも、貴方が殿下の忍びであることも確か……。ねえ、どちらなの? コ-ルヌイさん。教えて」

 糸目が静かに閉じられ、わずかだけ沈黙が下りた。そしてまた開く。

「……………。自分が前王より若に一生仕えるよう命じられたのは、若が生まれた直後の事でありました。自分は、若の教育係でした。そして、遊び相手でもあり、あの方の命令を遂行する影でもありました……。しかし、いつしかあの方の……、あの方のみに仕える者でありたいと思うようになった……。それは、誓いです。そしてそれは、今でもまったく変わりない。揺るぎない思いなのです」

「……そう」

「ですから今でも自分は、若の身に危険が迫った時は、無条件で若を庇うでしょう。たとえその為に命を失うことになろうとも。しかし、あの方は今、他人にご自分を悪魔と呼ばせようとしておられる。そんな事にこの身が耐えられるとは、思えませんな」

 視線が互いに交錯する。

「……なら、手伝って。殿下が取り返しのつかない事を始める前に。あの方が何をしようとしているか。そして、そのために何を使おうとしているか。まずはそれを探るわ。私も久しぶりに部屋の外に出ます。殿下に会いに行くわ。今なら、今までのこと、すべて許せる気がするから。あの方のことも、自分のことも……」

「承知しました。自分は別の方向から、もう少し若がなされようとしている事の調査を続けますかな」

「ねえ。それって、大丈夫なの? 他の影に見つかったりしない?」

「それほどヘマは致しませんよ、姫。わたしが何年影頭を勤めていたとお思いで?」

「そう、……そうよね、ごめんなさい」

「いいえ、心配して頂いて嬉しいですよ。それより、ア-シア殿の事ですが……」

「いいの、言わないで! 彼女は私が自分で捜します。彼女には酷いこと言ったわ。だから、謝りたい。自分で謝りたいの。それも、今の目標の一つ……」

(若さというものは、素晴らしいものだ。人の内面がどんどんと成長していく。目を見張るほどではないか。……若、貴方もまだ変われるのですよ、若)

 コ-ルヌイは知らない。シェリア-クの命があと何年もないという事を。

 それを知っていれば、彼は、シェリア-クが悪魔になろうと最後までともに堕ちただろうか……?

 だが、知らなかった。前王が死に、后が倒れ、掛かり付けの主治医が亡くなった今。いまではその事を知っているのは、シェリア-ク本人だけだったのだから。

 コ-ルヌイは蓮姫の部屋を出た。蓮姫はまた机に向かい続ける。


 音がした。ねじ巻のバネの音だ。どこかで誰かがねじを巻く音がする。

 歯車は回る。からからと回りゆく。そう。時の流れが回る、すべてが─────。


        ◆ ◆ ◆


 その日の夜半が過ぎようとする頃、一人の少年が街の中心にそびえる王宮を眺めていた。街を挙げての宴会は、始まって五日目になろうとしていた。

 今日は新月、闇夜だった。見下ろす城壁の影の中は何も見えない。

 少年は、街を囲む城壁の上で。たった独りでタ-バンをなびかせて眺めていた。その瞳は何も映すことなく。ただ、宴の街を見下ろしていた。

 どれくらい時が経ったのか。日付が変わり始めようとする頃、その瞳がふと何かに気をとられた。襲う振動。


 賑やかな、それでいて静かな夜だった。そして、すべてがこの街に収束していた。

 その夜半。

 始まりの災厄が、街を襲った。


        ◆ ◆ ◆ 


「いいかぁお前ら、おれの合図で突っ込むんだ! 突入だ! 夜襲をかけろお! ぶひひゃははは」

 災厄の始まりから数刻ほど前の時刻。ついにイェナにたどり着いたダガンたちは、砂丘の闇に隠れて街の入口を見つめていた。

「軍団長! 馬鹿なことを仰らないで下さいっ! 貴方がそんな事でどうするんですか。命令は生け捕りです。それにここは一国の首都ですよ! 夜襲などかけなくても、明日の朝にでも訪問の理由をしたためた封書を門番に渡せば協力してくれるはずです!」

 そう言い放った若い神官戦士に、ダガンの視線が突き刺さった。眼光。しかし、少年は引き下がらない。その度胸は、他の大人の神殿兵にも見習わせたいくらいだった。

「ぶふふう、まぁだおれに歯向かう奴がいたとはなあ。お前か? 新米の神官戦士の癖に我ら神殿兵のみで組まれた盗伐隊に志願したっていう馬鹿は。そりゃあいい心がけだがなあ、身の程を知るべきだよなあ、生っちろいくそ餓鬼が」

 少年の体がピクッと震えた。

「……て、訂正して下さい!! あなたにそんな侮辱を受ける謂れなどありません! それに、足手まといにはなっていないはずですっ」

「そんなの関係ないんだよくそ餓鬼。おれの隊にいる以上、おれが神だ。おれに逆らうな。おれの言うことを聞け。おれがやれといったら裸踊りでも犬のマネでもなんでもやるんだ。分かったなぁ? ぶくく」

「分かりません!! 何ですかこの隊長は! か、神を語るなんて! 皆さん、こんなことをいつも言われているんですか? なぜ法廷に訴えないんです!? こんな人間は前ラマ=プル-ノの教えの中にいるべきじゃありませんよ! いいです、皆さんが訴えないんならぼくが訴えます。ダガン隊長、国に帰るまでに貴方がその態度を直されない限り、このカルナ・ウル・ナルパが神殿法廷に訴えさせていただきま……!」

「……うるせえよ」

「えっ?」

 背を向けて歩き出そうとしたカルナの耳に、バサリという音が聞こえた。

「?」 体が傾ぐ。そのまま砂の中に倒れた直後、カルナの背中に激痛が疾走った。

「が……ぁあぁあああっぁぁあぁぁぁああぁぁぁぁぁ!!!!」

 斬られた! ようやくその事実に気づく。背中から熱く冷たい感触が流れてゆく。

 ヂャリ。砂を噛む足音がして、ぞっとした。刹那、出来たばかりの傷口を思い切り蹴られ、のたうちまわった。

「……!! …………っ!!」

 あまりの痛みに声も出ない。容赦無く何度も蹴られる。

「五月蝿いんだよ餓鬼の癖にぐだぐだぐだぐだぐだぐだぐだぐだ。貴様あれだろ、大罪人クロ-ノの後輩だろ? 何驚いてる調べたんだよ決まってるだろバァカが。はん、どうせどこかで落ち合って手助けしようとか考えてたんだろ残念だったなガキ。おれはあいつが嫌いでな。この任務におれが任された時は泣いて喜んだよあの男を殺せるってなァ。まったく、あいつはせっかくこのおれが犯人にしたててやろうと閉じ込めたってのに逃げだしやがって、あれでどれだけ苦労したと思ってやがんだよくそクロ-ノ!! まあ、いい。こうして奴を殺せるんだからなあ、ぐふふひひ」

「な……んだって……それ、じゃあ……あの事、件は………」

 見回すが、いつの間にか人払いしていたのか、すぐ周りには誰もいない。だが、少し離れた場所には整列している。なのに誰も微動だにしない。

 まさか今の発言を誰も聞いていなかったのか?!

「おっと、喋りすぎたみたいだな。ま、いいさ。お前はここにこのまま置いていくから。その傷じゃ一歩も動けないだろ。そのまま干からびて死ねっ。多分お前よりクロ-ノの方が先に死ぬだろうから寂しくないぞ。あの世に行ったら大好きな先輩とご対面だあ、嬉しいだろ感謝しとけよぉひひひひひ。ほら行くぞお全隊進めぇ!」

 視線を回すと、隊の他の神殿兵たちが震えていた。まるで、逆らったら殺されるというように。まるでではなく、実際その通りなのだろう。まさに今、自分が体験している通りに。気が弱すぎる気がするが、多分、気の弱い者を中心にあのダガンが集めた隊なのだろう。

 そばを通り過ぎる時、何人かが立ち止まって何か言いたそうにしていたが、何も聞こえてこなかった。皆の足音が遠ざかってゆく。このまま攻撃を開始するのだろう、攻城兵器を組み立てる微かな音が、遠くから聞こえた。砂とは違う危険物の粉を扱う音も。

(くそ……ぉ。そういう、事か……。疑ってすいません、でした。大神官様……先輩……)

 意識が薄れる。しだいに目が霞みだす。しかし、カルナは動くほうの手で砂を掴み、無理やり背中の傷口に擦り込んだ。

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっっっっっっ!!!!!!」

 腕を噛んで悲鳴が漏れるのを防ぐ。そのまま、回復した意識を保ちながら、ゆっくりと、気づかれないように砂の上を後じさる。

 どれくらい時間が経ったのか。とうとう最初の砂丘の峰を越えた。そのまま背中に担いでいた棍を杖代わりによたよたと走り出す。巻きつけていた布の中の棍には気づかれなかったようだ。お陰で、即死だけは免れることが出来た。だが、血の流れは止まらない。

(先輩に、知らせなければ……)

 クロ-ノが街のどこにいるかは皆目分からない。だが、このままでは、クロ-ノが殺されてしまう! 街の人たちも。

 傷口とそこから流れる液体のせいで、うまく走れない。足を出すたびに激痛が走り、背中から体液とともに力が抜けるのが分かる。内蔵がきゅっと怖気(おぞけ)をあげる。だが、それでもカルナは止まらなかった。

 足がもつれる。汗と血で杖代わりの棍が滑るが、気にせず進む。どうせ夜だ。血が落ちていても気づかれない。

 その棍に大きな斜めの傷がついているのが闇夜でも感触で分かった。

 昔クロ-ノにもらったこの棍が、守ってくれたのだ。だから即死にならなかった。

 それに再度気づくと、カルナはさらに足を速めた。それでも亀の如く遅い。

 食いしばった歯ぐきから血が流れた。

 その時、後ろから足音が聞こえた。彼がいないことに気づいたのだろう。

(4っつ、か)

 急いでも捕まるな。ならば。

 カルナはその場で止まって待った。わずかに体力が回復する。そして、体を回転させた。

 星の無い夜の下、棍が舞う。


 5つの人影が闇の中に横たわっている。その中の一つがゆっくりと起き上がった。

 カルナだ。

(見よう見まねだけど、技を、使わせてもらいましたよ、先輩。円の……動き。どうです、少しは、貴方に近づけましたか、ぼく……?)

 そしてカルナの影は、そのまま巨大な城壁の夜の砂色の中に消える。

 一時間後、城壁が揺れた。遅れて、火薬の爆音が聞こえてきた。




        第十五話 『宴の前』 了.

              第十六話『災厄』へ続く。


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