表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Grand Road ~グランロ-ド~  作者: てんもん
第六章 ~ Open the Cross Road.~ 
38/110

第十四話 『守りたいもの』 [NC.500、乾月23-26日]


 気づくと辺りは目茶苦茶だった。一部のみ実体化した炎そのものは大した被害は与えていない。しかし、地上にいる誰もが熱を感じた。その上炎の姿そのものは目に見えた。

 空から山のような炎が落ちてきたのだ。引き起こされたパニックは並大抵のものではない。逃げる者。背中を丸めて転がる者。右往左往。あちらこちらへただ走り回る者。

 不幸中の幸いは、観戦の邪魔にならないよう、決闘を見るために誰もが腰から剣を抜き取り地面に置いていたことだ。地面に置いた剣を拾って振り回している者は、わずかしかいない。

 幸い死んだ者はいないようだ。が、下敷きになったりして怪我をした者は多かった。

 それでも中には、自らの力でパニックから逃れる者もいた。アリアムだった。

 彼は一瞬でパニックから逃れると、自分の手足を確認した。

 周りではまだ炎が燃えている。兵士達が悲鳴を上げて転げている。しかし、もはや熱さは感じない。ならば。

 輿から降りて駆け出す。デュランの所だ。

 デュランは気を失っていた。無理もない。炎の塊の真下だったのだ。

 だが、幸い大きな怪我はどこにもなかった。傍でファーレンフィストも倒れている。その剣は少し離れた場所に落ちていた。剣先はギリギリのところで逸れたようだ。デュランの腹に薄い糸のような傷があった。

(良かった……。斬られたかと思ったが、間に合った? ……あの現象のお陰か)

「う……、アリアム、か……?」

「起きたか、さすがだな。だが、もう少しじっとしてろ」

「うぅ……なにがあった……む、アリアム殿、か?」

 すぐ側で声がした。ファーレンフィストだ。

「ファ-レンフィスト! 凄いなあんた、もう起き上がれるのか! ……っと、正気だよな今は?」

 いきなり聞かれて面食らった敵の将は、周りを炎が覆っている事に気がついて声を上げた。

「は? うっこ、これは……一体何があったのだ!? この炎は何故熱くないのですか!」

「いや、俺にも説明できないんだが……今のところ害はないようだな」

 ファ-レンフィストも周りを見回す。どの兵士もが血相を変えて走り回っている。冷静になって見渡すと、とてつもなく滑稽な見世物となっていた。

「その様ですな。まったく、害の無いものに脅えてパニックに陥るとは。心の鍛え方が足りん! まったく、帝国に戻ったら訓練の量を倍にしてやる」

(いやあれは、そういうレベルでは無かった気がするがなあ……気の毒に……)

 アリアムは敵ながら兵士達に同情した。

「おお、そういえば! なぜか記憶が無いのですが、決闘はどうなりましたかな?」

「えぇっと……今あんたが立ってるならあんたの勝ち……かな。……困ったなぁ」

 頭を掻く。

「こちらから出た兵士は実は自分の兄弟子でして、かなりの強さを……は?」

「いやだから、出たのはあんただって」

「は……?」

 アリアムは一から説明しなければならなかった。目を覚ましたデュランも補足で補う。

「………何ということだ!!! なんという……くそっ」

 一連の出来事を説明されたファ-レンフィストは、己が操られた事を聞くと、地団駄を踏んで悔しがった。余程悔しかったのだろう。だが元凶が己の副官らしいと聞くと、悲しそうな顔で、その者を捜してくるとぽつりと言った。

「決闘の結果は聞きました。しかし、それは公平なものではありません。まずはカルネシアを捕まえてきますので、それからです。申し訳ないが、しばらくお待ちを」

 くるりと背を向けて走っていく。その姿が、薄まってきた幻影の炎と、パニックを終え放心し始めた兵士たちの向こうへと消える。

(今のうちに俺たちも味方の兵士たちを助けに行くか。みんな大した怪我をしてないと良いけどな。こんなんで死んだら死に切れないだろうぜ、さすがに……)

「少しは休めたか? なら起きろデュラン、俺たちもみんなを助けに行こうぜ!」

 その時、すぐ側に軍人ではない人間が倒れているのに気づいた。男だ。魔法使いのような格好で、若く見えるのに木の杖まで持っている。民間人? なぜ?

「う~む…………、誰だこいつ?」


『おのれ……何ということを……、小僧……!』

 笑っている時ですら感情を見せることのなかった男の顔に、怒りの皺が浮かんでいた。睨む視線は地上をひたすらに指している。

 地上ではパニックが収まり始めていた。それぞれが武器を拾って集まり始めている。

しかし、兵士たちは完全に精神力を使い果たしたようだ。両軍とも力無くうなだれ、敵がすぐ近くを通っても探し当てた武器を振り上げようともしない。

 両陣営とももう一度向かい合って座り込んだまま、兵士たちは惚けた顔で指示があるまでただ辺りを見回している。指示を出す国王と将軍の声が切れ切れに空まで聞こえた。

 台無しだ! これではこれ以上、感情のままなし崩し的に戦いを激しくさせる事などできないではないか!

 すべてはナニ-ル自身の放った一撃が原因だった。目まいがしそうだった。よりにもよって己れの攻撃で、何年もかけて編み上げた計画を潰してしまったのだ。

『……これでは怒りと憎しみを煽ることもできん。それにあのアリアムなら、今の状態に乗じて言葉巧みに皆の戦闘意欲を削いでしまうだろう。……おのれ、おのれナ-ガ……、あの様な小物によって我が計画が潰されようとは……。何故だ! なぜいつも邪魔が入る!? 我の計画は完璧なはずだ。小物共がどれほど騒ごうが何程の事があるというのだ!? なぜ我の計画がことごとく……小穴を開ける事しかできぬ者共などに……、なにゆえ虫ケラの貴様等などに巨大な流れを変化させる事ができる……できてしまうのだ!!?』

 数万の地虫の群れがオロオロと這い回り、重な合い解像度が落ちてしまっていた。ここからでは落ちたナ-ガの姿は見えない。意識も見つけられない。

 消滅したのか? それはないだろう。少なくとも精霊体が消滅すればすぐに解る。探索虫を放出しようにも、先ほどのノイズが多すぎる。

 忌々しい!

『おのれ……今は引いてやる。だが、次はないぞ。次にまみえる時はまず先に全力で貴様を潰してやろう。覚えておくがよいわ、ナ-ガ・イスカ・コパ……』

 呪いの言葉と共に、ナニ-ルの姿が空の中に薄まり消える。静まり返る。

 彼が消えた後に残る空。その姿はいつにも増して美しく……そして、一段と青く澄み渡っていた。


        ◆ ◆ ◆


「どうやら、戦争を止めることに成功したようやな。やるやないか二人とも」

 機械の前に座って何やらいじっていた筋肉男が、そうつぶやくのが聞こえた。

 おれはここ数日何もやることがなく、ぼんやりと椅子に座って男の手元を眺めていた。 バアさんは筋肉男と話し込んだあと何やらごそごそやってるし、リ-ブスともう一人はバアさんの手伝いを強制的にやらされている……らしい(おれはなぜか呼ばれなかった)

 ふん。ついこの間まで起き上がることもできなかったくせに、元気なバアさんだ。

 そして基地に着いた時おれたちを出迎えてくれた筋肉男は、一日中巨大な動く画面の前から離れようとしない。

 おれはというと、話が大きくなりすぎて出来ることがなくなり、ただじっと、時の過ぎるのを眺めるのみ。一度だけ、遠く離れた場所を画面で見られるというので、シェスカのロ-エン邸を見せてもらった。どうやらエティたちもつつがなくやっているらしい。

(戦争が……止まった……?)

 バアさんが言っていた。今、この砂漠でアルヘナと帝国との戦争が始まったと。

 それを、止めた? ナ-ガって……まさかあの軟弱そうなウェーブのボケキザ野郎がやったのか!?

「おいあんた、どういう状況なんだ? 教えてくれよおれにも!」

 筋肉男──確かアベルという名前だった──が椅子を回してこちらを向いた。

「ん? 客人か。さすがに、ロ-エン商会の若旦那だと気になるんやな、いろいろ」

 ムッとした。止めようとしたが、怒鳴るのを止められなかった。

「そんなんじゃね-よ! 馬鹿野郎っ!」

 自己嫌悪がまた襲う。別におれを怒らせようとしてる訳じゃないと分かっているのに。

(おれは、どうしてこんなに子供なんだ……)

「……そないに怒らんでも。何か気に障るようなことを言うたんかな俺は?」

 違う。ただの、カンシャクだ……。視線をそらす。まともに相手を見られない。

「……おれの名前はカルロスだ……そう言った……」

 アベルは途端ににこやかな表情になる。

「なるほどな! すまんかった気ぃつけるわ。でもそんなら俺もアベルと呼んでくれ。あんたや野郎でなくてな」

 腕がこっちへ伸ばされる。手のひらが上を向く。裏の無い透明な笑顔。

 なんで、この旅でおれの知り合いになる人間は、ことごとく俺より器が上なんだろう……。

「……わかった」

 出された手を握る。その手をはねのけたら、さすがに自分が嫌いになりそうだった。

「おっし。説明やったな。ルシアからも説明されたらしいが、この星は今、一人の男と巨大な機械によって絶望の危機に(ひん)しているんや。せやけど今現在それを知っている者は数少ない」

 顔を覗かれたのでうなずく。確かに聞いた。

「そしてその巨大な機械、コンピュ-タ-いうんやが、あの月ん中にそれがある。そいつは500年前、一度はルシアや他の人たちによって封印された。せやけど、いままた復活しようと企んどる。その先兵となっているらしいのが、例のナニ-ル、や」

 それも聞いた。おれの顔に不満が出たんだろう。アベルが苦笑する。

「ちょぉ待てや、少し黙って聞ぃとき。ナニ-ルはここ何十年かかけて、この大陸で何かを企んどった。その目的は、封印されてる巨大コンピュ-タ-【ガイア】を起こすことやったんや。その為に、色んな国々で人々を操るビンを配って回り、争いの種を蒔いた。なぜなら、ガイアが復活するのには大量のエナジ-が必要で、それには人の命や怒りや憎しみが一番効果的であったからや。その奴の計画の集大成が、この戦争や。この先も、アルヘナを皮切りに、大陸全体に戦火を広げる腹やったはずやな。奴はファルシオン帝国の中枢にまで入り込み、世界支配の欲望を植えこんだ。その為に種をまき、人々の不安や野心を煽り、不審を撒き散らした。すべては人間の怒りと憎しみと、マイナスベクトルの命のエネルギ-を得るためやった」

「……………」

「そんでな、その計画を破綻させる肝が、この間カルロスが見たナ-ガって男や。こいつがまたごっつヤな奴でなぁ、昔俺のいた国を滅ぼそうとしやがったんや。それも帝国の手先になってな」

「……なっ!? じゃあ、そんな奴となんで……!?」

 アベルは少年の目をじっと見る、そして続けた。

「でもな、それも未遂に終わった。もちろん嫌な後味は残りよった。けどな、あいつにも理由があったんや。あいつは……造られた人間やった。水槽の中で、実験として。それに自ら気付いてしまったのが、あいつの転落の始まりやった」

「…………!」

「それをやったのは、俺のいた国の偉いさんやった。まあ、今は罪を納得して牢屋にいるんやが。ただ、あいつの復讐の実行を留まらせたのも、同じく国の偉いさんやったんや。ほれ、カルロスも会うたやろ、クロ-ノ。あいつの親父さんや。義理やけどな。それで、あいつは復讐を止めた。もう亡くなったが、偉大な親父さんやったよ……。

で、こっからや話は。その騒ぎの過程で、ナ-ガには産まれる時、ある処置が施されたことが分かったんや。俺がそれを知ったのは、旅先で俺を追いかけてきた個人追跡用伝書バトについてた手紙でやった。これは普通の伝書鳩と違って、嗅覚を大幅に改良した鳩で、移動する個体への伝書に便利なんやが。それを書いたのは、大ラマ=プル-ノ。クロ-ノの親父さんやった。そんでな、そのじいさんに頼まれたんや。大陸の西側の発掘と調査を頼むってな。その過程でここも見つけた。ま、あいつには内緒なんやけどな。誰が教えてやるかい。言うなや? 会うてもクロ-ノには」

 にんまりと笑う。楽しそうだな。

 それにしても驚かされる話だった。あのニヤケたキザ男にそんな過去があったなんて! 目の前のアベルだってそうだ。滅ぼされかけたなんて、きっと思い出したくないことだってあったはずだ。おれだったら話すのも嫌だ。なのに、きちんと説明してくれてる。

(……勝てねェ、な)

 自分がとてつもなく小さく思えてきた。

「こっから難しくなるから後で質問受けるで。その措置とは、【引き金となる遺伝子を触媒として、機械知性と人間の精神を融合させ、人工の精霊となる】為の遺伝子操作やったんや。

精神活動もおおもとは遺伝子がつかさどっとる。規定値としてやけどな。後の振り幅は個人の経験から変化する。しかし、その変化も体内で遺伝子の変換や進化を促しているという説もあるが……それはまあ関係ない。でまあ、それを電気信号に変える場合の減衰を減らすための操作みたいやな。勿論ナ-ガにそれをやった奴はそんな事は知らんかったろう。大昔の本を参考にしただけやからな。けど、間違いなく人工精霊になれる可能性のある人間が産まれてしまったんや。ガイアにとっても誤算やったろな。今奴を封印している力の大部分も、その人工精霊たちなんやから。また一人でも増えられたら、そらたまらんやろうぜ。

俺は5年かけて、ナ-ガの遺伝子についての詳細と、触媒となる遺伝子の持ち主を調べあげた。そして分かったんや。両方とも、つまり古代種ネアンデルタと奴隷種クロマニョンの二つの遺伝情報を均等に持ちあわせた遺伝子のことやった。遺伝子操作で生まれた存在の遺伝子と、自然の状態で混ぜられた末に均等になった遺伝子を混ぜ合わせる事で精霊化の準備段階が起こる。けど遺伝子操作以外で均等に混ざる為にはどえらい偶然が必要や。世界中で捜したって殆どいないやろ。

つまりナ-ガ一人じゃまさに宝の持ち腐れ。なのに驚いたわ、その人物はすぐ近くにいたんや。奇跡ゆうんかな」

 アベルはゆっくりと天井に視線を這わした。遠くを見る目。

「なぜやろうなあ。当時、遺伝子操作されてようが自然だろうが、二つの遺伝子を合わせ持つ人間は物凄い差別を受けたはずや。自然だろうと操作されてようとな。なぜなら均等に混ぜられた人間は、その能力の高さと同様に、見た目の綺麗さという形でモロ発現し周囲から浮いてまうからな。ちゅうか片方はそれ以前に実験で造られたんやぞ? 

怒りがあって当然や。世界に対する憎しみがあったはずや。人工精霊になればやりたい放題。人間よりもずっと力があるんやから、ガイアみたいにはならんとしても、差別した奴等のいう事を聞いて封印者にならんでも良かったはずなんや。勝手に生きて、勝手に差別した奴らを破滅させたり、無視して人間社会から離れることも、場合によってはガイアに寝返る事もできたやろう。ま、そうなったら今ここに人間はいなかったやろうけどな……。なのにそれでも、彼らは封印者になった。なぜやろうなあ」

 遠くを馳せる顔をする。なんで、そんなこともわからねーんだ? アンタたちほどのでかい器がありながら。

「ン-なもん、ここが好きだったからじゃね-のかよ?」

 気がついたら口から言葉が漏れていた。天井を見上げる。

「この星やここに住むいろんなものが、好きだったんじゃねーのかな? そして、守りたかったんだきっと。恨みよりもずっと大きくさ。多分、そいつらの周りの人間の中にもそういう人がいたんだぜ。そいつらが命を張って守りたいと思う人が。そいつに優しくしてくれた相手が。たとえ、その為にその人と二度と触れ合えなくてもさ」

 気がつくと、アベルが微笑んでこっちを見ていた。おれは急いでソッポを向く。チッ。 

「そうやな。……きっとそうや。……俺はな、だからあいつに選択を任したんや。全部説明してな。そしてあいつは人工精霊になった。あいつにも、あったんかなやっぱり。守りたいもんが……。そっかあいつはだから、戦争を止めたんやな……。

……つ-訳でこれで説明、終いや。これでこれ以上ガイアが力を得ることはなくなる。少なくとも急激にはな」

 聞き咎めた。

「少なくとも? どういう事だよ。これで終わりじゃね-ってのか?」

「あぁ、実は残り二つの小瓶がまだ確認されとらんのや。数だけは把握してたもんやからな。しかし、足りん。帝国のジジイ共の分足しても、どうしても二つ……クソッタレ! なんやらヤな予感するわ……ナニ-ルの野郎、なんか隠し玉持っとるんとちゃうやろな……」

 アベルが机に置いた拳を握る。肉が絞られて引きつった音を立てた。

「じゃあまだ安心出来ねえじゃね-か! どうすんだよ!」

「まあな。ひとつだけ方法があるにはあるんやけど……」

「なんだよそりゃ?」

「いやそれより、ナ-ガとまだ連絡が取れんのや。もう一度連絡があってよさそうなもんなんやけどな。かなり消耗しとったようやからなぁ。……もう一度今から連絡してみるわ」

 アベルは教えてくれなかった。そのまま画面の方へ体をひねる。はぐらかされた。

(またか……。やっぱりおれにはなにもできない……やることがない……俺の存在には意味が、無い……)

 アベルが忙しく手を動かしている。

(やっぱり、邪魔なんだ……。何も、できねェで……ちくしょう……。おれは何で、何でここにいるんだろう……)

 おれはまた落ち込んで椅子に座った。深く、深く座り込んだ。


        ◆ ◆ ◆ 


 女が彼を操った理由(わけ)、それは単純な理由だった。

 自分の好意をファ-レンフィストが気付いてくれない。たったそれだけ。

 縛られた副官は、泣きながらファ-レンフィストをなじった。あなたが悪いのよ、と。 

ファ-レンフィストは俯いたまま、最後まで顔を上げることがなかった。その気持ちは察するに余りある。彼は、壊れた楽器のように彼への好意と悪口をくり返し続ける部下を引き連れて、陣地へと去って行った。

「これ以上は無意味です。一度、帝国へ帰る事に致します。お騒がせして、……申し訳ありませんでした」と、そう言って。

 その後も何かつぶやいたようだったが、聞き取れなかった。

 聞き取れないほうが良かったのだろう。きっと。

不特定多数への謝罪など……誰の心にも意味はない。


 数時間後、アリアムは兵士たちを見渡す岩の上で、彼らの口撃を受けていた。

「撤退だって!? そんな……。なんでそんなこと言うんだよ!」

「おれは嫌だ……! 星の危機とか言われたってそんなの関係ねえよ、解んねえよ! 解ってるのは、おれたちの仲間が何百人も、何千人も帝国の奴等に殺されたってことだけだ!!」

「攻めてきたのはあいつ等ですよ!? それをいまさら兵を引くから許せですか? 馬鹿にしないで下さい!!」

「そうだ! どこまでバカにすれば気が済むんだ!!」

「何とか言って下さい、王!」「そうだ何とか言え!」「王」「王様」「黙ってつっ立ってんじゃねえよ」「どちくしょう!」「王様なんかに俺たちの気持ちが解ってなんかたまるかよお!!」

 ドカッッッッ!!! 大音響が突然響いた。人の数倍はある岩が、砕けていた。

 デュランだった。巨大な剣が歯こぼれしていた。その隣には、回復したのだろう、ナ-ガの姿も見える。

「……静かにしておけ。王の話が聞こえんだろう。お前達も、話の邪魔をしたい訳ではないのだろう?」

 ……しん。なじる声が止んだ。今度は密度の濃い沈黙が砂漠を支配する。

 万近い痛みを伴う視線が集中する中で、若き王は空を見上げる。

 そして、アリアムの静かな声が聞こえ出した。

「……日が落ちて、だいぶ涼しくなってきたな。もう、一番星が見えだしてる。なあ、知ってるか? 今こうして俺たちが生きてる場所も、星の上、なんだとよ……」

 滔滔とうとうと声が流れた。


「すげぇよなあ。星ってさ、生きてるんだぜ? この星は光ってはいないけど、いろんな生き物たちが住みついてる。風が流れ、雲が動き……川が流れ……雨が振ってる。砂嵐が舞い、雷が落ち、そして作物が育ってる。過酷だけど、辛いけど、それでも命が生きている。すげ-よなあ、生きてるって。そんでもって、俺たちもさ、生きてんだ。すげ-よなあ。なあ?」

 顔を戻す。不審な顔がずらりと並ぶ。ナニ言ってんだという顔。怒りの視線。

 受け止める。

「お前ら、さ。守りたいもん、あるか? ……今さ、そいつを全部ぶち壊そうとしてる奴がいるんだよ。人を操って、俺らが守りたいと思っている、願っている何かを、誰かを! すべて消し去っちまおうとしている(やから)がよ」

 全員の顔を見渡して、続ける。

「………。帰ろうぜ。帰ってさ、……てめえの守りたいもんを守ろうぜ? この手で、直接だ……。俺らが、さ。今一番しなくちゃならねぇのはよ、そいつらを守ることじゃねーのかよ? そうだろが。何の為にこんな所まで来た? 何のために兵士になって何のために闘ってる? その為じゃねぇのかよ。そうだろ? 間違っても、こんな所で誰かと全滅するまで殺し合う為じゃねぇ。違うか? それがあいつらを守る事になるってんなら別だがよ。もうこれ以上やったって守ることには全然繋がらねーんだってわからねーのか? お前らは守りたいものを守れなくても、ここで相手を殺すことができれば幸せなのか? 満足か? 一番大事なことを忘れてんじゃねぇっつてんだよ俺は。

ああそれとな……そこのお前、お前だよ。何が気持ちが解らね-だって? 俺が、お前達の? 解るに決まってんだろうが! ……俺だって守りたいモンはあるんだぜ。おんなじさ。お前らと」

 誰も言葉を発しない。だが、視線の質は違ってきていた。ただ一人言葉を発する者の言葉は続く。

「さあ、立てよ馬鹿野郎ども。帰るぞ俺らの家へ。国へ、街へ、ホームへ! そばで守ってやる為に。待っててくれてる人たちの待つ家へ。待っててくれる人たちをよ、あんまり待たせるもんじゃねぇよバカ。まだ、間に合うから。見捨てず待っててくれてるうちに、帰っとけよ、ちゃあんとな」

 正面を向き、もう一度全員の顔を眺める。そして、大号令。

「全軍、撤退!! てめえらの仕事は守ることだ。死ぬ気で守れ! てめえの守りたいものをな! 一時間後にイェナへと帰参する。解散。急げよ!」

 全員が、自分のテントへ戻っていった。歩いている者は、誰一人としていなかった。       


       ◆ ◆ ◆


 すえた血の匂いのこもる地下牢の中で、一人の青年が立ち上がった。

「そうですか。ア-シアは、無事に逃げ出していたんですね。良かった……」

 壁に向かって話す。その壁から、声が返った。

「そうですな。ところで、貴殿はこれからどうなされるのですかな?」

「それはもう。逃げさせて頂きますよ。……貴方には申し訳ないことになりそうですね」

「なに、問題はないでしょう。これは貴殿に対する礼のつもりですのでね。この後外で出会ったならば、問答無用で捕まえさせて頂くでしょうな。無論」

 音を出さずに笑顔になる。

「なるほど。それなら、見つからないように全力を尽くすことにしますよ。なにせア-シアを見つけて、今まで連絡をくれなかった恨み言を言わなければなりませんのでね」

 日が昇る。イェナの街にまた朝が訪れた。いつもの朝。一週間後にこの街が大きな災厄を受けるなど、そんな未来を予想できた者は、誰一人としていはしなかった。




        第十四話 『守りたいもの』了.

              第十五話「宴の前」へ続く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ