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Grand Road ~グランロ-ド~  作者: てんもん
第六章 ~ Open the Cross Road.~ 
31/110

第七話 『約 束』[NC.500、葉月 15日]


 見渡す限り何もない世界が続いてゆく。

 世界は、空と砂だけの二つの色に包まれていた。

 昼前なのに温度は40度をはるかに超え、もうすぐ50度に達するかもしれない。

 もちろん、湿度などとうにゼロだ。

 コ-ルヌイは、そんな世界をただひたすらに走っていた。

 今日で、6日目だ。


 砂漠特有のサソリやトカゲ、ガラガラヘビなどの生き物たちですら、今日の日中はおとなしくしている。すぐ横を足が通るがピクリとも動かない。

 さすがのコ-ルヌイも、唇がかさかさに乾ききっていた。目の焦点も、少しでも気合いを抜くとぼやけてくる。まるで、顔の上半分がくまで覆われているかのようだ。パンダなどの方がまだしも黒い部分が少ないだろう。

 だが、コ-ルヌイは止まらない。

『行って下さい、師匠』

 オアシスが奴隷商人に襲われた日にファングに言われた言葉が、朦朧とした意識に浮かんでは消える。

『気になるんでしょう? だったら……だったら本人に会って直接訊いてくればいいじゃないですか! 何をボ-っとしてるんです師匠らしくもない!』

 ひび割れた唇がまだわずかに苦笑の形をとる。

 まさか、弟子に説教されるとはな……。

『王弟殿下って、何度も話してくれた人ですよね? 知ってました? その人のことを話す時の師匠って、いつも目が笑っているんですよね。いつもはあんなに厳しくて寂しい目をしているのに……誰も自分の内に入れないぞって感じで』

 ……知らなかった。ポ-カ-フェイスは得意だと思っていたのだがな。

『僕なら、大丈夫です。師匠がいつ帰ってきてテストをするぞとか言っても大丈夫なくらい、毎日特訓しますから。大丈夫、怠けたりしませんよ。僕は恩知らずじゃない。それに、今の目標は師匠に勝つことなんだから。え-と、だからその、強くなってても驚かないで下さいよ!』

 まだまだそれは無理だな。弟子になど誰が負けてやるものか。師匠の座は譲らんよ。

 すでに血が垂れ始めた唇は、さっきから笑いの形に固定されたままだ。

『……きっと、待ってますよ、その人。だって、3年も会っていないんでしょう? それまでずっと一緒にいたのに……。僕だったら、耐えられないです……。だから……行ってあげて下さい』

 さすがにもうカラカラで声が出ない。だが、声が出たなら笑っていただろう。

 わたしは良い弟子を持った。

 ……たとえそれが、……ではないとしても……。

 そして、砂の地平にイェナの街の城壁が見えてきた。


       ◆◆◆


 ハムアオアシス。通称、奇跡のオアシス。

 最近は[ナハトのオアシス村]とも呼ばれるこのオアシスは、奇跡と呼ばれるに相応しい、絶妙な位置にある。どういう訳か、ラクダを失うか連れぬまま旅をした人間がこのアルヘナ砂漠で迷うと、5割以上の確立でこのオアシスにたどり着くのだ。

それも、あと半日で乾き死ぬだろうという、ギリギリのタイミングで。

地形や風の関係か、それとも地磁気や重力に異常でもあるのか。それは分からない。この時代の人間には分かりはしない。だが。

 だからこそ昔から、ここは砂漠で道を見失った幾千人もの旅人たちの命を救ってきた場所なのだ。

 いつしかそれは、このハムアの村の存在意義になり、村人も、今年は何人救ったとかいうことを誇りにするようになった。

 この村で命を救われ、そのまま居ついてしまった者も少なくない。

 だからここは、奇跡のオアシスなのだ。


 そのオアシスの砂の下。何百年も昔に作られた地下の倉庫に、一人の少年がいた。

 ファングだ。

 彼はコ-ルヌイが旅立った後、毎日欠かさず言われた以上の特訓を自らに課していた。 けれど、さすがに砂漠の太陽が真上にある時は命の支障をきたすから特訓はできないし、夜もやはり体を休めることにしたので、そうした時間がかなりの量で余ってしまう。

 だから余った時間は、こうして、古代種の地下広場(室と呼ぶほど小さくない )に来ては記憶を探っているのだ。

 そしてそれは意外な事に、わずかずつだが次第にちゃんとした形になってきていた。


「ファング。はかどってるかい?」

「あ、ナハト。……うん、だんだんと。あ、実はね、言葉にできる程度に思い出せた事も幾つかあるんだ」

 取りつけたはしごを降りて来るナハトに、ファングは語りかける。

「ここ、鳥の翼にあたる部分がわずかに傾いているよね。これが、この機械が空を飛ぶための[空気の渦]を作り出すカラクリなんだ。それからこの乗り物の体を造っている硬質材料は、土を高温で焼きながら、さらにもの凄い力で押し潰し固めたときにできる目に見えないくらい小さな墨の筒を、たくさん集めてできている。その材料は、鉄よりずっと軽いくせに、鉄よりずっと固いんだ。それから後ろについているラッパみたいな筒は、ここから中に蓄えた炎の元を燃やしながら垂直に噴き出す為の噴き出し口で、この形が一番合理的な力の入れ具合になっていて、その力でこの巨体を空へ………」

「ち、ちょっとちょっと待ってファング!」

 一瞬の茫然から抜けたナハトは、急いでファングを止めた。このままではいつまでたっても話しができない。

「どうかした?」

「どうかしたじゃないよ……。 いや、なんでもない。でも、凄いね。そんなことが解るなんてさ」

「解るわけじゃないよ。ただ、ずっと昔に教えてもらった事を、思い出しただけだよ」

 その答えに、ハッとしてナハトは慎重になる。

「ええと、ファング。つまり……もしかして……そういうことなのかな?」

「うん。多分、……僕は古代種の生き残りだ。それも、完全な………」

「………やっぱり……」

「うん。だから、この断片的な映像も。きっと本当にあったことの記憶なんだ。そして僕は、なんらかのまだ分からない理由で、最近までどこかで眠っていたんだと思う」

「それが、初めてコ-ルヌイさんと出会った場所の、近くなんだね?」

「多分。師匠は[絶望の砂漠]って呼んでた」

 ナハトはため息をつく。

「絶望の砂漠、か。サバンナを越えて、一ヶ月くらい行った所にある場所のことだね。砂漠とは名ばかりの砂の存在しない荒野。絶望の砂漠、ヌウェラ」

 ファングはうなずいた。

「でも、あそこは確か、この五百年間一度も雨が降っていないって聞いてるけど……。それに、虫も居なくて草も生えないって聞くよ。そんな場所で、よくもまあずっと……」

「きっと何かのカラクリのお陰だよ。さすがに体力とかはみんなと同じみたいだし。今はこれでも……修行したからね。以前はもっとずっとひょろひょろだったんだ」

「なるほどね。で、そっちの記憶はいいとして、自分のことは思い出したのかい?」

 ファングが頭を振る。今度は横に。

「まるで駄目。この間話した部分以外、全然思い出せないんだ……」

「落ち込まないでよ。それだけ思い出せたんだからさ、すぐ思い出せるって!」

「うん……。あのさ、ナハト。この中入ってみてもいい……?」

 つい反射でうなずきそうになって、はたと気づいたナハトは、飛び上がって驚いた。

「入り方分かるのかい!!?」

「多分。やってみていい?」

「待って待ってちょっと待って! 今みんなを呼んでくる!」

 ナハトははしごを駆け上がり、走り出した。


 しばし後。地下広場には、奴隷商人たちの見張り以外の、三百人近い村人のほぼ全員が集まっていた。

「じゃあ、始めていいですか?」

 ナハトが代表してうなずく。それを見て、ファングは巨体を支える足の一つに近づいた。そのまま足を手探りで触る。

 静かな広場の中に、カチッという小さな音が響いた。

 直後、ぴしりとでも言いたくなるような開き方で、胴体の下側の一部が開き、そこから階段が伸び、床についた。

 ファングはその下まで行き、みんなの方を向いた。

「この大きさなら全員入れますよ、二階層構造みたいですし。多分窮屈だけど」

 ざわっ。騒ぎが大きくなる。

「でも、もしかしたら危険があるかもしれないので、最初は僕が入ります。ええと、誰か一緒に入りますか? もう二人くらい一緒に入ってもらいたいんですけど……」

 5分ほど話し合って、ナハトとダオカが入ることになった。

 長は外せないという事と、狭いところでは何かあっても小さい方が回避しやすいから、という理由だ。

 デュランは大きすぎるということで外された。仕方ないが、ため息が聞こえた。


 中は暗かった。

「うわ-うわっなんか出そうだね、でそうだよね? あ! ね-、あれ何あれ何あれ何なに!?」

 ダオカが狭い通路や椅子の回りを縦横無尽に駆け回る。暗闇や狭さなどお構い無しだ。

「ダオカ! 少し黙ってなよ危ないから走るんじゃない。あ-もう、ペドウかクイタつれてくるんだったなあ」

「あ! ひでえ!」

「お前ねえ……何がひでえだよ……頭の中いったい何歳なんだか……。だったら言われたくなかったら静かに黙って見てるように」

「は---い!」

 くすくすくす…あははは……

「あ、ごめんファング」

「大丈夫だよ。さっきはあんなこと言ったけど、こんな何百年も地下にあった物の中に、そんな危険があるとは思えないから。この調査もただの保険だよ」

「ほら見ろ-あっはははっ」

「ダ・オ・カッ」

「あはは。二人には横と後ろの警戒を頼むよ。じゃあ、まずは先頭の方からね」


 デュランは手持ち無沙汰で、はしごの近くの壁にもたれていた。

 彼も危険はないと思っていたからだ。年月の事もあるし、ここは倉庫のようなものだと思われたので、余計にだった。

(中に入りたかったな)

 体が大きいのだから仕方ない。が、後でみんなで入ることには、なぜかあまり魅力を感じなかった。

(どうせ理解なんかできないだろうし、な)

 ぶ然として天井を見ていた時、はしごの外に足跡がした。

 何かあったのか? 一気に気合いが入る。

 すぐに、奴隷商人たちの見張りをしていた自警団員の一人がはしごを転びそうになりながらかけ降りてきた。

「た、隊長! た、た、大変です!!」

「落ち着け! まずは深呼吸だ。どうした、何があった? 奴らが何かしでかしたのか?」

「か、囲まれています!」

「? どこがだ?」

 奴らが逃げ出してここを囲んででもいるのだろうか? だったら大したことでは……。

「違います! ここ……このオアシスそのものが囲まれているんですっ!!」

「な………何だとっ!!!?」

 はしごを駆け登る。そして、そばの一番高い木に登ったデュランは見た。

 周囲2kmはあるオアシスが、完全に囲まれていた。団員の言う通りだった。

 しかも、囲んでいるのは信じられない事に、どこかの国の正規の軍隊のようだ。

(? また奴隷狩りかと思ったが……違うようだな。いったい……)

 それにしても、軍隊のくせに兵士たちがあまりにやつれているのが気にかかる。

 何か、とてつもなく急いでここまで来た、という感じに見える。しかも、砂漠だというのになんと馬で来ている!?ように見えるが。

 その馬たちが、すでに息絶え絶えで、見ている傍からバタバタと倒れていっているのが遠くからでも微かに見えた。

「何という惨いことを……」

 ラクダに乗り変える時間すら惜しんだとでもいうのか!?

 しかし、なぜそんなに急いだのか? 他国の軍隊が奴隷狩りに参加するとは思えないのだが……。

「……!!……な!!!??」

 全体を見回して、疑問はすぐに解けた。最悪の形で。

「馬鹿な……!! あれは、あの旗は………、なんでこんな所にあるんだあれがっ!」

 絶叫。

 大声に驚いた村人の一部が、穴から出てきてデュランを見る。

 しかし、デュランの目には入らない。

 その目は一点だけを見つめていた。

 オアシスを囲む軍隊の真ん中で、ただ一人きらびやかな甲冑を纏い立っている男。

 昔の面影など欠片もない程肥え太っている。それでも間違えることなどありえない。その周りを囲む旗。そこに刻まれた、一度として忘れたことなどない、双剣の紋章。

心臓が、嫌な音を立てた。じっと立っているだけで体中の筋肉が悲鳴をあげているのが分かる。

 忘れたはずの、忘れていなかったあの日の記憶。

(やめろ……やめてくれ、神よ……。貴方を、信仰を捨てることが、それほどまでに赦されないことだとでもいうのか、神よ ──────────っ!!)

 心の中をどす黒い何かが流れていく。強張った頬を、溢れた水が止まらず流れた。

 そう。デュランの目に映ったのは、無数にはためく、捨てたはずの故国の旗の群れだった。


       ◆◆◆


 コツコツコツ。

 硬質の床に足音が響く。

 巨人の住みかのような巨大な通路。壁も天井も、通路の先すらも、遠い。その飾りのない薄暗いトンネルの中を、アベルは迷うことなく進んでいく。

 その後ろを、クロ-ノとナ-ガが無言でついて歩いていた。

 そこはまるで迷路のような場所だった。

 今ので、角を曲がったのはいったい何回目だろうか。もはや数える気にすらならない。

 どれくらい歩いただろう。

 ようやく突き当たりが見えてきた。行き止まりだ。

「#$”※“§‘I~*^:@&’$%”~#”#$!」

 その壁の前でアベルは、二人の聞いたこともない言葉を小さく叫んだ。

 小刻みな振動。それにつれて、壁だったところが真ん中から割れ、左右に開いてゆく。 隙間の向こうから明るい光が漏れている。

 その光の中、その場でアベルが振り返り、片腕を前に回すお辞儀した。

「ようこそ、お二人さん。いつかの時代この星を支配した者たちの、束の間の記憶の中へ」

 アベルが部屋の中へ入って行く。後ろの二人もそれに続いた。

 この時点で、彼らがセレンの国境を抜けてサバンナの中に入ってから、すでに6日が過ぎていた。


「こ……れは……!」

「まさか……ここはまだ生きているのかい……!」

 そう、驚くべきことに、その部屋は生きていた。

 通路に比べてわずかにこじんまりとした部屋。高さ12~3m、入り口側の横幅約10m、奥行き7~8m程の部屋の奥の壁に、一辺が人の背の何倍もあるほどの巨大な平面板が埋め込まれ、光を発していた。画面の中では、焼き付きを防止するためなのだろう。色とりどりの複雑な曲線や点が踊っている。

 その他のすべての壁は、滑らかで柔らかそうに見える素材で覆われていた。

 床には幾つもの階段が通っていて、それが前方のつきあたりに向かって落ち込んでいる。そう、部屋全体が、半球状に正面のディスプレイを見下ろす形になっているのだ。

 その間には幾つか、ゆったりと間隔をおいて座り易そうな椅子が生えていて、小型のディスプレイがそれぞれの前に浮いている。

 その他にも様々な機械が機能的にデザインされ、それぞれの場所に置かれていた。

 その上、すべての壁から柔らかな自然光が染み出している。まるで外に居るかのよう。どうやってか、地上の光をここまで届かせているらしい。

 クロ-ノもナ-ガも、ポカンとしたまま部屋の中を見渡すしかなかった。

 その間に、アベルはドアの前に戻り、もう一度小さく同じ文句を唱えた。音も無くドアが閉まっていく。

 確認を終え、二人の近くに戻ってくる。

「待たせたな、お二人さん。これでようやくゆっくり話ができる。って………いまだにマヌケ面が治っとらんよーやな。まあ、気持ちは解るで。俺もここを初めて発掘……いや、発見した時は、そうゆうオモロイ顔してたんやろうなァ思うし」

『その通りデス、アベル。どちらかとイえば、あなたノ時の方が、そこのお二人ヨリずっと面白い顔をしてまシタヨ。記録モありマす。なんナラ再生シテ致しましょうカ?』

 いきなりどこかから声がして、アベルのコメントに返事をした。

 クロ-ノもナーガも驚いて身構える。

「な! いったいどこから声が……!」

「……君は誰かな? 姿を見せてくれると嬉しいんだけどね」

 ゆっくりと武器に手を伸ばす。

「待った待った! だ~い丈夫や、心配あらへん。おい、ヘイムダル! 客驚かせてどないすんねんコラ。ちゃんと紹介するまで黙っとれ言うたったやろこんダアホ!」

『だって、寂しかったんデスよ。もう何週間モ誰も居なクて退屈でシタし。捨てられたカと心配してしまいましたノよアナタ』

「だ~れがアナタや。500年間もず-っと眠っとったくせに、寂しいとか今さらなに抜かすかい。たった3週間程度だったやろが」

『誰も来ない事が100 %解ってイル時間と、帰って来るのをじっと待っテいる時間とデハ、感じ方が違うんデスよ。そういう事ハ、人間であルあなたの方がよくご存じナノでは? まいすうぃ-と』

「か~~……機械の癖に相変わらず口の減らん達者な奴」

 そこで、無視された形の二人がようやく割って入った。

「ちょっと待って下さい、アベル」

「……声の君、えっと、ヘイムダル君? 君はもしかして、人間じゃないってことなのかな?」

『その通りデス。残念ながラあなた方の前に出て行くことはデキません。私には体がナイのでス。シいて言うなら、この基地そのモノが私の体といえルでしょう。済みませんが申し訳アシカラズ』

「そうそ、ヘイムダル、紹介するわ。こっちの長髪の金髪美形がクロ-ノ・アス・フォ-ス。あっちのキザったらしい黒髪ウェ-ブが、ナ-ガ・イスカ・コパや。覚えといたりぃ」

『始めまシテ。私ハこの星、惑星ア-ディルのE18地区所属、第7通信中継基地の統括管理電子頭脳、プログラム・ヘイムダル。以後お見知りおき下サイ。それデハお二方ご案ナ~イ、イイ娘いるヨ?』

「下品やから30点! そっち系から離れんかいボケ。ついで言うとネタが古い。もう少し精進せぇ」

「残念デス」

「……これが、機械だって……?」

 二人とも、今度こそ開いた口が塞がらなかった。


「で、ヘイムダル。例のもんは溜まったか?」

 アベルが天井に向かって喋っていた。

『イエス、サ-、アベル。過去五百年間の地形・大気・電磁気・放射能・特殊思念波の推移デ-タ、すべテ取り込み完了デス。衛星群の一部が存在しないため、デ-タに漏れがある可能性大でありマス。ですノデその部分は推測で補いましタ』

「それはまあ、しゃ-ないやろなあ。……よっしゃ、んじゃこれより解析開始や。すべての生き残り、そして重要人物たちの追跡。特に、[思念の小瓶]を所持している、もしくはしていた人物は最重要で頼むわ。それと……あの男も、な」

『リョ-カイです。それでは五百年分のトレ-ス、開始しマス。所要時間ハ8時間と33分と40秒デス。今からハタを織りますカラ、音が聞こえている間はフスマを開けないで下さいね、約束しましたヨ、アナタ。ピ---、ギッコンバッタン』

「ハタ? ……フスマてなんやねん。お~い、ネタの分かり難いボケすんな」

 返事がない。仕事を始めたらしい。

「シネンハ? エイセイ? ……重要人物って何のことだい?」

「ちょっと待って下さい、アベル。さっきから気になっていたんですけど、もしかしてあなたが彼に漫才を教えたんですか……?」

「……疑問に思う所が違くはないかい、クローノ・アス・フォース?」

 すかさずナーガの突込みがクローノに炸裂した。間にアベルを挟むことによって、結構良いコンビになってきているのではないだろうか。

「ああ? 漫才ちゃう、ボケとツッコミや。俺らと話すんやから会話にも潤いを持たせんとな。ウェットやウェット。なんせ最初の頃のコイツときたらもう、ガッチガチのお堅い会話しかでけへんかったからなぁ。ま、センセが良いと生徒の上達も早いっちゅうこっちゃ♪」

 クロ-ノはげんなりと呟いた。

「……そのままにしておいて欲しかったですよ、アベル」

「……同感だね」

 旅に出て初めて、完全に二人の意見が一致した瞬間であった。


「それで、色々あって訊きそびれてたけど、ここに来れば全部話してもらえるんだったよね、確か。どうしてここでなくては話せないのかとか、ボクらはどうして必要なのかとかね」

「その通りです。さあ観念して下さい、アベル。私には行かなくちゃいけない所があるんです。急いでるんですよ! 解ってて引き延ばしてるんならいくらあなたでも……」

「観念ておい……物騒やな。まあええか。心配すんなクロ-ノ。話しが終わったらあの車貸すよってな。ここに来ずに歩いて旅してたよりもずっと早ぅアルヘナに着けるさかい。

 で、ここでなけりゃ話せないって意味はな、他所で話すと盗み聞かれる恐れがあったからや。ここなら防御されてるからその心配はないしな」

「? 誰がどうやって盗み聞くというんです?」

「それを話すには、まずこの星の歴史から話さんとな。国や主張や時間、そして敵。その他もろもろに改ざんされる前の、俺ら人間の……正史、や」

「………正史……」

「良いね……聞こうか」

「そうやな。まずは5千年前、俺らの先祖がこの星に初めてやってきた時の事あたりからいこうかい……」

 そうしてアベルは話しだした。


       ◆◆◆


「? 何かあったのかな。外が騒がしいみたいだけど…」

「何だろ-ね?」

「どうする? 途中だけど一度戻ってみる? ナハト」

「そうしよう。……なんだか嫌な予感がする」

 3人は通路を戻り始めた。


 乗り物から出て階段を降りると、地下に居る人間は半減していた。

 男が一人もいない。

(いったい何があったのさ!?)

 ラ-サを見つけ、その事を訊く。

「ナハトさま!」

 ラ-サが抱きついてきた。

「それが……でかウドの生まれた国の軍隊が来てて……このオアシスを囲んでるんだって! ……どうしようっ、逃げられないようナハトさまぁ」

(なんだって!? ディ-の生まれた国の……だって? まさか、こんな所まで追って来たってことなのか……!?)

 3年前のデュランの姿が思い出さられる。髪が逆立った。

「それでディ-は!? ディ-は今どこにいるんだ!!? ラ-サ!!」

 ラ-サの肩を捕んで揺すぶる。

 初めて憧れの人の怒りの顔を真正面から見せられて、ラ-サはビクッと震えた。

「あ………、ナハトさま……怖い、よ……」

「上よ。みんなでどうするか話し合っているはずよ」

 隣のおばさんが見かねて教えてくれた。

「ありがとっ」

「……ありがとうです」

 お礼を言って、ナハトははしごを駆け登っていく。事情の良く解らないファングも後に続いた。


「だから、俺ひとりで行くと言っている!!」

「隊長一人にカッコはつけさせねえッス!」

 さきほどから、デュランと自警団員たちとの言い争いが続いていた。

「あいつらはこの俺が目当てなんだ! だから俺が行く! お前たちはさっさと、逃げるかどこかに隠れるかして皆を守るんだ!」

「厭ッスよ」

「言うことを聞け!!」

「厭ッスよ!」

「ディ---っ!」

 不毛な言い争いが続く中、ナハトたちが到着し、デュランに向き直った。

「馬鹿じゃないのか、ディ-!? 囲まれてるのにどこに逃げるって言うんだよ! 隠れたって同じさ。助けが来るわけじゃないんだ。それに、これだけ厳重に包囲してるんだよ? 一人も逃がさない気に決まってるよ。ディ-ひとり出てったってそれで見逃してくれるはずないだろ、ばか!」

 言われなくても分かっている事だ。それでも、デュランは言葉を無くす。

「す……まな、い。ナハト、みんな………俺のせいだ……! 俺がここに……いる、せいで……っ! ……やっぱり俺は………ここにいてはいけな………ガッ!!」

 うつむいた顔の真ん中に激痛が走った。デュランの巨体がたたらを踏む。久しぶりの、本当に久しぶりのナハトの本気の拳だった。

 鼻の奥が熱くなり、鉄の味が広がる。粘膜が切れたようだ。

 なんとか膝をつくのを踏み止どまったデュランは、顔を押さえ、ナハトに顔を向ける。 視線の先で、ナハトが泣きながら睨んでいた。

 デュランはもう一度下を向く。

「そうだ、な……。殴られるのは当然だ。俺のせいで皆が危険にさらされたんだ……。本当に、すまな……」

「その、何でも自分のせいだと考えてしまう癖、直したほうがいいですよ。デュランさん」

 ファングだった。

「な、に……?」

「良く見回してください。だれか一人でもあなたを非難している人がいますか?」

 言われて見回す。

 みんな、笑っていた。ふて腐れたりそっぽを向いている者もいたが、みんな目は笑っていた。強くて、優しい笑顔たち。

「なぜだ……。なぜ……どうしてみんな笑っていられるんだ!? 俺のせいだぞ!! どうしてここに居ることが分かったかは知らない。だが俺のせいでこの村が襲われているのは確かなんだぞ! なぜ怒らない、何故なじらないんだッ!! そうだ、また誰か死ぬ。俺のせいでまた誰か死ぬんだ……なのに、どうして………!」

「それは、みんなが隊長とおんなじだからッスよ」

「………?」

「そうです。このオアシスはね、昔から、たっくさんの命を救ってきたんです。そしてここで救われた命の中には、ここが気に入って、そのまま住みついちまった者も居る」

「隊長だけじゃない。この自警団員のほとんどが、実を言えばそういう人間の集まりなんですよ。他にも、親父や祖父さんがそうだったって奴が大勢いる。だから中には、隊長なんかよりずっと凄い過去を持っている奴だっているかもしれない。いや、きっと居ますね」

「悪党だった奴とかね」

「いるね、うん。言ってないだけね」

「……お前ら……」

 腕で顔を拭いながらナハトが近づいて、腫れた目でデュランをもう一度睨んだ。

「今度さっきみたいな情けない事言ったら、しばらく口聞いてやんないからね。ばか」

 どさり。力の抜けた巨体が重力のままに座り込む。そのまま、右手が隠すように顔を覆った。


「という訳で、これからどうするかだけど……」

『聞こえているかデュラン・ハミル!!』

 いきなり物凄い大音声が轟き渡った。皆驚いて手のひらで両耳を塞ぐ。

『聞こえているか! よもやこのおれの声を忘れたとは言わさんぞ、この騎士の面汚し、王子殺しの大罪人め!! どうした!? 出て来ることもできないのか臆病者が!』

 かなりの距離があるはずなのに、鼓膜が破れてしまいそうだ。

「誰さ、あれは……?」

「……フリクス将軍だ、相変わらず声の大きい御仁だな」

 振り返ると、デュランが立ち上がって歩いてきた。

「誰なの? ディ-」

「昔、俺の上司だった男だ。まだ俺がいた頃、騎士の国オルティニア王国で、国王の次に強いと言われていた男だ。だが、さらに国王の強さは別格だった。……今はもう見る影もないがな」

『また住人すべてが殺されるまで隠れているつもりか? そういえば故郷を焼かれた時もそうだったな、やはり貴様は昔通りの卑怯者だ! 出て来い! 騎士の心すら失ったか臆病者!!』

「へえ、……ディ-よりも?」

 ナハトははらわたが煮えくり返りながら、冷静に会話を続けた。ディーより先に怒ってはいけない。最初に怒る権利は彼にあるから。

「同じ国の人間と本気で決闘したことはない。蹴散らしたことはあっても。いや……一度だけある、な。あの時、俺は国王の担当だった。実際に闘ったのは、オルトゥ-ス王子、だったが……」

「……闘ったの? まだ小さい子どもだったんだろ?」

「ああ……。まだ、6つだったのに……半分狂った大男を相手に、最期まで一歩も引かなかった……。あの時俺を貫いた視線は今も覚えている。俺が尊敬した頃のグレ-ザ王にも負けない、勇敢で偉大なる真の戦士……だったよ……」

「……良かった」

 ナハトは心の底から息をついた。デュランのことを信じていた。けれど、彼がもし寝ている子供や逃げ惑う子供を殺していたとしたら、それでも信じ続けられるのか。

 判らなかったのだ。

 最後に胸に支えていたしこりが今、消え去った。

「ディ-、オレはだれ一人死なせないよ。そして、傷つけない。必ずさ。絶対に諦めない。だから、ディ-。ディ-も約束して」

 ナハトがデュランを見る。

 デュランもナハトを見た。

「……分かった、約束する。で、何をだ?」

「死なないって。絶対に、何があっても生き残ることを諦めないって」

 できるならずっと一緒にいたい。……無理な注文だ。でもだからこそ、生きることを諦めて欲しくない。生きていてくれさえいれば、たとえ離れても信じていられる。いつかまた会えるって信じられる。

 もう二度と、自分が居ないほうがいいなんて思って欲しくないから。

 この男には幸せになる権利がある。

(……いや。義務だよ)

 デュランは静かに目をつむり、開けた。

「………約束する。たとえ何があっても、絶対にもう二度と生きることを諦めない。だから、ナハト。ちゃんと空けといてくれよ。帰った時もし埋まっていたら、俺は拗ねるぞ」

「……え、何をさ?」

「お前の副官、右腕は俺のものだ。何かあった時、お前の背中を守るのは、俺でいたい」

 ナハトは目を見開いた。そして言葉が染み込んだ後、破顔した。最高の笑顔だった。

「みんな、集まったね。じゃあ、今からオレが言うことを聞いて欲しい」

 目をつむる。静かな風が吹いた。周囲を2千を超す兵隊に囲まれているなんて、とても思えない。

(オレは、正しいのかな……? 判らない。でも……)

 デュランは言ってくれた。守られたり守ったりするだけでは厭だと。お互いに対等な状態で、信じ合い、支え合いたいんだと。

 そうデュランが言ってくれた以上、ナハトは信じなくてはいけない。……信じるんだ。デュランと、そして己れ自身のすべてを。

(負けないっ。オレは、だれ一人減らすこと無く……)

 目を開けて、口を開く。

「このオアシスを、……放棄する」

 その瞬間あがった驚愕や非難は想像以上のものだった。まるで悲鳴だ。ざわめきが収まらない。本気で睨つけてくる者もいた。

「皆には身を切るほど辛い選択だと思う。オレだってそうだ。オレだって、この村で生まれて、今日まで生きてきたんだ! でも、思うんだ。ハムアっていうのは場所のことじゃない。みんなの事だ。ここにいる一人一人がハムアなんだ。……ここに戻ってくることは、もしかしたらもう無いかもしれない。でも、生きていればまた村は作れる。みんなで力を合わせれば、またハムアは甦る。必ずだ! 信じて欲しい。そして、ついてきてくれ」

 誰も、何も言わない。時間だけが過ぎていく。ときおり、あの大音声だけが響いた。

 目を背けたかった。下を向いてしまいたかった。だけど歯を食いしばって視線に耐える。正面を向いたまま、目を、開けたままで。

 噛んだ唇から鉄の味がした。

 と、一人の老人が一歩、前に出た。4人の長老の一人だった。

「おぬしの言いたいことは分かったがの、ナハト。そこで質問なんじゃが、ここから無事に逃げられる算段がちゃんとあるのかの?」

 頷く。

「分かった。なら、儂は長の言うことに従おう」

「長老……」

「うむ。さきほどの言葉、感じ入ったぞナハト。[生きていればまた村は作れる。ここにいる一人一人がハムア]、か。長生きはするもんじゃ、ほっほっ」

 老人が呼び水となった。始めはぽつぽつと、そして続々と、残りの人々が一歩だけ前に出てくる。そして最後に、ラ-サが。

「……あたしは、ナハトさまを信じるって決めたもの」

「ラ-サ……」

「ごめんね、ナハトさま。もう、迷わないから。ぜったい迷わないから!」

「長老……ラ-サ、みんなも。……ありがとう!」

皆の顔に笑顔が戻っていた。

「それで、長。どうやってここから逃げるのかの? そろそろ教えてくれんか」

「はい。実は、地下のあれを使います。ファング、君も手伝ってくれないか」

 突然話を振られたファングは驚いた。が、すぐに何が必要かを理解し、頷く。

 そう、さっき、ファングは言ったのだ。もしかしたら動かせるかもしれない、と。

「うん分かったよ、ナハト。やろう!」

 ナハトもファングの方を向き、頷くと、みんなに向き直る。

 一瞬だけ、オアシスの外を見遣る。大音声の聞こえる先を。

「ディ-が、時間を稼いでくれる手はずになってる。その間にあれを動かすんだ。みんなにも手伝ってもらう。……時間がない、急ぐよ」

 ナハトは穴に向かって走り出した。


       ◆◆◆


「頼む…。そこを……通してくれ……」

 コ-ルヌイだった。しかし、彼を知るものですら、彼だと気づいたかどうか。それほどひどい姿をしていた。6日間走り通したせいか、服は破れ、顔は死人のようにやつれて、声まで枯れて震えている。しわもいつもより数段深かった。

 いつもなら、誰にも見咎められずに出入りできる。だが、今回は単なる門番にすら見つかってしまった。

「駄目だ駄目だ! 通行証の無い者は通せないんだ。まったく小汚い奴だ。帰れ帰れ、しっしっ」

「頼む……通してくれ……。わ、若に……会わなければいけない、のだ……」

「駄目だと言ってるだろう! しつこい乞食だなあっちへ行けよッ!」

「どうした?」

 その後ろから、彼の上司らしき人物が歩いてきて、尋ねた。

「あ、隊長。いえね、この乞食が誰かに会わせろってうるさいんですよ。しっしっあっち行けッ」

「ほう」

 つられてコ-ルヌイを見た男は、ほんの一瞬顔を強張らせた。

「わ、若に、……会わせて、くれ……訊きたい……ことが……」

「え……ええいうるさい! いいからその男を地下牢にでも放り込んでおけ!」

「え、いいんですか? 勝手に。あそこは集まった奴隷たちでいっぱいですが」

「いいんだ! 命令だぞさっさとしろ!」

「待て……待ってくれ……! こちらの話を、聞いて、くれぇ……」

「いいか、そいつの言う事に耳を傾けるんじゃないぞ! そいつは嘘吐きの常習犯なんだ! わかったな!?」

 最悪の体調のまま、力なく引っ立てられていくコ-ルヌイを見ながら、男は、表向きの地位である門番の隊長の姿のまま、呟く。

(ふん、いまさら何をしに帰って来たかは知らんが、もうここにアンタの場所はないんだよ。殿下と昔から親しかったからって、そうやって気楽に国を留守にしたのがアンタの敗因さ。殿下と会いたいだ? 誰が会わせるかよぉ。影頭の地位はこれからもずっとこのおれのものだ……)

 彼は、コ-ルヌイがいた頃は、あまりパッとしなかった男だった。それが紆余曲折を経てようやく今年、影頭になれたのだ。

 転がり込んだわずかな地位。獲物に固執する矮小さ。それが自らを滅ぼすとも知らず、男はただ地位を欲し、守ることのみに忙しかった。


       ◆◆◆


『デュラン・ハミル!! この腰抜けめ! そんなに命が惜しいのか! 姿すら見せられないのか! 騎士のくせに臆するとはなんたることだこの臆病者がッ!!』

 オアシスの外では、フリクス将軍の大音声が続いていた。

 砂漠の昼間に元気なものだ。

 他の兵士たちなど、張った布切れの下で、息も絶え絶えに喘いでいるというのに。

 ちなみにグレ-ザ王は、片側の開いた専用のテントの影の中で、鎧をつけたまま椅子にデンと座っていた。だらしない顔で小姓にうちわであおがせている。

『この痴れ者がっ!! 貴様なぞ出てきたらこのおれのランス(騎士専用の槍。穂先が細長い円錐状になっていて、突くことも叩き潰すこともできる)の餌食にしてくれるわ! いいか! まずは串刺しにして……!』

 その瞬間、すべての声が止まった。グレ-ザ王の口元が歓喜に歪む。

 背の高い草の影から、彼らの待ち望んだ獲物が現れた。


「相変わらずうるさい声だな、騎士隊長。いや、今は将軍と言った方がいいのか?」

 デュランはフリクス将軍から5m手前で立ち止まった。

「現れおったなデュラン・ハミル! がはは、今のおれは大将軍だ。間違えるな!」

「人を殺して手に入れた地位で、そんなに誇るな。こっちが恥ずかしい」

「なんだと貴様ッ!」

「大将軍。そのままそやつを殺すのだ! できるだけ苦しみを長引かせる方法でな!」

 国王の命令に、フリクスのにやにや笑いが深まった。威嚇のつもりだろう。その場でランスを振り回す。空気が渦となって音を立てた。怪力だ。

「がはは、残念だったな、ハミル。楽には死ねんぞ!」

 デュランはそれでも落ち着いていた。やはり4年前と何も変わっていなかった王に、心の底から失望しながらも。

「4年前より遅くなったなフリクス。気持ちいいうちわだが、剣腹に蠅が何匹も止まっているぞ?」

 一瞬でフリクスの表情が憤怒に彩られた。部下達に振り返りながら腕を振る。

「おのれ、言ったな小僧! 訓練で一度もおれにかすったこともなかった奴がよくもッッッ! いいかお前らは手を出すなよ、このおれ直々に冥土に送り届けてくれるわ!!」

 作ったものでない冷笑が口元に湧いた。

「いつの時代の話だ? 年寄りは話が長くてかなわないな」

 ドカァッッッッッ!

 デュランは振り下ろされたランスを余裕で躱すと、背中から愛用の、自分の背丈ほどもあるバスタ-ソ-ドを引き抜いた。

(まずは、俺に注意を引き付けることは成功だ。さて、これから闘いを長引かせて時間を稼がないとな。それも、相手にほんの僅かたりとも疑わせる事なく、だ)

 金属の打ち合う音がし始めた。砂漠は、それら人の命を奪う音すらも例外なく吸い込んでいく。誰かの汗が熱せられた砂に落ちて、音を立てて蒸発した。


       ◆◆◆


 その頃、イェナの王宮の東塔。その中のある部屋の扉が、静かに開いた。それは、ここ半月ほど、ずっと開くことのなかった扉だった。




         「第七話 約束」 了. 

               

              第八話 「敗走」へ続く。



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