第五話 『光と陰、そして闇』[NC.500、葉月 1-2日]
今日の砂漠は穏やかだった。
熱いながらも柔らかな風が広大な空間を駆けていく。不思議な爽快感。
だがオアシスの中に目をやるとそんな感慨はどこかに行ってしまう。テントというテントが潰れ、椰子の樹が何本も倒れている。ときおり小さな波のできる水面は、美しかった姿を忘れたかのように、砂とゴミとで埋めつくされて濁っていた。
水辺に立った大男は、眩しいほど青い空に手をかざして上を向いた。辺りを見回す。
「派手に壊されたものだな、10日かかってまだ片付けすら終わらないとは……。それにしても、ラ-サの占いが間に合って本当によかった」
あの巨大砂嵐の日、直前でラ-サが血相を変えて飛び込んできたのだ。そのお陰で皆が、いざという時の為に食堂の下に造った地下室(といっても大きな箱を造って埋めただけだが)に避難することができた。お陰で被害は甚大だが、死傷者は一人も出なかった。
(あれの唯一の欠点は、扉が重くて開けるのに時間がかかることだからな)
事前に分かっていたのは本当に幸いだった。
いつもは会う度に何かと言い合いをしてはいるが、大男、デュランはラ-サの力というものには素直に敬意を払っている。
(国を出るまでは、ああいう不思議な力とかはまるで信じていなかったんだがな……)
世界は広い。つくづく思う。一生のうちに見ることのできる物事は、きっとほんの僅かでしかないのだろう。
「おっと、さっさと片付けに戻らなければナハトに怒られるな……ん?」
我に返って村の方角を向いたデュランの目に、見慣れない光が入り込んだ。
細長く伸びた湖の端、対岸の盛り上がりの中が光っている。何かの金属の反射の様だ。
(あんな所に金属があったか?)
近づいて見ると、地面に大きな穴が開いていて、その中に何か、建物の天井のような形をした平らな金属の一部が見えていた。先日の砂嵐で、被さっていた砂や土が剥ぎ取られたせいで埋まっていたものが見えるようになったようだ。
あれが一部だとするとかなり巨大なもののようだ。
入口のような感じに開いた穴は地下の建物の近くまで続いている。もともと建物自体にガタがきていたようで、金属の表面は光沢を失い腐食していて、飛んできたと思われるヤシの幹の一部がつき抜けて刺さっていた。それより下、建物の周囲や中は暗くて見えない。幹が刺さっている場所の近くに、どうやら本来の入り口らしき区画も見える。かなり巨大だ。その奥は、とてつもなく広いのかもしれない。
(これは、何だ……?)
「ナハト、ちょっとこっちへ来てくれ!!」
デュランは、遠くで他の人間に指示を出していた、褐色の肌の少年の名前を呼んだ。
「どうしたのさ、ディ-?」
「ちょっとしたものを見つけた。これを見てくれ」
すぐに嬉しそうに走ってきた少年は、デュランの指さした穴を見てとるや目を細める。そういう時には普段の子供っぽい感じが消えて、オアシスの長の顔になる。
デュランは、時々見ることのできるそのそれら二つの面の変化が好きだった。どちらも、この若い長の持ち味なのだ。
「これは……いつからこんな所に穴が……。何だろう、オレも初めて見るよこんなの」
「そうか、ずっとここで暮らしてきたナハトにも分からないって事は、相当に古いものなのかもしれないな……。見なかったことにしてこのまま埋めておくか?」
「冗談言わないでよ。こんなのが下に埋まってるって知った以上、知ってて今まで通りには暮らせないよ……。せめてこれが何なのか知るまではさ」
呆れ顔で子供のように口を尖らす少年を見て、デュランの笑みは深まる。
「……でかいね」
「ああ……相当な」
今度は逆に大人びた思案顔の横顔を見せられる。男が大人になる直前の、力に満ちた目と顔だ。デュランは満足げに息をつき、ナハトに尋ねた。
「じゃあ、どうする? 主立った者を集めて探索隊を組むか?」
「そうする。そうだ、コ-ルヌイさんとファングの二人にも会議に参加してもらおう」
それを聞いてデュランは眉をひそめた。
「……村の中だけで解決したほうがよくないか?」
「すぐに知られちゃうよこんな大穴。それにあの二人はかなり腕が立つよ。ディ-も見てて分かるだろ? 手伝ってもらった方がいい。どうせ人手も足りないしね」
満面の笑み。
「まあ……そうだな」
なんとなく釈然としないものを感じながら、その思慮深く光る目の光に魅せられ返事をしながらデュランは穴の縁で立ち上がった。その拍子に足もとが崩れる!
(しまった!)
「ディ-危ないっ!」
ナハトはとっさにデュランの腕を捕らえる。しかし勢いのついたデュランの体は、そのままナハトとともに穴の中に転落した。
「っ、痛ってぇ-……」
落ちたのが積もった砂の上だったのが幸いした。そのまま金属の床の上に落ちたのなら、大怪我をしていたところだった。
「大丈夫か? 完全な俺の不注意だ。巻き込んですまない、ナハト」
すぐ下からデュランの声がした。
目を開けると目の前にデュランの顔があった。寝転がった状態で抱き留められている。 「あれ?」
「怪我……はないようだな、良かった」
お互いに起き上がりながら、ナハトは次第に腹が立ってきた。
「なんだよ、良かったじゃないよ! きりもみになってオレの方が下になって落ちたはずなのに何でディ-が下になってるのさっ。バカ! ……頭とか打ってない? 大丈夫? ディ-」
「気にするな、俺は体が丈夫だからな」
今度は完全に腹が立った。
「オレには気にするななんて言わないでよバカ! ホントに馬鹿! ああもうここコブになってるし」
心配してくれていることが分かっているデュランは嬉しそうに苦笑した。
「すまん。しかし、結構落ちたな。いったいどういう場所だろうな、ここは」
どうやら、開いていた穴の中にまで転げ落ちてしまったらしい。落ちた砂以外はすべて光沢のある金属だ。建物の外側は光沢が剥げていたが、中はまだそこまでなってはいないようだ。奥が、広い。暗くて見えないが、かなりの広さがあると肌に感じる空気感が教えている。
「う-ん、これだけじゃ分かんないな。ついでだから調べてみる? ディ-」
デュランが返事をしようとした瞬間、いきなり二人のいる部屋に明かりがついた!
ババッ! あまりの眩さに目が眩みながらも、とっさに互いに反対方向に跳んで置いてあった荷物のような物陰に身を潜める。
明かりは周りじゅうから降ってきていた。穴の開いた一部を除き、天井と壁そのものが発光しているようだ。そこは巨大な一つの部屋だった。奥の壁が見えないほど、巨大な……。
冷汗を流しながらしばらくじっと相手の出方を待つ。お互いに一番使い慣れた武器を持って来ていない事が、不安だった。
10秒、20秒……何も起こらない。
顔を見合わせて頷いた二人は、そろそろと顔を出して奥を覗く。
「「な、……何だこれは……っ!」」
二人の声が重なった。
◇◇◇
オアシスを一望する砂の丘陵。その頂上に、すり切れた衣を纏った小さな老婆が立っていた。
「まったく、自然の力にはいつも驚かされるね。シェルタ-の天井を破っちまったのかい。……手抜き工事かねえ、たった八百年でさ」
呆れながらも一瞬、懐かしそうな、哀しい笑みがしばし浮く。
「あたしらが旅立ってから、もうそんなに経つか。帰ってきてからでも五百年、だからねえ……」
しかし、すぐ元の表情に戻る。厳しい、眼光に。
「あそこには確かあれがあった。最悪の場合に役に立ってくれるかもしれないけど」
空を見上げる。真昼の半月が出ている。
「できればそんな展開にはしたくないね。だからナニ-ル、まだ、動くんじゃないよ」
老婆、ルシアは呟くと、嵐の爪跡の残るオアシスに背を向けて、歩き出した。
◆◆◆
アリアムと女スパイの牢抜けから三日が経っていた。
一部の者を除いて、今回のアリアム王の失踪を知るものはいない。対外的には、病に臥せっている事にしてある。ともない、玉座の間に人が入ることはなくなり、そこは現在シェリア-クの指定席と化していた。
シェリア-クはグラスを揺らしながら玉座から立ち上がった。壁にもたれて赤い顔を転がして、小さな声で笑う。クックッと喉に引っかかる音を絶え間なくたてている。
ここ数日で彼の摂酒量は倍に増えた。
それだけ、アリアムの存在が彼にとって大きなものだったと言えるだろう。
そして、蓮姫も。彼女はこの数日、自分の部屋から一歩たりとも出てこない。
彼にとって、腹違いの兄であるアリアムは、唯一尊敬できる人間だった。
彼の兄は昔から優秀だった。勉強も、体術も。そして子供の頃から体の弱かった彼に、優しかった。
彼も、いつも忙しい両親よりも兄の方になついていた。だが。
ある日、彼は兄の元から引き離された。宮殿から一歩も外に出してもらえなくなった。 彼の心臓に欠陥が見つかったのだ。
二十歳まで生きられない。そう言われた。
父と母、主治医しか知らないことだ。アリアムは知らない。コ-ルヌイすらも。
彼は外に出ることを禁じられた。自分の部屋から出るだけでも主治医の許可がいる時期が続いた。アリアムとコールヌイには体が弱いからという理由だけが告げられた。
それでも忙しい両親は、彼が部屋から出られない期間でも、彼を見舞いに来ることはほとんど無かった。
それ以来、彼は奴隷をムチで叩くことが多くなった。それを聞いてアリアムがどう思ったかは知らないが、考えないようにした。
彼はそれでも優しい兄が好きだったからだ。
しかしある時、アリアムが奴隷の血を引いていることを知った。
彼は狼狽えた。愕然とした。
あの素晴らしい兄に奴隷の血が混じっているだと!?
自分がこの手で流してきた下等なあいつ等などの血が!
しばらく茫然とした後、彼の想いは少しずつ変化する。
どうして純粋な王族である自分が奴隷の血を引く人間に負けるのだ! と。
なぜ兄よりも高貴な自分が簡単な運動すらできないのだ! と。
それから彼はアリアムと奴隷すべてを憎んだ。世界を憎んだ。自分はもうすぐ死ぬ。大人になりきれないまま死ぬ。それでも世界は続いてゆく。だが、シェリアークにはそれは許せることではなかった。誰もが幸せになるなとは言わない。だが、それでも彼には耐えがたかった。誰かに自分を覚えて欲しかった。誰かに必要とされないなら、何も残せないなら、それでもいい。だが、では自分の生まれた意味はなんだったというのだ?
その憤りを彼はアリアムを操ることで満足しようとした。そうして、平静を取り繕うしかなかった。
そうしないと、自分がまだ兄を好きなことに気づいてしまうから。
いまさら奴隷を好きになることなどできない。そうしたところで、「自分のしてきた過去」が消え去ることはないのだから。
己の病気がなくならないのと、同じように。
シェリア-クは、手にした小箱から赤く光るガラスの小瓶を取り出し、眺める。
三日前、アリアムが逃げ出したと知り反狂乱になった彼の枕許に、黒いマントをつけた黒ずくめの男が現れた。そして、濃紅色に光る小瓶を見せてこう囁いたのだ。
『この瓶に命を集めるがいい。なに、簡単だ。瓶を持っている時に殺すだけでいいのだ。誰の命でも構わぬ。奴隷たちでも、他国の民でも。そしてこの瓶がいっぱいになった時、お前の望みは叶うだろう。誰もが。そう、誰もがお前を愛するだろう。お前がいなくなってしまった後も、すべての人の心にお前を住まわせることができるのだよ。
たとえ、本当のお前がどんなに醜くともな。はははははっはっはははは』
シェリア-クが怒りとともに剣を抜き放った時には、男の姿はどこにもなく、足元の床にその小瓶と、地下遺跡の場所の地図だけが残されていた。
回想をやめて目を開ける。
「誰の命でもいい、……か。ククク」
テラスから外を眺めながら、シェリア-クが呟く。濡れた瞳には、祭りの準備をする人々の笑顔が映っている。
その顔に刻まれた笑みは冴え冴えと、そしてどこまでも、……どこまでも無垢に澄んでいった。
◆◆◆
夜になった。逃亡生活が始まって、すでに三日が経とうとしていた。
その頃にはもう、ゼナス元司教の殺人事件にクロ-ノが関わっていた、ということは、神殿内に知れ渡ってしまっていた。やはり、どこかで仕組まれていたようだ。
事実ではない。が、それを主張するだけの材料が無いことも確かだった。迂闊に人に会うこともできない。
その上最悪なことに、ア-シアがシェリア-クに捕ってしまった。彼女を助けるためには、神殿に忍び込んで管理されている発掘品を奪い、アルヘナまで行かなくてはならない。
つまりは、本当の裏切り者にならなくてはならなくなったという事だ。
(すみません、父さん……。私は、自分に嘘をつけませんでした……。必ず、戻ります。だから……行かせて下さい)
クロ-ノは、この三日間のうちに決心をつけていた。
彼はア-シアが逃げ出したことを知らなかった。だが、もし知っていたとしても迎えに行っただろう。
それが俗に言う恋や愛かどうかなど知らない。どうでもいい。そんな単純な、簡単な言葉で表していいものではない。
そう。ただ、大切な人のために。
「ここは確か、カルナの管轄……でしたね……」
神官戦士の訓練を受けた神官は、仕事の合間に、持ち回りで見回りの隊長と副隊長を務めるのが常だ。クロ-ノも、位の無い時代に何度か経験したことがあった。
「できれば会いたくは……ありませんね」
アベルもプル-ノもア-シアも居なかったこの三年間で、一番親しかった後輩。しかし、クロ-ノは彼の高い使命感も知っていた。多分、彼がどちらを優先させるのかも。
しかし、まだ見回り時間までには幾分か時間があるはずだ。今のうちなら。
「誰に会いたくないんですか? 先輩」
鍵を開け、中に入り持って行く発掘品を金庫棚から物色していたクローノは、文字通り心臓が瞬間だけ止まるのを感じた。
「!! ………カルナ、何故ここに………!」
掴んだ発掘品を手にしたまま、クロ-ノは固まる。
忍び込んだ宝物庫の中に当のカルナが立っていた。このタイミングを考えれば、クローノがここに来る前から中で待っていたとしか考えられない。どうして、彼がここに来ると分かったのだろう?
明かり取りから差し込む星明かりで、建物の中はわずかに蒼い。
「何となくです……。貴方なら、何をするつもりだとしてもこの場所の発掘品が必要だと思うんじゃないかって。でも先輩……こそ泥の真似など、貴方には似合いはしませんよ」
後輩の、いまだ未熟ながら未来の力を感じさせる慧眼に、先輩として本当に嬉しく思う。だが……。
「カルナ、信じてくれませんか。あの事件の犯人は私ではありません。あれは、私がやったのではないのです」
カルナは静かに顔を横に向け下を向く。
「……信じたいですよ。でも、だったら、なぜ出頭して調べを受けないんです? やましいことがないなら、お願いです。今からでも遅くない。ぼくに、ついて来てくれませんか……?」
心配してくれているのが分かった。嬉しかった。でも。
「そうする訳には、いかないのですよ」
わずかに苦笑する。
「なぜです!?」
「言う訳にはいきません」
迷惑はかけられない。付いてくると言いかねないのだ、この律儀でまじめな後輩は。
「ならば、この手で止めます!」
カルナが棍を構えた。やるしかないのか……。
「残念ながら、今の貴方の腕では私にはかないませんよ……?」
「分かってます。それでも止めます! ハァッ!!」
カルナが床を蹴った。一直線に飛び込んでくる。伸ばされた棍が背中から真上を通り振り下ろされる! 迷いは無い。基本的な上段、だがそのスピードと込めた力は常人の域を遥かに超えている。この少年もまた、秘された才能のレベルが違っていた。
クローノはくるりと体を回して避け、カルナの棍が当たる寸前に最小の円運動で背後に回り背中を突く。その動きは神速。回った床に煙が立つほどの速度の足裁き、それは目の前で人が消えたのと大差無い状態を脳に生む。音も無い。カルナには何が起こったか、打たれるまでまるで分からなかっただろう。
入口のところで派手な音がしてカルナが転がる。動きはない。呼吸が一瞬止まったのだろう。だが、すぐに呼吸が再開する。気絶してはいない。あの一瞬の攻防の最中、神速で背中を打ちながら、クローノはそれでも手加減していたというのか。
まだ来るか? クローノは構えを崩してはいなかった。それほど後輩を侮ってなどいない。先ほどの動きを見れば、彼が自分と稽古していた頃より数段上達していることは明らかだ。が、カルナは動かなかった。転がった時どこかを痛めたのだろうか。
しかしその後上がったのは、うめき声ではなく、静かな少年のすすり泣きだった。途切れ途切れの呼吸が聞こえる。
「どうして、なぜなんです……先輩……」
「カルナ……」
カルナは泣きながら懐に手をやり、小さな笛を取り出す。緊急事態を知らせる笛だ!
「!? カルナ、待ってください!」
そのまま無視し無言で目をつぶり笛を吹こうとしたカルナに、真横から声がかかった。
「自分が一度は信じた男が、そないに信じられんのか?」
誰もいないと思っていたクロ-ノは目を見開いた。カルナも動きを止める。
「信じたからには、最後まで信じてみたらどうや。男ならな」
暗闇の中に佇んでいた男が片目を閉じてニヤリと歪む。クローノと同じくらいの年の青年だった。体は忍び装束のようなローブのような黒い布で覆われている。それでも先ほどまでの気配の無さとはうって変わり、今度は全身から存在感を発していた。顔の下半分は全身と同じ黒い布で覆われているが。
クロ-ノはもう一度目を見張る。口調は変わっている。しかしこの声は……!
「アベルか!!?」
声の主が、入口の向こうに姿を見せた。現れたのは、5年分だけ年を取った、懐かしい親友の顔。
「アベル!!」
クローノは懐かしさにもう一度その名前を小さく叫んでいた。
アベルがクロ-ノを見て笑っていた。
「久しぶりやな、クロ-ノ」
「今までいったいどこに行っていたんです! それに、その話し方は一体どういう……!?」
大陸の西の方言が混ざったおかしな話し方。なぜかは分からないが、本来の昔の話し方はかけらも残ってはいないようだ。
「まあ、色々あったとゆうことや。その辺はおいおい、な。それより今は……」
ピィ-------------------!
「「!」」
カルナが笛を吹いていた。
「カルナ……」
クロ-ノは悲しそうに倒れたままの彼を一瞥し、身を震わせると、走り出そうとした。
その手をアベルに掴まれる。
「まだや。もぉちょっと待ってみぃ」
言い返そうとしたクロ-ノの耳に何人かの足音が聞こえてきた。もう逃げられない! 二人して倉庫内の物陰に身を潜める。
「カルナ! 大丈夫か!?」
駆けつけた一人がカルナに尋ねている。さきほどの警備隊長だろうか。
「賊です! 僕は大したことはありませんが……宝物庫の品がいくつか盗まれました。申し訳ありませんでした!」
「何たることだ……! それで賊はどちらに逃げた、カルナ!」
隠れた二人は身を堅くする。しかし、カルナが指さしたのは、中庭から神殿の裏手へと続く道だった。
「あちらです!」
「よし、行くぞ! お前はここで待機していろ。続けえ!」
足音の束が去っていく。数秒。二人はカルナの見えるところまで出てきて足を止めた。
「カルナ……有り難う」
カルナは振り向かずに答える。
「お礼はやめて下さい。ぼくは、仕事を果たしただけの話です……ぼくは……。ただ、もう一度だけ信じた人を信じてみようと思っただけです」
「カルナ……」
後輩は振り向かない。
「……さっさと行って下さい。振り返った時まだいたら、また笛を吹きますよ!」
「………」
「行こうや」
二人の去る気配がする。
「クロ-ノ様!」
カルナが叫ぶ。
「戻ってきて、下さいますよね!? どこに何をしに行くか知りませんけど、終わったら戻ってきて下さいますよね!?」
「約束します。私の名と前ラマである父の名、そしてカルナ。君の名前に賭けて……」
カルナは身を震わせた。
「………………お気を、付けて……」
気配が消えた。カルナは最後まで振り返らなかった。
天窓の鉄格子を外して屋根に出た二人は、外の大木に繋がっていたロ-プを伝って敷地の外に出て、そのまま走り出した。走りながらアベルがニヤリと話し出す。
「な? 待って良かったやろ。あいつはきっとああすると思たんや。あれでこそ男や男! いやぁ、この国もまだまだ捨てたもんやないで」
「それはいいですけどね、アベル」
「なんや、機嫌悪そうやな? 俺にまで敬語使うのやめ-や疲れるし。それにしてもまあ偉そうになりよってからに。そうそう、ちゃんと持てるだけ持ってきたか? 発掘品」
「今までどこに……じゃなくて、どうしてそんな事まで知ってるんです!?」
クロ-ノは驚きのあまり足が止まりそうになった。
「だから敬語は……まあ、ええか。しゃあないお前はお固いヤツやった……。そこで止まるなや。お前、あの通信鏡にな、以前の通信を記録する機能があるって知っとったか? 知らんやろうなあ、このマニュアルにそう書いてあったんや。ほれ、忘れもん」
通信鏡を受け取りながら、アベルが取り出した金属片に、クロ-ノはまた仰天する。今日はいったい何回驚かされるのか分からない。
「なっマニュアルって、発掘品に?! そんなものいったいどこで!」
「俺が発掘した」
「………………」
「あれからずっと旅しながら発掘しとったんやわ。大陸の西の方に長い間いたから話し方まで移ってもうてなあ。変に混ざるもんやから、エセとか何とかいい様に言いくさる輩がまたうるそぉてうるそぉて」
「……それにしたって、せめて一度くらい連絡してくれても良かったじゃないですか」
ニヤリ笑いが深まった。
「拗ねんなすねんな、寂しぃかったか? 最初は連絡しようと思っとったんやけどな、連絡したら怒鳴り散らしそうだったんで止めといたんや。やあっと気分も落ち付いたんでなあ」
「……なんの事ですそれ?」
ごつんと頭をはたかれた。
「なにするんですか!」
「こっちの台詞や! お前シィルのカタキの機械体を倒しとったこと、言わへんかったやろ! 見つけたときすでに壊されとって、俺がどんだけ気ぃ抜けたか……。特に、そこにお前の棍の跡を見つけたときはなぁ」
「機械体? もしかして、あの骸骨の事ですか? へえ、あれはそういう名前なんですね……って、はぁ!? あれがそうだったんですか!? すみません、知らなかったんです……それに、倒さなきゃやられていたでしょうし……」
言い訳するクロ-ノにアベルが笑う。
「もうええわ。……どっちにしろ、カタキは取れたんやから。サンキュ-な。それより、なあ。もう一つ驚かせてやろうかい?」
にやにやするアベルに、クロ-ノはため息を返す。
まだあるんですか……。
「はぁ……分かりましたよ、さっさと驚かせて下さい。でも、もう大抵のことじゃ驚きませんけどね」
「きっと驚くわ。極めつけやし。ほれすぐそこや、林の向こう」
林を通り抜けると、そこに見慣れない大型の発掘品があった。側面に円形の回し車が4つ付いた箱型の機械。扉のようなものが付いていて、金属の光沢がある。
「なんです、これ。まあ、少しは驚きましたけど……」
「その中や中」
言われて透明な部分から中を覗き込む。人が中に入って手を振っている。その顔を見た瞬間、クロ-ノは今度こそ仰天を通り越して真っ白になった。
中で手を振っていたのは、この国に居るはずの無い人物。
あの国賊、ナ-ガ・イスカ・コパの姿だった。
◆◆◆
ナハトたちが落ちた穴の中から引き上げられてから、二日が経った。
予定外のものが見つかったせいで、会議室に改装された食堂の周り以外はまだ片付けが進んでいない。
ナハトは今日の片付けの班長を決めて号令をかけると、会議の輪に戻ってきた。
「あ、ナハトさん」
ゴザの上に円になって座った一同が話を止め、顔を上げる。ナハトは、座り込みながら口を尖らせた。
「ファング、そうじゃないだろ?」
「う、うん、ナハト。体のほうはもう大丈夫なんです……なの?」
ナハトに軽くにらまれてファングは言い直す。どうも敬語を使わないと気が休まらないらしい。苦労性だな、とデュランなどは思うのだが。
「そうだぞナハト。無理はするなよ」
あの後気付いた皆に引き上げられたナハトは、急に腕を押さえて痛み出したのだ。やはり落ちるときに捻っていたらしい。
「元々大した怪我じゃなかったよ。なのにディ-とかファングとかラ-サとか、みんなして寝てろとか動くなとか薬だとか……」
口を尖らせて拗ねる。
(心配させといてそれはないだろうが)
デュランは口に出さないで思う。まあ、ナハトらしいといえばらしいので、怒れないのだが。
「まあね、ありがと。ぞれじゃあ続きを始めようか。で、どこまで進んだっけ?」
「古代遺跡の地下室の中で、見たこともない乗り物らしきものを発見したくだりまでですな、ナハト殿」
「そうだった。ありがとうございます、コ-ルヌイさん」
「いえ」
ナハトはコールヌイに笑顔でお礼を言い、真顔で全員の顔を見渡す。
「それでさ、みんなにもさっき見て来てもらったんだけど、あれを見て何か気がついたことがないかと思って。何でもいいから思ったことを言ってみてくれないかな」
ナハトは集まった10人を見回す。ちなみに集まったのはナハトとデュラン、長老たち4人とラ-サと警備副長が2人、そしてファングとコ-ルヌイだ。
この二日の間に、あの地下の建物に空いた天井の穴には蓋とはしごが付けられていた。
穴から床までの深さが17~8m以上はある垂直の穴である上に、大きさも人の背くらい優にあるのでそのままだと危なっかしくてたまらない。
落ちた二人が大丈夫だったのは、ひとえに、積もった砂とデュランの頑丈さのお陰以外の何物でもなかった。
しかし今の問題は、その中に収められていた巨大な物体の方だ。
幾つかの細い柱で支えられた三角形の小型の建物? が地下室の中の真ん中にぽつんと放置されていたのだったのだ。さらに、大きさに比べて厚さがまたかなり薄かった。なにせ全長が80m近くもあったのに、厚さは4~5m。しかも高さ数mの足が数本ついて支えている異様。それにしても、それが丸々「ぽつんと」という形容詞付きで入っていた地下室の広さは押して知るべし、だ。
「あっと、その前に。ラ-サ。占いの結果はどうだった?」
何人かが意見のために手を挙げたが、それを少し止めておいてラ-サに顔を向ける。
呪い師であるラ-サに頼んでおいたのだ。彼女の占いや予知の力の強さは、嵐から、ギリギリとはいえ皆を救ったことからも明らかだ。それに、それ以外の知識も豊富だ。
しかし、当の彼女は浮かない顔でしょげていた。
「……ごめんなさいナハト様。あれのことは、とてつもなく古いってことくらいしか、分からなかったの……せっかく、せっかくぅ……うっうっ」
両手を目に当て涙を流す。
「ラ、ラ-サ! 分からなかったのはみんな同じだ。仕方ないよ、だから泣かないで……」
「せっかくナハト様にいいところを見せるチャンスだったのにぃ……!」
「…………………。さあ、話を進めようか。ほかに何か気がついた人はいる?」
真顔に戻りナハトは話を進めた。
「大きかったよな」
「ああ、山みたいだった」
「黒いガラスみたいな所があったのう。ガラスではなかろうがの」
「足の先に輪っかがあったのじゃ。動くのかのお」
「地下室の後ろのほうに、なにやら扉のようなもんが見えたんじゃが」
「何があるのかのお」
コ-ルヌイが手を挙げる。
「はい、コ-ルヌイさん」
「あの中の小型の建物は……乗り物でしょうな。多分ですが」
「え……あ、あんな大きなものがですか? 普通に家よりも大きいんですけど……」
座をざわめきが支配する。
「以前、同じような物を見たことがあるのです。動かし方などは分かりかねますが」
そう言いながら、コ-ルヌイはファングに視線を走らせる。
「何ですか、師匠?」
「なんでもない」
ファングは首をかしげた。
「お、同じような物、ですか!?」
ナハトがあきれ返る。あんなものが他にもあるというのだろうか。
デュランは腕を組んだ。
「う、む……巨大だが、要するに古文明の発掘品の一つという事か。もし本当にそうだとすると、あれがその……もしかして地面を走るのか?」
さすがに皆の顔をたて線が覆う。凄まじすぎだ。現在のこの星の文明レベルでは想像の範囲外の大きさだった。
「いやいやそんなまさか。船、じゃないのかな」
「いえ、動くところは見ていないのですが、自分の想像が正しければ、多分あれは空を飛ぶものではないかと」
今度こそ全員が絶句した。空を飛ぶ乗り物など、聞いたこともない。その上、あれはこの食堂兼会議室よりも大きいのだ。
「あ、あの、コ-ルヌイさん」
「なんですかな」
「いくらなんでもあんなに大きくて重いものが、どうやってその、……空を?」
静かに首を振る。
「原理は分かりませんな。しかし、五百年前の古文明期には、人は星の世界まで到達していたと聞きます。空を飛ぶくらいは、驚くほどの事では無いのではないでしょうかな」
「ほ、星の世界……。古代種っていう人たちってそんなに発達していたのね……。それなのに、争いでほろんじゃった。もったいないわよね-」
「あれ、でもラ-サ。古代種ってのは滅んでないだろ? 文明だけ衰退して、オレたちと同じになっただけじゃなかったかな?」
ラーサが驚いたようにナハトを見る。
「え、そうだったのナハト様?」
「ですよね?」
「そう言われておりますな」
もう一度コ-ルヌイがファングを見る。すると、ファングは頭を抱えてうずくまっていた。皆が腰を浮かし、ナハトが駆け寄る。
「ファング! どうしたのさファング!」
「馬鹿! むやみに動かすな、ナハト」
「だ、大丈夫です。ちょっと何かが頭に浮かんだだけ……です」
コ-ルヌイが体を乗り出す。
「何か思い出したのか? ファング。喋る事ができるか? できるなら、思い出したことだけでもこの場で言ってみてくれんか」
「どうしてです、師匠……?」
「お前には秘密にしていたが、お前を拾ったのが、その同じような物を見た場所なのだよ。状況からして、お前はその乗り物の中に乗っていた可能性も充分にあるのだ」
「え……!!」
その告白に、今度こそ全員がファングの周りに集まる。20個の瞳に見つめられて、ファングはかなりバツの悪い思いをした。が、困惑もした。
(僕の過去って……いったいどこに繋がっているんだろう)
「実は、師匠にも黙ってましたけど、……しばらく前から色々頭の中に浮かぶ景色があったんです。風景、というより情景とでもいうか。確かに、あれと同じような物もその中にあった気がします。記憶というより物語の一場面のようだったんで、僕が妄想で想像しただけだとばかり思っていたんですけど……」
一息つく。全員が神妙に聞いている。ファングは続きを話し出した。
その場面は、まず大勢の、本当に見渡す限りを埋めつくす程の人々が、手を振っている場面から始まるんです。その周りには、あれと同じものがあったようにも思います。 その時僕は……多分隠れていたんだと思います。
大きな建物、……いえ、やっぱり多分乗り物です。人々が見えなくなって、凄い勢いで床や壁が振動して、体が押しつぶされそうになって……。多分、気を失いました。
目が覚めたら、大勢の人に囲まれていました。と言っても、今度は20人くらいでしたから、まだ乗り物の中だったと思います。
その人たちはみんな僕を怖い顔でにらんでいました。中に一人一番怖い人がいて、僕を放り出すとかなんとか言っていました。質量が計算外に増大してとか何とかかんとか……。
僕はそれを聞いて震えているんです。外に放り出されるくらいでなんでそんなに怖かったのか、どうしても分からないんですけどね。
そして、とうとう放り出されることに決まりそうになった時、一人の女の人が庇ってくれて、そこに残っていいということになりました。凄く嬉しくて、僕はその人に飛びつきました。それを一番怖い人が、さらに怖い顔で見ていました。
後でその人は、その中で一番偉い人で、その女の人の旦那さんだと判ったんですけど。
その人たちには子供がありませんでした。他の人たちにもです。
手術で子供ができないようにしたとか、人数が増えたら困るとかなんとか……その辺のことは詳しく覚えていません。
でもだからかな、僕が残っていいとなると、途端にみんな優しくしてくれました。
けど、これらの場面も、まるでお芝居を見ているみたいで。まるで自分の事とは思えないんです。その後は……。
眠ったり起きたりの繰り返しでした。何か凄く長い間くり返していたような……。
目的地に着いたんだったかな、ある時みんなで騒いだ覚えがあります。でも、すぐにみんな悲しそうな顔になりました。理由は覚えていません。
そしていきなり場面が飛んで、元の、出発したところに戻ってきた後……また何かあったらしいんですが、……すいません覚えていません。
ただ、大きな爆発があったことと、凄い勢いでどこかに、乗っていたものが落ちたこと。それは確かでした。
「今思い出したのはこれだけです。この後の記憶、これが僕の記憶ならですけど。この後の記憶は、師匠と初めて会った時のことが最初です」
「……そうか」
「その間に何があったのか……。今言ったのが本当に僕の記憶なのか。これ以上思い出そうとすると、あ、……頭が……」
そう言うと、ファングは頭を腕で抱え込んだ。
「もういいよファング、もういい! ですよね、コ-ルヌイさん!」
「ええ……。ファング、大丈夫か? 歩けるなら少し向こうで休んできなさい」
「……はい」
ファングはナハトに付き添われて、今日直した隣のテントに移っていった。ラ-サも後から付いていく。薬のこともあるんだろうが。
(そんなに神経質にならなくてもな……。別にナハトを取られるわけじゃあるまいし)
「デュランさん、どこを向いているんですか? 彼らはもう行ってしまいましたが?」
司会の代理を任された副長の一人が尋ねてきた。
「え! ああ、すまない。何だったかな?」
「ええ、今日はこれでお開きにしようかと皆さんが仰っていますが」
「そう、だな。では、続きは明日ということで。この辺りで今日は解散しましょう。お疲れ様でした皆さん」
デュランは代理に合図して、一旦会議を解散させた。
◇◇◇
『厄介なものを掘り出してくれたものだな』
黒いマントの男。この大陸のあちこちで不審な行動をとり続ける人物が、なぜかここアルヘナ砂漠のオアシス村を遠くから眺めていた。
風はない。自然の風すらもこの男を避けているかのようだ。
『どうしたものか。あの程度の村落、潰すのは訳は無いが』
その時男の目に、建物から出てきた、頭一つ周りよりも高い大男が映った。
男の口が笑いに歪む。
『そうか。あの男、ここに居たのか。使えるな、くくく。はははははははは』
オアシス村に背を向けて自然ではない風を纏う。
飛び立とうとしたその時、後ろから声がかかった。
「楽しそうだね。なんで笑っているのか、あたしにも教えてくれると嬉しいんだけどねえ、ナニ-ル」
男が振り返る。
『ほう、ルシアか。久しいな。以前に増して老けたようだが、元気かな』
「煩いね。女の年を詮索するもんじゃないよ。前にも言わなかったかね」
軽口で応じるルシアだが、その瞳は笑っていない。口元も引き締まり、悲しそうな視線に怒りを乗せて睨みつける。
『余計なことは忘れるタチでな。この調子でお前のことも忘れられるといいのだが』
「なんだい、忘れたいのかい? 随分な言い草じゃあないか」
『そうかね。はははははあはははははあははははあはははあっははは』
男が哄笑う。どこまでも歪んでズレた笑い。それはすでに人の笑い方ではない。
二人を照らす太陽が不意に赤く染まった。夕陽の時間になったのだ。しだいに真っ赤になりゆく光線の中で、まだ30をいくらも越えていない様に見える男とボロボロの衣の老婆が対峙していた。
見た目だけで考えるならば、この二人の間で話されるその会話の違和感は、とてつもなく甚だしいものがあった。
「あちこちの国で、色々やっくれてるようじゃないか。驚いたよ。いったい今回はいつから目覚めていたんだい」
『さあな。しかし今までお前が現れなかったところを見ると、わしの隠密行動とやらも堂に入ったものだったようだな、くっくっ』
暗く哂う。
「なぜだい! なんでいつもこの星に混乱を招く事ばかりするのさ! アンタ言ってたじゃないか、たとえ受け入れられなくとも、この星は自分たちの故郷なんだって。いつか受け入れられるその日まで、静かに眠りにつこうってさ!」
『どの口が言うのだ? お前も色々やっているようではないか』
老婆は自嘲し嘲笑 (あざわら)う。
「……そうさ、すべてはあんたとあの化け物を止めるためにね! あたしはね、あたしなりに努力してきたのさ。スリ-プシステムが故障して、定期的に起きていなくてはならなくなったあの時からね。あの糞コンピュ-タ-が目覚めないように見守り、目覚めの兆候があると、その時代の人間からマナ(生態エネルギ- )を集めて……そうするしかなかったから。あの化け物に対抗するにはこうするしかないじゃないか!船で眠り続けるみんなのためにもさ!」
『なんだ、まだ気づいておらんのか。張り合いの無い』
「……何をだい?」
『SING A SONG号はすでに爆破した。すべてを……、な。二年も昔の話だ』
「え…!!!?」
訝しげに尋ねた老婆の顔色が変わった。
『爆破の前には誰も逃げられないように、蟲を放って肉を喰らわせた。見物だったぞ、スリ-プシステムの中で蠢く蟲どもの狂宴は。人間とは、寝ていても悲鳴が出るのだなと理解させてくれおった。貴重な実験であったぞ、はははははは』
「そ、んな……そんな………。あ……、アンタ正気かい!! 自分のした事……自分の部下を、仲間を………それに……あそこには、あの船にはアンタとあたしの……っ!!」
『関係無いな』
「!!!!」
『この星はわしのものだ。わし以外の者は死ね。誰にも、邪魔はさせんよ。ルシア、お前にもなあ』
男の口の両端がつり上がる。夕陽の残滓が背後から男を黒く浮かび上がらせる。影が、地平まで達した。
「アンタ、は、ぁぁぁっぁぁぁあ!!」
激情に駆られてルシアは杖を振った。だが、何も起こらない。
「なっ?!」
『わしとの話を長く楽しみすぎたようだな。お前と補助コンピュ-タ-との接続回路は遮断した。もうお前は何の力もない婆ぁにすぎん。くはは、今までよくも邪魔してくれた。だが、これでわしの【真の復活】は確実となったわ。死ね』
ズ ド ド ド ド ド ォ ォ オ オ オ オ ン ン ン ン … … バ リ バ リ バ リ ィ ィ ィ ィ ィ ィィィィ
無数の雷が轟き落ちる。だが。
『ちっ、最後の力を振り絞って逃げたか。まあよかろう。どうせ何もできん』
五分後、運河沿いの小さな港町の入口にルシアは倒れていた。
砂を掴み、上半身を起こす。薄暗くなり始めた西の空に、ほんの僅かに残る赤みが見える。それが、……消えた。
(そんな……じゃあ今まであたしがやってきたことって、いったい何だったってのさ……。その時代の人々からうとまれて……何百人もの命を奪って……その挙句が、これかい!)
ギリィッ。
「ナ ニ ィ ィ ィ ィ ィ ィ ィ ィ ィ ィ ィ ル ッ ! ! ! 」
叫んだ空の先に、昇り始めた月があった。そして、ナニ-ルの最後の言葉。その真の意味にルシアが気付くのは、もうしばらく経った後のことだった。
叫び終えた老婆は崩れ、大地に落ちて気を失った。
「第五話 光と影、そして闇」 了.
次回、 第六話 「ひと」です。
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