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第一章 デュラン (結) 「願いの行く先」 ⚫️

以前頂いたイラストを追加しました。

ありがとうございます。


『そうです。彼が、一人目です』

 どこからともなく声が聞こえる。

 どこでもない場所。どちらの方向も明るいのに、どこにも光源が存在しない。

『十五度目の一人目、か』

『奴の真の目覚めは、近い』

『だが我らの力は、まだ戻っていない』

『ルシアよ』

『まだ、足りぬ』

『早く』

『あと僅かで足りるのだ』

『僅かで』

『人の想いが』

 重々しい呟き。

 感情の無い幾つもの声のなかで、深刻さだけが募ってゆく。

『彼が、先駆けの力をくれるでしょう』

 最初と同じ声。

『たとえ僅かだとしても』

 その声が他の存在の憂いを否定する。

『まだここには、我らの力となる想いたちが残っているのですから』

『期待しよう』

『我らも起きねばならぬ』

『守る為に』

『その為のエナジ-を』

『この星の為に』

『この星の生命たちの為に』

『失わせはしない』

『この星に根付いた、人の心』

『想いの為に』

 声。……いや、違う。思念でもない。無数の電子たちが交わす何か。

 声と呼べない声たちが、思念と呼べない思念たちが。

 漂いながらそれぞれに祈る。

 感情の表われない言葉の端に、精一杯の思いを込めて。


『このまま無にしてはならないのだ』



         『 G r a n d   R o a d 』 

              ~グ・ラ・ン・ロ・-・ド~


第五.五章(第一章)デュラン (結)



「………ウ…ッ……」

 気が付くと、デュランは周りを光に包まれていた。円筒形の光の籠。

 形のあるものは何も見えない。ときおり、体の周りで小さな雷がはじけるのだけが見えた。

『あなたの願いを、言葉に……』

「あ、……ああ」

 頭に聞こえた言葉にうながされて、デュランは願いを口にする。

「お、俺の願いは……………ぅ……」

 緊張で心臓が壊れそうで、胸に片手を当てる。呼吸が整えられない。

 この言葉を言えば、彼らに会えるはずだ。

 守れなかった大切な人たち。この手に掛けた、何の罪もない幼い王子。

 怖くて、体が震える。

『どうしたのですか』

「す、少しだけ待ってくれ。今、すぐに言うから……」

『…………』

 急ぎすぎて深呼吸にならない。何とか話せるまで落ち着いてから、口を開いた。

「俺のせいで、命を失った者たちの魂を、ここに。今ここに呼んでくれ………!」

 言葉とともに周りの光がはじけ、薄まった光線の中で、デュランは目の前に無数の気配が出現したことを感じていた。


「あ、………あぁ…………あ……」

 揺らめく存在たちに感じる懐かしい気配に、デュランは、涙が流れるのを止められなかった。

「村のみんな……隊の者も……。サ-シャ……、ミリカ……、……父さん……母さんも………」

 そして、正面の気配に向き直る。

「……オルトゥ-ス王子…………」

 名を呼んだ途端いてもたってもいられず、デュランはその前に跪いた。

「王子……申し訳、ありませんでした……! わたしは、わたしは…………」

 揺らめく気配がデュランを見た、気がした。

「あなたには、何の罪もなかったのに……、ただ、ただ王への復讐の為だけにわたしはあなたを、斬りました! 赦されるとは思っていません。憎しみをぶつけられるなら喜んで受けます! ただ、わたしは、謝りたかったのです。この自らの口で、自らの言葉で! せめて、その言葉だけは受け取ってください。その後どうされようが、何の文句も言いませんから……。お願いします、……お願いします!」

 デュランは必死だった。いつこの魔法が解けるか分からなかったから。

「申し訳、ありませんでした…………皆も、すまなかった……間に合わなかった……あの時、もう少し早く帰っていれば、そして俺が王に直訴さえしなければ……俺のせいだ……ごめん……ごめん、よ………」

『………………』

 気配が動く感じがした。デュランは覚悟を決める。

 このままそっちの世界へ連れていかれても仕方のないことなのだ、と。

 当たり前だ。それで皆が満足できるならそれが一番いいのだ。自分は、償いをするべきなのだ。こんな自分が未だこの世に残っている事そのものがそもそも間違いなのだ。

 しかし、次の瞬間、デュランは小さく叫んでいた。

「ナハト………!」と。

 叫んだ瞬間、自分で呆れた。未練だというのか?生きると云う事への!? それはいくらなんでも、虫が良すぎやしないか!? 自分にそんな権利などあるはずなどないじゃないか!

 だが……。

 しばらくして顔を上げた時、無数の気配は消えていた。見えなかった景色が見える。

 茫然自失。

 次いで激しい動揺が襲う。

「ま、待ってくれ!! なぜだ!? なぜ置いていくんだ! い、今のは言葉のあやだ! 連れていってくれっ! そうでないと俺は、俺の償いは…………。待ってくれ……まだ、まだ言いたいことの半分も言っていないんだ………まだ娘や妻に言葉をかけていないっ…………父や母や、村人たちや……俺の部隊の皆にも!……なぜ、だ……なぜなんだ、もう、もう俺一人だけ置いていかないでくれぇっ!!」

 光はもう消えている。いきなり突っ伏して号泣し始めたデュランに、ラ-サはなす術がなかった。

 光の柱の中の出来事とはいえ、おぼろげに見えていたし聞こえていた。内容は良く分からなかったが、それでも、デュランが懺悔ざんげ し、何かの気配が去っていったのは感じた。

「デュラン……良く分からないけど、きっと、きっとさ、許してくれたんだよ。だから、さ。もう、もう、泣かないでよぉ」

 声が震える。思い切りもらい泣きしそうになって、どうしよう、と思った時、助けが入った。あの蒼い幻影だった。


『デュラン。彼らは去りたくて去ったわけではありません。思念そのものを物質化するには、膨大なエネルギ-が必要なのです。今の我々には、あの時間が限界だったのです』

 デュランが泣き声のまま、突っ伏したまま尋ねる。

「……じゃあ、今のを見せてくれたのは、あんた、なのか?」

『正確には違います。[集合体]がやったことです。わたしはその一部に過ぎません』

 デュランが顔を上げた。真っ赤に目が腫れ上がっている。

「な……ん、誰だそれは……? ならビンは関係、無くて、あんたに頼めば、もう一度会わせてもらえるってことか? そうなのか?」

『違います。そのびんは鍵です。鍵がなくては扉は開きません。それに、すでに一度願いの終わった者は、二度願うことはできません。生体情報が記録され、鍵がロックされてしまうからです』

 それを聞くとデュランは、座り込んでうつむき、力無くつぶやいた。

「そうか……なら、もう……。なあ、じゃあ、教えてくれないか。俺は赦されたのか? あれは、本当に……。本当にみんなの魂だったのか?」

 座り込み、力なく両手で顔を覆いつぶやく。質問する。

 期待など元より無い。なら、俺は何のためにこの一年旅を続けてきたのか。

 嘘であれば満足なのか。本当であって欲しいのか。自分ですらも判らない。

 死んだ命は還らない。それは、誰もが知る真理であり、現実だ。お伽噺でさえそううたっている。この世界は生きている者の世界だ。誰も、黄泉の国の住人と言葉を交わす事などできはしない。黄泉そのものが存在せず、死んだら「無」という者も居るくらいだ。

 世界に奇跡は存在しない。そのはずだった。

 夢を見た。新しい、夢。叶わない夢。叶わない夢だから生きるために追っていけた。叶わない夢を追うことで何かから逃げていたのかもしれないとさえ思った。それでもすがり付き、旅をした。世界を見た。人を感じた。この旅が死ぬまで続き、だからこその償いだと思っていた。

 たどり着かない事が俺への罰であり、懺悔だと思っていた。

 あれは……さっきの出来事は本当だったのか。夢でも幻でも幻影でも幻覚でもなく、そして嘘でもないと云えるのだろうか? 証明する? どうやって!?

『[たましい]、という概念は、我々には完全には理解できないロジックです。しかし、我々の元には、この星で死んだ生命の生体情報が、残存思念も含めて記録・保存されています。この星で亡くなった命たちは、電子的情報と共に、幽子体の情報も精霊システムの中に保管されます。つまり、今の段階で言える範囲内で云えば、彼らは間違い無く、あなたの会いたがっていた人物たちの生前の意識と意思であり、記憶だということです。そして、言葉はなくても時間軸に沿う思考は彼らにも存在します。感情も。消える直前の彼らの感情は、喜び、安堵、そして励まし、でしたよ』

 言っている意味は、デュランにはよく解らなかった。彼らが本物であったかもよく判らなかった。だが、彼らが嘘ではないということだけは、解った。そしてその意思が、彼を赦してくれたのだ、と。それだけは理解できた。

「………………………………そう、……か……」

 ならば、それでいい。それだけでいい。

『ええ。皆、微笑んでいました。わたしという存在には、もはや理由は分かりませんが』

 少しだけ寂しそうにいう蒼い影に向かい、もう一度「そうか」と呟いて、デュランはただ泣いていた。

 笑ってくれていた。それならいい。それだけでいい。

(俺は……多分、救われたんだな……)

 近寄ってきたラ-サの撫でてくれた背中が、暖かかった。


「最後に一つ教えてくれ。あんたたちは何者だ? 神か?」

 気が付くと、ラ-サが水晶玉をしまっているところだった。

 しばらくの間帰り支度をして、荷物を背負ったところで、デュランは口を開いた。

『違います。我々は、[人に造られしもの]です。そして「集合する融合体の末端の構成要素」であり、[人と星と刻を見守るもの]でもあります』

「………? 良く解らないが……まあいいさ。色々、世話になった」

『いえ、こちらこそ。綺麗なエナジ-を頂きましたから』

「? では、な」

『ごきげんよう』

 手を振って歩き出す。と、

「はやくはやく~~あんまり待たせると置いてくわ、よ~ぉ……ばたっ………」

 先に立って歩き出していたラ-サがいきなり突っ伏して動かなくなる。

「おい!? どうし、……た……………ぅ……な、何故………?」

 驚いて走り出したデュランも、目まいを覚えてひざを付き、どうっと倒れた。

 そのまま意識を失った二人の体が透き通ってゆく。

『街の近くまでお送りします。それと、質問にはお答えしましたが、……その記憶の一部を消去させてもらいます。まだ、奴に我々のことを知られる訳にはいかないのです。申し訳ありません。次にお会いできたならばその時に、記憶が戻るようにしておきますから』

 幻影の女性が淡々と語っていく。誰も聞いていない、誰もいなくなった岩山の上で。

『……すみません。それまで、さようなら。お元気で。この星のにない手たち』

 感情の無い声の中にわずかに漂う哀しげな響きが、岩山を駆け上る風にさらわれていく。幻影のはずの衣装の端が、わずかに風に合わせて棚引いた。

『また、会いましょう。我がマスタ-の子孫たちよ』

 まるで人間そのものの様な愛しげな呟きが、幻影すら消えた神殿から、どこまでも細かくちぎれ、飛ばされていった。



「あ、それはそこじゃないってば! その布はこっちにかけて、……ちがぁう!!って何度言わせるのさホントにもー!」

 大きなオアシスの水辺。新しいテントを建てている。その横で少年が叫んでいた。

おさ--、おれたちまだ9才なんだぜ-。クイタなんか7つだし。もう少し長い目で見てくれよーぉ」

「そうだよそうだよ。手伝ってるだけでもよしとしてくれなくちゃあ」

 いかにも生意気です、怠けてますって顔をした子供がふたり、座ったまま言い返す。

 朝からずっとテント作りに駆り出されていた少年達は、重労働な力仕事にもはや完全に飽きてきていた。かったりー。その言葉が顔にデカデカと書きなぐってある。

「ほ--ぅ。そういうこと言うんだお前たち? ならいいんだぜ。あ~あ、せっかく子供部屋を先に作ってやろうと思ったのにな。そうか、いやか。仕様がないな-。でももう買いつけて来た布それだけしかないんだよな。可哀相に。砂嵐が来たら穴掘ってしのげよ」

 その言葉に座ってた二人がピョンと起きる。

「え!? これ新しいおさのテントじゃなかったの!?」

 その頭をもう一人の子供がペシッとはたく。

「ばか! なになまけてるんだペドウ! さあもう一息だ。おれたち生き残った人間ががんばらなくってどうする! ねえ、長っ!?」

「ひどいよ-。かったるいからなまけようって言ったの、ダオカじゃないかぁ」

「ば、ばかっ!! 言うんじゃない!」

「ほ~う、そうなのか? ダオカ」

 目を半眼にして少年が尋ねる。声色は穏やかだが、その目を見た途端、ダオカはひっと息を飲んで凍りついた。

「い、いや、だから、その、……ああっいけないクイタ一人じゃ大変だ! ってことで、手伝ってきま-す!」

 そう言ってテントの方に駆け去る。

「あ! ま、まってよおぉぉぉ」

 置いてけぼりにされたもう一人が、情けない声を上げて追いかけていった。

「……まったく。あれじゃあいつら庇って死んだロッカとジ-ナが浮かばれないよ」

 あの双子の両親は、先の戦いで命を落とした内の二人だ。まだ30そこそこで、この若者の少ない村では、貴重な働き手だった。斧と弓のかなりの使い手でもあり、あの双子二人が好奇心にかられて隠れ場所から出てこなかったら、失わなかったはずの人材だった。

「ま、あれはあれでこたえてるみたいだからな。この先に期待するさ」

 昨夜も、オアシスの水辺で抱き合って肩を震わせる二人を見ているから。

(そう言えば、あの人もロッカ達と親しかったっけ)

 少年、このオアシスの新しい長であるナハトは、ある方角を見て立ち止まった。

 一ヵ月前、一人の男が去っていった方角。朝の光に染まっていた後ろ姿を思い出す。

(ディ-……今、どこにいる?)

 探し物は見つけられたのだろうか。あの優しい大男の願いは、叶ったのだろうか。

「はは、まだ一ヵ月、だもんね。そんな早く終わる訳無い、よな……」

 目的が達せられても、戻ってきてくれるかどうか分からない。戻ってきて欲しいけど。

「約束なんて、してないしな……」

 ため息をついて、他の場所にも指示を出す為に歩き始める。そこへ。

「……え?」

 地平線の中に人影が見えた。

「まさか……」

 この辺では見かけない大男。何kmも離れているのに、それだけははっきりと見えた。 

それに気づいた途端、ナハトは夢中で走り出していた。


「あ-もうっあついわ! なんでサバクをたびするのに足で歩かなきゃならないのよ」

「しょうがないだろう。何故かいきなりラクダがいなくなってたんだから。幸い荷物はあったから、近くの街で一頭買えたのはいいが……。それにお前の荷物が多すぎるんだ、これ幸いとばかりに思い切り買い物した上、全額俺に払わせた癖に何を言って。……そう言えば、なんでお前は杖とガラス玉しか持ってないんだおい」

「なによ。かよわいレディ-ににもつもたせる気? ……いいわよべつに~~あの事言いふらしてやるからさ~~~」

「これだけやらせてまだ足りんのか!?」

「あたりまえよ! あたしのプライドは安くないのよ。っていうかまだはんせいが足りないみたいな気がするのは気のせいかしら、ふふん」

「一応俺は命の恩人のはずなんだがな……。はぁ、ま、いいか。ナハトの所に着くまでだ」

「なんか言った?」

「何も、お姫様」

「ふむ、よろしい」

 転びそうなほど胸を反らしたラ-サに、デュランが苦笑する。

 それを見てラ-サも笑う。束ねたポニ-テ-ルが跳ねた。

 始めに比べると、かなり二人の間も親しくなっているようだ。

 はたからは解りにくいが。


「ディ----」

「? 呼んだか」

「え、あたしじゃないわよ? そういえばナハトさまの声ににてたけど……って、え?」

 その当人が駆けてくるのが見えた。

 一瞬にしてラ-サの顔が乙女モ-ドに早変わりした。ハ-トが飛びまくる。

「ああ、ナハトさま!! このあたしをむかえに来てくださったのね!」

 だんだんと近づいてくる。すぐ側まで来たナハトが腕を広げて駆け寄る。

「ナハトさま---っ!!!」

 ラ-サも腕を目いっぱい広げて走り出す。目までハート型だ。

 すかっ。

「ディ-!! おかえり!」

 ナハトはラ-サに目もくれず横を通り過ぎると、デュランに飛びついて抱きしめた。

「ディ-! 願いは叶ったの? 叶ったんだよね!? だから戻ってきたんだよね?戻ってきてくれたんだよね!? おめでとう!! ホントに……おめでとう……。あ、ごめんオレばっかり喋っちゃって。ねえ、どうやって叶ったのか教えてよ。あれからどうしてたの? どういう風にやったのさ? きっとディ-の事だからまた大泣きしたんだろ-けどさ。ねえったら何か言ってよねえ」

「あ~、ナハト……今のはちょっと。というか今はちょっと、な。また後でな」

 デュランはナハト越しにその向こうを見る。そこではいまだラ-サが腕を広げたまま固まっていた。じとりと背中に汗が湧く。

「どうしたのさディ-。元気がないよ? あ……まさか、まだ叶ってなかったりする?ごめん! オレ勝手に勘違い……」

「いや、叶ったは叶ったんだけどな。でもな、今はその話はちょっと……」

 上の空でけんもほろろ(に見える)なデュランに、さすがのナハトも喜びから少し怒りが湧いたらしい。声に棘が少し混じり始めた。

「なんでさ? なんだよ、せっかく久しぶりなのに。オレばっかり嬉しがって馬鹿みたいじゃないかよ! ディ-はオレと再会したのが嬉しくないの!?」

「嬉しいさ! 最高に嬉しい。でもな、今は、マズい。今は……とっても、マズい……」

「え? なんでさ?」

 いぶかしむナハトの後ろにラ-サが立っていた。なにやらユラリと湯気のようなものが出ているのがとてつもなく怖い。

(遅かったか……)

 ラ-サはにこりと笑う。しかしデュランはその目が少しも笑ってないのを見て、一気に最初会ったとき以上に最悪の状況に陥ったことを悟っていた。

(せっかくこの所、険悪な空気が薄くなったと思ってたんだがなあ……)

 ラ-サが口を開く。

「ナハトさま、お久しぶりです。それはさておき。ディ、デュランさん……こ、これは一体どぉいうことなのですかしら……? お二人がおしりあいとはまぁっっったく、知りませんでしたわ。ふふふ」

「あ、ラ-サもいたのか。そういえば来るって聞いてたけど……? ディ-、なんで二人が一緒にいるの?」

「ラ、ラ-サ『も』……ッ!?」

 ラ-サの必死のポ-カ-フェイスにヒビの入る音がする。

 デュランはゆっくりと目をそらした。

「ナ、ナハトさま。おぉお、お二人はどういうおしりあいなのでしょうかしら?」

 だんだん言葉が怪しくなってくる。

 それに気づかず、ナハトは止めを刺す。

「大事な人さ!」

 ぴしいっ

 嬉しそうに言うナハトにラーサの額に切れ目が走った。

(……馬鹿。悪気がないから余計悪い)

 デュランは頭を抱えたくなった。逃げたほうがいいだろうか?

「オレの兄貴みたいな家族みたいな人なんだ! この間の戦いで、オレとこのオアシスを救ってくれたんだよ。恩人だな。凄かったんだぜ! こう、そのでっかい剣で襲ってきた敵をばっさばっさと……」

 ナハトは説明を続けるが、ラ-サはまるで聞いていなかった。

 うつむいてワナワナと震えている。

「? どうした、ラ-サ。具合でも悪いのかい?」

 キッ。ラ-サがようやく顔を上げる。さっきまでの愛想の良さは消え、目に涙を浮かべて、叫ぶ。

「ナハトさまの……ばぁかあああああああああああああああああああああ!!!!!!」 

あまりの大声に一瞬耳が聞こえなくなった。二人して耳を押さえてうずくまる。

「ばかああああああああああうわあああああああああああああああんんんんん!!!!」

 その間にラ-サは泣きながらオアシスへと駆けてゆく。

 と、途中で立ち止まって振り向いた。

「デュラン、いいえでかウド! アンタはこれからこいがたきよ!ライバルよ! そうと知ったからには負けないわ! それからあの事はしばらくはだまっておいてあげるけど、ぬけがけしたら分かってるわねっ!!? うわあああああんっっ!!」

 もう一度、今度は振り向かずに駆け去ってゆくラ-サを眺めて、ナハトが呟いた。

「……あいつ、一体どうしたんだろう。ねえディ-、よく解らなかったんだけど一体、あれ何……?」 

「………………」

 どうやら本気で聞いいるらしいナハトに、デュランはため息とともに、その肩に両手を置いた。

「……頼むから自分で気付け。せめて、な」

 腕組みをし、よく解らないという顔で頷いているナハトを眺め、デュランはある種の底無し沼にまったような錯覚を起こしていた。目を閉じる。

 だが。

 なぜか、絶望感は湧いてこなかった。それどころか逆にどこか楽しげな自分がいる。

(まあ、なんとかなるか……)

 ラ-サには悪いと思う。が。

 行く場所の無い男は、しばらく嵌まったままでいるのも一興かなとか考えて、小さく苦笑し、夕暮れの近づいた空に顔を向けた。

 小さく遠い真昼の月が、地平に沈む直前に、まだ少しだけ顔を覗かせ笑っていた。



       ‡ ‡ ‡


 個人個人の物語は終わった。

 すべての点が繋がり、線になる時が来た。

 線が面になるか、立体になるか。それはまだ分からない。

 しかし、時は来たのだ。


 世界の物語が始まる。



挿絵(By みてみん)



次回から、すべての登場人物たちの、クロスロードが始まります。

お楽しみいただければ、幸いです。

イラストは、この本文の三年後の第六章のラーサです。

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