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第五章 クローノ (結) ⚫️

以前頂いたイラストを追加しました。

ありがとうございます。

 ナ-ガが膝をついて絶叫している。


「ちがうちがうちがうっ! 私に友などいないんだ! 私は人に造られた物なんだ! 人間ではないんだから友などいるはずはないんだ! 人間などとなんで友にならなければいけないんだ! 私は復讐するためだけに生きてきたんだ! だからその後は生きていてもしょうがないんだ! 復讐したら消えるだけの存在にどうしてそんなに関わってくる!? 死に場所も決めてあるのに! お前の所に行けるのに! それでも生きろと言うのかお前は! ジニアス!!! ああああぁあああああぁぁああああああああああ!!!!!」


 クロ-ノはそれを聞きながらなんとか起き上がる。ナ-ガが落とした【光線銃】の所まで歩く。ゆっくりと。


「奥義、竜雷砲」


 振り上げ、回転させ、振動とともに振り下ろした棍をそれに叩きつける。思ったより軽い音を立てて、古代武器はバラバラになって消し飛んだ。そこで、体が崩れ落ちる。

 まだ後ろの絶叫は止まらない。



 アベルは奇妙な感覚を覚えていた。

 目の前で憎かった男が、無防備で泣いていた。叫んでいた。憎悪を晴らすなら今だ。

 なのに、急速に黒いものが心から引いていく。


(なんでだよ。俺はそんなに気の小さい男だったのか? カタキも取ってやれないほど弱虫だったのか?)


 そうは思いたくない。でも、もう、どうでも良かった。痛みと共にその場に座り込む。


(ジニアス……。頼まれ事は、果たしたぜ……)

 力が抜け、また床に落ちた。



 パタン……。ドアが開いていた。こう着状態の場を揺らめかすようにゆっくりと大きく開いてゆく。


「ナーガ君。わたしからも頼む。生きてくれ……。君は、生きなければいけないよ……」


 少年たちが見守る中、ドアにもたれて辛うじて立っていたのは、昏睡状態だったはずのプルーノだった。


「父、さん? だめです、寝てなくちゃあ! 今起きたら治るものも……」

「大丈夫だよ、クロ-ノ。それに、あれだけ……騒がしくされたら、寝て、などいられるものかね……?」


 弱々しく、でも苦笑しながらつぶやく。


「ご、ごめんなさい……! 父さんの事、守るつもりだったのに、またぼくは……」

「いや、いいんだよ。充分守って、もらった。……本当に、ありがとう。それに、お陰で目が覚めた。まだわたしにも、やれることがあった、という事が分かったからね。なら、起きなくては、な……」


 息が荒い。だが光の戻った目で、老人は語る。


「ナーガ君、君も、あのプロジェクトの生き残りだったのだね。そうか……リュースは、そんな後まであれを、続けていたのか……」

「じーさん、そのプロジェクトってなんなんだ?」


 アベルが壁沿いに体を起こしながら訊く。クローノも目で尋ねる。いつの間にかたどり着いていたアーシアだけが、一歩後ろで、顔を伏せて佇んでいた。


「そうだな、……」


 プルーノはちらりとアーシアを見て、彼女が小さく頷くのを見てから、話し出した。


「治療をしながら聞くといい。それは、もう40年以上も昔のことだ……」




 わたしはまだナ-ガ君と同じくらいの歳だった。

 その頃はまだ、エリ-トだった自分の前途を疑ってはいなかったし、それなりに野心もあった。その時だった。同期のリュースがその話を持ってきたのは。

 それは、当時のわたしにはとても魅力的に思えた。だから手を貸した。今思えば馬鹿なことだ。

 その話とは、【混血によって薄れてしまった自分たちの祖先である古代種族の血を、自分たちの力で甦らせよう】と言うものだった。

 わたしたちは、先人の失敗で数十年間封鎖され、忘れ去られていた部屋で、遺志を継ぐ形で同志を集め、神殿にも成果が上がるまで秘密にしてプロジェクトを進めていった。必要な知識と器具、機械を、断片的な資料やときおり見つかる古代の発掘品から推理し、推測し、流用し。すべてを一から造っていった。

 そして3年後、とうとう機械が完成した。悪魔の、機械が。

 その時には既に、わたしたちの頭の中からは、【倫理】というものは消えていた。

 だからあんな事ができたのだ! 

 我々は、生まれる事を望まれなかった胎児を集め、その子たちを実験に使ったのだ!

 ああ……言いたいことは分かる。今ではわたしもそう思っているよ……。

 しかし、あの時のわたしたちは、一つの物事しか見えていなかった。本当に大事なことが見えていなかった。

 命を形作る元を切り刻み、こね回し、重ね合わせ。なのにそれなりに素晴らしいことをしているとさえ思っていたのだ……。

 その事にわたしが気付いたのは、皮肉なことに、自分が作り上げた一つの命を見た時だった。

 美しかった……。その娘は、美しかった。その上、すべてでは無いにせよ、古代種の力を受け継いでいた。永い寿命、という形で。

 皆が歓喜に満ちあふれる中、わたしは、涙を流していた。

 仲間は誤解しただろう。だが、それは歓喜の涙ではなかった。その反対、後悔の、慙愧ざんきの念の涙だった。

 自分はなんて事をしてしまったのだろう! 自分はこの美しい命を、切り刻み、こね回して喜んでいたのだ!

 自然に産まれていたらさらにもっと、ずっと美しかったはずの命をわたしはけがしたのだ!

 そう確信したその数日後、わたしは彼女をカプセルから出して国外へ逃がし、プロジェクトから離れた。彼女が寿命以外何一つ力を持たないと理解されるにしたがって、歓喜の雄たけびを上げた者ほど、彼女を廃棄してやり直すことを提案し始めていたことも、自分の決意に拍車をかけた。このままでは、この美しいひとの命が散らされてしまう。私は焦っていた。だから、彼女の後顧の事を何も考えずにただ逃がすだけで満足してしまった。逃がすなら、逃がした後も責任を負うべきだった。その後の彼女の苦労を思うと、それすらも長年の後悔の一つとなった。

 その後わたしはすべてをやり直すために、プロジェクトを外れ何年かの旅に出た。

 神殿で不祥事が発覚して、関係者が皆逮捕された事を噂で聞いたのは、その途中の事だった。運よく、というか逮捕を免れたわたしは帰ってきた後、一から修行をやり直したのだ。

 なぜか巧く立ち回り、何の罰も咎めも受けずに上司に昇進していたリュ-スには、お互いに過去のことは忘れようと言われたのでそうした。

 すべてが煩わしかったからだ。

 そして、必死に修行を重ねていたわたしも、いつの間にか神官長までになっていた。




「済まない……。わたしは君の事は知らない。古代種の、どの様な部分を受け継いでいるかも判らない。あの男が22年前まで、いや、それ以降も、未だ実験を続けていたことも知らなかった。しかし、わたしは元凶の一人だ……。君の気の済むようにしてくれてかわまないよ……。きっとこの為に、この壊れた体は生き続けていたのだろう………」

「そんな! 少なくとも父さんはこの男の事には関係していないんでしょう!? だったらそんな必要は………!」


 ひざまずくプルーノにクローノがひょこひょこと撃たれた足で駆け寄る。しかし、老人はそれを制した。


「クローノ! 今のを本気で言ったのなら、わたしは君を、軽蔑するよ。ずっと教えてきたはずだ。ルシアの教えを。人間として生きる、真に大事な事柄を! 間違えるな。君は、君なら、できるはずだ。わたしの様には、なるんじゃない……」

「父さ、ん…………」

「いい気なものだね……言葉だけで、耳障りの良い事を言って理解者気取りかい? それだけの事をしておいて、いまさら……」


 クローノの目の前で、ナーガが静かに顔を上げる。その手はまたも懐の中に! 硬直したクローノが動かない体で構えを取ろうとした矢先。

 カラ――ンンン……。その手が、隠していた最後の銃を投げ捨てていた。


「いまさら楽になろうなんてどこまで卑怯なんだ貴方は!!!」

「ナ-ガ君……」

「楽に殺してなんかやるものか! 少しでも悪かったと思うなら、この神殿をわずかでも改正してみろ! 是正してみろ! 修正してみろ! 生きているうちに少しでもボクにそれを見せてみろ!! 楽に死ぬことは赦さない、赦すものか!!!!」


 プル-ノは、ナーガの激情を正面から受け止めた。


「それなら、君も生きなさい。生きて、神殿が変わるのを見てくれ。それならば約束しよう」

「……この後に及んで条件を出すのかよ、じーさん……」


 壁にもたれたアベルがあきれ顔で呟く。

 その間も二人はにらみ合っていた。何分も。

 その後、ナーガはきびすを返し、背を向けて歩き出した。背筋を伸ばしたまま。

 アーシアの横を通る。


「隠密兵たちはどうしたかな?」


 前だけを向いたまま、アーシアの顔を見ないで話す。


「みんな寝てるわ。半分は二度と起きてこないでしょうね。何度でも起き上がってくるんで、かなり強力な薬を使ったから。……謝らないわよ」

「そうか……君はあのジニアスと渡り合える人間なのだったな。では起きられる者だけ連れていくとしよう。ボクは帝国に戻る。失敗した、と報告しなければならないからね」


 歩いて行くその背に尋ねる。


「死ぬ気?」

「いや……その気は失せた。生きろと言う奴が多くてね、まったく……あきれ果てて腹が立つよ……」


 また歩き始めながら、ナ-ガは右手を挙げて答える。その手の中に、血文字の書かれたダガーがあった。



「父さん……」

「まだまだ、わたしも死ねないらしいね。手術を、受けようと思う。応援して、くれるかい?」

「父さん!!」


 クロ-ノは昔のように抱きついた。



 アベルは一人で中庭にいた。神官長に抱きついていったクローノの顔が目の中に映る。


(良かったな……)


 無理やり応急処置をした体で、足早に建物を出る。彼の動きにアーシアだけは気づいていたみたいだが、何も言葉を発しなかった。

 大通りに出る。通りに累々と転がる神殿兵の死体と、爆発で消滅した町並みに少し目を見張りながら、誰にも、何も言わずに街を出た。混乱とパニックは沈静化の方向を辿っているようだ。だが、それでも街中で冷静な人間は誰1人としていなかった。お陰で誰にも見咎められずに街の外に脱出することができたようだ。

 ゆっくり、ゆっくり、止まらずに歩く。街の外から振り返る。


「さよならだ、クローノ。俺にはまだ、ガイコツ機械野郎を捜して倒すって目的もあるしな。おっと、その前にアイツの墓も参りに行ってやらないと。寂しがってるなきっと……。花を持ってくと、喜んでくれるかな……?」


 白目を向いて気絶している、一人で逃げて生き残ったらしいタルの様な上級神殿兵を一瞥して、歩き出す。


(期待してるぜ、じーさん……)


 彼は、カタキをすでにクローノたちが討っていることを知らない。

 知った時どう思うのだろうか?

 答えの無いまま、その姿は星空の下、ゆっくりと小さくなっていった。



       ◆  ◆  ◆



 【3年前】


 アーシアは中庭へ出た。ベンチの人影へ向かって歩いて行く。


「やっぱりここに居たのね」

「………アーシアですか」


 クローノだった。彼はベンチに寝転がって、澄んだ空を眺めていた。


「神官長様、……じゃ無かった。まだ間違えてしまうわ。神官長と呼んでいた時間が長かったから。……<ラマ>の顔、安らかだったわね」

「そうですね」

「じゃあ、こんな所で燻ってないの! あなたがそんなんじゃ、プルーノさんも心配で眠れなくなるじゃない」

「そうですね」

「なによ生返事ばっかり!」

「アーシアも、行ってしまうんでしょう?」


 くるりと、ベンチの背もたれの方に顔を回して答える。


「新しい任務でね。今度はアルヘナ国の偵察。ちょっと遠いけど、あの国にルシアが現れたらしいから。もしかしたら、何年もかかるかもしれないけど……。なあに、寂しいの?」

「うるさいですそこ、何を笑ってるんですかまったく。いきなり独りになったら、誰だって少しはセンチになるものでしょう」

「まったくっていうのはこっちのセリフよ。とても最年少で、大神官補佐に任命された人の言葉とは思えないわね。しっかりしなさい、16歳でしょう?」

(だんだん母親みたいになってきた気がしますね……母親なんて知りませんが)


 そんな風に、聞かれたら殴られそうなことを考えて、クロ-ノは体を起こして座り直す。


「そうですね、16歳。……あれからもう2年も経ったんですね」

「あなたも、背が伸びて言葉づかいも変わったわね。堅苦しくて使い辛そうで、全然似合っていなくて気持ち悪いけど」

「いや、そこはいいですから………」


 どうしても逆らえないらしい元パートナーの言葉に少しヘコむ。体を起こし、ベンチに座りなおした。

 神殿は幹部のほとんどが入れ代わって、新しく生まれ変わった。秘密主義もなくなり、幹部も実力主義で、若い人間もどんどん上に登用されるようになっていた。

 すべてプルーノのおかげだ。しかし、そのプルーノも今日からはもう居ない。


(この場所をここまで変えるとは……。心からあなたを尊敬いたします、父さん)


 ナーガの近況は聞こえてこない。しかし、帝国の暗躍がここのところ下火になってきていることは、彼の無事を示しているという気がする。


「そう言えば、いまだにあの人の行方は分からないの?」

「アベルか……」


 あれから何度も手を尽くしたが、アベルの行方は庸として知れなかった。しかし。


「アイツが死ぬもんか。今度はもう心配なんかしてやらないんだ。きっと生きてるから。どっかで、しっかりとね」

「昔の口調に戻ってるわよ」

「うっしまった!」


 大げさに口を押さえた後、クローノは膝に顔を埋めた。

 そのまま体を震わせる。


(やっぱり……。無理しちゃって)


 震えるクローノの横に座り、アーシアは軽く抱きしめた。


「あなたも二年間頑張ったわね。髪や目の色の違いを超えて、プルーノさんの後ろ楯も断って、それで幹部になったんだもの。プルーノさん言ってたわよ、誇りだって」

「…………」

「大丈夫、あなたは独りではないわ。ほらこれ、通信鏡。発掘品管理部から奪い取ってきたの。ついでにわたしの定時報告は、あなたにするという約束も取り付けてきたから、毎日話はできるわ。でも愚痴ばかりこぼしたら承知しないわよ」

「……………」

(いい加減にしなさいっ)


 内心少し怒っているのだが、アーシアはぐっと我慢する。当分直接会えないのだから。


「もう、しょうがないわね。じゃあ良い話をしてあげるわ。聞いてなさいよ」


 縮こまってうずくまる少年の横に静かに座り、その頭にそっと手を置いて、アーシアは話し出した。




 あるところに一人の女の子が居ました。

 その女の子は産まれてすぐに悪い魔法使いたちに色々体を作り替えられて、水槽の中に浮かんでいました。

 ある日、女の子は一人の魔法使いに恋をしました。

 悪い魔法使いです。でも、その人だけは、どこか違っていました。

 その人だけは女の子に優しくしてくれました。

 そして、ある時、その人はすべてを捨てて、女の子を河に逃がしてくれました。

 一緒に行こう、と女の子は言いましたが、追っ手を引き受けて、その人は一人で岸に残りました。

 女の子は海に出て、海を越えて、運よく外国の岸に流れ着きました。

 でもそこにも悪い人は居ました。女の子を騙して捕まえて売り飛ばしたのです。

 女の子が売られた所は大人のお店でした。女の子はなぜか何年たっても年を取らなかったので、人よりずっと永く働かされました。

 自分の年を忘れそうになった頃、女の子を買ってくれた人がいました。

 その人は国のえらい人で、女の子を学校へ行かせてくれました。お礼に女の子は、その人を守る人になろうと頑張って強くなりました。

 でも、その人は死にました。

 戦争で大きな国がバラバラになったのです。その人のお陰で首都も国もなんとか守られましたが、女の子は、その人を守るという誓いを果たすことができませんでした。

その人はもういません。女の子は疲れ、その国を出ました。その国はその後何年も戦が続き、一時期平和になったものの、最近また大きな戦が始まったと聞いています。

 女の子は、もう女の子と言えない年になっていましたが、ほとんど元のままの姿でさ迷い、いつしか生まれた国に帰ってきました。

 昔好きだった人はその国のえらい人になっていました。

 その人は女の子を死んだ知り合いの親戚ということにして、学校へ入れてくれました。 新しい生活。何年か先、君のパートナーとなる少年を紹介しよう。

 そういってその人は、小さな少年を紹介してくれました。何年か先に会う時の為に、女の子は見つからないように陰から少年をそっと見ました。

 とっても聡明で優しそうな子で、女の子は何年か先が待ち遠しくなりました。

 でも再会したとき、少年はすねた人になっていました。

 女の子は悲しく思いました。でも、すぐに嬉しくなりました。

 少年が、優しさを忘れていないと知ったからです。

 女の子は少年の成長が楽しみになり、毎日が楽しくなりましたとさ。




「……おしまい。どう、良いお話でしょう?」


 クローノは目を見張り、息を止めてアーシアを見つめた。


「アーシア………まさか、その女の子って……」


 アーシアの人差し指が、クローノの唇に置かれた。


「二年前、【わたしには野望がある。すごい野望よ、お金をためて普通の女の子として幸せになるの】と言ったら、あなたは笑いもせず、いきなり勉強しだして出世して、大きな、お金になる仕事をたくさん取ってきてくれたわね。……嬉しかったわ。だから、自信を持ちなさいよ」


 アーシアが笑う。いまだにこの笑顔を自分の前でしか見せてくれていないと知った時、どれほど誇らしく嬉しかったか。思い出す。


「……………」


 クローノは何も言わなかった。言えなかった。何か言わなければいけないはずなのに! クローノは、自分の経験値の無さに死ぬほど腹が立った。

 何度悔しい思いをすれば追いつけるのだろう?


「……君が帰るまでにもっと出世しておきますよ。だから無理しないで行ってきて下さい。気を、つけて……」


 それしか言えなかった。後で久しぶりに棍の通し稽古でもしようと思った。

 汗を流さなければ他から流れてしまうから。

 アーシアを見ると、そんな事分かってるとでも言うように、また笑った。

 いい笑顔だった。



       ◆  ◆  ◆



 【現在(N.C. 500年)】



 大神官の椅子に、二十歳になるかならないかの若い神官が座っていた。

 長い金髪を垂らし、額に飾りを付けている。晴れた空の奥のような瞳の色は、街娘たちに人気のようだ。

 滑るような音を立て、羽ペンを使って書類を書いている。

 その時、机の上の手鏡が淡く光り始めた。手に取る。

 向かい合った鏡と顔が、薄い緑の光に彩られる。


「………成程、分かりました。そうですか、アリアム王が幽閉、ね。こちらも手を考えておきましょう。それにしても、そちらの国は混乱しているようですね。あなたは、大丈夫ですか? アリアム王からあなたの事が漏れたら……。あまり、心配させないで下さいよ。お願いですから気をつけて、アーシア」


 手鏡の緑色の光が薄く消える。クロ-ノはそれを机の上に戻した。

 ペンを置き考えに更ける。と、誰かが部屋のドアをノックする音がした。


「大神官様、神官長様がお呼びです。会議室までお越しください」


 若い、今年卒業の見習い神官の声だ。

 神官長、という響きに少しだけ胸が痛い。そうだ、あの優しい老人もういない。あれから更に3年も経ったなど、忙しくてあまり実感が湧いてこない。


(改正されたこの国の機能は、順調ですよ、父さん)

「分かりました。こちらもお話することがあります。すぐに行くとお伝え下さい」


 クローノは今受けた最新の報告を携えて、部屋の外へと歩き出した。




 静かに時が流れていた。この先、世界を揺るがす出来事が起こるなど、誰にも予想もつかない程に。

 中庭の温室のベンチには、あのいつかの日と同じ様に、小鳥が一羽とまって、休んでいた。



挿絵(By みてみん)


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