第五章 クローノ (転) 2
二人が指定の場所に着いた時、指定の時刻の鐘が鳴っていた。
街を出てすぐの林。その中に広がる、首都の中央広場ほどもある空地。
そこにはすでに、覆面の男が先に来て待っていた。
「遅かったな。待ち合わせは、15分前に来るのが常識ではないかね」
「そんな覆面をつけてる人に言われたくない言葉ですね」
クロ-ノは辺りを見回す。
「で、アベルはどこです?」
「後ろにおるよ」
その言葉とともに大柄な少年が木陰から姿を見せた。同時に、覆面男が少し下がる。
「アベル………」
立ち止まったアベルはわずかな時間目をつむり、全てをふっきるように目を開ける。
「久しぶりだな、クロ-ノ」
「挨拶はいいよ。アベル……何故、そんな所にいるんだい?」
少し硬い声でクローノが訊く。二人の少年が黙ったまま、しばらく静かに見詰め合った。
「俺のこと、捜してくれたんだってな。そいつは悪かった。お前の貴重な時間を使わせちまったな」
「そんな事はどうでもいいんだ。それより、質問の答えがまだだよ、アベル」
静かに食い下がる親友に、少年は大げさにため息をつく。
「知ってるくせに訊くなよ。聞いたんだろ? じ-さんから」
「アベル」
クロ-ノは腹に力を入れた。
「ぼくは、君に訊いてるんだよ。君の言葉で答えてよ。何故、そんな所にいる……何故だ……!」
「どうしても、言わせたいってかよ……俺に? ひでー奴だな相変わらず」
アベルはほんの僅か、一瞬だけ苦笑し2度頭を掻き、キッと鋭くクロ-ノを睨んだ。
「神殿をな、ぶっつぶす為さ! だからなクロ-ノ、邪魔しないでくれよ。お前はこのまま帰りな。そうすりゃあ、見逃してやれる。今日用があるのはそっちの姉さんの方だけだ。そして、できればそのまま街を出てくれや」
「残念ながら、それはできない相談だよ、アベル。そうして欲しいなら君も来るんだ。みすみす君にそんな事させるわけにはいかない」
親友の言葉に、クローノは小さく首を振って答えた。
「……か~~相変わらずカタイ奴だよお前は。でもな、いくらお前でも神殿が本当はどういう所か知れば、そんな事ぁ言わねえだろうさ……!」
「アベル。聞いたよぼくも。聞いたんだ、神官長さ……父さんから、全部。すべてを」
「!!」
途端にアベルの表情が険しくなる。視線を地面に落とした。
「………知って、その上で、邪魔をするってのか?」
「……そうだよ」
アベルがクロ-ノを見た。初めて見せる表情だった。
「なら、お前も敵だよクロ-ノ……。永かった俺たちの付き合いもこれまでだな」
「君を止めるよアベル。そんな事をしても、シィルは還らないんだ!」
「その名をお前が、言うなァっっ!! ……関係ない奴が、知りもしない奴が簡単な軽さで言うんじゃねぇよ、バカ野郎……っ!」
悲しそうに怒鳴り、その勢いのまま剣を抜き放つ。
「話し合いは終わったかねアベル」
覆面が前に出てきた。まるでタイミングを計ったように。
「ああ、終わったよ……たった今、な」
「結構。それではお嬢さん、お手合わせ願おうかの。アベル、二人だけのお楽しみの時間だ、頼むから邪魔を入れるでないぞ?」
「行かせねえさ。存分にやんな」
言葉と共に二人に気が充ちてゆく。共鳴しクローノたちの気も膨れ上がる。空気の中に、殺気とも闘気とも云えるものが広がりそのまま、二人ずつに分かれて向き合った。
いつの間にか虫の鳴き声までもが、完全に止まっていた。
◇ ◇ ◇
「街の外の林だ! 続けえ! 賊の首領を捕まえた者には褒美が出るぞお!」
「おおおおおおおお!」
テラスの下。ナ-ガが見下ろす視界の中、千人近い神殿兵たちが駆け抜けていく。予想以上の結果だ。
「フン、隊列も何もあったものではないな。精鋭が聞いて呆れる」
ナ-ガはキツイ評価を下す。
しかし、言われても仕方のないところであった。正規の兵たちが褒美に目がくらみ、訓練で受けたことなどすべて忘れて走ってゆくのだ。バラバラに。
ここ50年の間小競り合いすら経験のない国では、仕方のないことなのかもしれない。 だがこれで、現在首都にいる兵の大半が出ていってしまったことになる。
賊の首領とはいえ、たった一人を捕まえるためだけに……。
「これがこの国の現状であり実態だ。無能な国は、より有能な国に支配されるべきなのだ。そう、無能な国が大きな力を持つこと自体が間違いなのだよ。そして………」
片手を挙げる。合図と共に、神殿の兵ではない者たちが隠れた場所から湧いてくる。
ナ-ガは、わずか20名足らずのその者たちを連れて、<ラマ>の部屋に向かって歩き出した。
「古代種の血筋など、……滅んでしまえばよいのだ……!」
この国を実質的に治める老人の元へ進みながら、ナ-ガはその顔に、凄絶な笑みを浮かべていた。
◇ ◇ ◇
アベルの体越しにア-シアが闘っているのが見える。
クロ-ノとアベルは膠着状態に陥っていた。お互いの武器、長棍と剣を噛み合せ、全力で押し合っている。
「……アベル、戻ってくるんだ。父さんも心配していた。もう一度、父さんと話してみてくれ、頼むっ」
フッと、刹那だけアベルの表情が緩んだ気がした。
「……そうか、やっと父さんと呼べるようになったんだな。でももう遅い……。知ってたかクロ-ノ? 神官戦士やスカウトの採用条件にな、身寄りがない、ってのがあるらしいぜ。俺は知らなかったんだが。何故かな? なんでそんなことが条件なんだと思う? ははっクロ-ノ、残念だな。お前も正式に養子になる前なら、神官戦士になれてたってことだよな……」
互いに全力で押し合いながら、会話だけが止まらない。
「アベル……こっちに来るんだ! 帰ろう、一緒に!」
「なあ、お前こそ、なんでそっちにいるんだ? なあ、何でこっちにいないんだよお前は、なあ、クローノ!?」
グッ! アベルの押す力が増した。わずかにアベルの方が優勢になる。クロ-ノは軽く腰を落とす。
「帰ろうよ、頼む、よ。アベル……」
「………。新官長、寝込んでるってな」
「……ああ」
「やったの俺だぜ。そう言ったらお前、どうする?」
「っ! アベル……やっぱり君が……!」
「ああ俺が突き飛ばした! 突き飛ばしてやったぜ? さあ、どうする!? それでもお前は俺に手を差し伸べられるのかっ、言ってみろクロ-ノ!!」
アベルの絶叫が木霊した。
(クロ-ノ……!)
ア-シアは唇の奥を噛む。クロ-ノは苦戦しているようだ。
駆けつけたい。だが、目の前の敵がそれを許してはくれないのだ。
「どうしたね、注意がそれているぞ!」
「くっ」
変幻自在に繰り出される剣先を何とか避ける。短剣とは思えない広い間合だ。ときおり見えないほど細い針や糸が混ぜられて飛んでくる。アーシアでなければ、とうにダガーの影に隠れた針にやられてしまっていただろう。だが、
(この間より確実に早い! 手加減がまるきり感じられないわ。本気、だということね)
対等の相手と思われているのならある意味光栄だけれど。
(兎を倒すにも全力を尽くす。……というより、この間のことで屈辱的にプライドが傷ついた、ということなのかしらね)
厄介極まりないことだった。
金属の打ち合う音。なんとか全ての攻撃を捌く。が、ギリギリだ。
「フム、本当にどうしたのだね? これではせっかく出向いた甲斐がないではないか」
心底残念そうにため息をつかれた。
(勝手なことを言わないでほしいわ!)
そう思うが、ア-シアも口では負けずに言い返す。
「そうかしら。今程度が実力だとしたら、そんな大きな態度よくとれるわね。全力で私と拮抗している程度なんて、恥ずかしいとは思わないのかしら?」
覆面男の顔が歓喜に歪む。
「フフ面白い、それでこそだ、そうでなくてはわざわざ出向いた甲斐が無いというものじゃ。では、70%でいかせてもらおうかのぉ、せいぜい長く楽しませてほしいものだの!」
(っ! 今までよりさらに速くなった! こ、これで、70%、なの!?)
間断なく繰り出される死の刃。本当に、まったく他所見の余裕すらなくなっていた。
「どうした! 何も言えないのかよ!」
こちらでは、クロ-ノがとうとう力負けして、片膝を地面につけていた。
「……と、父さんは、それでも君を、救えと言ったよ。君は迷っているだけだって。まだ、間に合うからって……」
「なんだそりゃあ! そっちこそ自分の言葉で話せよ!」
「ぼくもそう思う!!」
クロ-ノが押し返した。膝が地面から離れていく。
「馬鹿にするなよアベル。ぼくはもう君の知ってるぼくじゃない! ぼくは誰かに言われたからではなく、自分の心のままにここに居るんだ!」
「くっ」
押し返し、クロ-ノは均衡した状態にまで、戻した。
「ぼくは君を救ってみせるぞ、アベル!」
「救うとか言うな気色悪ぃいい!」
チィイィイイイン、ザザッッ! 互いに強く相手を押し、飛び離れた。
「『救う』が嫌なら『助ける』だ! 呼び方なんかどうでもいい、絶対にこっち側に引き戻す!!」
「やれるもんならやってみろ! お前なんかにできるもんか!!」
「アベル──────!!」
「クロ-ノォォォォォォォ!!」
キンッキンッキンッ、ガキィィィン!!
ぐぐん。拮抗しまた力比べの状態に戻る。
幾度も幾度も同じことを繰り返し、そして二人の少年はもう一度にらみ合った。
「……こんなものかの、やはり」
「……ハアハア………ハア……………」
ア-シアは傷だらけになっていた。既に立っているのがやっとに見える。
「やはりこの程度のものであったか。ならばもうこれ以上引き延ばす意味も無いようだ。次で決めさせてもらうとするかの。100%でな」
ア-シアが構える。
「コオォオオォォォォォォ」
覆面、ジニアスは独特の息吹き(呼吸法 )を紡ぎ始めた。それにしたがって筋肉がどんどんと膨れてゆく。休んでいる筋肉繊維のひとつひとつが働き出す。
筋肉の量は変わらないはずなのに、ジニアスの体が1.5倍に膨れた気がした。
「征くぞ」
蹴り出した軸足で地面が爆散する。
剣先が躱す間もなくア-シアの頭上に落ちる!
(獲った!)
そう確信した瞬間、ジニアスの足下が爆発した。
「何っ!」
何とか後ろへ跳んで直撃を避けた。が。
(いつの間にトラップ(罠)を……!? ム、しまった、何処へ行った?)
爆発の土煙で視界が閉ざされる。
(これが狙いか……。だが、残念だったな。それがどうした、意味が無いわ。わしは目をつむっていても気配で相手の位置が読めるのだよ!)
しかし、すぐに目を開ける。驚愕を映す瞳が覆面から覗く。
(……バカな!! 小娘の気配が全く無い!)
平和な国で唯一の歴戦の勇士が、パニックに陥っていた。
(ど、何処だ! クソッそんな馬鹿なことがあるものか! 気配を消したとしても完全に絶てるわけではないのだぞ! 生きていれば必ず生まれる静電気や磁力波、脳波、心臓や内蔵の音、血流音や筋肉の収縮音、動かすときの体や布の風切り音。それらすべてを総合したものが【気配】と呼ばれるものなのじゃ! それをすべて消すなど! そんな真似、人間にできるわけが……まさかっ!)
ザクッ・・・・・
(え?)
一瞬の呆けの空白ののち、叫びだしたい程の痛みが体を襲う。
見ると、脇腹から、背中側から刺された相手の短剣が斜めに飛び出したところだった。
(賭だったけど……なんとか、上手くいったようね……)
刺さった場所から手ごたえが伝わってきた。致命傷ではない。だがかなりのダメ-ジを与えたことは確かだ。
「バカな……ま、まさか、その技は……海の向こう、東の大陸に伝わるという、【気断】!! な、なぜお前のような小娘が………」
男の動揺が筋肉から直接伝わってくる。ア-シアは剣を抜きながら、できるだけ余裕を見せつけるようにして、薄く笑った。
「ごめんなさいね……小娘じゃないのよわたし。残念ながら」
余裕は嘘だ。だけど、後は本当のことだった。
(本当に、残念だけれど……ね)
よろよろと、男が後じさる。
「な? それは一体どういうこ………」
「今だ───!! 続けえええええええ!!」
傷を押さえ、片手でダガ-を構えながら覆面が疑問を投げかけた正にその瞬間!
神殿兵の大群が広場に雪崩れ込み、溢れ出していた。
「な、なんだコイツ等!」
「神殿兵!? なんでこんな所に……!?」
女とジニアスの闘っている場所で爆発があったのは見えていた。その土煙が晴れる間に、その中でどちらかが傷を負ったのも分かった。
しかし、そのすぐ後に神殿兵の群れが押し寄せたのは……あまりに異常な出来事だった。この辺りは民家もなく、街道からも外れているというのに。
しかも闘いが始まって、まだ30分くらいしか経っていないのだ!
(なぜだ! まるで、ここで闘いがあることを予め知っていたかのように……。一体誰が……)
「まさか!!」
アベルの体に電撃が走った。
「アーシア────!」
何十人もが入り乱れる場所に走ってゆくクロ-ノを、追いかけることもできない。
アベルの脳裏には、どう考えても、当てはまる人物は一人しか思い浮かばなかった。
「アーシア─────!!」
アベルに背を向けて駆け出す。アベルには悪いが優先順位はこちらが上だ。背中から斬られるとかそういうことは欠片も浮かばなかった。たどり着くのが先決だった。
「アーシア───! アーシア、アーシア! うわ、何をするちくしょおぉぉ!」
神殿兵をかき分けて中心に近づいていたクロ-ノは、後ろから羽交い締めにされ止められる。思い切り暴れた。しかし何人もの手で体と足もつかまれ、後ろに引き摺り下ろされる。武器も取られた。いくら免許皆伝といえど素手で、屈強の大人何人もとでは力が違い過ぎだった。
そのまま隊長の所まで連れていかれる。そこには、樽のような丸い男が立っていた。
「クロ-ノ殿だな。済まないがしばらくここに居てもらおう。賊の二人を捕らえるまではな。はひっ」
男の前で両脇を担がれたクローノは、視線に怒気を込めて睨みつけた。
「………どういう事なのか、説明してもらえるんでしょうね……?」
テントで食事なのか、大量の料理に舌鼓を打っている男。くちゃくちゃ音をさせている目の前の男に、クローノは怒りを通り越した何かを感じていた。
(皆が忙しく働いているさなかだというのに───)
半分吊るされた少年を絡みつくような視線でねめつけて、もも肉にかじりついている男は薄気味悪い笑顔で答えた。
「ぐふははは、この場所で、今聖都を騒がせている賊の首領が君たちと決闘しているというタレ込みがあったのだ。何処の誰だか知らないが礼を言いたいくらいだよ。くひっ。これで俺様は一介の隊長からやっと出世できる! 二階級特進かもな! ぶひっ」
「そんな……そんな事のために決闘に割り込んだのかあなたは! 生命を賭けた決闘に!!」
「決闘? 生命を賭けた? わは、馬鹿じゃないのかね君は。おい、お前たちも笑え」
周りの神殿兵たちも笑い出す。笑い声が合唱のように響いた。
「あなたたち、は………あなたたちはっ!」
「なんでそんなアホな事に命を賭けなければならんのかね? 理解したくもないな。ま、いい。君にも後で聞きたいこともある。これほど大事な件をどうして上に知らせず独断で動いたか、とかな。手荒なことはしたくない、が、兵舎までつきあってもらうぞ。ぐふっ」
「くっ!!」
その時後ろの方が騒がしくなった。
「アーシアっ!!」
振り向いたクローノは驚いた。両側から腕を捕られぐったりとしたアーシアが、クローノの側に投げ出されたのだ! そのきめ細かい肌には、服の無い部分だけでも、どう見ても剣の傷ではない青あざが大きく3つも見えていた。
「アーシア! アーシアっ! あ、あなたたちという人は……! それでもルシアの教えを受けた民なのか! それでも……ぅぐっ!!」
アーシアを連れてきた神殿兵に詰め寄ったクローノは、顔を殴られもんどりうった。
「へっ、抵抗するからそうなるんだよっ。素直についてくりゃいいもんをよお」
「ダメだ馬鹿者。顔は止めるんだ、後々面倒だからな。腹にしとけ、こんな風にな。ぶひひ」
テントの床から睨み付ける視線の先に、大きな蹴りが迫っていた。
何度も腹を蹴られたクロ-ノは、「賊共を取り逃がしました!」、「何だと! 捜せえ! 見つけるまで帰ってくるな!」という言葉を聞きながら、気を失った。
◇ ◇ ◇
はあはあ。息が上がる。聞こえるのは自分の息づかいと、血管を流れる血の音だけだ。
(さっき刺されたのが、致命的だったようだの……)
いつもなら、100人くらいに囲まれても難なく逃げられる自信があった。
しかし、脇腹に穴が開いた状態でそれをやるのは、さすがに無理があったようだ。逃げきるために、さらに多くの傷を負ってしまっていた。これでは、しばらく満足に動くこともできそうにない。
(捕まっても、その日のうちに殺されるわけではない。ならば、わざと捕まって回復を待つのも手、であったか……)
だが。
(まだ死なん……まだ、死ねん、死ぬわけにはいかんのだ。ナーガ様の所へ帰らねば……)
そう考えたジニアスは、周りの空気が変わっているのに気付いた。質の違い……殺気!
(囲まれている、か)
「どなた方かは知らんが、用があるなら、出てきたらどうだね」
そう言うと、周りの木陰から紺色の青装束に包まれた人間が10人ほど現れた。
「どの様な、ご用かのぅ?」
皆、長剣と短剣の中間の長さの剣を構えている。神殿兵ではないようだ。
その中の一人が前に出て話し出した。多分、隊長かなにかだろう。
「あなたにナ-ガ殿から伝言があります」
「…………」
ここに至って、ジニアスにも今回のカラクリが読めた。
(そういう、ことでしたか)
「【今までご苦労だった。よく役に立ってくれた。疲れたろうから、もう休むといい】だそうですよ」
「…………」
かちゃり。誰かの剣が動いて鳴った。
「何か言い残すことはおありですか?」
ジニアスは静かに佇み、目をつむる。
「……そうですな。では、【ナ-ガ様はお体が人より弱い所がありますのでな。お気をつけ下さい。それと、できうるなら神殿が潰れる結果をこの目で見てみたかったですが、仕方ありませんな。成功を祈っております。できることなら最後までお気を抜かないよう。そして、死体が必要ならわしだけで、部下は見逃して頂きたい】と。お伝え、お願いできますかな」
「承知いたしました。それだけですか?」
「そう、ですな。最後に一つ。【わしは貴方を、不遜ながら、友と思っていた】と。嫌がられなければよいのですがの」
覆面を取ってジニアスが笑う。その相貌は、クロ-ノと同じ、金髪蒼眼を持っていた。
しばし見合った後、男が命令を下す。ジニアスは静かに目を閉じた。
「では、会ったばかりで難ですが。さようなら」
ザクザクザクザクザクザクザクザクザクッ!
その異様な音に驚いて、梢の鳥たちが逃げていった。
謎の男たちは去っていった。
後には、顔以外ズタボロに切り刻まれた、一人の男の亡骸だけが横たわっていた。
アベルには信じられなかった。死んだパ-トナ-の分まで生きると言っていた男の亡骸が足元にあった。
隠れて見ていても出てこなかったのは、あれだけの人数に敵いそうもなかったのも確かにあったが。だが、ジニアスが抵抗するだろう、そう思っていたからだ。
そうしたら手伝おうと思っていた。
いくら怪我をしていても、彼なら何とかなったはずだ。そこへ自分が助っ人に入れば尚更だ。だが、実際にはそうはならなかった。
彼は何の抵抗もせずに、死んだ。
「………なんでだよ」
アベルは我慢できずに口を開いた。
「なんでだよ! アンタ言ってたじゃないか、生きるって! 時に忘れられないようにって、時が忘れられないようにしてやるって、言ってたじゃないか!! なんで、だよ……なんでだよォォ!!」
雨が降りだした。動かないアベルの体が濡れていく。
それでもアベルは動かない。
なかなか本降りにならない雨で、それでも服の隅々まで水が染み込んだ頃、ようやくアベルは顔を上げた。
木立の向こうまで神殿兵の鎧の音が迫っていた。
「ナァァァァァァァァァガァァァァァァァァァァアァァ!!!!!!」
天に叫び、アベルは落ちていた飛針とダガ-を拾い、神殿に向かって走り出した。




