第四章 ファング (転結)
雷月(1月)、1日、7:00
作戦、開始。
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雷月、1日、19:32
作戦…………■了………。指令、デッド・オア・アライブ……遂行……。
タ-ゲット……船長の■死、不明……。
ばかやろうだよ……アンタ…………! ■かやろう……!
雷月、2日、未明
惑星軌道上に帰還。
眠れない。ようやくあれから半日がたった。
昨日、まず月基地に突入したあたし達は、敵ロ■ット群の中、サブ■■ピュ-タ-室を目指した。
たどり着くまでに、船に残した■■子を除いた仲間のうち、半数が負傷した。それでも何と■■■■着いたあたし達は、直通■送で船■を説得しようとした。何度も呼■か■た。何度も。でも、あの人は、答えてくれなかった。一言も……。
むなしい呼■■けが一時間近く続い■。
■■後、次の作戦に入るのをた■らうあたし達に、新たなロボット兵が襲いかかった。
激■■った。仲■から死■が出■かっ■■が不思議なくらいだった。でも、終わった時、5人が手足の幾■かを無くし、6人にすぐ■■も輸血が必要だった。
戦いのさなか、負傷■は置いていくしかなかった。帰りに必ず迎えに来ると約束して。新たな約束……これでまた、みんな死ねなくなった。
あたしは、サブシ■■ムを介してメ■■システムに侵入し、それらを凍結させることに成功した。
そしてあたし達は辛くも脱出した。
だが、凍結前に命令■コマンドされた機械どもは、今でもあたし達を追いかけているはずだ……。
あた■達は今、帰ろうとしている。負傷した仲間は全員、冷凍睡眠装置に入っている。幸いみんな命に別条はない。
手加減、してくれたのだろうか? もしかしたらあの人は………。
判らないし、解らない。
それに、■の人の生死もまた、解らないままだ。
雷月、2日、9:30。
何故? 何故?! 何故!?
悲鳴、絶叫、悲嘆、号泣、そして、涙。
地上で、同時■3つの超核兵器と時空■雷が爆発し……た…………。何故かは解らない……作戦は成功したはずなのに!
ただ、爆発した光だけが、大気圏の外からもはっきりと見えた。どちらの政府との連絡もつかなかった。海が一瞬で半分消え、山がいくつも無くなって、新たな谷がいくつも■きた。底の見えない穴からは、マグマと放射能があとからあとから泉のように湧き出していた。
一瞬で地上は地獄絵図に変わっちまった。星から人が消えたと思った……っ!!
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世界が終■った日。
あたし達は地上へと降■ていく。
月基地からの最後の力で操ら■た自動航空部隊が、下で待ち構■■いるようだ。
でも、あたし達は、母なる星へ降りていく。
あたし達の故郷は、あそこだから。
あそこに、あるから………。
時空爆雷と超核兵器が同時に爆発したその場所で、あたし達は眠りにつくことにした。
この辺りはきっと、1000年経っても■万年経っても草一本生えないだろう。けれど、この船の外では電子機械も動かないから、そうい■意味ではあたし達は安全だ。敵の機■体もまた、ここ■■動きを止める。最低でも……そう、数百年は。
いつかまた、目覚■■まで。
あたし達も眠りにつ■う。人類がまだしぶとく星に■■みついていると、信じて。
もう、他のみん■■眠った。
あたしも……すぐに。
最後に、船長………あん■へ。
あたしは、あんたのこと、嫌いじゃなかったよ。はは、知らなかったろ。
それだけ。………………おやす■■■い。
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◆ ◆ ◆
ぱたん。
コ-ルヌイは手帳を閉じる。
軽く閉じただけなのに、手帳の角が欠けて大粒の粉に変わり、舞った。
(これが書かれた時から、それだけの年月が過ぎたということか……)
何故だろう。百戦練磨の彼が、目頭を押さえた。
会ったこともないこの船の乗員たち。遥かな過去の人々。
彼らの魂の一部が、この手記に宿っている気がした。
ふと顔を上げる。
(そう言えば、最後の部分に、彼らはこの船の中で眠りにつくと書いてあった。なら、まだこの中の何処かで眠っているのだろうか? いつか、起きるその時まで?)
そこまで考えて、コ-ルヌイは激しい混乱に陥った。頭に手をつく。
(ちょっと待て。ならあのおかしな虫どもは何だ!? 何故入口が開いているんだ!?おかしいではないか! この手帳がここにあるということは、彼らはこの後起きてきていないという事だ。そのはずだ。それに、生き物がいないはずのこの地で、虫、だとッ?……まさか、先程の虫でいっぱいだった円柱の中にいた者たちは……!!? まさか!!)
カサリ。
背後から明確な音がして、神速で立ち上がり振り向く。
油断、だった。壁から背を離し、入り口の監視を怠っていた。
「ぐあぁっ!」
二の腕に激痛がしてふりほどく。ぽとり。今考えていた蟲……いや、先ほどよりもさらに二回りは大きい腕ほどもある不気味な蟲が、噛み切った彼の肉とともに床に落ちた。
むしゃむしゃ……。
「ピキィィ……」
ぐしゃっ。急いで頭を踏みつぶす。だが。
「ピキィ」「ぴきぃ」「ピキィぃィ」「ぴキキピィィ」
いつの間にか無数の鳴き声に囲まれていた! ドアの外、何匹もの人の太腿くらいありそうな巨大な蟲が、鋭い牙のある口で鳴きながらドアの中へ、彼のほうへと動き始めていた!
刹那。
ド ン ッ ッ ッ ッ ッ !!!
吹き上がった炎が金属の床をなめる。黒い煙が宇宙船の通路に充満する。
その炎の中から表情を凍らせたコ-ルヌイが飛び出して転がった。爆雷を至近距離で爆発させたのだ。しばらく耳が痛いだろう。だがこれで、あの耳障りな鳴き声を聞かなくて済むかと思えた……が。
すぐに小さくなる炎の向こうから、あの嫌な鳴き声も多重音声で追って来た。厚みのありすぎる多重音が骨伝道で体内を通り抜け聞こえてくる。
……物量の差がありすぎた。
(くそっ! 手持ちの火薬玉すべてを費やしても、燃えるものが何もなければこんなものか!)
コ-ルヌイは、振り返りもせずに出口へ向かって走り出した。どこかに何度も体をぶつける。だが、気にしない。体の傷を気にしている余裕はありえなかった。
全力だった。
ぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽた。
通路の両側から同じ大きさのものがどんどん落ちてくる。通風口も同様だ。
コ-ルヌイはもはや、そんなものをチラとすら見ないで走り続ける。
見ないでも解った。
(今立ち止まったら、死ぬ!)
さっき閉めたはずのドアが動いて開き出すのが見える。さっきまで開きそうもなかった他の扉まで動き出す!
いきなり襲いかかられた(しかも今まで襲われなかった)理由を疑問に思う暇もない。
(もうすぐあの入口だ!)
薄暗い影の向こうの真っ白く明るい景色、外が見えた。瞬間。どぼぼぼぼぼぼ!頭の上にやつらがまとめて落ちてきた。激痛! 腕と太ももと、さらに人間の胴体と同じ大きさの蟲が自分の背中に集っていた。
「ぐおおおおおっ!」
食い破られた皮膚ごと虫を引きはがし、前方に転がって走りながら投げ捨てる。その間も一瞬も止まらない。たどり着いた。出口だ。目の前の穴に飛び込む。
コ-ルヌイはようやく外に出られた。
だが、止まらない。安堵するには早すぎる。走り続ける。まだ後ろにいる。めきめきめき。何かが壊れる寸前の音。そして、
ズ ド ォ ォ ォ ォ ォ ン ! !
背中に吹きつける爆風と熱。バラバラと土くれが降りかかる。
なぜあれ程の蟲がいたのか。なぜこれまでこの様な代物が発見すらされていなかったのか。なぜいきなり今、このタイミングで爆発飛散しているのか。全てが謎で、全ては謎のままと終わってしまった。少しだけ悔しくて唇を噛む。だが、それだけだ。未練はない。切り替えろ。
彼は、振り返らなかった。それが至極賢明だった。
◇ ◇ ◇
走る走る、走る。薄暗い影の中、クレ-タ-の縁へ向かって駆け上がる!
(ハァ………ハァ……)
さしものコ-ルヌイの息も乱れる。それほど彼ですら、動転していた。
それでも、さっきよりは幾分かマシになったようだ。
コ-ルヌイは、2時間前に滑り降りた垂直に近い壁を駆け上がった。
百m近い高さのほぼ90度の壁を十秒足らず。普通の人間の平らな地面での記録と同じようなタイムだ。彼にとっても自己ベストだったが、気にしている余裕はなかった。
(そうだ、あの少年は……?)
少年を起こさなくてはならない!
見回すと、駆け上がった所から少し離れた場所に、さっきもたれかけさせたそのままの姿で横になっているのが見えた。
「少年! 起きろ、起きるんだ!」
近づきながら叫ぶ。だが、まだ遠くて聞こえないのか、少年は起きる気配がない。
さらに何か叫ぼうとした時、コ-ルヌイは異変に気付いた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
(地震!!? こんな辺境……陸地の奥でか!?)
地面がうねっている。コ-ルヌイは自分の真下に何かを感じて土を蹴った。後ろに跳ぶ。何度も跳ぶ! 一蹴りで5メ-トル以上の距離を何度もとる。そして、そいつが現れた。
ド ガ ァ ッ ! !
岩のように固くなった金属土を破壊して現れたのは、ミミズにハサミ虫の頭とハサミをくっつけた様な生物だった。さっきの虫と同じタイプだ。だがその巨大さは!
(馬鹿な! ここに生き物はいないはずだ! 一体何を食べてこんな巨大な……いや、そんな事はどうでもいい。そんな事より、こんな生物が自然に存在するはずがない!!)
ほとんど真下から見上げているコ-ルヌイは、軽い目まいを感じながら、気付かれないように息をひそめた。その時、先ほどの少年が小さく身動きした!
(馬鹿者!!)
心が騒いだ。なぜだろう。最初は見捨てようとしたというのに。このまま奴が向こうへ行ってくれれば、自分は逃げられるかもしれないというのに!
怪物が少年に近づいてゆく。少年はあの後ピクリとも動かない。私は……私は……!
(不合理だ!)
心とは裏腹に、コ-ルヌイは少年の方へと駆け出していた。
怪物が鎌首をもたげる! 全長10m近い! 基本ハサミのついたミミズなのに、節足部分だけはムカデのようだ。
「(あの質量にあんな高さから襲いかかられたら………!)少年! 起きろォォォ!!」
走りながら何度も叫ぶ。が、間に合わない!
怪物のあごが落ちる!
「起 き ん か 馬 鹿 者 ---っっ!!」
寸前、少年は目覚めた。だが、
ズ ド オ ォ ン !
「おのれ……おのれ---っ!!!」
土煙が舞う。あの超重量の尻尾に潰されたのだ。とても無事とは思えない。
(クッ、カタキは、取ってやるぞ少年!)
湧き上がる怒りに覚悟を決めた。
ィイイイイイィイィイィ
直後、いきなりその場所からまぶしい光と音が発生した。怪物の凄まじい悲鳴と共に。コールヌイも耳を押さえる、そして見た。
「馬鹿な!」
どしゃどしゃと降りかかる大量の土クズをすかして、コ-ルヌイは信じられないものを見て目を見張る。
それは。
胴体の半ばから二つに破裂した怪物と、その家ほどもある上半分を素手で持ち上げている少年の姿。しかも片手だ。
そしてその周りを球形に取り巻いている、金と銀の入り混じった、青白い光!
(あれはっ、あの光はあの時と同じ……!)
ゆっくりと少年のまぶたが開く。
少年はコ-ルヌイに顔を向けにこっ、と満面の笑顔で笑いかけ、持ちあげていたものを投げ捨てるとその場に倒れた。
直後、すべてを轟かす振動をくぐり抜け、少年の下に一つの影が走り寄っていった。
◆ ◆ ◆
目を覚ますといい匂いがした。夜だ。周りには何もない景色が広がっている。体には、かけた覚えのない毛布がかかっていた。
頭が、痛い。額に手をやり、つい反射的に頭を振りそうになって、うめく。
(……? ……僕はここで、いったい何をしていたんだろう?)
何もかもまるで思い出せない。
「目が覚めたか」
匂いのする方から声が聞こえた。
夜の闇の中で、全身に黒い布を巻きフ-ドを被った人が干し肉を切り分けている。
「えっと……おじさんは誰、なの? 僕は、一体……」
「覚えていないのか?」
聞かれて、その通りなので頷く。
「ふむ。では、名前は覚えているか?」
懸命に考えた。だけど、どうしても思い出せない。
「分からない……どうして僕は……こんな所に……? それに名前まで……イタッ」
頭が痛くて両側を手のひらで押さえる。
途方にくれた。何をしていたかだけじゃなく、名前まで出てこないなんて!
僕は、僕は一体何者なんだ?!
「記憶喪失か。まあ、気にするな。そのうち思い出すだろう。今は、食っておけ」
見知らぬおじさんは、ついと干し肉を差し出した。
「どうした? 毒など入っておらんぞ」
そう言って自分の分を食べ出したので、僕は「ありがとう」と呟いて受け取った。
かぶりつく。美味しかった。お腹は減ってないつもりだったのに、一口食べた途端、突然空腹が襲ってきた。がつがつと胃袋に放り込む。
一体いつから食べてなかったんだろう? 何か生まれて初めて食べるみたいに、いくらでも入る気がする。
あまりにもお腹が空いていたので、もらった分をすぐに詰め込んでしまった僕は、チラチラとおじさんの手元を見た。
「あっ」
目が合ってしまい、顔が赤くなる。うわっ意地汚い! だけど、身体は正直だった。
ぐうぅううぅぅぅううぅうう
頭を抱えたくなった。胃袋の馬鹿!
「もっと欲しいのか? むう、それでは……半分だぞ」
そう言って自分の分をちぎってくれた。このおじさん、いや、失礼だな。このひとは、いい人のような気がする! うん、きっとそうだ。
僕はまた、「ありがとう」と言って受け取った。がつがつがつ。
ようやくお腹が一杯になって、まだお礼を言っていないことに気がつく。
「あの、助けてくれたんですよね。ありがとうございます、おじさん! あっじゃなくて、その、えぇっと、あなたの名前を聞いても、いいですか?」
「コ-ルヌイ」
そっけない返事が返ってきた。教えてくれないかと思ったので嬉しかった。
でも正直、変な名前、と思った。口には出さなかったけど。
次は、コ-ルヌイさんが先に口を開いた。
「君はこれから、どうする?」
困惑する。いきなりそんなこと言われてもなあ。どうしよう、考えてない。というか、ここがどこだかも知らないのに、考えようがあるのだろうか?
「分かりません。僕は自分が何が出来るのかも、覚えていないんです」
下を見てうなだれる。
(ホント、どうしよう………)
すると、コ-ルヌイさんは意外なことを言った。
「なら、しばらくは一緒にいるか? 私も仕事の後継者が必要だと思っていたところだし、君は素質がありそうだ。だが無理強いはしない。君が私の後継者として修行してもいいというのなら、ついてくるといい」
それを聞いて、僕は一も二もなく頷いた。多分今は、この人に見捨てられたら生きていけそうになかったから。
(そうさ。修行ったって、死ぬような事をやらされるわけでもないだろうし)
この時点では、僕はまだ、自分がとんでもない選択をしたことに欠片も気付いていなかった。 だってさ、普通気付かないと思うよ……。
「そうか。なら名前が無いのは不便だな、……では今日から君をファングと呼ぼう。牙、という意味だ。修行は早速明日から始めるぞ。私の修行は厳しいから覚悟しておきなさい。ではおやすみ」
悲しいことに、僕がその言葉の意味を体で理解するのに、さして時間はかからなかった。
ほんとに、かからなかったよね……
◇ ◇ ◇
(う、うそでしょおぉぉ!!)
次の日、まだ夜明け前どころか数時間前に叩き起された僕は、言い渡された修行メニュ-を見て、頭の中が真っ白になった。というか時間が止まった気がした。
【夜明け前までに、腕立て1000回、腹筋1000回、背筋1000回、スクワット1000回、もも上げ1000回、つま先立ち1000回、股裂き10分。ストレッチも忘れずに!】
おそるおそる切り出す。
「あ、あの~」
「おおそうだ、言い忘れた」
(や、やっぱり、冗談だったんだぁ)
一瞬の安堵。しかし。
「不毛の地を抜けなければならないから、それまでは1セットずつでいい。だが、生き物のいる地帯に入ってからは3セットずつだぞ。その後は上達の具合によって1セットずつ増やしていくからそのつもりでいること。一応の目標は10セット、股裂き30分だな」
(……………………………………ウソ、でしょぉ……)
ファングがこれ以上無いって程に後悔したのは、言うまでもなかったりする。
そこへコ-ルヌイが、知ってか知らずかトドメを刺す。
「これは基礎鍛練の初歩(!)だ。これがある程度までできたら、今度は第二段階の修行に入る。ちなみに、この基礎鍛練を2時間以内に終わらせないと朝飯抜きだ」
「あ、朝飯、抜き……………!(声にならない悲鳴)」
ファングは涙目で訴える。が、コ-ルヌイはそれを無視した。
がくり!
これからしばらく、ファングが朝飯抜きになるのは確実であった。
◇ ◇ ◇
目の前で、涙を流しながらファングが彼のメニュ-に取り組んでいる。
「に、にじゅうに、……にじゅうさ、ん、……うう、にじゅうし、……グス……」
(本当に、この少年があの時バケモノを吹き飛ばしたのと同一人物なのだろうか……?)
確かに目撃したはずのコ-ルヌイにも、信じられなくなってきた。
(それに、どうやら何も覚えてないのは、本当のようだな。いろいろ訊きたかったのだが……)
最初の腕立てからすでにてこずっているファングを見ながら、コ-ルヌイは思った。
(思い出してくれるまで、そばに置いておくのが一番なのだがな)
「さんじゅう、は~ち、……さんじゅ…ククッきゅ、うう~、ううううう……ぐしゃ」
見ていられなくなって目を押さえながら。
(これは……、これからが大変だぞ……)
そう思った瞬間、指の隙間から一瞬だけ、少年がぶっ倒れてピクピク痙攣しているのが見えた。
(腕立て伏せ、たったの、39回………………………)
先は、長そうだった。
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◆ ◆ ◆
空が明るくなってきた。水たまりしかない小さなオアシスの中、コ-ルヌイは目をつむって立っている。
他には誰もいない。乾いた風が吹き抜けていく。
刹那、上方も含めた全方向から指先ほどの小針が大量に飛んできた。同時だ!
キキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキンンンンンンンンン………!!
20針を越える数をすべて跳ね返す!
ザッ! 背後に着地音。シュン! 伸ばされた腕をかわし身体をひねってナイフから逃れる。
キキンッ!
襲撃者は少年だった。二人の力が拮抗し、刃を合わせたままの膠着状態がしばらく続く。 ……ふ。絶妙なタイミングだった。
刹那、コ-ルヌイが一瞬だけわざと力を抜き、次の瞬間今度はさきほどの倍する力で押し返していた。拮抗が崩れた。
「うわぁ!」
少年は後ろに吹っ飛ばされて転がった。少しして頭を振って起き上がる。
「酷いですよ~師匠~~」
涙目で訴える。
「馬鹿者、あんな見え見えの手に引っかかる奴があるか。ついでに言えばだ。ただ投げ針を投げただけで安心して後ろから襲うなど、馬鹿正直もいいところだぞ馬鹿者」
「ししょー馬鹿者言い過ぎです――――……」
それを聞いて少年、ファングはふて腐れる。
「ちぇ-。いいトコついたと思ったんだけどなぁ」
地面にのの字。すねる弟子についコールヌイの表情もしばし緩む。
(まあな。最初に会った頃と比べれば雲泥の差だ。それを言うとつけあがるから言わないがな)
「それより食べ物は集まったのか?」
悟られる前に、引き締めて師匠面で厳しく訊く。メリハリは大事なものだ。
それを聞いてファングは泣き止み立ち上がると、にっこりと笑って袋を差し出した。
立ち直りが早いのは良いことだ。
「そうなんです師匠、見てくださいコレ! 砂漠トカゲにガラガラヘビ。みんな丸々太ってるでしょ-! スゴイでしょスゴイでしょスゴイでしょ、ね――――?!」
……前言撤回。立ち直りが早すぎるのは困りものかもしれない。
「あ-すごいすごい。では料理にとりかかるか」
適当にあしらい火を燃やし、獲物の皮を剥いて火にくべる。手馴れている。二年の間にコールヌイも、少年の扱いに長けてきたらしい。
「ねえ師匠、明日はどこに行くんですか?」
「ふむ、実はな。ちょうどここから歩いて一日のところに、お前に会う前に一度だけ立ち寄った村がある。明日はそこに泊めてもらおう。大きな泉もある。水浴びをさせてもらえるかもしれんぞ」
「ええっ本当ですか! やったあ!! もう汗も出ないほど砂だらけで気持ち悪かったんですよぉ、僕」
少年の表情が輝いていた。この先に待ち受ける、真実と苦悩を予想することすらなく。
いつか、思い出すだろうか。気づくだろうか。この二年の苦行のような修行の時が、とても大切な思い出になるのだということに。
いつか……とても、とても大切な……。
二人の旅人がいる。その一人はコ-ルヌイ。彼は旅立ったアルヘナ国に戻ってきていた。
二人が出会ってから、早や丸2年。時代は、新生暦500年になっていた。
物語が始まる。
すべてが絡まり、紡がれる布。機織られる世界の階。
大切な世界の音が、聞こえない耳たちに聞こえ始めた。
世界が加速する。ゆっくりだった時が回転を始める。ぎしぎしと錆びた鉄を振り落とし歯車が回り出した。
声が、聞こえた気がした。
ようやく欠片が揃う。
あと、みっつ………




