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第四章 ファング (起承)

 脱出用宇宙艇は、懐かしき母なる星の大気と濃厚な接触を始めていた。

 脱出用といっても、超長距離の旅を実現させた宇宙船の脱出艇だ。救助が期待できない中で乗員を長く生存させる為の、それなりの設備があり、大きさがあった。

 だがその大きな船体も、現在の状況には何の役にも立っていない。あまりに急激な突入に船全体がきしみ、悲鳴を上げ、船外温度が見る見る上がってゆく。針がレッドゾーンに突入する。


「副長! 何とかならないんですか!?」


「るさいっ今やってるわよ!」


 しかし、自動操縦系は既にブラックアウトし尽くしている。


(くっ、手動での減速はこれで精一杯みたいだね……)


 初老、と呼んでは失礼だろうか。堕ちゆく宇宙艇の操縦席。小柄ながら引き締まった体をした、芯の強そうな女性がひとり、操縦桿を握っていた。周りには、女性の部下なのだろう。大勢のクルーがぎゅうぎゅう詰めで見守っている。

 誰一人として、五体満足な人間はいない。皆、一様に体中を包帯で包んでいる。


「………母さん。僕たち、死んじゃうのかな……?」


 彼女を含めて総勢十余名、20に少し足りない位か。その中でただ一人の青年になりかけの少年が、心配そうに彼女に訊いてくる。彼女は、叫び出しそうな心臓を何とか押し留めて、少年に笑顔を見せた。血がつながっていなくとも、それでも母さんと呼んでくれるこの子の為にも、自分だけは絶対に諦めるわけにはいかなかった。


「そんなことはさせないよ! 大丈夫、お母さんを信じなさい!」


 バチン、と音がしそうな豪快なウインク。いい笑顔を見せてやれたはずだ、女性はそう願い、信じた。


「うん……そうだよね、信じるよ! 母さんの操縦は誰よりも上手いんだから!」


 青年になりかけにしては、幼稚とも取れる言動。しかし、少年の瞳には深い知性が宿って見える。そんな少年の言葉に元気付けられたのか、女性の体に力がみなぎった。

 忙しく両手が動く。タッチパネルの膨大な数のセンサの上を高速の指が駆け抜ける。空中に投影されたコマンド群にも指先が舞の様に踊り狂った。


「やった! 機体が安定したよ! これで不時着まではもつはずさ!!」


 電離層を抜けた。成層圏から対流圏、ジェット機の飛ぶ高さまで降りた宇宙艇は、大気圧を利用して徐々に速度を落とし、不時着できる場所を探し始めた。


「ふ、副長、大変です! 敵が……敵の自動航空部隊が前方に!!」


「そんな……この脱出艇には武装なんてまったく無いんだぞ! 終わりだ……チクショウ、俺たちは死ぬんだ……ッ!」


 クルーたちが次々に諦めの叫びを上げる中、それでも女性だけは威勢を失いはしなかった。すべての力を込めて叫ぶ。仲間を奮い立たせる為に。生きる気力を失わせない様に。

 笑顔で。


「馬鹿野郎! まだ諦めるんじゃないよっ! このあたしはね、昔から運がいいって言われてきたんだ。それにこの300年に渡るミッションでも、あたしらは一人たりとも欠けずにちゃあんと戻って来れたじゃないか! 絶対に助かる! さあ、どっかにしっかり捕まってな。全速で逃げるよあんた達! まだ、あたし達は生きてる、何もなくしてなんかいないんだからね!!」


 今、この船に何故か船長はいない。キャプテンを欠いた旅人達を乗せて、宇宙から帰った船は、追いすがる敵部隊を振り切って、誰も足を踏み入れない放射能の嵐の只中へと突入していった。



         『 G r a n d   R o a d 』 

              ~グ・ラ・ン・ロ・-・ド~


第四章 ファング (起承)


 

 この世界には、絶対に足を踏み入れてはならない場所が存在する。

 一歩でも入ったら、二度と生きては出られない、そんな地があるのだ。


 アルヘナ砂漠から西へ約1千キロの地点に、ヌウェラ砂漠と呼ばれる場所がある。砂漠といっても砂はない。ただ、何もないだけだ。

 草の一本も生えず、水の一滴すら降らない。所々、宝石のように美しく黒光りする結晶のそそり立つ滑らかな大地は、ただそれだけで命の存在を拒んでいる。

 ひび割れた黒き死の大地だけが続くそこは――――絶望という名の荒野の砂漠。



 新生暦498年、秋。

 灼熱の中を影が動いていた。音も無く、滑るように移動する。

 だが、ありえない。ここは絶望の砂漠、ヌウェラ。この広大な地域が砂も無いのにそう呼ばれるのには、相応の訳があるのだ。

 ここには生き物がいない。草も虫もない。そしてなにより、この場所に一歩足を踏み入れたが最後、生きて帰った姿を見た者は誰もいないという事実が、500年に渡り、この地そのものを人の心に禁忌と刻み続けてきた。

 だからありえない。だが、なのに。

 おそるべきことに、その影は人間の形をなしていた。


       ◆  ◆  ◆


(さすがに、こたえるな)


 その影、元アルヘナ国王子直属諜報集団【月影】の影頭、コ-ルヌイは、しばし足を止めフ-ドの中から辺りを見渡した。

 何もない風景だけが飛び込んでくる。見渡す限り、山すらも無いのだ。所々鈍く黒光りするだけの金属質の荒野は、蹴りつけても砕けた結晶が硬く響くのみで、頑なに生き物を拒んでいる。


(あと3日もすれば、旅に出てすでに一年、か)


 陽炎の中、一体どのような原理なのか。コ-ルヌイの黒い姿は揺れもしない。


(フ、わたしとしたことが。日数を数えるなど……やはり、少々焦っているのかもしれぬな)


 あれから、様々な国や地域を回った。

 緑の奇麗な山の中の小国。帝国を名乗る巨大な国家。独立運動を起こしていた世界最大の港町。そして、高地に位置し、100万の信者を抱える宗教国家。戦乱の集結したという東大陸にも渡ってみた。最大の国が滅び、焼け野原が続くだけの光景に見切りをつけ、すぐにこちらに戻ってきたが。

 ともあれこの一年、彼は様々な国を訪れ、老婆を捜し続けていた。

 噂ならほとんどの国で聞いた。東大陸ですらそれらしき名残があった。だが、見つけることはできなかった。

 そして一年。彼は今、500年の間禁忌とされ続けてきた荒野の中に立っていた。


(この西大陸で捜していない土地は、もはやここだけだ。この地にいるかどうかは解らないが、普通の人間がいないからといって、あの老婆もいないとするのは間違いだろう。せめて、何か手がかりでも得られればよいのだが)


 わずかの休憩を終えてまた動き出そうとした矢先、地平線に動くものが見えた。

 生き物のいないこの地で動くもの。


(あの老婆か!?)


 ドンッッ!

 砂の代わりに雲母の様な細かいカケラが舞い上がった。黒光りしながら陽光を反射し、キラキラと大地に降り注ぐ。コールヌイが全力で地面を蹴り、駆け出したのだ。えぐられたその場所から起こるはずのない直線の風が吹き抜け、そして。

 ザザァ――――っっ! 急ブレーキによるかかとと地面との摩擦でわずかな土煙が舞い、消える。

 数分後、コ-ルヌイは倒れ伏した人間のそばに立っていた。10代半ばの少年のようだ。


(違った……か)


 ほんの少し気を落とすと、すぐに背を向けて歩き出す。

 かわいそうだが、荷物を増やすつもりは無かった。こんな所に迷い込んだことを不運に思うしかない。ここまで奥地に生きた子どもがいることは少し、いやかなり不思議に思ったが、それもわずかな間だ。彼にとってなんの関係も無い子供。この場所を離れれば、すぐに記憶から消えてしまうことだろう。

 彼は子供を残し、その場を離れ歩き出した。だが、それもつかの間の事だった。1分と離れないうちに彼の気は変わることとなる。



「なっ……なんだこの大穴は!」


 乾燥した場所で口を開くことは体力を奪う。そんな基本すらも忘れ、コ-ルヌイは叫んだ。叫ばずにはいられなかった。


「ここは端から端まで平らな土地のはずだ! 確かに誰も帰った者はいないとされてはいる。実際の地形がどうなっているのかははっきりとはしていない。だがしかし、これは……これ程のものが……」


 目の前に、月にあるクレ-タ-、そう呼ぶしかないものが存在していた。

 穴の縁に盛り上がりはほとんど無い。人の背よりも低いだろう。だから直前まで気づけなかった。それでも、縁からの影で穴の底が暗黒に染まるほどに深さがある。強烈な日ざしで、影が濃すぎて底が見えない。地平まで周りの地面との高さの差はほぼゼロなのに、そこだけが縁に立つと、なまじっかな山の頂上よりも高さを感じる。底は、暗すぎて何も見ることができない。すり鉢状でありながらそれだけの影のできる深さ……穴の向こう岸までの広さはいうまでもない。


(何故、こんなものがここに……?)


 いくらなんでもこれだけの規模のものが今まで噂すらされなかったのは、納得がいかなかった。表の世界ならともかく、彼の生きている裏の世界にすら知られていないなど……


(さっきの子供、何か関係があるのだろうか……?)


 コ-ルヌイは来た方角へ戻る。まだ、少年は倒れていた。

 揺する。が、全く目を覚まさない。これでは何も聞き出すことができない。


(危ないのだろうか……?)


 死にそうには見えなかった。だが、目に見えない所までは、医者でない彼には分からない。彼は少年を抱えると、クレ-タ-の縁がわずかに形作る影の中に連れていった。穴のふちに座椅子のようにもたれさせ、座らせる。

 口移しで水を飲ませると、少年の顔にわずかに生気が戻った。ホッとしてふと回りを見渡す。

 キラリ……!

 穴の底、深い闇の中で何かが光った。小さい。だが紛れもない光。陽光の届かないはずの底からの、光。


(……調べてみる必要があるな)


 コ-ルヌイはもう一度少年を縁の盛り上がりにもたれかけさせると、空中に身体を踊らせ、巨大な影の中に滑り降りていった。


       ◇  ◇  ◇


 ズザザザザザザザザザザザザ――――キィィィィィィ――――………すたっ!

 何分経っただろうか。思ったよりも長い時間のあと、足が底につく。金属の内側を滑り降りたような摩擦音だった。穴の内部にはさすがに埃の様な粉が積もっていたが、それすらも薄っすらだった。埃の下には、地上の地面よりもさらに硬そうな、焼けた金属のような固い大地が続いていた。

 軽くつま先で叩くと、コツコツと音がした。今までの地面も固かったが、底の地面はまるで金属そのもののようだった。底に着き、コ-ルヌイは闇に慣らすため閉じていた目を開ける。

 なんとか動ける程度には見えるようだ。上で見た光はと見回すと、穴の中央方向に見つけることができた。薄い筋のような光。まだかなりの距離があるようだ。


(ふむ。行ってみるか)


 コ-ルヌイは全速で走り出した。


       ◇  ◇  ◇


 3分後。下がつるつるで走りにくかったが、それでも2キロ弱の距離を駆け抜けた彼は、その光の目の前にいた。


(これは……何なのだ一体……?!)


 巨大な物体だった。薄暗い影の中では、その端まで見渡す事ができないほどの。その物体の一部がわずかに開いて、隙間から淡い光が漏れていたのだ。

 コンコンと叩いてみる。


(一応、金属ではあるようだ。しかし今の音は……鉄ではないのか? それにこんな巨大な人工物など……)


 彼はしばし腕を組んだ。が、すぐに下ろす。


(ふむ。まあ入ってみれば何か解るだろう)


 コ-ルヌイは入口(?)をするりと抜け、物体の中に入っていった。



 内部はとても薄暗かった。

 光源はある。だがあまりに複雑に管やパイプが入り組んでいるために、結果的に大量に光の届かない部分ができている。かなり、不気味だ。闇になれた目にも、あまり明るいとは思えなかった。薄暗すぎて色が分からないくらいなのに、コントラストだけが目が痛いほどに異様に高い。

 黒と白のまだらの空間。

 コ-ルヌイは、コントラストに慣らすため入った瞬間から薄く閉じていた目を、開ける。

 まだチカチカするが、少しはマシに見えるようだ。それでも奥まった辺りはどうしようもないが。

 しばらく探っていると、古い通路らしき物が見つかった。


(やはり、人工の……建物かなにかなのか。では、この奥はどうなっているのだ?)


 できるだけ音を立てずに通路の奥へと移動してゆく。

 コ-ルヌイは、自分で思っていたよりもずっと、緊張していた。全く未知の物体を前にして、当然ではある。が、それゆえ彼は、いつもに比べてほんの僅か注意力が落ちていた。それは、僅かとはいえ……たとえ小さな音が常に反響し続けている金属の内側といえど、やはり致命的な落ち度だった。

 カサカサ………カサカサ………

 20mほどの距離をおいてその音は、彼の通った通路に沿って、暗闇の中を、ゆっくりとコールヌイを追って奥の方へと動いていった。


       ◇  ◇  ◇


 タン……タン……タン……。


(ふむ、床まで金属なのは困るな。音が響く。靴は柔らかいナメシ皮だからマシとはいえ、脱いでおくべきだろうか。だが、何があるか分からない中に裸足というのはやはり不味いだろうな……ん?)


 足音を気にしながら歩いていると、通路の先に扉が見えた。先程からの、通路の両側にある開き方の解らない扉と違い、今度のものは開きそうだ。ほんのわずか、指先が入るくらいの隙間が開いている。

 さらに静かに、時間をかけて進む。呼吸を殺し、手の甲を指先まで覆うカウル付きの小刀を取り出す。


(さて。何が出て来ますかな)


 ギィィィィィィ

 軋む扉を動かし、何とか一人が通れるだけの隙間を確保する。が、そこで扉は動かなくなった。


(錆び付いている訳では無さそうだが……)


 何かが引っかかっている感じだ。用心して中に入る。

 闇だ。小さな部屋であることは、空気の流れで判った。が、さすがにこれほどの暗さではほとんど何も見えない。

 コ-ルヌイは懐から、小さなろうそくを取り出す。紙の切れ端を巻いて、そのまま溶かしたロウの中に一日浸けておいたものだ。

 これはたった1cmの長さで、6時間近く火がもつ。

 カチッ。……ぽわ。

 火をつけてかざす。


(これは………!)


 その光景に、さしものコールヌイも驚きの声を上げていた。



 照らされた部屋は凄まじい光景に覆われていた。

 冷気のようなものが床を漂っている。部屋の中央に置かれている、たくさんのコ-ドが繋がった細長い透き通った円柱。それが4つ。その上側に細かい穴が無数に開いているのが見える。

 だが、この部屋にあるのはそれだけでは無かった。

 その円柱の中で、何かがうごめ いていた。小さな、無数の何か。


(こいつら、何を……している……!?)


 形からしてその円柱は、人が入る物らしかった。が、人らしき姿はどこにも見えない。さらに壁という壁、床という床に、同じように手のひら大の何かが小さく無限に蠢いていた。

 ……蟲?

 ぼた……ぼた……べちゃり………

 天井からも【それ】が周りに落ちてくる……! 薄暗くてよく見えない。だが、部屋中で何か小さな生き物が無数にそれぞれ別の動きをしているのが判る。人が入るらしき箱の中に蠢く蟲は、もしや何かを夢中で食しているのか。

 コ-ルヌイは静かに戦慄したまま、音を立てず入ってきたドアまで後退する。呼吸も止める。やっとドアにたどり着いた。そっと、ひと一人分の隙間に体を入れ込む。ゆっくり、ゆっくり。


(まだ気付いてくれるなよ……まだだ……もう少し……)


 半分ほど通り抜けたとき、虫達のざわざわとした這う音が聞こえないことに気づいた。眼球だけ動かして見る。


(むう…………!!)


 さすがの彼も、背筋がゾッとするのを押さえることができなかった。

 何千、何万、どころではない数の得体の知れない小虫達の動きがすべて、止まっていた。

 彼の方にすべての顔が向いていた。複眼の群れの微光と目が合う。禍々しい無限大の星の群れ。

 無数の目が光をこちらに反射している。揺れる炎が無数に映る。瞳のすべてが彼の持つたいまつの光に向けられている事に気付き、コ-ルヌイは部屋の中央に咄嗟に油袋とろうそくを投げ入れ、夢中で室外に飛び出した!

 キキィィィッィィィッィィキュィッキュィィィィッ

 ぼわっ。鳴き声の中に落ちる。照らされた部屋は強烈だった。壁といわず天井といわず、びっしりと蠢く蟲が張り付いている。火にまかれたわずかな蟲が断末魔の悲鳴をあげる。だが、その他のすべての蟲は一斉に出口に向かって動き出した。

 ざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわ

 一斉に蟲達が動き出す。かなり、速い!

 呼吸する暇もなく扉に飛びつき、全力で閉める! 動かない! 見ると、レールの上に蠢く虫が一匹。急いで足で潰し、閉める! が、遅い!

 とうとう一匹の頭が出口にたどり着く。いくつかの足をかけ扉の邪魔をしたそいつが、こっちを見た。にたりと嗤う。間違いなくそう見えた。


「うおおおおおおおおお!」


 バシイィィィィンンン!! 何とか閉まる。ぶちぃぃぃ! 出てこようとしていた虫の首がちぎれて飛ぶ。そして……

 ズドドッドドドドッドドドドドドドドドドドォォォッォォッ! ガシャガシャガシャ!

 ドアの内側にぶつかる無数の音。止まらない。何度も何度も潰れるのも構わずぶち当たり続けている。幸いな事に、扉が破られる程の事はなさそうだった。頑丈な扉で助かった。


「何なのだ、ここは……?」


 コ-ルヌイは冷汗を拭い、珍しく大きなため息を付いていた。通ってきた廊下を見渡す。 幾つもの同じような扉の列。この扉の中でも、もしかして同じような光景が繰り広げられているのだろうか?


(この建物は……異常すぎる。建っている場所もそうだが、何よりあの見たこともない生き物共はいったい何なのだ? ……まさか、あの老婆に関係しているのか。だとしたら、何か手がかりがあるはずだ。何でもいい。何か……)


 もう一度扉を眺め、動かない事を確認し、呼吸を落ち着け少し皮袋の水を飲む。小さく深呼吸をし、今度はさらに奥へと歩き出した。


 かさかさ……

 その何かも、動き出した。


       ◇  ◇  ◇


 すぐ手前の分かれ道を、今度はさっきと違う方に進んでゆく。

 突き当たりに、またドアがある。今度は両開きのようだ。しかし、取っ手も何もない。


(ふ、む。どうやって開けるのか、これは)


 見回すと、横の壁の四角い彫刻が目についた。数字の付いた小さな突起が、九つ付いている。


(これが仕掛けだろうか?)


 用心して、手袋を付け、いくつかの突起を押してみる。

 何も起こらない。


(失敗しても何か起こるわけではないらしいな)


 荷物から白粉を取り出す。人間の汗などの油によくくっつく特製の粉だ。それをつまんで振りかけると、いくつかの突起だけ白く色がついた。


(やはり、これが「からくり」になっているのか)


 浮き上がった突起だけを様々な順番で押していく。

 3分後、音もなくドアが横に開いた。


 その中は圧巻だった。

 様々な機械が何百と収まり、その前にいくつかの椅子がある。機械が虹色の色の点滅と、振動の様な低い音を発している。横に窓がついているので外を見ると、底は見えないが、穴の縁の位置からして、この部屋がかなり高い位置にあることが判った。いつの間にやら上へと昇って来ていたらしい。


(ここは、一体何の部屋だ? それに、誰もいないのに動いている……?)


 無人の部屋に電源が入っていた。人が入ってきた事を感知したのだろう、ひとりでに明かりがつく。……生きている。ほとんどの仕掛けがまだ死んではいないようだった。

 一番高い位置の、機械の前の椅子を覗く。

 やはり人は居なかった。しかし。


「これは………」


 椅子の上に、小さな手帳が置かれていた。まるで何十年か、あるいはそれ以上の年月が流れているかのような、ボロボロの手帳。開いたら崩れそうで怖いが。

 手に取って開いてみる。崩れないで済んだようだ。薄くなって読めない部分もあるが、なんとか読めそうに見える。

 コ-ルヌイは用心の為椅子から離れ、入り口の見える壁にもたれて読み始めた。


       ◆  ◆  ◆


 葉月(4月)、11日。

 今日、TERA■系探査ミッションの乗組員(クルー)の選抜が行われた。コングラッ■■■-ション!! 我々は名誉ある任務に選ばれた。栄誉だ! 最高だ! 


 葉月、13日。

 一両日中に、家族や友人との別れを済ませるように言われる。このミッションは永い航海だ。冷凍■■を必要とする、とても、永い……。我々が帰って来たとき、今■■■に生きている生き物は、一部の植物以外だれ■■として生き■っては■■■だろう。

 だがそれでも。それでもこれは名誉だ。そしてそれ以上に、重要な任務なのだ。■千年近くこ■■■■孤立した我々が、孤児ではないのだと、確かめるために。


 葉月、25日。

 母船に到着した。これから、ここが我々の家で■り、故郷になる。

 「SING A SONG」号。いい名前だ。その名の通■■■■に我らの歌を響かせよ■■はな■か!


 乾月(5月)、1日。

 推進■に火が入った。カウントダウン! 森よ、小川よ。降りそそぐ光、わが故郷よ。

 しばし、さらば。


 乾月、17日。

 副次任務の星■内観測も終わる。もうすぐ、■系外に出る。

 二日後には、■■間ラム■ェットエンジンが灯り、その後は次の当直まで交代で眠りに入る。冷■■眠。到着まで、当直交代以外の起きた他のメンバ-に会うことはない。

 今日はパ-ティ-だ。その分、皆で騒ぎまくろう。


 冷■時間5日後。

 どうしたというのだろう? こんなに早く起こされるとは。

 !!!!!!!!!!!!!■■!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 何ということだ! 重量オ-バ-だ! 密航者がいたのだ…! これでは到着が、少なくとも30■は遅れ■しまう!!

 丸一日、その■■を外へ放り出すか否かで大いにもめる。私は放り出すほうに票を入れた。非情と言うなかれ。これは■■すべてが関わるミッションだ。我ら■■■■■■の、5■■■年に渡る悲願なのだ!

 結果は、僅差で連れていくことに決定した。副長自らに自分が世話をするからと頭を下げられては、引き下がるしかない。我々の仲間に、■■■■が新たに加わった。

 燃料は足りる。食料もだ。が、到着■間だけが、少しだけ遅れる事となった。

 そう、……少しだけだ。


       ◆  ◆  ◆


(これは、一体何のことだ?)


 所々薄れて読めない箇所があるが、どうやら船での航海の様子のようだ。国を挙げての任務だったらしい。だが。


(船など、どこにあるのだろう?)


 まさか、この建物なのだろうか。そう考えて、部屋を見渡す。

(まさか、な……?)

 このヌウェラ砂漠は、内陸だ。現在の海から遠く離れている。もちろん、大昔の海岸線からも離れている。

(それに、重量オーバー? 食料が足りているのに、なぜ大騒ぎをしている? たった一人の密航者の重さで到着時間が変わるだと?)


(何の話だそれは……?)


 部屋を見回す。誰かが以前にここに来て、手帳を落としていったのだろうか。だが、ここから生きて帰った者はいないはずだし、そのくせ、それらしい死体もない。


(……あの虫共、か?)


 先ほどの者たちの様に食われたのだろうか。だとしても、変だ。虫はあの部屋に閉じ込められていた。ここには何も、いない。清潔そのものだ。

 突然……激しい違和感を感じた。何なのだろうか?


(それに、何故重量オ-バ-がそんなに大変なのだろうか? 確かに密航者は問題だろうが、それくらいでこれほど大変な話になるものなのか……?)


 他にもたくさん疑問に感じる箇所がある。が、無視して読み進めることにする。


 かさかさ………………


       ◆  ◆  ◆


 冷凍時■■5■■後。

 とうとう到着した! 皆が、窓に群がる。無理もない。私はと言えば、皆の後ろにいた。なぜなら、皆を起■■■回る前に、思い切り堪能したからだ。そう、この私が最初にTE■■■を見つけたのだ! 何という名誉! 帰ったら自伝を書こう!


 火月(6月)、17日。

 今年の、今日の日付が解ったので、また書き方を戻す。

 今日から観測が始まる。最初は、■■船か■■■テ-ションにコンタクトをとるつもりだった。だが、何かおかしい。■系内どころか、軌■上にすら、何も飛■■■■ない。

 だから、少しの間、観測してからコンタクトをとることになったのだ。


 火月、18日。

 何という……何ということだ………!

 我々の元民を送り出■■後、我らの祖先は絶滅し■■た! 今この■を支配しているのは、祖先が奴隷■■■使っていた者達なのだ!

 おお! これでは、何のためにはるばる我々は……。何のために……………。


 火月、19日。

 ミ-ティング時、私は決断を下した。彼らとコンタクトをとるのだ。

 た■え我らの根が無くなって■■としても、たとえ彼らが我々の直接の血族■■ないとしても。それでも我々は、その為にここ■で来たのだ、と。

 みんな、少しの間、何も言わず涙を流した。


 火月、20日。

 何ということだ何と言うことだ何ということだ!!!

 せっかく、せっ■■コンタクトをとると決めたというのに!

 何故こうもタイミングが悪いのだ!

 今日の現地のラ■■■■■で、隣■■■から異■人が攻めてきたと放送があった。どうやらそれはドラマのようだ。それは別にいい。問題なのは、彼らのほとんどが■■オというものにまだ慣れておらず、ドラマを本当と勘違いしたということだ!

 未開人め!

 これでは、今、我々が■りて行ったと■■ら、どのようなパニックになるか判ら■■ではないか!!

 何ということだ………。

       †

       †

       †

       †

 火月、28日。

 いまだ、地■では放送の影響が残っている。情報のみが大■■収集された。暗■に乗じて■■にも降りてみた。生■■の一部も収■できた。だがしかし、それだけだ。どこにも、誰にもコンタ■■が取れないうちに、帰還予定日時もまた、近づいている。

 このままでは帰れな■なる……。我々はまた、決断しなければなら■い。

 なぜこうもタイミングが悪いのだ!?

 戦争をするつもりはない。わずか20人そこそこで侵略してどうなるというのだ。補給の後■が無いと分かっている以上、主人が変■■ていたとしても、故郷を灰と化すつもり■■■頭ない。

 なんとか……なんとかコンタクトが取れ■■ものか。平和的、友好的に!


 火月、30日。

 彼らの周■数に割り込んでみた。……あまりに未開だ。あまりに……。これでは、どうやっても、我々の事を証■し理解してもらう為■は、昼間に目撃■多数の中■りて行くしかやりようはないだろう。

 いまだ、決断できず。燃料、あと数日で限界。


 風月(7月)、2日。

 観測は機械任せなのですることがない。自■翻■は終わったので、ただじっと、■■の放送に耳を傾ける。いまだに戦争をしている地域がある。馬鹿らしい。

 彼らが、我らの祖先をどう呼んでいるか解った。ネ■ンデ■■-ルだ。人骨の出た地の名前をそのまま付けたらしい。芸の無いことだ。



 風月、5日。

 決断。仲間が一人■り■行って、攻撃された。幸い怪我は浅い。しかし、今の状態では、彼らとのコン■■トは、うまくいかないだろう。時期尚早だったということだ。

 残念だ………。


 水月(8月)、21日。

 この船で観測できる範囲で、すべての観測が終わった。

 皆、疲■■いる。実質、この任務は失敗に終わっ■■だから、当然だ。

 我らは明日、故郷への帰途につく。

       †

       †

       †

 穂月(9月)、2日。

 TERA■系を抜けた。メイン■■ジンに火が入る。

 疲れた。

 故郷に着くまでもう起きたくない。

       †

       †

       †

 冷■■間、33■と2■■■2日。

 異状無し。

       †

       †

       †

 ■■時間、■6■■■■■と10日。

 異状無し。

       †

       †

       †

 ■凍■■、■■■■■■■■■■■■。

 帰ってきた帰ってきた帰ってきた!!!!!

 我々はとうとう帰ってきたのだぞ、おおおおおお!!!

       †

       †

       †


 第二葉月(10月)、25日。

 うそダうそだ嘘だウソだうそだウソダ!!!!!!!!!!!!!!

 何故ダ!!? 何故………! 我々は………■■に孤立した……………………。


 第二葉月、26日。

 故郷は火の海になっていた。我らの■でも、奴隷達の反乱が起■■ていた■だ。通信士が連絡を■■が、応答……なし。■■■■■■


 第二葉月、30日。

 参戦を決定。どの道こ■■までは故郷を目の前にして、いつまでも土を踏めない。我らは、ただ、帰りたいのだ。


 実月(11月)、1日。

 月に■■。

 この衛星にある巨■■■■ュ-タ-のコ-ドを、今の時代の人間は有していないようだ。

 特殊な部分の科■だけは発達しているようだが、永い戦争で、■学レベルが落ちている。つまり、優位は完全に我らにある。

 我々は起動させた衛■兵器群をもって、反乱■を完全制圧する!


 実月、5日。

 すでに反■■の半数を撃破。今月中にも戦争は終結するだろう。


 実月、悪夢の日。

 馬鹿な!!!!!

 ■■軍は狂っている!

 太古に廃棄されたはずの時空爆■をどこで手に入れたというのだ!!?

 ああ……我らの星が………星の命が……今………消える……

       †

       †

       †


 第二風月(12月)、3日。

 50年続いた(らしい)戦■は終わった。両者の和解をもって。世界は、何とか生き残っている。良かった………………。

 そう、たとえそれが、ほんの■部だけだったとしても……だ。

 これからは、大山脈を挟んで、二つの種族がそ■■れの大陸を二分して統治するらしい。

 それは、まあ、いい。

 だが、我々帰還者は、戦■■罪人とされた。何故だ!? 我らはこの星と我らの種族のために■■■のだぞ!! なぜだ……!! 何故ダ!!!


       ◆  ◆  ◆


 だんだん読みやすくなってきていた。意味は解らないことが多いが、概要は理解できる。


 (これは、まさか……500年前の大災厄のことを書いているのだろうか?)


 コ-ルヌイは、いつの間にか自分がこの手記の虜になっているのを感じていた。


       ◆  ◆  ◆


 第二風月、……14日。

 副長のルシアだ。船長に替わって、この手記を引き継ぐよ。

 船長は、すべての責任を自分で引き受けて、今は月の上の収■所にいる。

 あたしたちは、間違ったことを■■のか? 解らない。解らないよ! ただ、あたしたちがやったことで、大勢の人間が(特に一般市民が)死なずにすんだことだけは、確かなんだ。

そりゃあ確かに、戦いの中では、大■■したさ。でも、超核や時■■雷や空■■爆縮弾を持ち出した奴等がお咎めなしで、あたしらだけが戦■■■人なんて、納得いかないったらありゃしないよ!


 第二風月、22日。

 ウソだろう、船長……? あんたがあんなことするなんて……。

 昨日、月の■■所から船長の姿が消えた。そして今朝。月■地からの無差別■撃が始まったんだ。収容所は蒸発し、惑星上の多くの都■が被害を被った。みんなは船長が狂ったと言う。でも、でも! あたしは信じたくないよ……船長……。


 第二風月、23日。

 船長の声■、犯行■明があった………………………。

……………………従う者を残し、従わぬ者を抹殺■■、と………。

 船長……どうし■■ったんだい……? あんたは、そんなこと■きる人じゃあなかったろう!? あたしたちは一体ど■■■ばいいって言うのさ……!


 第二風月、25日。

 両政府が決■■下した。

 あた■■に暴走を止めろと、そういうことらしい。

 メインコン■ュ-タ-から見て、月の真裏側にサブ■■ピュ-■-がある。そこから侵入して、通信で船■を説得、または身柄を■保する。それができない場合は、メインか■■外部と兵器群へのアクセ■を、サブのすべての機能を使っ■■断し凍結する。そして月基地からのドッキ■■ベイ(港)をすべ■爆■。

 あたしは拒否し■かった。だけど、拒否した場合は、残りの超■や爆雷をすべて月基地に打ち込むと言われたら……どうしようもないじゃないか! 

 船長……。お願いだよ。最初の通信■■点で、説得に応じておくれよ……。

 お願い■よ……。


 第二風月末日、つまり今年最後の日。

 あたしたち帰■者たちは、全員もう一度、【SIN■ A S■NG】号に乗り込んだ。

 あの月にいる、■■た一人を除いて。


       ◆  ◆  ◆


「……ふう」


 のめり込んでしまった。続きを引き継いだ副長を名乗る女性の記録もまた、凄まじい上に興味深い内容だった。少し目に疲れを感じたコ-ルヌイは、しばし一休みすることにした。

 周りを見渡し、呆然とする。


(これが、宇宙を旅する船……!? ……想像もつかないな。500年前の科学は、そこまで進んでいたというのか……!)


 それにしても書かれていることは、今の世界情勢とはかなり違う。


(二つの種族? 二つの政府? 今はそんなものどこにも無い。たくさんの国が群雄割拠し、それぞれが独自の文化を育てている)


 善く考えても、奇抜な、奇抜すぎる内容だ。ウソや創作だとしても不思議ではない。だがコ-ルヌイは、そこに書かれた作者の想いや感情に、嘘はないと感じていた。たぶんこれは偽物では、ない。


(前半部分が読み切れないのが残念だな。後半は何とか意味だけは分かるのだが……。よく解らないが、もしかしたら我らのル-ツはこの星ではなく、空の星々の何処か、ということなのだろうか………)


 コ-ルヌイは、また続きに目を通し始めた。子供のように瞳が輝いている。

 歴史が。埋もれてしまって、すでに忘れ去られた歴史がそこにあった。


 かさかさかさ……

 小さな音も、ドアのすぐそこまで近づいていた。


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